滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2013年05月31日

水道週間を前に(見聞録)

 あす6月1日から7日までは水道週間。水道水への理解を深めるため、1959年から毎年、全国で啓発事業が行われ、湖北地域でも浄水場の見学会などが開かれている。
 水道の歴史は意外に古い。世界最古とされるのは、紀元前312年に建設されたローマのアッピア水道。全長16㌔で地下に鉛管を埋め、遠方から清潔な水をローマ市内に導いた。主に公共水槽や公衆浴場などに利用された。もちろん蛇口などはなく、水は出っ放しだった。古代ローマの水道は、水道橋という形で今も残っている。
 日本では16世紀、戦国武将・北条氏康の小田原城主時代に整備したのが最古とされる。近くを流れる川から飲用水として引かれたが、現代の水道とは異なり、水路のようなものだった。
 湖北地域では江戸時代末期に整備された高月町西野の「西野水道」が知られるが、これは飲用水の水道ではなく、余呉川の氾濫から村と田畑を守るため、西野恵荘の音頭で村人が掘った250㍍の排水用トンネルのこと。
 ただ、江戸時代の西野には西野水道のほかに、上水道が整備されていた。集落の北側の標高270㍍の山からの湧き水をいったん神社の池に集め、竹を組み合わせた配管で集落全体に配水していたという。このことは、元高月町議長の郷土史家・成田迪夫氏の「西野水道と農民」(サンライズ出版)に詳しい。
 また、現代のように浄水したうえで配水するシステムは19世紀のスコットランドで行われた。きれいな水が大量に必要な繊維工場の経営者が、汚れた川から引いた水を砂に通して浄化する方法を編み出した。現代でもこの方式は「緩速ろ過」として採用されている。
 日本では明治時代、病気の予防の面から安全な飲み水を求める声が高まったことを受け、同20年、横浜の相模川を水源に緩速ろ過方式で水をつくる日本最初の水道が整備された。
 今は日本中のどこにいても、蛇口をひねれば水が簡単に手に入るが、海外に目を向けると、清潔な水が得られずに命を落とす子どもが多いことに気付かされる。
 WHO(世界保健機構)などのレポートによると、2008年時点で、上水道や井戸などの安全な水を利用できない人口は世界全体で約8億8400万人にのぼり、うち4億8000万人がアジア、3億3000万人がサハラ以南のアフリカで暮らしている。このほか、約26億人が下水道などの基本的な衛生施設を利用できない状況にある。
 安全な水が飲めず、下水施設もない国や地域では体力の弱い子どもが病気にさらされ、年間約180万人の子どもが下痢で死亡している。また、水くみが子どもの仕事として定着している国もあり、そのために学校に通えない子どももいる。
 そういう後進国の実態を知るにあたり、水道のありがたさと、その維持や管理に尽力している関係者に感謝したい。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月30日

一筆啓上の高齢者の嘆き

 「一筆啓上」の書き出しで、愛読者と名乗るAさんからお手紙をいただいた。
 Aさんは昭和4年生まれと書いておられるから84歳の高齢であるが、文章は難しい言葉を連ねながらも生き生きと活気のある持論を展開され、教えられるところが多かった。
 ぼくの時評については、歴史や伝統を尊重し、郷土の文化を発信している点、価値観はすべて共有できると評価し、さらなる大胆な切り口で所論を展開せよ、との嬉しいエールが込められていた。
 Aさんは「冠婚葬祭」など一昔前の生活慣習や社会的風土について触れられ、今の世は「無縁社会」から老人の「漂流社会」へとおかしく変わってしまった、と、嘆き節を聞かせて下さった。
 人間は寄りつつ、もたれつつの地縁、血縁が自然に成り立つ環境で発展してきたが、その一つに、ご先祖のまつりごと、すなわち法事が大きな役割を果たした。血縁者はみんな「よばれ」の招待で、平素疎遠の親類が里帰りして、また隣人も加わり、時には勝手元で手伝いをしたり、みんなが親近感を深めた。
 今は、折角の仏事の縁を絶ち、「隣は何をする人ぞ」から「隣のことはかまわない」。法事も葬送も家族。レジャーに金を使っても葬祭の出費は無駄…という風潮が、かつての地域共存の友好社会を消失させてしまった。
 そんな古い話を持ち出したり、昔気分でいると自分自身が孤立する、と、家族は耳をかさないが、この価値観の断層の因はだれの責任か、こんな時世を許してきたわれわれの責任は大きい、とAさんは歯ぎしりの思いをのべられているが、全く同感である。
 冠婚葬祭に限らず、言葉の使い方にしろ、食事のエチケットにしろ、路上や電車内での振る舞いにしても、これでも文明国かと思われるほど恥ずかしい行為を見かけるが、まるで野良犬である。
 食べ物のぜいたくは物不足時代を知るものにとっては罰が当たるのでは、と思うくらいだが、道を歩きながらものを食ったり、ソフトクリームをなめなめしている姿は珍しくないし、電車の中で化粧したり、床に座り込んでおしゃべりしたり、品もなければプライドも無い。
 健康な家庭のしつけと学校教育の徳目の欠陥が問われる世でもある。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月29日

家庭菜園と過ごす梅雨(見聞録)

 初めてチャレンジした家庭菜園。トマト、キュウリ、ナスビ、ジャガイモ、トウモロコシ、スイカと欲張ってあれこれと小さな畑に植え込んだ。苗は驚くべきスピードで、ぐんぐんと背を伸ばし、植物が生きていることを実感させる。
 庭に植えたトマトの苗は、早くも小さな実を付け出した。支柱の長さが足りず、慌てて追加した。ジャガイモは種芋を植えたまま、手入れをせずに放置していたところ、密集して森のようになり、ご近所さんに笑われているかも知れない。キュウリの苗は風雨にさらされて一度全滅し、二度目の苗はビニールで囲って保護している。
 雑草の勢いも恐ろしく、続々と生えてくる。その種類も豊富で、きれいな花を咲かせそうな草まであるが、寛容は禁物、容赦なくむしり取っている。ただ、抜いても抜いても、1週間も経てば、また元のように繁っている。家庭菜園は雑草との終わりなき戦いだと気付かされた。
 その戦い方について、ベテランは「マルチ」と呼ばれる黒いシートや、ワラ、籾殻などを畑に被せることで太陽光が土壌に届くのをさえぎり、雑草の繁殖を抑制するそうだ。初心者の小生は知りもしないテクニックだ。
 湖北地方はきのうから梅雨入り。雨の恵みを受ける野菜たちの成長が楽しみだが、雑草たちもますます勢いづく。
 近所の田んぼではカエルが合唱し、今を謳歌している。間もなくオタマジャクシやカブトエビ、その他の水生生物が姿を見せ、生き物のゆりかごとしての水田が、生命力に満ち溢れることだろう。
 湖北地域の梅雨は、同じ県内でも湖南地域とは比べようもないほど、雨が多い。太陽を目にする機会も少なく、じめじめと、そして蒸し暑い。だが、節電のためにも、そう簡単にエアコンのスイッチには手を伸ばせない。
 これまで、あまり湖北の梅雨を好きになれないでいたが、植物の生命力に見とれ、そして来る日も来る日も雑草と格闘しながら、夏の収穫を待つのも面白いかもしれない。自然と共に季節を歩む楽しさが家庭菜園に隠されているようだ。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月28日

