滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2014年07月31日

蝉の声、明治山、沈黙の春

 29日午後、知人のKさんから蝉情報の電話を頂いた。長浜港の明治山にある戦没者の慰霊碑付近で珍しく、よく鳴いていた。蝉時雨という程でもないが、一週間の命という蝉のあわれがいとしくてつい一句したためたから聞いてくれという。
 「蝉時雨いのち短かし初舞台」。
 梅雨が上がると各地で、待っていたかのように鳴く蝉だが、戦後、蛍とともに姿を消した。人間の横暴による自然破壊のせいだが、その反省に伴ってぼつぼつ昔に返りつつあるのは喜ばしい。
 蝉は樹木が住処で、樹液を吸うて生き、鳴くのは雄。幼虫は木の根の汁を吸って育ち、数年の後、地上に出て成虫となる。
 蝉はしぼりだすような悲痛な声を出すので、人の心を打つ。蝉の幼虫は蛹だが、地上に出て、背を割り、皮を脱いで夜の間に成虫となる。このとき残した抜け殻を空蝉という。木の幹をつかんでいたりして、俳句や歌に登場する。人生のはかなさを空蝉にたとえるが、その蝉の寿命は一週間だという。
 ぼくはKさんの電話を聞くや小躍りして、早速、明治山へ出掛けたが、午後3時すぎの暑い盛りのせいか、楽しみにしていた蝉の声は聞かずじまいだった。鳥居をくぐったあたりで、遺族会の役員の方が境内の落ち葉や塵の掃除をされていたが汗びっしょりだった。
 8月はお盆の16日に忠霊塔前で盆法要がつとまるし、月初めの2日、3日は長浜港一帯で「やんすこんす市民祭」が行われるので忠霊塔を守る遺族会(西川満会長)の奉仕作業も並みたいていではない。
 俳句が浮かぶ程蝉を聞いたというのに、なぜ聞こえぬのか。ぼくは、ついでに豊公園に立ち寄ったが、ここでも聞くことはなかった。おかしいな、と思いつつ、今度は樹木の多い八幡神社へ参ったが、参詣人の足音のほかはごく静かな夏の午後だった。新聞社へ帰って、社員に確かめると、昔ほどではないが、蝉の声は聞くという。たいていは早朝から午前中らしい。夏の虫でも日中の燃える太陽の光りのなかでは心がくじけるのかもしれない。
 蝉時雨については、もう7、8年も前になるが、所用で、大阪城公園を歩いたときの感動を忘れない。それこそどこから、こんなに激しい蝉の声が響きあうのか、蝉合戦といってもいいが、空に響き地にこだまして、ぼくは茫然として立ちすくみ、しばらくは夢うつつの境で、この思いがけぬ蝉の饗宴に心の底まで洗われた記憶がある。
 蛍を守る運動が盛んになり、蝉もぼつぼつ出てきてくれてうれしいが、田んぼからは「どじょう」や「たにし」が消えたし、野道で蛇を見ることもなく、蛙の声も細ってきたし、お玉じゃくしを見ることもない。
 畑のみみずや庭の蜘蛛も減ってしまった。
 それやこれやを思うとき、ぼくの記憶から離れないのは1987年、初めて出遇ったレイチェル・カーソンの「沈黙の春」だった。人間による環境汚染を世界で最初に警告したこの本は、ぼくの生活指針でもあり、健康の聖典でもある。
 ちなみに、この本の「3、死の霊薬」の最初の3行ほどを記しておく。
 「人類の歴史はじまって以来、いままでだれも経験しなかった宿命を、私たちは背負わされている。いまや、人間という人間は、母の胎内に宿ったときから年老いて死ぬまで、おそろしい化学薬品の呪縛のもとにある」(新潮社発行、沈黙の春参照)。【押谷盛利】

