滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2013年11月30日

紅葉の穴場、北と南を紹介

 冬の訪れとともに紅葉のシーズンも終わりつつあるが、それでもなお散り残っている名所がいくつかある。
 今年の紅葉は寒さが急に厳しくなったせいか、朱が鮮やかでだれもが感嘆する。
 紅葉といえば、滋賀県では永源寺が全国レベルで、シーズン中は人と車で賑わう。このほかには湖東三山、大津の日吉神社、長浜の八草峠。京都では永観堂、高尾、南禅寺、東福寺が有名である。
 あまり宣伝されていないが一度訪れたらファンになるほど素敵な紅葉の名所もある。いわば紅葉狩の穴場であろう。
 その代表格は滋賀県でいえば木之本町古橋の鶏足寺、南へゆけば安土町の石寺の教林坊をあげることができる。鶏足寺は、元・天台系の飯福寺跡を指す。往時は寺坊が棟を連ね、多くの学僧が修行し参詣人でごった返した。明治の神仏混淆(こんこう)で、信徒の少ない山岳教団は維持が困難となり、住職が下山したり、仏像が盗まれたり、荒れるに任せて無住寺となったところが多い。
 古橋の飯福寺も同様に荒れ、建物は破損し、冬の積雪で倒壊し、村人は多くの寺宝や仏像の散逸を恐れて山の麓の鶏足寺に移した。そういう経過で、元々現存した飯福寺の名前は表から消え歴史的な寺跡となった。
 今から50年程前、地元・木之本の行政や住民が飯福寺の往時を偲び、たまたま紅葉が旧本堂跡まで参道に延々と彩りを深めていることに注目し、寺の顕彰と鶏足寺への信仰に力を入れ始めた。
 この結果、道路を補修改善し、樹木の管理や手入れを重ねて、徐々に観光客に知られるようになった。
 近くには石道の石道寺・観音堂があり、ここにも紅葉が参詣人の目を奪い、双方は徒歩で山越えできるところから、春の桜、秋の紅葉を求めて観光バスが繰り出すようになった。
 安土町石寺の教林坊は詫び寂びの隠れ里として広く信仰されているが、一般にはなじみがない。2000坪の広い境内には楓もみじの別天地。道も建物も古くから自然のままで、天然の石を至るところに配し、別称「石の寺」といわれるほどである。毎年11月中旬から12月上旬にかけて(今年は8日まで)、夜間にライトアップされる。
 推古13年(605年)聖徳太子の創建とされ、教林の名前は太子が林の中で教えを説かれたことによる。
 紅葉を観賞しながら参道を巡れば千両の真赤な実があちこちで迎えてくれる。寺院の山手には竹林が高々と群れて青空との対比が際立つ。あじさい、しゃが、つつじ、水仙、しゃくなげ、野いちごなどがそのまま自然公園の趣を見せ、四季を通じて日本人の心を癒してくれる。
 自然を愛する心は平和に通じる心でもある。【押谷盛利】

