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    <title>滋賀　長浜　新聞　滋賀夕刊</title>
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    <updated>2010-03-18T06:47:24Z</updated>
    <subtitle>滋賀夕刊新聞社は、滋賀県長浜市を中心に滋賀県北部「湖北地域」のあらゆる出来事をお届けします。</subtitle>
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    <title>「熱狂の日」が滋賀へ（見聞録）</title>
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    <published>2010-03-16T06:46:50Z</published>
    <updated>2010-03-18T06:47:24Z</updated>
    
    <summary>　仏ナント市で１９９５年から始まった音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」。日本語で「熱狂の日」と呼ばれ、５日間で約３００のクラシックコンサートが繰り広げられる。 　演奏者に、旬の若手やビッグネームが並び、入場料は低価格に抑えられ、気軽にクラシック音楽に親しめる。来場者の６割がクラシックコンサート初体験で、子ども向けのプログラムも充実しているのが特徴だ。 　このクラシック音楽の一大イベントは２００５年、東京に波及。今ではゴールデンウィークの風物詩として、全国から１００万人を超えるファンが集い、音楽界に旋風を巻き起こしている。 ◇その「熱狂の日」が、今年初めて関西に上陸し、５月１、２日、大津市のびわ湖ホールで開かれることになった。 　先週11日にパンフレットが刷り上がったというので、早速、びわ湖ホールから送ってもらった。 　１日はプレイベントとして▽オペラと書道の共演▽絵本コンサート▽児童による合唱...</summary>
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        <name>滋賀夕刊</name>
        
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        　仏ナント市で１９９５年から始まった音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」。日本語で「熱狂の日」と呼ばれ、５日間で約３００のクラシックコンサートが繰り広げられる。
　演奏者に、旬の若手やビッグネームが並び、入場料は低価格に抑えられ、気軽にクラシック音楽に親しめる。来場者の６割がクラシックコンサート初体験で、子ども向けのプログラムも充実しているのが特徴だ。
　このクラシック音楽の一大イベントは２００５年、東京に波及。今ではゴールデンウィークの風物詩として、全国から１００万人を超えるファンが集い、音楽界に旋風を巻き起こしている。
◇その「熱狂の日」が、今年初めて関西に上陸し、５月１、２日、大津市のびわ湖ホールで開かれることになった。
　先週11日にパンフレットが刷り上がったというので、早速、びわ湖ホールから送ってもらった。
　１日はプレイベントとして▽オペラと書道の共演▽絵本コンサート▽児童による合唱やオーケストラの発表▽県内で活躍する音楽家の演奏―など。
　メインの２日は、大・中・小ホールの３会場でショパンやモーツァルトのピアノ協奏曲やヴァイオリンソナタなど12のコンサート。価格は１５００～２０００円とお値打ち。ロビーではチェロ、ヴァイオリン、声楽の披露があり、こちらは無料。
　３歳以上なら、子どもでも入場でき、家族揃ってコンサートのはしごを楽しめる。託児サービスがあるのも嬉しい配慮。
◇「熱狂の日」を滋賀で開催できるのは、国内屈指の音響施設と舞台機能を備えた「びわ湖ホール」の存在につきる。
　びわ湖ホールはその建設に３００億円以上をかけており、地上４階、地下２階建てで、１８００席の大ホールなどを備えている。
　運営費の県財政圧迫など課題は多いが、滋賀の文化振興を目指したこのホールで、「熱狂の日」を開催できることは大きな成果。これを機に、クラシック音楽がより身近になればと願う。
◇音楽イベントをはじめとする文化活動を振興し、文化的素地を醸成するには、市民ホールの存在が不可欠だ。
　しかし、今の長浜市は、一昨年に市民会館が閉鎖されて以降、１０００人規模の会場がない。長浜文芸会館、浅井文化ホール、リュートプラザなどは手狭で、フルオーケストラを呼ぶには心もとない。
　市役所庁舎建て替え、学校改築などに財政出動が優先され、文化面に予算を回すのは、そう簡単でないが、昭和40年に開館した市民会館は、市民から幾度も要望書が提出され、総工費２億６４６４万円のうち、２割を市民や企業が寄付した。それほど市民の間で、文化拠点を望む声が強かった。
　遠くない将来、市民ホールが整備され、「熱狂の日」の長浜開催を夢見るのも悪くはない。そのためには市民の声を導く文化人のリードが欠かせない。
        
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    <title>民主党政治への天罰</title>
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    <published>2010-03-15T06:03:49Z</published>
    <updated>2010-03-17T06:04:53Z</updated>
    
    <summary>　民主党の国会議員はアホというよりほかはない。なぜアホか。国民の声が聞こえていないからである。聞こえていないのなら耳をなおせばよいのだが、聞こえていても耳をかそうとしないのだから傲慢そのものである。 　鳩山さんは判で捺したように国民の目線というが、いまの民主党には国民の目線はゼロにひとしい。党の幹部や総理に至っては、党内の目や声にすらこれを無視し続けている。 　今の民主党は小沢独裁で、発言の自由も党内集会の自由すらないが、これで近代国家の民主主義政党と言えるのか。それを考えると国民の政治的能力や判断力は実に豊かである。 　今年に入って、長崎県知事選、東京都町田市長選が行われたが、いずれも民主党の候補は落選し、自民党推せん候補が当選した。 　そして14日行われた第３回戦で民主党は決定的な敗北を喫した。これはまさに天誅である。天誅とは天罰のことで、天に代わって罰を与えることを意味する。 　14...</summary>
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            <category term="時評" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shigayukan.com/">
        　民主党の国会議員はアホというよりほかはない。なぜアホか。国民の声が聞こえていないからである。聞こえていないのなら耳をなおせばよいのだが、聞こえていても耳をかそうとしないのだから傲慢そのものである。
　鳩山さんは判で捺したように国民の目線というが、いまの民主党には国民の目線はゼロにひとしい。党の幹部や総理に至っては、党内の目や声にすらこれを無視し続けている。
　今の民主党は小沢独裁で、発言の自由も党内集会の自由すらないが、これで近代国家の民主主義政党と言えるのか。それを考えると国民の政治的能力や判断力は実に豊かである。
　今年に入って、長崎県知事選、東京都町田市長選が行われたが、いずれも民主党の候補は落選し、自民党推せん候補が当選した。
　そして14日行われた第３回戦で民主党は決定的な敗北を喫した。これはまさに天誅である。天誅とは天罰のことで、天に代わって罰を与えることを意味する。
　14日の選挙は小沢幹事長の足元・岩手県の久慈市長選である。岩手県は小沢氏の選挙区で、小沢王国の拠点である。この選挙、民主、社民の推せんを受けた元県職員が、無所属の現職に敗れた。
　岩手の小沢王国での民主党敗退は全国ベースの発信として歴史的評価に値するが、これまたアホーなマスコミが小さな扱いで報道している。
　ぼくが編集長なら新聞の場合、一面トップ記事で大々的に報道する。それは、地方の自治体のトップの選挙というよりも国民の政治的関心を測る最新情報と見なされるからである。
　岩手の久慈市民は国民を代表して、天誅を加えたが、この政治的意味は大きく、深い。おそらく今後、民主党への厳しい批判が雪崩現象を起こすであろうし、それの逆連鎖作用によって、自民党の分裂や政界再編成が加速するであろう。
　それでは岩手県民からの発信の真意は何か。
　「岩手は小沢王国といわれるが、その独裁は岩手には通じない。民主党よ、国民をバカにするのはいい加減にせい。政治とカネの疑惑にほおかむりして何が国民のための政治か。国民は自民党を切って民主党に明日をかけたが、その民主党が国民を裏切って恥じるところがない。政治倫理を破り、党内をもの言えば、くちびる寒しの状況に置く害毒は１日も早く清浄化せねばならぬ」。
　と、これはぼくの推論である。【押谷盛利】
        