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2014年07月29日

15歳少女の危険な遊び

 27日、長崎県佐世保市で起きた高校1年生女子の同級生殺害事件は、遺体を切断するなど猟奇じみて大人の常識をこっぴどく粉砕した。
 被害者と女子生徒は中学時代からの友人で今年15歳。事件は女子生徒が親と離れて独りで住むマンションで発生した。2人の間に何があったかは、今後の捜査を待たねばならぬが、国も学校も社会も家庭も15歳は大人であることに考えを切り換えねばならぬ。
 子供だと思っていた少女が「交際を求む」などの発信からみだらな男女関係に及び、それをきかっけに売春の胴元になったり、ひどいのはヤクザもどきの美人局に一役買ったり、信じられぬ15歳である。
 いい歳した男野郎の破廉恥な事件も増えるばかりである。
 岡山県の倉敷市では無職の男(49)が小学5年生の女児(11)を誘拐して逮捕された。
 エッチな行為やスカート撮りカメラなどは、公務員、警官、教師など社会的地位のある人間が顔を出すなど異常も度を超している。
 気の緩みといえば、それまでだが、こうした憂うべき風潮の背後を考察するのもこれからの緊急課題であろう。
 なぜ、気の緩みが社会の害毒に影響しているのか。ひとくちで言えば、道義心、モラルの欠如であろう。
 子供は宝と、もてはやすのはいいが、宝は体の成長や脳の教育にのみ片寄っているのではないか。
 去る22日、ぼくは時評で、曽野綾子さんの話「子育て格言」に触れた。それは曽野さんのお母さんが子供のころの曽野さんに仕込んだ格言である。
 いま、一度それを繰り返して、家庭や社会に訴えたい。「心は三つまでに」、「しつけは六つまでに」、「言葉は九つまでに」、「文章力は十二までに」、「十五歳までに人間としての道理を教える」。
 いま振り返って、各家庭や学校で、この基本的な教育やしつけ、子育てにどれほどの関心と熱意を持っているだろうか。
 このうちでも一番大切なのは心である。やさしい心、おだやかな心は3歳までに養う。人間としての「しつけ」は6歳までに仕込まねばならぬ。言葉は9歳までに正しく言えるように。
 人間は、頭がよくても、それだけでは人の世に通じる真っ当な人間とは言えない。人に迷惑をかけたり、人を悲しませたりのマイナスな人生と、人に喜ばれ、人を元気にするプラスの人生との落差は大きい。せっかく中学、高校へ進むようになりながら、社会の重荷となるようでは不幸であり、若ものの指標たるべき大人の自己規制こそ望まれる。【押谷盛利】

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2014年07月24日

慰安婦ツアーを告発する

 7月22日付産経紙に「『慰安婦ツアー』違法募集」というショッキングな記事が1面トップに出ていた。慰安婦ツアーなんて、言葉は初めて聞くし、しっかり読むと、「親子で学ぶ韓国平和の旅」と銘打ち、7月25日から2泊で、日本軍慰安婦歴史館などを見学する広告。
 旅行は大分県教職員組合(県教組)が主催。企画、受付、代金の徴収などは組合が行っている。
 県教組企画のこの旅行、旅行業違反として、観光庁が指導することになったが、主催者は法を無視して予定通り強引に実施するという。
 この記事、不可解にも他のメディアには報じらていない。ぼくは、旅行の違法性もさることながら、「慰安婦ツアー」そのものを問題としたい。
 慰安婦なんて言葉はもともと日本には存在しなかった。それが活字になって、広く世界に喧伝されたのは、平成5年の河野洋平官房長官の談話によるもので。メディアについて言えば、朝日の誤報が大きな影響をもたらしている。
 この河野談話によって、慰安婦募集の強制性が独り歩きし、ありもしない慰安婦20万人の強制狩りが世界にニュース化した。
 河野談話はおかしい、と早くから問題視されていたが、政府は6月20日、「強制連行は河野氏の独断」とする検証報告を公表した。報告書は有識者による検証チームによって作成されたもので、当時の日韓両政府が談話の文案を原案段階からすり合わせていた経緯があり、事実上は日韓の合作であり、証拠がないことが明らかにされた。
 今回の河野談話検証の意義は大きく、長年、真実が隠され、日本軍による慰安婦の奴隷化とまで悪宣伝されていた問題に光りが灯り始めた。産経は早くから、河野談話による不当な日本叩きに反発し、検証を求める記事を発表してきたが、肝心の河野氏に関する取材は拒否され続けている。国会でも河野氏の証言を求める声が出ているが、今日に至るまで河野氏は沈黙している。
 その河野氏が自分の都合で、講演会に出ていたりするが、自己の政治的判断の禍根が、日本を世界におとしめていることを猛反省し、国民に侘びを入れ、あれはインチキ談話だったことを白状すべきである。
 さて、問題になっている大分県県教組の慰安婦ツアー。この偏向組合は2年前から同様の募集を行っているというが、これまで、なぜ、メディアや政治家が問題にしなかったのか。
 慰安婦問題は早くから、その真実性に疑問が持たれていた。6月20日の政府検証で証拠なしと確定したが、過去及び将来もこれが韓国による反日宣伝に利用されることは明白である。その反日宣伝に、こともあろうに、日本の教職員団体が協力していることの非である。大分県教組は、反日のお先棒をかついで韓国に奉仕しているが、きみたちが、日本の伝統、日本の歴史、日本人としての誇りまで捨てて、韓国に土下座するのは、世界に日本を売る気なのか。それとも韓国と心を通じ、韓国にこびを売る親韓国団体なのか。この旅行で参加する親子に、ありもしない「慰安婦」の「歴史館」などを見せて反日教育の洗礼をさせるとは、言語道断である。【押谷盛利】

