滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2011年04月30日

西野村民の努力とアイデア(見聞録)

 高月町西野にある「西野水道」は江戸時代末期、余呉川の氾濫から村と田畑を守るため、西野恵荘の音頭で村人が約5年の歳月をかけて山に長さ250㍍の排水用トンネルを掘って完成させた。
 幕藩体制下における民間主導の大事業として、歴史的意義が深く、県の文化財に指定されている。
 当時の村民達の偉業については、元高月町議長で郷土史家・成田迪夫氏が自費出版した「西野水道と農民」(サンライズ出版)に詳しい。
◇その著書の中で、江戸時代の西野の集落に、上水道が整備されていたという史実が紹介されている。
 集落の北側に標高270㍍の山があり、湧き水が枯れることがなかった。そこで、村人は山水をいったん池に集め、竹による配管で集落全体に配水した。
 途中、何カ所かに、直径約1㍍の「筒池」を設けて水位を確保し、ごみなどの不純物を除去したうえで、各戸の近くまで送水したという。
◇江戸時代の一集落に水道網が巡っていたことは驚きだが、それを設計したのは、長浜にゆかりの深い藤岡甚兵衛、後の藤岡和泉だった。
 藤岡和泉は元禄時代に活躍した彫刻家で、伊部町(今の元浜町)に住んでいた。知善院観音堂、宮司町の曳山「颯々館」を手がけ、その一門は長浜曳山まつりの曳山を建造し、浜仏壇を創案したことで知られる。
 なぜ、彫刻家の彼が西野の上水道設計を担当することになったのかは謎だが、成田氏は「当時、このような特殊な工事の設計者はいなかったので、あえて木造建築を手がけていた藤岡甚兵衛に依頼したのでは」と推測している。
◇重機や電気の無い時代に山を掘り抜いたり、水道を完成させたりと、西野の村民のアイデアと努力には頭が下がる。
 江戸時代には享保、天明、天保年間に大飢饉があり、農村の荒廃ぶりは、きっと悲惨を極めたはず。そんな時代を逞しく生き抜いた村民から学ぶことは多いのでは、と東日本大震災の直後だけに、強くそう思う。

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2011年04月28日

発酵と腐敗と納豆と(見聞録)

 先日、冷蔵庫にあった納豆を食べようとすると、表面に無数の白い粒。賞味期限を確認すると19日前に切れていた。「元々腐っている食品だから」と、ご飯にかけて食べたが、いつも通りの美味しさ。
 元来、腐っている納豆に、賞味期限を過ぎて腐敗するという現象は起こるのだろうか。
 納豆メーカー「タカノフーズ」(水戸市)に問い合わせたところ、賞味期限を過ぎると本来の風味が損なわれるだけで、健康に害はない、と説明してくれた。表面がドロドロしたり、アンモニア臭がきつくなっても、食べるに問題はないそうだ。
 そこで生じた疑問は、腐って美味しくなる食品と、腹痛の原因となる食品の境界は何なのか。
 「腐る」という現象は微生物が繁殖して食品の成分を分解する過程であり、分解して得られる産物が人間に有用であれば、「発酵」という呼び名で好意的に受け止められる。
 納豆のほか、アルコール、乳酸、なれ寿司などは「発酵」であり、我々の食生活に彩りを与えてくれる。
 逆に食品にカビが生え、腐臭を放っているのが「腐敗」であり、あまり出くわしたくない。
◇もう一つの疑問は「納豆」という名称。豆が腐った食べ物だから、その名称は「豆腐」であっても良いはず。
 その疑問については、タカノフーズが運営する納豆博物館(水戸市)が解説している。
 その解説によると、豆腐は古代中国、漢の時代に発明された。当時、固体でもなく液体でもないものを「腐」と呼んでいたことから、豆乳から作った白い物体を「豆腐」としたそうだ。
 一方、「納豆」の名称には諸説ある。▽お坊さんが寺の台所である納所で納豆を作って食べた▽桶や壷などの容器に入れて貯蔵したことから、「納めた豆」が縮んで「納豆」となった▽神棚に供えた煮豆にしめ縄が触れたことで、わらの納豆菌が繁殖。神様に納めた豆という意味を込めた―など。他に「わらに納めて携帯したから」という説も。
◇発酵食品は健康に良いと言われるが、腐っているだけあって、外見がグロテスクな物も少なくない。ねばねばと糸を引く納豆、つーんとした酸っぱい臭いが鼻を突くなれ寿司なんかは、外国人には「腐敗」しているとしか見えないだろう。
 そこに、美味しさが隠されているのだから、自然の作り出す食品は不思議。

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2011年04月27日

若ものの結婚と離婚

 人は通常結婚するが結婚しない人もある。最近は非婚の人が多くなった。
 結婚願望がありながらチャンスに恵まれない人もあるし、チャンスはあってもその気にならない場合もある。互いの意志によって成立するものである以上、他から奨められてもその気が起きなければことは進まない。
 その気が起きるとはどんなことか。結婚しようという気が起きることである。恋愛は結婚への早道だが、恋愛が必ずしもゴールに結びつくとは限らない。恋愛中にだんだん相手が見えてきて交際は続けるが結婚には踏み切れないというのもある。
 いわば人生のマラソン中の遊びと考えているわけ。恋愛は「あばたもえくぼ」といわれるが、長くつきあうと隠していた本性が現れることもあろうし、交際が密度を深めれば相手の陰の部分も見えてくる。
 結婚に踏み切るか、どうかを決断するには幾つかの条件をクリアーしなければならぬ。
 第1は経済の問題である。女性の場合は男性の仕事、所得が一番の気がかりであろう。その他、学歴、住宅、家族関係、健康、性格も人によっては影響する。しかし、なんといっても最大の条件は「好く」「好かぬ」の好意や愛の感情であろう。第3者が100%似合いのカップルになると、保障しても相手に対して好感度が湧かない場合や、逆に嫌悪感があれば話の途中でも冷える、したがって相手を尊敬でき、信頼でき、愛の心が高まれば成立の可能性は高い。
 近年は仲人による見合い結婚が影をひそめ、恋愛による自由結婚が主流を占めるが、ひっつくのも早いかわりに離れるのも早い。昔は離婚すれば女性は出戻りといわれ、親は顔を小さくしたが、今は大手を振ってバツ1、バツ2とまるで勲章のようなことをいう。
 簡単に別れるというのは簡単にひっついたからだが、この場合、説得力のあるのは「できちゃった婚」である。親が怒ろうと反対しようと既成事実の前にはへのカッパである。しかし、何の心の準備もなく、互いの深い理解もなく、ただ、やみくもに犬や猫のように体を触れれば赤ちゃんはできても人間としての夫婦関係がうまくゆくとは限らない。結婚はしても子を育てる苦労はしたくない。
 子を中にしての社会生活に解け込む心が芽生えなかったら動物以下の野合で、夫婦の間に隙間風が生じるのは当然である。「だからアカン」と周りが反対しても肉体先行型だから始末におえん。
 野球のピッチャーが準備運動をするように、何事も事前の準備が大事で、思いのまま、体の向くまま前後を考えずに直進すれば球は投げられるが、いい球は投げられぬ。そんな、こんなを思案するわけでもなかろうが、男にしろ、女にしろ、互いを拘束する面倒な結婚なんか、ヤーメタ、と冷めた心になるのは分らぬではない。
 「結婚は恋愛の墓場」なんてバカなことをいうが、本当は女性をさらうくらいの強い男が少なくなったのかもしれぬ。【押谷盛利】

