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2015年05月30日

平和安全法、新聞と野党

 いま、国会は、平和安全法制の審議で与野党が激闘している。
 新聞を見ていると、朝日、毎日、中日が反対論調、産経、読売が賛成基調。
 国会では政府与党の自民、公明の賛成派と他の野党の反対が印象的だが、どっちへ転ぶのか、見通しの定かでないのが維新である。
 橋下徹大阪市長が維新の代表を辞めるまでは安倍総理との盟友関係もあり、党自身が憲法改正に前向きのこともあって、賛成派と見られていたが、代表が民主党出身の松野頼久氏に変わり、雲行きがあやしくなってきた。党の意向に関わらず、野党再編成に意欲的で、国会審議や党首対論においても野党的鋭さを増しているから本番では反対に回るかも知れない。
 平和安全法制というのは集団的自衛権行使と不離一体の重要法案で、分かりやすくいえば日本の安全と平和、国民の幸せをいかに守るかという新しい時代に即応した日米同盟の絆に関わっている。
 平和安全法制が5月に閣議決定したのは、昨年暮れの衆議院選における自民党の公約によるもので、北朝鮮、中国などを想定にしたアジアの安全保障環境の厳しさが前提にある。
 例えば北朝鮮のミサイルは何発も日本海に発せられ、核開発の関連も疑われているほか、拉致被害者の救済も頓挫したままである。
 中国のアジアにおける強国軍事意識は尖閣諸島周辺の不安ばかりでなく、南シナ海の岩礁埋め立てと軍事基地化がアジア諸国の脅威となっており、アジア太平洋地域に関する限り極めて憂慮すべき安全環境である。
 野党や有力な新聞がこの法案に反対しているが、裏から喜んで手を叩いているのは北朝鮮や中国政府、中国共産党であろう。日本のバカな政治家が見通しもなく尾を振って中国参りしているから、中国のえらいさんは、にたりと笑顔で握手しているが、本心はあからさまな安倍叩きである。
 同じことは日本の偏向新聞の記事を見れば分かる。来る日も来る日も入れ代わり立ち代わり、何かにつけて安倍さんの悪口をいったり、揚げ足取りに熱心である。
 日本の一部の報道陣は、日本の安全環境に全く理解がないのか、中国のご機嫌伺いを社是としているのか、見苦しいほどである。
 最近の大事件では、韓国国会で安倍総理の糾弾決議をしたことがある。いやしくも隣国の総理を公然とおとしめるような決議を承知しながら、これに反発する世論形成や韓国批判の徹底的なキャンペーンがなされないのは独立国の自尊心欠如ではないか。
 安全保障一つを取り上げても刻々に変化してゆく国際間の緊張の中で戦争への抑止力がいかに大切であるかは自明である。連日、全紙面を通じて平和安全法制潰しや安倍叩きに活字を踊らしているのが共産党の機関紙「赤旗」だけであるが、彼らの祖国は、かつてはソビエト共産党、いまは中国共産党であろうか。民主党が同じ歩調でこのまま法案に反対し続ければ、国民は必ずやソッポ向けるであろう。【押谷盛利】