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2014年07月22日

子育て格言と曽野さん

 「日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと」という長い名前の本についてはすでに触れた。
 著者の高橋史朗氏は教育や社会科学の権威学者で、スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員、政府の臨教審専門委員、少子化対策分科会委員、自治省の青少年健全育成研究委座長などを歴任。現在、明星大教授、政府の男女共同参画会議議員などのかたわら多くの著書を出版している。
 さきにあげた長い題名の本のなかで、評論家・曽野綾子さんの記憶として、お母さんの江戸の子育ての格言を紹介している。
 曽野さんは毎日、新聞や雑誌、著述の原稿書きに追われている売れっ子だが、子供のころは作文が最も苦手だったという。
 ところが、お母さんが子育てや教育についての格言を知っていて、それを子供のころの曽野さんの教育に役立てた。その格言は「三つ、心。六つ、躾。九つ、言葉、十二、文。十五、理で末決まる」。
 これは3歳までに心をほどこし、6歳までに躾をほどこし、9歳までに言葉を身につけさせ、12歳までに文章を教え、15歳までに人間としての道理を教える。そうすれば人生はうまくいくということを教えた格言。曽野さんのお母さんは、12歳までに文章を教えないといけない、と思い、作文の苦手な曽野さんのために国語だけの家庭教師を雇い、作文教育を強制した。
 曽野さんは強制されて作文を書かされることが嫌いだったけれど、このお陰で今がある、と述べている。
 しつけはいけないというのが戦後の風潮だけれど、やはり教育は強制から始まらねば、と語り、著者も賛意を表している。
 伝統的な子育てが失われてしまったため、今日育児に関して多くの問題が起きている、と高橋氏は指摘している。
 一時期「ジェンダー・フリー」という言葉が流行し、日本の男女の教育をワヤにしたことがある。平成12年の男女参画会議が作成した第1次基本計画による弊害である。文科省が全国の公立小中学校幼稚園で平成17年度に実施した「男女の扱いに関する調査内容」を同年の7月1日付産経が報じている。
 「ひなまつりや鯉のぼり」は幼稚園の調査で46園が男女平等に反するとして中止。お互いを呼ぶのに「さん」付けで統一している学校は中学校が572、小学校が7289、高校31校になっている。
 男女混合の騎馬戦をやっているのは、中学校で29、高校で2校。さらに驚くべきは、体育のときの男女同室の着替え。同じ部屋での着替えが中学校で757、高校で47校。着替えは別々の部屋でやるのは中学生や高校生では常識のはずが、別にするのは男女の性差別を助長するという理論。
 つまり、男らしさ、女らしさを否定するジェンダー・フリー教育の害である。
 このようなアホ計画は、5年後の平成17年度の第2次基本計画作成の際、自民党の山谷えり子議員らが極めて非常識であるとして内容を改めたが、少子化問題を含めて、日本の若ものをいかにダメにしたかが、この本は訴えている。【押谷盛利】