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2011年04月26日

違和感覚えた敦賀市長選(見聞録)

 24日の日曜は統一地方選・後半戦の投票日だった。彦根市議選では27歳の若者が初当選を果たし、市議会に新しい風を吹き込んだ。一方、7期目の当選をつかんだのは80歳の女性で、若者からお年寄りまで、幅広い顔ぶれとなった。
 先週金曜、原発取材で訪れたお隣、敦賀市では市長選のまっただ中だった。原子力発電所の前でも候補がマイクを握り、作業服姿の従業員らが演説を聞いていた。
 敦賀市長選には4人が立候補したが、全員が原発との「共存」を打ち出し、違和感を覚えた。福島原発事故の直後だけに、共産党なり、反原発の市民団体なりが、「脱原発」候補を立てていると思っていたからだ。
 原発に関する4人の公約は、いずれも安全対策の強化だった。結果は現職市長が新人3人を破って5選を果たした。
 原発が林立する敦賀市の政治地勢は、我々滋賀県民には理解できないのかもしれない。
◇敦賀市の2011年度当初予算を分析すると、原発の影響力が決して無視できないことが分かる。
 一般会計の総額は269億円で、歳入の根幹となる市税収入は134億円。うち、日本原子力発電、日本原子力研究開発機構、関西電力の3者の固定資産税(土地・家屋・償却資産)は40億円にのぼり、市税収入の3割を占めている。
 このほか、国の法律に基づく電源立地地域対策交付金として11億円が歳入に。固定資産税と合わせると51億円になり、一般会計の2割が原発マネーによって支えられていることがうかがえる。
 雇用面でも原発施設や、電気、配管など関連業種に勤める市民が多く、自治体経営も、雇用も「原発ありき」だ。
 これを裏付けるように、市長選のさなかに福井新聞社が行った世論調査では、原発について「運転は止めずに安全対策を充実させる」「これまで通り運転を続ける」との原発容認意見が7割を占めた。
◇福島原発事故を教訓に、日本のエネルギー政策を一から考え直す必要があると考えるが、敦賀市長選は「原発マネー漬け」となっている自治体の方針転換の難しさを見せ付けた。
 しかし、カネにモノを言わすエネルギー政策を続ければ、いつか取り返しの付かないことになる。天災、人災を含め、未来永劫、事故の発生しない施設など有り得ないのだから。

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2011年04月25日

地震に備え怠りあるな

千里眼というのがある。遠方の出来事や将来のこと、あるいは隠れているものなどを見通す能力、またはその能力を持つ人をいう。
 千里眼どころか、明日の見えないのが人間の悲しさ。
 その日暮らしとか、行き当たりばったりというか、明日の見えない悲しさを思えばその日、その日に生き甲斐を感じるホームレスは案外気楽でいいのかもしれぬ。
 明日が見えぬからのんびり日を送っているが、もし見えたらどうであろう。「あしたは明日の風が吹く」なんて呑気なことをいっておられぬ。不安や恐怖で夜もおちおち寝ていられぬ。明日が分かるのは一年に一つ年をとることと、何年先か、何十年先かはともかく、必ず死ぬということだけである。
 死は分かっていても長寿を前提にしているのか、人は存外あわてない。親や連れ添いが亡くなれば声を上げて泣くくせに普段は大切にしない。心配をかけさせたり、腹を立てさせる。
 明日が分からないからのんびりしているものの、もともと欲の皮の厚い人間だから、いざというときに備えて保険だけは掛ける。「死んで花実が咲くものか」というくせに、死んでなんぼの生命保険を掛けるのはエンマさんへの路銀目当てかもしれぬ。
 いつ来るのか分からないのが死であるが。いざという時文無しではあの世への切符が買えぬからであろう。
 明日は見えぬ世界だから「未来」という。人間は勝手なもので、未来は現在よりもいいと決めてかかっている。いまは不幸でも未来は幸福だと半分は信じ、半分は期待する。だから未来を「夢」と名づける。夢はピンク色で、花や蝶や鳥を連想する。季節でいえば青い空、青葉若葉の5月であろう。
 いざ、というときに備えて保険を掛けるくらいなら毎日毎日を「いざ」の気持ちで大切にしては、と思うのだが、それができない。人間の横着さというが、クスリをのみながら不摂生、不健康を平気でする。
 東日本大震災で涙を流す日本人。被災地へ物心の厚い思いを送る隣人愛。自慢の出来る日本人だが、今後、いつ、どこで何が起こるやら静かに胸に手を当てたことがあるだろうか。
 地震学者の話によると日本は周囲から地震のプレートで脅やかされている。西の方からユーラシアプレート、北東から北米プレート、東から太平洋プレート、南からフィリピン海プレート。東北と関東を襲った今回の地震の後も何百回という余震が続いているが、最近、東北や新潟で震度5の揺れがあったのはこれまでの余震とは関係なく、新しいプレートの隆起、変動に伴う別の型の地震という。日本列島の大地震は近い将来必ず起きるとは専門学者の共通見解だが、学者によるとその時期はまちまちで、1年、2年の近未来から長くて10年という。
 いまから言っておく、想定外だったなどの言い訳は無用だから近い将来(明日かもしれぬ)必ず来る「いざ」に備えて対策を。
 役所も町内、個人も避難、救助、電気、ガス、水道、道路、交通、食料。点検怠りあるな。【押谷盛利】

