滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2013年04月30日

男性職員、育休はゼロ

長浜市、「男女共同社会」目指すも
 長浜市の男性職員の育児休暇取得が2012年度はゼロだったことが分かった。国や自治体では「男は仕事、女は家庭・育児」との考えを性差別として問題視し、男女平等の「男女共同参画社会」を目指しているが、育休取得が進んでいない実態が明らかになり、民間のお手本となるような効果的な取り組みが求められそうだ。
 育児休暇は子どもが3歳になるまで男女ともに取得できるが、長浜市によると2012年度、育休を申請した男性職員はいなかった。一方、女性職員は産休から引き続いて育休を取得することが多く、60人が取得した。
 近年、「イクメン」という言葉がもてはやされ、男性の育児参加が推奨されているが、男性の育休に対する抵抗感は根強いとされる。また、育休は「有給」扱いとならず、休暇中に共済組合から支払われる育休手当も子どもが1歳になるまでで、金銭的問題も男性の育休取得を難しくしている。
 男女共同参画を担当する市人権施策推進課では「もともと年次休暇もあり、わざわざ育休を取得する職員がいなかった。給与がつかないのも大きい」と分析している。
 同課は2013年から5年計画の市男女共同参画行動計画を策定。その中で男性市職員の育休取得率を17年度までに5%に引き上げる方針を打ち出しているが、妙案はなく「地道に啓発するしかない」としている。


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2013年04月26日

陶芸と針山、不思議な合体

京都女子大名誉教授・土田隆生さん
 「エコロジカルアート」と呼ばれるパフォーマンスで芸術界に風を起した京都女子大名誉教授で造形作家の土田隆生さん(69)=三ツ矢元町=がゴールデンウイークに合わせ、28日から5月5日まで自宅で個展を開く。
 土田さんは内保町出身、三ツ矢元町育ち。滋賀大、京都市立美大で彫刻・陶芸を学び、長浜西中、北中で美術教員を務めた。しかし、10年程で教員を退職し、農業や魚獲りなど半自給自足の生活を送りながら、創作に没頭。数々の彫刻展で入賞し、国内には20体以上の彫刻が立つ。長浜市内でも元浜町の交差点にある女性の裸体像や長浜北中のモニュメントが同氏の作品。
 京都女子大教授となった1991年以降、半自給自足生活中に感じた環境破壊の実態を、女子学生とともに表現する環境芸術「エコロジカルアート」を考案。琵琶湖の砂浜で学生が下半身を砂に埋めてポーズを取るパフォーマンスが反響を呼んだ。エジプトのピラミッド、フランスのモン・サン・ミッシェルでも同様のアートを披露し、世界に環境アートを発信した。
 2008年に京都女子大を退職したのを機に、26年ぶりに三ツ矢元町の自宅に戻り、教職に追われて集中できなかった創作活動に没頭。最近は3歳の孫の影響か、車や象、イモムシなどを陶芸で表現し、色とりどりの針山を組み合わせた不思議な作品を生み出している。
 個展では大学教授時代の作品と、退職後の作品計100点を展示。エコロジカルアートを再現した作品も。土田さんは「今と昔の作品を見比べ、違いを感じて欲しい。また、自分を見つめ直す機会としたい」と話している。午前10時から午後5時まで。
 土田さん宅は長浜北幼稚園の南東。作品を飾ったショーウインドーが目印。


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2013年04月25日

田根で地酒プロジェクト

地域・大学・企業が連携しモノ作り
 田根地区で今年、地域・大学・企業の連携によるまちおこし「地酒プロジェクト」が始まる。その手始めとして、27日、3者による酒米の田植えがある。
 同地区では慶応大学、米国マサチューセッツ工科大学との協働により、地域の課題である里山の活用や獣害対策、空き家と空き地の活用対策に取り組み、雑木伐採による薪活用(瓜生)、古民家での活動拠点作り(池奧、谷口)、デイサービス建設(高畑)などを進めてきた。
 今年度は新しい試みとして、京都伏見の酒造会社「北川本家」の協力で、地元住民と学生が一緒に地酒造りに挑戦する。
 高畑地先の水田約50㌃に酒米「五百万石」を栽培。30俵を収穫し、同社で醸造してもらい、京都や滋賀、アメリカなどで販売。「田根」の良さや日本の文化を広くPRする計画。ネーミングや酒瓶のデザインなども参加メンバーから公募し、新酒は11月ごろ仕上がる予定。
 事務局は「今年は試作の段階だが、次年度以降、本格的にモノ作りに動き出したい」と話している。