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2015年05月28日

青嵐とゴッホ、三島由紀夫

 「梶俳句会」の5月例会に、ぼくの仲間の秋口大門氏の作品が話題になった。
 「青嵐ゴッホは右の耳を削ぐ」。なぜ青嵐にゴッホなのか。
 青嵐は夏の季語で「風青し」「夏嵐」ともいう。青葉のころ吹き渡るやや強い南風で、繁茂した草木を揺り動かす風。よく似た季語に「風薫る」がある。
 ゴッホは、ひまわりを連想させる19世紀の世界的な画家で、オランダの小さな村の牧師の家に生まれ、中学卒業後、転々と仕事を変えたが長続きせず、画家を志して、33歳のときパリに行く。ここでゴーギャンを知り、後、南フランスのアルルに住み、一心不乱に絵を描き続けた。
 しかし、生前には、その画は評価されず、47歳で自殺する。死後、彼の絵は色彩の強烈さと、大胆な筆はこびで印象派画家、最大の超人として今に至るまで芸術家の話題を一身にまとい続けている。
 昔から「天才と狂人は紙一重である」といわれているが、ゴッホもまた晩年は精神病で苦しんだ。友人であり、師でもあるゴーギャンに、カミソリで切りつけたり、悲劇ともいうべきは、自分の耳を切り落としている。それでも絵は描き続け、最後はピストル自殺をはかり、3日後に死んだ。
 彼は発病と回復を繰り返しながら画境を深め、後世に残る多くの作品を手がけた。太陽がいっぱいに輝き、その下に大自然のみどりや農夫、畑などが青、黄、赤を主体に印象深く独特の画風を残したが、兎や昆虫、蝶、蟻などの生と死をつきつめて見つめる、いわば生命と自然の大問題に肉迫した。
 いま、なぜ、青嵐とゴッホなのか。青嵐の青は「ゴッホ」の絵の特徴である強烈な青を思わせる。また青嵐の季節は5月を思わせ、人間の精神的に動揺する時期でもある。この季をすぎると、ヒマワリを思わせる「黄」の世界へ続く。俳句の上で、作者は芸術家と精神病について強く関心を持ったが、それは作者自身の心の不安定によるものかもしれない。青嵐のテーマに、作者の胸にゴッホの絵をひらめかせた。ゴッホ、ゴッホ。、作者の好きなゴッホは、若くして発狂し、自分で自分の耳を削いだ。
 考えれば、今の季節は、空も青、山も野も田も青い風。世間のニュースは、殺人や醜い事件が頻発しているが、問題は那辺にあるのか。自分の耳を自分で削いでいるうちはよいが、人さまの耳を、生命を傷つけたりしては大変だ。作者はヒマワリで有名なゴッホを五・七・五の俳句に登場させ、人間と生物、大自然の神秘に空想文学の金字塔を掲げようとする。その志や佳し。
 今、国会は、日本の安全と防衛について重要な議案を論議しているが、偶然にも、ぼくは「盾の会」の三島由紀夫が1970年、市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に乱入し、自衛隊員を励まし、憲法で認められた強い自衛力を持つことを国に訴え、割腹自殺したことを想起する。
 三島は、学習院高等科をトップで卒業し、東大法学部卒の秀才。その作品は今も国民に愛され生き続けている。【押谷盛利】

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2015年05月26日

小沢氏に続く二階訪中団

 自民党の二階俊博総務会長の中国訪問が大々的に報じられている。国会議員、知事、経済人ら3000人を引き連れての大名旅行だが、なぜかむなしい。
 新聞は中国の提灯持ちなのか、日本の反安倍空気をあおる意図なのか、日本人は覚めて見つめなければ世界の物笑いのタネとなる。
 中国の習近平国家主席は23日、人民大会堂で二階氏ら3000人を前に大演説をしたが、わざわざ先方まで出かけて、習主席の演説を拝聴する土下座外交に空いた口がふさがらない。
 大演説を聞かしてもらった後、二階氏は10分程対話したが、ふかぶかと頭を下げただけで、日本のために何を主張したのか。
 25日、読売によれば「悪化した日本国民の対中感情の改善を図り、日本からの対中投資や観光客などの減少を食い止めたいとの思いがにじむ」とあるが、日本人の対中感情の悪化は1にも2にも先方の反日政策によるもので、根本は中国にある。
 「お願いします」と二階氏は頭を下げるが、習氏はどう対処しているか。「よっしゃ、よっしゃ、君らの気持ちはよく分かる。だがね、安倍首相の歴史観や軍国主義的政策をたださん限り日中の夜明けはないんだよ」「慰安婦問題でも韓国は怒っているのが分からんのかね」と、頭から冷ややかに安倍政治をあげつらうことだった。
 日本を売りにいった二階という男はどんな政治家か。元をただせば、かつての自民党幹事長、民主党幹事長の小沢一郎氏の側近だった。
 彼の師匠で、親方だった小沢一郎氏は2009年12月10日、北京を訪問し、民主党議員143名と一般経済人ら300名余り、483名の訪中親善団として脚光を浴びた。彼は団長として何を残したか。胡錦濤国家主席など中国要人と会見し、連れていった団員を一人一人、国家主席と握手させ、カメラにおさめた。
 小沢氏は中国からの帰り、韓国を訪問し、当時の李明博大統領との夕食会に出席したが、何一つ、日韓親善にプラスするところがなかった。
 民主党が自民党から政権を奪取し、鳩山内閣をつくった。その内閣を事実上支配し、小沢氏は幹事長として横暴ともいえる独善政治を断行した。しかし、内閣はあえなく倒壊し、その後は打つ手、打つ手が国民の反発を招いた。一時は百名の子分の頂点に立ったが、戦えば負け、離党しては負け。負け、負けの末、滋賀県知事の嘉田氏(当時)をかついで未来の党を組織したが、今は尾羽朽ち枯らして、生活の党は5人の少数党に転落した。
 自民党よ、二階氏に小沢氏とだぶらせてよく考えよ。先方へぺこぺこするだけで、何の親善外交ぞ。核拡散防止条約(NPT)の話の中で、広島、長崎の原爆被災地訪問を訴えた日本に対して、反対したのは中国と韓国だった。中国については、人道的でもある戦没者の遺骨収集の大事業があるが、これも中国や北朝鮮は反対している。
 ぼくは偶然にも二階氏の訪中とその恩師小沢氏の訪中、訪韓を取り上げたが、靖国にしろ、何にしろ、日本の立場を主張するにはしどろもどろの屈辱外交である。【押谷盛利】