日本叩きと韓国の政治

 韓国の新聞や政治家、言論人は機会あるごとに日本叩きに熱を上げている。日本を叩けば韓国が発展し、この国の人民が幸せになるとでも思っているのだろうか。
 20日付の韓国の大手紙・中央日報は「広島、長崎への原爆投下は神の罰だった」と、とんでないコラムを載せて物議をかもしている。
 日本政府は大使館を通じて抗議したが、国会や各政党、日韓友好団体、市民運動家などもこぞって抗議し毅然として言うべきことを言わねばならぬ。
 原爆の被害を受けたのは歴史上日本が初めてであり、その残酷さに世界の良心が、原爆許すまじの合い言葉を生んだ。そして国連の核拡散防止協定につながった。
 広島、長崎の原爆では日本人のみならず、韓国人の中にも犠牲者が出たが、韓国紙は、何を血迷ったのか神罰が当たった、と論評した。
 韓国は日本の敗戦で独立し、李承晩大統領以来、歴代大統領は反日を国是のように口にしたが、実際の日韓両国民は経済、文化、観光を通じて仲の良い隣国としてつき合ってきた。李承晩時代は、日本語を敵国語として禁じ、日本の映画、音楽、漢字を追放した。
 そういう暗い極端な時代の中にあっても、日本人と韓国人の心は通じ、人も物も経済の交流も活発だった。
 1950年、韓国への北朝鮮軍侵攻により朝鮮戦争が始まったが、米軍と国連軍の支援で、韓国の独立は保障された。この戦争で、日本は国連軍の基地として役立ったが、現代はどんな状況にあるのか。
 今の韓国は、静かに深く北朝鮮の影響が浸透して、共産党独裁の北朝鮮を批判する動きが影をひそめ、逆にその反動ともいうべき反日世論が強い勢いを見せている。
 竹島上陸のパフォーマンスを見せた李前大統領以上に今の朴大統領の反日はただごとではない。彼女はアメリカに飛ぶや、政府、国会、あらゆる会合や機会あるごとに、日本を不倶戴天の敵の如く悪口雑言を撒き散らしてきた。
 日米韓の同盟国のよしみを忘れた品のなさであるが、その背景は何か。韓国内の政、官、財、教、労、文、あらゆる層に深く潜っている北朝鮮工作員の影響力なのだ。北の機嫌をよしとしなければ政権は維持できぬわけで、歴代大統領は北のロボット化の道を強いられているのが真相であり、それに加えて、中国の攻勢が日米の離反、米韓の離反に影の役割を果たしていることに留意せねばなるまい。
 これらの韓国内の政治的状況は、かつて、北が武力による韓国統合を考えた時代を大きく飛躍し、今は武力統一よりも韓国政権を平和裡に懐柔し、選挙による国政レベルを利用して、南北連合政府を樹立することが戦略となった。つまりは北朝鮮による韓国無血統合である。このためには壮大な日本叩きが至上命令となった。
 国民の不平不満の声をそらすための日本叩き、反日戦略にどう対処するのか。日本の政治家の覚悟が問われる。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月27日

中国人の観光マナー(見聞録)

 エジプト・ルクソールの神殿に中国人中学生が落書きしたとして中国国内で問題となる一方、中国人の観光マナーの悪さが改めてクローズアップされている。
 落書きは神殿の壁画に自分の名を刻んだうえ「参上」と記していた。別の中国人観光客が見つけ、インターネット上に画像付きで問題提起したことで、犯人が特定された。地元紙の取材に両親が謝罪する騒動となっている。
 落書きは世界共通のマナー違反で、観光地では何も中国語に限らず、あらゆる言語が見られる。小生が大学生のころ、初めてスペインのサグラダ・ファミリア大聖堂を訪れた際、尖塔内部が落書きだらけだったのを覚えている。ほとんどがアルファベットで欧米人のマナーの悪さに衝撃を受けたものだ。
 その後、各地でハングルの落書きが目立つようになり、最近は漢字も増えてきた。もちろん日本語もある。過去には岐阜の女子短大生グループがイタリア・フィレンツェの大聖堂に落書きして大問題となった。
 ただ、中国人観光客のマナーの悪さは、所かまわずタンや唾を吐き、大小便をすることに加え、グループになれば大声で騒ぎ、周囲の迷惑を顧みないことが指摘される。長浜市内にも中国人の団体観光客が訪れているが、ホテルなどでのマナーの悪さを聞くことがある。
 過去の日本人観光客が欧米でひんしゅくを買ったように、「まだ、旅行慣れしていないから」と温かい目で見るべきかもしれないが、「郷に入っては郷に従え」の精神が決定的に欠如し、異国に中国ルールを持ち込んでしまう国民性が根本的問題と推測される。異国の文化や宗教、伝統、ルールを尊重する心が同国では醸成されていないのではないかという疑問さえある。
 異文化を尊敬しないその国民性を突き詰めると、原因は共産党の一党独裁にあるのだろう。中国共産党だけを絶対正義だと妄信させ、言論や信仰の自由を認めず、チベットやウイグル民族を迫害し続ける。
 その中国の副首相が最近、中国人観光客のマナー違反について「文明的でない行為が常々批判されている」と苦言を呈したことから、中国の「庶民」から反発の声が出ているという。というのも、世界第2位のGDPとはいえ、海外旅行を楽しめるのは党幹部、政府高官、企業幹部など富裕層に限られる。そういう富裕層が世界の観光地で評判を落としているわけだ。
 やっかみも含めて庶民から反発の声が出るのは当然の反応だし、何より、中国人の観光マナーよりも、中国政府の国際マナー違反のほうが、ずっと中国の評判を貶めているのだから。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月24日

読みきれぬ 妻の心と 円と株(見聞録)

 第一生命が23日に発表した恒例の「サラリーマン川柳コンクール」の入賞作品。応募約3万作品の中から同社があらかじめ選考した100作品について13万の全国投票で上位入賞作品を決めた。日常に起きる何気ない出来事を、ユーモアと風刺のセンスで表現した作品が並んだ。
 大賞は「いい夫婦 今じゃどうでも いい夫婦」。結婚当初の良き時代を懐かしみながらも、歳を重ねた夫婦の距離感をうまく表現している。これは1991年の大賞「いい家内 10年経ったら おっ家内」に通じるところがある。
 2位の「電話口 『何様ですか?』と 聞く新人」は、新入社員の失敗をテーマにした定番のスタイル。3位の「『辞めてやる!』 会社にいいね!と 返される」はインターネット交流サイト「Facebook」の「いいね!」ボタンを活用した旬の川柳。
 4位の「風呂にいた ムカデ叩けば つけまつげ」は今時の若い女性の化粧実態をあらわしている。若い女性はつけまつ毛が「標準装備」となっているが、いざ武装解除したときに男子を幻滅させないか、と余計なお世話ながらも昭和生まれは心配してしまう。ただ、「スッピンで プールに入り 子が迷子」が6位入賞することを考えると、今の母親世代も厚化粧ということがうかがえる。
 安月給をぼやくサラリーマン定番の川柳「ダルビッシュ 一球だけで 我が月給」は5位入賞。「すぐキレる 妻よ見習え LED」(8位)も、家庭事情を新製品や新技術を交えて紹介するうまい作品。
 入賞を逃した作品でも「党名を 覚える前に 投票日」(13位)などは昨年末の衆院選を前にした政党の離合集散を思い出させる。
 今年の大賞は今の時代を反映するような作品ではないが、過去の大賞からはその時代の世相を反映する秀逸作品がある。「ボディコンを 無理して着たら ボンレスハム」(1989年)は当時のディスコブームを、「仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い」(2008年)は民主党が春を謳歌していたころの話。
 今の世相にぴったりなのは58位の「読みきれぬ 妻の心と 円と株」だろう。自民党が政権を奪還して以来、上昇気流に乗っていた株価が23日、突如として急降下。ITバブル以来の下げ幅に投資家たちは青ざめた。きょう24日は一転反発してぐんぐん上昇しているが、妻の機嫌も投資家の気持ちも一晩でコロリと変わる。資本主義経済とは何とも危ういものだ。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月23日

