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重陽の日と一休和尚

 今日、9月9日は重陽の日。正確には陰暦の9月9日だから1カ月後のことだが、いずれにしても菊の節句で、平安時代には宮中の年中行事として菊の宴が催された。
 9と9が重なるから九九八十一となり、一休さんで知られる一休宗純は「重陽の日に九九八十一に題す」と2首の詩を作っている。一部を意訳すると、「重陽とは今日九月九日である。九九八十一はもともと人間世界のものだ。そこで思い出すのは中国の昔の詩人・陶淵明のことだ。東の垣根に咲く菊を摘んで彼の住んでいる中国の南山に供へよう」。
 一休が尊敬し傾倒していた陶淵明(365~427)は若いころ父を失い、家が貧しかったので官吏となったが41歳で辞職し、有名な「帰去来辞」の本を著した。以後自然を友とし、土を耕し、書を読み、詩を作り、琴を弾き、酒をたしなみ天命のままに日を送り、世俗を離れた詩人として余生を送った。菊を愛し、酒を好んだことで知られ、その詩には酒を詠じないものはない、とまでいわれ逸話が多い。
 その詩は平易で、淡白で、そのなかに無限の滋味がにおうといわれている。文章にも優れ「帰去来辞」や「桃花源記」は人々に親しまれた名文とされる(富士書房・世界人名事典)。
 ぼくは一休さんに魅せられて、河出書房新社から出ている「一休和尚大全(上・下巻)」を読んでいるが興味津々。読めば読むほど味が深い。この本は一休の詩や文章を編集したものだが、ほとんどが漢文調だから難解ではあるが、石井恭三氏(現代思潮社顧問)が訓読、訳文、解読しているので、その助けによって、今から500年も前の一休さんの言動や心、詩文に触れることができる。一休さんは堕落腐敗した寺院仏教を批判しつつ、81歳のとき、大徳寺の住持になるまでほとんど寺に住むことなく、行雲流水にまかせ、小庵や民家を仮の住まいとして布教した。
 自ら告白しているように酒と女性が好きで、型破りの頑固な僧であったが民衆に人気があり、多くの弟子を指導した。一休「狂雲集・雑」の中に「地獄」という詩がある。
 「三界(この世)は安らかな場所ではなく、火に包まれた家(火宅)のようなものだ。一人の目覚めた人物・瑞岩師彦はいつも、はい、といっていた」。
 瑞岩和尚は、毎日、自分に主人公と呼びかけ、自分で、はい、と返事をしては、よしよし、眼を醒ましておれよ、はい。これから人にだまされるなよ、はい。はい、と言っていたといわれる。【押谷盛利】

2011年09月09日 15:01 |


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