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2015年06月30日

同性婚は人類滅亡への道

 6月27日付、読売に、米国の最高裁が同性婚を合憲と認める判決を下した、と報じている。
 アメリカでは州によって認めるところ、認めないところ、さまざまだったが、この判決で、全米50州に同性婚が大手を振って歩くようになる。日本でも東京都の渋谷区が同性の結婚を認める条例を議会が可決しており、今後あちこちで問題が起こる可能性がある。
 ぼくは、アメリカ国民の良心が「はい、さようですか」と連邦最高裁の判決を支持しているのか、と疑問に思っていたが、28日の読売のワシントン発の記事で、国内で反発が広がり、信仰の自由を盾に抵抗する動きが出ていることを知って、さもありなんと、注目している。
 ぼくには全くわからない世界だが、人間であれ、動物であれ、種族の生存、繁栄は、異性間の交合によるものと承知している。分かりやすく言えばオスとメスとの交合で子孫が生まれ繁殖してゆく。仮に同性婚を認めたとしても、その結果、子宝に恵まれることはあり得ない。
 国が発展するのは、子供が生まれ、人口が増えるからで、もし、同性婚が増える状況が一般化したら、子を生む機会に大きなマイナス要因となる。
 同性婚を進歩と自由のシンボルと考える向きもあるが、創造の神の意思を冒涜する反自然として、法や制度に踏み込んではならない、とぼくは思っている。
 日本の最古の歴史書・古事記は、6世紀の初め、太安万侶が編集した、と伝えられているが、この中に、イザナギ、イザナミの男女の神が交合して日本が生まれたという神話が載っている。
 男神のイザナギが「あなたの体はどんなんかな」と女神に問う。女神のイザナミは「わが体は五体満足だが、ただ一カ所、成り合わぬところあり」と答える。それを聞いて、男神のイザナギは「私の体も完全であるが、ただ一カ所成り余るところがある」といって、自分のその部分をイザナミの成り合わぬところへ差し入れて国土を生んだ。
 これが「まぐわい」であり、交合を意味する。この古事記の神話が日本の起源で、男女の交合が今日の日本の繁栄の基礎となっている。
 人間だけでない。動物の繁殖は動物園で見られるが、トラにしろ、ライオンにしろ、オスを何頭オリに入れても、メスを入れなくては繁殖しない。同様にメスばかりを一緒に入れても子を生むことはない。動物だけではない。植物もメシベとオシベの受粉がなければ実りはない。姉川の鮎でも、鮒でもメスの卵にオスの精子が働くから2代目が生まれるのだ。
 天地の法則に逆らう人間の勝手し放題こそ、人類の滅亡への道と知るべし。【押谷盛利】

