滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2015年03月31日

季節の神さま、さくら前線

 長浜市の旧庁舎は目下解体中だが、季節のうつろいは正直なもので、道路に面した桜が咲き始めた。
 市役所の桜が咲くと間もなく豊公園の桜、そのさくら前線と調子を合わせて、八幡さんの曳山祭がしゃぎりの音を響かせる。
 曳山祭と前後して、姉川、天野川などはウグイの大群が水をあかく染めて繁殖期を彩る。
 ウグイはこの季節に入ると背に赤い縦線の婚姻色が現れる。その色感から「さくらうぐい」、あるいは「花うぐい」という。名はきれいだが、味はいまいち。
 この季節は「乗込鮒」といって、琵琶湖から鮒が産卵のため川を上る。水中に音を立てるほどのすさまじさで、春盛んといった感じである。
 季節というのは宇宙の神秘というべきで、日本ように春夏秋冬がきまりよく回転している国は素晴らしい。暑さ、寒さも彼岸までというし、ふきのとう、わらび餅、くずきり、お萩、茸飯などおいしいものが四季を織りなす。
 冬は、魚類は湖の底にじっとしているし、山の動物は冬眠する。人間だけが欲張りというのか、昼も夜も働く。神さまは人間に文化生活を与えて下さったので、その代わりに、勤労を命じられた。働くというのは神さまのおぼしめしで、これに反する遊びの生活は罰を受けねばならぬ。
 新聞の社会面で、事件や犯罪の記事を承知するが、逮捕されるのは「無職」の人が多い。人間は「閑」がありすぎると、ろくでもないことを考え、ろくでもない破廉恥を起こす。
 「小人閑居して不善をなす」というが、子供のころから親が甘えかせて、したい放題させていると、遊び心や道楽心が身にしみる。
 道を歩くと、早やつばめを見る。遥か南の空から命がけで日本を訪ねるが、逆に日本からシベリアへ還る雁などもあり、生きることに真剣である。
 冬の植物は眠っているように思うが、土の中で、根はしっかり春の準備を続けてきた。水仙が咲く、梅が咲く、遅れてならじと菜の花、沈丁花、レンギョウ、サンシュユ。野にはタンポポ、犬ふぐり、つくし、それらの花々を総括していっせいに夜明けを告げるのが「さくら」である。
 同じ花でも微妙な温度差、風の道を通るのがさくら前線である。働き蜂の日本人に「ひと休み」の憩いの場をプレゼントされたのだから「ああ、ありがたや、さくらさま」。大自然の恩恵を忘れまいぞ。【押谷盛利】