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2015年05月21日

改革反対の合従連衡派

 19日付「大阪の将来を潰した反対派」の時評は多くの読者から賛成の意見を頂いた。
 このなかで、ぼくは橋下維新が画いた大阪都は日没する大阪ではなく、東京と比肩する日本の第2首都構想によるもので単なる大阪経済の地盤沈下対策ではないと書いた。そして、その時評の末尾で、なぜ、自、公、共、民、社など与野党の混成集団が大阪都に反対したのか。彼らを「井の中の蛙」集団ときめつけたぼくは「なぜ改革に反対したのか」と疑問を投げかけながらも「それは現状の生温い湯に浸かって、自分たちの地位、利権にあぐらをかきたいからである」、「彼らにはあしたの大阪がなく、あしたの自分が存在するだけである」、とも書いた。
 あらためて、なぜ、改革に反対したのか、所見を述べる。
 歴史をさかのぼれば、日本に仏教が入るとき、これを歓迎するか、反対するか、大論争が起き、反対派の物部氏が賛成派の蘇我氏に滅された。
 後醍醐天皇が幕府から政権を奪回しようとした際、賛成派の新田、楠木を破って、最終的に反対派の足利尊氏が幕府体制を継続した。
 明治維新前夜、薩、長、土の反体制派(反幕派)の改革に対して、徳川方の石頭は近藤勇などの暴力集団をつかって改革を阻止しようとした。
 歴史が証明するように、改革には必ず反対勢力が立ちはだかる。しかもその反対は共通して、いままで通り、既往の路線継承だった。それは、改革によって自分たちの安住の場がくつがえされるという自己保身からだった。
 今回の大阪都構想は、安倍総理以下、政府も好意的、賛成派だった、にも拘わらず、大阪の自民党は反対の旗振りをした。民主、公明、共産、社民はみな反対したが、これは大阪府議会、大阪市議会で最大の組織を誇る維新を潰すのが、自分たちの生きる道につながるとした合従連衡のさもしさである。
 そこにあるのは、いままで通りの市会議員で幅をきかし、大阪都による市議失職を防ぐ自己防衛心だけである。
 ぼくは合従連衡という難しい言葉を出したが、これは古代、中国の戦国時代に由来する言葉で、そのときどきの状況に応じて、いくつかの勢力が結びあうことをいう。
 要するに、自分たちの政治的生命を安定し、いついつまでも続けるには維新を叩くしたかない、というのが反対派の連合軍の真意であり、言葉を換えれば、改革によって、自分たちの政治的ポストや力を失うことを恐れたからである。それは自分たちの保身優先で、国家や大阪の将来への関心はゼロというべきだった。
 大阪都構想は他の府県や市町では将来のあるべき姿として評価されていることも知らねばならぬ。
 読売19日「滋賀版」によれば、三日月知事は「今回の投票は住民の意思を尊重するプロセス自体は意義があった」、「関西から元気な地方をつくっていこうとし、行政の改革に斬り込もうとする志の根っこは通じるところがある」と好意的に述べている。また、大津市の越直美市長は、「大阪がきっかけとなって地方自治体のあり方を考え直し、日本が変わる大きなチャンスだったが残念」とコメントしている。連合軍の日本に与えた損失は計り知れない。維新よ、国民の支持と期待を忘れるなかれ。【押谷盛利】