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2015年06月25日

未婚の男女の悲しい実態

 少子高齢化が年々進むから、将来の人口減と村や集落のなくなる心配がただごとではなくなった。
 地方創生、と政府は鳴りもの入りで宣伝するが、笛吹けども踊らず。踊りたくとも踊れない地方の悲しさが全国の若ものたちをむしばんでいる。
 いま若ものをめぐる大きな課題が二つある。一つは都会への就職願望と地方離れのムードである。
 いま一つは、結婚に消極的な晩婚、非婚型の増え続けている現況である。
 政府は22日、2015年度の「少子化社会対策白書」を閣議決定した。その白書に出て来る若ものの恋愛感などを各紙は報道しているが、内容のお寒い状況に「あしたの日本」の運命が見えてきて腹が立つやら悲しいやら、ぼくのような戦前派はいても立ってもいられない。
 内閣府は白書に関する意識調査を昨年12月5日から今年の1月16日にかけて全国の20歳〜39歳の男女7000人を対象に実施した。
 「恋人が欲しいか」の問いに未婚男女の6割が欲しい、4割が欲しくない。
 「恋人として交際する上での不安は何か」、出会いの場がない(55%)、自分は魅力がないのでは(34%)、恋愛感情を抱けるか不安(20・5%)、気になる人にどう声をかけていいか分からない(20%)。
 今は恋人が欲しくないと答えた未婚の男女の理由は恋愛が面倒(46・2%)、自分の趣味に力を入れたい(45・1%)、仕事や勉強に力を入れたい(32・9%)、恋愛に興味がない(28%)。
 まあ、おしなべて判断すると、戦後の教育と職業、生活環境を含む暮らしのあり方などすべてが連鎖反応していることが知られる。
 昔人間が、今の若ものを考えるとき、先ず浮かぶのはオスの女性化、メスの男性化につきる。男の魅力は「力」であり、引っぱってゆく能動性、女性のためには命すら惜しまない迫真の愛である。リードする特性をなくした男は逆に女性に傾斜し、女性の意見に耳を傾ける。
 「オレについてこい」と万離を排する勇気と行動力は男の特性だが、これが消えてしまったから、女性の男性を見る目は冴えなくなる。
 ぼくは、ここにきて、恥ずかしい話だが、男性の「フヌケ」現象に行き当たる。フヌケとは漢字で「腑抜け」と書く。はらわたを抜き取られた状態の意から「意気地がないこと」「気力がなく、しっかりしていないこと」と大辞泉は説明している。
 困ったことである。この病巣は簡単な処方箋で改善できる性質のものではない。ひょっとしたら、人類滅亡の一里塚かもしれない。眠り薬のように「惚れぐすり」があればノーベル賞ものかもしれない。【押谷盛利】

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2015年06月23日

どっちへ向って叫ぶのか

 朝日新聞と毎日新聞を見ると、全紙面を通じて戦争反対、安倍反対を鳴らし続けている。一体誰が戦争をしょうとし、戦争を目論でいるのであろうか。
 朝日や毎日は国の運命にどう向き合っているのか。
 かつて、社会党が反対のための反対で国民の信用を失ったことがある。「青年よ再び銃をとるな」と宣伝した。そんなアジ演説の空しさはお笑いぐさでしかなかった。
 日本の安全保障や集団的自衛の問題は日本の政治の最大の課題であり、国民の関心事であるが、野党の民主党は安全保障を考えずに丸裸で国際的に生きられると思うのか。朝日や毎日は、野党をけしかけ、国民をミスリードするのが目的か、安保法制の反対を鳴らし続けている。
 朝日や毎日は、言うべき相手を間違っているのではないか。安保法制反対を一番喜んでいるのは中国であろう。
 朝日や毎日は、日本の独立や平和、名誉、自衛力について、真剣に考えたことがあるのだろうか。彼らのしつこい反対運動は安倍政権の転覆ねらいだが、それは中国寄りの中国びいき以外の何ものでもない。
 利用できるものは何でも使えというのか、90歳を超えた病気上がりの瀬戸内寂聴氏をも反対の一線に立たせた。
 過日は、河野洋平、村山富市、山崎拓、武村正義、藤井裕久、亀井静香氏ら過去の指導者が記者クラブで気勢を上げて安保法制の粉砕を叫んだ。
 安倍総理が日本丸の安全航路に腐心し、去る日のG7サミットでも国際的な安全危機に警鐘を打ったことなど知らぬ顔の半兵衛で、一昔前の社会党のように「青年よ再び銃をとるな」のキャンペーンをやっているのは、どだいはなもちならぬことで、朝日よ、毎日よ、反戦、平和をいうなら、それは中国に向かって言うがよい。尖閣諸島を軍事的脅威にさらしている中国は、南シナ海で、勝手な埋め立て工事をして、これを軍事基地化しているではないか。火薬庫を爆発させる暗い軍国主義国家に何一つ苦言を呈することなく、日本丸裸論をじゃんじゃん募らせているのはどういう魂胆なのか。
 かつて、民主党が天下をとったとき、時の官房長官が自衛隊をけなして、暴力装置と言ったことがある。命がけで、日本の国土と日本人の生命を守る自衛隊を暴力装置といった悪口は単なる失言ではなく、その程度にしか、日本の国土の自衛や安全を考えていない証拠で、以来、民主党にこの世の政治を任す雰囲気は消えた。
 社会党内閣で総理となった村山富市氏は中国や韓国ではもてもてだそうだが、彼は社会党の党首のころ、自衛隊は憲法違反だと宣言した。そして、首相となるや、これを引っ込めて、自衛隊は合憲と改めた。この男は国を売るのか、総理をやめたら元の木阿弥で、自衛隊違憲に切り換えた。
 どっちにしろ、民主党も朝日も毎日も、顔を向けているのは中国であり、日本を悪しざまに言い、安倍落としに日も夜もない。戦争だ、戦争だと叫んで喜ぶ中国びいきの偏った言論へ国民の目は覚めている。【押谷盛利】