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    <title>天寿と温室育ちの子</title>
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    <published>2010-03-12T06:58:17Z</published>
    <updated>2010-03-16T06:59:39Z</updated>
    
    <summary>　どんな健康な人でも何かのきっかけで倒れたり、思わぬ病気で寝込むことがある。 　今年92歳の知人のおばあさんは１００歳まではピンピンしているだろうと言われていたが、ある日、家の中で転んだ。その結果、寝付くことになり、家での介護が難しくなって老人ホームへ預けられた。 　これもぼくの知人のお年寄りだが、先年、93歳で死亡した。卒寿を全うし、めでたいことですね、ぼくが言うと、世話をしていた知人は「確かに亡くなったのは93歳ですが、10年間は痴呆で、それもだんだんひどくなり、こちらが倒れるばかりの介助の24時間でした。長寿で喜んだのは80歳までで、以後の13年間は地獄の毎日でした」としみじみ回想していた。 　世の中には自宅で人生を全うしたいと思ってもそれが許されず、施設へ送られる人が圧倒的に多い。かりに長男が自宅介護を思っても実際に世話をする息子の妻や家人が反対すればそれはかなわないし、かりに親孝...</summary>
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        <name>滋賀夕刊</name>
        
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            <category term="時評" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shigayukan.com/">
        　どんな健康な人でも何かのきっかけで倒れたり、思わぬ病気で寝込むことがある。
　今年92歳の知人のおばあさんは１００歳まではピンピンしているだろうと言われていたが、ある日、家の中で転んだ。その結果、寝付くことになり、家での介護が難しくなって老人ホームへ預けられた。
　これもぼくの知人のお年寄りだが、先年、93歳で死亡した。卒寿を全うし、めでたいことですね、ぼくが言うと、世話をしていた知人は「確かに亡くなったのは93歳ですが、10年間は痴呆で、それもだんだんひどくなり、こちらが倒れるばかりの介助の24時間でした。長寿で喜んだのは80歳までで、以後の13年間は地獄の毎日でした」としみじみ回想していた。
　世の中には自宅で人生を全うしたいと思ってもそれが許されず、施設へ送られる人が圧倒的に多い。かりに長男が自宅介護を思っても実際に世話をする息子の妻や家人が反対すればそれはかなわないし、かりに親孝行の息子夫婦が介護に尽くしても５年、10年もすれば介護する方が肉体的に悲鳴を上げるかもしれない。
　長浜市の山久の先代社長は92歳で亡くなったが、その死はあっけなく見事だった。
　常から病気知らずの達者で、80歳代になってからでも神前町の自宅から八幡中山の会社まで歩いて通ったという元気さ。ところがある日、夕食後、寝床へ行って、そのまま不帰の客となった。これこそ本当の天寿の全う者である。
　ぼくは10日の時評で「外材と日本人の身体」について書き、「日本人はみな弱い。外材なみである。弱いけれど近代医療でもたしているだけである。医療費が増えるのは当然である」と結んだ。それを立証するように老人の介護療養施設はどんどん増えてゆくし、市内至るところに大型のクスリ店が進出している。
　病院、医院、診療所の充実のほかに接骨院、整体院、マッサージ院等が増えた。新聞や雑誌、テレビには医療関係の情報や健康食品の宣伝が花盛りである。
　今の日本人の体は農業のハウス栽培による野菜を連想する。たっぷりと肥料を与えられ、冬でも春や夏のように温かくし、潅水もほどほど、病害虫にやられぬよう除草剤や農薬を使って育てられているから成長は早くて立派に。市場ではもてもてである。
　しかし、うまみや化学薬品の汚染度から言えば露地の自然栽培には勝てない。露地栽培の野菜に限らず、雨、風、雪に叩かれて苦労した日本の山の木は強い。温室育ちは人間でも弱い。幼児教育この方、日本の子どもは家庭でも学校でも温室育ちであるが、これでは体も心もたくましくはならない。【押谷盛利】
        
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    <title>みずすましの報告書（見聞録）</title>
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    <published>2010-03-11T06:40:14Z</published>
    <updated>2010-03-15T06:41:18Z</updated>
    
    <summary>　長浜市の小学生が「水生生物調査隊みずすまし」を結成し、学校近くの河川を調査している。 　川遊びを通して生物の実態を知り、身近な環境への関心を高めようと、昭和62年にスタートした。毎年、市内の小学４～６年児童を対象に隊員を公募し、平成21年度は２５４人の隊員が参加した 　このほど、活動成果をまとめた報告書が出来上がった。川遊びで発見した生き物を指標に、川の汚れを分析しているので、以下紹介したい。 ◇長浜小は近くの十一川を調査し、「少し汚れた水」に生息するカワニナが多く見つかった。長浜北小は大井川でアユ、モロコ、ハエ、ブラックバスなどに加え、スナヤツメ、ホトケドジョウ、シジミを発見し、判定は「きれい」～「汚れている」。 　神照小は鬼川や姉川を調査。鬼川はトビケラ、ヒル、ミズムシなどが住み「汚れている」、姉川はカゲロウやサワガニがいて「きれい」の判定。 　南郷里小は南田附町や新栄町の十一川を調...</summary>
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        　長浜市の小学生が「水生生物調査隊みずすまし」を結成し、学校近くの河川を調査している。
　川遊びを通して生物の実態を知り、身近な環境への関心を高めようと、昭和62年にスタートした。毎年、市内の小学４～６年児童を対象に隊員を公募し、平成21年度は２５４人の隊員が参加した
　このほど、活動成果をまとめた報告書が出来上がった。川遊びで発見した生き物を指標に、川の汚れを分析しているので、以下紹介したい。
◇長浜小は近くの十一川を調査し、「少し汚れた水」に生息するカワニナが多く見つかった。長浜北小は大井川でアユ、モロコ、ハエ、ブラックバスなどに加え、スナヤツメ、ホトケドジョウ、シジミを発見し、判定は「きれい」～「汚れている」。
　神照小は鬼川や姉川を調査。鬼川はトビケラ、ヒル、ミズムシなどが住み「汚れている」、姉川はカゲロウやサワガニがいて「きれい」の判定。
　南郷里小は南田附町や新栄町の十一川を調査。おおむね「少し汚い」との判定。北郷里小は春近川でサワガニなどを見つけ「きれい」。長浜南小は永久寺町の五井戸川支流、加田今町の土川などで、多くのミズムシを発見し、「大変汚れている」と判定した。
◇上草野小は草野川で調査。高山キャンプ場前は「きれい」だったが、青少年ホーム前では、「少し汚れている水」の生き物が多かった。湯田小は内保町や尊野町、三田町の生活用水路、農業排水路で調査。尊野は飲用水の水源地から流れてくるとあってカゲロウ、サワガニなど「きれいな水」の生き物が多い。内保や三田はカワニナが多く見つかり、「少し汚い」との判定。下草野小は草野川、東俣谷川などを、七尾小は今荘町の姉川を調査し、いずれも「きれい」と結論付けた。
　田根小は高山町の草野川支流、野田町の田川支流を調査し、それぞれ「きれい」「少し汚れている」との判定。
◇びわ南小は姉川や学校そばの河川を調査し、「きれい」「少し汚れている」。びわ北小が調査した早崎ビオトープでは、カワニナのほか赤いユスリカ、イトミミズ類が見つかり、「汚れている」との判定。
◇以上13校の隊員が身近な川を判定したが、報告書の中で目に付くのは、ごみへの苦言。特に旧長浜市の学校調査では、空き缶やビニール袋、傘などが捨てられていた。
　南小では、「大変汚れている」との調査結果をきっかけに、ごみ拾い活動が始まった。川の汚れが前年度より悪化し、調査に参加した児童の間で、「ごみを拾って川をきれいにしよう」との意見が出たからだ。
　「ごみを捨てるのは人間だけ。だからこそ、自分たちの心がけ次第で、川は汚くも、きれいにもなる」と報告書に綴っている。
　我々大人は、児童にごみ拾いを押し付けることなく、地域の河川環境に、関心を深めたいものだ。
        