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2015年05月19日

大阪の将来を潰した反対派

 後世の歴史がどう審判するか、世紀の大事業ともいうべき「大阪都構想」がタッチの差で葬られた。
 大阪市を廃止して、大阪都にし、これまでの府、市の二重行政の無駄をなくし、地方行政の徹底的見直しと改革により、大阪を世界の大阪にしようとする遠大にして勇壮なる構想である。
 改革は2歩3歩、時間で言えば10年、20年後を見越した哲学を伴う。
 今回の住民投票の結果は全くの5分5分の結果で、維新対全政党・連合軍の戦という陣取り合戦を占えば、維新は相撲に勝って勝負に負けたというべきである。
 今回の大阪都への賛成、反対の大激闘は結果において大阪の将来の夢を壊してしまった。
 改革はいつの世にも先々を見通す眼力と正常な判断力、鬼神も避けるという旺盛な実行力が伴わねばならぬ。
 大阪市民は本質的に改革派だった。それは橋下徹という百年に一人ともいうべき優れた指導者の改革路線を信じ敬服していたからである。
 橋下維新が画いた大阪都は、日没する大阪ではなく、東京と比肩する日本の第2首都構想によるもので、単なる大阪経済の地盤沈下対策ではない。
 いま、日本の少子高齢化対策が喫緊事とされるが、それには人口の東京一極集中を打破せねばならぬ。首都圏東京の不安は震災後90年を迎えた関東大地震の地下マグマである。万一、東京が関東大震災級に見舞われれば首都機能は消滅しかねない。国内の地震予測は決して楽観を許さないが、第2の首都・大阪都が国難と国民の不安を沈める行政府として機能することが期待される。
 地勢的には東の東京に比べ名古屋の中部圏、関西以西の四国、九州中国地方圏の中心都市となり、その求心力は絶大となる。当然のことながら世界の眼は新しい大阪都に着目し、貿易、観光面でアジアの玄関となる。外廊が世界都市の風格を示せば、内部の重工業、軽工業の躍進はもちろん、諸産業の振興と発展は加速し、教育、文化、医療、福祉面で、東京に欠けている近代文化都市が実現する。その10年、20年後を先読みした大改革だが、大阪の維新以外の政党は大阪市民を裏切ったばかりか、国家将来に水を掛けた。
 維新の捨て身の改革に立ちはだかったのは、自民、公明、共産、民主、社民など与野党混成の井の中の蛙集団であった。
 なぜ、彼らは「改革」に反対するのか。それは現状の生温い湯に浸かって自分たちの地位、利権にあぐらをかきたいからである。彼らには「あしたの大阪」がなく、「あしたの自分」が存在するだけである。なぜ、改革に反対するのか、これについては次回に言及する。【押谷盛利】

