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頼りになるのはご近所 自然災害に備えを

 阪神淡路大震災からきょう17日で23年を迎えた。震災当時、神戸市内で学生生活を送っていた小生は未明の下から突き上げる衝撃と轟音に、飛び起きた。体が浮き上がるような感覚は今でも覚えている。住んでいたマンションに大きな被害はなかったが、棚に置いていた食器などが落下して壊れた。電気、ガス、水道、電話のすべてが停止した。どこが震源でどれくらいの被害が発生しているのか、携帯ラジオを持っていなかったので、当初は情報がまったく入らなかった。昼過ぎになって電気が復旧したことで、テレビを付けて初めて被害の甚大さを知った。
 大学は4月の新学期まで休校となり、学生はそれぞれ復興ボランティアやアルバイトに精を出すこととなった。小生は液状化現象で泥にまみれたポートアイランド内の工場で泥を掻き出すアルバイトに従事した。三ノ宮駅とポートアイランドを結ぶポートライナーが不通で神戸大橋を自転車で往復。砂埃が舞うためマスクが欠かせず、毎日、顔を真っ黒にした。
 被災地には全国から延べ167万人のボランティアが駆け付けた。食料や燃料を持ち込んだり、避難所を運営したり、全国から届く支援物資を仕分け・発送したり。皆、何ができるのかも分からないまま、多くのボランティアが被災地の現状に居ても立ってもいられず駆け付けた。この1995年はボランティア元年とも呼ばれ、その経験が後の災害復旧に生かされている。また、自衛隊も復旧や救助に貢献し、その役割が国民に見直された。
 6000人を超える犠牲者を出した阪神淡路大震災は時の経過とともに風化しつつある。神戸の街を歩いても震災の名残を見つけるのが難しくなっているが、東日本大震災の発生した3月11日同様に、自然災害の恐ろしさを再認識する日として、そして自然災害への備えを考える日として、意識付けたい。
 阪神淡路大震災の日、救助の主力となったのは、消防でも警察でも自衛隊でもない。ご近所だった。統計によると、建物や家具の下敷きになるなどした「自力脱出困難者」約3500人のうち、77%が家族や近隣住民によって助け出されている。消防や警察、自衛隊による救出は23%に過ぎない。大震災の際には、防災機関自身も被害を受け、道路の寸断や陥没、交通渋滞により、すぐに救助に駆けつけられない。真っ先に頼りになるのは近所だ。とりわけ、高齢者や乳幼児、身体障害者など、いわゆる「災害弱者」の安否確認や救助は近所の使命であろう。向こう三軒両隣の付き合いを大切にしたい。

2018年01月17日 16:11 |


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