滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2013年08月31日

本県の教育レベルの低さ

 文部科学省が27日発表した全国の小・中学校の学力テストの結果によると、残念乍ら滋賀県は極めてレベルが低いことが分かった。
 全国47都道府県のうち、小学校ではワースト2か4位をうろつき、中学校ではワースト7から9位、といった不出来である。
 滋賀県の小、中学校はなぜ、こんなに成績が悪いのか、とあきれるが、それにしても、この問題に関する滋賀県の新聞記者やその支局の報道姿勢の消極性にあきれるばかりである。
 なぜ、滋賀県の生徒の成績がこんなに悪いのか、情報が明らかにされていないなか、教育熱心な保護者は頭を殴られたようなショックを感じるであろうし、それとなく教育不信を抱くのではないか。
 文科省のテストによる全国の学習状況は大筋でいえば、北海道を除き、東高西低である。全体でトップレベルをゆくのは秋田。上位グループは青森、福井、石川、富山、山形、岐阜。
 小、中学校とも全国で特別成績の落ちるのが沖縄で、このほか成績の低いグループは、小学校で、東から北海道、群馬、静岡、滋賀、島根、岡山、沖縄。中学校では、岩手、大阪、和歌山、高知、沖縄。
 各府県の教育委員会には、各市町別の成績がまとめられているが、なぜかこれを発表しない。発表すれば格差や、成績主義の競争の弊害があるというが、競争は努力と向上の肥やしというべきで、競争放棄は堕落と怠慢を招きかねない。
 ぼくは県知事や、各市町長が先頭に立って、今回の恥ずかしい結果を総括し、教委を通じて、各小、中学校に学力向上の使命感達成に取り組むべきことを提唱する。
 大阪府はかつて、学力テストの結果が極めて悪かったが、当時の橋下徹知事は「教育非常事態」を宣言し、13年度に各教科の全国平均を上回る目標を掲げたことがある。府下の各学校が学力向上につとめた結果かもしれないが、今回の調査では小学校では全国平均に近い結果を示した。ただし、中学校の国語はAもBもよくない。
 ぼくの恐れるのは、滋賀県のような大都市圏に近いところは、学力テストで、全国ワースト2、3(小学国語A、B)とか、ワースト7、9(中学国語A、B)という低レベルでは、県内企業の労働環境への影響である。
 例えば、県内の支店や工場へ他府県から転任する場合、一番関心のあるのは子どもの教育環境である。滋賀県のテストレベルが低いとなれば、いきおい単身赴任になりかねない。家庭環境上からも、県内での消費生活の経済上からもプラスにならない。
 県民が黙っていることをいいことに、不名誉な学力調査の結果をほおかむりしている姿は許せない。
 普段は箸のこけたことでも宣伝の材料にしている嘉田知事だが、今回のこの問題、どう考えているのだろうか(今回の学力テストは国語と数学(算数)で行われた)。【押谷盛利】