みんなの党と渡辺批判

 みんなの党の渡辺代表が日本維新の会とは協力しない、と宣言した。
 ぼくは寂しくも悲しい決断だと、日本の明日の政治のマイナスを憂慮する。
 渡辺代表は自民党を出たときから信念と勇気のある政治家だとぼくは評価していたが、今度の件で、がっかりした。彼の気持ちが那辺にあるかは知るよしもないが、少なくとも高い視野と政策を持つ政治家としては見損ねた感じである。
 7月の参院選は後2カ月に迫った。来月は東京都の都議選である。維新とみんなの党は、都議選では第1党。参議院選でも野党第1党を盟約して選挙協力を結んだ。
 昨年暮れの衆議院選では、協力が今一つだったが、もし最初から双方が冷静に効果的戦術で候補の調整と選挙協力を実施していたら現状よりさらに多くの戦力を確保できたはず。
 みんなの党と維新を支持する層はほぼ似通っている。官僚独善の政治を排する公務員改革、天下り反対、政府系の金食い虫の外郭団体の整理、地方分権、教育刷新、憲法改正、日本の独立と自衛、国会の一院制、首相公選など似た政策が目につく。
 政党は政策を実現するのが使命であり、その政策実現の一番手っ取り早い道は政権を取ることである。かつて、戦後初めて社会党内閣(片山哲内閣)が生まれたとき、当時の社会党は左派と右派が論争ばかりをして、結局、短命に終わった。その後、社会党は右、左の分裂と統一、再分裂の歴史を繰り返したが、右派の巨頭・西尾末広氏(片山内閣の官房長官)は、「ネズミをとらぬ猫は猫ではない」との名言を残した。つまり政権をとらねば政党の値打ちはないと喝破した。
 橋下発言をめぐり、マスメディアの過剰反応が燃えさかるなか、一番親しい友党であるみんなの党が、せっかくまとまった参院選などの選挙協力をパーにしてしまったのは、党のエゴイズムというよりも国民の期待とファンの声に水を掛ける行為といえよう。
 政権へ一歩近づくためには参院選の協力による多数派の実現が最大の課題である。橋下発言は維新の政策の間違いや失敗に関するものではない。むしろいわれなき慰安婦や過去の戦争の自虐史に対する日本民族の矜恃に関するものであり、友党が困っているとき、他の批判勢力に塩を送るような離縁話を持ち出すことは、渡辺代表の政治家としての信用を落とす以外のなにものでもない。
 喜ぶのはだれか、民主党であり、公明党であり、自民党である。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月22日

凧揚げと、いかのぼり(見聞録)

 東近江市(旧八日市)で26日、300年以上もの歴史を誇る伝統行事「大凧まつり」が開かれる。
 地域の男子出生を祝って、5月の節句の時期に鯉のぼりと同じように揚げたのが起源だそうだ。各村が大きさを競い合って揚げるうちに凧がどんどん大きくなり、明治15年には240畳敷もの大凧になった。
 現在は5月の最終日曜に、100畳サイズの大凧を揚げるイベントとして定着し、国の無形民俗文化財にもなっている。
 さて、この大凧だが、もともとは「紙鳶」と呼ばれていたそうだ。きょう22日の京都新聞が凧の呼び名を特集している。同市に伝わる1858年の扇には100畳敷の大凧の絵が描かれ「大紙鳶之図」と記され、74年の大凧揚げを描いた絵や版画にも「大いかの図」と記されている。
 凧は中国発祥とされ、中国の凧は昆虫、鳥などの動物、竜や鳳凰といった伝説の生き物などを表現している。その凧が日本に伝来したのは平安時代とされる。
 凧の飛行を安定させるため、細長い尻尾をいくつも取り付ける。これがイカやタコを連想させることから、いつしか関西では「いかのぼり」の呼称が定着した。八日市でも明治初期までは「紙鳶」や「紙烏賊」との記述しか登場していない。しかし、明治中期以降、関東地方の「タコ」という呼び名が関西に流入し、イカの呼称は絶滅に追いやられた。
 さて、海外では凧をどのように表現しているのか。京都新聞の特集記事によると、英語の「カイト」はトビ、フランス語の「セーフボラン」はクワガタムシ、ドイツ語は龍、ベトナム語は鳥、スペイン語は彗星、ポルトガル語はオウムが由来になっているといい、いずれも空を飛ぶもの。
 日本は凧の姿形からタコとイカを連想したわけだが、そこに海外との感性の違いがみてとれる。
 凧を題材した物語に、大泥棒が大風の日に凧に乗って名古屋城の天守閣に舞い降り、金の鯱の鱗を盗む話がある。これは美濃一帯を荒らしていた泥棒・柿木金助が名古屋城の土蔵を荒らしたことに由来し、後に芝居となったとき、大凧を使った犯行に脚色された。凧で人を空に浮かべるのは荒唐無稽な話だが、凧の原理を応用したスポーツ「カイトサーフィン」は琵琶湖で時々見かける。パラグライダーに似た「カイト」(凧)で風を受け、ボードで水面を滑るが、風と波に合わせてジャンプすると何10㍍も飛行することも。
 小生の子どものころは、冬休みの定番の遊びは凧揚げだった。テレビでは「電線のない場所で遊んでください」「電線に引っかかったら電力会社に連絡を」などと注意を呼びかけるコマーシャルが盛んに流れていた。豆粒くらいに小さくなるまで高く揚げて、糸を巻き取るのに苦労した記憶があるが、今では子ども達の凧揚げを見かけることはほとんどなく、凧揚げをしたことのない子どもも多いことだろう。東近江大凧祭りでは100畳敷の凧のほか、全国各地の個性あふれる凧揚げ、凧作りなどがあり、子どもに凧を見せる良い機会となるかも。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月21日

病人と餓鬼の国か日本

 テレビを眺めていると、今の日本は病人だらけであり、腹ペコの餓鬼がうろうろしているように見える。
 なぜ、そんなことが言えるのか。日本は世界でも屈指の長寿国であり、外食産業は花盛りで、各企業は残飯の処理に困るほどお客の食べ物残しが問題になっている。
 これって、病人だらけどころか、みんな元気で、貧困どころか、王者のようなぜいたくをしているのではないか。そう反問する人が多いし、ぼくもそれを否定しない。
 では、テレビはウソをついているのか。テレビの報道やコマーシャルは写真付きなので、訴える力というか、影響力は大きい。
 われわれは、テレビに向かうとき、どんな態度で自らを正しくコントロールすべきであるか。静かに、しっかり、用心深く、かりそめにもテレビの奥で笑っている仕掛人に乗せられてはならぬ。
 ぼくが病人だらけと思いがちなのは、あけても暮れても病気の説明やクスリ、これに関係する肥満や治療現場の姿である。
 要するに、あなたは危険だ、心配だ、と検診をすすめるのだから、半ば脅しであり、健康でしゃんしゃんしている多数の声や姿は出さない。
 これって、病院やクスリの宣伝であり、その宣伝や情報が毎日、毎晩繰り返されるから、うっかりすると、日本人はみんな病人なのかと錯覚するのだ。
 ぼくは、日本人は腹ペコで、飢えているとは決して思わない。
 昔の飢餓時の国民は食うものがなくなって、木の根や蛇やネズミまで食ったが、それもなくなって土まで食べたという話を聞くが、鴨長明は方丈記に、京の都では何万人という人が餓死して、鴨川の水は死臭でぷんぷんだと書いている。
 いまの日本では餓死者が出るの、食べ物がない、だのと言えば、頭がおかしいのでは、と思われる。
 ところがである。テレビを見ていると、次から次へと食べ物の番組やコマーシャルがあって、その都度、有名人やタレントが踊らされて「ああ、うまい」と声を上げながら料理を口にかきこんでいるではないか。
 そればかりでなはい。大都市も田舎もイベントばかりであり、参加者に、ただで食わせます、飲ませます、とサービスにこれつとめるのは、国民がみんな貧しくて腹を空かしていると思っているのか。決してそうではないが、食べ物で釣ると、魚のようによく釣れるからと消費者のさもしい心を商売に利用しているだけである。まあ、ひどいものである。
 こころみに、長浜の黒壁あたりの観光客を眺めるがよい。とくに若いものが目立つが、妙齢の美女、美男が何やら食べ物を持って、むしゃむしゃ食べながら、あるいはなめながら、飲みながら歩いているではないか。そういう客ばかりがお目当てか、やたら多いのが食べもの関係の店である。
 その姿を見ると、3日ほどものを食っていない餓鬼どもか、と疑うほどである。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月20日