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2011年04月22日

えらい人、途中経過の話

 河村名古屋市長と橋下大阪府知事を名指しで「どえらい政治家」なる一文を書いたが、「どえらい」はもともと河村さんが使う平民的な親しみのもてる言葉である。
 たとえばこんなふうに言っている。
 「国会議員は16年やったからわかるけど、極楽だよ。党議拘束に守られているから、賛成か反対かを頭で考えることはなく投票すればいい。しかもベルサイユ宮殿みたいな、どえらい議員宿舎に住んでいる」。
 どえらいの「ど」は文法的には「えらい」の上に付けた接頭語である。名詞や形容詞の上にくっつけて、まさにそれである、と強調する。
 「彼のストレートは球速があるから、ど真ん中に投げても打たれない」「彼はど根性があるから頼もしい」などというのがこれ。
 形容詞の場合は「どえらい人」「どあつかましい」。分かりやすく言えば、強調する意味を持つ接頭語だが、「ど」という濁音のせいもあって品が問われる。したがって、誉め言葉よりも悪しざまに使う例が多い。「どアホ」「どやくざ」「どけち」「どがか」「ど坊主」「どじらたい」「ど腑が悪い」「どうそつき」。
 「どえらい」は「偉い」を強調するのだから誉め言葉だが、ニュアンスとしては茶化したり、こっけいみを見せる味付け効果があり、日本語の表現の鷹揚さ、自由闊達、無碍の面白さというべきである。
 「えらい」は形容詞の「偉い」であり、「豪い」でもある。偉大、立派、有能、たいした、優れて、の意味で使うのが普通だが、このほかに「甚だしい」「ひどい」「予想外である」「苦しい、辛い、しんどい」の意味もある。
 「えらいこっちゃ、宿題を忘れた」「えらい目にぶつかった」「えらい災難に遇った」「病人がえらがって脂汗を出している」「えらい、よう降る」「えらい邪魔して」「えらいことまけてもらった」「えらい辛抱した」。
 偉いに関連して「威張る」ことを「えらぶる」という。「偉ぶる」と書くが、「あいつは出世したのか知らんが、えらぶって、ものも言いよらん」。
 人間は地位や名誉や金う命より大事な宝物とはき違えているが、どっこい「棺を蓋いて事定まる」という。古代の中国から来た言葉だが、棺は「ひつぎ」、俗に言う棺桶、棺箱のこと。この言葉は一般に分かりやすく、「人間の評価は棺に入って決まる」という。だから「えらい」か「えらくない」かの最後の審判、評価は死後でないと分からない。
 したがってぼくが河村市長や橋下知事を「どえらい」と言ったのは「超えらい」と大げさに感嘆しつつ、若干のユーモアを添えたわけだが、それとて途中経過の評価にすぎない。
 野球ではないが、9回の裏でひっくり返ることもあるし、政治家につきものの晩節を汚す例もあるからである。
 長浜や湖北を例にとっても「先生」としてまつられ、「えらい人」として人の上に立った人でも、大きな会社の社長でも、いつの間にやら姿を隠したり、どこでどうしているのか分からない人が過去にはあった。途中経過は大事だが、9回の裏。あの世行きの切符を手にするときが一番大事である。ぼくはそれを「後生の一大事」と解したい。【押谷盛利】

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2011年04月21日

被災地応援CMに思う(見聞録)

 東日本大震災の被災地復興を応援する数々のテレビCMが流れる中、サントリーのCMがひときわセンスが光っているのではないだろうか。
 アーティストや俳優がヘッドホンを付け、マイクに向かって坂本九の「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」を歌い上げる。
 出演者や放映時間の異なる30種類あり、登場する面々は、和田アキ子、近藤真彦、竹内結子、富司純子、檀れい、本木雅弘、小栗旬、ベッキー、堺正章、宮沢りえ、岡田将生、松田聖子、矢沢永吉、萩原健一、小雪、三浦友和、松平健、及川光博、堀北真希、榮倉奈々、トミー・リー・ジョーンズら総勢71人にのぼる。皆、ノーギャラでの参加という。
 「頑張ろう」「負けるな」と激励するわけでなし、自社製品を紹介するわけでなし、ただ、しんみりと歌い上げる点がさっぱりしている。震災や原発のニュースで沈んだ気持ちが和む。
◇「上を向いて歩こう」は1961年、「見上げてごらん夜の星を」は1963年の作品。小生の生まれる10年以上も前のことゆえ、当時の世相を知らないが、ちょうど日本は高度経済成長期の真っ只中。各家庭にテレビ、洗濯機、冷蔵庫の「三種の神器」が揃いだした頃だろうか。
 豊かな生活を目指してがむしゃらに働き、家庭では居間のテレビの前で家族の団らん―。というイメージを抱いている。
 そんな時代の歌が被災地応援CMとして流れる今の日本。家庭は三種の神器どころか、電化製品に溢れかえっている。
 リビングにはテレビ、エアコン、ホットカーペット、空気清浄機、キッチンには電子ジャー、電子レンジ、食器洗い機、電気ポット、洗面所にはドライヤー、電動歯ブラシ、風呂場には乾燥機。寝室には電気毛布に暖房機。
 福島原発事故の影響で関東、東北地方では今夏にも再び計画停電が行われる気配だが、便利だから、手間が省けるからと、電化製品に過剰に頼っている我々の生活を少しでも見直す機会としたい。

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2011年04月20日

どえらい2人の政治家

 「イギリスでは3歳の子でも英語が話せる」と聞けば一瞬驚くが、これは笑い話で当たり前のことである。
 外国人は日本へやってきて日本語の難しさにまごつくらしいが、日本の子は3歳児でも日本語を話す。これが母国語の強みである。
 学生時代はみんな英語と数学に苦しむが、苦しめば苦しむほど力がつくのであるから、傍からすぐ答えを出したり、アドバイスするのは考えもの。
 日本人だから、日本語が得意だというのは成るほどそうかもしれないが、真に日本語が上手なのか、精通しているか、といえば必ずしもそうではない。
 なさけないことに多くの国民は中世の優れた読みものや詩文を読み、理解することができない。中世どころか近世、それも大正あたりの文章ですらお手上げというのが一般である。
 明治になってから進歩的な文人によって言文一致が叫ばれ、かつ、実現しつつあったが、それでも主流は文語体で、今の人には馴染めない。
 日本文学の歴史的遺産は万葉集と源氏物語だが、専門に勉強している国語科系はともかく、一般の人はとても読めない。仮りに読めても、解釈ができない。
 昔の人が話したり、書いたりしたものが、なぜ、今のものが読めないのか、理解できないのか、3歳児でも日本語が分かるはずではないか、と反問する人がいるかもしれない。確かに親から子、子から孫へと言葉は申し送られてゆくが、その反面、社会や自然、いわゆる人間の生存環境が変化してゆくから、その変化にふさわしくものの考え方や事物の名称、言葉そのものも変化してゆく。
 小さな変化が年と共に大きく変わってゆくこともあり、何かのきっかけで流行語が生まれ、それが使われているうちに、当初の意味から変化してゆくこともあり、そういう意味では言葉は生きものである。
 名古屋市の河村たかしさんは「減税日本」を旗印に世間の話題を集めているが、市民の圧倒的支持で市長に再選され、「どえらい」河村旋風を巻き起こしている。彼が口にする「どえらい」は名古屋弁かもしれないが、ざっくばらんの庶民的ニュアンスのある言葉で、今後、日常語に広く登場するだろう。
 後世に「どえらい」がそのまま残るのか、どうかは未知数だが、日本人はびっくりするほどの成果や収穫、才能等にたまげる言葉として「どえらい」を使う。
 その段でゆくと「たまげた」や「おったまげた」は影が薄い。若い人はほとんど使わない。
 河村名古屋市長を中部の名物男というなら、橋下徹大阪府知事は関西の名物男である。大阪都構想をぶち上げて、維新党をつくり、今度の府議選では議会の過半数を獲得し、これまたどえらい人気である。市議会でも1位の多数党にのし上げたから大阪市長もその与党も浮き足立った感じであるが、この2人は、地方のチャンピオンというより、全国区並みの超人である。
 地方から中央を動かすというこれまでにない発想こそ「どえらい」にまさにぴったりの痛快な一石である。
 名古屋市の河村さんと大阪府の橋下さんが今後の活躍を通じて、政治の面以外にも言葉の変化で日本語を面白く、楽しくしてくれれば、おそらく世紀の大事業を残してくれるかもしれない。
 どえらい政治家が出たものである。がんばってちょう。【押谷盛利】