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2013年08月29日

30年後の日本を考える

 30年後の日本の人口激減予想は暗い話だが、そうした予測に立って先々の見通しを誤らぬことが生きるものの知恵である。
 日本総研主席研究員・藻谷浩介氏の文藝春秋7月号の報告は教えられるところが多い。氏の30年後の人口予測の研究は、国立社会保障・人口問題研究所による最新の都道府県別予測・市区町村別予測に準拠している。
 これによれば、日本の総人口は、2010年の1億2800万人が30年後の2040年には1億700万人で、実に2100万人、16%以上減る。
 高齢化率(総人口に占める65歳以上の比率)は、2010年の23%が30年後には36%に上昇する。日本一、高齢化率の高い秋田県ですら、2010年には30%を超えていない。全国で36%という30年後の老人国日本がそこに無気味に浮かぶ。
 さらに、より深刻なる問題は、働く世代ともいわれる15歳から64歳までの現役世代の減少である。
 全国では15〜64歳の人口が8173万人から5787万人へと、2387万人、29%も減る。逆に65歳以上の人口は2948万人から3868万人へと919万人、31%も増加。75歳以上は1419万人から2223万人へと804万人57%の急増である。
 このことは働いて年金と税金を納めている現役世代が減ることで、生産にも消費にも、それに景気にも大きな影響が出る。
 さらに後期高齢者へ医療と福祉が重圧となる。今の日本では、75歳以上のうち3人に1人が要介護、5人に1人が認知症といわれるだけに、この面での需要は爆発的に増えることになる。
 さて、現役世代の減少と高齢者の急増は日本のどこで起きるかが問題だが、藻谷氏は、これを次のように分析している。
 高齢者の絶対数の増加は、地方圏より大都市圏こそ深刻。首都圏での今後30年間の高齢者の増加ペースは53%で、全国を大幅に上回る。後期高齢者に限れば89%と倍増のペース。他方、現役世代の減少は24%で、全国と変わらないペース。地価や人件費が高く、人と人との絆の弱い都会で、急速に需要の高まる高齢者医療や福祉が対応できるのだろうか、という疑問が生じる。逆に過疎化の進んだ地方は、高齢者が早晩減少に転じるという。
 注目されるのは、これまで上昇一途だった首都圏や大都市圏の郊外、ベッドタウンの動向である。現役世代の急減で、空き家が増え、買い手が減り、価値が低下する。現役世代が急減し、高齢者が増え続ければ、当然ながら、地方自治体は財政的圧迫を受ける。税金は入らないのに、高齢者福祉の需要は多くなる。借金政策を続ければ地方自治体は破算して、国の統制下に入り、最小限度の市民生活を余儀なくされる。
 市(町)は予算を切りつめ、節約、また節約の消極策をとらねばならぬが、それでは先が見えない。ならば、地域興しをどうするか。再生の有効な手立てはどこにあるのか。それが行政や議会の課題であるが、それぞれが自己の選挙にのみ関心が走って、30年後の日本という遠い話に見向きもしない。しかし、30年後は、遠い話ではない。今の小学生の子や孫が、40代を迎えるのである。
 わが町は、わが村は、わが字(集落)は30年後どうなっているのか。そのころの人々の暮らしはどうなるのか。大いに議論し、研究し、対策を講じなければならぬ。【押谷盛利】

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2013年08月27日

30年後の人口激減時代

 バカな時代が来たものだ。野球の神さま川上哲治氏を持ち出して、飯と味噌汁と漬け物による強い体を強調したが、それ以上の大問題は子をもうけない男女が増え続けていることだ。少子高齢化の行きつく先はどうなるのか。
 結婚年齢が30歳以上になり、仕事に夢中になって、子を産む時期を失した、という女性は、そのうちチャンスがあれば、と自分の卵子を凍結して、いざに備えているという。法整備や医療補助の関係から卵子の凍結は40歳までと、決めたが、さて効果の程は。
 30歳を超えると卵子も老化するというが、老化した卵子もさることながら、冷凍食品ならぬ、冷凍卵子がいつ解凍されるやら、晴れて精子との合体がどんな運びとなるやら、生まれた子の人格はまともに成長するのか、それとも女性の気休めで無駄な医療費を費やすことになるのか。
 こういうことを考えると体外受精や試験管ベビーなど、随分自然に逆らった話で、神さまのご意志に反すること甚だしい。
 子をつくらない、子をもうけない若ものは性的な弱者か、能力を欠くのか、と言いたくなるが、日々のニュースを見ると、女性に触れたり、下着を写したりして逮捕されているものは後を絶たず、本屋で洪水のように出版されている週刊誌類や漫画本を見ると、どぎついエッチな内容が花盛りである。愛に飢えているのか、性の悩みに翻弄されているのか、異常を通り越しての変態的構図というべきだろう。
 飯を食わず、結婚せず、子をもうけない、徹底的反自然のもたらす30年、50年後の日本はどこへ行くのか、その心配は早くも学者が指摘する。
 日本総研主席研究員の藻谷浩介氏は、文藝春秋7月号で、30年後の日本の人口激減を予測し、その影響は過疎地はもちろん、東京、大阪、名古屋など大都市圏もまぬがれない、今からこれに対応する準備に入らねばと、警鐘している。その一つが現役世代の減少と後期高齢者の急増で、全国的に空き家が増え続け、土地、家屋、マンションの暴落と医療福祉体制の崩壊の危険性を指摘する。
 行政も議会も住民も、今の姿が20年後も30年後も続くと思ったら大まちがいということになる。【押谷盛利】