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2014年07月19日

スパイ天国とゾルゲ事件

 安倍内閣の手で法制化した秘密保護法はスパイ防止法であるが、民主国家でスパイ防止法のないのは日本だけだった。
 ソ連時代に駐日ソ連大使館員として勤務しながら、実態はソ連のスパイであったレフチェン氏が、後日、アメリカに亡命して「KGB(ソ連スパイ本部)の見た日本」という本を出した。
 このなかには、与野党を問わずソ連のエージェント(工作員・諜報員)として、ソ連のスパイ作戦に協力したものの生々しい事実が記されている。
 彼はこのなかで、「日本はスパイ天国である」と断言している。
 スパイといえば、戦争中のゾルゲ事件が有名である。ソ連のスパイ・ゾルゲが、近衛文麿のブレーンで、第1次近衛内閣の嘱託を務めていた尾崎秀実(元・朝日新聞記者)とのスパイ活動がばれて逮捕、死刑にされた事件である。
 発覚したのは1941年、太平洋戦争開始直前で、当時ゾルゲはドイツの新聞社特派員として、駐日ドイツ大使の信任を得ていたが、実態はソ連共産党直属のスパイで、コミンテルンの命を受けて、日中戦争下の日本の政治、経済、外交、軍事の最高機密を探っており、これに協力した尾崎秀実ら35人が検挙された。
 ゾルゲは偽装のため、ナチス党へ入党、ドイツ新聞社の日本特派員として1933年、来日し、ドイツ大使館に信頼された。
 尾崎は朝日新聞特派員として上海に滞在中、ゾルゲと知りあい、34年ゾルゲとスパイグループを結成した。尾崎は中国問題の高名な評論家として後に満鉄嘱託となった。
 グループの逮捕後、尾崎の友人・犬養健衆議員(南京国民政府の顧問)、同じく友人の近衛内閣の嘱託西園寺公一、ゾルゲの記者仲間など数百人が参考人として調べられた。
 事件摘発の翌42年(昭17)、尾崎の同僚であった朝日新聞社政治経済部長・田中慎次郎、同記者磯野清が検挙された。裁判は43年から44年にかけて行われたが、ゾルゲと尾崎は死刑になり、44年11月7日のロシア革命記念に執行された。
 死刑執行の直前、ゾルゲは日本語で「これは私の最後の言葉です。ソビエト赤軍、国際共産主義万歳」と叫んだといわれている。
 この判決で、首相を天皇に内奏した元老・西園寺公望の孫・公一が懲役1年6カ月(執行猶予2年)、犬養健は無罪。西園寺公一は戦争中、近衛のブレーンであり、松岡外相の随員として、ソ連、ドイツ、イタリアを視察。戦後は参議員となったが、中国との友好を深め長期間、中国に滞在し、中国ロビーとして活躍した。その影響もあって、日本の保守系政治家や財界人のなかにも中国とのツーカーを看板にしているものもある。
 戦争末期の日本は、アホーもいいとこで、日本の情報を知り尽くし、日本の敗戦を確信しているソ連に対し、近衛を全権大使として、アメリカ、イギリス、中国との和平の仲介を要請している。スターリンは日本政府をアホ扱いにして、返事もせず、ヤルタ協定などで、日本の敗戦による領土確保を画策している。日本の暗号はつつぬけで、アメリカは早くから日本の戦術を知っていた。
 いまの日本はまさにスパイ天国であり、彼らの仕事ができなくなるからスパイ防止法に反対するのである。【押谷盛利】

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2014年07月17日

外からと内からの反日

 北朝鮮が14日、日本海に向けてロケット弾100発余を発射した。前日の13日には、短距離の弾道ミサイルを発射した。
 日本とは拉致被害者解放をめぐる重大な局面だけに、北の狂おしいばかりのやり方は、中国や隣国の韓国にとってもあてこすりというか、物騒な一件である。中・韓両国トップの仲のよい外交を見て一泡吹かせたい気持ちだろうか。何よりも気を引き締めねばならぬのは、北が核開発に成功し、核兵器を所持することを天下に公開したことであろう。いざという場合いつでも、どこへでも原爆を撃ちこめるぞ、という脅しである。
 日本はお人好しというべきか、バカというべきか、世界をとりまく軍事、外交、科学、経済の変化に鈍感で世界の潮流に取り残されてきた。いま、やっとその反省をバネに安倍政権によるまともな日本が、建設されつつあるが、どこの国の回しものか、影響力のあるマスメディアの中にはなりふりかまわぬ安倍叩きに奔走し、このごろの紙面を見れば、安倍政権が戦争をあおり、戦争へ直結するかの如き暴論を繰り返している。
 平和を称えれば、何もしなくても平和な日本が保障されるというバカな平和ぼけが日本をワヤにしてきたが、その一つが教育であり、歴史認識であり、愛国心である。
 戦後一貫した日本の教育の欠陥は、肝心の学力が国際的に劣っているだけでなく、社会的人間としてのモラルや家庭崩壊にみられる家族基盤の乱れである。安倍首相は。強い日本、信頼される日本、道義と経済による国際的地位の向上に並々ならぬ努力をしているが、野党第一党の民主党は反日の宣伝や反日メディアに踊らされて、日本のあるべき方途に確たる政策も示さない。
 昨年12月、安倍内閣は秘密保護法を提案して国会で可決されたが、当時の民主党や多くのマスメディアは、これを戦争に結びつけて、国民を煽動した。あの法律、分かりやすく言えば、スパイ防止法である。スパイ防止を法律で定めていないのは民主国家では日本だけだった。
 日本はスパイ天国だと言われていたが、それでいいと思っているのは、日本を敵視している国だけである。日本を敵視している国は、日本との友好を好まず、あけても暮れても日本を悪しさまに宣伝し、日本を奴隷にしたいのである。だから日本に関する情報は、政治外交、軍事、産業、科学などあらゆる面で収集し、万一の場合の日本攻撃、その延長の日本と同盟している米国との戦いに備えるのである。だから、反日の国は日本のメディアを反日に偏向させ、外からと内からの2面作戦で、今回の集団的自衛権を反対する。それもただの反対では効果がないから、戦争へつながる、徴兵への一里塚などとありもしないことを訴えて国民を不安におとしいれる。
 まともな国に立ち返るためには、戦後続いてきたこの国の政治の犯した誤りを反省し、自信と勇気を振るって日本の誇りを取り戻さねばならぬ。【押谷盛利】