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2013年04月24日

兄弟梨から家族梨に

大路町の原田さん方で摘花、最盛期
 大路町の原田喜三郎さん(80)方の梨畑で、摘花がピークを迎えている。この梨は兄の遺志を継ぎ、育てていた「兄弟梨」だが、喜三郎さんが花のつぼみが膨らみ始めた矢先、車椅子生活となってしまった。今では家族ぐるみで世話をしており、「兄弟梨」が「家族梨」へと実りつつある。
 地元の農林水産物直売所の運営に関わっていた兄の原田昭蔵さんは8年前、目玉商品にしようと、梨の栽培を開始。香水や筑水など62本を約1000平方㍍の畑に植えたが、4年前に急死。幼木を見て「放っておけない」と弟の喜三郎さんが栽培を引き継ぐことに。
 梨には二人三脚で育てた妻・みすさん(76)との愛情が注ぎ込まれ、数が増えていった。昨年は2カ所の直売所に出荷したほか、長浜養護学校にもプレゼント。「こんなおいしい梨は味わったことがない」「また、食べたい」と喜ばれた。
 ところが、喜三郎さんの足が2週間前、原因不明の病気で動かなくなってしまった。摘花を間近に控え、近所の農家に世話を依頼しようと思ったが、習熟する人がおらず、途方に暮れていたところ、娘のゆきみさん(50)が「せっかく、ここまできれいに咲いたのだから」と、純白の花に心を打たれ、摘花するように。不慣れな手つきで作業する母を見かね、孫の奈津希さん(19)も手伝うようになった。
 実を大きく育てるため行う摘花は枝先15㌢にある無数の花をひとつだけ残し、すべて摘み取る。1本の木に1000個の花が咲いたとすれば、約900個を取り除かなくてはならない。「自然は待ってくれず、摘花を今月中に終えたい」と話すゆきみさんだが、作業は仕事の合間にしているため、妹夫婦も助っ人にかけつけている。
 今後、消毒やネット掛けなども親戚や兄弟に助けてもらう予定で、喜三郎さんは「どこまでできるか、わからないが温かい目で見守りたい。家族らに感謝したい」と話している。


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2013年04月23日

賤ヶ岳合戦を総特集

長浜城博物館、30周年記念第1弾
 長浜城歴史博物館は27日から開館30周年記念の特別企画展示 「賤ヶ岳合戦と羽柴秀吉」を開く。6月2日まで。
 秀吉の前半生にスポットを当てた5回連続のテーマ展「羽柴秀吉、天下統一への足跡」の第1弾。秀吉が信長の後継者としての地位を確立し、全国平定への一歩を踏み出した戦いとして知られる賤ヶ岳合戦を取り上げ、秀吉の足跡と家臣団の活躍を描く。
 「紙本著色賤ヶ岳合戦図屏風」(縦112・6㌢、横275㌢)は18世紀中ごろ、大阪城天守閣本を写したものとみられる。図柄はそっくりだが、「味のある少々泥臭い雰囲気」(同博物館)を持ち、地方画家が写し取った可能性も。
 「伝加藤清正所持十文字槍押形」は、坂田郡下坂荘(長浜市下坂中・下坂浜町)の鍛冶が、加藤清正のために鍛刀した「槍」を写し描いたもの。槍は加藤清正が秀吉に小姓として仕えていた時期に注文したと考えられる。豊後岡城主中川家に伝来し、幕末に押形にされた。
 「羽柴秀吉禁制早崎宛」(重要文化財)は天正11年のもの。賤ヶ岳合戦の際、竹生島宝厳寺の寺領である早崎村での、秀吉軍の乱暴、山林の伐採、放火などを禁止した文書。竹生島の衆徒が秀吉に依頼し、与えられたものと推測される。
 このほか、賤ヶ岳合戦で活躍した「七本槍」の一人、糟谷(加須屋)真雄が使用したという「大身槍」を実物展示する。
 開館時間は午前9時から午後5時まで。入館料は大人400円、小中学生200円(湖北地域は無料)。
 なお、27日午後1時半から展示説明会がある。