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    <title>外材と日本人の身体</title>
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    <published>2010-03-10T06:04:59Z</published>
    <updated>2010-03-12T06:05:29Z</updated>
    
    <summary>　「安かろう悪かろう」はすべての商品に当てはまる一つの法則である。 　その身近な例として建物を考えてみよう。このごろの木造建築物は住宅を含めて外材が圧倒的に多い。日本産の木材が高いので輸入木材にたよるわけだが、なぜ輸入材が安くて日本材が高いのか。 　それは日本材が固くて丈夫、耐久性が秀れているからである。輸入材は柔らかくて加工がしやすいが、痩せやすく寿命が短い。 　鶏でいえばケージに入れられるのと放し飼いの違いである。放し飼いの鶏は足腰がたくましく肉がしまっておいしい。ケージで育った鶏はぶくぶく太って味は淡白である。当然ながら放し飼いの自然派の鶏肉は値段が高い。 　日本の木材はなぜ質がよいのか。外国産と日本産を比較すれば一目瞭然だが、年輪がまるっきり違う。日本の木材は年輪がぎっしり詰まっているが、外材のそれは間隔があって、いわば間伸びしている。 　それはどういうわけか。外材は熱帯地方や雨の...</summary>
    <author>
        <name>滋賀夕刊</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shigayukan.com/">
        　「安かろう悪かろう」はすべての商品に当てはまる一つの法則である。
　その身近な例として建物を考えてみよう。このごろの木造建築物は住宅を含めて外材が圧倒的に多い。日本産の木材が高いので輸入木材にたよるわけだが、なぜ輸入材が安くて日本材が高いのか。
　それは日本材が固くて丈夫、耐久性が秀れているからである。輸入材は柔らかくて加工がしやすいが、痩せやすく寿命が短い。
　鶏でいえばケージに入れられるのと放し飼いの違いである。放し飼いの鶏は足腰がたくましく肉がしまっておいしい。ケージで育った鶏はぶくぶく太って味は淡白である。当然ながら放し飼いの自然派の鶏肉は値段が高い。
　日本の木材はなぜ質がよいのか。外国産と日本産を比較すれば一目瞭然だが、年輪がまるっきり違う。日本の木材は年輪がぎっしり詰まっているが、外材のそれは間隔があって、いわば間伸びしている。
　それはどういうわけか。外材は熱帯地方や雨の多い地域で、土地が肥沃かつ広大であり、発育の速度が日本の倍以上の効率を誇る。早い話が稲を１年に２回作るようなもので、回転が早いから２倍の収穫を得ることができる。
　日本の木材は急斜面の山岳地で育ち、風や雪に苦しむし、梅雨期を除いては雨が少ない。急斜面であるから雨は地下へも潜るが斜面を流れて河川へ注ぎ、樹木をうるおすのに条件が悪い。熱帯地方のように日射が強くないし、地質の肥料分も劣る。
　こうした成育条件の違いが木質の差につながってゆく。分かりやすくいえば、苦しい環境、不利な環境で育つから、大きくなるまでに時間をかけねばならぬ。年輪がこむというのは１年１年の成長の速度が遅いことを意味する。
　別の面からいえば、きめ細かい成長しているわけで、１年の歳月をかけても外国の木の半分以下しか太くならないし、伸びない。言わば固肥えしているわけで、筋肉隆々のスポーツ選手のような頑丈な体つきといえる。
　外国産の木材は温かいところで、ぜいたく三昧にたっぷりと日照と肥料をもらって育ったようなもので、結果として、ぶく肥えで、力のない弱々しい体つきとなる。
　だから、製品として外材を使用すれば国産に比べて長持ちしないし、虫にやられやすい。もちろん、日本特有の湿気にも抵抗力が弱い。
　だから、日本の住宅メーカーは、安かろう悪かろうではないが、耐用年数25年くらいを標準に設計している。
　本来の日本式建築は１００年は普通であり、２００年以上の建築物も珍しくない。今は消費時代だから25年で建て直せばいつでも新しい家の感覚で住めるし、その都度、設計の変更や新しい魅力を加えることができる。なによりも早く建てられるし、安上がりである。
　地震に強い弱いは別として、いま、流行のハウスメーカー仕立てによる住宅が一般化しているから、従来型の棟梁や大工さんは受難である。その結果、匠の術で身を支えていた大工、左官職などが職を奪われてしまった。
　人間もまたこれに似ている。雨、風、雪に叩かれての苦労した人生ではなく甘やかされての温室育ちが一般化した。だから今の日本人はみな弱い。外材なみなのである。弱いけれども近代医療でもたしているだけである。医療費が増えるのは当然である。【押谷盛利】
        
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    <title>外材と日本人の身体</title>
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    <published>2010-03-10T06:04:59Z</published>
    <updated>2010-03-12T06:06:06Z</updated>
    
    <summary>　「安かろう悪かろう」はすべての商品に当てはまる一つの法則である。 　その身近な例として建物を考えてみよう。このごろの木造建築物は住宅を含めて外材が圧倒的に多い。日本産の木材が高いので輸入木材にたよるわけだが、なぜ輸入材が安くて日本材が高いのか。 　それは日本材が固くて丈夫、耐久性が秀れているからである。輸入材は柔らかくて加工がしやすいが、痩せやすく寿命が短い。 　鶏でいえばケージに入れられるのと放し飼いの違いである。放し飼いの鶏は足腰がたくましく肉がしまっておいしい。ケージで育った鶏はぶくぶく太って味は淡白である。当然ながら放し飼いの自然派の鶏肉は値段が高い。 　日本の木材はなぜ質がよいのか。外国産と日本産を比較すれば一目瞭然だが、年輪がまるっきり違う。日本の木材は年輪がぎっしり詰まっているが、外材のそれは間隔があって、いわば間伸びしている。 　それはどういうわけか。外材は熱帯地方や雨の...</summary>
    <author>
        <name>滋賀夕刊</name>
        