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2015年06月20日

「呆けたらアカン」と人に言い

 「呆けたら、アカン」、人にも言い、自らにも言い聞かせているが、周囲を眺めると、案外、呆けの風が吹いている。
 呆けは脳に関わっているから、常に脳味噌の活性化を考えねばならぬ。いまの世は文明の進歩と科学技術のお陰でありがたくも快適で便利な暮らしをさせてもらっている。
 だが、このありがたさが脳の活性化を阻んでいる、と考えたら、お互い、背筋があおくなる。脳の活性化は脳を使うこと、脳の命令による手足の動き、いわゆる運動によって効果をあげる。
 ところが、いまの文明社会は、頭も手足も、いわゆる省力化を理想として、とことん、人間の頭や体を使わないことを目標にしているし、これからもロボットなどの活躍で、途方もないラクチンの生活が予想される。
 手を出せば自動的に水道の水が流れる。トイレへ行けば、どうぞとばかり便器が受け入れるし、終われば水洗、乾燥、排水、みな、腰掛けたまま完了する。事務所や店の入口に立つとドアは勝手に開くし、エスカレーターは足を使わせない。
 電気、ガス、風呂やお勝手のことは、ボタンを押すだけで、目的が達せられる。いうなれば、ラクチン社会。
 ラクチン社会だが、お陰で脳味噌や手足を使うことがない。これって、呆けの道を急いでいるようなものではないか。
 ぼくの友人が、道でこけて歩けなくなり、家に籠もるようになったが、あっけないほど早く、「呆け」がやってきた。おしゃべりはできるが、相手が誰か分からない。おしゃべりは得意になるが同じことを繰り返し繰り返し、それも、いま言ったことをすぐ忘れる。
 新聞や雑誌、本を読むのは脳の活性化に大事だが、いまは、みんなスマホにうつつをぬかし、ヒマがあればテレビにだだ浸かり。手も足も頭も弱くなるが、毎日栄養たっぷり、たらふく食うから、見ためには元気がよい。競争するようにみな長寿になってゆく。健康長寿を祈るばかりだが、こんなにラクチン生活していると、しのびよるのが「呆け」である。
 繁昌するのが医者とクスリ屋である。【押谷盛利】