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2013年08月22日

新聞の自虐史観を切る

 正論9月号に、台湾出身の評論家で、拓殖大学客員教授の黄文雄氏が日本への熱い思いを書いている。
 「1974年(昭和49)以降、毎年夏には台湾独立を訴えて世界中を行脚していた。多い年は地球を2周したこともある。この間、どこを歩いても、日本が世界で最も住みたい国だという思いは一度も変わらなかった」。
 「日本は世界で唯一、人類の文明、文化、文物が、なんでもあるところだ。国民党政権の弾圧から逃れて日本で暮らし始めた半世紀近く、日本について二つの発見をした。一つは善悪を超越する伝統文化があること。勧善懲悪を学校で教育する必要がない。もう一つは縄文から平安、江戸、そして現代に至るまで、自然にも社会にも、和のしくみがあるということだ。わざわざ平和を言挙げする必要はないではないかと思う。中国や韓国創作の偽史に騙されて、自虐史観に染まる必要もまったくない」。
 この黄氏の言葉のなかにある「自虐史観」について考えたい。
 自虐は自分で自分をいじめ苦しめること、と大辞泉は説明しているが、「自虐的性格」、「自虐趣味」など、あまりいい意味には用いない。自虐史観は、自分の国の歴史にけちをつけたがる見方と思えばよい。
 ぼくは、15日前後の靖国参拝の新聞やテレビを見て、これがまさに自虐史観そのものであると、情けなく思ったことである。
 お国のために尊い命を捧げた靖国の霊につばするような報道の実態は「これでも日本のメディアか」、「きみたちの祖国は中国なのか、韓国なのか」と言いたくなる報道姿勢である。
 早くから安倍首相の参拝を牽制したり、大臣や国会議員で、だれが参拝するだろうか、と書きまくり、靖国参拝が世界の大罪のような印象を国民に与えようとする魂胆は、到底、日本を、日本人を愛しているとは思えない。こんな報道で喜ぶのは韓国と中国だけであり、卑劣なまでに、これらの国におべっかするのは何の下心があってのことか。
 皇太子ご夫妻が20日、東日本大震災のお見舞いに宮城県を訪問されたが、自虐史観にとらわれているのか、どうか、新聞の中にはこれを報道しないのがあった。
 ご夫妻の被災地慰問は2011年8月の岩手県以来2年ぶりで、療養中の雅子さまもこのとき以来で、雅子さまは常に被災地を心配され、今回の訪問も強く希望されたという。皇太子ご夫妻のお見舞い訪問は、被災地住民に大きな励みともなり、国民あこがれの皇室と国民の伝統的親愛の明るいニュースであったが、一部の新聞は無視した。
 韓国の反日の記事には大きく丁寧なスペースを使いながら、日本のいいことや、ほほえましい話題には触れず、逆に日本叩きや靖国叩きに手を貸すやり方は正真正銘の自虐報道で、彼らの本心は日本が共産圏の属国となることを望んでいるのだろうか。
 こういう新聞に限って、天皇陛下の記事などでは、敬語を使わず、「出発した」、「発言した」、「あいさつした」といった礼を欠くにもほどがある記事を平気で書き、子どもや若い人にどんな影響を与えるか、考えただけでも空恐ろしい。【押谷盛利】

