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オオムラサキ守って30年

多和田の樋口さん、自然を愛し
 米原市多和田の樋口善一郎さん(68)は国蝶オオムラサキを30年間守ってきた。「蝶は自然環境のバロメーター」と訴える樋口さんにこれまでの歩みを伺った。
 二男の政樹さんは幼い頃から、虫が好きで網を片手に毎日、野山を飛び回っていた。父子でクワガタムシを採取していたある日、「父さん、これオオムラサキだよ」と見せられたのが出会いだった。
 「なんて、きれいなんだろう」と感動した樋口さんが生態を調べると、オオムラサキは山地に生息し、幼虫の間はエノキの葉しか食べない。裏山のかぶと山(標高300㍍)にはエノキが数多く自生しており、オオムラサキがこの山で繁殖している理由がわかった。

ドライブウェイ計画
 今から30年前、観光客を呼び込もうと、かぶと山にドライブウェイ計画が持ち上がった。山を切り拓き、山頂に展望台をつくるプランだった。
 「自然が破壊される」と思った樋口さんは「オオムラサキを守る会」を発足。山にすむ昆虫や植物の保護を訴えた。
 ところが、整備推進派の住民から、建設反対運動と間違えられた。役場に呼び出されたり、「町の発展を邪魔するな」と言われ、周囲から白い目で見られるようになった。
 「いつかはわかってくれる」と樋口さんはオオムラサキの繁殖をしながら、観察会や広報誌などで自然の大切さを人々に説いた。
 やがてバブルがはじけ、ドライブウェイ計画はとん挫。代わりに自然が楽しめる遊歩道が整備された。

養殖から森林保全へ
 生活様式の変化で木材が不要となり、山に人々が入らなくなって森林が荒廃。山がオオムラサキのすみにくい環境になっていたため、10年間ほど人工養殖で幼虫を山に放っていたが、一向に数が増えない。
 1990年代、エノキ20本に対し幼虫100匹だったが、近年は40匹もいれば良い方。樋口さんは養殖から森林保全へと方向を転換。共感した地元住民たちも「かぶと山を守る会」を発足させ、山の保全活動に乗り出した。
 樋口さんは「オオムラサキを守ることは、里山の自然や川の水、琵琶湖の保全にも繋がる。今後も50年を目標に活動を続けたい」と目を輝かせている。

30周年記念観察会
 「オオムラサキを守る会」結成30周年記念観察会は15日午前10時から。
 多和田会館に集合し、午前中は近くの雑木林で観察会。午後は樋口さんの「30年を振り返って」、息郷小3年生の「かぶと山の思い出」、衆議院議員・田島一成元環境副大臣の「私の子ども時代」の話など。
 30周年記念曲「オオムラサキ賛歌」の合唱や○×ゲームも。持ち物は弁当、水筒、筆記用具、雨具など。問い合わせ樋口さん☎(54)0440へ。


2012年07月07日 15:01 |


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