滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2013年06月27日

高齢者は語り部となれ

 戦争が終わって間もなく68年になるが、戦前のことはもちろん、戦後の物不足や社会的混乱を知る人は少なくなった。
 去る6月20日の時評でぼくが書いた供米の悲劇についても心当たりの人がいるはず。
 なにしろ、戦後数年は食糧と物不足、それに追い打ちをかけるインフレ、敗戦による占領政策の混乱などで、都市も農村も死にもの狂いの日々だった。
 物価の不安定に加えて旧円の封鎖、新円への切り換えによって、物の売買に関する通貨の信用ががた落ちし、食うことがすべてに優先し物々交換が普通になった。農村からは米、都会からは衣服(着物)が物交の主流だった。
 当時は闇屋と呼ぶ米の運び人がいた。物々交換によって集めた米を都会へ運んで売買の利ざやをかせぐやり方で、都会にはそれらの運び屋から買い入れる卸し屋風の闇商人が待ち受けていた。
 ヤミ米運びが湖北地方で一番盛んだったのは虎姫駅で、列車の中は運び屋でごった返した。ところが、ときおり、抜き打ちに警察の取締りがあり、こんな日は大騒ぎとなる。何しろ、宝物のような米を没収されるわ、連行のうき目をみるわで、逃げるのに必死である。プラットホームには投げ出されたヤミ米がうず高く積まれ、運び屋は一目散に逃げてしまう。
 考えてみれば運び屋によって、米は京都や大阪に出回り、都会人の飢えを救ったといえる。そのころは何もかも闇で、酒不足のためメチルアルコールを代用した。過飲して目を潰したものもあり、なかには「どぶろく」なるヤミ酒を造るものもあった。
 漁業者の水揚げの魚が酒になったり、着物に化けたり、山で焼いた炭が米になったり、配給制度や公定価格などはほとんどまともに機能しなかった。正規のルートを通じて酒、砂糖、塩、生活必要物資などが流れても全部に行きわたる量がなく、途中で横流しになるケースもあり、日本全体がヤミ社会で、ただただ必死、死にもの狂いの暗い時代だった。
 しかし、国民は自暴自棄で自殺するものは一人もなく、みんな明日を信じ、戦地から帰った若ものを中心に仕事に精を出し、助け合って、村や町を明るくした。貧しさや飢えが人の心を強くした。困難が人生の彩りを深めた。
 高齢者は語り部となって、今の若ものの師表でありたい。【押谷盛利】

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2013年06月26日

外国語の用い方(見聞録)

 次から次へとテレビや新聞に登場する外国語や専門用語が覚えられず、何を意味しているのか前後の文脈からも分からないことがある。辞書には載っていないから、インターネットで調べることになる。
 新聞やテレビなど公共的メディアは、不特定多数の読者、視聴者に分かりやすく伝えるため、極力、専門用語などを避け、噛み砕いて表現する必要がある。しかし、そういう配慮なしに記事にすると、読者から問い合わせが来る。
 例えばきのう25日の紙面で、ある講演会の講師の肩書きが「チーフ・ストラテジスト」と記されていた。ストラテジストは、経済動向などを分析して投資の具体的戦略を設計する立案者を意味する。証券業界では通じる肩書きだが、一般には理解されない。紙面では不親切にもこの肩書きの説明はなかった。
 改めて6月の滋賀夕刊紙面を振り返ると外国語が目に付く。「マッチング」「スタイル」「アイテム」「オンライン」「アーティスト」「シビア」「ロープライス」「ミッション」「ランデブー」「アレンジ」など多様な場面で登場している。中には特段の意味も無く外国語を用いている場合もあり、反省材料としたい。
 また、「コンベンションセンター」「ファシリテーター」「コンプライアンス」なる言葉も登場したが、注釈がなければ、分からない。コンベンションセンターは大規模の展示会や会議を行うための複合施設。ファシリテーターは会議などの場で議論を整理して舵をとる役割を指す。コーディネーター(調整役)と似た存在だが、違いは微妙だ。コンプライアンスは法令順守の意味で、最近よく耳にする。
 さて、テレビや新聞での外国語のはんらんに警鐘を鳴らすため、岐阜県可児市の71歳の男性がNHKを訴えた。テレビ番組で理解できない外国語が多く、精神的苦痛を受けた、というものだ。
 男性はテレビ番組で、必要のない場合でも外国語が乱用されていると指摘。「リスク」「ケア」「トラブル」「コンシェルジュ」などの例を挙げ、「不必要な精神的苦痛を与える」として、民法709条の不法行為にあたると訴えている。
 この男性の訴えに対する反応は世代によって異なると推測される。年配者であればうなづくであろうし、逆に若者の多くは外国語のはんらんに違和感を持っていないのではないか。
 以前、長浜で講演した国文学者の金田一秀穂さんは「言葉は生き物だ」と説明し、言葉は「気持ち良いコミュニケーションのため」「より良い人間関係を作るため」に存在し、そして生き物のように、常に変化し続けていると語った。
 新聞やテレビは万人が理解できる言葉遣いを求められるが、言葉は常に変化を続けており、若者がアクセルを踏み、すでに言語感覚を確立させている大人がブレーキをかける役目を担っている。
 人や物、文化が国境なく交流する現代にあって、日本語に置き換えることのできない外国語のますますの流入は避けられないが、新聞作りに携わる者として外国語に寄り掛からないように心がけたい。—と、決意を書いていても、外国語がいくつも登場する当コラムを見て、簡単ではないことを改めて実感する。

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2013年06月25日

日本の借金政策と沈没

 この国の30年後、50年後を心配する政治家や学者、メディアなど有識者の言動の鈍いのが憂慮される。
 今の日本の経済は夢のような仮定を前提に危うげな成長のまぼろしに酔っているが、ふざけるでない、と日銀や政府、各政党に忠告しておく。
 日本は長く経済が低迷し、株安、円高が続いたため、税収の落ち込みをカバーするため、政府はデフレを転換し、インフレ政策にハンドルを切り換えた。
 これがいわゆるアベノミクスだが、何のことはない、たんなる金融緩和で、市場にカネをばらまく政策だが、政府はこのインフレ政策によって物価の2%上昇を打ち出した。
 これは前にも触れたことだが、インフレとは物不足で、国民の需要が急上昇し、生産が需要に追いつかず、従って需要と供給のアンバランスにより物価がうなぎ上りに上昇する社会経済現象である。
 日本でいえば、その一番いい例が敗戦直後の数年間のインフレ経済だった。いま、政府はインフレ促進のため無理矢理に物価を上げる政策を採っているが、これは政治の権限の及ぶ範囲でしか効力がでない。一番手っ取り早い値上げは公共料金であり、ガス、電気、ガソリン、通信費、鉄道、船舶の輸送費、医薬品、それに税金である。
 これらは国の政策として無理矢理に値上げを導くことが可能だが、さて一般国民の日常消費物価はどうだろうか。
 日本の中小企業は国際的競争にさらされ、利益を吐き出して内部の生産体制を拡充強化しつつ、さらに内外の市場を生き抜くため、身を切るような薄利多売戦略を余儀なくされている。その結果、物価は安定し、上がるどころか下げの傾向すらある。こういう経済の本質を無視して、放漫な金融緩和策に足を突っ込んだのが、現時点である。その結果、長期的には日本の国債の信用を落とし、近視的には日本の財政の健全化を破壊する公算が強くなった。
 日銀がじゃんじゃん国債をかたにカネを放出するが、この国債は20年、30年、50年後には必ず完済しなければらぬ。どうやって償還するのだろうか。当然ながら国家予算の歳出による。膨れ上がった厖大な国債を税金で処理すれば、30年後、50年後の日本は借金返しに追われ、国家国民に必要肝心の予算を組むゆとりがなくなる。地方や国民の必要最小限な事業予算をカットすればギリシャやトルコのような社会危機を招くが、今の日本の政治はその危機に直行しているが、そのとき、国民の財産はどうなっているか。政府主導のインフレ策をつむじ風のようにあふりつつ、もしインフレ本番が来れば、国民の財産はいまの値打ちの5分の1か10分の1になりかねない。いま1000万円の貯金者は200万円か100万円の値打ちに泣かねばならなくなる。
 この危機、いまの借金財政をストップしなければ息子の世代、日本は沈没する。【押谷盛利】