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2013年08月20日

ごはんは最高の健康食

 お盆前の時評で、プロ野球巨人軍のV9監督、打撃の神さま・川上哲治氏の若き時代の食生活を紹介したが、ぼくが今、読んでいる「ごはんの力」という本が、そっくりそのまま川上説に似ていることに驚いている。
 川上氏は子どものころの食生活が基礎となって、野球に打ち込める体格、体力ができたと語っていたが、その食生活の主食は三穀メシ。米が少々、それに粟、稗、黍の入ったもの。おかずは、みそ汁とみそ漬け、肉は全く口にせず、魚は塩鮭を年に何回か。
 ぼくが読んでいる「ごはんの力」は、つぶつぶグランマ・ゆみこさんが、自分の体験と長年の研究の成果をまとめたもので、「ごはんをたっぷり食べよう」という趣旨。
 ごはんをたっぷり食べればどんな効能があるのか。
 ▽便秘しらずの体に▽腸を元気にする▽ごはんを食べると痩せる▽脳の働きを活性化し高める▽精神を鍛え、心を安定させる▽栄養が行きわたり病気にかかりにくくなる▽活発に働く内臓でクリーンな体▽持久力がつく▽若さを保つ▽呆けない▽体を温める▽楽ちん健康子育て▽血糖値を安定させる。
 結構ずくめである。以下、著者のつぶつぶごはんの迫力のある説を紹介する。
 ①完全な栄養エネルギーたっぷり。体に必要な各種栄養素をバランスよく含む食べもの、それがごはん。
 赤ちゃんはおっぱいを飲んですくすく育つように人間はごはんをたっぷり食べることで生きるのに必要な栄養のほとんどが得られる。
 主成分は脳や体のエネルギーになる炭水化物だが、その他に筋肉や血液など体をつくるタンパク質も含まれている。ごはんに含まれる植物性タンパク質は栄養が高く、さらに亜鉛などのミネラル類や抗酸化成分、食物繊維もバランスよく含まれている。
 ②一膳のごはんの栄養値。
 茶碗一杯のごはんの中のデンプン以外の栄養を身近な食品に置き換えてみると、タンパク質は牛乳コップ半分、プチトマト3個分のカルシウム、トウモロコシ3分の1本分の鉄、さやえんどう12枚分のビタミンB、レタス一枚半に当たる植物繊維が含まれている。マグネシウムや亜鉛といったミネラルも、焼きのり2枚、亜鉛ならアーモンド20粒分含む。
 体内の細胞や血管の若さを保つ「老化防止ビタミンであるビタミンE」は発芽食品に多く、ごはんにもゴマ小さじ8杯分に匹敵する量が含まれている。
 ③高繊維食品。
 レタスやセロリは歯ごたえのある繊維質を持っているが、これは栄養としての食物繊維とは別物。野菜の食物繊維の含有量はそれほど多くない。食物繊維は目に見える筋のようなものではなく、植物の細胞に含まれる消化できない糖質のことで、穀物には細胞がぎっしり詰まっているので、ごはんは食品中一番の高繊維食品である。
 ④食物繊維の働き。
 食物繊維は消化はできないが、次のような働きをする。
 ▽便が硬くなるのを防ぎ、直腸を刺激して便秘と痔を防ぐ▽大腸内を弱酸性に保ち、善玉菌を増やす▽悪玉コレステロールや毒素、老廃物を吸着して、排出する▽糖尿病や心筋梗塞を予防する▽血糖値を安定させ肥満を予防する▽ごはん不足は大腸の機能不全につながる。
 ⑤ごはんはエネルギー源。
 ごはんによって供給されるブドウ糖はエネルギー源として欠かせぬ栄養。ごはんが不足すると、スタミナ切れを起こし、疲れやすくなる。脳へのブドウ糖の供給が不足するとイライラが募ってキレやすくなる。
 ⑥ビタミン。
 ビタミンは酵素とともに生命維持の潤滑油で、13種類あり、必要量は微量だが、体内で生成、合成できぬので日々の食事から継続的に摂取せねばならぬ。
 ごはんにはデンプンを消化するのに欠かせないビタミンB、細胞の再生を助けるビタミンB2をはじめ、その他のビタミン群がバランスよく含まれている。野菜と海藻入りのみそ汁もビタミンの宝庫なので、和食の栄養バランスは最高(つぶつぶグランマ・ゆみこ著「ごはんの力」=ロングセラーズ出版=参照)。

