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きずな貯金

 現在、日本の死者数は年間約130万人だが、団塊世代の高齢化の進展に伴って、2030年以降には年間160万人にのぼると推計されている。いわゆる「多死社会」の到来に、人生の最期をどこでどのように過ごすのかを考えたい。
 内閣府の調査によると、昭和20年代には8割にのぼっていた自宅での看取りは、現在は13%へと激減している。8割近くが病院で最期を迎えている。意識調査では回答者の55%が自宅で最期を迎えたいと回答し、病院などの医療機関を希望するのは28%に過ぎない。ただし、この数値は「家族に迷惑をかけたくない」との回答者の思いが作用しているとみられ、仮に在宅医療の環境が整った条件下であれば9割が住み慣れた自宅で最期を迎えたいと願っているとの指摘もある。
 ただし、在宅医療は簡単でない。昭和初期のように3世代も4世代も家族が一緒に住んでいた時代と異なる。核家族化が進み、子ども、孫が遠方に住んでいることも珍しくない。介護保険制度や各種医療制度が整備されているとはいえ、自宅で介護・医療を続けるには支援者の育成が欠かせない。
 地域で亡くなる半数が在宅の看取りという永源寺。地域唯一の診療所で所長を務める花戸貴司さんは「在宅医療は医師一人ではできない。地域の支えが一番の力になる」と指摘している。
 医師や介護ヘルパーなどの専門職が提供する「地域包括ケア」だけでは、在宅医療は完結しない。独り暮らしの患者なら散歩に連れ出したり、話したりする相手も必要だし、認知症で徘徊癖があるなら近所の見守りも欠かせない。専門職だけではカバーできない「隙間」を埋めるのは誰か。花戸さんは「本当に必要なのは『ご近助』」だと訴えている。
 田舎の人付き合いを嫌って、子が新興住宅地に居を構えるのは日本の地方で見られる光景だが、花戸さんは田舎の人付き合いを「きずな貯金」として推奨している。田舎に住み続けると確かに煩わしくも思える付き合いがある。しかし、歳をとって体が不自由になったときに支えになってくれるのは、日ごろの付き合いがある近所の住民だ。花戸さんは「きずな貯金」を貯め、高齢になって体が不自由になれば、貯金を活用して生活をやりくりする。そんな理想を提唱している。
 もちろん、都市部でも趣味サークルの繋がりだったり、近所の仲間だったり、「互助」につながるようなコミュニティーを形成してゆけば、たとえ、独り暮らしになっても最期を自宅で過ごすことは可能だろう。
 住み慣れた自宅でお迎えを待つ理想。多死社会が迫るからこそ、尊厳ある最期について考えてはどうだろうか。

2017年11月13日 16:05 |


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