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2013年11月28日

亀虫の異常発生と大雪

 伊香時雨の名のあるように、湖北地方は11月も半ばをすぎると天気が定まらず、お天気だと思って油断していたら午後から雨になったり、洗濯物や布団乾しも気が気でない。
 「弁当忘れても傘忘れるな」と古くから伝えられているのは偶然ではない。
 天の気象条件ともいうべきで、北海道や北陸に雪が多いのも天の気象によるもので、気まぐれなどいうものではない。気まぐれについて言えば、このごろ気がかりなのが竜巻きである。荒い風かと思いきやそれが突風となり、竜巻きとなる。家も車も吹き飛ばす強大なエネルギーには恐れおののくばかりである。
 滋賀県は中央に琵琶湖という水がめを持つから空気が乾燥せず、そのため異常気象をまぬがれている、という素人説もあるが、54豪雪のように体育館を潰すほどの大雪も降るから安心安全とは限らない。
 長野県は諏訪湖の水が凍るという極寒地だから冬の備えはしたたかである。その長野県の知人から聞いた話だが、今年はカメ虫が異常に大量発生しているそうだ。そういえば、こちらも例年より多く見る。
 亀虫と書くが、一般には「へこき虫」「へっぴら虫」などと見下げて呼ぶ。見下げるわけではないが、この虫は危機にあうと自己防衛のため強烈な悪臭を放つため、人から嫌われる。そのカメ虫の異常発生年の冬は大雪だというのが長野での語り部の申し送りだという。
 そうとあれば、今冬は大雪も大雪、まれにみる豪雪ということになる。しかし気象学博士の科学的研究の結果ならともかく、へこき虫で判断する俗説だから当たる当たらぬは天任せである。もともと雪はシベリアのマイナス2ケタ、3ケタ代の超寒波が日本海を渡って、日本の空を襲う現象だから、元をただせばシベリアの風である。
 それはともかく、豪雪は困る。屋根を潰されては一大事。道路は車が通れない。学校は休校。生活必需品や燃料がストップすればお手上げである。住民は仕事を休んで除雪作業にあけくれする。
 豪雪で一番の心配は高齢者ばかりの山村の僻地である。老人だから除雪はむろんのこと、屋根の雪おろしなどはアウトである。
 雪の中で孤立すれば食べものも、燃料もなくなり、病院へもいけず、生活の危機にさらされる。こういう人たちへの万一の救助活動に備えはあるのか、原発の心配もさることながら雪将軍の悪魔に対する防衛戦をしかとかみしめてもらいたい。
 近年は雪不足といっていいほどの穏やかな冬が続いたから、思いがけない降雪だとしても文句のいいようはない。降るも運命、降らぬも運命。

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2013年11月26日

街路樹の黄葉と知事へ

 楓紅葉が美しいが、それに負けぬくらい銀杏黄葉が美しい。
 晩秋の山間部へ行くと、彼方に黄色い森を見受ける。たいていは銀杏大樹の見事な黄葉で空から降り注ぐ黄なひかりがその集落を黄金色に染めている感じである。
 もう何十年も前のことだが、妻や子どもと銀杏拾いをするのが私の楽しみだった。
 山家の人は仕事に追われるのか、食習慣の変化によるのか銀杏を拾う人がなく、ドライブするごとに路上にこぼれているのを拾うのが楽しかった。何処へ行くと、銀杏が拾えるか。それを教えてくれるのが際立って高く明るい銀杏の黄葉である。
 山間部へ行くと神社か、無住寺の境内にとりわけ大きな銀杏があたかも集落を見下ろすように繁茂している。みどりと枯れ色の集落のにひときわ目立って空高く黄葉が映えているから、それを目指して車を運転すればいい。こうして、あちこち黄葉を求めて樹下に至れば、面白いほど実を拾うことができる。
 今は子供も成長し、休日に銀杏拾いのドライブをすることもないが、目下は家の近くの散歩コースで銀杏黄葉に染まるのが毎日の楽しみである。
 長浜の市街地、駅前通りを市役所付近から宮司町へ続く道には街路樹として銀杏が植えられているが、県や市の役人のボンクラのため、枝をことごとく伐採している。そのため肝心の黄葉の美しさを見ることはできない。何のための街路樹かと腹を立てるのだが、毎年のことながら環境浄化と美化についての長浜市や県の鈍感さにはあきれるばかりである。
 銀杏黄葉がいかに美しく見事であるかを知りたい方は米原駅の西口付近から湖岸に出る通りの街路樹や免許センター西の米原小学校や米原中学校沿いの街路樹を見ることをすすめたい。250㍍くらいの間はそれこそ黄葉のトンネルである。ここでも実を拾う人はなく、靴の重みで実が砕かれている。
 銀杏に限らず街路樹は空気を浄化し、人の目を癒すが、落葉が困るといって緑の枝をことごとく坊主にするのが、県の方針らしいが、このことを嘉田知事は知っているのだろうか。
 知事は一度、京都を訪れて、烏丸通りや河原町通りなど車の多い通りの街路樹を眺めてほしい。見事な街路樹である。丸坊主の街路樹など見たくても見られない。
 ぼくの時評を読んだ市議や県議も京都に学び、地域を緑と紅葉で染めるくらいの常識を身につけてほしい。【押谷盛利】