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2015年06月18日

新聞、テレビの偏向を衝く

 16日の時評で、主要国首脳会議(G7サミット)について書いたが、日本の大新聞は、産経、読売を除けば安倍首相の活躍の評価が冷たいように思えた。
 ぼくは一部新聞の偏向について、早くから苦々しく思っているのだが、なぜ彼らは安倍首相に冷たいのだろうか。
 日本の政治や経済、これまでの外交姿勢を見る限り「よくぞ、がんばっている」と声を大にして、手を叩き声援すべきだが、テレビをも含めて、安倍叩きが目につく。
 それは、なぜか。一部偏向のマスメディアの立つ位置が問題なのである。彼らは、安倍政権ががっちりと、日本丸の舵取りに自信を深め、日本国民から信頼されていることが面白くないのだろう。
 デフレ封じや安保法制、拉致被害者救済、尖閣諸島、沖縄問題などを通じて、安倍政権を倒すべく、ことあるごとにゆさぶりをかけるが、安倍さんへの期待は高まるばかりである。それで、彼らは、自民党を混乱させるべく野党と裏で調整したりして、来年の安倍さんの任期切れを目標に対立候補を波立たせ始めた。
 古い自民党の元幹部の中には中国や韓国と顔のきくものもあり、これらが横で手をつなぎ内部から安倍落としを画策し始めた。
 中国と、どういう深い因縁があるのかしれないが、かつての社会党内閣で総理をつとめた村山富市氏や自民党で元官房長官の河野洋平氏、あるいは民主党内閣で総理となった鳩山由紀夫氏らは国賓待遇で中国を訪問し、「ハイ、そうですか。ごむりごもっとも」と土下座してきた。それどころか、最近になっては、自民党の二階俊博総務会長が3000人を引き連れて中国詣でをした。
 彼らの努力で、日中、日韓がよくなったのか。事実は全く逆で、東シナ海、南シナ海での中国の軍事的脅威と圧力は高まるばかりである。
 いま、安保法制反対を叫んで集会を開いたり、デモをしているが、彼らはものの本質を知っているのだろうか。安倍政権を攻撃するのは方向を間違っているのではないか。「戦争反対」を叫ぶなら中国の政府や中国の共産党へ向かって行動すべきではないか。
 下村博文文科相が日本の大学に向けて、卒業式などに国旗掲揚、国歌斉唱について、おそるおそる意見を出したというが、将来の国民のリーダーを育てるべき大学が、日本の歴史や伝統に無関心であってよいはずがない。学問の自由を口実に日本国民の誇りに水を差すやり方を傍観すべきではない。【押谷盛利】

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2015年06月16日

G7と安倍首相の大活躍

 去る7、8日、ドイツで、主要国首脳会議(サミットG7)が開かれ、2日間の成果を首脳宣言にまとめて閉幕した。
 このサミットの会場や各国首脳との個別会談で、安倍首相の活躍は目覚ましいものがあり、ことに中国やロシアの力による秩序変更に対し、強い非難の採択をリードした外交的手腕は胸のすくような冴えをみせた。
 「安倍首相、G7、リードの大活躍」と新聞は報道すべきだと思ったが、残念乍ら日本の新聞は産経、読売以外は冷ややかな扱いで、安倍首相を持ち上げることを意識的に回避しているのではないか、とさえ思う。
 各紙がサミットにおける安倍首相の活躍をどう報じているか、興味を持つ国民に、9日付の各紙の報道ぶりを紹介する。
 産経は1面トップ4段に、安倍首相が各国首脳と談笑する会場前の華やかな写真を大きく載せ、「G7、中露非難を採択」「力による変更認めぬ」の見出し。本文の中では、安倍首相が討議で提起した北朝鮮の核・ミサイル開発と拉致問題を強く非難。また首相はテロが生み出す土壌への対策に触れ、若ものが希望を持てる社会を実現すべきだと強調。
 2面には「主張」で、「対中結束の意義は大きい」と説き、3面ではトップ5段で、「首相、対中連携を主導」「宣言実現へ外交手腕課題」の見出し。本文では、2日間の討議で、安倍首相が議論をリードする場面が目立った。中国主導のアジアインフラ投資銀行への対処で、G7の連携強化を図り、またウクライナ情勢では、直前に同国を訪問し、その発言に存在感を示した、とも説明。5面に「G7首脳宣言要旨」、7面に「G7問われる存在意義」「対中露、影響力どう発揮」。なお、5面では、英国のキャメロン首相との会談で、伊勢志摩サミットに、途上国支援に関する汚職対策を議題にすることで、両者の意見一致のサイドニュースが光る。
 サミットで、産経と対照的なのは中日の冷たい報道姿勢。1面4段で「岩礁埋め立て反対で一致」「サミットG7、中国を念頭」。別見出し3段で「中国脅威、日米が突出」。なお2段横組で「G7、首脳宣言ポイント」。
 2面に「汚職対策を議題」「首相イセシマの魅力アピール」「温室ガス削減合意」。3面に「安保法案は前のめり」「首相、国内の疑義には言及せず」。首相はサミットで、各国首脳に安保法案の理解を訴えたが、この記事では首相の外交にケチをつける感じ。以上のほかにはサミットの記事はない。
 毎日は1面トップ「中国の海洋進出、懸念」、3段で「温室効果ガス。数値目標、合意」。
 2、3、4、7面に関連記事。2面では「在任期間が長くサミット慣れ」と首相を持ち上げ、首相の発進力を評価した。その発言の中で、特筆されるのは「東シナ海、南シナ海での一方的な現状変更の試みは放置してはならぬ」と指摘し、雰囲気をリードした。しかし、3面では「G7、枠組みに限界」「中露に影響力及ばす」の4段記事で、水を差した感じ。4面では「ギリシア支援踏み込めず」の解説。7面に「G7と首相発言」「結束して中露に対処を」の記事で、来年の議長国・日本の課題を説く。
 朝日の1面トップは「温室ガス最大の70%削減」が4段記事。副見出しが「G7閉幕、首脳宣言に長期目標」。3段見出しで「中ロの領土拡大に警鐘」。2面に4段で「温暖化対策」、3段で「日本は及び腰」。11面に「G7首脳、結束を演出」「サミット、米、欧州に温度差」。
 読売は1面5段で「東シナ海、緊張懸念」。G7サミットの記事は2、3、4、7、9面に詳細に報道。サミットのポイントを各面で訴え、G7の首脳宣言の骨子も丁寧に紹介し、また、「討議の背景」にも言及。対中、対ロシアで、日本が議論の口火を切ったことなど、安倍首相の外交的活躍を評価したことが特筆される。【押谷盛利】

