滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2010年07月30日

草野川とガアタの話

 草野川での水遊びは、少年時のぼくの水泳道場でもあった。小学校の1年のころから高等科2年を卒業する8年間、夏休みを皆勤のように川遊びをしていたから、下手な泳ぎながら琵琶湖で1㌔も2㌔も平気で泳げる河童小僧に成長していた。日暮れになるのを忘れて口びるを紫色にして泳いでいたぼくは、しばしば祖母に大目玉をくらった。
 「いつまでも水に浸かっていたらガアタに尻の穴を抜かれるぞ」。
 「ガアタ」は方言のなまり言葉で、正しくは「河太郎」。ところによっては「がわたろう」と濁音読みにした。河童の異称で、「かわたろ」「がわたろ」ともいう。
 「がわたろ」が「がわた」に音変化したわけだが、一般の通り名は「河童」。
 大辞泉で「かっぱ」を引くと、かわわっぱの音変化。①水陸両棲の想像上の動物で、身の丈1㍍内外、口先が尖り、頭上には皿と呼ばれるくぼみがある。背中には甲羅がある。人や他の動物を水中に引き入れて生き血を吸い、尻から腸を抜くという。かわっぱ、川太郎、川子、その他異名が多い②水泳のうまい人、また泳いでいる子ども③子どもの髪型の一つ④河童の好物であるということから寿司屋のキュウリ巻をいう。河童まき⑤河童が人を引き込むというところから見せ物小屋などの呼び込み。江戸の本所辺りの売笑婦。「河童の川流れ」は泳ぎのうまい河童でも水に押し流されることがある。猿も木から落ちるに似た例え。「河童の屁」は何でもないこと。取りに足りないことのたとえ。屁の河童。|と丁寧に説明している。
 ところで、7月24日は芥川龍之介の命日で、河童忌という。彼の小説「河童」が昭和2年(1927)に発表され話題作になったことから彼の忌日をそう呼ぶようになった。
 草野川は今もきれいな水が流れているが、水量が少ないので水泳はできないし、子どもの遊ぶ姿も見られない。おそらく「ガアタ」といっても知らないだろう。その子の親たちも知らないのではないか。
 ぼくが最初に水浴びを覚えたのは野瀬ダブだった。ダブはダムのことだろうか。語源は自信がない。水の流れが何かに堰き止められてその部分の深いところを言い、そこが水浴びの場所だった。そのころは「水泳」といわずに「水浴び」といったが、これは田舎ものの言葉だったかもしれない。
 「だぶ」は「ふち」ともいう。底が深く水がよどんでいるところで、漢字では「淵」と書く。だぶは濁り言葉だから淵もにごり言葉としたのか、ぼくらは「イトウぶち」、「観念寺ぶち」といった。草野川での代表的水泳場だった。
 イトウぶちは鍛冶屋にあって伊藤家の屋敷に続いていたからそう呼んだ。観念寺ぶちは上流の高山にあり、村の東の高所にある観念寺というお寺の下を千石川が流れており、その水が草野川に合流するあたりの水のよどんだ深いところだった。水が冷たいのでぼくは鍛冶屋まで歩いて伊藤ぶちで泳いだが、今はいずこもその影はない。
 河童の話ではないが、水に関わる面白い話は次回に述べる。【押谷盛利】

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2010年07月29日

商店街に出かけません?(見聞録)

 寂れた商店街が年間200万人が訪れる観光地に変貌し、町おこしの成功例として名を売っている長浜市。
 商店街の衰退は、全国の地方都市の共通の悩みで、成功の秘訣を探ろうと、各地から長浜参りが相次いでいる。
◇しかし、市民が集う商店街として復活したのだろうか。
 昨晩、商店街で友人と食事をしたが、3時間半ほど店にいる間に入った客は小生のグループ以外たった3人。連日、チェーン店の居酒屋や焼き鳥屋が賑わっているのに比べると、余りにも寂しい。
 黒壁効果で商店街は賑やかになったものの、夕方には早々と店が閉まり、市民にとって実用性が乏しい。夜の外食を楽しめる店はあっても、市民との距離がある。
 「市民の台所」としての商店街の復活という点でも、まだ途上にある。
◇商店街の観光地化で、市民との距離を危惧する商店主もいる。あさって31日の土曜日に大手門通りで開かれる「秀吉さんのおかげ朝市」は、地元市民が商店街に足を運ぶ機会をと、2年前から始まった。
 午前6時半からのラジオ体操で軽く汗を流したあと、朝カレーで腹ごなし。7時から湖北地域の農家などが約50店の朝市を行う。
 また、琵琶湖のトロと言われるビワマスを使った寿司の試食・販売、紙芝居、昔遊びなどのコーナーもあり、親子で楽しめそう。
◇市民が商店街に足を運ばないのは、そこに魅力を感じないから。しかし、実際は八百屋、魚屋、肉屋などが店を構え、食材は一通り揃う。また、ガラス製品を眺めたり、カフェに入ったりと、散策も楽しめる。
 全国のどこの観光地でも見られる、つまらない「土産物屋」も一部にはあるが、観光一辺倒に陥らずに、市民目線のお店が実は数多くある。
 今度の土曜日は、少し早起きして、商店街を散歩してはどうだろう。新しい発見や魅力、そして美味しい「食」に出会えるのでは。