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2013年08月17日

靖国、安倍首相、新聞

 終戦記念日の15日前後の新聞やテレビを見ると、これが日本のメディアなのかと疑いたくなる内容が目につく。まるで、日本の新聞、テレビを利用した中国、韓国の日本叩きではないか、とこれがぼくの率直な感想である。
 8月15日前になると、新聞は必ず、中国、韓国におもねいて、ご丁寧にもその宣伝役を買って出る。
 「安倍首相は靖国へ参詣するだろうか」、「安倍内閣の閣僚は参詣するだろうか」といった個人の心のうちまで踏み込んで取材しつつ、そのうち「安倍首相は参詣すべきではない」、「世界の国々が首相の靖国参りに否定的だ」といったふうにエスカレートして、あたかも首相の靖国参りが国益を損なうかの如く宣伝してきた。
 いよいよ、15日になって、首相が参詣せず、玉串料のみを供えたとなれば、今度は終戦記念日の首相談話にけちをつけ始めた。
 中国や韓国への反省と謝罪の言葉がないというのである。それを中国や韓国がいうのなら、いつもの手だが、情けないのは、それを先回りして、日本の新聞、テレビがわめき立てるのである。
 日本のマスコミがあまりにも中国、韓国寄りだから、先方は「よっしゃ、いっそ本丸へ攻撃しよう」と、韓国メディアの悪のりに便乗して、韓国の国会議員何名かが日本へやってきた。けしからん話であるが、日本国民の感謝と追悼の神域に、彼らが土足で殴り込みかけ、英霊につばする試みである。本来なら入国拒否の理由になるはずだが、あつかましくも彼ら反日の一味は、内外のマスコミ界に格好の宣伝とばかり、安倍首相の悪口を書き立て、神社の500㍍手前で、その文書を読み上げ、警察の保護下に引き揚げた。
 中国や韓国は日本の歴代首相が何回、反省と詫びの心を表明すれば納得するのだろうか。いまの朴大統領は1000年経っても忘れはしない、と高言しているから、これはまさに病的で、日本の対応の沙汰の限りではないが、日本のメディアは、その口車に乗って、尊い紙面や電波を彼らのために奉仕する。
 彼らの思惑を見事にはね返す如く、新藤義孝総務相、古屋圭司拉致問題相、稲田朋美行革相を筆頭に、衆参国会議員102名が参拝した。まことに立派な信念の行為で、そのうちわけは自民73、維新20、民主6、みんなの党3。あらためてこの人たちに敬意を表したい。【押谷盛利】

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2013年08月13日

川上哲治氏の野球と粗食

 先ごろの時評で、米(米飯)を食わぬ日本人について書いた。
 戦後の食糧難時代は、米は宝であったし、お腹を空かした日本人は着物を米と交換して、おかゆをすすった。
 国民はみんな飢餓になったが、米の生産が順調に伸び、食糧事情がよくなると、飢餓時代を忘れて贅沢三昧の飽食時代に突入した。
 昔の日本人は米の消費を一人一石と計算した。2俵半であるから今の150㌔となる。
 今から50年前の1963年度は一人当たり117㌔だったから2俵(120㌔)を割った。一日平均2合ぐらいを食った勘定となる。それが50年後の2011年度は何とその半分以下の58㌔となった。1日1合という少食である。
 これで体力がもつのか、と素人判断しそうだが、なかなかどうして、体力があり余って脂肪太りや糖尿という厄介な時代を迎えて、病院は満員、国民医療費は年間30兆円を軽く突破、1億国民総くすり漬けというけったいな世を迎えた。
 国民は飯を食わずに何を食っているのか。パン、麺類のほか洪水のようにもたらされる加工食品や輸入食品、大量の多種多彩なる果物や飲みもの、それに貧困時代の夢だった肉や魚類のあばれ食い。それでも足りずにサプリメントも。道の駅やら何の駅やら日本国中、隅から隅まで食いものだらけ。おまけに花ざかりのイベントは食べもののオンパレード。どこへ行くにも車が足。これでは体がおかしくなって当たり前。
 目下、炎天下の甲子園では、高校野球がファンを涌かせているが、甲子園で準優勝2回、巨人軍で、長島、王を育てたV9監督・川上哲治氏の打撃の神さまぶりと若き時代の貧しき食生活を紹介しよう。
 自然食の指導者・長田秀樹氏の著「食」(高輪出版社刊)に載っているNHKの鈴木健二アナと川上哲治氏の対談(昭和61年3月12日)にぼくは感動した。
 鈴木「川上さんの体は日本人の典型のように立派ですが、子どものころどんなものを食べたのですか」。
 川上「三穀メシです。米が少々、それに粟とか稗とか黍とか入ったものです」。
 鈴木「おかずはどんなものを」。
 川上「みそ汁とみそ漬けだけです」。
 鈴木「肉なんか食べなかったのですか」。
 川上「全く口にしたことはありません」。
 鈴木「魚はどうでしたか」。
 川上「塩鮭を年に何回か食べました」。
 川上さんは1920年生まれで現在93歳。熊本工業から投手で甲子園出場。準優勝2回で巨人軍に入り、その年早くも1軍で、投手と打者の2枚看板で活躍。首位打者5回、本塁打王2回、打点王3回、日本最多安打6回。
 あらためて鉄人・哲氏の少年時代の食生活を参考に、今の世の飽食を反省したい。【押谷盛利】