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2014年07月15日

他によい知恵はないか

 10日の時評「凡人氏の手紙といじめ」の後、凡人氏から2度目の手紙を頂いた。素敵なご意見なので主旨を紹介しておく。
 「いじめや差別は難しい問題だが、人間の奥に潜むどす黒いマグマのように時折り噴出することがあり、忘れたり、消すことは無理かもしれない。しかし、人間は反省したり、勉強するという大きな役割を持っているから、絶えず、これでいいのか、他によい知恵はないのか、という進歩向上へのプラス能力があるからそれを信じたい。また他の動物にない思いやりの心、人の苦しみを自分の如く感じ、助けたい、力になりたいと思うやさしさ、慈悲心のあることも事実である。人間にその心がある限り、この世の人間関係に灯りは消えない…」。
 人間の歴史は、洋の東西を問わず、愛と憎しみ、破壊と建設の連鎖かもしれない。われわれ日本人は子供のころからさまざまな童話を通じて人間のいじめや、やさしさ、青い鳥を求める真実一路を学んできた。
 例えば、因幡の白兎は、おきの島から因幡の国へ行くため、わにざめをだまして、その背を渡ったが、最後のわにざめに丸裸にされ、さらに八十神を信じて潮を浴び、痛くて泣いていたところを大国主命に救われる。
 猿蟹合戦では、柿をめぐって、猿にだまされて、殺されたカニの子が、臼や蜂、栗などの助けを借りて親のうらみを果たす。
 花咲かじいさんは、正直者で動物にやさしいじいさんが、枯れ木に花を咲かせて殿さまから褒美をもらうが、隣の欲深じいさんが、それを真似て大失敗し、身を滅ぼす。
 ぼくの小学校時代、12月14日は学校の特別大広間で、赤穂義士の討ち入り話を聞かされた。
 赤穂(兵庫県)の藩主・浅野内匠頭が、江戸城で、勅使下降の接待役に当たったが、指南役の吉良上野介に意地悪をされて、大事な局面で赤恥をかかされる。かんにんならぬと激怒した浅野は殿中ご法度の刀を抜き、吉良を切りつける。このため、浅野は切腹、城は召し上げられる。失業した赤穂藩の家老・大石良雄ら47人の義士が結束して1年後の12月14日、吉良邸に討ち入り、主君の仇を返した。47人はそれぞれ切腹するが、主君の恥をそそいだとして、国民の反響を呼び、後世に美談として歌舞伎や講談、映画のストーリーとなった。「忠臣蔵」としていまなお登場するが、ぼくは子供心になぜ、討ち入りが大事なのか。さっぱり分からなかった。いま、それは主君の恥をすすぐという封建社会の倫理のモデルだったことを知り、世の移りと価値観の変化を考えさせる。
 凡人氏ではないが、「他によい知恵はないか」。中国のなりふり構わぬ反日も他によい知恵があるのではないか。【押谷盛利】

