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殺人事件と右脳教育論

 だれでもよいから殺したかった、と刃物で人を追いかけたり、実際に傷つけたり、殺したりする物騒な事件がよく起きる。
 たいていは、若い男の仕業だが、ほとんど動機が分からない。「むかむかしていて」、「面白くなくて」、「殺せと、神さまから命ぜられて…」などと、わけの分からぬことをほざくところをみると普通でないことが分かる。まさしく異常だが、こうした異常人格者が周辺にうろうろしていると思えば、地震ではないが何とも不安な世の中である。
 あるときは正常、別のときは異常。いつも普通で、なぜそんなことが起きたのか信じられない、という例もある。精神障害であれば警察で逮捕されても裁判で無罪になる。障害が明らかであれば治療するだろうし、入院もするが、普段が正常であれば人は疑うことをしない。今日のもろもろの不可解で物騒な事件を思うとき、潜在的精神病の人がうろうろしているのではないか、と心配が先立つ。
 人を刺すのは極端な一例だが、女性の前で局部を見せたり、電車の中でタッチしたり、スカートの中を隠し撮りするなどの破廉恥な行為も正常な精神とは言えない。
 安倍内閣が道徳教育の必要性を具体化するようだが、それも大事ではあるが、なぜこうも心の病気が広く深く社会を毒するようになったのか、その辺の考察と対策こそ急務なのではないか。
 いつおかしくなるか分からないものが免許証を持って車を運転しているわけだから、交通事故の危険を100%抱えているようなものである。
 ぼくは常に日本人のクスリ漬け生活に警鐘を鳴らしているが、これは肉体だけでなく心の健康にも言い得るわけで、日日の生活のありようの根本的改革が求められる。
 分かりやすく言えば、家庭教育、学校教育、社会教育につきるが、これらは教科書で教えるような左脳教育を指すのではない。むしろ感覚的、感応的右脳教育といっていいのではないか。
 いまの最大の心配は幼児期のありようである。親は保育園や幼稚園へ入れれば100%責任を逃れ、安心しているようだが、それが間違いの元である。子は親の背を見て育つ。家庭こそ、育ちゆく子、無から出発する子の最適、最良の心の学習場である。
 家庭で神仏に合掌する宗教的情緒、家族でおしゃべりし、食事を楽しむ社会的開眼、人と接触するためのエチケットなど、いわるゆる人間としての第一歩を感覚的、経験的に身につけるのである。なかでも大事なのは宗教的情操であり、これは生涯のバックボーンにもなり得るからである。
 学齢期になれば義務教育は当然ながら、それ以後も多くは進学する。日本のこれまでの教育は知識偏重の詰め込みに重点をおき、こころを豊かにする右脳教育を無視してきた。音楽、図画、工芸、スポーツ、趣味、自然とのふれあいなどによる情操の豊かな人間づくりを忘れている。
 社会人になってからは職場という閉鎖社会に籠もって、地域でのふれあい活動をしなくなり、生活の孤立化が進む。
 以上が生活の文明病とあいまって心の健康障害の原因となるのではないか、とぼくは思う。【押谷盛利】

2013年03月21日 16:57 |


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