滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



君は幸せに生きているか

 「寝て起きて食って働く繰り返しチョコも祭もアクセント」。
 これは、ぼくの最近作った短歌である。
 チョコは、バレンタインデーに贈ったりするチョコ。祭は伝統的な村祭でも、近頃流行の各種のイベントでもよい。花火大会でも盆踊りでもよい。
 要するに人生は寝て起きて、食って働くの宿命。延々と何十年同じことを繰り返しながら老化して、最後はサラバとなるが、その間には贈ったり、もらったりの儀式や友情、交際もあれば、いろんな祭や観光、イベントなんかに参加する喜び、疲れの癒し方などもある。
 これらはあってもなくても、参加してもしなくても基本的には生命に関わりはない。いうなれば人生という時間の中のアクセントにすぎない。
 アクセントが分かりにくければ、いろどりと考えてよい。いろどり豊かな人生も、そうでない灰色の人生も落ち行く先は死である。
 琵琶湖の鮎は1月、2月は氷魚といって、透き通るほどに小さく美しいが、寝て起きて食って働いている間にぐんぐん成長して夏の川を遡る。夏を過ぎて9月の風を感じるころは錆鮎といって、これまでの淡い線と白金色に、くろぐろと錆色が浮くようになる。別名「落ち鮎」のことで、力なく川を流れて鷺の餌食になったり、湖に消えてゆく。
 人間、寝て食って働くのは成人で、赤ちゃんや高齢者は働くことはしないが、体は動かす。働くは、傍の者を楽させる、と説く人もあるが、これは当節の言葉でいえば、ボランティアかもしれない。
 無償の労働は尊いが、人間は霞を食っては生きてゆけないので、働いておカネを稼ぐ。いわゆる労働がこれで、学校を出れば定年までは働くのが普通。
 「寝て起きて食って働く繰り返し どれかが狂えばさらばの玄関」。
 これもぼくの最新の短歌で、最初の歌と一対に考えれば、狂わずに喜寿、卒寿、白寿を迎えられた人は幸せである。
 日日の生活を四つに分けたその一つが何であれ、故障したり、狂いがくれば、さあ大変。あの世行きの切符をつかまされたようなもの。
 その一つ、寝られなかったら心の安定を欠き、心臓病その他を併発する。
 その二つ、起きられなかったら運動不足になり、床ずれや寝だこが出来たり、痴呆にも。
 その三つ、食えなくなれば致命的。流動物を無理に流したり、胃ろうの厄介にならねばならぬ。
 その四つ、働かねば収入がなくなるし、赤ちゃんや老人は動かなくては新陳代謝をしなくなる。
 単純な繰り返しの生命の営みであるが、人間が人間であるための輝きや喜びを添えるのが、アクセントであり、生活のいろどりである。
 しかし皮肉なことだが、人は賢明に、そして忠実に、馬力をかけて日日を営んでいるにも拘わらず、齢と共に輝きは失せ、梅干しのように萎んでゆく。この期におよんでの覚悟は?。
 さて、あなたは幸せに生きていますか。【押谷盛利】

2012年02月27日 20:50 |


過去の時評


しが彦根新聞
滋賀夕刊電子版
滋賀夕刊宅配版
滋賀夕刊デジタルトライアル
“新聞広告の資料請求、ご案内はこちらから"
 
長浜市
長浜市議会