ナシ婚、コト消費、キス&ライド(見聞録)

 毎朝、朝刊各紙を見るたび、新しい言葉に出会い、感心し、驚いたりする。最近出会った言葉は「ナシ婚」「コト消費」、そして「キス&ライド」。読者の皆さんは、それぞれの意味を知っているだろうか?
 きょう20日の読売は「ナシ婚より割安婚でしょ」との見出しで、今どきの結婚式事情を特集していた。「ナシ婚」は、結婚式や披露宴を行わないで結婚することを指す。決して少数派ではなく、厚生労働省と経済産業省の統計(2005年)によると、この年の婚姻は71万4265件、挙式・披露宴の件数は35万1055件だった。半数のカップルが「ナシ婚」という計算となる。
 ナシ婚の理由は「おめでた婚」に加え、経済的事情が大きい。一般的な式や披露宴は総費用が300万円、400万円とかかるうえ、昨今の不安定な就労事情から貯蓄が乏しい若者が多く、式を敬遠する傾向にある。
 結婚業界ではカップルの経済的事情に配慮して、総額を200万円程度に抑える「スマ婚」に力を入れている。「スマ婚」は費用が「スマート」な結婚式を指し、仏滅や平日などホテルの閑散日を利用することで、割安に済ませられる。
 「コト消費」という言葉も、今の時代にぴったりの造語だ。何かを購入し所有することに価値観を見出すのではなく、その商品による体験性などに価値を感じる消費を指す。
 若者の自動車離れが指摘されているが、「モノ消費」世代は車を所有すること、そして大きな車や高級車に憧れたのに対し、「コト消費」世代は、車を購入することで何ができるかを考える。ゆえに費用対効果の視点から車にお金をかけず、車を所有しないという選択肢もある。
 コト消費には、物販を主軸にしている小売業界も注目している。イオンは2013年、大型ショッピングセンターで大幅なテナントの入れ替えを行い、ショッピングより、施設内で過ごすことに楽しみを感じる店舗構成とする。子どもの遊び場、飲食スペースを広げ、料理教室や音楽教室を増やすといい、消費者の価値観の変化に応える。
 そして「キス&ライド」という言葉。16日の長浜市議会産業建設常任委員会で配布されたJR長浜駅周辺の再開発の資料に、「西口をキス&ライドも可能な場所に」と記されていた。
 「パーク&ライド」は自宅から車で最寄りの駅(バス停)まで行き、鉄道(バス)など公共交通機関を利用することを指すが、その言葉に似ていて、妻や夫に自家用車で駅まで送ってもらい、電車に乗ることを指す。別れ際、配偶者にキスをすることから、この造語が誕生したが、キスが挨拶代わりとなっている欧米発であることは言うまでもない。
 なお、駅東には「マルシェ」(市場)構想もある。日本の地方駅にマッチした表現かは別問題として、長浜駅周辺開発に夢のあるエッセンスを加えている。
 これら新しい言葉が続々と登場するのは、我々の価値観や、社会の仕組みが日々変化していることの裏付けともいえるが、我々、新聞発行に携わる人間としては、新語、造語をなるべく既存の日本語に置き換え、分かりやすい表現を心がけたい。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月18日

女郎衆と傾城、風俗の話

 旧約聖書「創世記」にある神が創造した人類の始祖「アダム」、その妻「イブ」が神の命にそむいて禁断の木の実を食べ、エデンの園から追放された話は男女間のいわく言い難き性域神話として有名である。 
 日本では古事記に「イザナギの神」と「イザナミの神」が愛しあって国づくりをした神話が面白くおかしく記述されているが、洋の東西を問わず、昔々の大昔から男女の問題は歴史に、歌に、物語に連綿と後世に、その不可思議な一体感を残している。
 逆に言えば、男だけでは人間といえず、女だけでも人間ではない。人間は男と女の一体的存在として地球上に花を咲かせている、とぼくは思っている。
 古い話だが、ぼくの古里では男は15歳になると青年団に入会する。新入りのぼくらが先輩の話を聞いていると、しばしば「おやま買い」の話が出る。後に分かったことだが、「おやま」は「女形」と書き、歌舞伎のおんながただが、上方では遊女のことをこう言った。
 遊女は娼妓とも女郎ともいった。昭和33年に売(買)春禁止法が成立するまでは遊廓で客をとることが公認されていた。これを公娼というが、女性の人権を無視する非人道的慣行として、明治のころから平塚らいてうらが青鞜社によって婦人参政権や公娼反対を訴えて社会運動を展開した、いわくがある。
 戦前の軍隊は、いま問題になっているような強権による慰安婦制度はなかった。これの存在を誤り伝えられた結果、日本は海外で、野蛮国として恥ずべき印象を与えているが、日本維新の会のいうように、こうした存在の根拠はない。いわゆるぬれぎぬであることを政府はしっかり内外に示さねばなるまい。
 日本軍が海外で戦っていたころは、占領地で遊女が春を売ったが、これは遊女屋(女郎屋)が金もうけのため設けたもので、その当時は農村などの貧困家庭から女性を周旋したり、奉公人のように雇用する人がいた。あとで先輩から聞いた話だが、戦地で休暇をもらって、外出するとき、必ず班長が「突撃一番」という名のコンドームを渡した。病気をうつされてはダメだよ、と念を押しながら。
 江戸時代、有名なのは吉原遊廓。浪曲で有名な「紺屋・高尾」は紺屋の小僧が高尾太夫に惚れ込んで目的を達した話だが、ぼくの若いころは酒の席で「三島女郎衆はお化粧が長い」の戯れ歌が流行した。
 女郎のことを傾城という。その出典が面白い。古代中国の「漢書」外戚伝にある言葉で、「北方に佳人あり。…一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾く」とある。絶世の美女に狂って身を崩し、家を傾け、国を亡ぼすのたとえだが、この傾城は近松門左衛門などの脚本で歌舞伎にとりあげられ、長浜曳山まつりの子供歌舞伎にも出てくる。
 日本の公娼制がなくなってから今年で55年になるが、あちら叩けば、こちらにひょいと、とくに大都市では巧妙な手口の裏口淫売もあり、天下御免では「風俗産業」が盛んである。
 日本維新の橋下氏が沖縄の米軍のえらいさんに「風俗を有効に使え」と言ったとか、どうか、その真意は沖縄の婦女子の安全を願っての愛国の心だが、こんなことをずけずけ、アメリカに言える男は日本には彼をおいてほかにはない。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月17日

不便?贅沢?湖北の交通網(見聞録)