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2015年03月26日

針の穴、米原のぼんくら話

 2月8日は、針供養の日だった。とっくに忘れ去られた古い伝統行事である。針は「お針」、裁縫のことで、着物時代は女性でお針が出来なかったら「お嫁にゆけぬ」といわれた。
 長浜の地名に「呉服町」がある。呉服は和服用織物をいうが、一般的には着物用の生地であり、単位を1反、2反と数えるから「反物」ともいう。呉服屋は着物屋、反物屋のことで、日本人の衣生活と不可分だった。気に入った反物を買って、それを着物にするのが裁縫で、裁縫には針と糸がつきもの。
 昔(といっても今から50年程前の話だが)どの町にもお針を教える先生がいた。娘の嫁入り支度で、習う子を「お針子」といった。女性にとってはお針の出来る、出来ないは、一人前か、それ以下かを決めるほどの大きな条件で、日常生活のなかで、着物とお針は三度の食事と同じくらいの重さがあった。
 それほど、大事な針であるから一年に一度針供養をして、曲がった針や使えなくなった針に「ご苦労さんでした」と感謝しながら供養した。供養の仕方はいろいろだが、古い折れ針、使えなくなった錆びた針などを豆腐やこんにゃくに刺して川へ流す。
 商売はいろいろあるが、小売商で幅をきかしたのが、呉服屋だった。畳の上で反物をあれこれ見せながら客の好みに合わせて売るわけだが、商店街では呉服屋が花形で、丁稚小僧のあこがれでもあった。
 いつの間にか、着物離れがすすみ、若いものは競って洋服に走った。着物を着ないから呉服屋は廃れてゆく。呉服が売れないから生地を生産する縮緬業、その他の呉服用織物業はやってゆけなくなり、廃業してゆく。
 着物の生地では絹が主流だから、絹の元である生糸業が振るわなく、したがって生糸の元である繭の蚕業がダメになり、蚕用の桑畑が田んぼや畑になっていった。
 「針ほどのことを棒ほどにいう」という。ほら吹きのことで「針小棒大」。人間は大きく言わないと人が聞いてくれないから、脚色したり、ふくらませたりして話を面白く大きくする。
 「針の穴から天のぞく」の戒めもその一種で、自分の小さい狭い考えをいっかどの立派な見解のように言うことで、別の格言によれば、「井の中の蛙大海を知らず」となる。
 地方創生が大事だから、と政府はいい、その通りとは思うが、針の穴からのぞいていてはいい案も出てこない。戦後の衆議院選で、食糧不足で国民が困っていることに着眼したA候補が「伊吹山を砕いて、その土で琵琶湖を埋めて農業を活性化します」と公約した。針小棒大も極めつきで、伊吹山こそいい迷惑だった。その伊吹山も雪がなくて、スキー場が消え、奥伊吹だけがファンを堪能させている。
 視野の狭いぼんくら議員らが、長浜以北と坂田郡の合併に反対して、米原市を作ったが、いまも新しい市役所が建たず、会合ばかり、口さきばかりで、肝心の住民はこぞって迷惑顔。了見の小さい、井の中の蛙どもが、将来の湖北について何一つ定見を持たなかった。
 いま、古い長浜市の庁舎が毀されてゆくが、跡地利用についても20年、50年先を見ながら、「しまった」のないようよい知恵を。【押谷盛利】

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2015年03月24日

浦島となって彼岸の墓参

 「浦島となりて墓参の彼岸かな」。
 これは、最近のぼくの俳句である。
 浦島は浦島太郎のことである。むかし、浦島が浜辺で亀をいじめていた子供たちをなだめ、弱いものいじめはやめましょう、とその亀を助けて海へ返してやった。助けられた亀の報告で海の底の竜宮城は大騒ぎとなった。早速、お礼に、と助けられた亀が浦島を竜宮城へ招待し、美女と踊ったり、鯛やひらめのご馳走づくしで、この世の極楽を満喫した。あまりにも長い間、故郷を忘れていたので、浦島は里心を起こし、自分の暮らしていた村へ帰ってきた。竜宮城でもらった玉手箱を開けたとたんに浦島の髪は真白になって老化し、故郷はすっかり変わって、周りは知らぬ人ばかり…。
 これが浦島童話の筋書きだが、ぼくが「浦島となりて墓参」と詠んだのは、過日のお彼岸に故郷を訪ね、墓参した心境があたかも浦島に似ていたからである。
 墓場で村の人に会っても知っている人は一人もいない。道を歩いて、昔はここに家があったが、今は駐車場になっているとか、親しい人がいたはずだが、家は潰されて野菜畑になっていたとか。ここが昔の駐在所、隣がたしか、なんでも屋、その前の家は魚屋だったとか、道の傍らに池があって、ご婦人たちが洗いものをしていた。
 少年期から中年期の故郷の実像が正確なフィルムのように頭にこびりついているが、いまそれらを巻き戻すと、とたんに髪の気が真白になって昔の物語の主人公、浦島の心境そのものとなってしまった。その故郷恋しさの一念がこの一句と理解して頂ければ有り難い。
 「友の訃を聞きし空しさ振り返りみればたんたん水流れゆく」。
 この短歌もぼくの最近の作品で、友の死を聞いたショックから、自分は取り残されたかもしれない、と回りを振り返ってみたという淋しさの歌である。
 振り返れば、右にも左にも、山にも野にも、幼なじみや同級生、親しい人がいたはずなのに、これはしたり、だあれもいないではないか。川の流れを見れば、たんたんと、そんな個人の思惑なんか、知っちゃいないよ、とばかり水は流れているではないか。いずれは土へ返るこの身だが、見渡した後にだれもいないのはなんともはや、わびしいものよ、という老いの感慨である。
 次の短歌も最近のぼくの心境と聞いて頂ければ幸せである。
 「生き死は神のさだめぞ今日あるを拝みて朝のカーテン開くる」。
 若いと思っていた人が死ぬこともあれば、大病で入退院を繰り返しながら長寿している人もあり、あるいは朝、元気で出ていった人が思わぬ交通事故で帰らぬ人となる、など、この世の人生は荒波の上の航海に似ている。心細いといえば心細いが、大波に呑まれながら、結果的に楽しい旅路であった。まこと、この世の浮き沈みは「おあてがい」である。朝、目を覚ませば、明日が今日になっている。ああ、生かされて、今日も元気に朝を迎えることができた。わが力ではない。神仏の御加護があってのこと。ああ、うれしや、ありがたや。ふと、そんな明るい心になって、朝のカーテンを引いたというのである。そのとき窓越しに入ってきた朝の光の尊さよ、寒いといってぼやいていたら罰が当たるかも。【押谷盛利】