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            <category term="時評" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shigayukan.com/">
        　「安かろう悪かろう」はすべての商品に当てはまる一つの法則である。
　その身近な例として建物を考えてみよう。このごろの木造建築物は住宅を含めて外材が圧倒的に多い。日本産の木材が高いので輸入木材にたよるわけだが、なぜ輸入材が安くて日本材が高いのか。
　それは日本材が固くて丈夫、耐久性が秀れているからである。輸入材は柔らかくて加工がしやすいが、痩せやすく寿命が短い。
　鶏でいえばケージに入れられるのと放し飼いの違いである。放し飼いの鶏は足腰がたくましく肉がしまっておいしい。ケージで育った鶏はぶくぶく太って味は淡白である。当然ながら放し飼いの自然派の鶏肉は値段が高い。
　日本の木材はなぜ質がよいのか。外国産と日本産を比較すれば一目瞭然だが、年輪がまるっきり違う。日本の木材は年輪がぎっしり詰まっているが、外材のそれは間隔があって、いわば間伸びしている。
　それはどういうわけか。外材は熱帯地方や雨の多い地域で、土地が肥沃かつ広大であり、発育の速度が日本の倍以上の効率を誇る。早い話が稲を１年に２回作るようなもので、回転が早いから２倍の収穫を得ることができる。
　日本の木材は急斜面の山岳地で育ち、風や雪に苦しむし、梅雨期を除いては雨が少ない。急斜面であるから雨は地下へも潜るが斜面を流れて河川へ注ぎ、樹木をうるおすのに条件が悪い。熱帯地方のように日射が強くないし、地質の肥料分も劣る。
　こうした成育条件の違いが木質の差につながってゆく。分かりやすくいえば、苦しい環境、不利な環境で育つから、大きくなるまでに時間をかけねばならぬ。年輪がこむというのは１年１年の成長の速度が遅いことを意味する。
　別の面からいえば、きめ細かい成長しているわけで、１年の歳月をかけても外国の木の半分以下しか太くならないし、伸びない。言わば固肥えしているわけで、筋肉隆々のスポーツ選手のような頑丈な体つきといえる。
　外国産の木材は温かいところで、ぜいたく三昧にたっぷりと日照と肥料をもらって育ったようなもので、結果として、ぶく肥えで、力のない弱々しい体つきとなる。
　だから、製品として外材を使用すれば国産に比べて長持ちしないし、虫にやられやすい。もちろん、日本特有の湿気にも抵抗力が弱い。
　だから、日本の住宅メーカーは、安かろう悪かろうではないが、耐用年数25年くらいを標準に設計している。
　本来の日本式建築は１００年は普通であり、２００年以上の建築物も珍しくない。今は消費時代だから25年で建て直せばいつでも新しい家の感覚で住めるし、その都度、設計の変更や新しい魅力を加えることができる。なによりも早く建てられるし、安上がりである。
　地震に強い弱いは別として、いま、流行のハウスメーカー仕立てによる住宅が一般化しているから、従来型の棟梁や大工さんは受難である。その結果、匠の術で身を支えていた大工、左官職などが職を奪われてしまった。
　人間もまたこれに似ている。雨、風、雪に叩かれての苦労した人生ではなく甘やかされての温室育ちが一般化した。だから今の日本人はみな弱い。外材なみなのである。弱いけれども近代医療でもたしているだけである。医療費が増えるのは当然である。【押谷盛利】
        
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    <title>長浜市の予算編成（見聞録）</title>
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    <published>2010-03-09T06:34:22Z</published>
    <updated>2010-03-11T06:35:42Z</updated>
    
    <summary>　長浜市の２０１０年度予算案が発表された。市長交代直後なので、投資的・政策的な予算を省いて必要最低限の予算となっている。 　一般会計の規模は４７２億円。歳入のうち、根幹となる市税収入が１６６億円と全体の35％を占める。このほか、「諸収入」を合わせると自主財源は46％。残りの54％は依存財源と言われ、国や県からの「仕送り」や、市の「借金」。 　歳出の中で最も大きな割合を占めるのが民生費で、１５０億円と全体の32％を占める。 　民生費は一般的に高齢者や障害者、児童への福祉事業、生活保護、国民健康保険や介護保険特別会計への繰出金など、福祉分野に用いられる。 　この分野は今後の高齢化社会の中で右肩上がりが予想され、市の財政圧迫は不可避だ。 ◇今回の予算案は「骨格予算」なので、目新しい事業や金額の大きな建設事業などがなく、話題性に欠けるが、人件費に着目してみたい。 　人件費は、１市６町合併に伴い、６...</summary>
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        　長浜市の２０１０年度予算案が発表された。市長交代直後なので、投資的・政策的な予算を省いて必要最低限の予算となっている。
　一般会計の規模は４７２億円。歳入のうち、根幹となる市税収入が１６６億円と全体の35％を占める。このほか、「諸収入」を合わせると自主財源は46％。残りの54％は依存財源と言われ、国や県からの「仕送り」や、市の「借金」。
　歳出の中で最も大きな割合を占めるのが民生費で、１５０億円と全体の32％を占める。
　民生費は一般的に高齢者や障害者、児童への福祉事業、生活保護、国民健康保険や介護保険特別会計への繰出金など、福祉分野に用いられる。
　この分野は今後の高齢化社会の中で右肩上がりが予想され、市の財政圧迫は不可避だ。
◇今回の予算案は「骨格予算」なので、目新しい事業や金額の大きな建設事業などがなく、話題性に欠けるが、人件費に着目してみたい。
　人件費は、１市６町合併に伴い、６町の特別職（町長、副町長、教育長）、町議が失職したことなどを受け、約10億円を圧縮できた。これは人件費の11％にあたり、合併の効果として市民にも分かりやすい。
　総務省がこのほど発表した「平成の大合併」の報告書によると、１９９９年から２００６年にかけ、全国５５８自治体が合併し、市町村の特別職と議員が計約２万１０００人減った。これにより、年間約１２００億円の人件費が削減されたという。
　この報告書は、行財政の効率化が進む一方で、住民サービスが低下した地域もあった、と指摘している。
　合併を契機に従来の行政サービスが受けられなくなれば、「不便になった」と感じるだろう。
　合併の目的は簡素で効率的な自治体運営を目指すことにあるが、限られた税収の中で、どの市民サービスを残し、どのサービスを削除するのか。その取捨選択の見極めに、市民が厳しい目を注ぐのは必然。
　しかし、借金を重ねて行政サービスを維持する過去の自治体経営は、これからの時代、改めるべきだろう。子や孫の世代の借金を少しでも減らすため、市と市民が互いに協力し、自治体経営のスリム化に取り組むほかない。
◇新年度の市の歳出を振り返ると、借金返済の「公債費」が全体の16％を占める。一方、教育費は10％にすぎない。
　遠くない将来、借金返済よりも教育を充実させる予算配分の実現を望みたい。
        
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    <title>言葉が心を伝達する</title>
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    <published>2010-03-08T06:24:57Z</published>
    <updated>2010-03-10T06:26:02Z</updated>
    