 先日、市内の男性からJR北陸本線の不便さについて、「多額の税金をつぎ込んでJR西日本の北陸本線直流化に協力したのに、以前より不便になった。JRにも長浜市にも要望したが効果がない。何か妙案がないか」と、お電話を頂いた。
 男性の指摘にうなずく市民は少なくないだろう。2006年、県や沿線自治体が74億円余りを投じて実現した北陸本線直流化は湖北地域、特に長浜駅利用者にとってはメリットが小さかった。
 直流化は北陸本線の長浜—敦賀間の電流方式を「交流」から、関西圏と同じ「直流」にすることで、関西圏からの列車がそのまま長浜以北の敦賀まで乗り入れられる、という事業だった。
 当時、地元は琵琶湖環状線構想が実現したと大喜びだったが、蓋を開けてみると、湖北地域の運行ダイヤは充実しているとは言えず、運行本数の少なさ、車両数の少なさ、米原駅での連結待ち時間、敦賀駅での接続の悪さなど、不便さばかりが目立っている。少なくとも従来から長浜駅で南向きの電車を利用している市民にとって何の恩恵もなかった。
 多額の税金を投入した直流化事業はJRの商売上手とも言えるし、ダイヤ充実の誓紙を交わさなかった自治体側の手落ちとも言える。
 県や長浜市、米原市で組織する「鉄道を活かした湖北地域振興協議会」は毎年、JR西日本に数々の要望を伝えているが、実現は難しい。昨秋は、▽長浜以北の2両編成車両を4両へ増やすこと▽夜間の下り列車の増便▽米原駅発着電車の長浜駅への延伸—など最重点要望9項目、▽駅の利便性向上▽SL北びわこ号の運行日程の早期公表—など重点要望9項目を求めた。
 しかし、今春のダイヤ改正を見る限り、JR西日本は「ゼロ回答」だった。
 JR西日本は公共交通を担う社会的責務を負うとはいえ、ボランティア団体ではないから、地元が要望するようにダイヤを充実させるには、鉄道利用者の増加を見込める必要がある。だが、地元にしてみればダイヤが充実していない鉄道は不便でしかない。
 鉄道利用者を増やしてダイヤを充実させるのか、それともダイヤを充実させて鉄道利用者を増やすのか、鶏と卵のジレンマである。
 別の角度で考えたい。湖北地域にはJR線が14駅あり、新幹線駅まである。また、国道8号線、21号線、365号線という幹線道路が走り、北陸自動車道、名神高速道路もある。4年後には小谷城インターチェンジが完成する。たかだか16万人の湖北地域がこれほどの交通網に恵まれているのは、ある意味、贅沢ではないだろうか。
 それにしても直流化事業に費やした74億円は高い授業料だった。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月16日

橋下発言に百家争鳴

 日本維新の会の橋下徹共同代表の「慰安婦発言」がマスコミ界を駆けめぐっている。
 大阪府知事、大阪市長、日本維新のリーダー。ここ数年の日本の新聞、テレビに彼ほど話題を投じた人は歴代の首相以外にはない。
 逆に言えば、ここ数年の日本の政治は彼を軸にして活性化したともいえるのではないか。
 彼の投じた一石が日本の政治に大波小波を起こしたというこの生々しい現実は、彼が100年に一度出るか出ないかの類いまれなる英雄であることを証明している。
 彼の存在は維新の飛躍と発展につながっているが、彼の存在を煙たく思っている政治勢力やその破天荒なる上昇気運を危惧する組織は、マスコミをも含めて機会あれば橋下叩きに溜飲を下げたいと思っている。
 とき、あたかも参議院選を間近に、橋下叩きの絶好のチャンスがやってきた。さきごろ行われた兵庫県下の2市長選で維新候補の敗れたことをきっかけに、賞味期限近しと嬉しそうにはやすものがいるが、今の日本の政党で、橋下代表ほどの見識と大胆な政治活動を展開するリーダーは見当たらない。
 今の政界にうようよしているのは多くは政治屋であって、国家の将来を見据えた政治家は極めて少ない。
 慰安婦問題だって、彼は戦場を前提とする本音を言ったまでで、多くの政治家はおびえたり、おもねったり、表面の建て前論に終止して、慰安婦存在の本質に踏みこむことをしない。
 明確にいえば、どこの国にせよ、軍隊と軍備がなく、戦争がなければ慰安婦などありようもない。そもそも「慰安婦」という言葉自体が反日用語として出発している点を指摘しておく。
 15日付の読売、政治版はQ&Aで、「従軍慰安婦問題とは」で、次のように記している。
 1992年1月に、朝日新聞が「日本軍が慰安所の設置や従軍慰安婦の募集を監督、統制していた」と報じたことがきっかけで、政治問題化した。特に主として「朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」と事実関係を誤って報じた部分があり、韓国の反発をあおった、と指摘。読売はさらに、この問題は研究者によって信ぴょう性が否定され、政府は慰安婦の強制連行について「直接示す記述はない」と明確に否定している、と説明。
 朝日が慰安婦問題の火付け役であることがこれで分かるが、その朝日の報道と相まって、韓国に強烈な反日運動が燃え広がり、靖国と慰安婦を外交の2大カードに使っているのは、日本の国益にとって心外なばかりでなく、こうした「ぬれぎぬ」を、公器を使ってあおっている朝日の意図が分からない。
 もともと日本には、慰安婦という言葉すらなかった。ぼくの持っている昭和14年発行の国語辞書「言苑」には「いあん・慰安(名)慰めて心を案ずること。慰安会(慰安のために開く会合)」と説明しているだけで、慰安婦なる言葉は出てこない。
 今、高齢の80歳代以上の男性で軍隊生活を経験している人はみんな知っていることだが、慰安婦や慰安所なる言葉は聞いたことも使ったこともないはずだ。日本をおとしめる言葉が一人歩きして、韓国の反日に利用されている愚を確かと考えたい。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月15日

世界の軍事費173兆円(見聞録)

 スウェーデンのシンクタンク「ストックホルム国際平和研究所」が4月に発表した世界各国の軍事費に関する報告書によると、2012年の世界全体の軍事費は前年比0・5%減の173兆円で、1998年以来、初めて減少に転じた。
 アメリカ、西欧諸国、オーストラリア、カナダ、日本が欧州債務危機やアフガニスタン紛争からの撤退などで軍事費を削減した一方で、アジアや東欧諸国、中東、北アフリカ、南アメリカの国々が増やしたため、微減となった。
 軍事費がもっとも多いのはアメリカの67兆円。世界中で費やされる軍事費の約4割を占めている。2位は中国の16兆円、3位はロシアの8・9兆円、4位と5位は5・9兆円でほぼ横並びとなったイギリスと日本だった。世界5位の日本だが、GDP比ではアメリカやロシアの4・4%に対し、1・0%と上位15カ国で最も比率が小さい。これは過去の戦争の反省からアジア諸国に配慮して「1%枠」をとってきたためだ。
 欧米諸国が軒並み軍事費を削減する中、中国が7・8%増、ロシアが16%増とし、軍拡一直線だ。
 地域別ではベトナムやインドネシアの軍事費増大でアジア・オセアニア地域が3・3%増、北アフリカが7・8%増、中東はオマーン、サウジアラビアが伸びて8・5%増となった。
 南アメリカはパラグアイ、ベネズエラが40%を超える伸び率を記録するなど全体で4・2%増だった。
 憲法で「戦力の不保持」を掲げながら世界5位の軍事費を計上する日本の矛盾はさておき、この報告書からうかがえるのは、裕福な欧米諸国から新興地域へと軍事費のバランスがシフトし始めていることだ。軍事バランスの変化が世界の秩序にどのような作用をもたらすのかは、軍拡を背景にした中国の覇権主義の露骨化が示すところである。
 きょう15日の京都新聞の「読者の声」欄に、中学生が「紛争やめ教育に予算を」と投稿しているのが気になった。中学生は年間軍事費の3・5日分もあれば世界中の子どもが学校に通うことができる、と訴えている。
 教育環境の整備が遅れている途上国の子どもたち全員に教育を受けさせるには、年間3兆5000億円が必要とされる。このうち1兆9000億円は途上国政府が教育予算を増やして出すことができるが、残りの1兆6000億円は先進国の援助が不可欠だ。年間軍事費のわずか1%を教育に回すだけで、世界中の子どもが学校に通える計算だ。
 しかし、世界の国々は年間173兆円を戦争の材料に費やす愚行を止められない。人類の未熟さなのか、性なのか。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月14日