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2013年11月21日

日本人への警告、メタボ現象

 ぼくは、ときどき、日本とアメリカを比べることがある。
 アメリカという国は日本とは比べものにならない物質文明の国であるが、生活上、無駄はしないという徹底した合理主義の国でもある。
 学ぶべきところはたくさんあるが、アメリカ並みになって、はらはらすることが一つある。それはおなかの大きいメタボ現象である。初めてアメリカに旅行したのは17年前で、2週間だったが、先ず驚いたのは、アメリカ人は大食漢で、そのせいかどうか、男性も女性もおなかの大きいおでぶさんの多いのに驚いた。
 娘婿一家がアメリカ在住だったため、何回も出かけたが、その都度、目を丸くして、あっけにとられたものである。
 ところがである。そのメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)がここ数年のうちに日本人の医療、保健上で危険信号を発せられるほど騒がれ始めた。要するに日本人の体がアメリカ人並みにデブになってきたのだ。
 物質文明の最先端をゆくアメリカに見習うべきことはたくさんあるが、メタボだけは見習ってほしくない、というぼくの願いは、ものの見事にへし折られ、今は糖尿病退治、心臓病克服、高血圧回避の上で、脱メタボが国策といえるほどの鳴りもの入りで国民の課題となった。
 厚生労働省の統計によると40代の男性は4割がメタボか、その予備群で、50代は5割、60代以上は6割にのぼる。女性は40代からその徴候が強くなり、50代、60代が2割、70代以上で3割となる。
 ちなみに平成16年のメタボは940万人。その予備群は1000万人。17年は900万人、予備群980万人。18年は960万人に対し、980万人。メタボの疑いは、診断や調査によるが、一つの基準として腹囲が男性85㌢、女性90㌢以上とされ、このほか、血中脂質、血圧、血糖などを参考とする。
 メタボがなぜ、やかましく言われるのか。それは生命の危機に直結する心臓、血圧、動脈硬化、糖尿病を誘引する恐れが大きいからだ。
 日本人の肉体の肥大化現象は、恐るべきことに、小学生時代から見られ始めたことで、その原因を社会も学校も家庭も反省すべきである。先ず、大人も子どもも含めて、運動不足と食べすぎ、とくに脂肪の多い食品と甘みのパン、菓子の取り過ぎ、コメの飯を食べない生活があげられる。
 なぜ、コメの飯か。飯にはみそ汁、つけもの、菜がつきもので、栄養のバランスがとれるが、飯を食わないものは、パン食が多い。そのパンも菓子パンが圧倒的で、バターやチーズなどがふんだんに用いられるだけでなく、おかずをとらずに、甘い飲みもので終わり、さらにデザートを取るのが癖になるから、メタボ組へ、右へ習いとなるのだ。
 飯を食おう。それだけで、メタボ退治の一歩が始まる。【押谷盛利】