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2013年08月08日

コメを食わない日本人

 大阪市は中学校の給食を始めたが、希望するものが少なく、弁当派が多いので教育委員会が頭を痛めている、という。
 これとは別に、このごろは朝食抜きの生徒が多くなった、というのが問題視されている。家が貧しいというのではなく、家庭環境の食の乱れというべきだろう。食べるものも、飲むものもあり余って、レストランだけでなく、家庭でも平気で捨てるのがいまの食文化であるらしい。
 ぼくの生まれる数年前の話だが、1918(大正7年)の7月、日本各地で米騒動が起こった。米価の高騰や低賃金が爆発して「米よこせ闘争」が軍隊の出動で鎮圧されるというウソみたいな本当の話。
 富山県の女性の決起がまたたく間に全国に波及したが、その責任を負って当時の寺内正毅内閣は退陣した。食べることは命より大事だと思わせるほどの歴史的事件だが、それを思うと、95年後の今は「バチ当たりめ」と国民のぜいたくを怒りたくなるのではないか。
 一体全体、日本人はどれくらいの飯(こめ)を食っているのだろうか。
 去る7月26日、農林水産省は国内の主食米の消費量の統計を発表した。これによると、コメの消費は1963年の1341万㌧をピークに、毎年減り続け、50年間で約4割減少している。
 一人当たりの消費量も1963年度の117㌔が、2011年度は58㌔と半減している。60㌔は1俵(4斗)であるから、117㌔は約2俵である。それが減りも減ったり、60㌔(1俵)を割って58㌔になった。
 江戸時代は役人(武士)の給料はコメの量(石)で計算した。井伊藩35万石というのは領地から35万石の米が生産されることを意味した。したがって100石どりの武士は100石の給与ということになる。1石は2俵半だから、今でいえば150㌔となる。100石はその100倍だから、その計算の中から、使用人や足軽を雇うことになる。
 いずれにしても、その基準は日本人のコメの消費であった。江戸期以後、日本人は1年に1石(2俵半=150㌔)を食べるとされた。
 戦後、コメ不足で、東京では米よこせデモが連日ニュースとなった。そのときのデモの主張は「1日3合よこせ」だった。1日3合は1カ月9升、1年で108升(10斗8升)。これを石に直すと1石8升で、2俵半(150㌔)余となる。現実には63年度に117㌔だから、1日3合、年150㌔はとても食べきれるものではない。
 コメは開国以来の日本の伝統食だから、これを粗末にすることはゆるされないが、ここ数年、日本の食生活の欧風化が台頭し、コメ以外のパン、その他の主食や、栄養補給的見地からの豊かな副食物ブーム、それに健康食品なるサプリメントの流行などで、コメの消費が激減したことは国民の健康の上からも看過できない。次回、この点について論評したい。【押谷盛利】

