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原発運転から半世紀(見聞録)

 きょう11日で東日本大震災から丸2年を迎えた。戦後最悪の自然災害は死者1万6000人にのぼり、いまだ約2700人が行方不明のまま、捜索活動が続いている。
 そして31万5000人が避難生活を余儀なくされている。これは前年3月に比べ2万9000人減少しているに過ぎない。復興住宅の建設の遅れ、原発事故の影響などが大きな原因だ。
 巨大津波の直撃を受けた福島第一原発は全電源を消失し、爆発を起した。放射性物質を撒き散らし、「安全神話」が絵空事だったことを露呈させた。2年経過した今も、廃炉に向けた道筋をはっきり示すことができていない。
 4基の原発のうち、3基で燃料が溶け落ち、4基内には使用済み核燃料が残る。原子炉建屋やタービン建屋内には1日400㌧もの地下水が流入し、汚染水を生み続けている。敷地内の汚染水の置き場も残り少なく、放射性セシウムなどを除去した処理水を海に廃棄することも検討されているという。
 汚染水の処理という慢性的な課題と並行して、30年、40年とも言われる廃炉作業を進めなければならない。しかし、原子炉内は放射線量が高いため人が容易に近づくことはできず、被害の実態が分からない部分もある。内部の状況を把握するだけで何年もかかりそうだ。半世紀経っても処理が終わっていない可能性もある。
 旧ソ連のチェルノブイリ原発は事故後、コンクリートの「石棺」で覆われ、27年を経過した今も施設の解体のメドが立っていない。
 原発事故が起こるまで、我々は原発の危険性をうすうす認識しながらも、エネルギーを無尽蔵に生み出す「打出の小槌」と、その恩恵に浴してきた。
 1963年、東海村の動力試験炉で初めて発電が行われたのが、日本で最初の原子力発電だった。あれから半世紀、資源の乏しい日本の経済成長を支えてきた。
 しかし、半世紀を経過しても、使用済み核燃料の廃棄場所は決まらず、青森県の中間貯蔵施設や各原発敷地内にプールされたままだ。原発の安全性を議論する以前の問題であり、廃棄場所が決まらないまま、発電を続けていること自体、異常なことだ。▽使用済み核燃料の最終廃棄場所▽福島原発の解体・撤去▽汚染地域の解消—。これらの解決策が見い出せてこそ、原発推進の是非が問われるべきと考える。
 自然災害の前では人間は無力であり、原発を安全にコントールする術を持たず、そして後始末する術も持たない。敦賀と隣接する湖北地域にとって、福島原発事故は今も、対岸の火事ではない。

2013年03月11日 17:25 |


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