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2014年07月10日

凡人氏の手紙と「いじめ」

 「1凡人」と称する読者から手紙を頂いた。内容はいじめに関する問題。冒頭に、ぼくの幼少のころは、いじめるほうだったか、反対にいじめられる方でしたかと質問される。
 実は凡人さんが自治会の新年会の席で聞いた話が出発点となっている。その人は子供のころ目立つ体格をしていたので、上級生のAさんから、なにかにつけて呼び出され、いじめられていたという。
 あれから数十年経ち、あるとき、何かの会合の折り、ばったりとあった。Aさんは障害を患っており、ゆっくりと歩いていた。それを見て、彼は後ろから蹴りたいとの衝動に駆られたそうです。
 このように何十年経っても、恨み辛みは、そんな簡単に消え去るものではない。いじめたほうは、罪の意識は全然といっていいほど無く、残っていない。同じように中国・韓国など、戦争という名のもと、ある意味で国民はいじめられたのと同じ感覚を持っています。同じように沖縄も米国に攻められ鬼畜米英と教えられ、多くの婦女子が崖から身を投じたとあります。戦争、喧嘩、出来事には必ず原因があり、それをお互いが認識を共有することによって平和も友情も可能になってくると思う、という内容だった。
 ぼくは凡人さんの手紙を読んで、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」を思い出した。
 大正8年(1919)に発表された有名な短編小説で、フィックションであるが、豊前国(大分県)の耶馬渓の、青の洞門を開削した史実にヒントを置いている。
 あらすじは、主人公の市九郎が、主人である旗本の愛妾お弓と密通する。それがばれて手討ちにされそうになる。とっさに反撃に出た市九郎は逆にその旗本中川三郎兵衛を斬ってしまう。市九郎はお弓と出奔。中川家はお家断絶。市九郎とお弓は東山道で茶屋を開くが出奔から3年目、自らの罪業に恐れをなした市九郎はお弓から離れ、美濃の真言宗の寺に弟子入りして出家する。法名を了海と名乗り減罪のため全国を行脚する。
 たまたま九州に来て、耶馬渓の難所を知り、その岩場を掘削して事故で命を落とす者を救おうとした。石工を雇っての難工事で、はかばかしく進まない。18年になって中津藩の奉行の援助でようやく完成間近となる。
 旗本三郎兵衛の子、中川実之助は13歳で父の非業の死を知り、19歳で柳生道場の名許皆伝、仇討ちのため諸国を廻る。九州・中津城下で、了海という僧籍の男が市九郎であることを知り、現場に急行して親の仇を討とうとする。市九郎は討たれようとするが、石工たちは洞門が間もなく開通することを伝え、仇討ちを日延べさせた。市九郎が掘り始めてから21年目、実之助が来て1年6カ月、洞門は開通する。約束通り、市九郎は実之助に自分を討たせようとするが、市九郎の大慈大悲に心打たれて仇討ちの心を捨て、市九郎に縋りついて号泣する。
 稿を改めて、触れたいと思うが、人間は何人も業を重ねて生きており、曇りなき五月の青空のような心にはなりにくい。うらみ、憎しみ、ねたみよりは、拝む、愛する、ほめる、感謝するの心が幸せを生むが、すべては宿世かもしれない。【押谷盛利】

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2014年07月08日

喜雨、雲雨、竜神、蛇の目傘

 今年は空梅雨を思わせるほど、天気が続いたが、七月に入って雨雲が張り出した。日本列島狭いというが、ところによっては洪水で避難騒ぎをするところや、雹が降ったり、今度は台風北上の危機、天の采配はまこと気まぐれ。
 雪どころの湖北に雪が少なくなってきた。今年は特別少なかったから雪解け水で河川の水があふれたり、濁ることはなかった。これでは夏場に水不足が生じ、琵琶湖のためにも流域河川のためにも憂うべきこととなる。
 今、降っている雨も細雨のたぐいで、雨らしい雨ではないから地下水に影響を与えるほどの効果はない。
 これまでの雨不足を心配していたぼくは、最近の雨を見て「喜雨到れり」の感じで歓迎している。
 降るべきときは降らなければ、畑の作物や庭の木、街路樹、山のみどりが悲鳴をあげる
 河川は水が枯れると魚が棲めなくなり、小鮎などの遡上が止まる。雨は竜がもたらす、これを竜神といい、竜は雲を棲み処とし鬼神がつかさどると古人は信仰した。
 雲雨という言葉がある。竜神に関わる雨かと思いきや、これは、これは、聞くだに赤面。雨は雨でも男女の雨、男女の契り、情交をいう。
 楚の襄王が夢で巫山の神女に会い、契りを結んだ。神女は去るに際し、「私は、朝には雲となり、夕暮れには雨となります」と言った。それが言葉の原点で、男女の契り、情交が雲雨の語源。念のため大辞泉を引けば、このほかに①雲と雨②竜は雲や雨に乗じて昇天するとされるところから、大事業を起こす機会、の意味も加えている。
 ついでながら、陰陽をつかさどる神を鬼神といい、天道とされている。古代中国の易経に「鬼神は盈を害して謙に福す」とある。天道は満を毀い謙を益すの意で、盈は満のこと、満ちるの意。満ちたりて心のおごること。謙は謙虚の謙で、控えめ、つつましいこと。天の神は豊かに満ち足りておごる者には災害を与え、つつましく生活する謙虚な者には幸せをもたらす、の意味。
 話、変わって、子供のころの雨を思い出す。ぼくらが子供のころ、学校で雨の降る日に歌った歌。「雨、雨、降れ、降れ、母さんが蛇の目でお迎え嬉しいな」。
 蛇の目というのは蛇の目傘のことで、そのころの流行というか、あかぬけした風流な番傘のこと。傘がまだ広く普及せず、小学校の国語の教科書に「蓑笠つけて…」と、いう一節があった。まだ、蓑や笠が大手を振っていた時代であり、コウモリ傘などは高嶺の花。番傘があれば上等だった。もちろんレインコート、レインシューズなど縁の無い貧しいころの話である。【押谷盛利】