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2015年05月16日

少年犯罪と家庭の愛情

 明日には夢があるというが、国の人口問題研究所によれば、あと30年もすると日本の人口は1億人を切り、40年後は65歳以上の高齢者が今の25%から40%になるという。人口は大都市に流れ、2040年までに全国の市区町村の半分が「消滅可能性都市」となる。
 悲観的な予測だが、それを思えば思うほど少子化ながら、いまの子供やこれから生まれてくる子供たちの立派な成長を願わずにはいられない。
 子を身心ともに健康に育てるにはいまの日本の家庭のやり方がふさわしいか、どうか。余りにも問題が多い。
 ぼくは将来の人口減を考慮しつつ、これからの子育てに国も国民も頭を切り換えねばならぬ、と思っている。
 人口を増やすには若い人に出産してもらわねばならぬが、その点での出産環境はどうあればいいのか。
 第1番目は晩婚型の結婚を昔のように20歳代に若返らせることだが、いまのような独身志向型の世をどう打破するか。
 国や地方は結婚奨励資金制度を考える時期であろう。
 結婚後は、出産に国の大胆な補助制度を導入すべきであり、第1子に1000万円、第2子に2000万円、第3子以上は1人ごとに3000万円をお祝いとして贈る。
 そんなことをすれば国の会計は破綻すると心配するが、育ってゆく子が健康であれば医療費は少なくなるし、国がこんな実を切るような施策をすれば老人たちはすべてを国におんぶする老人福祉にブレーキをかける意識革命を起こすであろう。それにしてもぼくが訴えたいのは健康な子育てのあり方である。
 14日付で書いた、神戸連続児童殺傷事件の家裁審判の公表で知った子育ての原点回顧である。
 神戸事件の被害者は小学生5人であり、このうち2人は殺されている。少年は会社員の父と専業主婦の母との間に長男として生まれた。その1年4月後に次男が、その2年2月後に三男が生まれた。少年は母親に育てられたが、母は生後10カ月で離乳を強行した。これについて、鑑定人は、1歳までの母子の一体の関係の時期が少年に最低限の満足を与えていなかった疑いがあるという。
 母は少年が幼稚園で恥をかかないよう団体生活で必要な生活習慣や能力を身につけさせようと排尿、排便、食事、着替え、寝具の後片付けなど早め早めに厳しく仕付けた。
 家庭内では毎日、弟2人と喧嘩した。下が泣くので、その都度兄が叱られる。母親は少年を厳しく叱責し続け、注意しても聞かないときは体罰を加えた。少年は親の叱責が恐ろしく、泣くと親の怒りがおさまるのを知って、悲しいという感情がないのに先回りして泣いて逃げる方法を会得した。このことは感情を素直に出しにくくして、人格形成に悪影響した。
 これで分かる通り、生まれて10カ月で離乳を強行され、母を恋う、母の温みを断たれて、赤ちゃんの時期から心に満足が与えられていなかった。
 赤ん坊の生育には母親のふところが一番大事だが、今の日本は生まれてすぐ乳育施設や保育施設に入れ、親との間の風通しを考えることをしないが、家庭が子にとっての最大のオアシスであり、家庭を通じて子が一人前になることを国も国民も反省しなければならぬ。
 赤ん坊から幼稚園へゆく過程で、子供の脳は健全化するが、この時期を共働きの名で、子供に冷たい風を与えてはならない。それを教えたのが、酒鬼薔薇聖斗事件である。【押谷盛利】

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2015年05月14日

脳と神戸連続児童殺傷事件

 人間は万物の霊長、と自慢するが、一皮剥けば猿以下、さらに言えば悪魔となる恐ろしい一面を持つ。
 人間は本来、徳を備えているが、形は人間でも、行為が鬼になるのは脳の支配による。
 脳がまともであるか、異状であるかは人類にとっては大問題である。
 少子化の現在、子を産むことに国の政策が論じられているが、実はそれよりも産まれた子をどう立派に育てるかが大問題である。人間は五感を持つがそれに対してどう反応するかは脳の領域である。
 江戸時代、キリスト教を弾圧するためキリストの画像を踏ませて、改宗が本物かどうかを調べた。これを踏み絵といった。
 戦争に入る軍国時代の日本で、共産主義を一掃するため治安維持法を拡大解釈して、自由主義的な作家を弾圧した。このため自分のこれまでの思想をストップしたり、別の人生観を持つようになった学者、作家、詩人が出た。こういうのを転向と呼んだ。
 行動の原点を変えるから宗教でいえば改宗であり、ものの考え方をある方向へ導くのを洗脳という。新聞やテレビは中立だと思いがちだが、丁寧にしっかり分析すれば、知らず知らずのうちに一つの方向へ民意を動かす意図的なものを感じることがある。
 例えば、韓国が問題にする旧日本の慰安婦問題などはゆがめられた朝日の誤報が根幹にあるが、日本の中に存在する反日分子や反安倍の政治家、文化人のなかには、韓国へいい顔をしょうとする動きさえある。
 人間の脳はソフトで外界の刺激に弱く、鉄をも通す強さの反面、吹きすさぶ風に流転することもあり、頼りないといえば頼りないし、安心できぬ、信頼できぬとあれば、その通りである。
 だから、昔から約束ごとは証文入りだし、首より大事だという印鑑はお上のお墨付き「印鑑証明」の制度を持つ。
 ぼくが長々と「脳」について前置きしたのは、ほかでもない。文藝春秋5月号に出た「酒鬼薔薇聖斗」なる少年Aの神戸連続児童殺傷事件の家裁審判決定(判決)の全文公表によって人間の脳の恐るべき不安定を知ったからである。この判決全文公表は、共同通信の佐々木央編集委員の手による。
 事件は1997年(平成9年)、中学生のA少年による小6女児2人への暴行(2月)、小4女児殺害、小3女児刺傷(3月)、5月には小6男児の殺人など、子供への連続殺傷事件がおきて神戸市を騒然とさせた。
 なぜ、少年がかくもむごい犯罪をしたのか、その原因は生後10カ月からの母離れと、1年おきに生まれた2男、3男との関係と母親の厳しいしつけが、少年の脳を地獄へと導いた。
 健康な脳はどうして育ってゆくのか。この家裁審判は明確なヒントを国民に与えた。それについては次回で論じたい。【押谷盛利】