    <summary>　ぼくは子どものころ、自分のことを「うら」と言っていた。友人を呼ぶのに「われ」と言った。わし（私）らというべきところを「うらら」、あんたらを「わんだら」と言った。学校へ上がっても先輩が田舎言葉を使うので、それを下品とも思わず小学校時代はそれが通用した。 　社会へ出ると、地方地方によって独特の言い方があり、また漫才、落語、芝居、小説などから、いろんな言い回しのあることを知って世間は広い、ということを実感した。 　自分のことを、ぼく（僕）、私（わたし、わたくし）というのは極めて平均的だが、「われ」「おれ」「おら」「おいら」「おれっち」「おらたち」、鹿児島の西郷さんは「おいどん」、夏目漱石は猫に「わが輩」と言わせて、その小説が出世作となった。江戸時代の大名や公卿は「余」、天皇は朕。 　相手を呼ぶ時もいろいろあって「あなた」「あんた」「君」「おまえ」「てまえ」「おぬし」「わろ」。複数呼びの場合は「...</summary>
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        　ぼくは子どものころ、自分のことを「うら」と言っていた。友人を呼ぶのに「われ」と言った。わし（私）らというべきところを「うらら」、あんたらを「わんだら」と言った。学校へ上がっても先輩が田舎言葉を使うので、それを下品とも思わず小学校時代はそれが通用した。
　社会へ出ると、地方地方によって独特の言い方があり、また漫才、落語、芝居、小説などから、いろんな言い回しのあることを知って世間は広い、ということを実感した。
　自分のことを、ぼく（僕）、私（わたし、わたくし）というのは極めて平均的だが、「われ」「おれ」「おら」「おいら」「おれっち」「おらたち」、鹿児島の西郷さんは「おいどん」、夏目漱石は猫に「わが輩」と言わせて、その小説が出世作となった。江戸時代の大名や公卿は「余」、天皇は朕。
　相手を呼ぶ時もいろいろあって「あなた」「あんた」「君」「おまえ」「てまえ」「おぬし」「わろ」。複数呼びの場合は「きみたち」「あんたら」のように達、等をつけるが、ときには、「あなた方」「あんた方」、江戸時代の武士は「おのおの方」と呼びかけた。
　いま、なぜこんな一人称、二人称の文法のいろはのような話を持ち出したかというと、言葉づかいの乱れが社会秩序の乱れに関係しているように思われ、それが人の世の娑婆を悪くするのでは、と心配するからである。
　朝晩の挨拶運動は早くから提唱されているが、家庭、学校、職場、社会で正しく実行できているか、と問えばあやしい。上司や先輩に対して「お早う」は失礼になるが、挨拶に限らず、このごろは敬語がうまく機能していない。親や上司に同輩や仲間同様のぞんざいな言葉を使う傾向があり、慶弔時の正しい言葉づかいのできない人がいる。
　言葉の乱れは、コミュニケーションの場が対話か電話（ケータイを含む）に集約しているからかもしれない。つまり言いっぱなしで、言語に反省の余地がないからである。
　その点、電話化以前の社会は書き言葉による通信がコミュニケーションの正しい表現に役立った。手紙文を書けば、おのずと、時候の挨拶を述べるし、敬語を使うことに意識的になる。
　また、友人か先輩か、単なる事務上の要件か、ものごとの依頼や要請か、恋文か、その他、内容によって使用する言葉に思い入れや配慮が伴う。
　つまり言葉が人間の心、感情を伝達するのであるから、やさしさ、厳しさ、うれしさ、楽しさ、つつましさなどが人間社会をおだやかに、平和に、秩序立てることになる。
　先ず挨拶ありき、挨拶こそが人間のふれあいの潤滑油である。【押谷盛利】
        
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    <title>受動喫煙の防止へ（見聞録）</title>
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    <published>2010-03-06T06:31:23Z</published>
    <updated>2010-03-09T06:32:29Z</updated>
    
    <summary>　先日、大阪駅前で、友人と居酒屋を訪れたが、換気が悪いのかタバコの臭い充満していたので、料理を注文することなく、店を変えた。その日の夜に宿泊したホテルでも、タバコ臭い部屋に案内されたため、即座にフロントに電話して部屋を変えてもらった。 　タバコの煙や臭いに無頓着な客商売があるものだな、と残念に感じた。 ◇他人のタバコの煙を吸うことを「受動喫煙」という。自分の意思に関係なく、空気中に漂う煙が肺に入るから「受動」と言うが、小生を含め多くの非喫煙者がこれに悩まされていることだろう。 　国は平成５年に健康増進法を施行し、公共施設での受動喫煙防止を求めている。さらに、世界保健機関（ＷＨＯ）の「たばこ規制枠組み条約」も批准している。 　これにより、公共施設や交通機関での禁煙化は徐々にではあるが前進している。 　長浜市内でも市役所の建物内が全面禁煙となり、市街地商店街では路上喫煙が禁止された。駅構内も完...</summary>
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        　先日、大阪駅前で、友人と居酒屋を訪れたが、換気が悪いのかタバコの臭い充満していたので、料理を注文することなく、店を変えた。その日の夜に宿泊したホテルでも、タバコ臭い部屋に案内されたため、即座にフロントに電話して部屋を変えてもらった。
　タバコの煙や臭いに無頓着な客商売があるものだな、と残念に感じた。
◇他人のタバコの煙を吸うことを「受動喫煙」という。自分の意思に関係なく、空気中に漂う煙が肺に入るから「受動」と言うが、小生を含め多くの非喫煙者がこれに悩まされていることだろう。
　国は平成５年に健康増進法を施行し、公共施設での受動喫煙防止を求めている。さらに、世界保健機関（ＷＨＯ）の「たばこ規制枠組み条約」も批准している。
　これにより、公共施設や交通機関での禁煙化は徐々にではあるが前進している。
　長浜市内でも市役所の建物内が全面禁煙となり、市街地商店街では路上喫煙が禁止された。駅構内も完全禁煙化している。
　しかし、日本の取り組みはヨーロッパの先進国と比較すると、遅れているのが現状だ。特に、条約を批准していながら、公共施設の禁煙化を実現できていない点が問題視されている。
◇厚生労働省は先月、受動喫煙による健康被害を防ぐため、飲食店やホテル、百貨店など多くの人が利用する施設を原則として全面禁煙とすることを求める通知を全国の自治体に出した。
　対象となる主な施設は、学校、体育館、病院、劇場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店、駅、金融機関、美術館、博物館、社会福祉施設、商店、ホテル、旅館、屋外競技場、パチンコ店、ゲームセンター、電車、バス、タクシーなど。
　罰則や強制力はなく、通知の効果は未知数だが、国が禁煙化の方針を打ち出したことの意味は大きい。
　そんな中、神奈川県は４月から受動喫煙防止条例を施行する。病院、学校、劇場、官公庁などを完全禁煙とし、飲食店、ホテル・旅館、カラオケボックスなどは完全禁煙か分煙化を義務付ける。
　さらに、罰則規定も設け、禁煙場所でタバコを吸った場合は２万円以下、施設管理者が必要な義務を果たさない場合は５万円以下の過料処分とする。
　４月１日の施行が迫る中、同県のマクドナルドやロイヤルホスト（レストラン）は３月１日から全席禁煙に踏み切った。健康志向の企業姿勢をアピールするのが狙いで、客から好評を得ているという。
◇厚生労働省の調べでは、日本の喫煙率は男女合わせて24％。また、家庭に子どもや妊婦のいる割合が高い20代、30代の喫煙率は、その他の年代と比べて高く、20代では男性47％、女性16％、30代で男性55％、女性17％となっている。
　この数値をいかにして減らすのか。喫煙者が減れば、受動喫煙の機会も減る。神奈川県の取り組みのように、滋賀県や長浜市にも、タバコの煙に悩まされない環境づくりが進むよう音頭を取ってもらいたい。
        