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2013年11月19日

アインシュタインと日本

 原爆とアインシュタインについて書いたが、彼は大の日本ファンで親日家であったが意外と知られていない。
 彼は1879年に生まれ、1955年、76歳で死去。20世紀最大の物理学者で、現代物理学の父とも呼ばれる巨匠だが、ドイツ生まれのユダヤ人であることから、ドイツ政府の迫害を受け、スイス、イタリアを経て、最終はアメリカ国籍を得て、アメリカの学者や軍部に大きな影響を残した。アインシュタインの子ども時代は伝説のように伝わっている。例えば、言葉を話すのが遅かったとか、6歳ごろからヴァイオリンを弾くようになったとか。
 1900年、物理学関係の大学を卒後したが、適切な学者向きのしごとがなく、いろいろアルバイトしたと伝えられている。1902年、スイス特許庁の審査官として就職、ここで好きな物理学の研究に自由に取り組むことができた。1910年、プラハ大学の教授、1916年、一般相対性理論を発表。
 彼は1921年、ノーベル物理学賞を受賞し、10月、日本を訪問し、43日間、日本各地の大学で8回の講演をこなし、各地の観光地を巡って日本の歴史や風土に触れた。
 アインシュタインを日本に招待したのは改造社の当時の山本実彦社長であり、これに協力したのが京大の哲学教授・西田幾多郎、東北帝大の石原純教授らだった。
 彼が11月17日神戸港に到着したとき、出迎えたのは改造社の山本夫妻、東大の長岡半太郎教授、東北帝大の石原純教授らだった。
 1922年の来日の際、人道主義らしい彼のエピソードがほほえましい。人力車に乗ることをすすめられたが、これを非人道的な奴隷労働と誤解して乗車を拒否した。
 戦後、平和がもたされて、原爆と科学者について、多くの学者や評論家が論じているが、太平洋戦争の末期はイギリスでもフランスでも、また日本でもその実現化を目指して学者が軍の要請を受け、研究のピッチを上げていた。アインシュタインは、原爆開発を後押しした行為については、うしろめたさを感じ、後悔と謝罪の気持ちを持ち続けたという。
 また、日本の哲学者で、雑誌「改造」の編集者だった篠原正瑛氏から原爆開発について次のような手紙を受けとった。
 「人類の福祉と幸福に奉仕すべき科学が、なぜあのような恐ろしい結果をもたらすようになったのか、偉大な科学者として原爆製造に重要な役割を演じられたあなたは、日本国民の精神的苦痛を救う資格がある」。この手紙は受けとったアインシュタインは、あえて篠原の手紙の裏面に返事を記した。
 「原爆が、人類にとって恐るべき結果をもたらすことを私は知っていた。しかし、ドイツでも原爆開発に成功するかもしれないという可能性が、私にサインさせたのです。私に敵があって、その無条件の目的が、私と私の家族を殺すことである場合です」。
 そして追伸として、「他人の行為については、十分な情報を手に入れてから意見を述べるように努力すべきだ」と記した。篠原とアインシュタインの書簡6通は篠原の没後の2005年に広島平和記念資料館に寄贈され保管されている。【押谷盛利】