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2015年05月12日

70年談話と安倍総理

 アホらしいというか、情けないと言おうか、日本の報道機関や政治家の中には日本をおとしめようとするのか、日本を三流国にしたいのか、ことあるごとに安倍総理の悪口をいったり、反日の外国情報を垂れ流したりする。
 過日の安倍さんの米国訪問と同国の両院会議場における演説は大層な評判で、日本人を感動させたが、それを正当に評価せず、できるだけ過小評価したり、ケチをつけたがる新聞があった。
 今年は戦後70年目というので、この夏は総理の談話が発表されるという。日本の国民(議会)から絶対の信任を得ている安倍総理だから、その談話は、さきのアメリカ議会と同じで世界に向けても日本人に向けても傾聴すべき内容であろうことは十分理解できるし、大いに信用して良いことである。
 それなのに、日本の政治家やメディアの中には、あれこれと先回りして、その談話に勝手な注文をつけている。また、外国からの注文にも「ごむり、ごもっとも」と言わんばかりに「あちら好みの」の談話を書き立てる。日本の総理が日本を代表し、日本人の心になって70年談話を発表する以上、信頼して任せるのが法治国家のイロハである。
 人間は十人十色というから、総理の談話にしても感動する人もあるだろうし、けなす人もあるだろう。政治の世界は与野党が対立するから、みながよしとすることはあり得ない。安倍さんの政治に賛成する人が多いから今の政治は安定しているが、そうでなかったら政治不安がつきまとう。
 これについて、ぼくの敬服する作家の曽野綾子さんが4月26日の産経に有益な意見を載せている。
 「あらゆる人が納得するようなことだけを書けば、こんな八方美人風の可もなく不可もない文章など、通用すると思うのか、とそっぽ向く人が出る。総理個人の思いが強力に打ち出されていれば、それに同感する人もいるだろうが、必ずそれを種に攻撃する人も出る。
 中国や韓国は、先の戦争のことを謝り続けろ、と言うらしい、謝罪ということは、直接の被害を受けた人と、与えた人とが、現在そこに当事者としている場合にしか、成し得ないことではないだろうか。
 70年前、顔を見たこともない私の祖父母が犯した悪事を、今普通の市民として生きている私に責められても、私としては謝りようがない。戦後の日本人は、国中焦土となった中から復興し、誠実に働いて優良な製品を作り、人道にもとる行為もせずに生きてきた。それが過去の戦争に対する反省であり、償いでもあろう」。
 曽野さんの言葉は反日の日本の新聞や政治家、評論家には面白くないだろうが、国民としては、安倍さん、がんばって下さい、と期待するのみである。【押谷盛利】

