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三成をかくまった「元屋敷」

谷口町の石田さん、顕彰碑を建立
 関ヶ原の戦いで負け、逃げ延びた石田三成をかくまったとされる谷口町の「元屋敷」に、地元の人たちの偉業を伝える顕彰碑が建立された。
 三成は1600年(慶長5)9月15日、関ヶ原合戦で敗れ、敵方から逃れるため、伊吹山の尾根を北上。東草野谷や七曲峠を経て、谷口村にたどり着いた。
 現在は杉林になっているが当時、60軒余りの集落があり、庄屋は寝間の床下に三成を隠し、手厚くもてなしたとされる。礼として庄屋には石田姓や「鳩八」の家紋が与えらるが、三成はその2日後、母の親元があった古橋村(現・木之本町古橋)で捕縛される。
 1897年(明治29年)の大洪水で集落は流され、人々は現在地に移住。三成をかくまった「元屋敷」には石田神社が設けられた。
 近年の三成ブームにあやかり、多くの観光客が谷口町を訪れることから、石田家の末えい・石田賢さん(76)=谷口町=は、石田神社の由来などを解説する石碑(高さ76㌢、幅180㌢、厚さ10㌢)を建立した。
 碑には「敗者だった三成を命の危険を顧みず、留めたのは村人の団結力や庄屋の統率力、三成の善政に報いようとする人々の熱い思いがあったから」などと刻まれている。
 石田さんは「谷口の団結力、受け継がれてきた伝統を広く知ってほしかった。今後は鞘堂の整備にも着手したい」と話している。
 なお、石田神社への「県道野瀬・上山田線」は山頂付近の土砂崩落により、現在、車両通行止めとなっているが、歩いて見学することは可能。設置場所は「谷口林業地」看板から約200㍍先。


2017年10月25日 15:36 |


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