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2015年03月19日

スター不足の相撲と政界

 国技の相撲がモンゴル相撲になった。さっぱり面白くない。期待していた遠藤は重傷で、休場が多くなれば幕下へ落ちるかもしれない。
 大関の豪栄道、琴奨菊はいずれも星を残すのが精いっぱい。期待の稀勢の里がどこまで踏ん張れるか。いずれにしても和製人気力士の綱取りは夢のまた夢。
 なんのことはない、白鵬の強さと独走が辛うじて春場所を支えているだけで、彼に続く有望株はモンゴル産ばかりである。こうなれば、モンゴル産であれ、どこの出身であれ、ファンの目がぎらつくほどのスターが出て欲しい。
 大男の逸ノ城は、とんとんと出世してきたから、白鵬の対抗馬として注目したが、取り口の欠陥を攻められてもたもたと危ない橋を渡っている。和製力士では安美錦と千代鳳に「たのむよ」と声を大にしたいが、日々の幕内場所は淋しいことに、「モンゴルへ、モンゴルへ、草木もなびく」。白鵬以外に2人の横綱がいることはいるが、張り合うには力も技も程遠くお先は暗き秋の夕暮れ。
 大砂嵐はエジプト産だから砂漠の風よ強く吹け。照ノ富士はモンゴル組の次のスターとして横綱めざせ。
 とにかく、だれでもよいから、強い力士が颯爽と出てきて欲しい。そして白鵬の独り舞台をぶち壊して、かつての若乃花・柏戸時代の再現を見せてほしい。
 スターといえば、政界もスター不足でわびしすぎる。いまの政界、文句なしのスターといえば、安倍首相と維新の橋下大阪市長だけである。民主党は野党第一党だが、岡田代表はさっぱり影響力を持たないし、彼に続くスター的人材も見当たらない。
 安倍さんは最近風格が出てきた。絶対多数の与党の背景があるとは言え、苦労して日本丸の船長になっただけに、勉強もしっかりしているし、演説もうまい。彼の力と人気が余りにも強大なだけに与党内の派バツのボスの影が薄い。
 それかあらぬか、女性議員の格が上がった。なかでも次期総理候補には奈良出身の前政務調査会長、現総務大臣・高市早苗氏、前総務会長で元内閣府特命担当大臣の野田聖子氏、さらに福井出身で、元内閣府特命担当大臣、現政務調査会長・稲田朋美氏を加えた三羽烏が抜きん出ている。
 滋賀県からは有望株の有村治子女性活躍大臣と上野賢一郎国交省政務官が活躍しており、琵琶湖の小鮎が全国に放流されて鮎の名声をあげたように、近江出身のスターとして日々のニュースに活字化されることを願い、フレー、フレーと旗を振ろう。【押谷盛利】