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2013年11月16日

原爆とアインシュタイン

 あと3週間経てば、12月8日、日本が真珠湾を攻撃して太平洋戦争を始めた日である。昭和16年(1941)のことだから今年で72年を経過しているが、悪夢は覚めることがない。
 四方から敵の軍艦や飛行機に攻められ、国土が灰になりながらも、一億火の玉を豪語し戦を続けた大本営だったが、皮肉にも2発の原爆で昭和20年(1945)8月15日降伏した。
 当時の鈴木貫太郎首相が平和を求めて何回会議を開いても軍部が激しく突き上げて戦をやめることが出来なかった。最後は昭和天皇の一声で戦争を終結し、ポツダム宣言を受けることになった。8月6日の広島原爆、9日の長崎原爆が日本の悪夢を覚めさせたが、余りにも高い代償だった。しかし、もし原爆が落とされなかったら、日本の陸軍は竹槍を動員して国民みんなを敵の爆弾にさらしたにちがいない。
 当時の軍は原爆を特殊爆弾だの、新型爆弾だのと真相を明らかにしなかったが、この恐るべき爆弾は人類をみな殺しにする危険性をはらんでいた。
 原爆と原発は紙一重の兄弟分である。
 原爆は人を殺し施設を破壊する兵器だが、原発は電気を起こすエネルギーである。原爆といえば日本国民はアインシュタイン(1879〜1955)を思う。20世紀最大の物理学者で、現代物理学の父といわれ、1921年にはノーベル物理学賞を受けている。広島に爆弾投下のニュースを聞いた彼は「えっ、なんたることよ」と絶句したと伝えられているが、彼の相対性理論が結果的にウランの開発につながった。
 彼はドイツ生まれだが、ユダヤ人であるため迫害され、1940年アメリカ国籍を取得、1943年アメリカ海軍省兵器局顧問に就任した。彼が当時のアメリカ大統領・ルーズベルトに原爆を奨めたのは1939年だとされている。一通の手紙で「確信は持てませんが、非常に巨大な新型の爆弾が作られることが十分考えられます。この爆弾一つだけでも、船で運んで爆発させれば港全体ばかりか、その周辺部も壊すことができます」、という内容だった。
 この中には「ウラン元素が重要なエネルギー源になる研究が現実的となり、この研究が進めば爆弾の製造に応用され、新型の強力な爆弾が作られる。合衆国のウラン鉱石の供給を獲得すること、ドイツがウランの販売を停止したことはウランの研究が学者を中心に国家的単位で行われていることを意味する」と書かれていた。
 1943年、アメリカでは、爆弾の開発を目的とした研究所を設立。1944年(昭19)7月16日、アラモゴルド砂漠で、人類史上初の核実験が行われる。1945年6月11日、米国原子力研究所の「原子爆弾の社会的政治的意味を検討する委員会」から原爆の対日無警告投下には反対であり、日本が降伏勧告に応じない場合は示威実験すべきむねの請願文書が大統領にだされたが却下された(続く)。【押谷盛利】

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2013年11月14日

富久娘と日本酒の不振

 「富久娘」お前もか。日本酒大手のメーカーが原料や品質をごまかして槍玉に上がっている。
 国税庁の表示基準に違反して、醸造アルコール入りの酒を純米酒として出荷していたり、等級外のコメを原材料にしながら吟醸酒として販売していた。
 今年の1月から10月までに一升瓶に換算して約25万本を出荷していたことが分かった。米だけの酒と表示しながら、醸造アルコールを混ぜていたからタチが悪い。混入のあった酒は38銘柄で、出荷した中の15%を占めていることが国税局の調べで判明した。
 社長は管理の不備だったと、言い訳しているが、だれが考えてもインチキ商品であり、故意のごまかしとしか言いようがない。商品を回収して返金するそうだが、この事件の影響は大きい。
 全国の呑ん兵衛は、酒なくて何の命ぞ、とたしなんでいるが、それがインチキ酒だと分かれば酔いも覚めるにちがいない。百貨店やホテルのレストランの羊頭を掲げて狗肉を売った食品ごまかしは、あっという間に日本国内どこでも、と疑わせる現状だが、日本酒とて、どこのメーカーが、どこでどうしているやら、すべては消費者に分からぬ蔵の中の話である。
 富久娘のような超一流の銘柄が堂々と市場に出回るわけだから、心配するなと言われても安心できぬのが消費者の心理である。飲み屋でも銘柄格付けの差か、べら棒に高いのもあるが、今回のようなインチキで、信用を落とすようなことになれば、それでなくても日本酒離れの言われる今日、左党にとってはゆゆしき事件である。
 かりそめにも、こういうことが起きる背景には醸造酒業者の怠慢と自信喪失の影響が指摘されよう。ビールやワイン、焼酎に攻め込まれているとはいえ、日本酒愛好のファンは多い。
 ぼくも日本酒党だが、ひいき筋の消費者側から言えば、日本酒の売り込みというか、販売上の努力はビールや焼酎に劣る。もっと宣伝上手に、日本酒の長所、美点を内外にアピールして、飲食界のリーダシップを取る必要がある。
 例えば、多数の客を集める結婚披露宴や各種のパーティーなどでの日本酒のみじめさである。カンパイはほとんど、ビールが主役。このごろはワインも幅をきかし始めたが、日本酒はのけものにされた感じで、客がわざわざ注文しなくてはすすめもしない。ビールの方がもうけが多いのか、メーカー側からのバックマージンによるものなのか。日本酒党がいつの間にか洗脳されて影を薄くし、逆に焼酎が幅をきかせてしまった。
 日本酒の不振の原因の一つは、神事、まつりごとの低調による。若い衆が先頭に立ってまつりごとを盛んにし、お家繁昌、集落繁昌、飲めよ、歌えよと騒いだ風習がすたってきたことが上げられる。
 天の岩戸以来、日本民族は飲み、歌い、踊りを特技とし、どぶろく造りがお家芸だった。がんばれ日本酒と声高く叫ぼう。【押谷盛利】

