滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2015年11月30日

同じ発表、正反対の報道

 9月の安保関連法案の審議の際、マスコミ各社の報道が大きく異なった。読売、産経は安保法制の意義を説いて法案成立を応援し、朝日、毎日、中日は反対の論陣を張った。これは各社の理念や政治的スタンスによるが、ひとつの新聞を読むだけでは入手する情報に偏りが出ることを示した。
 マスコミ各社のスタンスは別にして、記者が取材で得た「事実」をどういう角度で執筆するかによって読者に伝わる情報が正反対になることがある。
 内閣府が28日、「住生活に関する世論調査」の結果を発表したところ、朝日新聞が「新築マイホーム人気にかげり?」「買うなら中古」と報道する一方で、時事通信が「住むなら新築」「中古住宅流通に課題」と報じた。同じ発表内容を基に執筆した記事がなぜ正反対になるのだろうか。
 朝日新聞は新築のマイホームを欲しがる人が減り、「家を買うなら中古という人が増えている」と紹介している。その根拠について、住宅を購入するとしたら「中古」との回答が9・9%を占め、前回調査の平成16年の3・4%から3倍近くに増えたこと、「新築」との回答が9・2ポイント減の73・0%となったことを挙げている。「中古住宅の価格の方が手が届きやすい」との理由を紹介している。
 一方、時事通信は購入したい住宅について「新築の一戸建て住宅」との回答が63・0%、「新築マンション」が10・0%だったとしたうえで、「中古の一戸建て住宅」の6・1%、「中古マンション」の3・8%を大きく上回っていると報じた。新築の良い点について「間取りやデザインが自由に選べる」「全てが新しくて気持ちいい」との理由を紹介している。
 報道のポイントは、朝日新聞が過去の調査結果と比較し、時事通信が新築と中古の希望者を比較している点にある。情報の取捨選択によって読者に正反対の印象を与える記事に仕上がるという点は、情報の受け手として注意したいところだ。

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月26日

大阪副首都論の前進へ

 大阪維新の府知事、市長のダブル選で圧勝したことは滋賀県民にとっても有り難いことと思わねばならぬ。
 それは大阪都構想への一里塚であり、日本の副首都実現に一つのはずみになったことである。
 日本の行政は東京一極集中である。東京が永遠にいつも安全で、無事故、変化がないことを前提にしているが、これは極めて危険である。テロの心配もあれば、天災も皆無といいきれない。東京に対して、日本の副首都を考えないのは、およそ政治を知らない人間である。
 大阪都構想は一たんは府民の理解を得られなかったが、真実を深く考えれば、これは大阪の副首都論である。
 この大事業は政権が移動するたびに議論されるべきものではなく、維新のような終始一貫した政策の党でなくては実現しない。
 大阪副首都は日本の国家の将来に大きな夢をもたらす。維新の圧勝に際して、特に進めて欲しい国家有用の議論である。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月24日

大阪維新バンザイ

 「大阪維新」おめでとう。松井知事、吉村新市長おめでとう。開票一週間程前から維新の優勢を伝えられたが、橋下氏辞任のあとは、ちゃんと後任市長は市民が決めた。市民が決めたというのは、市民が維新の市政、維新の府政を求めたことによる。
 政治は、常に選挙前の公約と選挙後の行動を審判される。
 われわれ滋賀から見ても維新の府政や市政は思い切った決断で改革を進めてきた。組合に対しても遠慮することなく市役所の行政区画を主張した。入れ墨についても、人権をいうものもあり裁判にまで持ち込まれたが、入れ墨反対は市民の心であり、入れ墨は暴力団との因縁を考えやすい。入れ墨を見て市民が恐怖心を抱き、それが市政に悪影響を及ぼしてはならない、そんなことを正面切っていう市長はいない。なにもかも改革は市民のためであり、これまでは一部の特定勢力が幅をきかした市政が、橋下市政下で鳴りをひそめた。
 維新のよいところは、個人のファインプレーではなく、挙党一致の政策である。他の政党の真似の出来るところではない。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月21日