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2014年07月05日

「気になる子」の脳内汚染

 今、ぼくは、致知出版社発行の長い名前の本を読んでいる。
 著者は教育や社会問題の権威者で、明星大学教授の高橋史朗氏。本の名前は「日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと」。この長い本の名前の表紙に、さらに副題として訴えている文字がぼくの眼を射すくめた。
 「こうして日本人は国を愛せなくなった」。
 本の名前の珍しさはともかく、その内容がぼくの心をしびれさせた。一口に言えば、「日本人よしっかりしろ」という天の声である。
 著者は、この本を書いた動機を次のように語る。
 「戦後思想とか戦後教育の問題は、すべて占領軍の目を気にしたおびえのような自虐意識から生まれてきている。その原点をきちんと実証的に解明して、それは誤解である、と、世界に向かっても日本人に向かっても明らかにして、日本を取り戻したいから」。
 この本の中身は、日本を取り巻く国際的、国内的問題を多岐にわたる研究を出発点にし、「経済的な成功を収めながら、その一方での精神的な荒廃は目を覆うばかりだ」と慨嘆し、政治、教育、文化、国民生活、人権、ジェンダーフリー、その他多くの問題に警告を発し、見逃すことのできぬ好著といえよう。
 その中の一つ、第4章、「今、日本の子供と親に何が起こっているのか」をかいつまんで紹介する。この章のトップ記事は「急激に進む子供の脳内汚染」。
 占領政策によって、日本の教育はゆがめられたが、子供の脳内汚染は子供の生体リズムが狂い始めているということ。最近の特徴は「気になる子」の増加。「気になる子」は発達障害と同じ症状を持つ子供のこと。いま小学校段階で1割を超えている。それが学級崩壊につながる。第1期は平成9年から始まり、児童が先生に反抗する「反抗型学級崩壊」。第2期は平成16年から増えた「馴れ合い型学級崩壊」。これは家庭での親子関係が「友達親子」に、学校での先生との関係が「友達先生」になり、秩序やルールを子供に示すことができず馴れ合い型が急速に学級崩壊を広がせた。第3期は「新型学級崩壊」。授業中に教室内を立ち歩く子がいて、授業が成立しなくなる。この背景に軽度発達障害児の増えを指摘している。
 教育技術法則化運動の全国調査で、6000人の教師を対象にしたデータによると通常学級に存在する発達障害の可能性のある小中学生は16・2%を占めている。
 このほか最近の顕著な心配は「うつ」の増加。平成21年に行ったある市の小中学校10校の調査によると抑うつ傾向の小学6年生の割合が14・4%、中学1年生が17・8%。別の市の小中学校の統計では「よく眠れない」子が男子26・8%、女子23・1%。このほか「ひきこもり」の調査も出ている。ある全国調査で、6カ月以上のひきこもりは70万人と推定されているが、数カ月の「ひきこもり」予備軍を含めると150万人になるという。最も引きこもりの多い年代は30代で、その割合は46%。これは10代のころの不登校傾向を20代、30代とひきずっているからだと分析しているが、育児放棄、育児怠慢、親の教育怠慢として世界に恥ずかしい状況だという。【押谷盛利】

