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幼児期の知識欲と晩学

 赤ん坊は1歳くらいになるとだんだん母乳から離れるようになる。歩き始めると周囲の動きやものごとに興味を持ち、「あれなに、これなに」と盛んに質問する。
 知識欲といっていいのか、眼に触れるもの、耳で聞く話、なんでも納得しなくてはおさまらぬ時期がある。
 人間はこうして、幼児のころから知識を貯え、知恵を磨いていくのだが、考えれば死ぬまで脳味噌を濃くすることを運命づけられているのかもしれない。
 ゼロから出発した知識の容れ物だから、その人の遺伝子や環境、努力が成長後の人生に大きく関わっている。小学校を出ただけでも大卒以上の知能で社会的貢献した人もあるが、人はその気になれば自分の周辺のすべての動きや、あらゆる情報を教養資産として脳の倉庫に収録することができよう。
 3月は卒業期であり、就職して社会へ出る季節でもある。高校生の諸君はさらに大学へ進むものも多い。就職しようと進学しようと、平凡ながら吸収力と生命力の強い若さを自らに課して教養を深め高めることを期待したい。
 ぼくは過日、ラジオの深夜番組のトーキングの、アナウンサーとアシスタントのやりとりで、聞き馴れぬ言葉に出くわし、一瞬、わが耳を疑った。
 話は、寿命と健康をテーマにしていたが、昔は50歳か、60歳で隠居し、今のような長寿社会ではなかった。60歳ともなると、還暦といって大層な年寄りに思われた。ましてやそれ以上に生きることは大変なことだった。だから、70歳を古稀といった。
 ここまでの話はすらすらと頭に入ったが、ここからがあやしくなってきた。アナウンサーが「古稀を過ぎるとさらに長寿して「カサ寿」になるんだ」、と、語り始めたから、あれっ、カサ寿って聞いたことがないと一瞬自分の脳味噌の棚に疑問詞を投げかけてみた。そこで、ぼくは「カサ寿」は傘寿の言い間違いかと合点したが、いや、ぼくの記憶間違いで、カサ寿が正しいのかも知れない。
 ぼくは帰宅して辞書を引いたが、カサ寿は出てこない。サン寿を探せば、「傘の略字が八十と読めるところから、数え年80歳のこと、その祝い」、と説明していた。
 やれやれと思ったが。テレビでもアナウンサーの原稿の読み間違いに気づくことがある。
 この点、昔の人はいいことを言った。「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」。知ったかぶりして聞かずにいると、どこかで恥をかくという教えだから、これから進学する者や就職する人へのよい贈りものといえる。
 ただし、世の中には、「聞く耳持たない」人もいるから、こういう人には問答無用がよい。
 われわれの勉強には能力と時間の限界があり、知能のフル回転や記憶力の強さは若さと正比例するから、晩学といっても40歳までが勝負である。若ものの前途には限りない夢がある。【押谷盛利】

2013年03月19日 16:49 |


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