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2010年07月28日

草野川での水遊び回顧

 「とほき日の 草野川での水遊び われもフリチン君もフリチン」。
 これは少年時代を回想したぼくの最近の短歌である。
 古里は遠くなりにけりだが、いつも心のうちに大きな存在感として生きている。ぼくら子どもが毎日遊んだ草野川は、高山が水源で上草野村の中央を南下して、旧下草野村で姉川に合流した。
 草野川は夏でも水が切れたことがないが、それでもぼくの子どものころに比べると水量が少なく、とても水泳の出来るような状況ではない。
 「山、高きをもって尊しとせず、木あるをもって貴しとす」というが、川も同様で「川長きをもって尊しとせず、水清く豊かなるをもって貴しとす」であろう。
 たまたま、高月町の馬上から国道365号線を高月駅方面へ行くべく、高時川の橋を越えたところ、濁流渦を巻いていた梅雨どきの流れはウソのようで、水は全くなく、白々と川は干からびていた。
 この川は高時川といい、旧伊香郡の杉野川の下流で、今の湖北土地改良区の受益地一帯の潅漑用水として往事は水争いの井落とし事件が頻発した。
 高時川は旧びわ町の難波、落合付近で姉川に合流するが、戦前から水の切れることは珍しくなかった。
 付近の子どもたちは、水のない川の一部に底の深い淵があって、その貯まり水の中で水遊びをしたというから、プールのないころの笑い話である。
 それに比べるとわが草野川は水量が多く、夏は子どもの格好の遊び場である。
 冒頭の歌の「われもフリチン、君もフリチン」は「われもノーパン、君もノーパン」に言い換えてもよい。なにしろ、70年、80年も前の古い話である。そのころは女児はほとんど着物で、パンツやパンティなどは着用しなかった。
 ぼくの10歳くらいのころか、友人が黒い三角巾のようなものを学校へ持参して、これをつけるとよい、と奨めてくれた。三角の黒いフンドシのようなもので取り外しが簡単であった。
 都会から遊びに来ていた村出身のお金持ちの子が派手な水着をつけて川へやってきたので、目を丸くして見惚れたことだが、そうこうしているうちにフリチンは影をひそめたようで、女の子の水遊びも減っていったような記憶がある。
 ぼくは友人と毎日欠かさず川へ行ったが、日暮れを忘れるくらいだから、祖母が怒り顔で探しに来たほどだった。
 「ガアタに尻の穴を抜かれるぞ!」とおどされたが、今はその友も亡く、川も姿を変えてしまった。【押谷盛利】

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2010年07月27日

選挙だけ一生懸命?(見聞録)

 長浜市議選が終わった。残酷なもので、その結果は、無機質な数字で公表され、それによって笑う候補もあれば、泣く候補もいる。
◇選挙を勝ち抜く秘訣について、郵政選挙で小泉チルドレンの選挙参謀を務めた人物が著書の中で「候補者の熱意」と説いていた。
 その熱意が、選挙を応援する支援者やスタッフに伝播し、そして有権者に届く。
 確かに、街頭演説や選挙カーでの「お願い」に、候補者の全身全霊を込めた熱意を感じるのだが、呆れるのは、選挙の時だけ一生懸命になる人。
 議員時代に、いったいどんな仕事をしたのか、さっぱり分からないような人が、選挙だけは、死に物狂いで支持を訴え、選挙戦の最終日には泣き落としの文句も。
 「その前に仕事しろよ」と、つっこむ市民もいたことだろう。
 市民の信託を受けて議員バッジをつけるからには、欠席や遅刻、早退、不勉強など、怠けるのは止して、選挙戦の情熱と覇気を持って、市議会に臨み、長浜市のより良い発展のために、汗を流してもらいたい。
 特に、実績や政見、人柄ではなく、地盤や組織のおかげで当選した人には。
◇なお、市議選にかかった長浜市の費用は約1億1500万円。うち、職員の手当2000万円、立会人への報酬630万円、臨時職員の人件費30万円。
 不手際も気になった。期日前投票の際に、登録名簿を確認しないまま、選挙権の無い人物に投票用紙を渡し、投票させた。
 そして、市議選の開票速報。市はインターネットのホームページで開票状況を20分ごとに伝える予定だったが、「想定以上のアクセス」で、まったく閲覧できない状態に。一刻も早く知りたかった開票情報を得られないまま、諦めて翌日を迎えた有権者も多かった。