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2013年06月24日

投票率に見る都議選(見聞録)

 参院選の前哨戦として位置づけられた東京都議選(定数127)は23日投開票され、自民党は立候補者59人全員が当選し、第1党に返り咲いた。協力関係にある公明党も23人全員が当選し、第2党に。自公で都議会の過半数を占めた。
 第3党についたのは共産党で、現有8議席から17議席へと躍進した。一方、前回54議席と大勝した民主党は15議席の大惨敗。初参戦の維新は34人を立て、都内で抜群の知名度を誇る前都知事の石原共同代表が選挙区を回ったが、たった2議席。みんなは7議席とまずまず。
 都議選に特段の争点はなく、自民・安倍政権に対する信任投票の意味合いが強かった。安倍政権は、景気浮揚のテコ入れが経済界から歓迎され、力づくで尖閣諸島を奪おうとする中国に対する毅然とした対応と、中国包囲網を思わせる外交政策も国民から評価されている。自民党は参院選に向け、順風満帆の船旅を続けている。
 ただ、自民党への順風を、決して追い風とみることはできない。昨年末の衆院選と同じく、自民党への熱烈支持があったというより、他党の失速によるところが大きいからだ。
 民主党は向かい風を真正面から受け、衆院選に続く大惨敗を喫した。海江田代表、細野幹事長ら執行部の存在感の無さとともに、民主党そのものの存在意義が問われている。
 「政権交代」を合言葉にした寄り合い所帯が、今や目標を失っている感があり、有権者に対しても「なぜ民主党でなければならないのか」と哲学を示せないでいる。
 台風の目となるはずだった維新は、橋下代表の慰安婦発言が支持率を急降下させたが、石原共同代表のお膝元での惨敗は、代表のカリスマ性だけに頼る選挙戦の脆さを露呈させた。果たして、まっとうな候補者を選定し、選挙を戦える組織を立ち上げることができたのだろうか。昨年の衆院選の支持層が離れた原因を探るべきだろう。
 さて、今回の選挙結果で読者の多くも不思議に思うのは、自民・公明の圧勝に加え、なぜ、共産党も躍進したのか、という点だろう。保守も左派も揃って議席を伸ばした点は、政策上の視点で有権者が投票行動を起したというより、組織力がモノを言う選挙だったと分析できるのではないか。
 今回の投票率は43・50%で、前回(54・49%)を10・99ポイントも下回った。投票率が低ければ低いほど、組織票を持つ老舗政党には有利となる。一方で、「ふわっとした民意」に代表される無党派層を相手とする新興の第3極政党には不利となる。
 投票率は、政党や候補者への期待感のバロメーターであるが、なぜ、これほど下降したのかを分析する必要があろう。有権者が声を発することなく、棄権した理由は何なのかと。

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2013年06月21日

子どもと自然の距離縮めたい(見聞録)

 前回取り上げた2013年版「子ども・若者白書」を読み込むと、今の子どもや若者像が見えて興味深い。
 その中で気になったのは自然と触れ合って遊ぶ子どもが年々減少していること。白書の統計資料では、小中学生が直近の約1年間でほとんど体験したことのない遊びを、1998年と2009年を比較して列挙している。
 ▽高い山を登ったことがない53%↓67%▽大きな木に登ったことがない43%↓52%▽キャンプをしたことがない38%↓57%▽太陽が昇るところや沈むところを見たことがない34%↓38%▽海や川で貝を取ったり魚を釣ったりしたことがない22%↓42%▽夜空いっぱいに輝く星をゆっくり見たことがない22%↓26%▽チョウやトンボ、バッタなどの昆虫をつかまえたことがない19%↓41%▽野鳥を見たり、野鳥の鳴く声を聞いたことがない25%↓33%▽海や川で泳いだことがない10%↓30%—という具合。
 この統計データには都市部の子ども達も含まれるから、自然に恵まれた滋賀の子ども達と差異はあろう。それでも、海や川で泳いだことのない子どもが3割、昆虫を捕まえたことのないのが4割というのは、今の子ども達の自然と触れ合う機会の少なさを物語っている。
 最近の研究では自然体験が豊かであればあるほど、社会を生き抜く力、規範意識、道徳心、学力などへ好影響があることが分かっている。例えば小中学生時代の体験が豊富な大人ほど、意欲・関心や規範意識が高い人が多く、学力の面で言えば、自然の中で遊んだことや自然観察をしたことがある小中学生のほうが、全国学力・学習状況調査での理科の平均正答率が高いというデータが示されている。
 テレビゲームやインターネット、漫画で過ごすよりも、近所の子どもと一緒に自然の中で遊びまわる大切さは、おそらく保護者も理解しているのだろうが、テレビゲームで遊ばせておけば手がかからないし、外でケガをしたり、犯罪に巻き込まれる心配もない。ただ、そういった過保護路線が子どもの将来にプラスに働くのかは疑問符が付く。
 幸い湖北地域は山や川があり、昆虫採集も魚とりも簡単にできる。ちょっと山間部に行けば様々な野鳥に出会えるし、夜には満天の星を楽しめる。梅雨が過ぎれば絶好の自然満喫シーズン。冷えた室内で過ごすより、暑さに負けることなく外で遊びたいものだ。