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2013年04月22日

上草野小、今年度末廃校へ

下草野小との統合に向け、協議
 野瀬町、上草野小学校が今年度末で廃校し、下草野小学校(当目町)と統合。新校発足に向け、協議されていることが関係者の話で明らかになった。
 浅井地域の5小学校は湯田小を除き、児童数が減少の一途。特に上草野小は現在、51人しかおらず、3・4年と5・6年が複式学級に。今後、児童数は40人程度まで減る見込み。
 地元では複式学級が開始された前年の2008年、子どもたちの教育環境の向上を訴え、保護者たちが「複式学級解消」の署名運動を展開した経緯がある。
 同校の廃校に地元からは「地域のシンボルが無くなる」「寂れる」など否定的な声もあるが、同校PTAは「統合新校」を容認しており、現在、市教委はこれを受け、協議。6月議会に関係予算などを提案する、とみられる。
 市教委では「正式に決定したものではなく、(統合に向け)動いている最中」とコメントしている。


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2013年04月20日

徳田さん「希望と絆」写真展

源希倶楽部、南三陸の復興を願い
 東日本大震災の被災地の支援活動をしている市民団体「源希倶楽部」代表の徳田智史さん(30)は、長浜公民館で宮城県南三陸町の復興を願う写真展を開いている。28日まで。
 徳田さんは新聞などで報道される被災地の惨状を見て、昨年3月、被災した同町の少年野球チーム「伊里前ブルーオーシャンズ」の子どもたちを激励するため、現地を訪問。瓦礫の山や多くの犠牲者が出た防災庁舎などの惨状を目の当たりにし、写真に収めた。
 メンバーが集めた義援金を届けるため、今年3月、再び同町を訪れたが、瓦礫や建物の残骸は撤去されたものの、更地のまま。地元の人によると少しずつ、復興に向かっているが義援金やボランティアの数は減少し「風化されることが一番辛い」という。
 「希望と絆」と題した写真展では被災地の移り変わりをパネル62枚で紹介している。徳田さんは「『まだまだ』という気持ちは否めない。写真を通して、これからの支援のあり方を考えてもらえれば」と話している。
 午前9時から午後5時。月曜休館。


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2013年04月19日

代官屋敷の屋根を修復

築250年の登録文化財、八木浜町で
 国の登録有形文化財に指定されている八木浜町の中村家住宅でヨシ屋根の大がかりな葺き替え工事が行われている。
 中村家は八木浜城の跡地に、宝暦14年(1764)ごろ、中村市右衛門が建てた代官屋敷。敷地内の北端に南向きに建っており、木造平屋321平方㍍で集落最大級。母屋のほか、周りの石垣や表門、土蔵、馬小屋や船着き場も登録有形文化財。
 現在、21代目の中村壽夫さん(78)一家が住んでいるが老朽化が進み、ヨシ屋根の一部が傷み始めたため、棟と東西の妻を修復している。余呉型の大型古民家のため、屋根の面積だけで約320平方㍍あり、要所に明取りが設けられているので、修理も手間入り。
 近江八幡市の屋根工事業者「ヨシ留」の職人により、6月初旬まで工事が行われる予定。なお、修理代は全額自費。