亡き母への尽きぬ思い出

 母の日を迎えると、おれは母のため、どんな息子だったのだろうか、と、後悔の思いがよみがえる。
 ぼくに限らないが、戦前の母はろくに教育もうけられず、幼少のころから家の犠牲になって家計を助け、嫁入りすれば、その家の労働者として朝から晩まで働きづくめ、その間に家の裏方として炊事、洗濯、子育てにかかりきりで、今のように余暇を楽しんだり、一家あげて旅行するようなゆとりはなかった。
 伝統的な家族制度のしきたりの中で、姑に仕え、おいしいものは子に食わせ、父のワンマンに抵抗するでなく、あけても暮れても子のため、家のために汗を流した。
 もちろん、母の日のような母を大切にする生活習慣もなかったし、母が本当にいのちの洗濯をする日は正月の女正月に里帰りして実の母に甘えるときくらいだった。
 ぼくの母は生家が落ちぶれていたため、5歳のころから他家の子守りにやらされた。そんな生い立ちだったから学校へはやらされず、自分で勉強して平仮名とカタカナだけは書けた。
 姑は、ぼくにとっては祖母だが、彼女は母をよく言わなかった、母の名を呼んだ記憶はないが、それでも正月の餅つきや冬の味噌つき、祭りのご馳走つくりなどは仲よくともに精を出した。
 母は夜の明けぬころから糸取りの賃仕事に励むのが年間のきまりだったから、朝の食事の段取りは祖母の役だった。
 父は春と秋の山行きの他は一年中、行商で他県へ出向いていたため、家のきりもりは母の責任で、やんちゃ盛りのぼくは女の子や下級生を泣かせて、その都度、詫び役を母がしてくれた。母は内職のかたわら、畑仕事をこなし、山の斜面を開墾して、大根や蕪をつくったりもした。
 ぼくの母は決して人の悪口を言うことがなく、家が貧乏でもそれの不満を聞かすことはなかった。
 ぼくが大阪の定時制高校の夏休みに家へ帰るとぼくの好きな冷やしそうめんをバケツに一杯用意してくれた。休暇を終わって大阪へ発つときも常と変わらず、洗濯物などをまとめてくれて「体を大事に」と一声言うくらいだった。
 ぼくが、召集令状で軍隊へ入るときも泣いたり、めそめそすることはなかった。高校時代や大学時代にフトンやカバーの汚れたのを洗濯のため送ったが、今考えれば恥ずかしいことながら母は何一つ言わなかった。戦後の一時期、社会運動で母に心配をかけたが、母は何も言わなかった。
 晩年の母へのたった一つの孝養は着物を新調して善光寺詣りなどの団体旅行に行かせたくらいで、毎月のご馳走や小遣いなどもっと張り込んでおけばよかった、と反省することしきりである。
 「寝込んだらおむつの世話だけは頼んだよ」と常に言っていたが、それが5日のわずらいで長浜病院で亡くなり、子孝行をしてくれたのが有り難かった。
 今はただ、仏壇の前で「ありがとう、今日も元気で暮らさせて頂いて」と合掌するのみの母である。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月13日

母に優しい欧州、日本は?(見聞録)

 きのう12日は、母親の日ごろの苦労をいたわり、感謝を表す「母の日」だった。各家庭では家事を交代したり、手料理を作ったり、花や好物をプレゼントするなど、母や妻に感謝の意を示したことだろう。
 母の日に合わせ、国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」が「母に優しい国ランキング」を発表している。▽妊産婦死亡の生涯リスク▽5歳未満児の死亡率▽公教育の在籍年数▽国民1人当たりの所得▽女性議員の割合—を総合的に勘案し、対象176カ国をランク付けしたもの
 上位5カ国はフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、オランダと、ヨーロッパの国々が占めた。母親と子どもの健康、教育環境、経済的、政治的立場などで高得点を得ている。
 日本は31位だった。女性議員の比率が北欧の約4割に対し、日本は1割程度に過ぎないのが原因。これはランキング下位のアフリカと同様の割合だそうだ。洋の東西に歴史的、文化的背景に違いはあるが、先進国でありながら政治分野で欧米諸国に遅れを取っている点は、改善すべき社会構造だろう。
 一方、ワースト5はコンゴ、ソマリア、シエラレオネ、マリ、ニジェールとアフリカの国々が入っている。内戦や国内の不安定化、武装勢力による女性襲撃に加え、劣悪な出産・育児環境で子どもの7人に1人が5歳の誕生日を迎えることなく死亡している。また、コンゴでは母親の3割が出産に伴って死亡している。
 下位の国々では「母の日」どころか、女性の人権すら無視されていることがランキングからも分かるが、同じ地球上で同じ時間を過ごしながら、国や地域によっては、これほどの差があることを改めて知っておきたい。
 さて、きのう12日、警視庁は「振り込め詐欺」に代わる新たな名称を発表した。その名も「母さん助けて詐欺」。今後、「振り込め詐欺」の呼称と合わせてキャンペーンを展開するという。
 電話で息子を騙り母親に助けを求める詐欺は「オレオレ詐欺」と表現されているが、詐欺の手口が年金保険料の還付金、ギャンブル必勝法、株投資など複雑化したため「振り込め詐欺」という呼称が定着していた。
 最近は金融機関を通さず、手渡しで現金を受け取る手口が増えたことから、名称と犯罪の実態が合っていないとして警視庁が新名称を募集していた。
 これを機に、我が子の窮地を救おうとする母親をだまし、母性をあざ笑う卑劣漢に鉄槌が下され、撲滅されることを願いたいし、いつまでも「母に優しい国」でありたいものだ。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月10日

妊娠・出産と自然の摂理(見聞録)

 5月5日の「子どもの日」に合わせて、滋賀県の統計資料で子どもの数を調べていたところ、不思議な点を見つけた。出生児の男女比が1対1でなく、女児に比べ男児が5〜6%ほど多いということだ。
 例えば、2011年、県内で生まれた男児は6863人、女児は6475人で、男児が6%程多い。同年の全国統計は男児53万8271人、女児51万2535人で、こちらも男児が5%程多い。過去の出生児の男女比を計算しても5〜6%程、男児が多い。
 男女は正確に1対1の割合で生まれるものだと思い込んでいたため、意外な衝撃を受けたと同時に、男子は生まれながらにして20人に1人は確率上、結婚相手にめぐり合えない計算となり、何とも言えない気持ちにさせられた。
 なぜ、男女に差が生まれるのだろうか。染色体の着床率の差など諸説あるが、生命の神秘ゆえ、明確な回答はない。
 世界的な統計でもおおむね男女比は105対100だが、人為的介入で出生比に歪みが生じている国も多々ある。特に深刻なのは人口大国の中国とインドだ。
 中国の場合は「一人っ子政策」の下、夫婦が働き手である男児を希望し、男女の産み分けが横行。女児100人に対し男児が118人になるという。目下、男余り、嫁不足が深刻化し、若い女性をさらって売買する犯罪も多発している。
 男尊女卑の性差別が深刻なインドも女児100人に対し男児112人という深刻さで、一妻多夫や性犯罪の温床となっている。
 両国とも出産前の性別診断で多くの胎児(女児)が中絶により殺されているから、これほど歪な比率となるが、その実態は闇に隠されている。
 さて、日本では男女の生み分けではないが、4月から出生前診断が行われている。妊婦の血液でダウン症など胎児の染色体異常を調べる診断で、開始から1カ月で441人が診断を受けた。検査結果が出た257人のうち、「異常あり」の陽性反応は9人(3・5%)。うちダウン症は6人だった。受診者は30〜47歳で平均38・5歳だった。
 個人の意思が尊重され、「結婚適齢期」なる言葉が通じない現代社会だが、「出産適齢期」は個人の意思とは関係なく20代から30代前半に限られる。35歳を超えると「高齢出産」と呼ばれ、不妊率が上昇するとともに、母子ともにリスクが発生する。
 高齢出産を理由に出生前診断に行列ができるのは、今の社会構造が自然の摂理から脱線しているといえる。
 しかし、結婚し、子どもを産み、育てるという、何百年、何千年も前から脈々と続く人間の営みが、なぜ、ここ20年、30年で急速に歪み始めたのか。
 そこを突き詰めないと、「女性手帳」では効果は望めない。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月09日