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2013年06月20日

供米の悲劇と農村の60年

 山形市に住む、ぼくの歌友・高木史郎氏が「木守柿」という素敵な歌集を出版した。
 83歳を記念しての多彩な自分史であり、戦争中の陸軍少年通信兵学校、戦後の郵便局員、山形県職員、自治労専従などの貴重な体験に教えられるところが多い。もちろん一人の男性の長い生きざまの表白であるから健康や病気、恋や性、さまざまな人間模様もあらわに描かれていて、後輩へのよき道標であり、一般的には人生論ノートといってもいい。
 この歌集のなかで、ぼくが特に注目したのは「供米督励」の項だった。供米とは懐かしい言葉だが、今は死語となっており、若い者は知らない。
 正確には「供出米」といい、戦後の食管法によって農家から強制的に米を買い上げる制度だが、あちこちで物議をかもした。
 戦後、大都会は敵機の空襲で焼け野原となり、家を焼かれ、仕事を失った人や親と死別した浮浪児など暗い世相だった。また外地からの軍人や民間の引揚者が相次いで、日本の人口は急に膨らみ、食糧事情は急迫した。
 当時は餓死1000万人とも流布される食糧危機が日本全土を襲い、米よこせデモが宮城に向うなど不穏な情報が飛び交った。
 その不幸な食糧地獄を象徴する事件の一つが、裁判所判事の餓死事件だった。裁判官の職責の重さから闇米を買わなかったため、栄養失調で倒れたというのである。当時の膨れ上がった日本の台所を救ったのが農村だったが、その農民を重石のように追いつめたのが問答無用の供米制度だった。農民は自己の飯米用と交際用の備蓄米、それに農機具、肥料、物品購入のおカネ代わりの米が必要だった。
 したがって、作付面積から飯米分を除いた米を強制的に供米せねばならぬとあれば死活問題であり、さまざまな抵抗や逃げ道が模索される。
 当時、山形県の職員に採用された高木少年の初仕事は供米督励で、米どころ庄内への出張だった。山形県は米どころだが、なかでも庄内はその最たる生産地。督励の班長は地方事務所長、案内は地元の農業会役員。
 ある日、その案内がためらいながら墓地に入った。すると地下から隠匿米が多量に見つかった。案内の村役自身が隠し持つ米を暴いたのであるから多感な高木少年が妙な気分になるのは当然で、「人間の性は善か悪か」と歌にしている。
 「なんという因果な仕事だ、命令とはいえ自己嫌悪が全身を走る」
 「農民の抵抗があっても権力が排除すると手先となって仕事をする」
 「農民の反対などは予想したが案内人の裏切りは人の醜ささらけ出す」
 「督励の班長からはノロイとどやされ農民からは白い目でみられる苦役」
 農民が農民を裏切る悲劇ともいうべきか、高木作品は戦後史の恥部をさらけ出したが、これに似た話は全国至るところにあって、戦後の一時期、農村の民主化闘争の一因ともなった。
 戦後、長浜市長になった岡野清氏(故人)は助役に県庁の農政部長だった山口幹氏(故人)を登用した。山口の供米制運用の手腕と実績を評価したからだが、国政といい、県政といい、農政がその中核だった。
 あれから60年、いまの日本の農村は高齢化で、若ものや子供が少なく、荒廃地や不耕作地が増え農政の空回りが問題化している(未来山脈社発行「木守柿」参照)。【押谷盛利】

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2013年06月19日

ニート63万人、ひきこもり69万人(見聞録)

 政府が18日閣議決定した2013年版「子ども・若者白書」によると、就職も進学もしていない若者、いわゆるニートが15〜34歳で、前年比3万人増の63万人にのぼることが分かった。同年代に占める割合は2・3%で、統計を開始した1996年以来、最高の数値となった。
 就業しない理由については「病気・けがのため」が約3割を占め、以下「学校以外で進学や資格取得などの勉強をしている」「知識・能力に自信がない」などが続いている。
 ニートとの関連性が深い「ひきこもり」も社会問題となって久しい。白書によると、病気や家事・育児などを除く理由で6カ月以上自宅にひきこもっている若年層(15〜39歳)は、69万6000人で、同年代に占める割合は1・8%。
 「普段は家にいるが、近所のコンビニなどには出かける」「自室からは出るが、家からは出ない」「自室からほとんど出ない」に該当する「狭義のひきこもり」が23万6000人、「自分の趣味に関する用事の時だけ外出する」の「広義のひきこもり」は46万人だった。
 ひきこもりになったきっかけは「職場になじめなかった」(23・7%)、「病気」(23・7%)、「就職活動がうまくいかなかった」(20・3%)、「不登校」(11・9%)、「人間関係がうまくいかなかった」(11・9%)の順に多い。
 ひきこもりのきっかけの4割以上が就業に関するものだった。今の就業環境が厳しくなっているのか、それとも若者のメンタルが弱くなっているのかは専門家の分析に委ねるが、25〜34歳の非正規雇用が26・5%と過去最多になっている点は見逃せない。
 また、高卒の4・9%、大卒の15・5%が進学も就職もしていない。一方で3年以内の離職率は高卒が35・7%、大卒が28・8%にのぼっている。これらの数値をどう評価するのか。
 大卒の3割近くが3年以内に会社を辞める現実は、企業と新卒労働者の意識にギャップが生まれていることを意味しているし、企業側の労働者を受け入れる体制、そして労働者の仕事への姿勢の両面が問われている。
 ニート63万人、ひきこもり69万6000人。新聞の活字では、単なる数値にすぎないが、現実にこれだけの若者が心を病み、不安と悩みを抱えている。彼ら彼女らの20年後、30年後の将来を考えると、家族を巻き込んでさらに深刻さを増しているのではないだろうか。
 彼ら彼女らを自由競争原理の中で必然的に生まれる「弱者」「負け組」と定義するならば何らかの支援策が必要だろうし、「甘え」「無気力」と指摘するのならば、なぜそういう若者が増えているのかを考え、家庭や社会の教育を見直す必要がある。

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2013年06月18日

梅雨異変と天界、自然界

 笑い話がある。乱高下する株で一喜一憂する投資家が「これから株はどうなるんでしょう」と必死で先行きを模索する。それが分かれば、みんな株成金になるが、そうは参らない。その心情へのユーモラスな答えが哀愁を帯びる。「株のことは株に聞くがよい」。
 梅雨だというのに変な天候が続く。30度を遥かに超す高温で、死者が出る。熱中症で救急車のサイレンがおぞましい。普通なら梅雨ぐもりや梅雨湿りで冷やっと寒さを感じる季節だが、梅雨寒にはほど遠い。
 昔の人は、冷える体をしゃんとさせるため、熱い鮒汁をすすったりした。今年の梅雨は南方からの台風でおかしくなったというが、狭いようでも日本は広い。
 関西や西日本は猛暑と日照り続きで、文字通りの空梅雨だが、関東はそうでもない。本物の梅雨期で降雨の日が多く、千葉からの便りでは気温も24度前後だという。
 どうなっているの、日本の空は?と、不審がる声に「空のことは雲に聞いてみい」と、目の前で伊吹山が笑っている。
 雨が降らなくとも伊吹山が雲でかげっている日もあれば、からりと晴れている時もある。ぬけるような青い空でも、どこからか白雲が流れて、伊吹の肩を眩しくさせることもある。
 雨が降らないためあちこちの畑で被害が出ている。夏野菜が水不足で枯れ始めた。一昔前なら日照り地獄で植えたばかりの田んぼが割れて稲の枯死が心配だったが、今は土地改良区の琵琶湖逆水で用水不足の心配はない。
 田んぼ道を散歩していて珍しくお玉じゃくしを見ることがあった。水の変わらぬ田んぼの濁った水の中を何匹もののお玉じゃくしが水中から浮かんではぽかっ、と、口を開いて一息しては再び水中へ。その繰り返しが尽きることなく続く。
 おそらく水中の酸素不足に命がけで対処しているのだろう。蛙の子の命がけの水浴びを尻目にあぜ道の草の上を白い蝶が三つ巴になってもつれあっていた。蝶には蝶の分別があるのだろう。
 我が家の周りの不思議の一つに今年は蜘蛛が姿を消したことだ。
 ぼくの好きな黄金蜘蛛さん、どこ行った。肌に黄金の縞を入れてひときわ目につく人気もの。
 今の時期、万緑というが、地上の生物、みなそれぞれの時間と運命に翻弄される。【押谷盛利】

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2013年06月17日

人と自然の共存(見聞録)