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2013年04月18日

音訳ボランティア再開

市の広報30年、要望に応え
 視覚障害者のために長浜市の広報紙を音訳しているボランティア団体が30年余り地道な活動を続けていたが、メンバー不足などで活動休止に追い込まれた。しかし、「声の広報」を心待ちにしている利用者に応えようと、有志6人が立ち上がり、今月から活動を再開した。
 音訳ボランティア「さゆらぎ」は昭和55年に発足。「広報ながはま」の全ページを「声の広報」にしていた。発足当時は専用施設が無かったため、市社会福祉協議会の事務所などを借りて録音。周りの雑音が入らないよう、録音機器の周りを覆ったダンボールに頭を突っ込んで録音したこともあった。
 音訳は原稿の棒読みでは、相手に内容が伝わらない。耳障りにならないよう文脈を心地良く工夫したり、アクセントやイントネーションにも気を配る。交代しながら読むので、最低4〜5人が必要で、録音には丸一日を費やしてしまう。
 また、現在使用している市役所東別館の倉庫は旧長浜病院の聴覚検査室。外部の音が遮断され快適な環境だったが、10月からの庁舎改修で、立ち退かなくてはならず、この先の行き場は決まっていない。
 市内で「声の広報」を利用しているのは9人。全員がカセットテープ派だが、テープの生産も中止された。一時は市立図書館の音訳ボランティアが代役を務めてくれる、という噂も流れ、「お役御免」と勘違いし、脱会する人も出始め、グループとしての存続が難しくなり、3月で解散した。
 しかし「ブランクを空けてはいけない」「1人でも待っている人がいれば続けよう」と瀧澤雅子さん(分木)らが仲間に声をかけ、再び活動を開始した。現在、活動しているのは林ひとみさん(末広)、岩崎由紀子さん(堀部)、平塚寿子さん(国友)、辻佳代子さん(南呉服)、薮内典子さん(殿)。メンバーたちは少人数でも対応できるよう工夫し、音訳に取り組んでいる。
 瀧澤さんは「メンバーの負担は増える一方だが、みんなの存続の意志がある限り、続けたい」と目を輝かせている。なお、グループではメンバーを募集中。問い合わせは瀧澤さん℡(62)0030へ。


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2013年04月17日

新施設に、手を差し伸べて

重症心身障害者の保護者が募金活動
 重症心身障害者の通所施設「たいこ」が来春、移転新築されるのに伴い保護者会(込山恵子代表)が中心となり、資金を集めるための募金活動を行っている。込山会長は「湖北に重度の障害者がいることを知ってほしい。ぜひ協力を」と支援を呼びかけている。
 同施設は湖北で唯一の通所施設として、社会福祉法人「びわこ学園」により平成4年に開設された。宮司町の旧保健センターなど4回の移転を繰り返し、現在は市社会福祉協議会虎姫支所(宮部町)を間借り。来年4月、建設予定の長浜市ウエルセンター(小堀町)の一角に施設を新築することに。建設には約2600万円の自己資金が必要で、保護者会では「びわこ学園への一助となれば」と昨年9月、募金活動を開始した。
 現在、通所しているのは脳などに重い障害がある長浜、米原両市に住む18歳から54歳までの11人。「手を差し伸べないと、明日には命を落としてしまう」(込山会長)ほど、自力で生きることができないため、職員が日中の活動を支援。自宅に帰っても保護者が夜、世話しなくてはならず、睡眠時間は3時間ほど。保護者の高齢化も進み公的支援が求められている。
 保護者たちは、このような生活に追われ募金活動が思うようにできないが、職員らの力を借り、湖北地域の社協や商店、事業所など43カ所に募金箱を設置。これまで約19万円の寄付を集めることができた。込山会長は「親の思いが実現するまで頑張りたい」と話している。
 なお、保護者会では設置協力店やボランティアなども募集中。問い合わせは「たいこ」℡(73)2325へ。


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2013年04月16日

華やか衣装で堂々の演技

長浜曳山まつり、3万人の人出
 長浜曳山まつりが15日、クライマックスの本日を迎え、長浜八幡宮の境内に並んだ曳山の舞台では、華やかな衣装に身を包んだ子ども達が歌舞伎を披露した。初夏を思わせる陽気に包まれ、この日は約3万人の人出(長浜市発表)で賑わった。
 長刀組の子ども達による太刀渡り(写真左中)の後、一番山の孔雀山の舞台で福沢亮真君(10)が三番叟を舞って、子ども歌舞伎の開演を祝った(写真左上)。孔雀山の「義経千本桜道行初音の旅」(写真右上)を皮切りに萬歳樓、常磐山、翁山の順に歌舞伎が奉納され、役者が見栄を切るたびに「よく出来ました」「親の顔を見てみたい」などと観客や若衆から声が上がっていた。
 萬歳樓では盲目の沢市と遊び人の雁九郎の二役を務める岩根大知君(11)が何度も早替わりして観客を沸かせ(写真右下)、孔雀山では狐の法力に操られる悪役の小笠原悠斗君(8)、高橋路由君(6)がコミカルな演技で笑いを誘っていた。
 八幡宮での奉納後は大手門通りやお旅所でも歌舞伎が演じられた。
 参道には軽食やゲームの屋台が並び、子ども達が歌舞伎そっちのけで、まつりの雰囲気を楽しんでいた。八幡宮向かいの佐藤啓太郎さん宅では長浜西中生による茶席が設けられ、授業で遠州流茶道を学ぶ生徒達が観光客をもてなしていた(写真左下)。