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2013年11月12日

人間の傲岸許さじ冬の雷

 「人間の傲岸許さじ冬の雷」。
 これは最近作ったぼくの俳句である。もう一句、これと似た句を披露する。
 「寒雷の乾坤撃ちし幽さかな」。
 この両句の発想については原爆、原発、水俣病、PM2・5、食物汚染などを頭に浮かべてもらえれば正解である。
 さて、傲岸であるが、大辞泉には驕り、高ぶり、威張っていることとある。あらゆる生物のなかで、人間ほどえらいものはない、人間はすべての生物を支配する、と自惚れていること自体が傲岸そのものである。
 冬の雷はわれわれの心の中をえぐるような厳しさを感じるが、これは人間の得手勝手やうぬぼれ、独善を叱る神の声ではないか、と、ぼくは思ったのである。
 2句目の「乾坤」は、天地のことである。寒雷がとどろいたのは、神さまの怒りに違いない。そういえば、このわびしさ、くらさは明日の世界の予兆ではないか。そう、ぼくは心配し、やるせない気持ちになった、という意味を句に託したと考えてもらえればありがたい。
 いま、日本で一番新しいニュースは食品表示のごまかしである。もうけるためにはウソも方便である、と、まるで裏社会のヤクザの手口で、大手のホテルやデパートのレストランでまがいものが本物の面して通っていた。品質表示のウソばかりでなく、早くから産地のごまかしも食品界ではまかり通っていた。
 人間の健康は食生活にあり、とは古くからの教えであるが、今の日本の破天荒な医療費や国民総クスリ漬けは、食品汚染やインチキ食品とは無関係であろうか。
 次に日本人に響くのは空からの空気汚染である。
 PM2・5という化学記号のような言葉だが、英語の略で、空気中に浮いている小さな粒子状物質のこと。いま、日本で騒がれているのは中国からの飛来物質で、火力発電所の煙、自動車の排ガス、工場や家庭から出る石炭や石油の煙などが空気中で化学反応を起こして有害ガスとなる。
 人間が吸うと肺に達し、ぜんそくや気管支炎になる可能性が高く、発がんの危険性もいわれている。
 環境省は、1日の平均濃度が1立方㍍当たり70マイクロ㌘を超えれば外出しないよう指導しているが、自治体はこれを厳しく観測し、基準値を超えた際には、すばやく住民に周知しなければならない。春先になれば、黄砂と交ざって、その毒性は計り知れない。なにしろ、北京では、日によって、10㍍先が見えず、バスや車の運転停止命令まで出る始末である。
 小泉元首相の発言で、にわかに脱原発がマスコミをにぎわせているが、原爆といい、原発といい、神は日本に大いなる試練を与えているが、その神意にかなう方途を間違ってはならない。