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2011年04月19日

車は凶器、再認識を(見聞録)

 新学期が始まったばかりの小学生の登校の列に12㌧のクレーン車が突っ込んだ。
 18日朝、栃木県鹿沼市で発生した交通事故は小学生6人の命を奪った。
 子ども達を襲った突然の惨劇に胸が締め付けられると同時に、日ごろから車を運転する者として、その危険性を恐ろしいまでに再認識した。
 クレーン車はセンターラインをはみ出し、反対車線の歩道の縁石を乗り越え、児童の列に突っ込んだ。ブレーキ痕はなかった。現行犯逮捕された運転手の男(26)は「居眠りしていた」と供述している。
 なぜ、朝から居眠り運転なのか。居眠りと事故に至る経緯の調べが待たれる。
◇滋賀県内の今年の交通事故(人身)は4月18日までに2453件。死者25人、負傷者3085人にのぼる。死者は昨年同時期に比べ5人多い。
 これは1日当たり22件の人身事故が発生し、28人のけが人が出ている計算で、4日に1人の割合で死亡事故が発生している。
 ただし、警察の発表する「交通事故による死者数」は事故発生から24時間以内に亡くなった場合を指し、仮に2日後、1週間後に交通事故を原因に亡くなっても死亡事故の扱いとはならない。
 したがって、実際の死者はさらに多いと推測される。
◇交通事故を起こせば、刑事、民事、行政の3つの責任を負う。
 刑事では「危険運転致死傷罪」「自動車運転過失致死傷罪」などが問われ、実刑なら刑務所行きとなる。
 民事は被害者や被害者の家族に対する賠償で、被害者が働きざかりだったり、若者だと賠償額も大きくなる。
 行政は、免許の取り消しや停止など。
◇交通事故の被害者にも加害者にもなりたくないが、車を運転している以上、加害者になる可能性があることを忘れてはならない。
 ちょっとした気の緩みが、鹿沼市のような惨劇を引き起こしかねない。ハンドルを握るときは、常に緊張感を持ち、言い古された言葉だが「車は走る凶器」と再認識したい。

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2011年04月18日

藤田元町長の死を悼む

 悲報とは読んで字の如く悲しい知らせである。
 元木之本町長・藤田市治さんの悲報を聞いた。死の知らせは訃報ともいう。生者必滅、世のならいとはいうものの友人や親しい人の訃報はショックである。
 藤田さんの場合、数日前に会ったという人があるから、長く病床にあったのではなく、心臓系の突発的病気による急死ではないか、と推測する。
 年齢は82歳であるから、どちらといえば長寿である。このごろは90歳、いやそれ以上に白寿を迎える人が多くなったから、やはり早かったな、と悲しみが湧いてくる。
 ぼくは藤田さんとは長い交友が続いている。今から40年も前、彼が若手から推されて木之本町議になったのが、彼の政治生活の第一歩だった。町議を一期務めて、昭和50年に県議に初当選し、2期8年間の実績を評価されて同59年に木之本町長になった。以来連続して5期務め難しい木之本町政を建て直し、関電の発電所計画や丹生ダムの建設などに伴う補償工事などを巧みに利用して地元の開発に画期的な利益をもたらした。
 彼の県会一期時代はぼくの県議生活と重なり、ぼくは自民党、彼は「さきがけ」の前身ともいうべき武村派に所属した。
 今から36年も前の昭和50年のことだが、この年県議改選は新人の活躍が目立ち、長浜からは小林実氏が同盟系、北川幸氏が社会党から当選した。東浅井郡からは酒井研一氏(自)が出た。坂田郡からは伊夫貴直彰氏が武村系、沢野邦三氏が社会党から出た。
 高島郡からは廣本慶男元今津町長(自)、南部から清水鉄三郎氏(武村派)。このほか、県下各地で新人が多く選出され、活気のある議会だった。
 藤田氏は、大学を出てのスタートは旧労働省の役人だったが、氏の父が土木系の会社を経営していたので途中から帰郷し、父の跡を継いだ。
 なかなかの雄弁家で、町議時代から県議時代を通じて藤田節の名演説で議場を傾聴させた。彼の得意の弁説は老齢化とともに磨きがかかり、商工会を始め、各団体の総会や何かの催しがあれば必ずその名調子が出席者をうならせた。
 彼を大成ならしめた影の人に夫人の五美さんのあることを付記しておく。聡明で美貌で、数多い厳しい選挙を日の当たらないところで献身的に支えた。
 夫人自身も女性の団体やボランティアの中心的存在として多方面に活躍されたが、ひとすじに市冶氏の政治活動に側面から協力した。彼の成功の2分の1は夫人の支えによるものともいえるが、その五美さんは早くに他界した。いまごろはあの世で再会されているのでは、と思われるが、人間の生死や会い縁、奇縁の不思議を思わずにはおられない。
 木之本町政を回顧するとき頭をよぎるのは温厚な富田、馬力の寺村、若さの柴田、各町長だが、永年にわたりこのポストを占めた藤田氏の功績は突出している。
 これまでの活躍を高く評価し、その冥福を祈るばかりである。【押谷盛利】

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2011年04月16日

原子力政策からの脱却(見聞録)