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    <title>尋常という素敵な言葉</title>
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    <published>2010-03-05T07:41:30Z</published>
    <updated>2010-03-08T07:42:33Z</updated>
    
    <summary>　このごろはあまり、口にしなくなったが尋常という言葉がある。普通という意味である。特別でないこと、あたりまえのこと。そのほか、見苦しくないこと、いさぎよいこと、すなおなこと、りっぱなことの意味もある。 　とても含みのあるいい言葉で、昭和の初期は小学校のことを尋常小学校といった。正しくは尋常高等小学校といい、尋常科が６年制で義務化、その延長線上に高等科があり、希望者だけが進学するコースだった。 　これが戦争中の昭和16年（１９４１）に国民学校と名を変えた。国民総動員という戦争政策に合わせたもので、せっかくの尋常というよい名を変えてから世の中、あやしくなってきた。 　尋常小学校は明治19年（１８８６）に設置され、初めは４年制、同40年から６年制となった。 　いま、尋常が懐かしく思い出されるのは、今の世があまりにも尋常でなさすぎるからである。 　赤ちゃんや幼児を虐待して殺す親の話などは聞くことは...</summary>
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            <category term="時評" />
    
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        　このごろはあまり、口にしなくなったが尋常という言葉がある。普通という意味である。特別でないこと、あたりまえのこと。そのほか、見苦しくないこと、いさぎよいこと、すなおなこと、りっぱなことの意味もある。
　とても含みのあるいい言葉で、昭和の初期は小学校のことを尋常小学校といった。正しくは尋常高等小学校といい、尋常科が６年制で義務化、その延長線上に高等科があり、希望者だけが進学するコースだった。
　これが戦争中の昭和16年（１９４１）に国民学校と名を変えた。国民総動員という戦争政策に合わせたもので、せっかくの尋常というよい名を変えてから世の中、あやしくなってきた。
　尋常小学校は明治19年（１８８６）に設置され、初めは４年制、同40年から６年制となった。
　いま、尋常が懐かしく思い出されるのは、今の世があまりにも尋常でなさすぎるからである。
　赤ちゃんや幼児を虐待して殺す親の話などは聞くことはなかった。手紙を郵便ポストに入れるように赤ちゃんをそっと人の知らぬまに箱の中に捨ててゆく親があり、その捨て箱を用意する役所があったり、義務教育でない高等学校の生徒に金持ちの子も貧乏人の子も一緒ぐるみで国から学費を出す制度など、どう考えても尋常ではない。
　考えれば考えるほど今の日本は尋常ではないことばかり。
　することが尋常でないから、これは狂っているとしか言いようがないが、一流の文化国家、経済国家と自負しながら、狂っているというのは恥ずかしさを通り越して明日の自分はまともでいられるだろうかと不安になる。
　例えば「振り込めサギ」など尋常のアタマでは考えられないことだ。こんな悪いサギ行為は顔の見えない電話や顔の見えない銀行の預金の出し入れを逆手にとって人さまのカネをぼったくるわけだが、やられる被害者も尋常ではない。「わしや」「おれや」と言われて、ほんまの息子や孫と思っていそいそと銀行の指定口座へ振り込む。カネの値打ちがないのか、カネがだぶっているのか、それとも息子の声か孫の声かの判断までができにくくなってしまったのか。
　もし、耳がおかしくなっているのなら、テレビの見過ぎで、音感が狂ったのかもしれない。有名大学の学生やら防衛大学の学生らが強姦や、その未遂で逮捕されたり、学校の先生が女生徒へのわいせつ行為で問題を起こしたり、やっぱりここは明治、大正にさかのぼって原点の尋常小学校に戻した方がよいのかもしれん。【押谷盛利】
        
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    <title>川島氏の選挙人生（見聞録）</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shigayukan.com/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=3716" title="川島氏の選挙人生（見聞録）" />
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    <published>2010-03-04T06:54:46Z</published>
    <updated>2010-03-06T06:56:00Z</updated>
    
    <summary>　きょう４日、川島信也市長が任期満了を迎え、市庁舎に別れを告げた。 　川島氏はこれまでに実に９回の選挙に立候補し、当落を繰り返してきた。振り返ると―。 　東大法学部卒業後、旧国鉄に入社し、ニューヨーク事務所次長、本社経営計画室主幹を務めるなどエリートコースを歩んだ。 　１９８０年に国鉄を退社。１９８３年の衆院選の滋賀選挙区に、宇野宗佑（通商産業大臣、後に首相）、山下元利（元・防衛庁長官）らとともに自民党から立候補した。定数５に対し６人の立候補だったが、最下位で涙を飲んだ。 　１９８６年の衆院選でも再び、宇野、山下、武村正義（後の大蔵大臣）らと自民党から立候補したが、７人中最下位で、落選。ちなみに、このとき初当選したのが、今の文部科学大臣の川端達夫氏（当時は民社党）。 　１９９０年に挑んだ３度目の衆院選は無所属で立候補。大差で敗れ、国政への道を閉ざした。 ◇翌年の１９９１年、長浜市長選に立候...</summary>
    <author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shigayukan.com/">
        　きょう４日、川島信也市長が任期満了を迎え、市庁舎に別れを告げた。
　川島氏はこれまでに実に９回の選挙に立候補し、当落を繰り返してきた。振り返ると―。
　東大法学部卒業後、旧国鉄に入社し、ニューヨーク事務所次長、本社経営計画室主幹を務めるなどエリートコースを歩んだ。
　１９８０年に国鉄を退社。１９８３年の衆院選の滋賀選挙区に、宇野宗佑（通商産業大臣、後に首相）、山下元利（元・防衛庁長官）らとともに自民党から立候補した。定数５に対し６人の立候補だったが、最下位で涙を飲んだ。
　１９８６年の衆院選でも再び、宇野、山下、武村正義（後の大蔵大臣）らと自民党から立候補したが、７人中最下位で、落選。ちなみに、このとき初当選したのが、今の文部科学大臣の川端達夫氏（当時は民社党）。
　１９９０年に挑んだ３度目の衆院選は無所属で立候補。大差で敗れ、国政への道を閉ざした。
◇翌年の１９９１年、長浜市長選に立候補。新人４人で争う中、知名度を生かして圧勝。４度目の選挙で、当選の美酒を味わった。
　だが、その後の市長選で当落を繰り返し、４年間、市長職を全うしては、次の４年は浪人生活。そして、今年２月、４選を目指したが、敗れた。
　川島氏は衆院選、市長選合わせて計９回の立候補で３勝６敗。国鉄退社から実に30年近く、選挙人生を送ってきた。
◇川島氏は、市立病院の移転、１市６町の合併など、その実行力で未来の長浜市の礎を築き、大きな功績を残した。一方、その長年の選挙人生の中で、保守層が「川島派」と「反川島派」に分裂し、選挙のたびに市を２分する戦いとなり、怪文書や告発状も出た。
　「今後は一市民として長浜のためにがんばりたい」という川島氏だが、県政では次男の隆二氏が活躍しており、側面からの応援は欠かせないだろう。その隆二氏は来年４月の県議会改選を控えている。
　川島氏をめぐる保守分裂は、新たな展開を迎えるのか。
        
