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井の中の蛙になるなかれ

 道州制に乗り遅れるな、とぼくは主張するが、それは目の前に差し迫った今日的課題というよりも5年、10年の先を見通した日本改造案といえるかもしれない。目標が道州制であるならば、今後の視点や政治の方向について、それに逆らう考えや施策は取るべきではない。
 何事も大きな枡で計らねばならぬ、というのがグローバル化の思想だが、これは国際化にも通じるし、「地球市民」なる言葉が台頭している現実を見ても後退することのない趨勢である。
 橋下大阪市長の大阪都構想は大胆ではあるが、余りにも真っ当な行政常識で、むしろ今日まで、議論の出なかったことが政治の貧困であり、これまでの政治家や政党の無能と怠慢を浮き彫りにした。
 橋下市長の大阪都構想は必ず実現するが、それはあくまでも一里塚で、次に転回する道州制こそが、地方を、そして日本を改造する玉手箱である。
 ぼくが乗り遅れてはならないというのは、この玉手箱への至近距離に身を置かなければ、時代の進運についてゆけなくなるからである。
 滋賀県は明治維新に乗り遅れた結果、多くの秀れた人材を落ちこぼれにしたり、花を咲かせなかった。江戸期の近江商人の活躍にのみ目を奪われて世界の中の日本に目を閉じてしまった。一つは、井伊藩が徳川の親藩としてその転落を防止すべく反革命的立場を固執したからである。井伊藩の役人は世界の大勢、日本の直近の政治のうねりに鈍感だった。その結果、薩摩、長州、土佐のリーダーシップによる明治維新に乗り遅れ、人材貧困県の汚名に甘んじることになった。
 最も得意分野であるはずの商業(実業)においてすら、封建的な徒弟制度から抜け得ないまま、工業化社会へのパスポートを握れず仕舞いだった。
 明治維新における滋賀県の最大のミスは教育軽視だった。琵琶湖の鮎ではないが、滋賀県に閉じ籠もる閉鎖性と排他性が日本(世界)という大海の認識を邪魔した。
 いま、滋賀の嘉田知事は、橋下大阪市長の現代版「船中八策」など改革の強風に半ば気遅れしたのか「あれは劇薬、こちらは漢方でゆく」と語ったが、古来、大改革に漢方などはなかった。きしみもあれば、痛みもあるが、それを乗り越えて、あるべき設計図、処方策にのっとり、国家国民のために汗をかくのが、本来のリーダーの覚悟であらねばならぬ。
 地球市民時代の今日、ちっぽけな海川や琵琶湖にこだわって大局を忘れたり、見落としたりすれば、明治以来、滋賀県民が国の中央に位置しながら遅れをとった不幸を平成の世に再現しかねない。これは知事のみならず、各市長、県議、市議諸公にもあえて進言する。井の中の蛙になるなかれ。
【押谷盛利】

2012年02月29日 21:23 |


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