 「電力の安定供給を支えるために原子力は大切な電源」―。電気事業連合会の新会長に就任した関西電力の八木誠社長が15日、就任会見でこう語った。
 エネルギー資源に乏しい日本が世界に向かって経済活動を続けるために、原子力エネルギーが欠かせないのは理解できる。
 しかし、福島原発事故に、そのコントロールの難しさと被害の甚大さを目の当たりにし、未来永劫、原子力発電エネルギーに頼って良いのだろうかと、考えさせられる。
◇電気事業連合会のホームページの「質問コーナー」に、「原子力施設で重大な事故が発生する可能性はゼロとは言えないのではないか」という質問が出ている。
 これに対し、連合会はこう答えている。「何重もの安全対策、すなわち異常な事態の発生を未然に防止する対策、万一異常な事態が発生しても、その異常が拡大し事故に発展することを防止する対策、更に事故に至っても放射性物質の外部への異常な放出を防止するための対策がとられている」「仮に機器の故障や運転員のミスがあった場合でも、これがすぐに事故につながることのないような配慮がなされている」とある。
 ホームページでは、原子力発電の安全性を訴えているが、福島原発は津波を被っただけで、外部電源の機能を喪失し、水素爆発、放射性物質の漏洩を引き起こした。
 連合会の言う「何重もの安全対策」は、国民に安心感を与える詭弁でしかなかった。
◇原発13基を抱える福井県と隣接する長浜市は他人事では済まされない。
 仮に福島原発のように放射性物質が飛散する事態となれば、北風に乗って湖北地域の土壌や琵琶湖が危険にさらされるだろう。
 「原子力は大切な電源」であることは間違いないが、その代償として、甚大な被害を受ける可能性がゼロではないことを、チェルノブイリに次いで、福島でも知った。
◇日本のエネルギー政策は転換するのか。
 湖北地域に住む者、琵琶湖をかかえる滋賀県民としては、願わくば、原子力エネルギーからの脱却を日本国家50年、100年の大計として目指したいところ。
 太陽光や風力、水力、地熱、潮力、波力など、自然の力を効率的にエネルギー化し、蓄積する技術を研究すると同時に、省エネ効果の高い機械、商品を開発する―。
 資源に乏しい日本だからこそ、取り組むべき命題ではないだろうか。

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2011年04月13日

県議選の結果を総括

 統一地方選の結果は中央も地方も滋賀も長浜も自民党の躍進と民主党の惨敗が印象づけられた。
 これは一昨年夏の解散・総選挙における民主党圧勝と、その後の政権交代後の民主党政治への揺り戻しといえる。政権交代における国民の期待は民主党のマニフェスト違反で見果てぬ夢と化した。
 国民はだまされた、という感じで腹を立てているが、そのうち民主党の防衛や外交上の体質が国の安全や独立に不安感をもたらしたばかりでなく、内政において夫婦別姓や永住外国人に対する地方参政権付与、あるいは無原則的な国債政策、福祉教育に名を借りたばらまき歳出など、増税必至の政治環境をつくっていることが国民の不信感を増幅した。さらには早くからの課題である天下り禁止を含む公務員改革が逆行しつつある現状は組合依存の民主党の体質を反映するものとして憂慮された。
 本来なら菅内閣は野垂れ死にするはずなのだが、たまたま東日本大災害の国難に遭遇したため、その息が伸びただけで、国民の不満と怒りの声は今回の地方選で爆発した。
 各地の県議選や政令都市の市議選を見ても民主党は軒並み議席を減らしたし、たとえ当選しても多くは下位に留まっている。滋賀県の場合、自民党及び自民系が議会の過半数を確保したことは特筆すべきことであり、湖北を例にとれば米原市では民主党は議席を失って、2議席とも自民党が占めた。
 長浜は4議席のうち、自民(推薦を含む)が3議席という圧倒的勝利をつかみ、民主党は一人しか候補が立てられず、やっと1議席を守った。
 自民党の躍進は川島隆二が象徴的である。1万台を超える大量得票で若さと行動力をアピールした。もちろん現職の強さもあるが、父から引き継いだ有力な後援会組織がものをいった。党県連の政調会長としての活躍や平素からの市民に対する地道な県会報告も好感度に影響した。同じく2位に躍り出た野田藤雄は旧伊香郡の政治的エースとして旧4町の前町長や前町議、現市議らの一致結束の勝利だった。出たい人より出したい人の好例で、地元で農業法人の代表をつとめるなど農政通の第一人者でもある。福島の原発事故を機に敦賀、若狭の関電の原子発電所の安全管理や防災が叫ばれており、20㌔以内に包まれる伊香地方の関心は高い。伊香の総意の前に引退の決意をどたん場でひるがえしたのは郷土愛でもあり、現職の責任でもあった。
 自民党推薦の青木甚浩は前半戦の上位グループから、後半になって他陣営の追い上げに遇い、最終は悲壮な危機感で陣容を引き締めたのが奏効して、タッチの差で共産党の丸岡和世を押さえた。3人を擁立した自民党の作戦勝ちだったが、その若さが対話の会の新人・押谷友之や元議員の中川末治を寄せつけなかった。民主党の大橋通伸は、現職で引退の田中章五の後継だが、決意したのが遅く前半は野田の出馬で遅れをとっていたが、教師時代の教え子の縁や労組関係、自身の関係した日教組の組織力などが終盤に膨れ上がってきた。本人も車から降りての握手戦術やささやき戦術でこまめに旧長浜の大票田に進出した。押谷友之は対話の会の重点候補で、引退の角川誠県議が病躯を押して先頭に立ち、嘉田知事も足を運んで最終日の大ゴールとなったが、頼みの伊香が地元2陣営によって拒まれ、最重点の旧東浅井が川島に蚕食されたのが大きく響いた。共産党の丸岡和世は新人ながら善戦した。しかし、県下で共産党が現有3議席を全部落とした背景を考えると中国、ロシア、北朝鮮、外交に関わる国民の共産国家アレルギーが顕著に反映したものとみるべきであり、これは全国的傾向でもあった。
 元職の中川末治は早くからくまなく足を運んだが、夢よ今一度の悲願は有権者の胸に届かなかった。市議の西尾孝之らが必勝の支援をし、自民党の一部も応援し、各地で個人演説会を開いたが、涙を飲んだ(敬称略)。【押谷盛利】

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2011年04月12日

義援金と寄付文化(見聞録)

 政府は12日、福島原発の事故により、大量の放射性物質が放出されているとして、国際的な基準に基づく事故の評価を、最悪の「レベル7」に引き上げることを決めた。チェルノブイリ原発事故と同レベルだ。
 東日本大震災から1カ月が経過しても、福島県では多くの住民が不安を抱え、避難生活を続けている。いつ帰れるのか、一生帰れないのか、何も分からないまま。
 NHKが避難所などで暮らす被災者にアンケート調査したところによると、70%が職場を解雇されたり、休業を余儀なくされ、生計の見通しが立っていないという。
◇被災地から遠く離れた我々が出来ることは何か。
 湖北地域からは消防や病院職員らが応援に駆けつけた。「たわだ商店」(細江町)、「サンクフルハート」(高月町落川)は、避難所へ仮設風呂を設置した。西尾孝之市議は被災地の子ども達にたこ焼きを振る舞うべく、県議選が終わるのを待って、昨夜、仲間と共に岩手県山田町へ出発した。
 義援金活動も盛んだ。昨11日には野瀬町に営業所を置く「mAuグループ」が長浜市社会福祉協議会に1000万円を寄託した。
 同社協に寄せられた義援金は11日までに735件1億6937万円にのぼる。この金額は、近隣自治体に比べると非常に大きい。
 例えば、彦根市の社会福祉協議会に寄せられた義援金は11日時点で66件499万6920円。彦根市役所に寄せられたのは2199万6768円。決して小さい額ではないが、長浜に比べると…。
 米原市の社会福祉協議会に寄せられた義援金は11日までに2576万8914円。
◇先日、ある席で長浜の義援金が話題に出た。
 義援金が多く寄せられる背景には、長浜曳山まつりや北びわこ大花火大会の協賛金など、日ごろから寄付行為が身近にあることが一因であろうと。
 昭和40年に開館した市民会館の建設時には、総工費の2割にあたる4847万円が企業や市民から寄せられた。
 昭和58年開館の長浜城歴史博物館の建設には、地元の縮緬会社社長の長谷久次・定雄氏兄弟が1億5000万円を寄付したのをはじめ総額4億3000万円の浄財が集まった。
 なぜ、これ程までに寄付行為が身近なのか。曳山まつりの伝統を町衆が浄財を出し合って支えてきたように、湖北地域で古来より「結い」の精神が育まれてきたからではないかと推測する。