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    <title>どえらい発言と政局</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shigayukan.com/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=3712" title="どえらい発言と政局" />
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    <published>2010-03-03T05:37:35Z</published>
    <updated>2010-03-05T05:38:42Z</updated>
    
    <summary>　自民党の将来を目されている前厚労相の舛添要一氏が外国人記者との会合の席で、このまま自民党の支持率が上がらなかったら党首の交代を要求するか、場合によっては党を割って出てゆくかもしれん、と、どえらい発言をした。しかも、「みんなの党」の渡辺代表や「民主党」の前原国交相ら反小沢の幹部らの名を挙げて政界再編成あり得るのニュアンス濃き胸のうちを明かした。 　舛添さんの心配は実は国民の心配なのである。かいつまんでいうと、民主党がなんぼ失点を重ねて、国民からの不信の目で見られても、それが反転作用して、自民党の人気回復につながらないからである。 　民主党内閣は致命的な傷を負い、常識的には死に体となっているが、だからといって、国民はそれに代わるべく自民党内閣の返り咲きを願っていない。 　ことほど左様に国民は長年の自民党政治に愛想をつかしている。だから、民主党への怒りや不信の声がそのまま自民党への支援の声にふ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shigayukan.com/">
        　自民党の将来を目されている前厚労相の舛添要一氏が外国人記者との会合の席で、このまま自民党の支持率が上がらなかったら党首の交代を要求するか、場合によっては党を割って出てゆくかもしれん、と、どえらい発言をした。しかも、「みんなの党」の渡辺代表や「民主党」の前原国交相ら反小沢の幹部らの名を挙げて政界再編成あり得るのニュアンス濃き胸のうちを明かした。
　舛添さんの心配は実は国民の心配なのである。かいつまんでいうと、民主党がなんぼ失点を重ねて、国民からの不信の目で見られても、それが反転作用して、自民党の人気回復につながらないからである。
　民主党内閣は致命的な傷を負い、常識的には死に体となっているが、だからといって、国民はそれに代わるべく自民党内閣の返り咲きを願っていない。
　ことほど左様に国民は長年の自民党政治に愛想をつかしている。だから、民主党への怒りや不信の声がそのまま自民党への支援の声にふくれ上がらないのである。
　実はここに政治の危機と国民の不安が籠もる。死に体の内閣が呼吸し続けるというのは道理に合わないわけで、これは民主主義政治ではあり得ぬことなのだ。あり得ぬことが現実に続いているのは、まさに独裁政治に質的変化を遂げつつあることだ。
　民主党は数の力で内閣の不信案を否決するであろうし、小沢喚問を野党が叫んでもそれに応じぬし、お小遣い12億円を知らぬという首相が１円でもムダをはぶかねばならぬ、と国民をバカにしたり、とにかく平気の平座で政権を握っているこの現実は北朝鮮や中国の独裁政治と似ているではないか。
　そうこうしているうちに、今度は北海道へ火がついた。北海道の教職員組合（日教組傘下）が民主党の小林千代美議員へ不正献金したことがバレて、組合幹部ら３名が逮捕された。
　組合は「不正はない。不当逮捕だ。弾圧だ」とうそぶいているが、さきに小沢氏秘書が逮捕されたときも民主党は「権力捜査だ」といきまいた。
　小沢氏については「疑惑は残るが起訴するに十分な証拠が得られない」という理由で不起訴処分となったが、国民の多くは小沢氏の「白」を信じることはない。
　このような民主党権力の疑惑がどう国民を怒らせているか、それを証明したのが長崎県知事選と町田市長選である。
　国会へ反映する国民の声は７月の参議院選に向けられているが、一たん信用を落とした自民党の支持率回復は望むべくもない。このまま事態が続くようなれば、国民のいらいらは募るばかりである。
　民主党はダメだ、さりとて自民党にも期待できぬ。国民の投票行為、政党への選択行為が大きなジレンマに立ち至っているのが今日の政治危機である。
　それなのに、２日付の新聞はこの舛添発言を過少評価したのか、無視するほど扱いが小さい。ぼくが編集長なら一面でトップ扱いに報道するのだが。【押谷盛利】
        
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    <title>ネットメディアの盛衰（見聞録）</title>
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    <published>2010-03-02T06:00:50Z</published>
    <updated>2010-03-04T06:01:27Z</updated>
    
    <summary>　若者を中心に新聞離れが久しくなり、大手新聞の発行部数は減少傾向で、情報収集の舞台を完全にインターネットに奪われている。また、広告収入も、ネットに追い抜かれ、減収、減益の赤字決算が頭の痛い問題となり、今後の新聞メディアの行く末を心配している。 　日経は今月23日からインターネットで新聞配信の有料化に踏み切るが、果たしてどの程度の購読者を取り込めるのか、注目している。 ◇ネットの普及、特にネット上の日記「ブログ」の登場で、誰もが気軽に情報を発信できるようになったが、今、注目を集めているのは、簡単なコメントやつぶやきを発信できる「ツイッター」。 　芸能人や政治家が参加する中、鳩山首相もオリンピックの感想、チリ大地震や津波への政府の取り組みなどを発信している。 　意外にも、鳩山首相のツイッターが国内１位の人気を集めていることが、「富士通総研」の調査で明らかになった。 　ネット上で意識調査を行った...</summary>
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        <name>滋賀夕刊</name>
        
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        　若者を中心に新聞離れが久しくなり、大手新聞の発行部数は減少傾向で、情報収集の舞台を完全にインターネットに奪われている。また、広告収入も、ネットに追い抜かれ、減収、減益の赤字決算が頭の痛い問題となり、今後の新聞メディアの行く末を心配している。
　日経は今月23日からインターネットで新聞配信の有料化に踏み切るが、果たしてどの程度の購読者を取り込めるのか、注目している。
◇ネットの普及、特にネット上の日記「ブログ」の登場で、誰もが気軽に情報を発信できるようになったが、今、注目を集めているのは、簡単なコメントやつぶやきを発信できる「ツイッター」。
　芸能人や政治家が参加する中、鳩山首相もオリンピックの感想、チリ大地震や津波への政府の取り組みなどを発信している。
　意外にも、鳩山首相のツイッターが国内１位の人気を集めていることが、「富士通総研」の調査で明らかになった。
　ネット上で意識調査を行ったところ、ツイッターの利用者は８・２％と、１割にも満たなかったが、その利用者の４人に１人が鳩山首相のツイッターを閲覧していることが分かり、新聞やテレビを介さなくても、一国の首相の発言が身近になっていることがうかがえる。
◇「市民の市民による市民のためのメディア」を標榜するネット新聞「ＪＡＮＪＡＮ」は１日、今月末での休刊を発表した。
　ボランティアの市民記者が取材、執筆した原稿を編集部がチェックした上で、ネットに掲載する仕組み。市民目線のテイストが興味深く、滋賀県内でも複数の市民記者が日常のニュースなどを伝えていただけに、残念だ。
　休刊の理由について、急激な広告収入の落ち込み、サイトシステムの「時代遅れ」、既存マスコミのネット参入などを挙げている。
◇新しいビジネスモデル、情報発信手段が生まれては消えるネットの世界は、盛衰のスピードが速い。既存の新聞はその世界に翻弄されている。
　滋賀夕刊もホームページで、新聞に掲載した記事のいくつかを紹介しているが、どれほどの効果があるのかは不明だ。小紙としては地元のニュースを地元に届ける仕事を、地道に続け、読者に喜んでもらうほかない。
        