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2015年05月07日

日の丸と君が代と旗日

 5月の連休は、みどりの日、憲法記念日、子供の日など、いわゆる国民祝日だが、どこを見渡しても国旗を掲げている家がない。
 ぼくの友人の箕浦良治君の歌に、お母さんが明日は旗日なので、国旗を出してきて、アイロンをかけてシワを伸ばしている、というのがあった。
 国旗は「日の丸」であり、国歌は「君が代」であるが、日本は、だれに遠慮したのか、あるいは日本を卑下する思想に災いされたのか、戦後、日の丸と君が代が押し入れの中に放りこまれて、ほこりまみれになった。
 これではならじ、と、政府は法を制定し、日の丸を国旗、君が代を国歌と定めた。いまさら法律を持ち出して国旗や国歌を確認するとは情けない話だが、教育現場においてはそれでもなおかつ、国旗を掲げなかったり、卒業式などで君が代を歌うことに反対したり、合唱中、起立しない教師もあったりする。
 戦後の教育界は日教組という教職員労働組合の政治闘争によって左傾色を強めたが、その運動方針の一つに国旗と国歌への反対運動があった。彼らは戦争中の日本が、日の丸と君が代で戦意を高めたことを根に持ち、これを憎み挑発することを組織強化の手段にした。
 日の丸と君が代こそいい迷惑で、この二つは遠い昔から日本人の平和なやさしい心を象徴して国際的にも認められてきた。
 君が代の歌詞は、平安中期の詩歌集「和漢朗詠集」に出ている。長和2年(1013年)ごろの成立とされ、朗詠に適した秀句と紀貫之などの和歌がおさめられている。明治13年に宮内省の音楽家・林宏守が作曲し、同26年から祝日などの唱歌として公布された。君が代の「君」は天皇の意味もあるが、主君、主人、目上の人、上代では女が男に対していった。
 滋賀県の蒲生野を舞台に詠んだ額田王の有名な歌に「あかねさす紫野ゆき 標野ゆき 野守は見ずや君が袖振る」とある。
 この歌の君は、恋人だった大海人皇子を指している。「君」の歌では前田夕暮の代表作がある。
 「木に花咲き 君わが妻とならむ日の 四月なかなか遠くもあるかな」
 恋人とのデートを詠んだ友松敏子の次の歌は実感がこもる。
 「君に逢い 帰りし夜は ちちははに 常よりやさしく 振舞ひてをり」。
 日の丸が国旗として、いつごろから定着したのか、さだかではないが、日本は聖徳太子が中国の国王に渡した文書に「日出づる国の天師、日没する国の天師へ」と書いた話は有名だが、日出づる国が太陽の国であり、太陽は丸い光であるところから日本人の紅白好みが伝統とされ、江戸期の船には丸い印をつけた。丸い赤い印が日本を象徴する旗となったが、日の丸に軍国主義をこじつけるのはぬれぎぬもいいところで、世界のどこの旗よりも日の丸は鮮明で、率直、誠実さを集約している。
 今後、祝祭日には国旗を掲げ、儀式では君が代を歌うことを議会は宣言するがよい。【押谷盛利】

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2015年05月02日

米国での安倍首相の活躍

 昭和の日の4月29日、深夜、ぼくは異常な緊張感と興奮で、米国議会における安倍首相の演説に耳を傾けた。
 自由国家は言論に統制がないから、ありのままに米国の議場と議員、傍聴者の実態がテレビを通じて生々しく伝わってきた。率直に言って、「安倍さん、よくやってくれた」と、ぼくは嬉しくて涙が出そうだった。
 日本の首相がアメリカの両院合同会議で演説するのは初めてであるが、約40分間の英語演説の堂々たる内容と、その風格は世界の日本を国際的に印象づけるものとして、ぼくはバンザイを、心の中で叫んだ。
 日本人でありながら、中国や韓国の反日宣伝に乗せられたり、安倍叩きや靖国叩きに熱心な一部のメディアは世界注視の中で、安倍さんがオバマ大統領と力強い握手を交わしたことをどう評価するだろうか。
 安倍総理は米国との関係を未来思考、「希望の同盟」と宣言し、世界の民主主義と平和の先頭に立つことを晴れ晴れと米国ならびに世界へアピールしたが、まったく胸のすく思いであった。
 傍聴席には、ケネディ駐日米大使のほか、太平洋戦争で硫黄島に上陸した米海兵隊中将と硫黄島を指揮した栗林忠道中将の孫にあたる新藤義孝前総務相の姿もあり、その紹介を通じて、歴史の皮肉に触れ、さらにアメリカ軍人の戦死者の慰霊碑に悔悟の黙祷を捧げたことを言及し、大きな拍手を受けた。
 首相は戦後の日本の歩みにもふれ、先の大戦の反省を胸にアジアの発展と繁栄、平和への歩みを続けてきたことを誇りに思うとも語り、繁栄こそが平和の苗床であり、日本と米国がリードし、アジア太平洋諸国にいかなる国の思惑にも左右されないフェアでダイナミック、持続可能な市場をつくりあげねばならぬ、としてTPPへの成立への決意をのべた。
 安倍首相の演説の中で、一番光ったと思われたのは、アジアの海についての平和の3つの原則を強調したことであろう。
 第1に国家が何かを主張するときは国際法に基づくこと。
 第2は武力や威嚇は自己の主張のために用いないこと。
 第3は紛争の解決はあくまでも平和的手段によること。
 太平洋からインド洋にかけ広い海を自由で法の支配の貫く平和の海にせねばならぬ。このために、日米同盟はより強くしなければならない。安倍総理のこの言葉は、中国を念頭に入れたものだが、アジア諸国の明日への光となるのではないか。
 安倍さん、ご苦労さんでした。ありがとう。【押谷盛利】

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