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見えない放射能汚染

南相馬から西浅井へ単身移住、橘さん
 福島第一原発事故で放射能汚染から逃れるため福島県南相馬市から西浅井町へ避難した橘ひろ子さん(63)は家族と別れ、滋賀での定住を決意した。震災から2年3カ月を経過し「遠く離れているからこそ、見えてきたこともあった」と語る心の奥底には何があるのか。
 平成23年3月11日の震災で、自宅が半壊した橘さんの家族4人は、6日後、西浅井町庄に住む娘の木下雅子さんを頼って滋賀に逃げてきた。しかし、夫の満さんや息子の弦一郎さん夫妻には仕事があり、どうしても福島に帰らねばならず、ひろ子さんだけが西浅井に残った。
 南相馬市は同県いわき市と宮城県仙台市の中間にあり、津波などで650人以上が犠牲となり、一部地域が福島第一原発の半径20㌔圏内で、警戒区域に指定されている。
 自宅に戻った満さんが井戸水を使用していたところ「体がだるい」「腕が上がらない」など異変を感じるように。飲料水を購入し、スーパー銭湯に通うようになると、途端にその症状は無くなった。
 また、危険区域以外の田村市に住む知人女性は、60歳で突然、生理になり、後に卵管ガンと判明。抗ガン剤治療で治った。
 満さん、知人の体調不良や病気と放射能との因果関係は不明だが、住民の多くが見えない放射能に不安を抱いている。
 復興は遅れており、南相馬では瓦礫やビニールシートを被った汚染土が放置されたまま。補償金を巡って住民同士の諍いも絶えない。ひろ子さんは身近な人たちからこのような話を聞き、愛郷心が遠のいた。
   ◇   ◇
 南相馬からは「何で帰ってこない。安全なのに」「お前はいいな、逃げる所があって」「旦那が可愛そう」などと電話がかかってきた。
 家族は「帰らなくて良い」と励ましてくれ、ひろ子さんも「向こうに残っている人たちのためにも頑張ろう」と決心した。西浅井では福祉の仕事や孫の子守りで充実した生活を送っている。「国や東電は(南相馬が)住めない状況なら、はっきり本当のことを言ってほしい」と訴えている。


2013年06月21日 16:52 |


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