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2013年08月06日

つきあいきれぬ韓国さん

 北朝鮮からの侵略で、その奴隷下の危機をはらみ乍ら自由国の日本叩きをやっている韓国大統領やそれを煽っているこの国のマスメディアを悲しむ時評を書いたが、去る6月15日、長浜文芸会館で行われた長浜信用金庫の講演会で、政治評論家の屋山太郎氏が、反日的行動で大統領の支持率が上昇する特殊な国民性を取り上げ「まともに付き合いきれない」と語ったのが印象に残る。
 屋山氏は、去る7月17日、産経新聞の正論欄で「韓国よ、歴史の真実に目覚めよ」の一文を寄せている。その中で、朴大統領の「歴史認識は千年たっても覚えている」を逆手にとって、朝鮮(南北)は千年にわたり中国の属国だった、と指摘している。近年には清の軍隊が漢城(現ソウル)に駐屯し、中国領になる寸前だった。それを阻止して起きたのが日清戦争である、と書き、日韓併合(1910)以前の朝鮮の非文化的後進性を仏人宣教師の目で転載している。フランス宣教師ダレ氏が漢城から帰国して後の1874年に「朝鮮事情」という本を出した。これに漢城の様子が次のように出ている。
 「漢城はまさに糞尿まみれで足の踏み場もなく、肺結核、ハンセン病、肺臓ジストマ、赤痢、チフスなどの疫病が流行していた」。
 日韓併合の前年に、日本が入って、京城医専やその付属病院を設立し、医師、看護師を養成。併合後は京城帝大のほか専門学校を約千校設置し、小学校を5200も開校した。その結果識字率は4%から61%になり100㌔だった鉄道が1000㌔に延びた。
 屋山氏は、あてこすりといえる歴史の認識をそのまま韓国大統領に返した形だが、今日の韓国発展の影には日本領となっていた過去の36年の歴史は極めて重い。もし、日本に併合されていなかったら、中国領に、あるいは北からのロシア領になっていた可能性すらあるのだ。
 ついでながら「正論」9月号に載っている経済評論家・三橋貴明氏の「自滅する韓国」の一部を紹介する。
 「韓国人あるいは韓国の政治家の異常な行動の基盤となっているのは基本的には劣等感である。世界最長の皇統をいただく隣国日本に対する、うらやましい、ねたましい、と言う思いこそが彼らを反日へと動かすパワーなのだ。われわれ日本は他国への劣等感を持たないため、歴史認識が重要だなどと内政干渉まがいを突きつけたりはしない。日本国は世界に誇るべき歴史を持っており、国民が他国の歴史認識など気にしないためだ。それに対し、韓国、北朝鮮の歴史は屈辱の積み重ねであり、隣の大国・中華民国の属国としての立場を強制され、毎年、美女を含む貢ぎ物を皇帝に献上しなければならなかった。そんな時代が1000年以上も続いた。中華帝国の属国という立場から救い出したのが日本であった。これが史実である」、と三橋氏は語る。【押谷盛利】

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2013年08月03日

韓国人の不幸を予見する

 日本には「遠くの親戚より近くの隣人(他人)」という言葉がある。
 対馬海峡を隔てた隣国の韓国が大統領以下メディアを先頭に「反日」に明け暮れしている姿がおぞましく、悲しい。オリンピックや国際スポーツの競技の場でも反日。アメリカの都市にさえ「反日」の碑を建てるなど、まさに狂気の沙汰である。
 静かに考えると、韓国はいま沈没の危機にある。それが、ぼくには肌で感じられるから、隣国の独立のため、隣人の幸せのために悲痛な思いで、この時評を書く。
 ぼくは、韓国は沈没の危機にある、と指摘したが、それは、国土と人民は残るが、政治体制が一変し、韓国民は北の奴隷的搾取に泣かねばならないとの予言である。今少し分かりやすく言えば、遠からず韓国は北に統合されて、いまの北朝鮮人民が苦しんでいるように、一切の自由を奪われて、共産政権の独裁政治下に泣くことを意味する。北朝鮮は1950年の韓国侵略(朝鮮戦争)を武力解放戦争と位置づけたが、失敗したのを機に韓国解放戦略を一新した。
 北は、韓国をその支配下におくことを「解放」というが、これは、1961年以降、北ベトナムが南ベトナムへの武力攻撃をベトナム解放戦争と呼んだのと同じ発想で、韓国解放とは、韓国の共産党独裁化を意味し、いまでは「南北連合政府」樹立を合い言葉に南(韓国)への思想的、政治的工作が高められている。
 北が軍事境界線を越えて、トラブルを起こしたり、南北合意の特別工業区を一方的に閉鎖したり、韓国ペースの金剛山観光開発をストップしたりするのは、その解放戦略の予行演習なのだ。
 かいつまんでいえば、あるときは頭を撫でて賢い賢いと褒め、別のときは、反人民だとか反平和だとか難癖をつけて殴るのである。北の政治工作があまりにも巧妙だから韓国内では反日を言えば、北のご機嫌が得られ、反日というカードが、南北の連帯感を強化する。
 今の韓国は教育、労働、経済、マスコミ、すべてにわたって北との親善が底流に渦巻いており、その底流を根気よく大きく強くするのが北の戦略であり、この戦略で最も効果的なのが、日本叩きなのだ。
 日本叩きが大きければ、大きいほど、北における韓国の通信簿の採点が上がる。だから、前の李大統領も今の朴大統領も口はもちろん、行動においても反日なる日本叩きに全魂を傾ける。
 そうすることが、国民の人気を得、政権の長期安定化がもたらされると洗脳されている。
 その反日行動の一環として、慰安婦問題や日帝36年の暴圧などありもしないでっちあげを内外に吹聴する。
 すべては、日本を、さらにアメリカを敵視し、日本が万一、よたよたすれば、それをチャンスに次は、アメリカ出て行け、の一斉キャンペーンが展開されよう。アメリカ軍が防衛同盟のよしみで韓国の独立に目を光らせているから北のお得意の実力(武力)解放、いわゆる韓国の共産化が拒まれていることを百も承知の韓国の指導層である。したがって、日本叩きの後は必ずアメリカ叩きが全土をおおうし、アメリカの基地撤退が、北の最終目的である。
 かくして、韓国は共産化への道を雪だるま式に膨らませゆく。その韓国人の不幸を予見するがゆえに、隣人として泣きたくなるほど悲しい思いをする今日このごろである。【押谷盛利】