男の悪趣味批判

 女性のスカートの中を撮影して御用となる野郎が減らない。これは一種の変態だが、面白いのは犯人があらゆる職業の上層部や役人、教員、その他にばらまかれていることである。
 そんなところを写真に撮って何になるというのか。彼らは撮影の効果より、カメラを構える自分の心にわくわく興奮しているに違いない。そんなにまでして自分の助平ごころを癒そうとするのであろうか。
 最近、話題となっているのは東京で開かれている春画展。葛飾北斎や喜多川歌麿など江戸期の超一流の画家が描いた見ごたえのある作品が並んでいるそうだ。
 女性の尻を追うあわれな野郎よ、警察の御用になるくらいなら、春画の世界に没入することをすすめたい。
 なさけない男野郎のために一筆啓上つかまつる。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月19日

ごまかしの歩む時代か

 ぼくの好きなものの一つに「イカの塩カラ」がある。過日、みやげにもらったが発酵が足りないのか、生イカの感じがした。
 壺に栓をして、いかにもそれらしく見せているが、本物でないのは味ですぐ分かる。本物は時間をたっぷりかけているので、発酵しているが、にせ物だから生イカと変わらない。貴重な土産物として、長い年月、全国に愛用されたが、それが伝統食品として、製造が間に合わないほど売れているのは、過去の信用による。ごまかしが売れるので悪い業者は、ごまかしを本物に見せかけて売る。
 いまはすべて、ごまかしの時代で、残念ながら本物は姿をかくしてしまった。
 こういう不愉快な世相は食品だけはなく、人間と人間の交際や上司と部下の間にもはびこり始めた。ごまかしの人生だから、真実にはほど遠い。
 こういう世相では、買い物にしても、人づきあいにしても一歩かまえながら、ごまかされてはいないか、用心が欠かせない。これに悪乗りするのが、このごろ流行の「振り込め詐欺事件」である。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月17日

騒音拡散器と新聞

 ぼくは、テレビを騒音拡散器と呼んでいる。あけても暮れても鳴りっぱなしで、見ている人がいなくても、コマーシャルなどが宣伝にこれつとめている。
 テレビに準じるわけではないが大新聞も、読者をほったからして、ろくでもない読みものでページを埋めている。
 大新聞は1ページの高さが54センチもあり、毎日あれを20ページも30ページも根気よくめくらせているが、読者の必要な記事はどこにあるのか。政治の好きな人は政治欄、スポーツのファンはスポーツ欄を読めばいいが、このごろはまぜご飯みたいにばらまかれて、読み手がしっかりしてなくては、するするとコマーシャルの手先にのってしまう。
 現代人は、結構慌ただしいからコマーシャルの手に乗るほど時間が空いていない。
 むかしは、新聞は第2の権力と威張っていたが、いまは威張るどころか、あけても暮れてもスポンサーのお顔大事に読みものの編集に苦心している。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月12日

秋の夜の酒はしづかに

 若山牧水は「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」と詠った。
 今の若ものは酒をしずかに飲むことを知らない。スナックの椅子に掛けて、わいわい、がやがや、飲んでいるのか、うなっているのか分からない。カラオケという便利な道具が下手な歌をうまく聴かせてくれる。宴というのは、自分の声で歌うものだが、カラオケ機によって、自分の声がごまかされる。
 上手に歌うべく勉強するのが筋だが、そんなことはどうでもよいのである。騒音が酒の味をよくしているのであろうか。酒の味などは問わないのである。適度に喉をうるおせばいいのである。
 牧水のいう「酒はしづかに飲むべかりけり」の世代とは時代がずれているのである。
 ぼくの少年時代は、父が醸造元から「もろはく」を買ってきた。ちびりちびりと、楽しそうに舌の上に転がして味わった。友人と仲よく盃を交わすこともあったが、しんみりとしずかに夜が更けていった。
 父は酒が好きだったから5合ぐらいは飲んだのだろう。何をさかなにしていたのか。油あげを焼いたり、だしじゃこを囓っていたり、今の若もののように、刺身や魚を買う余裕はなかった。さかな、なんかはどうでもよかった。
 父の時代の貧しい日本を思うとき。天地の差というか、ありがたい世に生まれて、日々美食に堪能しているではないか。「足るを知るは幸せ」の先人の教えを服用したい。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月10日