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2013年04月12日

熱演!子ども歌舞伎

長浜曳山まつり13日開幕
 湖北の春の風物詩、長浜曳山まつりが13日開幕する。14日から16日まで絢爛豪華な曳山が市街地に繰り出し、曳山の舞台で子ども達が歌舞伎を華やかに披露する。
 長浜曳山まつりは長浜八幡宮の祭礼で、1573年、秀吉が長浜城を築いて城下町を整備し、戦乱で焼かれた八幡宮を復興したのを機に始まった。秀吉は祭礼日に源義家(八幡太郎義家)の「後三年の合戦」からの凱旋を再現した「太刀渡り」と呼ばれる武者行列を町衆に行わせた。
 その後、秀吉が男子誕生を祝って町衆に金糸を配り、町衆がそれを基に曳山を造営し、祭礼で引き回した、と伝わる。曳山の舞台で歌舞伎が演じられるようになったのは、江戸時代になってからのこと。
 曳山まつりは国の重要無形民俗文化財に指定され、華やかな装飾を施した曳山は「動く美術館」とも呼ばれている。今年、長浜八幡宮で子ども歌舞伎(狂言)を奉納する出番山は萬歳樓、翁山、孔雀山、常磐山。
 13日午前7時から長浜八幡宮で「御幣迎えの儀」が行われ、長刀組、暇番山を含む13山組の御幣使が狩衣、金烏帽子姿で儀式に臨み、本殿で御幣を受け取る。御幣は各山組の御幣宿に持ち帰り、曳山を動かす際に前柱に飾る。この日はお旅所への「神輿渡御」、八幡宮での歌舞伎奉納順を決める「くじ取り式」も行われ、夕刻には出番山の地元で子ども歌舞伎が披露される。
 14日は地元での歌舞伎公演の後、正午から八幡宮へ曳山を引く「登り山」。午後6時から化粧、衣装の子ども役者の行列が八幡宮から各山組へ帰る「夕渡り」がある。
 15日の「本日」は子ども役者らの「朝渡り」、長刀組の「太刀渡り」の後、八幡宮境内で午前9時55分から三番叟、同10時から歌舞伎奉納が始まる。以降、大手門通りなどで歌舞伎公演があり、夕刻はお旅所でも公演。八幡宮への「神輿還御」の後、午後9時半ごろから曳山が地元へ帰る「戻り山」。
 16日は午前10時55分から長浜文芸会館で観劇会。また、地元でも歌舞伎公演がある。


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2013年04月11日

受診率60%、生活習慣を改善

長浜市、今後5年間の健診計画
 長浜市は今後5年間の特定健診の実施計画をまとめた。これによると対象者の受診率を60%にまでアップさせ、メタボ患者(予備軍)の生活習慣を変えることなどを目標にしている。
 長浜市の平成23年の特定健診受診率は19・8%(3886人)と県内市町で最低だったため、市では健康推進員のPRや電話作戦などで受診者数を大幅に伸ばし、24年は約1000人増、25%に達する見込み。
 しかし、20年度から24年度までの受診率の推移を見ると、目標と実績に20%程の隔たりがある。主な原因としては合併で旧6町の特定健診の実施体制や手順、告知方法などが大きく変わり、市民に周知できなかったことや平成20年度から実施した0次健診受診者を特定健診の受診につなげられなかったことなどをあげている。
 市では今後、さらに健康推進員や地域づくり協議会などと連携し、市民への受診PRを進める意向で、今年度は目標受診率を40%に設定。徐々に目標数値をアップし、5年後には60%にまで引き上げる考え。
 市健康推進課は「身近な人や芸能人などが脳卒中や心筋梗塞になると、一時的に受診への関心は高まるが、予防のためにも定期的な健診は不可欠」と話している。


メタボは万病の元
 心筋梗塞や脳梗塞などの要因となる糖尿病、高血圧症、高脂血症患者やその予備軍が増加。人工透析を受けると年間400〜500万円の費用が必要といわれる。
 市では病気発症の因子となるメタボに着目し、生活習慣病予防のための取り組みを継続できる施設やサークルを紹介するなどの情報提供や生活習慣の改善指導などで、市民の健康増進と医療費の抑制に繋げる。
 【特定健診】対象者は国保加入者で40歳以上74歳以下のうち、妊産婦、長期入院、海外在住などを除く。平成23年度、長浜市の対象者は1万9655人。


