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アンネの日記70年

 ドイツ鉄道が12月に導入する新型特急列車の名前の候補に「アンネ・フランク」を挙げたところ、「無神経だ」との抗議が寄せられ、再考を迫られている。
 名前は利用客から公募し、人物名25人を候補として公表。アインシュタインやベートーベン、トーマス・マンなどと並んでアンネの名前があった。アンネは同国で公共施設の名称などに利用されているが、アンネ自身がナチス・ドイツ時代に鉄道で強制収容所へ送られており、批判が出るのは避けられない。ドイツ鉄道はかつて強制収容所への移送を担ったドイツ帝国鉄道を前身としており、「アンネの記憶を維持しようという歴史的な責任から決めた」と説明しているが、再検討を余儀なくされたのは当然だろう。
 ユダヤ系ドイツ人のアンネの家族は、反ユダヤ主義を掲げるナチスから逃れるため、ドイツからオランダ・アムステルダムへと亡命。しかし、第二次世界大戦でナチスに占領されたオランダでもユダヤ人狩りが始まり、一家は隠れ家での潜伏生活を余儀なくされた。約2年間に及んだ隠れ家での生活はナチス親衛隊(SS)の捜索によって終わりを迎え、一家全員が強制収容所に送られた。アンネは収容所の過酷で不衛生な生活に耐えられず、チフスを患って15歳で命を落とした。
 アンネは500万人ともされるホロコーストの、名も無き犠牲者の1人だったはずだが、隠れ家で書いた手記が「アンネの日記」として出版されたことで、世界で誰もが知る少女となった。
 アンネは物音一つ立てられない潜伏生活の中、学校の出来事や友人の話、隠れ家での生活、ユダヤ人の迫害や戦争、平和への思いなどを綴った。
 「私は理想を捨てません。どんなことがあっても、人は本当に素晴らしい心を持っていると今でも信じているから。私たちの人生は一人一人違うけれど、皆同じ。私たちは皆、幸せになることを目的に生きています」「苦しいことについて、私は何も考えない。美しいことがまだ残っているんだから」—。
 日記が出版されてから今年で70年。少女が絶望的な境遇の中でも希望の火を灯し続け、平和を願ったこの日記は世界各国で出版され、忘れてはならない負の記憶を今に伝えている。

2017年11月10日 16:57 |


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