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2013年11月07日

フヌケ男とレンタル時代

 ホストクラブは、女性用の飲み屋であるが、若い男相手に飲んだり、だべったり、踊ったり、おばさん族が命の洗濯をするが、飲み屋街の退け時には、おばさん族に限らず、若いホステスなども気分直しにやってくることがある。
 スナックやクラブでもてもての女性は鼻の下の長いおじさん族からどんどん貢がせて、貢がせたその大金をホストクラブで散財するのもある。両面作戦で、若さの花を咲かせるが、40歳代になって終着駅近くなってから、その人生の勝敗がきまる。こういう、やり手女性は顔も悪くないが、頭もまあまあである。
 若い時代をいろとテクニックで華麗に生きてきたから、結婚するにしても2号さんになるにしても、お金持ちを選ぶ。そうするうちに子を欲しくなるが、40歳を過ぎれば結婚もままならぬ。仮にうまくいっても無事産めるという保証はない。そこで、考えるのが、おなかのレンタル利用である。
 卵子の着床したのを他の女性のおなかを借りて10カ月大きくしてもらう。生まれれば、その子を引き取って育てるわけだが、うまく契約しないと、産んだ女性がわが子だから、と離さないことも考えられる。いずれにしてもいいことはむさぼり、しんどいことは人に頼んだり、金と楽で、好き放題に生きるのが当今の若もの流らしい。
 このごろは新商売の「レンタル・フレンド」が都会では流行気味らしい。まあ、わかりやすくいえば、「恋人貸します」業である。
 昔はカネで恋人らしくつき合う女性をステッキガールと呼んだが、ステッキが必要なところがみそで、腰の曲がった初老が目に浮かぶ。レンタル・フレンドは、字義通りなら「友達貸します」だが、野郎に野郎の友人なんて、ナンセンスだ。
 日本の男は狂ってしまったのか、若いもんも年長者も女にさまよって警察のご用となる。下着ドロはかわいい方で、女性のトイレにもぐりこんだり、電車のなかで悪さをしたり、階段でスカートの中を映したり、結構いい年をしたものもあれば地位のあるものも。公務員や学校の先生、なかには警察官もありで、あいた口がふさがらない。こういう連中に都合のいいのがレンタル・フレンドで、一緒に散歩、一緒に飲食、映画鑑賞、おカネ次第で写真も撮れるだろう。お風呂で体を洗ってくれるかもしれない。キャバクラで鼻の下を長くするのも一案だが、レンタルという専属性を利用する手もある。情けないかな、フヌケの男。【押谷盛利】

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2013年11月05日

にせ肉と食生活の不安

 「羊頭を掲げて狗肉を売る」という。看板に偽りありのインチキ商法を戒めた言葉。看板には羊、実際には犬の肉を売る。だまして儲けるやり方だからタチが悪いが、うそはいつかはばれる。真実と誠意に勝るものはない。
 いま、日本で大問題になっている一流私鉄系ホテルでのインチキ和牛は、犬の肉ではなくオーストラリア産の成型肉だった。なじみのない言葉だが、要するに加工肉のことで、牛乳や小麦粉、脂肪を注入して、本物らしく見せる。
 このごろは、食品の化学化や加工技術が進んでいるから消費者はよほどしっかりしなければ偽物で健康を損なうこともある。
 牛肉のインチキだけではない。菓子用に加工されているコメを一流銘柄のコメとして売っていた米穀商の話は最近のことである。日本産のギョウザが中国産であったり、日本産のウナギが、外国産であったり、魚やコメだけではない。野菜類までも中国ものが出回っている。
 加工して売れば分からない、として、安い素材を使って本物に見せかければ、面白いほど儲かるかもしれないが、罪な話である。消費者をごまかすのだから犯罪である。インチキ食品で、もし体を悪くしても、それが証明されないで時間が経てば、やられ損になる。
 そんなことを考えれば、われわれの家庭生活は不安だらけである。
 朝、起きて塩水でうがいをするが、その塩は本物だろうか。市販の漬け物を買うが、その塩は化学製法の塩で、本物の海から採った塩と違ったらどうしよう、と、そこまで消費者は考えるであろうか。
 日本人はお茶なしの生活は考えられないが、この茶はくせものである。有名な産地は静岡、宇治、鹿児島などだが、茶の葉は中国産かもしれない。日本で加工すれば、日本産となるのだから、加工工場が静岡にあれば静岡産として売られる。
 茶は混ぜ物なしで製造されていると思うのは大間違いで、色、匂い、味をよくしようと変な調味料や添加物を使う。特別高級品の銘柄入りだから、信じて飲むが、味も色も、香りも不自然なので、使わない人もあるだろう。ああいう加工ものを本物とする商売も牛肉のインチキと変わらないのではないか。菓子類でもほんものの砂糖を使っているか、ほんものの原料を使っているか、腐らないクスリを使用していないか、消費者はわからない。
 国が消費者庁などの役所をつくって指導や監督をしているが、どこまで行き届いているか。国民の側からすれば不安材料はいっぱいである。清涼飲料や他の食品加工物を含め、インチキ追放を強くしてほしい、とこれは国民の声である。【押谷盛利】