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2015年03月17日

入場者が少ない盆梅展

 長浜の盆梅展は10日、閉幕したが、期間中の入場者5万5千人は少なすぎる。あれだけの豪華な盆梅は世界で唯一、日本の誇りである。
 盆梅は元祖・高山七蔵翁が昭和27年、当時の東浅井郡上草野村高山から長浜市に寄贈されたものだが、その後の長浜は管理するだけに追われ、この宝物を世界に誇るべく大きな視野をもって取り組んでこなかった。
 言わば、長浜の名物として自己陶酔するだけで、盆梅そのものの生命力、気品のみならず、日本の歴史、風土との一体感について、国家的価値観の稀薄が問題なのである。
 盆梅展は偶然にも明治の日本の指導者・伊藤博文が命名した慶雲館を会場としている。
 慶雲館は、明治の始め、明治天皇が東京へお発ちになるとき、当時の近江商人・浅見又蔵が天皇御在所として建設、その後、長浜に寄贈した由緒ある建造物である。
 いまは、知る人が少ないが、慶雲館は長浜港に接して建てられており、明治の半ばころまでは、国鉄東海道線は近江長岡から長浜市の馬車道を経て、現在資料館として保存されている旧駅舎を終点とした。乗降客は駅舎に隣接する長浜港から船便で大津、京都へ往来した。
 伊藤博文が慶雲館という名をこの建物に献じたのは、皇室の弥栄を念じてのことで、彼自身、明治天皇のお伴をして長浜を訪れ、その後も京都への往復の旅で、慶雲館へ立ち寄った。
 雲は瑞気を呼ぶというが、その瑞気を招くめでたい館ということで「慶雲館」と名づけた。
 この史実から考えても、慶雲館は国家的、歴史的遺産であり、それの評価や管理は国家的見地からなさるべきで、井の中の蛙のように、長浜だけにとらわれるべき史蹟ではない。
 この歴史的国家遺産を会場に開く盆梅展なればこそ、世界瞠目の価値があり、日本の文化、日本人の心を垣間見ることができるのだ。期間中、世界の観光客がわんさと列をなすには、それ以前の問題として日本のマスコミ、政界、経済界、観光界、文化界にこそ広く喧伝されるべきであり、その喧伝は盆梅に対する風と肥料のようなものであり、これまでのような「うちうち」自慢の盆梅展はさようならすべきである。
 そのためには日本一というより、世界一のタイトルで内外に宣伝すべきである。この清純な芳しい香り、やさしさとたくましさ、生命賛歌の平和の合唱こそ日本と日本人の心を象徴する春のさきがけである。【押谷盛利】