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2013年04月10日

まつりの成功願い裸参り

12日まで出番山が連夜、線香番も
 長浜曳山まつり(13日開幕、15日本日)の「裸参り」が9日夜から始まった。
 萬歳樓、翁山、孔雀山、常磐山の出番山4組の若衆がさらし姿に弓張り提灯を手に、山組の詰め所から八幡宮までを練り歩いた。八幡宮の井戸の水を掛け合って身を清めた後、本殿で役者の健康や籤取り式(13日)での一番山当選などを祈願した。市街地に若衆の「ヨイサ、ヨイサ」の勇ましい声が響き、間もなく開幕するまつりの到来を告げていた。裸参りは12日まで4夜連続で行われる。
◇   ◇
 長浜總當番の役員らが歌舞伎の仕上がりを見て回る「線香番」も9日夜、行われた。時計の無い時代に線香の燃える長さで歌舞伎上演時間を計測したことに由来する。出番山の稽古場を、藤井勇治市長、北川貢造教育長、總當番役員が訪れ、子ども役者らはやや緊張しながらも元気に演技していた。


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2013年04月09日

桜並木の伐採、待った!

高時川、県の治水計画に地元が
 桜の名所として知られる高月町の高時川堤防の桜並木で、県の治水工事の一環として桜の伐採が計画されたが、地元の反対で、とん挫したことが明らかになった。県は今年度、桜の伐採を極力避ける工法を模索するための調査を行う。
 桜は18年前、地元の柏原、雨森、渡岸寺、落川の住民たちが企業や個人からオーナーを募り、高時川右岸の阿弥陀橋上流約700㍍に約270本を植えた。今では鮮やかな桜のトンネルを見せるようになり、毎春、多くの人が訪れる観光スポットになっている。
 一方、県は高時川でダムに頼らない治水対策を進めており、雨森地先の堤防の内側に長さ390㍍、幅60㌢、高さ1㍍の水路を設け、河川からあふれた出た水を堤外に排出させる工事を実施。今年度から桜並木の堤防でも同様の工事を計画していることを住民たちに説明した。
 ところが、水路を設けるには桜並木を伐採しなければならず、住民からは「もったいない」「やっと、きれに咲いたのに」「何か、残す手だては無いのか」などと反発の声があがり、県の計画は白紙に。
 河川を管理する木之本土木事務所は「地元と協議しながら、完全伐採を避け、桜を生かせる対策を施したいが、すべて残すことは無理」と話している。


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2013年04月08日

期待を胸に学校生活

長浜市内の小学校で入学式
 長浜市内の28小学校で8日入学式があり、新1年生1197人が期待を胸に学校生活のスタートを切った。
 長浜小学校には169人が入学した。体育館で行われた式では、1年生は緊張した様子もなく、担任教諭や6年生の引率で入場。担任教諭から名前を呼ばれると元気よく「はい」と返事していた。
 前田康一校長は「友達、お兄さん、お姉さん、先生に助けてもらったり、親切にしてもらったら、ありがとう、と明るく元気よく言いましょう。そうするとお友達がたくさんできます」と語りかけていた。
 この日は市内中学校でも入学式があり1266人の新1年生が新しい学び舎の門をくぐった。


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2013年04月06日

長浜曳山まつり、9日に線香番

子ども歌舞伎、稽古大詰め
 長浜曳山まつりの本日(15日)まで10日を切った。出番山では子ども歌舞伎の稽古が大詰めを迎え、子ども役者が朝、昼、夜と、稽古漬けの毎日を送っている。
 5日夜に行われた伊部町組「翁山」の稽古では若衆が見守る中、子ども役者7人が振付師の岩井小紫さんから台詞の言い回し、立ち位置などの指導を受けた。この日は初めて太夫も稽古に参加し、子ども役者が台詞を発するタイミングを確認していた。
 翁山の演目は「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」で、主君・源義経からの密命を受けた熊谷次郎直実が敵・平敦盛を救い、身代りとして実子で首実検する物語。主君への忠義のために我が子に手をかける武家の無常が涙を誘う。
 9日夜には子ども歌舞伎の上演時間や稽古の進み具合を確認する「線香番」が長浜曳山祭總當番によって行われる。
 また、9日からは4夜連続で「裸参り」がある。出番山の若衆が子ども役者の健康、くじ取り式での一番山当選、まつりの成功などを願って長浜八幡宮へ参拝する行事で、夜の街に若衆の掛け声が響き渡り、まつりの熱気が一気に上昇する。