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2011年04月11日

地方選、民主党の惨敗

 注目の統一地方選挙は10日、投開票された。結果は東京も地方もそして滋賀県も民主党が惨敗して、自民党が躍進した。
 これは、明らかに菅民主党政権に対する国民の厳しい「ノー」の声である。
 東北の大震災による国難を前にして、復興優先の危機意識のもとに政治休戦模様であるが、にも拘わらず国民の眼は覚めており、もはや、日本の運命は民主党に託するわけにはゆかぬ、という宣言に等しい。
 中央における民主党の完敗は東京都知事選と、岡田幹事長の地元、三重県知事選に象徴される。首都東京では候補者を立てられず、三重では、民主推薦候補が、自民、みんなの党の推薦候補に敗れた。同じ現象は北海道でも起き、与党の連合候補は大差で敗れた。
 さて、滋賀県はどうか、民主党の敗北は決定的である。県会定数47議席のうち、民主党はわずかに12議席しか得られず、対話の会(知事与党)の5人(公認4人、推薦1人)と結んでも17議席であり、目標の過半数には程近い。
 これに反し、自民は前回の20議席を遥かに上回り、公認・推薦合わせ25議席を獲得して、過半数の優位に立った。
 対話の会は前回同様の4議席(公認)に終わった。選挙戦の最中から「対話の会」危うしの声が伝わり、嘉田知事が強力に支援したが及ばなかった。その敗因は何か、一言でいえば対話の会そのものが県民の公認が得られていないという弱さである。
 対話の会は知事を利用し、県民の知事に対する支持、信頼感にまるもたれして、自らの政策推進や組織づくりの努力が足りなかった。いわば知事の権力を売りものにし、その強い傘の下に安住した自意識過剰が逆に有権者の反発を買ったといえよう。
 例えば、長浜の押谷友之氏(新)、米原の西川敏輝氏(現)はそのポスターに、「かだ」を大きく打ち出し、どちらの宣伝かと首をひねるような図柄だったが、有権者の反応はエリで魚を掬うような甘いものではなかった。
 橋下知事の大阪維新の会の大躍進は、知事がこの政治団体の代表であり、知事の政治発信が、維新の会の政策推進そのものであった。
 滋賀県の対話の会は、知事の後援会という性格を持ち、大阪とは事情が違う。最大の弱点は中央政局への中立、もしくは無反応的態度である。地方の政治が中央の政治と無関係であるべきはずがない。次回に今回の地方選を総括する。【押谷盛利】

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2011年04月08日

老人医療の3点セット

 現代口語短歌誌「未来山脈」4月号に現代の老人医療を痛烈に批判する短歌が出ている。作者は長野の岩下宗史さんで、内容はぼくが時評でしばしば取り上げているテーマと一致するので一部を紹介する。
◇管を抜くのが殺人罪なら 管で繋ぐのは拷問ではないのですか
◇現代老人医療の3点セット 気管切開 胃ろう 尿道カテーテル
◇老人医療の3点セット管で繋げば ベットの上で長生き出来ます
◇やっと死ねたのに心臓マッサージに電気ショックで揺さぶる医者
 医が仁術といわれたのは昔の話。今はあまりにもむき出しの算術。
 社会医学研究所・谷康平先生の「問診しない医者について」は先に述べたが、なぜ問診しないか、お金にならないからである。
 聴診器も当でず、脈を見ることもなく、熱を計るでなく、とにもかくにも検査、検査の検査漬け。検査をすればお金になるし、切ればさらに儲かるという医療保険システムである。
 谷先生は、適切な問診ができれば30兆円を超す莫大な医療費の軽減につながると説く。
 谷先生は学生時代、一番厳しく指導された循環器内科の教授の思い出を語っている。初診の患者に対していつも「あなたは生まれつき心臓の調子が悪いのですか」といった質問をする。
 「いえ、昔は健康優良児だったんですが、タバコや食事内容に問題があるのでしょうか」などとでも返事すると「健康に産んで育ててもらった肉体を自分の責任で悪くしたのだから、自分で考えられる原因を正す気がなければ治療しません」と答えたという。そして学生たちには「患者さんが初診の診療室に入ってきたら、自分の目の前に座るまでに病気の50㌫は診断できる」という。「患者さんが入ってきたらまずその姿勢を見ろ。次に歩く姿。近づいてくると皮膚。爪、目、そして目の前に座ったら吐く息のにおいをかげ、そうすれば病気の5割は分かる」。
 今になってこの教授、ほんものの医療人だったと確信するようになった。と回顧している。やれ血液検査、やれ尿検査、さらにX線、CT、MRIなどの画像診断など実施したあげく「では来週に結果が出ますので」、と何も診療しないで帰らせる。
 日本の医療は変てこなことが多く、厚労省の役人と医師会、製薬会社の癒着か、早期発見、早期治療などとほざいて猫も杓子も成人病検診にかきたてる。
 元山口大学教授で、現在開業医の柴田二郎先生はその著「医者のホンネ」の中で、成人病検診は、実際には各病院、医院で受けるようになるが、これは病院、医院の収入になるので、一生懸命やる。医者によっては「精密検査を要する」という診断を受診者の30㌫はおろか、50㌫にもするのが居るという。それだけ儲けようとするのか、患者を引きつけておこうという下心であろうか、と書いてる。
 柴田医師は「老残をさらして生きながらえるよりも、トンコロリとある日、現役のまま死ぬ方が望むべき死である」とも語っており、いずれにしても自分の健康と自分の死に責任を持ち、国家のためにも無駄な医療費を減らす医療制度の改革に取り組む時代ではなかろうか。(参照・「知らないと本当は怖い現代人の病気」=谷康平著、土屋書店発行。「医者のホンネ」=柴田二郎著、新潮社発行)。【押谷盛利】

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2011年04月07日

迫る長浜曳山まつり(見聞録)