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2015年03月12日

ああ、渡る世間は鬼ばかり

 いまの若い医者は、近代的な総合病院と技術革新による優れた医療機材(具)に安住して、昔の医師のような問診はしない。医師の指示で、看護婦が体温を計ったりするが、診療室へ通されると各種の検査が実施される。採血、血圧、その他、患者の訴える苦痛や悩みの根源を探知すべく検査漬けが始まる。
 経験豊かな医師は初診者が診療室に入るや、その挙動、顔色などから、どこを病んでいるのか直観できるという。そして、丁寧な問診が始まる。もちろん、聴診器も当てるし、手や指先を使って、患者の体内からの情報をキャッチする。問診のなかでは、親や祖父母の病歴なども参考にし、遺伝上の関係や生活空間の情報までも診断上の要素に加える。
 ぼくは、たまに友人に会うと、「ごきげんさん、元気か」と一番先に声をかける。「元気だよ」と威勢のいい声を期待するからだが、そのとき直観するのは顔色である。
 本当の元気は必ず顔にあらわれる。顔につやがない、張りがない、なんとなく青黒く表情が冴えない、と思うときは「会えてよかったね」とこちらの元気を振りまくようにいいながら、決して「顔色が悪い」などとは口にしないが、当座は大丈夫なのか、と心配する。
 どんな健康な人でも2日、3日も寝ずに仕事をしたり、病人の長い介護や徹夜マージャンの後などには、疲れの表情は隠せないが、これとて、肉体の芯からの故障とは印象が違う。
 体内に病気を宿す人は、遺伝的に病の種を持つこともあるが、住環境や日常生活のあり方について、いわゆる後天的非健康を自己診断するのが賢明である。
 いま、やかましいのは生活習慣病だが、喫煙や運動不足、食べ物の不用心が特に指摘される。
 このごろは不眠を訴える人や耳鳴り、腰痛に苦しむ人が多い。便利がよく、いつでも音楽が聞けるからといって、耳にイヤフォンを差しこんだまま車に乗ったりする。あるいは、どこでも、今、見なくては明日がないと言わんばかりにスマホに夢中になったり、また朝まで深夜放送に夢中になったり、こんな不規則、不正常な耳、目、脳の働きを続ければ、身体のあらゆるところから悲鳴の反応があらわれる。
 普段、重いものを持つことをしない人が、たまたま無理に重い荷を持ち上げたり、運んだりしては、腰を痛める。
 ぼくは大阪の定時制高校に通ったとき、昼は会社勤め、夜は登校の二重生活のあげく、食事は安上がりの外食だった。一学期の終わりごろ、体の調子が思わしくなく、肺浸潤を疑ったりしたが、結局、ビタミン不足による脚気と判り、夏休み前に帰郷した。約1カ月間、毎朝、裸足で氏神へ参詣したり、子供のころと同じような家族並みの食事をした結果、一カ月もたたぬ間に元通りの健康を回復した。もちろん、村の中の医師へ通うこともしなかった。だれに教わったのか、リンゴの丸焦げを粉にして飲んだくらいで、ビタミンがどうのこうのと思ったこともなかった。それはぼくの体の中の自然治癒力のお陰でもあり、父母の愛や氏神さま、世間さまの慈悲心でもあり、ありがたいことよ、今に記憶している。
 このごろは、世の中がおかしくなって、「渡る世間は鬼ばかり」と思いがちだが、日本の伝統的な本当のよさは「渡る世間に鬼はなし」である。人の振り見て我が振り直せともいうが、人さまの言葉や経験は、わが生きるための良薬でもある。【押谷盛利】