 南浜町の農産物直売所「産直びわみずべの里」では、10年ほど前から、ツバメの巣作りの泥やフン害から商品を守るため、黄色い傘を逆さに吊るしている。多い時期には100本もの傘を広げることもあり、地元ではこの季節の風物詩になっている。
 ツバメは人の気配のする場所に巣を作ることでカラスやヘビなどの外敵から身を守ると言われている。ツバメが巣を作る家は栄えるとか、商売が繁盛するなどと言われ、縁起の良い鳥の代表格だ。その科学的根拠は乏しいが、日本では巣作りを歓迎する声が大きい。
 この時期になるとあちこちでツバメの巣が作られる。先日も長浜市街地の博物館通りの軒先で、ヒナが口を大きく開けて親鳥の与えるエサをねだっている姿が見られ、ほほえましく思った。
 先週の土曜、小生が帰宅すると、自宅のベランダが泥だらけになっていた。どうやらツバメが巣作りを始めたようだった。そっと見守ると夫婦だろうか、2羽のツバメがせっせと泥や草を運んで壁に押し付けている。巣を作る場所を決め兼ねているのか、ベランダの壁のあちこちに泥を付着させている。きのう日曜日には1カ所に集中して泥をつけ始めた。今朝も午前5時ごろから巣作りが始まり、物干し竿にとまって独特の鳴き声を響かせて賑やか。目覚まし時計の出番はない。しばらく観察していると壁に泥のふくらみが少しだけ出来ていた。このまま、無事に巣を完成させるのだろうか、気になってしようがない。
 ただ、ベランダの泥汚れは想像以上で、洗濯物をほす場所がなくなってしまう。巣作りが完了するまでは見守るしかないが、ヒナが生まれれば、フン害対策も迫られる。
 泥やフン害を嫌い、巣を壊す家もあるという。ただ、ツバメが気に入った家には毎年のように巣作りに訪れることがあり、20年間も巣を壊し続けて「壊しても、壊しても来る。もう根負け」と、家人がツバメの巣作りを受け入れたというエピソードを、最近の新聞で見た。
 さて、日本野鳥の会の調査では全国でツバメが減少しており、その原因について「人による巣の撤去」がカラスに次いで2番目に多かった。家屋の洋風化に伴って巣作りできる環境が減っているのも一因らしい。
 同会は、ツバメを「人と自然の共存を示すバロメーター」と位置づけ、その保護対策の一環として、フン害対策やカラスから守る方法などを収録した小冊子を作成し、全国へ無料配布している。
 人と自然との共存を象徴するツバメがいつまでも湖北地域で羽ばたけるよう、ツバメの巣を見守り、子育てを応援したいものだ。

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2013年06月15日

貧しき政界と孝行息子

 さきごろ、参院選を前にしての嘆き節を書いたが、その主旨は、本音を隠しての建て前論で、票取り合戦するあさましさの警告である。見渡したところ、与党も野党も国民を傾倒させるような魅力がない。これでは、棄権が多いのではないか、と、今から投票率が気にかかる。
 このような淋しい政界の姿は、一口に言えば「貧しき政界」そのものである。
 政界の貧困は、政党の貧困であり、政党の貧困は党の執行部、指導部の貧困である。
 ぼくが、過日の時評で、各党への不満をぶつけた最後の締めくくりに「家貧しくして孝子出でよ」と書いたが、これは今の政党や議員を念頭においた痛烈な皮肉なのだ。
 「ことわざ辞典」(学研)によれば「家貧しくして孝子顕る」であるが、これをもじって、「孝子出でよ」と挑発したのがぼくの真意である。分かりやすく言えば、家は今の政界を指す。家が貧しい時は、苦労した息子が奮起して家を興し、親を喜ばせ、孝行を尽くす。これと同じように、政界や政党が貧しければ、孝行息子のように奮起する政治家が出て国家のため、国民のために尽くすことを期待したい。その強い期待の心が「孝子出でよ」との叫びとなったのである。
 かつて、細川護煕元首相が熊本から声を上げて日本新党を創ったときの政界が「家貧しくして」の状況だった。
 自民党がすくいようのない貧しさのどん底にあえいでいるとき、小泉純一郎元総理は「自民党をぶっ壊す」と宣言して大改革を実践した。細川氏も小泉氏も家を興した孝行息子だった。
 このような人材が今の貧困な政党にも望まれるわけだが、残念ながら今のマスメディアは一部を残し、多くは親中国、親朝鮮に走って有能な人材を埋没させたり、勇気ある政治家のあげ足取りをして、孝子の出でくる環境を阻害している。
 日本では古来、貧乏人の子は親孝行するといわれているが、その好例は、お隣の岐阜・養老郡に養老の滝の伝説がある。親思いの息子が、働いても病気の父を充分介護できぬことを気にしつつ、ある日、山仕事で疲れて、滝から落ちる水を飲んだところ、それが酒だった。息子はひさごに入れて持ち帰り、父に飲ませたという孝子伝説だが、これに基づき、奈良時代の元正天皇が717年に年号を養老に変えられた。
 この話とは逆に金持ちのドラ息子を評して「売家と唐文字で書く三代目」という。財産家も三代目になると、初代の苦労して築きあげたことを忘れて、ぜいたくに慣れ、遊びにふけるなどして仕事をないがしろにし、財産を使い果たして遂に家屋敷を売りに出す、という教訓。
 金持ちのぼんぼん育ちには嫁にやるな、というが、苦労知らずの親のすねかじりでは先が思いやられるという古人の知恵である。【押谷盛利】

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2013年06月14日

ツイッターに透ける本音(見聞録)

 復興庁の幹部職員が自身のツイッターで市民団体や国会議員を中傷する書き込みを繰り返していたとして、問題となっている。
 被災者支援の市民団体の集会に参加後、「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席」「不思議と反発は感じない。感じるのは相手の知性の欠除に対する哀れみのみ」とツイートした(つぶやいた)。
 また、複数の国会議員に対しても実名を出さずに「某大臣の虚言癖に頭がクラクラ」「ドラえもん(に似た議員)の通告が遅い」などと中傷していた。
 このように揶揄する発言を行うのは、結局のところ官僚が国民や国会議員を馬鹿にしている証左ではないだろうか。ただし、これは国の官僚だけでなく地方にも当てはまるかもしれない。
 市議会などを傍聴していると、議員からの要望や質問に、市幹部が回答に窮する場面がある。この時の答弁は「趣旨は良く分かりましたので、十分、検討します」とか、「情報収集に努めます」などとあしらうことになるが、腹の内では「無理難題を押し付けやがって」「屁理屈を言いやがって」と思っているかも知れない。
 とてもそんなことは口に出せないから、仕事帰りの居酒屋で仲間と愚痴や不満をこぼすのは、公務員も会社員も同じだ。しかし、ツイッターというインターネット網で特定の個人や団体の愚痴や不満、そして不愉快にさせる発言を行うのは、非常識で無節操、身勝手であり、まして公務員や会社員など組織の一員ならば、腹に収めなければならないこともある。
 今回は国の幹部職員の、しかも復興を担う官僚の本音が透けて見え、各方面から怒りを招くのは当然だ。
 ただ、この官僚のツイートで最も問題なのは、昨年6月に成立した「子ども・被災者支援法」に基づく被災者支援に関するものだろう。この法律は1年が経過した今も運用の基本方針が示されていない状態だ。この官僚はその担当者だったが、「今日は懸案が一つ解決。正確に言うと、白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意。こんな解決策もある」と、課題先送りを歓迎するツイートを発信している。
 これが復興庁の官僚の「腹の内」なのだろう。この組織的問題こそが一番に追及されるべきだが、官僚1人の不始末としてさっさと更迭し、事態を終息させようとする動きが素早い。