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2015年06月11日

「げべった」と「上品」の話

 ぼくは子供のころ、運動会で走るのが苦手だった。いつも尻で走ったから賞をもらうどころか、「また、げべったか」と友達に笑われた。どういうわけか、最下位でゴールに入るのを「げべった」といった。通信簿の最下位も「げべった」。
 人生の「げべった」は何だろう。犯罪によって刑務所を出たり、入ったりして生涯を牢屋生活しているようなのが人生のげべったかもしれない。
 げべったの語源を知りたくて本を見るけれど出ていない。
 げべったの「げ」は「下」だろうと思う。下水道、下品、卑下、下世話、下痢、下劣、下戸。あまりいい言葉は浮かばない。おもしろくないことを「げんが悪い」という。げんは「験」で、縁起などをかつぐ、「朝から茶柱が立って、今日は、げんがよい」はよく知られる。ことのついでだが「げんくそ悪い」ともいう。少し品がないが、げんが悪いに似ている。
 品性に欠けるのを下品というが、その対語に上品がある。
 これは「じょうぼん」と読む。最上級のことで「上品蓮台」といううらやましい世界がある。極楽浄土にあって、上品の人の生きる七宝池の蓮のうてなのこと。極楽のなかでも上級のところ。
 「げ」は「下」でなく「気」にも登場する。「気ぶりも見せない」気配。おとこげ、やさしげ、かわいげ。
 「け」といえば、命の綱が「け」であり、笥と書く。食物を盛る器のことで、万葉集に「家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」とある。
 笥は食と同義語で、朝食、夕食。ついでだが、食物を入れる器、いまでいう弁当箱のことを「めんぱ」という。面桶ともいうが、薄い木の板を材料にした木製の丸味を帯びた長方型の飯入れで、蓋の部分をうめて全部に詰めると一升の飯が入る。
 今は飯を食わず、麦を粉にしたメリケン粉によるパン食が多くなった。メリケンはアメリカのことで、米利堅と書いた。イギリスは江戸時代、エゲレスといった。漢字で「英吉利」と書く。日本はやはり、コメの国である。日の丸弁当には梅干しがよい。【押谷盛利】