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2014年07月03日

洗脳と一部新聞の暴走

 集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に関し、2日の大手マスメディアは大々的に報じているが、中でも特徴的なのは朝日の狂ったような偏りである、まるでスズメ蜂の巣をぶっこわしたような騒ぎで、1、2、3面どころか、すべてのページに「戦争だ、戦争だ」と吠えまくっている。
 産経、読売は日本の置かれている国防的国際環境の変化を正視し、自衛権が侵略の抑止力になるという政府見解を支持している。
 ぼくは朝日の異常な紙面構成を見つつ、これでは他の記事が載らないから読者は不満を感じるのではないか、と考えるが、必ずしもそうでもないらしい。
 ぼくは、ここにきて「洗脳」という言葉を提起したい。「洗脳」は大辞泉によると「共産主義社会における思想改造」、「中華人民共和国成立後の旧体制の知識人などに対する強制的な思想改造を非難して生まれた言葉」、「その人の主義や思想を根本的に改めさせること」と説明している。
 明けても暮れても「安倍叩き」や「靖国叩き」、「反日記事」を見せつけられている読者は、いつの間にかその新聞の影響を受けて「反日」になってしまうかもしれない。
 朝日の今回の閣議決定に対する大々的反キャンペーンで、喜ぶのは誰か。この閣議決定の背景には日米安保条約(日米同盟)があるから、これにいちゃもんをつけて喜ぶのは共産国家の中国や北朝鮮であろう。
 ぼくは前々から口を酸っぱくして、朝日の報道が天皇陛下や皇室記事に敬語を使わないことを批判しているが、朝日があたかも国民に押しつけるように天皇陛下の記事に敬語を使わないのは、天皇や皇室を尊敬する気がないからで、国民にそんな風潮を植えつける野心がみえみえである。
 天皇否定は共産主義者の共通理解で、共産党の機関紙「赤旗」は天皇や皇室の記事はアタマから載せない。日本は戦争に負けたから、日本の歴史や伝統はすべて間違っている、と洗脳教育と洗脳宣伝をしたのはGHQなるマッカーサー司令部だった。その悪しき日本の総括をしたのが、いわゆる戦犯追及の東京裁判だった。
 占領軍は経済、文化、教育、娯楽のすべてにわたって、日本の過去を抹殺すべく政策化した。このために特に言論統制し、政治家には過去の言動を証拠に公職追放令を発動した。
 しかし、東京裁判の判決に当たっては、戦勝国11人の判事のうち、ただ一人、インドの代表のラダ・ピノード・パール判事が、この裁判は勝者が敗者を一方的に裁いた国際法に違反する非法・不法の復讐のプロパガンダにすぎないとして被告全員の無罪を判決した。
 この裁判を指揮したマッカーサーは、裁判が終わって一年半後、ウェーク島でトルーマン大統領に「この裁判は間違いだった」と告白し、さらに3年後の5月3日、アメリカの上院軍事外交委員会の席上で、「日本があの戦争に飛びこんだ動機は安全保障の必要に迫られたためで、侵略ではなかった」と言明した。
 にも拘わらず、日本には未だに、戦争犯罪人として東京裁判で死刑にされたかつての犠牲者を悪しざまにのろって、総理の靖国参拝に反対するマスコミが存在する。
 彼らは、日本のためではなく、中国や南北朝鮮の顔を立てること、喜ぶことに奉仕しているのではないか。恐ろしいのは、日本叩きによる洗脳である。その洗脳はありもしない南京30万人大虐殺や従軍慰安婦の強制連行問題である。
 洗脳の恐怖を知るべし。その先は、日本の共産主義化である(田中正明著「パール判事の日本無罪論」参照)。【押谷盛利】

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2014年07月01日

かなかなやわが六道は

 ぼくが最近出版した俳句集「石蕗」は巻頭句に「かなかなやわが六道は雲の中」を置いた。多くの方からおほめの言葉を頂いたが、難解だから説明が欲しいとの声も聞いた。
 ひらたく言えば、ぼくの死生観であり、それを蜩に託し、雲に託し、六道(ろくどう・りくどう)なる仏語に集約した。
 ひぐらしは晩夏から秋にかけて多くは夕暮れに鳴くが、かなかな、となんとなく哀調を帯びてもの悲しい。
 この句は初秋の古里の墓場での句で、日は暮れなづみ、さわやかではあったが、まだ暑さは残っていた。たまたま墓参を終えた後に聞いたので、かなかなの声が「死出の用意を忘れるでないぞ」といったふうに納得して、しばらく聴き耳を立てた。
 六道は、衆生がその業によっておもむく死後の世界で、生死を繰り返す迷いの世界とも言われ、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道を指し、六界ともいう。
 まあ、難しい理屈は別にして、あの世、冥界を思ってもらえればよい。いずれゆくぼくの冥界はいま、西空に映えている雲の中だ、と自分に言い聞かせての一句と理解して頂ければ幸いである。
 人間、えらそうなことを言ったり、偉大なる自然を征服したような顔をしているが、「いざさらば」、この世と別れねばならぬときの恐怖とあわてようは見るも哀れな惨憺なる生き地獄である。生から滅への一瞬の大変化こそ何千、何万年もの人間の共通最大の苦である。
 その生死の関頭に立って大往生できることを望むがゆえに、人は神仏に帰依し、自らの霊的成長に心を注ぐのである。
 あの世は根の国ともよもつくにともいう。だれもが行って帰ってきたためしがないから不安であり、恐ろしい。
 あの世があるか、無いかは心の問題で、灰になってすべてチャラという考えの者もあるだろうが、死者を拝んだり、墓参をしたりそれぞれの信仰に由来する霊魂への供養などは死後の世界の存在を信ずるからであろう。なかには半信半疑であっても、先祖代々のしきたりに添って先祖供養している人もあるだろう。
 霊魂は不滅であり、流転、輪廻を繰り返すともいわれるが、そういう人知の及ばない、遠い世界や億万劫年(際限のない長い時間)のせかいなるがゆえに、ひたすら祈り、世のため人のため陰徳を積むのであろう。そういう生死の関頭という一大事を思えば人間の毀誉褒貶や貧富などは秋の蚊の鳴き声ほどにも足らぬ小事であり、それをわれらに示してくれたのは方丈記の鴨長明(かものちょうめい=1155〜1216年没)であり、江戸後期の僧・良寛(りょうかん=1758〜1831年没)だった。【押谷盛利】

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