滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



越後に長政の嫡流?

浅井さんが「真説」を自費出版
 新潟県長岡市の歴史研究家・浅井俊典さん(62)はこのほど、宮帯出版社(京都)から「真説 浅井長政嫡子 越後・浅井帯刀秀政」を自費出版した。浅井氏の子孫については諸説あり、著書は戦国史の通説に新たな一石を投じる内容となっている。
 近江の戦国大名、浅井長政は信長に敗れ、天正元年(1573)、自刃し、長男の万福丸も処刑され、浅井家は滅亡した、というのが通説となっている。
 ところが、同書によると長政は小谷落城を前に、乳飲み子を密かに忍び落としている。男児は4年後、会津横田・山ノ内家に落ち延びて客分として育てられたが、秀吉の奥州仕置により同家の領地は没収。元服を終えた男児は浅井帯刀秀政と名乗り、奧会津から再度、越後に落ち延び、長政の血は今も越後で受け継がれている、という。
 浅井さんは越後浅井氏の末裔を名乗っており、公文書「系図由緒書上帳」(文化元年=1804)や「新編会津風土記」(文化6年)、同家に伝わる古文書などを基に、これまで歴史の表に出てこなかった越後秀政と越後浅井家の詳細を明らかにし、著書では越後秀政が、長政の嫡流(直系の血筋)だったと、新説を取り上げている。
 四六判334ページ。定価1575円。問い合わせは宮帯出版社☎075(441)7747へ。
◇   ◇
 「寛政重修諸家譜」藤原氏家浅井家系図によると長政には長男・万福丸と次男・万寿丸(万菊丸)がいた。万寿丸は長秀といい、正芸(伝法院)と名乗り、福田寺(米原市長沢)の住職になった、と記され、「浅井三代記」や「福田寺系図」「布施山温古記」にも同様の記述がある。
 このほか、豊後や若狭でも次男が武士や藩士になったという説や京極氏の家臣説、尾張で織田・徳川に仕えたという話などがある。
 長浜城歴史博物館の太田浩司さんは「これらのように全国各地で浅井家の子孫を名乗る家は多い。しかし、そのほとんどは江戸時代の系図や伝承を基にしており、その家伝について確証を得るのは非常に難しい」と話している。


2013年01月11日 18:02 |


過去のニュース


しが彦根新聞
滋賀夕刊電子版
滋賀夕刊宅配版
滋賀夕刊デジタルトライアル
“新聞広告の資料請求、ご案内はこちらから"
 
長浜市
長浜市議会