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2015年06月09日

人生の最期と辞世所感

 生きることは死ぬこと、と言えば、バカ言え、息が詰まったときが死ぬことと反論が返ってくるにちがいない。
 ものは考えようで、生と死は背中合わせの一体で、人は自分の生まれた瞬間を知ることがないし、死ぬ瞬間も記憶することがない。
 無から無へというのが人間の定めと知れば、生きている間を全力疾走しなくてはならない。
 今年95歳の俳人・金子兜太さんは「死を考えたことはない」という元気さだが、有名人の死の直前に詠んだ俳句などを通じて、人間の命の真実に触れている。今から4年前の夏、金子さんは、歌人の辺見じゅんさんと「死」と「辞世」について対談している。その詳細が当時の「文藝春秋」7月号に出ているからあらためて、人生の達人ともいうべき2人の意見に耳を傾けたい。
 辺見さんの父は角川書店の社長で俳人でもあった角川源義さん。
 金子さんは前衛俳句、角川さんは伝統俳句と立つ位置は相反しているが、人間の真実にふれる心は同じで、後進に教えるところが多い。
 辺見さんの父・角川さんが57歳で死ぬ1カ月前の病床で作った句がものすごい。
 「青すすき虹のごと崩えし朝の魔羅」
 魔羅は男性器のこと。正直に自分を詠んで衝撃を受けたと金子さんはいう。
 角川さんは死の3日前、辞世の句を残している。
 「後の月雨に終るや足まくら」。このほかにも「天の川星屑に似し句のかけら」、「月の人のひとりとならむ車椅子」など。
 辞世では「旅に病んで夢は枯野を駆けめぐる」(芭蕉)、「もりもりもり上がる雲へあゆむ」(種田山頭火)、「咳をしても一人」(尾崎放哉)があるが、辺見さんは女性俳人の辞世で鈴木真砂女の次の句をあげている。
 「生涯を恋にかけたる桜かな」。
 このほか、与謝野晶子の辞世「君ゆえにあまた楽しき時すぐし死ぬ日となりぬ神もかしこし」や、柳原白蓮の「月影はわが手の上と教えられさびしきことのすずろ極まる」を紹介している。
 金子さんは女性が人生を詠んで秀逸として江戸時代の越前三国のお女郎「哥川」を絶賛している。
 「奥底のしれぬ寒さや海の音」。
 寄せては返す波。奥底の知れなさと女の業のようなものが迫ってくる。深い人間の存在の闇の世界に踏みこんだ生涯句として両者が称えている。
 辞世の極意について辺見さんは「常に生き生きして命を詠むこと」、金子氏「辞世は自分の更新訓」。
 金子さんは「芭蕉は平生すなわち辞世、といったが、この世は日日これ辞世だ」と結論づけたが、さて読者はどう反応するだろうか(文藝春秋2011年7月号参照)。【押谷盛利】

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2015年06月06日

打ち出の小槌と日本創生

 いま、日本の政府、国民の最も関心の高いのは10年後、20年後、50年後、つまり「あしたの日本」の運命であろう。
 人間である以上、どんなに長く生きても、いつかは死ななければならぬ。死んだらどうなるんだろう。魂は残るのか、それとも灰になって土に還るのだろうか。
 いや、死の前に一大事が残っている。
 病気である。ころっと、朝起きたら死んでいた、などというのは珍しく、多くは体がへたって、自分のことが自分でできなくなり、病気でなくとも家に籠もり、寝たり、起きたりの生活を余儀なくされる。長寿と正比例して痴呆となる。老化で体がいうことをきいてくれないのも苦痛であるが、「あんただれ?」と自分の連れ添いや息子を忘れたりするのは残酷である。
 テレビに、新聞に、雑誌に、識者や医師や福祉関係者の貴重な意見が出るが、その人たちの話を自分の生活に取り入れる人は幸せである。
 多くの人は、人は人、私は私で、自我に生きる。自我に生きるのは勝手だが、長寿すれば副産物として、体の弱りがつきまとう。今の世は孤立社会だから、子と親が離ればなれに住むし、人によっては結婚しないから、子がない。
 周囲を見渡すと一人暮らしの老人や2人きりの老人世帯が目立って多いが、この傾向は年々加速するばかりである。少子、高齢化社会のゆきつくところ、人口減と市町村の消滅である。
 いま、日本の流行児は「日本創生会議」である。よい名前である。魅力のある名前だから、だれでも飛びつくが、言うは易く行うは難しで、日本の憂うべき将来は、手品師のように、うまくはゆかない。座長の増田寛也さんは岩手県の知事や総務大臣を経験しているから青写真を描く頭脳はあっても、消滅の地方を復興させる打ち出の小槌を持つわけではない。
 長浜商工会議所が3日、増田さんを招いて講演を開いたが、考えることは皆同じである。
 ①東京への人口一極集中をやめなさい②若いもんは結婚して子を産みなさい③大阪を中心に西日本を強くせよ④地方に工場を⑤地方の特色を生かした産業、文化の振興⑥若ものを地方へ呼び戻す…。
 どれもみな分かりきっているが、結婚しろといっても文化が進みすぎて、男と女のふれあうチャンスがない。それとどういうわけか、オス性やメス性がなくなって恋愛感情が薄くなってしまった。
 滋賀県は国の中心部だからまだましだが、東北、北陸、四国、九州などは山や野が荒れ放題となり、年寄りの手に負えなくなった。
 医療や生活物質の購入、文化のふれあいで都会との格差がひどくなり、自然環境の荒廃につけこむように、けものが山をおり始めた。
 話を長浜や米原に向けると、熊の話が多くなった。恐怖の住民は村を歩くのが心配。畑は猿に荒らされるし、今年のように雪の少ない年はよいが、大雪の場合はどうなるだろうか。
 日本創生という響きのよい言葉、お念仏のように称えていればいいという問題ではない。乞食の粥ではないが湯ばかりでは能がない。知事も市長も議会も経済界も先ずは一歩から、景気のよい話を聞かせてもらいたい。【押谷盛利】