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2013年06月13日

参院選を前にしての嘆き

 民主党が政権を握ったのは3年半ほど前のことだが、母親から何億ものカネをもらいながら、これを隠して税金を逃れていた鳩山由紀夫が総理になった。政界では脱税王と叩かれたが、結局、小沢一郎(当時幹事長)にいいように振り回されて下野した。
 その跡を継いだのが菅直人だった、菅ではアカンとしゃれた批判がうずまいた。任期中の11年3月11日、東北大震災と福島原発爆発でアカンからイラカンに変わって、東電の福島原発でどなり散らしたという悪名を残した。
 野田佳彦のあと、昨年12月の総選挙で、政権は再び自民党に転がったが、待ち構えていたのは7月の参議院選挙。アベノミクスで、連戦連勝気分の自民党に対し、落ち目の民主党がどう盛り返すのか、国民の注目するところだが、前評判はともかく、民主党の影は滅法薄い。
 こころみに、いまの民主党の代表は誰かと尋ねられて、すらすらと答えられる人は何人あるだろうか。代表は党の顔だから、それを知らないようでは話にならないよ、とあらためて正解を求めるが、にやにやして答えられぬ人が多いのではないか。
 じゃあ、代表の懐刀である幹事長はだれか、と聞くと、これまた「あっ、しわくちゃのおじいちゃん」と顔を浮かべるが名前が出てこない。念のため正解をのべると代表は海江田万里、幹事長は細野豪志。見渡したところ、この陣営、安倍自民党に一泡ふかせるほどの闘魂も見られないし、政策面で国民の共感をよび起こすほどの魅力もなければ、行動力もみられぬ。
 これでは、参議院選は自民の独り勝ちか。それほどに自民党は国民の信頼が厚いのか、となるとこれまた疑問が残る。派バツが見え見えだし、憲法や外交などでも本音を隠して建て前だけが先行しているが、すべては参院選の後ということとなるのか。
 ふざけるでない、参議院選こそ明日の日本のあり姿を設計して国民の審判を受けるべき、最高の機会ではないか。政権欲しさに思想も政策も違う公明党と二人三脚なんていう図は不可解というよりは不快感そのものである。
 第3極しっかりしろ、と、国民はいらいらするが、みんなの渡辺喜美は友党と仲違いみたいなことをいっているし、維新の橋下徹は叩かれっ放しで、石原老人(慎太郎)は健康不安。
 「家貧しくして孝子出でよ」(敬称略)。【押谷盛利】

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2013年06月12日

変貌する大阪駅前(見聞録)

 先日、久しぶりに大阪を訪れた。JR大阪駅前は大型商業施設「グランフロント大阪」の開業で人の流れが大きく変化していた。
 大阪の繁華街といえば「キタ」と「ミナミ」に分けられる。この4月、そのキタにグランフロントがオープンしたことは、新聞、テレビで大きく報じられた。1カ月で700万人が来場する盛況ぶりだ。
 グランフロントのある「うめキタ」と呼ばれる大阪駅北地区は、1928年から国鉄の梅田貨物駅として物流の中心を担い、明治期から使われてきた運河と合わせ、貨物の積み下ろしで賑わった。国鉄の民営化を機に、26年前に貨物ヤードの移転が決まり、ようやくグランフロントの誕生にこぎ着けた。
 約7㌶の敷地には、266店の専門店からなるショッピングモールやレストランをはじめ、ホテル、コンベンションセンター、劇場、オフィスなどがある。
 JR大阪駅から歩いてすぐという好立地から、ショッピングも食事も事足りるし、田舎者の小生にとって興味深い店が多い。例えば、世界250種以上のビールが飲めるビアホール「世界のビール博物館」ではチェコやドイツなど本場の生ビールを楽しめるし、店員が民族衣装を着ていたり、グラスやジョッキが銘柄によって個性があったりと、ビールの世界旅行を手軽に満喫できる。
 閉口するのは値段の高さ。中には300㍉㍑程で1000円近いビールもあった。立地や設備、店員のもてなしを考えると止むを得ない価格かもしれないが、我々庶民にとっては気軽に行けない。
 それを裏付けるように、開業1カ月の来場者1人当たりの売上高は657円に留まるそうだ。当初は1人当たり1600円を見込んでおり、想定より消費者の財布の紐が固いことが分かる。
 「混雑のあまり買い物ができない」「様子見の来店者が多い」と分析されているが、「価格が高すぎる」との指摘の方がしっくり来るかもしれない。価値のあるモノに対価を払うことをいとわない東京に比べ、大阪の消費者は「良いものを安く買いたい」と、割高感のあるグランフロントの品揃えを敬遠しているのではないか。
 ただ、そういう指摘以上に、ショッピングやグルメなど消費に主眼を置いた開発が共感を得ているのか、という疑問がある。大阪駅周辺にはすでにデパートもショッピングモールも複数あり、早くから消費者の欲求を満たしている。衣食への消費という刹那的なモノより、地盤沈下が指摘されて久しい大阪が再び浮上するための未来志向の開発でも良かったのではないか、と感じた。
 うめキタの総面積は約24㌶にのぼり、まだ17㌶の開発が残っている。この一等地がどのように開発されるのか。目下、全面緑地とする方針と、民間活力による開発を求める声が交錯しているそうだが、自然や学術、国際化がテーマになりえるのではないか、と個人的に考える。緑地公園は緑の少ない大阪中心部にあって市民の憩いの場として欠かせない。プラスアルファとして、京都や神戸に比べて数が少ない大学を誘致するのも面白い。その大学はアジア圏の留学生をターゲットにした国際色あふれるものとし、今後、期待されるアジアの元気を取り込めるような仕掛けが欲しい。東京のひとり勝ちを打破するためにも、関西の中心、大阪駅前の変貌が注目される。

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2013年06月11日

小泉さんと細川さん

 人は百人が百人、年齢とともに老化するが、心の持ち方で、老化を早める人と遅らせる人がある。
 その一つの生き方に、過去に生きる人と明日に生きる人との違いがある。
 過去に生きる人は、昔はよかった、と自己の全盛期の思い出が懐かしく、かつ、自慢となる。ときには愚痴もこぼすがそれも自己満足のほろ苦い思い出で、幸せを味つけするわさびのような働きを持つ。
 過去に生きる人間は、現実以上に過去を美化し、それに酔うから、家庭においても、仕事の上でも、あるいは団体生活においても、けむたがられ、また始まったと側から敬遠され、脳味噌がかちかちになって老化を促進する。
 その逆が前向き派で、「明日」に希望と夢を抱く。思考も行動力も年齢とともに鈍くなるから、心の持ち方では家に籠もったり、人との交わりを避けたがるが、そうではなくて、いろいろな仕事や趣味に挑戦し、つぎから次へと企画や予定をこなしてゆく積極派がいる。
 まるで休みを知らないものの如く、自ら仕事をこさえてゆく。じっとしているのが耐えがたいというのか、暇があれば花を育てたり、庭の手入れや畑づくりにも精を出す。外へ積極的に足を向けるから、新しい友人もできるし、新しい分野での仲間との交流も始まる。
 こういう前向きの人は車でいえば回転のしっ放しで、ストップを知らない。歳をとる暇がない、といえるかもしれないが、こういう明日派は健康なまま、ある日、突然脳梗塞で倒れるとか、働きつつ壮烈なこの世の別れを演じる可能性がある。
 それでも夢を追い続けつつ生涯を閉じるというのは生の美学としてはうらやましい話ではある。
 新聞社や出版社などは執筆する事案やネタ不足か、しばしば過去の有名人の回顧談にスペースを割く傾向がある。100年後の歴史ならいざ知らず、かつての華麗な経験や檜舞台を自慢たらたら話させるのは何とも言えず見苦しいし、百害あって一利なしと、ぼくは思っている。
 例えば、今も人気絶大な小泉純一郎元総理であるが、彼は決してのこのことマスコミの前で活字化されるような振る舞いはしない。彼の大胆な派バツ解消や政治家の若返り、郵政、道路公団などの民営化は、後になって、ずたずたに裂かれたりしているが、彼はそれらにいちゃもんをつける発言など決してしない。ましてや「おれの時代」は、なんて自慢話はしない。それに比べると、野中広務氏なんていうのは最低もいいところで、中国のえらいさんと19回合ったとか、話の中味は中国共産党の喜ぶこと一辺倒である。
 県出身の政治家では、武村正義氏がときどき紙面に登場するが、何をほざいても可もなく不可もない自慢話の域を出ない。武村氏に限らず、有名人の回顧談のなかには自分の自慢や都合のいい話はするが、聞かれては困る裏話やあの世まで黙さねばならぬ興味ある話には触れっこない。
 その点えらいのは細川護煕元総理である。政治批判などに踊らされずに、趣味の焼き物作りや芸術の分野で独自の明日を磨いている。【押谷盛利】