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2013年11月02日

男の腰抜けと女性関白

 定年退職して仕事も趣味もない引き籠もり型の男ほどつまらぬものはない。これは近年ますます強くなる女性たちの共通感想である。
 威張っていた男はいつから城を明け渡したのか。昔は亭主関白時代だったが、今は「かかあ天下」が通り相場となった。秀吉は信長の草履取りから出世して後には関白の位を得て、殿下と称された。それをもじったわけではなかろうが、かかあ天下を「かかあ殿下」ともいう。
 ひところ、「亭主元気で留守がよい」がテレビのコマーシャルで人気を呼んだことがある。亭主をバカにした言葉では「ぬれ落葉」が流行った。どこへ行くにも一人ではゆけず、妻についてゆく。買いもの、観光、つきあい、旅行、妻のいう通りに決め、妻のするように動く。さぞかし都合のよいことだろうと思いきや、あにはからんや、こんな男は大嫌いと女性の評価は最底である。
 座布団を尻に敷くのは当たり前だが、亭主を尻に敷くのは例外だった。男は尻に敷かれたいとは思わぬが、戦後の長い社会生活の中で、男女の力関係が逆転して、今は女房の尻に敷かれぬ男は希少価値となった。尻に敷くのが好きか、と女性に聞くと、とんでもないと否定する。尻に敷きたいと意識するわけではないが、結果として、いつの間にやら尻に敷いているのだ。
 情けないかな男どもよ、と男性の復権を応援したいが、男どもはまさに枯れススキみたいで、一向にションとしない。それを常時見ているから、子どもたちも母親の方がえらいと思っている。学校は授業参観日に両親の出席を望むが、子どもは正直で、「お母さんだけでよい」とか、ひどいのは「お父さんはこんといて」と、つれない。
 昔は「畳と女房は替えるほどよい」とか、「畳と女房は新しいほどよい」などとふざけたものいいが抵抗もなくまかり通ったが、今は女性優位社会で、男野郎は月給や年金の運び屋に成り下がって、とにもかくにも「元気でね」と重宝がられる。
 それかあらぬか、カラオケは女性客で賑わうし、都会ではホストクラブが女性優位を象徴する。昔の男は女性を花に見立てて「立てばしゃくやく、座ればボタン、歩く姿は百合の花」と美や形を評価したが、今は攻守逆転して、週刊誌などに登場する男世界は恥さらしも外聞もない。「立つクスリ」だの、「夜の若返り」だのと、宣伝と金もうけの材料にされたり、そのあげく体外受精だの、精子凍結だの、と男のアホーを売りにしている。
 国も地方も教育の上で強い男を育てねば先が心配である。二宮金次郎や桃太郎、酒呑童子、道鏡らを復権させるがよい。【押谷盛利】

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