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覚悟はよいか、みなの衆

 暑さ寒さも彼岸まで、と昔の人はよい言葉を残してくれた。
 残暑に悲鳴を上げていたが、彼岸が過ぎ、台風が過ぎたとたん、急に朝夕の冷えを感じるようになった。季節の移りの正確さにはたまげるばかりで、彼岸花が枯れたと思うや金木犀が香りだした。
 これから菊、紅葉、娑婆は運動会、各種の展覧会シーズン。野や山の果実や海の魚がおいしくなり、天高く、馬肥ゆる好季というべきだが、原発や地震、台風の被災地の救援、復興を考えると、決して浮かれ気分になれない。それどころか、復興予算の何十兆円の調達や増税、円高のもたらす国内企業の不況、金融不安など数えあげれば危機感の重圧にひしゃげる思いである。
 日本の長い歴史と伝統にかんがみ、民族の団結と友愛が必ず危機を突破するであろうが、今、一番心を痛めるのは原発の可否であろう。
 歓迎は出来ないが、廃止するわけにはゆかないという肯定派と、国家と国民の存亡のため廃止しなくては、とする否定派の両論がかまびすしい。
 電力の多くを原発に頼り、電気と生活、電気と産業を念頭におけば、ストップといえないし、かといって、ずるずると現状を引きずっていれば第2の福島の心配の種が消えない。それよりも不安なのは世界的徴候ともいうべきテロであろう。
 原発テロが発生すればお手上げというほかはない。事故の未然防止は安全策の上にも安全策がとられるが、悲しいかな、窮極はすべてこれ人間が関わり、完全といえる科学的装置といえども100%信じるわけにはゆかない。
 それは原発の安全神話が、福島原発でもろくも崩れたことで立証された。そう考えれば、国民の生活や産業の維持発展にマイナス要因となろうとも思い切って原発廃止に方向を転じねばなるまい。原発に頼れば、事故が絶無でない限り、国民は生涯、さらには次の世へもその負を申し送ることになるが、それはまさに日本の末期であり、国民を奈落の底へ落としめる地獄図そのものである。否定論は勇気がいるが、学者総動員による代替エネルギーの開発と技術革新に集中すべきであろう。繁栄と幸せの背中合わせのなかで、苦しまねばならないのが刻下の国民の運命である。
 覚悟はよいか、その声を政治家も言論人も言いそびれているのではないか。【押谷盛利】

2011年10月03日 18:03 |


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