出番曳山が山蔵へ
 曳山まつりの出番山4基が6日、曳山博物館から各山組の山蔵に戻され、来年に出番を迎える4基が博物館に収蔵された。
 曳山まつりを前にした恒例の「曳山交替式」(長浜曳山文化協会主催)で、胴幕や見送り幕で「正装」した曳山を、若衆が「ヨイサ、ヨイサ」と掛け声を合わせて曳いた。囃子の演奏も商店街に響き、祭りの到来を告げていた。


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2013年04月05日

花見&30周年で賑わう

豊公園と長浜城、駐車場は午前中で満車
 好天に恵まれた5日、豊公園は長浜城歴史博物館の開館30周年記念日と重なり、多くの花見客で賑わった。
 日本桜名所百選のひとつである公園内には約700本のソメイヨシノが植えられており、今は5分咲き。気象台によると週末、天気が崩れる恐れがあり、早目の花見を楽しむ人たちであふれかえった。
 園内には約200台の駐車場があるが、午前中には満車となり、自由広場を開放した。夜のライトアップも4日から始まり、夜桜見物の客も増えている。管理する市によると、満開は8日ごろになりそう。
◇   ◇
 開館30周年を迎えた長浜城歴史博物館はこの日、3000人の来館者を見込んで、特製の絵はがきをプレゼント。30周年を祝う会を催した。
 1574(天正2)に築かれた長浜城は、秀吉が長浜を振り出しに天下人となったことから「出世城」と呼ばれた。その姿は消失したが、市民の復興気運により、多額の寄付が集まり、1983年、同博物館が開館した。
 戦国時代や観音信仰、大河ドラマに合わせた企画展などが催され、市の代表的な観光スポットに。秀吉博が開かれた1996年には約52万人が訪れた。これまで約480万人が来場している。


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2013年04月04日

61歳、念願の「先生」に

当目町の竹尾久之さん、教員免許を取得
 当目町の芸術家・竹尾久之さん(61)がこのほど教員免許を取得した。県教委教職員課は「教員免許を取得するのは学生を中心に20代がほとんど。60代は非常に珍しい」と話している。
 竹尾さんの本職は陶芸家だが、2007年から長浜養護学校で、08年から彦根総合高校で、社会人採用の非常勤講師として美術を指導している。「この先も教育現場にいるかもしれず、教育の基本を幅広く知っておきたい」と免許取得を一念発起した。
 愛知産業大学通信教育部で単位を取得し、昨年には美術教諭の実習生として3週間、浅井中学で教壇に立った。通信教育とはいえ年に十数回、大学に通う必要があり、週末は授業や自宅との往復で休まる日が無かったという。今年2月末、念願の美術教員(中学・高校)の免許を取得した。
 竹尾さんは「ちゃんと『先生』になれたことが嬉しい。専門分野の美術だけでなく、今問題となっているいじめ、体罰に対する考えを方はじめ、教育心理などを勉強し、教育を深く知ることができた」と免許取得の意義を語り、「この先70歳になっても教育現場に立ち続けたい」と話している。4月からは再び長浜養護学校と彦根総合高校で指導にあたる。
 竹尾さんは大阪市出身で金沢芸大で陶芸を学んだ後、滋賀県内のタイルメーカーに勤務。現在は独立して自宅脇にアトリエを構えている。陶芸のほかに美術、音楽教室を主宰したり、フォークソング団体を立ち上げたりと芸術分野全般で幅広く活動している。浅井文化協会会長も務めている。


