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2019年01月10日

安土城復元、正夢に

 織田信長が琵琶湖のほとりに築いた絢爛豪華な安土城。城の外壁は各層が朱や青、白色に彩られ、最上層は金色。内部は京都の絵師・狩野永徳の絵で飾られるなど、当時の技術と芸術の粋の集大成して造られたとされる。歴史ファンでなくとも、その姿を見てみたいと思う安土城について、今、復元の気運が高まりつつある。
 切り出したのは三日月大造知事。昨年、滋賀経済産業協会から復元の提言を受け、新年になって公の場で復元への夢やロマンを語り出した。新年度の予算にも関連経費を計上する見込みという。
 安土城は1579年に築かれたが、3年後の「本能寺の変」で信長が明智光秀に討たれた後に焼失した。今では石垣の一部を残すのみ。たった3年間しか存在しなかったことから、当時の城の姿をうかがい知る史料はほとんどない。
 安土城を描いた史料としては、信長が狩野永徳に描かせたとされる「安土城之屏風」がある。その屏風は天正遣欧使節を通じて当時のローマ法王に献上された。献上後の行方は不明だ。2007年には地元の旧安土町が調査団をバチカンに派遣したが、発見には至っていない。
 復元計画を具体化するには、まずは安土城の姿を解明する必要がある。そのためには屏風の発見が不可欠だ。再度、調査団を派遣し、徹底的な追跡を期待したい。
 また、莫大な資金が必要となる。「300億円」という金額が飛び出すなど、とても滋賀県や地元の近江八幡市が賄える金額ではなく、民間資金の活用が欠かせない。ただ、信長の安土城を復元する計画が具体的に持ち上がれば、全国の歴史ファンからの出資や寄付も望める。
 城の復元をめぐってはコンクリート製の名古屋城の天守を解体し、木造で復元する作業が進んでいる。来年には明智光秀を描いた大河ドラマ「麒麟がくる」が上映される。戦国時代や信長に注目が集まるのは想像に難くない。安土城復元のハードルは高いが、新年早々の夢のある話題が、是非とも正夢となることを願いたい。

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2019年01月07日

市民ホール整備を

 年末、長浜フェスティバルオーケストラのメンバーによる気楽なコンサートが北ビワコホテルグラツィエで開かれた。出席者50人程の密度の濃いコンサートで、ヴァイオリン、フルート、ピアノ、ハープ、コントラバス、ファゴットの演奏、そしてソプラノやバリトンの迫力の声量に圧倒され、演奏会後の立食パーティーは演奏家と交流の場となった。
 このオーケストラは木之本町内で企業を経営する平井正公さんが地域に根ざしたオーケストラを結成しようと音楽仲間に呼びかけ、一昨年に誕生した。プロ、アマが集い、年1回のコンサートを目指している。
 指揮者の藤村知史さんは以前、滋賀夕刊の取材に「とても実験的なオーケストラ。クラシック演奏に触れる機会の少ない田舎で、オーケストラを結成することで、地域の人がクラシック音楽を好きになるかもしれないし、子どもたちが音楽を始めるかもしれない」とオーケストラ結成の意義を語っていた。
 藤村さんが指摘するように、都市部に比べると田舎はどうしてもクラシック音楽に触れる機会が少ない。だからこそ、その機会を大切にしたい。
 大晦日の夜には市民有志の発案により、長浜駅東側のペデストリアンデッキで第九の演奏会があり、市民が楽器を持ち込んだり、合唱に参加したりした。平成最後の大晦日の夜をベートーヴェンの名曲と共に過ごそうという、素敵な企画が市民のアイデアで生まれたことを嬉しく思う。
 長浜市民会館が閉館して10年。そして、長浜文芸会館の耐用年数はあと2年。市は昨秋、懇話会を設置して新しい文化ホールの整備について検討を始めた。ただ、新しいホールの実現には数年かかる見込みで、財源と運営コストも課題となろう。
 長浜の文化・芸術活動の拠点となってきた長浜文芸会館の閉館後、市内の文化・芸術活動の行く末を心配する声も出ている。これらの活動に支障が出れば、新しい文化ホールの整備に手をこまねいてきた市の責任が問われようが、何とか市民のアイデアで乗り切りたい。だからこそ、長浜フェスティバルオーケストラや、市民のアイデアによる第九演奏会を心強く思う。
 長浜で育つ子ども達のために幅広い文化・芸術活動に触れる場となる市民ホールの整備は喫緊の課題だ。その気運が盛り上がることを期待したい。

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