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実存していない長寿者

 戸籍上はもちろん、住民登録にも生きているはずの100歳を超える高齢者が、実際は行方不明であったり、すでに他界していることが分かって社会問題化している。
 都会砂漠という残酷にして空しい社会の実態を、大都会の行政のずさんな管理が暴露している。
 長寿は人間の理想であるが、それは健康で、子や孫や曾孫に助けられながら、あるいは福祉の共同施設で仲間たちと余生を楽しむからである。
 認知症や寝たきり、あるいは病勢のおもむくまま植物人間になれば10人が10人早くあの世へ参りたいと思うだろう。しかし、そういう自意識や自己判断力、実行力がなくなって、ただ医療と福祉の恩恵で生きている人は「あの世へ早く」の願望すら訴える力も能力もない。ただ、時の流れのなかで生かされているにすぎず、自らの意志で生きているとは言い難い。
 それにしても、100歳を超えている帳面上の長寿者が、実際は住民票の住所に存在せず、なかには濃い親族が年金だけ受け取っているケースもある。老人には市町村から敬老の日に祝の金品が贈られるが、本人が生存しているのかどうか、確認もせず、一片の通知や家族の応答で事務処理しているずさんさの結果がそうした幽霊高齢者を生んでいるといえよう。
 役所仕事というのはこの一例が示すように実にいい加減なもので、なるべく面倒なことは避け、前年踏襲主義の無難さを身上としている。
 個人情報の秘匿を隠れみのに地域社会の連帯や民生委員らの協力をたのむ積極性さえみられぬのは行政のルーズというよりは怠慢である。
 もし、不幸にして、真実行方不明ならば家出人としての捜索や、法に基づく戸籍の抹殺もあり得る。極端な場合は犯罪にまき込まれたり、金銭上の利害で他殺されているかもしれない。突然の痴呆で人里離れた山地で死亡していたり、自殺していることもあり得よう。いずれにしても行方不明であれば、生死を徹底的に追及しなくてはならない。
 その点では行政のずさんさもさることながら、高齢者の身内の処し方にも尋常さが見られない。
 自分の親の行方を捜さないのも不可解だが、なかには死亡していても、それを隠し続けているのもある。
 これでは死者の魂は救われない。葬儀はされず、死後の供養も行われず、闇の人間として戸籍の上では生きていることになる。
 子を殺すバカな親。親の面倒を見ず、その死の弔いもしない息子や娘。こんな世の中、だれがした。腹が立って泣く涙もない。【押谷盛利】

2010年08月18日 14:17 |


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