 県議選で各候補が声を枯らして支持を訴える中、長浜市街地では曳山まつりの準備が進み、出番山の稽古場で子ども歌舞伎の稽古が大詰めを迎えている。
 4年に1度、選挙と曳山まつりの取材が重なり、本紙記者はてんてこ舞い。昨日6日は、いくつかの選挙事務所をのぞいた後、今年の出番山の一つ、諫皷山の稽古場にお邪魔した。
 諫皷山の演目は「春重四海波」。振付師・水口一夫さんによる創作で、初公開となる楽しみの演目だ。あらすじは、剣術名家の1人娘で免許皆伝を持つ浪路との結婚を許してもらうため、播州明石の家中・高砂頼母が浪路と勝負する物語。40分の上演時間の中で、45年の歳月が流れ去る演出が見どころの一つだろう。
 その前日にお邪魔した春日山は太郎冠者のコミカルな演技が楽しい「釣女」だった。舞台上を所狭しと動き回る賑やかな演目。子ども役者の完成度は高く思えた。
◇曳山まつりは、9日夜に「線香番」を迎え、長浜曳山祭總當番の関係者が演技時間などを調べる。その昔、線香の燃えた長さで、子ども歌舞伎の上演時間を計ったことに由来するが、現在は時計を使用する。
 また、9日からは4夜連続の「裸参り」。若衆らが子ども役者の健康、くじ取り式での1番山当選など、まつりの成功を祈願し、長浜八幡宮や豊国神社に参拝する。街中に「ヨイサ、ヨイサ」の勇ましい声が響き、まつりの雰囲気を一気に盛り上げてくれる。
 そして、本日の15日、絢爛豪華な曳山の舞台で、子ども役者が堂々と、可憐に、華やかに、歌舞伎を演じる。
 あと1週間。その日が待ち遠しい。

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2011年04月06日

全部やめれば長寿する

 今から8年前の平成15年4月29日、ぼくは宮中で天皇陛下から勲5等の瑞宝章という勲章を戴いた。その叙勲の祝賀会が商工会議所の高橋政之会頭や友人らの発起で行われたとき、ぼくは記念講演に大阪市立大学医学研究科・社会医学環境衛生研究所の所長・谷康平先生をお願いした。
 演題は「からだとこころの健康―社会の健康」だった。
 谷先生は今も活躍されているが、著書の一つに「知らないと怖い現代人の病気」がある。その本の中に現代の名医、愚医について専門家の見識が自信をもって書かれているので、一部を紹介する。
 「名医を簡単に見分ける」の項目には大要次のような記事が載っている。
 良い医療を受けるためには良い医者と出会う必要がある。病院の規模が大きいとか、最新の医療機器が揃っていることはあまり関係がない。大切なのはそこで医療に当たっている医者そのものである。
 では、その人が良い医者であるかどうかをどうすれば見分けられるのか、実に簡単に判別できる方法がある。問診がきちんとなされるかどうか、である。
 問診とは問う診療で医師や看護師が自らの知識や経験に基づいて適切な質問をすれば、3分もあれば大体の病態が見えてくる。例えば「お腹がすくとみぞおちが痛くなる。何か飲むと痛みが和らぐ」と聞くだけで十二指腸潰瘍が強く疑われる。とすれば不要な検査をせずにすむから費用面でも患者は助かる。問診にいくら手間と時間をかけてもあまり収入にはつながらないが、そんな収入にならない問診をきちんとする人はそれだけで信頼に足る医師といえる。
 この本の中に米国で900万部を突破したケヴィン・トルドー著の「病気にならない人は知っている」という本について非常に有益な話が出ているので、ついでにそのことも紹介しておく。
 これは著者トルドー氏の見解であるが、よく噛みしめて味わいたい。
 ①ガンになる人②糖尿病になる人③うつ病、不安症に苦しむ人④注意欠陥、多動性障害に悩む子供⑤更年期障害に悩む女性⑥風邪やインフルエンザになる人などすべてが増えている。
 一方で①病院②医師③検査を受ける人④薬を飲んでいる人すべて増えている。より多くの医療行為を受ける人が増えているのに病気にかかる人も増え続けている。これは通常の医学が役に立っていない証拠である。
 そして「これをやめると体力回復」と、次のような耳の痛い話が説かれている。
 一つやめれば体調がよくなり、全部やめれば長寿になるとして①ハンバーガーを食べるな②水道水を飲むな③風邪薬・抗生物質を飲むな④ダイエット食品を食べるな⑤日焼け止めをぬるな⑥歯磨粉を使うな⑦電子レンジを使うな。【押谷盛利】

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2011年04月05日

関心無くても投票を(見聞録)

 「選挙情勢はどうですか?」「誰に投票しますか?」「この地域は誰が強いんですかね?」。
 「誰が出てるか知らんわ」「何人か電話かかってきたけど、覚えてへん」「投票日はいつや?」。
 取材先や配達先で、県議選の話をしても、反応は鈍い。いったい誰が立候補しているかも知らない有権者が多いことに、投票率の低迷が懸念される。
 個人演説会場をのぞいても、参加人数は例年になく少ない。
 自粛ムードの影響か、選挙カーからのアナウンスも聞こえない。静かな選挙戦だ。
◇選挙ムードの低迷は東日本大震災の影響が多分にあるが、前回(4年前)のように新幹線栗東新駅計画の是非など、分かりやすい争点がないことも一因だろう。
 今回の選挙のポイントを、強いて言えば、県議会の勢力図をどうしたいか、にあろう。
 目下、嘉田由紀子知事に批判的な自民、公明勢力と、嘉田知事に近い民主、対話の会勢力がほぼ拮抗している。たった1議席の増減で、一方の勢力が議長人事をはじめ県議会の主導権を握ることになる。
 ゆえに、争点が分かりにくい今回の県議選では、政党選択を候補者の判断材料にするのも一つの手だろう。
◇投票日の10日まで、まだ時間はたっぷりある。滋賀県と長浜市の未来をどの政党、どの政治家に託すのか、しっかり吟味したい。
 棄権する有権者は、どんな悪政がはびころうとも、文句を言う権利はない。「政治に無関心な国民は、愚かな政治家に支配される」―。古代ギリシャ時代から続く格言を胸に刻んでいたい。