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2015年03月10日

老齢と廃用性症候群の話

 喜寿、傘寿、卒寿、白寿、どの言葉も末尾に寿の文字が入り、「めでたい」の意味がこもっている。めでたいのは言外に「健康」の文字が秘められて居るからである。
 胃ろうや酸素吸入器などで生かされている植物人間をめでたいと思う人はだれもいない。人間は長寿というよりも健康な日々を送るのが幸せで、長寿はその結果である。
 「生き死に」はあてがいというけれど、先祖からの遺伝もさることながら出生後の環境やその人自身の心がけ、つまりは後天的要素に負うところが多い。
 ぼくは先の時評で、食べすぎとクスリ漬けが破局を迎えると警告したが、破局を避けるため、読者とともに、自己のためお国のための健康長寿を取り上げる。
 現代人は、自然の尊さや人間に与えられている自然治癒力を無視して、その日暮らしの享楽にふけり、体調を崩しては医師やクスリに走る。新聞の「おくやみ」欄に80歳以上後半から90歳以上の長寿者を見ると、長い間、ご苦労さん、よくがんばったね、とねぎらいの気持ちを持つが、しかし、この人たち、終末期をどう生きたのか。もし寝たきりだったり、施設で痴呆のまま介護を受けていれば「寿」とはい言えまい。
 ぼくは、かつて、「廃用性症候群」という医学用語を知って、日々の日常生活に役立てているが、定年後の人は留意してほしい。
 これは、新の包丁も使わねば錆びる、と解すことができる。噛むのは面倒だから、と、柔らかいものや液状のものしか喉に入れないとか、階段はしんどいからエスカレーターを利用する、などがこれである。
 人間の鼻孔は、汚れた風や不衛生な風をチェックする自然の働きを持つが、マスクによって、その自然の力を弱めたり、麻痺させる。人間に自然治癒力が与えられていることは、人間自身がその健康について日ごろから充分に留意していることが前提であり、平常に横着して体を損なうような生きざまであれば、自然治癒力は低下する。
 食事や運動などで、健康に関心のある人も「心」の健康、脳の働きには案外気づいていないのではないか。
 老人の特色は「籠もりがち」と「笑い」の少ないことである。「笑いは百薬の長」と言われる。それには一人ぼっちで、家に籠もることを避けたい。人の中へ入り、人とおしゃべりしたり、人と一緒にものを見たり、笑ったりすることが脳の活性化に役立つ。
 くよくよするな、といわれても日々、平穏無事というわけにはゆかぬ。だれだって、腹が立ったり、欲求不満やストレスはあるはず。老齢化すれば、もの忘れがひどくなり、何をするにもおっくうになる。しくじりもあれば、勘違いもある。それが老人の証拠だと、横着をきめこみ、世の中、なるようにしかならぬ、あしたは明日の風が吹く、と一切を天に任せて、神さま仏さまに感謝する生活。そして何でもよいから友人を作って、複数の人々と趣味の生活を心がけたいものである。【押谷盛利】

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2015年03月07日

悪の二重奏と破局の話

 さきの時評で「あてがい」は天の配慮と書いたが、あてがいを無視し、バカにするものは破局を迎えることになる。破局とは行き詰まって、まとまりなどがこわれてしまうことをいう。
 このごろ街頭を眺めると、まさに破局そのものの光景である。
 どこへ行っても、どこの街角でも必ず競い合うように立派な店が出来ている。一つはコンビニであり、いま一つは薬局(ドラッグストア)である。なんのことはない。コンビニで食べものをしこたま買いこんで、その足で、今度はクスリをしこまた買うという便利社会の実現である。
 この商法、偶然か、金融資本の遠大な計らいか。考えてみれば、口は卑しいから、三度の食事以外にいつも何かを口にしないと生きた心地がしない。しょっちゅう食べたり、飲んだりしていては体にいい影響を与えるはずがない。胃袋を休ませることで次なる活発な働きが期待されるのに、その胃袋の休むいとまなしだから、体が故障するのは当たり前。そこを商売人はうまくつけ込んで、人々の一番目立ち易いコンビニと向きあって、あるいは隣同士に並んでクスリ屋が出店する。
 人間はずぼらもんだから、わざわざ薬局へはゆかぬが、もののついでなら毎日でも頭を出す。顔を出せば、痛い個所や、故障のある部位に効くクスリがたんとあるではないか。テレビで馴染みのクスリも見るし、クスリでなくとも顔のにきびとりや、美人になる化粧品もある。
 かくして、薬局をのぞけば、無限に誘惑の光に包まれる。まるで、この店の中の霊気が自分を健康に、幸せにしてくれるのではないかと錯覚させるほどである。
 これは現代を皮肉る全国共通の病める日本の象徴である。病気の予防にクスリ、病気になればなおクスリ、テレビの宣伝は健康と幸せを保証するといわんばかりである。製薬会社は、日本人が病み呆けていることを百も承知で、「飲め飲めどんどん」と囃す。
 その一方で、病院や医師に至れり尽くせりのサービスで「わが社の薬」をと、商売っ気満々。結果、処方箋にはクスリの山を指示する。
 テレビでアホにされている国民は、明けても暮れても「うま〜い」を連発する料理や食べものの番組に胃を刺激させる。
 満腹であろうと、なんであろうと、口にほおばるのが癖になってしまった。口を動かしては、胃を痛め、腸をわずらう。食べつつ、クスリといった具合に、まさに箸と茶碗同様、クスリとうまいもんは一対の必携品である。
 これがぼくのいう破局である。この破局はゆきつくところ、体の病気から脳の病気へと上昇する。脳を病む人が多くなったことは、日々のニュースでうんざりするほど、事件を知らされる。「人を殺したくなった」というのは、ここ50年の重病である。戦前の日本人は、ネズミ獲りで捕らえたネズミですら殺すのを嫌がった。花であれ、虫であれ、蝶であれ、自然と共存するものすべてに愛情をそそぐのが、当時の日本人のやさしい心であった。いまは、少年や青年、どうかすると50歳くらいの中年ものまでが、やすやすと人を傷つけ、人を殺す。これは、決してまともではなく、病気のなせるわざであり、脳を病んでいる証拠である。
 クスリは飲むな、腹はすかせ、よく動け、こういう声に耳を傾ける人は「あてがい」の祝福を受けるひとである。【押谷盛利】