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2013年06月10日

朝令暮改の道路政策(見聞録)

 小泉政権下で進められた日本道路公団などの民営化の際、高速道路を2050年までに無料化することが法律で掲げられたが、その約束は守られそうにない。
 国土交通省の有識者会議が7日、2050年の高速道路無料開放について、10〜15年先送りすべきとの中間答申案を示したからだ。
 昨年12月に山梨県の中央自動車道笹子トンネルで発生した天井板崩落事故を受け、目下、高速道路施設の老朽化対策が課題となっている。高度経済成長期から建設が進められた高速道路は総延長1万㌔を超え、補修が必要な箇所が年々増えている。老朽化対策には少なくとも7兆円以上が必要との試算もある。
 そこで、無料化する時期を先延ばしして修繕費を手配しようという算段が、今回の有識者会議の答申案だ。
 時間の経過とともに修繕のための維持管理費が増すのは当たり前で、それらの費用を織り込み済みで道路建設をするのが常識的思考だが、今ごろ老朽化対策を言い出すとは、国交省はそういった常識に無頓着で、場当たり的に道路を整備してきたのだろうか。
 国民が気をつけたいのは「10〜15年先送り」というのが守られることなどありはしないということだ。2050年という期限を、同じ自民党政権がいともたやすく破ろうとしているのだから、無料化など夢の話。有料期間の延長が、新たな道路建設の財源になるかもしれない。菅義偉官房長官は有料期間延長で確保する財源について「新しい道路の建設と明確に切り離すべきだ」と強調したが、なし崩し的に新しい道路建設財源に流用するのは、お茶の子さいさい、だろう。国民に今後25年間の所得税の復興増税を強いながら、東日本大震災の復興予算を全国の関係のない事業に流用するぐらいだから。
 そもそも小泉内閣が主導した道路公団民営化の趣旨は、全国で横行する無駄な道路建設に歯止めをかけるのが目的だった。50年までに料金収入によって建設費の借金を完済し、以降は高速道路料金を無料化。料金収入がなければ、不要不急の道路建設が抑制されるとの見込みだった。
 あの改革はこうして骨抜きにされる。そういえば、朝令暮改は政治家と官僚の得意技だ。

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2013年06月07日

迫る参院選、高支持率の安倍内閣(見聞録)

 参院選の公示が予定される7月4日まで1カ月を切り、立候補予定者は事務所開きを行うなど準備を進めている。定数1の滋賀選挙では最多得票の1候補しか国会に行けない。
 立候補を予定しているのは、民主現職の徳永久志氏(49)、自民新人の二之湯武史氏(36)、共産新人の坪田五久男氏(54)、幸福実現党新人の荒川雅司氏(38)の4人と、元自民党衆院議員で昨年の衆院選にも立候補した小西理氏(54)。
 目下、自民・安倍内閣の支持率が好調なことから、二之湯氏が選挙を有利に戦うとの下馬評がもっぱらだ。民主は国民の信を失って昨年末に野党に下ったが、この半年、見せ場はない。国会での与党に対する追及も精彩を欠き、存在感は薄れている。現職の徳永氏の苦戦は必至だ。
 共産の坪田氏、幸福の荒川氏は選挙区での当選というより、選挙を通して党の訴えを有権者に呼びかけることによる比例票の掘り起こしが命題となるだろう。
 他方、滋賀選挙区に維新やみんなの党が候補を擁立できていないことは、地方組織の弱さを印象づける。国政改革の目玉となる両党の候補がいないことは、多様な選択肢を求める有権者にとって不幸である。
 参院選を前に半年前の衆院選を振り返りたい。滋賀県は自民が4選挙区で全勝し、民主と維新がそれぞれ1人ずつ比例区で復活した。
 全国では比例約6000万票のうち、自民が1662万票(得票率27・6%)を占め第1党に。次いで台風の目となった維新が1226万票(20・3%)で第2党になった。政権与党の民主は962万票(15・9%)へと急降下。以下、公明711万票(11・8%)、みんな524万票(8・7%)、共産党368万票(6・1%)、未来342万票(5・6%)という内訳だった。
 自民党の支持率が他党よりずば抜けていたわけではなく、小選挙区制度ゆえの自民圧勝だったことが分かる。とはいえ、自民の勢いはまったく衰えておらず、目下、安倍内閣は参院選を意識して安全運転中。失点することのないまま参院選の投票日を迎えることだろう。
 ただ気がかりなのは、安倍内閣の高支持率が与党議員を弛緩させてはいまいか、という点だ。
 先日、上野賢一郎衆院議員の国政報告会を取材した。ゲストは河野太郎衆院議員。国政報告と銘打つからには、今、懸案となっている中国、韓国との外交問題、尖閣諸島問題への対応、憲法改正、TPP、乱高下する株価、もろもろの経済対策について、最前線の話が聞けると期待していた。
 しかし、ゲストの講演内容は、民主党の妨害で審議が前に進まないとか、官邸に幽霊が出るとか出ないとか。湖北地域向けに原発問題には触れたものの、自民党が国策としてどう対処するのか、具体的な話は聞けずじまい。
 国政をあずかる与党議員として有権者に伝えるべき訴えは他になかったのだろうか。単なる懇親会ならまだしも、国政報告というのなら、出席者のために、もう少し緊張感のある話題があってもよかったのではないか。そう感じて会場を後にした。