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2011年04月04日

天に向って合掌する心

 人間は頭を働かせば、この世に不可能はない、とばかりに威張っているが、東日本大震災で分かったように自然の力には形無しである。
 科学を盲信し、カネの力で健康も幸せも何もかも得られると横着をきめこんでいるが、そのゆくさきは無から有を生じるという唯我独尊である。
 人間は果たして、この世で一番えらいのか、3月11日の大震災を機に価値観を一新すべきである。この世で一番えらいのは大自然である、と。
 大自然は時計を持つでなし、暦を持つでなし。それでいて、いとも正確に春の訪れを教えてくれる。昨年の師走あたりから咲き続けてきた山茶花がやっと咲き終わったか、と思うこのごろ庭の花壇は水仙の花盛りである。いつの間にか桜桃の花がいっせいに咲いた。いい香りがすると目を転じれば、沈丁花が咲き初めた。
 文産会館の庭の木に点々と白い小花が見えるので、何の花だろう、と昨年の春を思い出し、それが辛夷の花だと分かって嬉しかった。
 わが家の梅は散り始めたが、それに代わって庭を急に明るくしてくれたのが連翹である。見事な黄金のまぶしいばかりの輝きである。
 川土手を歩くと、桜並木がぼおっと、まるで薄いピンクの靄のかかったような風情を見せている。近くに寄って、その枝振りを見ると、花芽の拳が赤みを帯びて、ぎっしりと開く日を急いでいるふうである。
 日は暖かいが風はまだ痛い。しかし4月の光は春の声である。伊吹山の雪は消えたり、また白くしたり、毎日のように姿を変えるが、雪の消える速さは驚くばかりである。
 驚きといえば畑を青々と染め出した麦の勢いである。雪の下に耐えていた真冬の姿からは想像もできない力強さが胸を打つ。
 すごい、すごい、と自然の力に脱帽しながらも、冬に馴染んだ人間の体は木や草ほどに対応できない。震災を思い、節電しよう。ガソリンも控えよう、と心は走るが実践が伴わぬ。暖房も切れぬ。汗かくシーズンにならねば衣更えもできぬ勝手さは、そのうち寒さを忘れて冷房生活に切り換える。
 考えてみれば19世紀以来、人間の歴史は自然との戦であり、自然の征服だったが、そういう誤った横着さを反省して、今こそ自然への畏敬と感謝の心を提起したい。そして朝夕、天に向って合掌する初な心を、先人の祈りの心を取り戻したい。【押谷盛利】

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2011年04月02日

曳山まつり、堂々と(見聞録)

 東日本大震災の影響でイベントの自粛ムードが広がっている。県内でも水口曳山まつりが本殿での神事のみに縮小された。
 震災から3週間。いまだ1万5000人を超える不明者がいて、避難所暮らしは17万人。事故を起した福島原発周辺では遺体回収さえ出来ない状態だ。被災者には十分な物資が行き渡らず、この今も、過酷な時間を過ごしている。
 「被災者が苦しんでいるのに、私達だけが盛り上がるわけには…」と、全国に自粛ムードが溢れるのは、うなづける。
 しかし、過度の自粛が何を生み出し、被災地にどうプラスになるのか、との疑問も生じる。
 橋本徹大阪府知事が「大阪、関西は通常以上にしっかりやる」と語るなど、過度に自粛・萎縮せず、西日本から日本全体を元気にしようという声も出始めた。
◇長浜曳山祭總當番は1日夜の総集会で、一部を自粛して曳山まつりを開催することを、正式に決定した。
 自粛対象となったのは、長浜八幡宮からお旅所へ神輿を担ぐ「神輿渡御」と帰りの「神輿還御」、衣装、化粧で正装した役者が長浜八幡宮から自町へ帰る「夕渡り」の際の囃子演奏など。
 總當番には、当初、本日の歌舞伎上演場所を自粛・限定する構想もあったが、山組の若衆から例年通りの執行を求める熱意が強く、撤回した。
 歌舞伎の成功と子ども役者の健康などを願う「裸参り」の在り方については賛否あり、總當番は「裸祭り」になることなく「お参り」の原点に立ち返るよう自粛を求めているが、これは各山組の自主判断にゆだねられている。
◇ほぼ例年通りの曳山まつりの執行には賛否があろう。しかし、正式開催が決まったからには、「粛々」ではなく、「堂々」と執行し、日本の元気を復活させるような春の長浜を見せて欲しい。

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2011年04月01日

命がけで県民のために

 県会議員の選挙が告示された。東日本大震災の影響もあって事前の派手な宣伝戦も控えめで、なんとなく湿っぽい静かな選挙となった。
 一つには中央政界が被災のもたらす国家的危機を前にして与野党の政治休戦を模索しているからである。中央政局の地方にもたらす危機意識が県議選における争点をぼかしているという側面もあって、県下の全選挙区を眺めても低調気味である。それを証明するように栗東市と高島市選挙区は無投票となる公算が強い。
 長浜市は4議席に7人立ったが、強いて特色をあげれば現職の2人(角川誠、田中章五)が勇退したのでその地盤を後継者がカバーできるか、どうかが一つ。今一つは民主党の不振を前にして自民党が勢力を挽回するかどうか。
 自民党は現職2人を公認し、新人1人を推薦した。民主党は新人1人、知事与党の対話の会は新人1人、共産党は新人1人、無所属では保守系の元職1人。
 米原市は2議席へ自民、民主の現職のほか、元職1人、新人1人(いずれも無所属)。
 選挙民が投票行為においてどんな反応を示すか、興味を呼ぶところだが、県下全体のムードや湖北の前評判などを分析すると選挙に対する関心は薄い。争点がないということも一つの原因だろうが、大震災直後の選挙ということで従来のようなお祭り型選挙が影をひそめたことにも由来している。このまま無関心の雰囲気で推移すれば投票所へ足を運ぶ人はこれまでにない低調さとなるのではないか。
 この点で淋しく思うのは選挙民に話題性を与える人材の不足である。よく言えば、粒揃いの無難な候補。もの足りなさをあげれば何かやりそうな期待感を持たせる人が少ない。期待感を持たせるには「若さ」と「行動力」であるが、県全体を眺めても30代、40代の人が極めて少ない。60代、70代の人は経験が豊かで踏み外しはないかもしれないが、危機に際して身を挺して処するという勇気や行動力に欠ける。現実的利害に制約されて大局に捨て身の活躍が鈍る。
 明治維新を具現した坂本龍馬や薩摩、長州の働き手はみんな青年のような若さと純情さに満ち、国家の将来を憂う愛国の熱情に燃えていた。
 幕末の志士・梅田雲浜は若狭の小浜藩士だったが、儒学をおさめ梁川星巌らと親交して国事に奔走、後、幕府に捕らえられ44歳で幽囚中に病死した。彼の残した詩は余りにも切なく後世の若ものを奮起させる。
 「妻は病床に伏し、児は飢えに泣く」。貧窮のどん底にありながらも尊王派と画策し長州や公卿に影響を与えた。
 幕末の志士ほどの命がけの活躍はともかく、県民のため、県勢発展のため寝食を忘れるくらいの活躍を期待されるのが県会議員である。
 そのためには、若さと勇気、行動力が問われるのである。大震災の3月11日以来、日本人の考え方、価値観は大きく転換しつつあり、この非常時こそ、われわれの代表である県議諸公の自覚と活躍を願わずにはいられない。
 そういう議員を選ぶのが今回の選挙である。

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