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草野川とガアタの話

 草野川での水遊びは、少年時のぼくの水泳道場でもあった。小学校の1年のころから高等科2年を卒業する8年間、夏休みを皆勤のように川遊びをしていたから、下手な泳ぎながら琵琶湖で1㌔も2㌔も平気で泳げる河童小僧に成長していた。日暮れになるのを忘れて口びるを紫色にして泳いでいたぼくは、しばしば祖母に大目玉をくらった。
 「いつまでも水に浸かっていたらガアタに尻の穴を抜かれるぞ」。
 「ガアタ」は方言のなまり言葉で、正しくは「河太郎」。ところによっては「がわたろう」と濁音読みにした。河童の異称で、「かわたろ」「がわたろ」ともいう。
 「がわたろ」が「がわた」に音変化したわけだが、一般の通り名は「河童」。
 大辞泉で「かっぱ」を引くと、かわわっぱの音変化。①水陸両棲の想像上の動物で、身の丈1㍍内外、口先が尖り、頭上には皿と呼ばれるくぼみがある。背中には甲羅がある。人や他の動物を水中に引き入れて生き血を吸い、尻から腸を抜くという。かわっぱ、川太郎、川子、その他異名が多い②水泳のうまい人、また泳いでいる子ども③子どもの髪型の一つ④河童の好物であるということから寿司屋のキュウリ巻をいう。河童まき⑤河童が人を引き込むというところから見せ物小屋などの呼び込み。江戸の本所辺りの売笑婦。「河童の川流れ」は泳ぎのうまい河童でも水に押し流されることがある。猿も木から落ちるに似た例え。「河童の屁」は何でもないこと。取りに足りないことのたとえ。屁の河童。|と丁寧に説明している。
 ところで、7月24日は芥川龍之介の命日で、河童忌という。彼の小説「河童」が昭和2年(1927)に発表され話題作になったことから彼の忌日をそう呼ぶようになった。
 草野川は今もきれいな水が流れているが、水量が少ないので水泳はできないし、子どもの遊ぶ姿も見られない。おそらく「ガアタ」といっても知らないだろう。その子の親たちも知らないのではないか。
 ぼくが最初に水浴びを覚えたのは野瀬ダブだった。ダブはダムのことだろうか。語源は自信がない。水の流れが何かに堰き止められてその部分の深いところを言い、そこが水浴びの場所だった。そのころは「水泳」といわずに「水浴び」といったが、これは田舎ものの言葉だったかもしれない。
 「だぶ」は「ふち」ともいう。底が深く水がよどんでいるところで、漢字では「淵」と書く。だぶは濁り言葉だから淵もにごり言葉としたのか、ぼくらは「イトウぶち」、「観念寺ぶち」といった。草野川での代表的水泳場だった。
 イトウぶちは鍛冶屋にあって伊藤家の屋敷に続いていたからそう呼んだ。観念寺ぶちは上流の高山にあり、村の東の高所にある観念寺というお寺の下を千石川が流れており、その水が草野川に合流するあたりの水のよどんだ深いところだった。水が冷たいのでぼくは鍛冶屋まで歩いて伊藤ぶちで泳いだが、今はいずこもその影はない。
 河童の話ではないが、水に関わる面白い話は次回に述べる。【押谷盛利】

2010年07月30日 15:25 |


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