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2013年04月03日

「生の芸術」湖北の拠点に

テオリアが第一弾、浅井さん作品展
 湖北のアール・ブリュット拠点を目指す十里街道生活工芸館「テオリア」(神前町)は、その第一弾として3日から豊郷町杉の画家・浅井文昭さん(25)の作品展を始めた。
 アール・ブリュットは美術の専門的教育を受けていない人が、伝統や流行などに左右されず自身の内側から湧きあがる衝動を表現した芸術。フランスの芸術家が考案した言葉で、日本語では「生の芸術」と訳される。
 滋賀県では福祉と文化芸術をつなぐ取り組みとして、この芸術を内外に発信し、近江八幡市や湖北町の旅館などで企画展、アートインナガハマでは、ボーダレスアートを展示するイベントが催されている。
 作陶など創作の場と展示スペースがあるテオリアでは湖北の作家を発掘する拠点として一役買うことに。県内の支援団体などと協力して、アール・ブリュット作品の展示や創作支援を展開する。
 浅井さんは高校卒業後、就職したがわずか10カ月で退職。幼い時に、兆候があった「心の病」が心身を襲うようになり、通院しながらアルバイト探しを繰り返していた。
 3年前、「絵画を描きたい」という衝動にかられ、創作活動を開始。独学でアクリル画を描くようになった。作品は心の中から涌き出るものを点や線などで表現しており、明るい色調が目を引く。浅井さんは「僕の絵で何かを感じてもらえたら幸いです」と話している。午前10時から午後4時、22日まで。火曜休館。33点展示。販売あり。観覧無料。


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2013年04月02日

深刻、奧琵琶湖の桜並木

7割がてんぐ巣病、初の実態調査
 桜の名所として知られる奧琵琶湖の桜並木が手入れ不足で病気となり、深刻な状況に陥っていることが、西浅井の自然を調べている橋本勘さん(37)の調査で明らかになった。
 長浜市の森林レンジャー・橋本さんは▽山門水源の森▽深坂古道▽奧琵琶湖の桜▽集福寺の環境保全林の実態などを調査しており、桜に関しては昨年4月から湖岸道沿い(海津大崎の二本松キャンプ場〜大浦)と奧琵琶湖パークウェイ(大浦〜月出)の約22㌔を2カ月間かけ、調べた。
 総本数は3151本で、約9割を占めたのがソメイヨシノ(2765本)、次いでオオシマザクラ(121本)、ヤマザクラ(111本)と続き、中にはエゾヒガンやトウカイザクラ、ウワミズザクラなどもあった。
 ソメイヨシノの7割、1929本がてんぐ巣病になっており、中でも葛籠尾展望台〜奥琵琶湖パークウェイ出口(月出)では9割以上が発症しており、深刻。
 この病気は枝の一部がこぶ状に膨らみ、天狗が巣を作ったかのように、小枝がほうき状に伸びる伝染病で、放置しておくと、周囲の木にも移り、樹勢が衰退し、枯れてしまう。
 奧琵琶湖パークウェイでは開設時の昭和51年から60年まで3200本が植えられ、その後、約800本を追加植樹。地元では「4000本の名所」と言い伝えられていたが、初の実態調査で、病気などで相当数が枯れてしまっていることが判明した。
 樹木医によると、現在、自生している桜の樹勢は衰えておらず、今後の対処として、病気が目立つ枝を継続的に切除することが必要と分析。
 橋本さんは「ここまで深刻な状態に陥っているのは、手入れをしていなかったためでは」と述べ、桜の名所を維持するには「ソメイヨシノは病気に弱く、樹齢も80年程度と短いため、長寿で病気に強い品種に植え替える必要がある」と指摘している。


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2013年04月01日

「長浜北商工会」が発足

旧伊香4町が合併、新体制スタート
 旧伊香郡4町商工会の合併による「長浜北商工会」の開所式が1日、高月事務所(旧高月町商工会)で開かれ、関係者約40人が、新商工会の誕生を祝った。
 新商工会は対等合併で、高月には総務指導部門、木之本には経営支援部門を置き、地域の窓口として余呉と西浅井に事務所を配置。会員数は約750人。
 組織として商業、工業、建設、観光サービスと青年、女性部があり▽広報▽経営者向上▽地域活性化▽会員交流組織の4委員会を設置。将来、東浅井との大同合併も視野に入れている。
 開所式で西村豊和会長は「高齢、過疎化が進む地域の活性化を目指し、地域に愛される商工会にしたい」と述べ、「個々の企業を元気にして、周りを盛り上げながら、長浜にしかない企業の創造を目指したい」とし、「若い経営者を携えながら、50年、100年先を見据えた商工会にしたい」と抱負を述べた。
 式では新しい看板が市長、議長らの手で除幕された。


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