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2015年03月05日

「あてがい」と人間の出生

 ぼくは子供のころ、大人たちの会話の中で「あてがい」という言葉をよく聞いた。「あてがいがよい」「あてがいがない」などと。
 いまから考えると、昔の人は、天衣無縫だった。天人の衣服には縫い目のあとがないから、転じて、天真爛漫なことのたとえに使ったが、言葉を替えれば万事が鷹揚で、「この世のことは、すべて、神さまからのおあてがい」だと達観した。
 意識的に、学問などで、そういう考え方になったのではなく、先祖から親へ、親から子へと以心伝心に身につく処世訓である。
 以心伝心とは、本来、仏語で、仏法の奥義を言葉や文字を借りずに師の心から弟子の心に伝えることをいう。転じて無言のうちに心が通じあうことをいう。
 「あてがい」は貧乏、金持ちのように即物的なものもあるが、健康とか寿命のように、まさに天命としか言いようのない「天の配慮」を思わせるものがある。
 ぼくは先に「おあてがい」と書いたが、これは天の神のおはからいだから、尊敬を表わす接頭語「お(御)」をあてがいの上に置いたわけで、「お月さん」「お蚕さん」の「お」と同じである。人間、男と生まれるのも女と生まれるのも「あてがい」であり、大自然の摂理、神さまのおぼしめしである。結婚しても子が生まれない人もあるが、これもおあてがいである。
 ぼくの知人で、結婚して10年、子に恵まれなかった夫婦が離婚して再婚した。不思議とも思えるが、再婚後、男性も女性もともに子宝に恵まれた。今、流行の体外受精などでなく。
 男女の愛の一体化が子という分身の花を咲かせるのが天の声である。両親の血を継ぐ子に最もふさわしい妊娠の年齢は20歳前後、30歳までとされていたが、これは人間の歴史にみられる生理的知恵で、だれに教わるともなく、人間は成長の過程で子を残すべく心と体にあてがいを用意された。
 体外受精は理屈はともあれ、自然の摂理に反することであり、ましてや、着床前の受精卵のスクリーニング検査による生命の取捨の如きは地獄の沙汰というべき大罪である。東京の渋谷区はさもひらけたような顔をして、近く議会に同性の結婚を証明する条例を提案するという。欧州の一部、アメリカの幾つかの州では、すでに同性婚が法律化されているが、神の御意志にそむく仏罰もんである。
 結婚は男性と女性が一家を持つ制度である。同性の愛は自由であっても結婚は許されない、というのが人類への「おあてがい」であり、そういう天則背反の地ならしのため、夫婦別姓が議論され始めた。結婚後の戸籍は男女自由で、生まれた子は妻の籍へ入れるか、夫の籍へ入れるかは自由という考えである。これでは将来、兄弟姉妹、いとこの関係が分からなくなる恐れもあり、血族婚の弊害も予想される。
 さきのスクリーニング検査を待つまでもなく、すでに妊娠後、胎児の性別が判明するようになり、男女の産み分け、気に入らなければ、健康な胎児が処分される違法も指摘される。人間は発明の親だと過信し、技術革新で何でも作れると錯覚するが、天命、すなわち天倫に背けば人類を破滅させることを知らねばならぬ。【押谷盛利】