96条と安倍氏の背番号

 5月7日付の時評「阪神戦と長嶋、ゴジラ」の後段部分、国民栄誉賞の式後の始球式におけるアンパイア安倍総理の背景号についてどえらいチョンボを犯して読者からお叱りを受けた。老骨に鞭打つも耄碌度し難しというところか。慙愧に堪えず、訂正して、ご指摘頂いた多くの読者にお礼申し上げる。
 ぼくは何を勘違いしたのか、安倍総理の背番号を69と書いたが、これは96の間違いで、われながら恥ずかしいミステイクだった。
 あらためて、当日を振り返ると、5日、東京ドームで、巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄氏(77)と元巨人の4番打者で、米大リーグ・ヤンキースなどで活躍、09年のワールドシリーズで、日本人初のMVPを獲得した松井秀喜氏(38)の国民栄誉賞の表彰式が行われた。
 式後の始球式で、松井氏が投手、長嶋氏が打者、捕手が原監督、アンパイアを安倍首相が務めた。
 問題は安倍総理の背番号96。おりしも憲法改正問題で、96条の改正が参院選の前哨戦の如くマスメディアを賑わせていた。
 アベノミクスで、円安、株高の登り龍を地でゆく安倍人気は、プロ球界にまであやかっての不思議な好運に恵まれた、と、ぼくは微苦笑して、安倍さんに拍手を送った。
 新聞記者が、背番号96は、憲法改正を意識してのトリックか、と質問するや安倍さんはにっこり笑って、「私が96番目の総理なんです」。
 これで背番号96の種あかしはできたが、あと2カ月に迫る参議院選は、憲法改正96条が争点となることは必至で、すでに与野党入り乱れて、かんかん・がくがくの花盛りである。
 さて、問題の96条は何なのか。これは憲法改正の発議に関わる条文で、いわば改正の手続きが規定されている。念のため第96条をそのまま記載しておく。
 第96条「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する」。
 以上でわかる通り、96条は改正をするための手続きを規定したもので、分かりやすくいえば、各議院(衆参両院)の3分の2以上の賛成を得た後、国民投票で過半数の賛成が必要だというのが現憲法の96条なのだ。
 この96条の3分の2以上の賛成は厳しすぎるので、これを過半数の賛成でOKとするように改正しようとするのが現在の改憲派の目的で、その他の条文については次の段階にゆだねられる。いずれにしても日本の独立、安全、平和が問われている現在、われらが憲法は一体どうなっているのか、これでよいのか、よくないのか、大いに学習し、議論し、国民の権利と義務を認識する必要があろう。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月08日

日本は今を、韓国は歴史を見る(見聞録)

 日本の非営利団体「言論NPO」と韓国のシンクタンク「東アジア研究院」が7日に発表した世論調査の結果は、日韓両国民の相手国に対するイメージの相違が分かりやすい。
 調査は3月から4月にかけ18歳以上の両国民それぞれ約1000人を対象に実施した。
 韓国にマイナスの印象を持つ日本人は37%にとどまっている一方、日本にマイナスの印象を持っている韓国人は77%に達している。
 マイナスイメージへの分析が興味深い。韓国人は「独島問題があるから」が85%、「侵略した歴史について正しく反省していないから」が77%を占めており、領土をめぐる紛争と歴史認識問題を挙げる人が圧倒的に多い。一方、日本人は「歴史問題などで日本を批判するから」の56%が最多で、「竹島をめぐり対立が続いているから」が50%。このほか、「韓国人の言動が感情的だから」(25%)、「スポーツに政治問題を持ち込んでくるから」(23%)、「韓国人の愛国的な行動や考え方が理解できないから」(21%)など、韓国人の言動にマイナスイメージを抱いている回答が合計で7割に迫る点も見逃せない。
 日韓のイメージ格差は相手国への認識差からうかがえる。日本人が知っている韓国の歴史的事件やニュースは「女性大統領の誕生」「ソウル五輪」「日韓ワールドカップ」など近年の出来事だが、韓国人は「壬辰倭乱(文禄・慶長の役)」「広島・長崎への原爆投下」「太平洋戦争」「韓日強制併合」と戦前、戦中の出来事が占めた。
 韓国人は歴史的背景から日本を分析し、日本人は韓国の現在を見ていることが分かる。
 ただ、互いにそう毛嫌いしている訳ではなさそう。相手国に「行きたい」と回答した日本人は48%、韓国人は58%と、両国民の約半数が相手国への訪問に興味を示している。民間交流の重要性についても日韓とも75%が「重要」と回答。「文化面での民間交流」「留学生の受け入れ」「メディア間の交流」「民間企業間での人材交流」「学者・研究者間の交流」などを挙げている。
 そもそも隣国というのは過去の戦争や領土問題を抱えているため、世界中のどの地域でも「仲が悪い」のが相場となっている。過去のヨーロッパでも戦争は数知れない。
 未来志向の日韓友好のためには「隣国同士は仲が悪い」との一般論を前提に、国民間の直接交流を活発化し、互いの国民性を知る必要がある。
 日韓は極東における民主主義・資本主義の先進国であり、共産党による一党独裁国家で軍拡まっしぐらの中国が覇権主義を露骨化させている今、両国の関係悪化は極東における国際バランスを崩しかねない。言論NPOの調査結果が日韓友好の糧となることを願いたい。

