滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



歳月人を待たずの自戒

 いよいよ明日から今年の最終盤12月に入る。
 なんだかんだといいながらも歳月は人を待たず。
 今年の正月に、人は何を誓ったか、どんな覚悟で新年を迎えたか、たいていは、けろりと忘れて、その日、その日に追われながら一つ齢を重ねてゆく。一年365日、無事、平穏、めでたし、めでたしと振り返れる人は希有な幸せ人であろうが、生き身の人間、事故もなく病むこともなく、失意にいっさい無縁という人は少ない。
 人の死は悲しいし、まして身内や恩師、友人の死は大変な精神的ショックを受ける。考えれば、生きている以上、どこかで、だれかが必ず死んでゆく。
 死亡欄を見て、90歳100歳の高齢者ならば「順番」という言葉がひそかな安堵感をもたらすが、この世は無慈悲と言うか、順番通りにはゆかない。我が子の死を逆縁というが、順番違いも一種の逆縁かもしれない。順番通りに長寿者から逝けばいたずらに嘆き悲しむこともないが、順番が狂って逆縁となれば涙のかわく間もない悲痛に身が細る。
 人はいつお迎えが来るか分からないから、案外呑気にしているが、「あなたのお迎え日は何年何月何日です」と予め知らされていれば、これは一大事である。知らぬがホトケというが、知らないから道草したりデタラメを漕いだりする。考えればそれでよいのかもしれん。いつかの時評で「あてがい」について書いたが、波乱万乗の生涯もあてがい。憎まれ、そしられ、嫌われて去るのもその人のあてがい。順風満帆の船も嵐の逆境のなかで泣く人生もあてがい。
 だが、善根が善果を生むというから、人にはやさしく、親切、健康なれば、世のため人のために汗をかく。こつこつ気張って一家の暮らしや世間に役立つ人生を送ることが出来ればまずまずのプラス人生といっていいのではないか。それにしても、長寿者が多くなったことは喜ぶべきことといわねばならぬ。ただし、これには条件がある。健康で長寿すること、これである。寝たきりや、スパゲティー状に管を体のあちこちに入れるのはご無用である。
 寿命が来ているのに無理に心臓だけを動かそうとするのは人間を実験台にしているだけで、医療費の無駄はもちろんのこと、家族にとっても幸せとはいえない。しかし、だれも好んで病床にある人はいない。病むのは嫌だけで、結局病んでしまったということだろうが、そういう先例をたくさん見てきているのだから、病まないよう、転ばなぬ先の杖を考えて普段の生活のなかで、病気にならぬ分別や養生法、健康法を学び、実践するしかない。それについて、考えることにする。
 参考になるご意見があれば小生宛へお送り下さい。【押谷盛利】

2011年11月30日 09:07 |


過去の時評


しが彦根新聞
滋賀夕刊電子版
滋賀夕刊宅配版
滋賀夕刊デジタルトライアル
“新聞広告の資料請求、ご案内はこちらから"
 
長浜市
長浜市議会