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日章旗、70年ぶりに帰還

林さんの形見、比国から米国経由で
 第二次世界大戦中、フィリピンで戦死した木之本町千田出身の林太郎さん(享年19)の日章旗が、アメリカを経由して70年ぶりに実家に戻った。奇跡の帰還に遺族が感激している。
 林さんは木之本の農学校を首席で卒業。営林署、役場に勤務していたが、1944年4月、志願して船舶兵特別幹部候補生となり、半年で伍長まで昇進。神戸から船で出兵し45年4月3日、フィリピンで戦死したとされる。
 昨年1月、妹の林タミコさん(84)方に、県庁から電話があり「太郎さんの日章旗らしい物をアメリカ人が持っていた。しかし、同姓同名の戦死者が国内に100人ほどおり、調べるには時間がかかる」と言われた。
 調査の結果、太郎さんの物と判明し、今月16日、県庁の職員が届けてくれた。旗には地元の人や同級生100人余りの寄せ書きがあり、出港した神戸の「湊川神社」の名前も。
 旗がどのような経緯でアメリカに渡ったのかは不明だが、送り主からの手紙には次のように書かれている。
 「私の祖父と国に対する彼の奉仕に敬意を払います。この旗を所有していた兵士にも敬意を払います。この兵士が生きていた間、彼も自国に従事していました。私の祖父とこの兵士は、敵味方の関係だったかもしれませんが、彼らは両者とも名誉で奉仕しました。私はこの兵士の家族にこの旗を返却したいと思います。私が祖父の記憶を大切にするように、その旗を大切にしてください」。
 形見を手にタミコさんは「よくぞ保存してくれ、送ってくれた」と胸を熱くしている。
 戦時中、軍隊に入隊する際、地元の人が若者を激励するため、日の丸に寄せ書きし、持たせた。旗には「無事に帰還を」「お国のために」という二重の気持ちが込められていた。故郷を後にした兵士は、軍隊手帳などとともに肌身離さず、持ち歩いたとされる。


2014年12月20日 16:15 |


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