征くわれと復るわれ
「八月や月さびしげに哭くごとし」。これはぼくの最近の句である。
8月は生涯忘れられないぼくの歴史の一里塚である。いや、ぼくばかりでなく、戦中、戦後を体験した多くの日本人の涙の歴史でもある。
「ぬけがらとなりて還りし敗残の身に炎えゐたる巨き向日葵」「向日葵の花焦げいろに熟るる日は戦をはりし八月おもへ」。
これは歌集「息吹」に残したぼくの短歌である。
敗れて、ぬけがらのように復員したぼくの目にひまわりの花が高々と咲いているのが印象的だった。国敗れて山河ありの心境というべきであろうか。
以来、8月は敗戦の記憶であり、8月の悲しみはひまわりが唄っているように思える。
ぼくの歌集「息吹」には「比島戦記」の歌群がある。
「防人の詩は屍るいるいとジャングルのなか兵の飢ゑ逝く」「友軍の兵を襲ひて飢ゑ癒せし兵も還らじレイテのジャングル」「死者ののどぼとけうましと比島戦記かかる苦しみ吐きて兵逝く」「餓死拒む生の断崖ひとの肉食らひし地獄をわれはうべなふ」。
ぼくの第2歌集「乾坤」には「終戦忌」なる歌群が今もみずみずしい。
「8月は常に新し死なざりし戦を今に曳きづりてをり」「征くわれの死ぬる覚悟も敗戦に復る日待ちしもいづれ真実」「護国社に額づく人の珍しく犬死とふ言葉不意に出で来し」「くちなはも鼠も蛙も食いつくしででむしまでも比島のいくさは」「山の尾の一本松にはためける日の丸仰ぎて征きし友らよ」「狼が来るぞ女は山奥へ六十年前の八月十五日」「山奥へ逃ぐる話は聞かざりきアメリ兵と手を組む女」「古里の荒れし障子径歩みつつ征きて還らぬ友に遇ふなり」「とむらひの数珠持つ指の冷ゆる昼流るる雲を空に見てゐつ」「帰投する燃料持たざる特攻機友は恋人を残して散れり」「死ぬることを安きと思ひし虚しさに父は黙して送りくれたり」「青春の墓場のやうにくるわ女を抱きて征きしはだれにも告げず」。
戦後65年目の終戦忌。奇しくも先祖を供養するお盆の15日。昭和12年(1937)の日中戦争以来、太平洋にまで拡大した8年間の戦は苦闘と涙の悲史であり、その間の戦没者は軍人、軍属、民間人を含め310万人と政府は記録している。外地ではフィリピンの51万8000人が最も多かったという。
御国の防人となって散った英霊や、戦の尊い犠牲者の霊に心からなる哀悼のまことを捧げるものである。
同時にこの期に及んで、なお、日本人の自覚や歴史、伝統をかえりみることなく、靖国参拝を拒むフヌケ大臣や政治家に激しい怒りを覚ゆることを付言しておく。【押谷盛利】
2010年08月13日 16:41 | パーマリンク
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