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2013年08月01日

安楽死と太田典礼博士

 平均寿命が世界一でもめでたいとは言えない。大事なのは健康寿命であり、回復の見込みのない患者への延命施術は問題である、と指摘したが(7月30日時評)、これは分かりやすく言えば安楽死であり、これの法制化についてリビング・ウィル(生前意志)の社会化が問われる。
 去る7月10日、高月町唐川赤後寺で、コロリ観音さんのお祭りがあり、各地からバスを連ねての参詣人で賑わった。
 苦しまないで、ポックリと死ねるように、という願いをこめてのお参りである。ご利益があるか、ないかはともかく、老後の最大の心配は長病みと死の苦痛である。
 ぼくは今、日本尊厳死協会編「シニアのための尊厳死読本」を読んでいるが、これには安楽死の源流は遠く古代ギリシアの「オイタナジー(安楽死)」にさかのぼる、と書いている。
 死の苦しみと恐怖を避けたいのは何千年も昔からの世界人類共通の願いであった。古代ギリシアには、正当な理由のある安楽な自殺、あるいは死期近く苦しむ患者に医師が慈悲殺を施してもよいという思想があった。精神的、肉体的苦痛を除くための死を認める古代のおおらかさはキリスト教の普及によって、ストップがかけられた。聖パウロが、人の生死は神意であるから、これに反する行為は罪悪である、とした。以来、カトリック圏では、死を選ぶ権利が教会権力によって取り上げられる時代が20世紀まで続いた。
 日本の安楽死運動の元祖は京都出身の太田典礼博士で、氏の提唱による日本安楽死協会が発足したのは1976年、名称は後に日本尊厳死協会に変わったが、1985年、亡くなるまで理事長をつとめた。
 医師である彼は、戦前の「貧乏人の子沢山」で苦しい暮らしのなかで、妊娠、出産、育児に追われる婦人の生きざまに疑問を抱いていた。そのころ1922年、アメリカからサンガー夫人が来日し、育児制限の講演をした。後の衆議員議員・加藤シズエ(社)もこの運動に参加。太田博士は婦人科医としてこれの実践活動に入り、太田リングなる避妊具も考案したが、許可になるどころか、富国強兵を進める国策に反すると弾圧され投獄の憂き目をみる。敗戦後は国会議員に当選し、妊娠中絶を合法化する優生保護法の立法化に成功した。
 さて、延命医療を拒否する先進国はアメリカで、1977年、カリフォルニア州で患者が自らの意志を書面にする「リビング・ウィル」を前提とする自然死法が初めて成立した。
 「自然死」の用語を採用したことは、死期を早める人為的な処置を否定し、延命医療を拒否する範囲に限定する「消極的安楽死」の概念を初めて打ち出したものとして歴史的に大きく評価された。この自然死法の成立を機に太田博士は東京でこの問題の国際会議を提案した。ホスト役で会議を仕切った太田博士の尽力で、歴史的な東京宣言を採択した。その主旨は次の5項目。
 ①いかなる死を選ぶかは、自らの決定にゆだねられる。
 ②自らの死についての意志を表明したリビング・ウィルは、人間固有の権利として尊重される。
 ③リビング・ウィルが法的根拠をもつことを要求し、当面立法化の努力をする。
 ④情報交換のために国際連絡センターを設置する。
⑤国際会議を定期的に開催する(1976年)。
 「安楽死」については、太田典礼医学博士編「安楽死」(クリエイト社刊)が詳細に分かり易く解説し、立法化運動のさきがけとなっている(日本尊厳社協会編・尊厳死読本参照)。【押谷盛利】

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