「安倍談話を必読文献に」

 中国や韓国の指導者は、反日を叫ばねば自分の権力が陰る。彼らリーダーは、そのためにことあるごとに、歴史認識を強調する。彼らのいう歴史認識は、南京大虐殺であり、慰安婦の強制である。
 いずれにしても、彼らの日本叩きの材料は、何の証拠も歴史的根拠もない。彼らの日本叩きに同調する日本人はいないし、政府も毅然として、彼らの言いがかりに耳を貸すことはない。
 東大の名誉教授・平川祐弘氏は、10月16日の産経紙上で「安倍談話を必読文献としたい」と声明している。
 「戦後70年談話は、日本人がこれから先、何度も丁寧に読むに値する文献で、どの程度重要かといわれたら、明治以来の『五箇条ノ御誓文』には及ばぬが『終戦ノ詔勅』と並べて読むがよい。これからの日本の高校・大学の試験に必ず日英両文とも出題されるであろう」と言っている。
 日本は昭和20年、戦争に負けるや、占領軍の手で洗脳された。それで明治以来の日本は悪い国だと教育された。
 なぜ、安倍談話を必読文献としたいか。日本人はあらためて、日本人の誇りを自覚しなくてはならない。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月07日

健康の秘訣は自然に抗うな

 ぼくは、92歳を超え、7月ごろから健康に自信をもてなくなったが、それまでは人が驚くほど壮健そのものだった。
 ぼくの健康の秘訣は、「自然に抗うな」の一語に尽きる。ぼく自身の生活が自然の恩恵を受け、自然に守られているからである。
 ぼくが「自然に抗うな」の哲学を持ったのは、昭和50年代に読んだ「レイチェル・カーソン」の有名な「沈黙の春」による。
 カーソン氏は、アメリカの各地を視察するうちに、春が来ても鳥が鳴かず、すべての動物が交尾に異状を来していることを知って、これを告発した。
 これはおかしい、何か狂っている、と知った彼女は各地の池や沼を巡ってワニが子を産むことの出来ぬ生理上の不条理を発見した。極端な場合はワニの陽根が小さくなって交尾できなくなっていた。鳥たちも同じで交尾する能力を欠いていた。
 これはおかしい。なぜ、動物に交尾能力がなくなったのか。それがカーソン氏のつきとめた農薬や除草剤による遺伝子の破壊である。
 以来、カーソン氏はこの事実を告発し、その恐怖を訴え続けた。農薬や除草剤は土壌の呼吸を沈黙させ、土が死に体になっているのが原因である、と主張し農薬、除草剤を断固拒否すべきことをアメリカ政府に訴えた。
 巨大な化学肥料メーカーと株主はあえて逆らうことなく、多収穫農法に除草剤は不可欠と農業団体をうまく組織した。
 カーソン氏が告発したころ、琵琶湖は汚れに汚れて魚がとれなくなった。それを見て、ぼくは自然に抗うなの哲学を身につけた。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2015年11月05日

「芋の子を洗うように」

 「芋の子を洗うように」という。いまは、水車小屋で桶を回しながら、なかの小芋がすり合って、何日か経つときれいに姿を変える、というような話は、老人の回顧談だが、その先祖の知恵は学ぶべきであろう。
 子どもは保育園、幼稚園と、至れり尽くせりの行政の保護を受けているが、子どもそのものは、天真爛漫、いつでも、どこでも、わいわい騒ぎ、泣いたりわめいたり、いじめたり、いじめられたりして、自分の人間性を豊かにしてゆく。したがって、子どもの世界は常に無邪気だから、大人が出しゃばってはならない。
 このごろは、貧しさのため子どもの心が冷えているとか、家庭の環境で子が淋しさからうつ状になっている、とか、心配のタネを大人がまき散らかしている。かわいそうに、という大人の思いが、逆に子どものへなへな心を助長している部分がある。
 子どもは風の子。自然のなかで、草や土と親しみ、みずからを強くしてゆくことが望ましい。
 保育園や幼稚園によっては、絵を描いたり、文字を教えて、アタマの方に力を入れるところもあるが、それは間違いである。勉強なんかやめて、みんなが、がやがやと遊びほうけるようにしたほうがいいのではないか。
 それが現代式「芋の子を洗う」保育である。もっとも、そういうことを親が理解せず、すぐアタマの学習を考える。考えれば、子どもはいい迷惑である。
 学校から帰ると、すぐ塾へ。それも塾の梯子である。やめましょう。アタマより体、そして心である。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )


しが彦根新聞
滋賀夕刊電子版
滋賀夕刊宅配版
滋賀夕刊デジタルトライアル
“新聞広告の資料請求、ご案内はこちらから"
 
長浜市
長浜市議会