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    <title>真央の涙と民主党政治</title>
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    <published>2010-03-01T06:08:10Z</published>
    <updated>2010-03-03T06:09:30Z</updated>
    
    <summary>　バンクーバーの冬季オリンピックは終わった。振るわなかった日本勢だったが、そのなかで、唯ひとり、世界を興奮のルツボに酔わせたフィギュアの浅田真央が光る。 　真央はトリプルアクセルの女王としての貫禄を見せたが、惜しくも韓国のヨナに金メダルを奪われた。 　銀メダルを手にした真央は「くやしい」と本音をもらすとともに涙を流した。勝負の世界だからその口惜しさは分かる。くやしいのは真央だけではなく、テレビに釘づけされていた国民のみんなの気持ちであった。低調な日本勢にあって世界の関心を集めた真央の華麗な活躍は見事というよりほかはない。 　真央の涙が４年後の五輪でどんな花を咲かせるのか。それを楽しみに彼女以下日本の全選手のさらなる前進を期待しよう。 　ところで、真央はなぜ金にこだわるのか。民主党が自民党に代わって政権を担ったとき、各省庁から上がった予算のうちムダをはぶくための事業の仕分けをしたのは先ごろの...</summary>
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        　バンクーバーの冬季オリンピックは終わった。振るわなかった日本勢だったが、そのなかで、唯ひとり、世界を興奮のルツボに酔わせたフィギュアの浅田真央が光る。
　真央はトリプルアクセルの女王としての貫禄を見せたが、惜しくも韓国のヨナに金メダルを奪われた。
　銀メダルを手にした真央は「くやしい」と本音をもらすとともに涙を流した。勝負の世界だからその口惜しさは分かる。くやしいのは真央だけではなく、テレビに釘づけされていた国民のみんなの気持ちであった。低調な日本勢にあって世界の関心を集めた真央の華麗な活躍は見事というよりほかはない。
　真央の涙が４年後の五輪でどんな花を咲かせるのか。それを楽しみに彼女以下日本の全選手のさらなる前進を期待しよう。
　ところで、真央はなぜ金にこだわるのか。民主党が自民党に代わって政権を担ったとき、各省庁から上がった予算のうちムダをはぶくための事業の仕分けをしたのは先ごろのことである。
　その仕分け作業の公開の場で、民主党の女性議員が文化、学究、技術関係の事業費のカットを主張したことが報じられた。そのなかで学力、技術関係の国際競争力が問われ、資源のない日本の生きる道は頭脳による技術力の輸出や新商品の開発に世界のトップレベルをねらわねばならぬとする学界からの説明に対し、「なぜ１番でなければならぬのか。２番ではいけないんですか」の彼女の発言が話題になった。
　この女性議員の同じ思考が戦後の日本の教育界をわざわいした。それは格差反対、平等という大衆おもねり思想ともいうべきもので、たとえば運動会に１、２、３位の入賞制度を廃止したり、通知簿の10段階、５段階制評価をなくする方向を打ち出した。
　これは日教組なる教員組合の悪平等主義の所産であるが、その結果、日本の中学、高校の学術レベルが世界から遅れたことが問題になり、その延長線の「ゆとり教育」の見直しにつながってゆく。
　１番でもなくてもいい、５番でも10番でもという考え方は、のっけからトップを走る気概を喪失させるもので、自由社会、競争社会の脱落組の応援団というべきである。
　同じ理屈はオリンピックにもいえる。なぜ金メダルなのか。金が最高峰であり、絶対唯一の頂上をただ１人極めることこそスポーツの世界の夢であり、永遠の美である。それを逃したことへの悲しみと自分自身への怒りが真央の涙となり、くやしいの声になった。
　涙でいえば、いまの民主党の政策は涙ぬきの全体主義的傾向があり、しっかりと見極めねば日本を世界の２等国、３等国に落とす恐れがある。
　その一つが農業政策である。農家がもうからなかったら、その分を国がカバーしようというのは惰民政策で、１番２番を目指すがんばり農業を亡ぼすことになる。【押谷盛利】
        
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    <title>不幸のきわみと国民</title>
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    <published>2010-02-26T07:58:14Z</published>
    <updated>2010-03-02T08:05:48Z</updated>
    
    <summary>　作家の山本一力さんが鳩山総理の親不孝を論難して、国民の目線などという資格はない、と書いていることは、さきに述べたが、国民のおさまらないのは12億円もの巨額の金を母親からもらっていながら「知らぬ、知らぬ」を押し通している厚顔無礼ぶりである。 　これがもし、一般の国民ならたちまち脱税で逮捕され、その実態は泥沼の如く何が出てくるやら知れない。政治家には個人献金があるが、死んで不在の人や実在しない人の名をかたって届けを出していることはすでに経理担当者の起訴で明らかになったが、それもこれも「知らぬ、存ぜぬ」で、時間を稼ぎ、結局はウヤムヤのうちに国民の目線を外そうとする段である。 　小沢幹事長のカネと不動産の問題もそうだが、知らぬ半兵衛をつらぬき通すことが国民の心の中に消え去ることのない不信感を植えつけた。まとも常識では到底考えられないことだから、国民は怒りを胸にしまいこんでいつまでものろい続けるで...</summary>
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        　作家の山本一力さんが鳩山総理の親不孝を論難して、国民の目線などという資格はない、と書いていることは、さきに述べたが、国民のおさまらないのは12億円もの巨額の金を母親からもらっていながら「知らぬ、知らぬ」を押し通している厚顔無礼ぶりである。
　これがもし、一般の国民ならたちまち脱税で逮捕され、その実態は泥沼の如く何が出てくるやら知れない。政治家には個人献金があるが、死んで不在の人や実在しない人の名をかたって届けを出していることはすでに経理担当者の起訴で明らかになったが、それもこれも「知らぬ、存ぜぬ」で、時間を稼ぎ、結局はウヤムヤのうちに国民の目線を外そうとする段である。
　小沢幹事長のカネと不動産の問題もそうだが、知らぬ半兵衛をつらぬき通すことが国民の心の中に消え去ることのない不信感を植えつけた。まとも常識では到底考えられないことだから、国民は怒りを胸にしまいこんでいつまでものろい続けるであろう。
　一国の宰相や宰相以上に実力を持つ与党の幹事長が小学校の子どもにも恥ずかしいウソ八百を天下さんの力で押し切るというのだから、その罪は深い。政治の信用を落とした点では単なる親不孝のそしりではすまされまい。
　ついでながら親不孝について書く。孝は親を大切にすること、親に心配をかけぬこと、であり、その反対が不孝である。「孝は百善の本」という教えがある。孝行はすべての善行の基本であり、徳行の始まりという中国の古典に由来する。
　養老の滝がいまも人気があり、観光客が絶えないのは孝行息子の褒美に神さまが滝の水を酒にかえたという伝説による。それほど親孝行は人の心を感動させる。
　いつのころからどうなったのか、敗戦後の日本は道徳教育をなくして、孝行という徳目などを吹き飛ばしてしまった。【押谷盛利】
        
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