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2013年06月06日

南洲翁と腰抜け政治家

 野中なるつまらぬ一昔前の政治家が何を血迷ったか、のこのこと中国参りをし、こともあろうにロッキード疑獄で有罪判決の田中角栄元首相を持ち出して尖閣問題は棚上げだった、とうそぶいた。
 死人に口なしだが、その死人の口を借りて、中国のご機嫌をうかがうという奴隷根性が情けない。
 中国に尾っぽを振ってお参りするのは、彼だけではない。かつて、自民党の幹事長をした加藤紘一だの、古賀誠。現役の政治家では悪名高い小沢一郎(生活)、それに元総理の鳩山由紀夫。
 かつては北朝鮮参りで物議を醸した金丸信自民副総裁の例もあり、先方にうまくおだてられて、国益を損ない、その都度、中国や北朝鮮の宣伝に利用されてきた。
 そういう腰抜けともいうべき、あるいは国賊ともいうべき政治家を思うたびに、頭にひらめくのは明治維新の最大の功労者・西郷隆盛である。
 彼は征韓論に敗れて下野し、西南戦争で明治10年、自刃したが、ときに49歳だった。
 波乱の人生だったが、ただ一筋に徳川政権を倒して天皇親政の維新(革命)を目指した。
 いまの政治家に西郷の爪の垢でも煎じて飲ませたいのは、次の有名な言葉である。
 「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」。
 これは「南洲翁遺訓」にある彼の崇高な哲学である。西郷は坂本龍馬、高杉晋作、大久保利通、木戸孝充らと国事に奔走し、新政府軍の江戸城攻撃を前に、幕府の海軍大臣・勝海舟と会談し、江戸城の無血開城に成功した。江戸を死と灰の町から救済した決断はまさに命がけだった。彼は新政府の参与、参議、陸軍大将となったが、決して地位や名誉にこだわることなく、彼の理想とする儒教の王道楽土のの建設を夢みた。
 明治の初め、韓国との外交交渉が行き詰まり、韓国側の非礼が国論を沸かしたとき、強硬派がいらだった。そのとき彼は日本を代表して、韓国に談判すべきことを提案した。政府の要人たちは、それは無謀であり、西郷に危害があっては一大事であると反対したが、「いのちがけで国家のためにご奉公する」と自説を引っ込めなかった。結局、西郷案は取り上げられず、憤然として彼は政府の要職をすべて辞任して薩摩へ帰った。
 いまの政治家は票と利権に目のくらむいわゆる「政治屋」になり下がって、国家のため、国民のためにといった祟高な精神を忘れてしまった。
 参議院選の公約にしろ、国民に口当たりの良い絵に描いた餅である。常に本音でものが言えず、自己のスタンス、政治主張をあいまいにした保身姿勢が嘆かわしい(敬称略)。【押谷盛利】

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2013年06月05日

中国の歓心買う過去の人(見聞録)

 中国が一方的に領有権を主張し奪取をもくろむ沖縄県・尖閣諸島について、政治の第一線を退いた人物が中国を喜ばせる発言をしている。
 元官房長官・野中広務氏のことだ。3日、北京での記者会見で、田中角栄元総理から直接聞いた話として、「日中国交正常化の際、尖閣諸島の問題を棚上げするという共通認識が日中間にあった」と発言。同日に行われた中国共産党の要人との会談でも、同様の話を持ち出したことを打ち明け、「私はそれを言うために(中国に)行ったのだから、発言の撤回などしません」と語った。
 もちろん日本政府は「尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題はそもそも存在しない。棚上げすべき問題もない」と否定し、菅義偉官房長官は「もう現職の国会議員でもないし、自民党も離れている」と、野中氏の発言を突き放している。岸田文雄外相も「わが国の外交記録を見る限り、そうした事実はない」と否定している。
 さて、野中氏の「棚上げ」発言の前日の2日、シンガポールで行われたアジア安全保障会議の席上、中国人民解放軍の副総参謀長が尖閣諸島を巡る問題について「当面解決できない場合は棚上げすべきだ」と発言している。
 南シナ海の大部分の領有権を主張し、武力を背景にした示威活動を行う中国に対し、東南アジア諸国で危機感が高まり、日米と連携した対中戦略が進みつつあることへの危機感から生まれた懐柔発言と受け止めることができる。
 この副総参謀長の発言に呼応するように野中氏がわざわざ北京で「棚上げ」発言を行い、そしてその翌日の4日には中国外務省の副報道局長が記者会見で「(棚上げは)歴史の事実だ。日本側の昨年からの行動はこの共通認識に背いており、これが現在の緊張の根本的な原因だ」と語り、野中氏の意見に耳を傾けるよう日本に求めた。
 振り返ると今年1月には鳩山由紀夫元首相が北京で中国要人と会談し、尖閣諸島が日中間の係争地との認識を示し、「棚上げ」すべきと訴えた。
 第一線を退いた政治家がわざわざ北京に赴き、中国当局の歓心を買う発言をすることに「国賊」との批判もあろうが、言論の自由が許されている日本では、中国のように政治犯として逮捕される心配はない。
 そもそも、中国が「棚上げ」を主張するのは、尖閣諸島をめぐる領土問題が存在することを日本に認めさせたいからだ。この発言にまんまとのせられて「棚上げしましょう」と応じれば、領土問題を認めることになり、近い将来、中国が強気の姿勢に出ることは容易に想像できる。ゆえに日本政府がこれに応じることは万に一つもない。
 「うそも100回言えば真実になる」は共産主義国や独裁国家のプロパガンダの手法だが、残念ながら中国国内では尖閣諸島はすでに領土問題になってしまっている。そして野中氏や鳩山氏のメッセージが今後、活用されることだろう。

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2013年06月04日

日本の政治家の腰抜け

 ぼくは5月16日の時評で、いわゆる従軍慰安婦は、事実に反し、ねつ造されたものである、と書き、日本には慰安婦なる言葉すら存在しなかった、と書いた。
 それを証明するため、手元にある昭和14年発行の国語辞書「言苑」を持ち出したが、さらに念のため、昭和53年発行の清水書院の国語辞典を調べた。
 「いあん・慰安」、人の心を慰めること、なぐさめ、と説明しており、「慰安婦」なる言葉は出てこない。
 ぼくは今、評論家・黄文雄氏の「韓国人に教えたい日本と韓国の本当の歴史」(徳間書店発行)を読んでいるが、読み進むうちに日本のマスコミや政治家は本当に日本を愛しているのか、と、疑問を持つと同時に、はらわたが煮え返るほど腹が立つ。
 著者の黄氏は1938年台湾生まれ。1964年来日、早大卒、明大大学院修士課程了。その著書「中国の没落」が大反響を呼び、台湾ペンクラブ賞受賞。日本、中国、韓国など東アジア情勢を文明史の視点から分析し、高く評価されている。著書に「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」「日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまでに違うのか」「日本人が絶対に理解できない中国人と韓国人」「中学生に教えたい日本と中国の本当の歴史」ほか多数。
 さて、「日本と韓国の本当の歴史」にはどんなことが述べられているのか。
 ▽朝鮮を中国から独立させたのは日本だった▽日韓併合は朝鮮人たちが自ら望んだ▽日韓併合時代に朝鮮半島の人口は倍増した▽破産寸前の朝鮮を近代化したのは日本▽従軍慰安婦問題、朝鮮人の強制連行は完全なウソ▽戦後から現在まで、日本の莫大な支援が韓国を支えている、など詳しく分かりやすく史実に基づき書いている。
 このなかで、今、日本で話題になっている「従軍慰安婦の強制連行」は、朝日新聞の捏造である、と次のように論じている。
 慰安婦の強制連行という嘘が通った原因は吉田清治という元軍人が1983年に出版した「私の戦争犯罪」で、済州島において200人以上の朝鮮人女性を無理矢理トラックに乗せて慰安所に送りこんだと記述し、これを朝日新聞などの左翼メディアや進歩的文化人が大々的に取り上げたため、韓国との間で政治問題となった。
 ところが、これに疑問を持った秦郁彦拓大教授(当時)や済州島の地元紙・済州新聞の記者が現地調査をしても裏付ける証拠がなく、完全なるウソであることが判明した。
 後に吉田清治氏自身も著書がフィクションであることを認めたが、それでも朝日新聞はあたかも事実であるかのように繰り返し報じたため、日韓で大きな問題となり、1993年、当時の河野洋平官房長官が「河野談話」として強制連行を認めてしまった。
 2012年11月30日、衆院選前の党首討論で、朝日の記者が「河野談話」の見直しについて質問したところ、安倍氏は「慰安婦問題は朝日新聞の誤報によって、吉田清治という詐欺師のような男がつくった本が、まるで事実かのように日本中に伝わってしまった」と明言している。
 また2013年3月8日の衆議院予算委員会で、日本維新の会の中山成彬氏が「従軍慰安婦の強制連行は朝日新聞の捏造である」と発言している。これについて、朝日は反論するどころか、報じることさえしていない、と論評しているが、日本の政治家は維新を除けば腰抜けばかりだと、ぼくは思っている。【押谷盛利】