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2015年03月03日

反自然による人間の末期

 このごろの犯罪は質が悪くなった。女子大生による殺人事件や、幼稚園か小学校に通う無垢な子をたらして誘拐したり、殺すなど、常識では考えられない犯罪が続く。川崎市の中学一年の少年も遊び仲間の狼の犠牲になった。
 病気としか思えない犯罪だから根は深い。川崎市の少年の場合は、危険におびえて、それとなく友人に苦悩を語ったが、その悩みはうわの空で聞き流された。少年は眼のところにひどいアザが出来ていたが、親は見過ごしていた。アホとちがうかといいたいが、実は大人も子供もみんな病気なのだ。人間は生きてゆくための本能や知恵を神さまから授かっているが、「人知の発展」という美名に隠れて、神さまの御心から距離を持つようになった。それが、ぼくのいう反自然な行為である。
 人間は他の動植物同様、自然に生かされ、自然に生きる生物であるから、神に反する生き方をすればチクリと釘を刺されるし、それが長く続けば、自然の制裁を受ける。分かりやすくいえば、神の罰を受ける。
 自然に反してはダメ、とぼくは早くから声をからして叫ぶが、どこ吹く風か、とばかり無視されて、反自然が文明そのものと誤解されている。
 「反自然」とは何かと改めて問う人があるかもしれない。いちいち書いていれば紙幅が足りぬが、脳を病む人が少しでも減り、医療費の負担を軽くし、何よりも人が健康で長寿するために、神に代わって助言する。
 ぼくは「神」という実態のない名称を使うが、言葉を換えれば「自然」と同義語ととらえてもらえば分かりやすい。
 このごろ、大人も子どもも頭がおかしくなった、とぼくが思うのは、みんな脳をやられているからである。体が病めばすぐ薬局や病院へ走るが、脳の病は明らかに鬱や変な行動がない限り、だれにも分からないし、本人も自覚しない。いらいらしたり、眠れなかったり、笑いがなくなったりしても、それが脳の病気と関係しているとは思わない。
 脳は複雑な細胞ががんじがらめに結ばれ、その周りを頑丈な骨に守られているから、少々の打撲や内部の異常などは表面化しないし、もちろん気付くこともない。脳はなんにも言わないが、ぼくらは顔を洗い、体をいたわって大切にするように、脳が健康に働いてくれるよう言わば脳の衛生管理に注意しなくてはならぬ。
 読者の皆さんは、脳の健康管理にどれだけ努力されているだろうか。体の部位では脳が一番大切なところ。多くの人は脳どころか、体の管理までがお粗末すぎる。それは病気になれば、クスリがある、病院があると、横着するからである。ここに反自然の芽があり、それをいちいち挙げたらきりがない。タバコを吸ったり、冷えた飲み物や食べ物を口にしたり、夜と昼を間違えたり、化学物質に汚染された添加物食品を取ったり、月経をクスリでコントロールしたり、眠剤を常用したり、あげくの果ては人間の生命の神秘にまで科学万能の刃を向ける。
 詳しくは日を変えて論じるが、このごろ話題の赤ちゃんの選択技術である、体外受精で、女性の体から採取した卵子に精子を受精させ、それと子宮に戻して、出産する技術だが、問題になっているのは、その着床前の受精卵を調べるスクリーニング検査である。受精卵には生命が宿されているが、思わしくないとみれば、捨ててしまうのである。一種の殺人行為であるが、ここまでくると怖いほどの反自然である。人間の末期を感じる暗さである。【押谷盛利】

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