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2015年06月03日

桜桃忌と美人令嬢に思う

 この19日、正確には昭和23年6月19日、小説家の太宰治が美人の恋人と情死した。
 太宰は「人間失格」「斜陽」などの小説でいまなお多くのファンに愛され、命日にあたる6月19日は桜桃忌として親しまれている。
 太宰が多くの読者とファンを持ち、若い美人と同棲しながら、なぜ、死を急いだのか、彼の心境や女性に関する情報には未知の部分が多く、永遠の憧れの星かと思われていたが、「文藝春秋」の6月号に作家の松本侑子さんが、「止められなかった恋」、「毒婦にされた美人令嬢」なるタイトルで、これまで知られなかった女性の魅力や情死に至る太宰の本質に迫って興味深い。
 昭和23年、太宰と情死した恋人は山崎富栄といい、日本初の美容洋裁学校創立者の大事な娘として育てられた。父である学校長から後継者としての英才教育を受けた美容家だった。
 同年、太宰が山崎富栄と投身した玉川上水は、今は浅いが当時は「人喰い川」と呼ばれる深い流水だった。これまで、女性が知能も低く、魅力のない酒場女で、太宰の首を絞めて一緒に入水した、などとデタラメな説まで流れていたが、今回の松本氏の取材による情死の真実を知って、あらためて、美人女性と太宰の愛と悲劇について、人間の出逢いと生涯の運命を考えさせられた。
 彼女は、戦争中、有名商社の社員と結婚するが、新婚12日で夫はマニラ支店へ転勤、米軍の上陸、現地召集、戦死という不幸に見舞われる。
 昭和20年3月の東京大空襲で自宅、銀座の美容院とも消失する。富栄は父に代わって学校再建に取り組み、1日に3つの仕事をこなして資金を貯め、美容師としてのセンスは抜群だったという。彼女が太宰に出逢ったのは、同22年3月だった。出逢いから2カ月後、2人は結ばれるが、太宰には妻と3人の子供がいた。富栄は太宰より10歳年下だった。
 そのころ、太宰は肺結核末期であり、病に苦しみながら小説を書きまくった。彼は高校時代から自殺、心中を繰り返しながら同23年6月、情死決行を告げる。女性はこの世では妻になれないが、あの世では添い遂げたいと、応じた。
 人の愛や死は他人がせんさくする限りではないが、作家・有島武郎の情死、ゴッホの自殺などで知る通り、芸術家の脳の中は庶民と月とスッポンであり、平々凡々のわれらは長寿を追って無事平穏、天のめぐみに手を合わすばかりである(文藝春秋・6月号、松本侑子の止められなかった恋、参照)。【押谷盛利】

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