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2013年06月03日

トルコのデモを考える(見聞録)

 2020年のオリンピック招致を目指し東京などと争っているトルコ・イスタンブールでは5月末から反政権デモが相次ぎ、1日には各地に波及した。2日までに全国で235件のデモがあり、1700人以上が拘束された。
 きっかけは、イスタンブール中心部の再開発計画に対する抗議運動だった。警官隊が催涙ガスや放水車などで鎮圧を図り、反発した市民と衝突して一気に拡大した。ビルが破壊され、道路は封鎖。地下鉄もストップするなど、都市機能が麻痺している。
 再開発への抗議運動が反政権デモに拡大した背景は、エルドアン政権が推進するイスラム化への抵抗と見る向きもある。
 トルコは国民のほとんどがイスラム教徒ながら、世俗主義を貫くことを憲法に明記した珍しい国だ。世俗主義というのは、政教分離を徹底的に追求したもので、公の場に宗教を持ち込むことは許されず、例えば議会や国立大学などでイスラム教徒の女性がスカーフをかぶることさえ禁止している。
 過剰なまでの脱イスラムの政治を進めてきたトルコは、イスラム圏の数少ない民主主義国として欧米の投資を招き、経済発展に恵まれてきた。
 しかし、近年、貧富の格差が顕著になるにつれ、「弱者救済」というイスラム教の道徳が見直されるようになり、ちょうど2年前に行われた総選挙でもイスラムの伝統を尊重した民主主義を掲げる現政権が国民の安定した支持を集めた。
 そして、目下、徐々にではあるが国政が世俗主義からイスラム主義へと変化しつつある。
 目新しい変化では、5月下旬に国会がアルコール類の販売や飲酒場所を規制する新法を可決した。モスクや学校の近くでアルコール類を販売することを禁止し、アルコール飲料会社のイベント後援、映画での飲酒奨励の場面などは認めないものだ。
 イスラム教では飲酒をご法度としているが、世俗化されたトルコでは敬虔な教徒が守っているに過ぎない。この新法はイスラム化への序章として世俗派の警戒感を呼び起こし、今度のデモの背景にもなったのではないかと推測する。
 ただ、トルコが世俗主義を貫いてこられたのも、世俗派が軍を支配し、イスラム勢力の台頭を許さなかったという裏事情もある。しかし、今の軍はその影響力を失っている。
 さて、2010年以降、北アフリカや中東の国々で独裁政権が革命によって倒れ、民主主義が産声を上げようとしているが、我々欧米に感化された国々が思い描くような民主主義がイスラム教の国々に定着すると考えるのは楽観的だろう。欧米押し付けの政治ではなく、イスラム教の弱者救済の教えと民主主義を折り合わせた、イスラム圏独自の政治スタイルの構築こそ、あの地域の政治的安定をもたらすのではないか。
 そのヒントが今後、世俗主義からイスラム主義へ移行するであろうトルコに秘められている。今度のデモは変化に対する摩擦であり、エルドアン政権が選挙で国民の支持を得ている以上は、その変化が緩やかに進んでいくことだろう。その先にイスラム圏独自の民主主義が見えてくるような気がする。

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2013年06月01日

趣味亡き老人は痴呆に

 年寄りは趣味を持たねば早く呆けますよ、と耳の痛い話を友人から聞いた。
 彼女は買い取りの高級老人ホームに住んでいるが、まるでマンション感覚で、生活のすべてが合理的にケアされ、自由気ままに老後を楽しんでいる。食事は食堂でも自分の部屋でも随意である。図書館もあれば、医務室もあり、医師と看護師が24時間の待機姿勢。入居者のなかに幾つかのグループ別の趣味の会を組織し、一人で幾つものグループに顔を連ねることも、勝手に外出することもすべて自由で、病気になれば入院も介護も、ホスピス利用も可能である。
 最初に高額の分譲資金は要るが、後は毎月の生活費と共同管理費の支払いだけで、さよならするときは、あの世へ旅立つときで、それを機会に部屋の所有利用権は消滅する。
 ところで、趣味のグループだが、文学、手芸、音楽、カラオケ、マージャン、華道、茶道、多種多様だが、なかには、いくら誘っても部屋に籠もって、みんなとふれあうことをしない人があるらしい。
 そういう人にきまって痴呆になってゆく、と、これは友人の生活体験からくる裏話である。そんな話を聞くと、あらためて、ぼくの無趣味が気になる。
 よく、ぼくは知人や仲間から聞かれることがある。「あんた、マージャンやるの」、「ゴルフは」、「競馬は」、「パチンコは」、などと聞かれるたびに、恥ずかしい思いを秘めながら「ぼくはかけごとはやらないんだ」と、いっかどの優等生ぶりを口にするのだが、本音をいえば、能力がないからできないだけのことである。
 ぼくは人には「趣味がなければ呆けるぞ」、とえらそうなことを言うが、恥ずかしながら、ぼく自身は無趣味のアンポンタンなのだ。正直に告白すれば、少年期、青年期、学生時代を通じて仕事と学習に追われて映画を見る時間すらなかった。
 学生寮にいたころ、マージャンに誘われたが、宿題や予習に追われて、断わる始末。日曜日に映画館へゆくこともなかった。朝から洗濯をしたり、ときには甲子園へ高校野球を見にゆくこともあったが、夏場は友人と海水浴にゆくくらいが、楽しみだった。
 なぜかパチンコは必ず負けるので、若いころ、ぜったいにやらないぞ、と心に誓ったほどで、その延長か、競馬、競輪などにも手を出さず仕舞いだった。
 皮肉なもので、ぼくの娘(直美)婿がスポーツ新聞の競馬担当の名記者だった。「蔵内」のペンネームで予想記事や解説をしていたから、馬のことはよく聞いていたが、馬券を買う趣味には無縁だった。
 滋賀夕刊には年に何回か、何泊もしながら東北方面へ渓流釣りを楽しむB君がいるが、ぼくは少年のころ、古里の草野川で泳いだけれども、鮎釣りや岩魚釣りの趣味にも縁が無かった。
 ぼくが映画を見たのは戦争中は「愛染かつら」、戦後は「君の名は」くらいで、流行歌は音痴もいいとこで、ぼくの最も弱い部分となった。
 呆けてはならじと、必死の思いで短歌や俳句をやっているが、呆け封じのクスリがあれば、買わねばなるまい、と思うこのごろである。【押谷盛利】

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