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「高森部隊」銅板、帰還

73年ぶり、南太平洋の国から米原へ
 第2次世界大戦中、パプアニューギニアで戦死した米原出身の旧日本陸軍南海支隊・高森八朗大尉(32没)に関わる遺品が遺族の高森慶司さん(65)=同市菅江=の手元に戻った。遺品は「高森部隊」と書かれた銅製プレートで隊の自転車に装着されていたもの。没後73年目に帰還した。
 広島県の南海支隊戦友遺族会福山支部(大田祐介支部長)は3年前、パプアニューギニアで野戦病院跡に放置されていた残骸の中から「高森部隊」と書かれた古いプレートを見つけた。
 母国に持ち帰ろうとしたが、叶わず、同遺族会が交渉を続け、今年7月、再度訪問し、念願が叶った。大田支部長らは遺族会のネットワークで、該当者を探していたところ、滋賀出身で「高森」姓の大尉がいたことが判明。米原に親族がいることもわかった。
 高森大尉は明治44年6月生まれ。神照小学校を最後に、教職を辞め、軍隊の幹部候補生試験に合格。北シナで転戦後、太平洋戦争に参戦し、昭和16年、グアムに上陸。各地で隊長として指揮し、同18年1月12日、パプアニューギニア、ギルワ戦斗で戦死した。
 発見された銅板は縦約10㌢、横25㌢。自転車のフレームに吊り下げるプレートで、高森部隊は壕造りに携わっていたため、裏面には白文字で「掘」「高」の文字が入っている。
 遠く南太平洋に浮かぶ島から日本へと奇跡的に戻った銅板。高森大尉の兄の孫に当たる慶司さんは「大叔父が帰還したかのよう。これも何かの縁。我が家の家宝にしたい」と感無量。「このプレートを通して、恒久平和や戦争の悲惨さを訴えてゆきたい」と話している。


2016年12月21日 16:27 |


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