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湖底から社跡の遺構

長浜城跡に建立か 学生グループ発見
 県立大の学生グループ「琵琶湖水中考古学研究会」が4日、豊公園の沖合の湖底で柱や石積みが見つかったと発表した。長浜城の跡地に19世紀に建てられた社の跡とみられ、その後の地震によって湖底に沈んだと推定している。
 遺構は長浜城遺跡の「太閤井戸跡」から西約100㍍、水深1・8㍍にあり、直径約8㍍のエリアにこぶし大の石が積まれ、高さ10㌢から65㌢の柱8本が確認された。うち4本が建物の四隅を支える柱、2本がひさしの柱と推定され、放射線炭素年代測定では19世紀初頭のものと分かった。
 グループでは、水中にこのような建造物を建設することは考えにくいとして、陸上に建てられた社が1819年(文政2年)の近江地震による液状化現象で水没したと推定している。
 秀吉が築いた長浜城は豊臣家滅亡後、取り壊され、建材は彦根城に流用された。その後は田畑になったと伝えられている。社は鎮守のために城跡に建てられたとみられる。研究会代表の中川永さん(27)は「長浜城が従来の推定よりはるかに沖合に広がっていることが分かった」と話している。
 長年、琵琶湖の湖底遺跡を調査してきた林博通・県立大名誉教授は「水中に建物の柱がそのままの状態で発見された初めての事例であり、わが国の水中遺跡研究史上、画期的な出来事」、城郭に詳しい中井均・県立大人間文化学部教授は「発見された建物以前に築かれている長浜城も琵琶湖に水没したことは明らかで、今後の調査が大いに期待される」とコメントしている。なお、14、15の両日、県立大で速報展示が行われる。


2015年11月05日 18:39 |


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