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月07日

阪神戦と長嶋、ゴジラ

 5月5日は端午の節句。へんぽんとして、青空に泳ぐ鯉のぼり、そして柏餅。
 めでたい5月の連休も振り返れば一瞬の夢である。
 早くから計画を立てて海外へ出た人はともかく、国内の観光地は、行きも帰りも車の列と人の洪水で、レストランは満員御礼、ホテルはシャットアウト。まるで疲れをためるための旅行といえる。
 疲れ果てて帰るのはまだいい。運の悪い人は車の事故に会って長時間、車内に閉じ込められたり、なかにはケガする人、事故死の犠牲者も出た。
 ぼくは偏屈かもしれないが、人の出る連休は出ないことを信条としている。毎年、古里の山めぐりをして、山菜採りを楽しむが、だんだん足の鈍みを感じるようになり、今年は近くの持ち山で竹の子掘りを楽しんだ。それも自分一人ではなく、娘夫婦や孫たちを連れての山遊び。今年の冬は例年より雪の少ないせいか、早く出た竹の子は猪に掘り起こされていた。
 山道の両袖にはどうだんつつじがすでに咲き終わり、紫つつじも終わっていた。しかし、山のみどりがまぶしいばかりに新鮮で、ときどき聞こえる鳥の声が嬉しい。
 山の中腹から見る琵琶湖のひかり、真っ白く空を映した田んぼは水が張られているのだろう。早いところは田植えがすすんでいる様子。
 疲れもほどほどに、家へ帰ると好きな阪神タイガースが、今年は意外に善戦して、それがまた日ごろのストレスを癒やしてくれる。
 ヤクルト対阪神戦、とられては取り返しの面白いゲームは、新井良、新井貴のアベックホームランで最高の醍醐味を見せてくれた。新人離れの藤浪は4勝目こそ逃したが、負け投手にならぬところが強運といえよう。
 その阪神ファンを腹底から堪能させたのは6日夜の巨人戦だった。
 投手の能見が完投したばかりか、劇的なホームランを飛ばした。このところテレビは長嶋、松井の国民栄誉賞を華麗に報じたが、人間の上り坂はどこにひそんでいるか分からない。映えの授与式における安倍総理の始球式風景がほほえましい。ピッチャー・松井ゴジラ、キャッチャー・原巨人監督、打者・長嶋、アンパイア・安倍総理。その背番号は96。問題の憲法改正発議に必要な憲法96条改正が当面の課題だが、その96が偶然にも首相の背番号。
 しかし、事実はそんな深慮遠謀ではなく、首相が96代目だからこうなった。何とも楽しいお笑いの一劇だった。
 それにしても往年のミスター巨人、あこがれの名三塁手も、病気は悲しい。闘病中とはいえ、いかにも痛々しいすぎて、正視がはばかれた。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月02日

不妊治療と公費の助成

 赤ちゃんを欲しいが生まれない。このため不妊治療をするが、国は治療費を公費で助成する。高齢化社会で老人の介護施設や老人ホームへの需要は募るばかりだが、これにも国の補助が先立つ。赤ちゃんが生まれたら子ども手当も出さねばならぬ。
 限りなく税金を取り立てるわけにもゆかないから、足りない分は国債という借金をせねばならぬ。福祉ばかりではない。教育費もお上が知らんぷりをすることができない。大学の補助金や研究奨励金のほか、教科書の給付などもある。
 古いトンネルや河川、道路は大改修しないと危険だ、ということで国土交通省の予算は爆発する。
 やれ、経済の立て直しだ、やれ、国防だ、外交だ、国民の健康を守るには医者とクスリだ、きれいな空気と水、食品については環境浄化を、と、まくし立てると、国や府県の台所は、なんぼカネがあっても足りっこない。
 考えてみれば、いまの民主政治は「たかり」の構図かもしれない。あれもしろ、これもしろ、となんでもかんでもお上へ要求する。
 いま問題になっているケースに不妊治療の助成がある。子を欲しいばかりに、不妊治療を受ける人が多くなり、平成16年からその治療費を公費で助成することになった。現在、国と自治体が2分の1ずつ負担しているが、問題はその年齢制限である。助成をもらって、せっかくがんばっても40歳以上では成果が上がらない。統計的な資料に基づいて、年齢制限をすべきである、と、厚生労働省の研究機関が助成制度の改善を国に報告したことで問題に火がついた。
 不妊治療には体外受精や顕微授精があり、年齢ごとの成功率などが、統計的にまとめられているが、素人判断でも、若い女性と30代後半、40代の女性とでは成功率に差があるのは当然で、日本では昔から、子どもは若いうちに産め、といい、高齢出産を危ぶむのが普通だった。
 今は時代の変化で「子を生む自由、生まぬ自由」などと横着なことをいうが、本来、男女は結婚して子をもうけることが喜びであり、めでたいこととされていた。「お家ご繁昌」のシンボルが赤ちゃんだったから、せいぜい若いうちに結婚して子を多くもうけることが願望だった。
 昔の人は、子は神さまからの「授かりもの」として尊んだ。お宮参りはそのお礼でもあり、3月の雛祭りや5月の端午の節句は、子の成長と幸せを祈る儀式であった。
 日本人はいつから堕落したのか。家よりも、子よりも、異性よりも「わが身お大事」。わが身の幸せ一筋を願うようになった。結婚で、自由を束縛され、子育てに青春を犠牲にするのはまっぴらとばかり、晩婚社会を形成してしまった。これでは少子化となるのは当たり前で、30歳すぎてから何人も産むことは困難であり、産む能力はあっても受胎率は低くなる。自業自得で、生めなくなると、医療技術に頼るが、今度はその不妊治療を公費で助成せよ、というのだから何ともいいようのない横着というべきである。【押谷盛利】

| | トラックバック ( 0 )

2013年05月01日

富士山、世界遺産へ(見聞録)

 目下、自宅で個展を開いている京都女子大名誉教授の土田隆生さん(三ツ矢元町)は「エコロジカルアート」を通して環境問題を世界に発信してきたことで知られる。琵琶湖の砂浜に白衣の女子大生が埋まり、独特のポーズを取るパフォーマンスをご存知の方もいるだろう。▽目線を低くして琵琶湖と向き合うことで浜の汚れや小魚が跳ねる様子が分かる▽砂に埋まることによって大地の温度、質感、匂いを感じ、地球と一体化できる—。つまりは自然とのコミュニケーションを表現しているのだという。
 土田さんは海外に飛び出し、エジプトのピラミッドやフランスの西海岸の修道院モン・サン・ミッシェルでも同様のパフォーマンスを披露したが、先日の取材の折、当時の苦労話をしてくれた。2カ所とも世界遺産に登録されていることもあり、砂を掘る許可がなかなか下りず、政府高官との交渉に難儀したという。ギザのピラミッドのそばでのパフォーマンス許可を求めた際には、世界遺産の地域内であり、盗掘防止関連法で禁じられているため、砂を掘る行為が許されなかった。最終的には特別な許可が下り、パフォーマンスにこぎ着けた。
 世界遺産は、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持つ自然や歴史的建造物などと定義付けられ、その景観や環境の維持・管理に国や自治体は神経質にならざるを得ず、エジプト当局が最初、不許可としたのも自然な判断だった。
 さて、その世界遺産に新しく富士山が仲間入りすることになりそうだ。ユネスコの諮問機関が世界遺産への登録を勧告したからだ。
 国内の世界遺産は、文化遺産が▽法隆寺地域の仏教建造物▽姫路城▽古都京都の文化財▽白川郷・五箇山の合掌造り集落▽原爆ドーム▽厳島神社▽古都奈良の文化財▽日光の社寺▽琉球王国のグスク及び関連遺産群▽紀伊山地の霊場と参詣道▽石見銀山遺跡とその文化的景観▽平泉—仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群—の12件、自然遺産が▽屋久島▽白神山地▽知床▽小笠原諸島—の4件となっている。
 世界ではヨーロッパを中心に1000件に迫る数が登録されている。
 世界遺産登録には人類にとって普遍的な価値を持つ遺産を守り続けようとの願いがこめられているが、地域活性化の観光資源として見る向きが強い。ただ、安易な商業化は世界遺産の趣旨にそぐわない。例えば白川郷は観光客が大幅に増え、地域住民の生活エリアに観光客が大挙し、トラブルも発生している。合掌集落の静かな山村が、行楽シーズンには喧騒に包まれる。
 富士山の場合、夏山シーズンなどは山頂まで登山客の行列ができる程の賑わいを見せているが、世界遺産に登録されたあかつきには、さらなる混雑とごみ問題が頭を悩ませることになろう。維持費確保のため、目下、入山料の取得も検討されている。
 「世界の富士山」をどのように守ってゆくのか、世界遺産登録を機に国民の関心が高まることを願いたい。

| | トラックバック ( 0 )


しが彦根新聞
滋賀夕刊電子版
滋賀夕刊宅配版
滋賀夕刊デジタルトライアル
“新聞広告の資料請求、ご案内はこちらから"
 
長浜市
長浜市議会