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2010年07月26日

市議選の結果を総括

 合併後の初の長浜市議選は終わった。真夏日の炎天下、30議席をめぐり40人の候補が支持を呼びかけたが、結果が判明したのは投票翌日の26日午前1時35分だった。当確ラインは早くから分かっていたが、最終までもつれこんだのは1100票台から1300票台あたりの分散票の行方に予測がつかなかったからである。
 今回の選挙を通じて明らかになったことは、今春早々行われた長浜市長選と、先ごろ終わった知事選の結果を踏襲した色彩が濃いことと、現職議員については平常の活動が厳しく問われたことである。党派を超えて住民の先頭に立って活躍したものは、それなりの高い評価と支持を受けた。
 逆に地盤が広く独走的とさえ思われていたのに最下位を争わねばならなくなった田中伝造氏のように、古参でありながら選挙民から浮いていた例は他にもみられた。
 市長選の尾を引く象徴的な一例は、南郷里区の東野司氏と佐金利幸氏の争いであった。東野氏は藤井市長擁立の急先鋒、対する佐金氏は反藤井で、川島親子(前市長と現県議)の強力な支援を受けた。東野氏は青木議長ら藤井派の支援で苦境を脱出したが、佐金氏は涙を呑んだ。
 敗軍の将、兵を語らず、というが、市長選敗北の将は語りすぎて、その栄光の看板に泥を塗った感じである。
 その逆が藤井市長の影響力である。特に注目されたのは同氏出身の虎姫区である。市長は全市域に目を配らねばならぬので、地元はノータッチのように公正を期した。それでも虎姫区は2人の候補(藤井繁氏、土田良夫氏)を当選させた。
 女性候補は2人という淋しさだったが、石田節子氏はトップに迫り、林多恵子氏は2000票台をうかがう健闘ぶり。共産党は5人の新旧のうち2人を落とし3人が当選した。杉本敏隆氏は圧倒的強みを見せ、竹内達夫氏、浅見信夫氏は堅実な票だったが、これは日常活動に対する信頼と支持による。
 旧伊香郡域においては、余呉区が2人(山形賢一氏、水上仁昌氏)が共倒れとなったことに反し、木之本区は、松本長治氏、柴田清行氏がともに高点で与望を担った。2人とも若く、松本は観光面、柴田は商工会での日頃の奉仕活動が評価された。
 旧びわは、4人のうち、2人が落ちたが、当選組の西川正氏は2600票を超える最上位の栄冠。
 旧市では吉田豊氏が高点をランクした。
 一匹狼といわれた個性派の西尾孝之氏は千草票を越えて各地で支持層を広げ、2000票の突破の高位当選は注目される。
 選ばれた30人の市議さん。当選の喜びをかみしめるとともに、市民に約束した公約や政見にウソ偽りのないよう誠実な活躍を期待するものである。【押谷盛利】

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2010年07月23日

少年少女の朱夏に幸を

 「百日の説法屁一つ」というが、理屈はともかく現実は厳しい。
 長い間の苦労も何かの失敗でわやになるという教えだが、深く考えれば、説法よりも屁の方が人を感化するという逆説的ユーモアとも解することができる。屁は上下、場所を考えないから大衆的であり、差別のない世界である。
 胸襟を開くという言葉がある。かみしもを脱いで、ざっくばらんに話し合うことだが、たいていの人間はカッコとか、立場とか、体裁を考えて、本心をありのままにさらけ出すことをしない。
 だから昔の聖人や達人は人間を超えて、山河や花鳥などの自然を訪ねてその声や美に触れる。つまり、修飾された人間の声よりもあるがままの自然の声に真実を発見し、啓発されてゆくのである。
 暑い日の続くきょうこのごろだが、22日は今年最高の炎暑で、ぼくの執務室は35度になっていた。炎帝という炎天の神さまや朱夏というただれそうな名のふさわしい夏だが、文句を言わずに天に向かって合掌しよう。炎帝さま、いつまでもいて下されよ、と念じても盆を過ぎれば涼風が吹く。
 人は健康のためとか言ってサウナへ入ったり、運動をして汗をかくが、そんな無理はしなくとも30度以上の部屋で冷房さえしなければじっとしていても汗をかく。
 ぼくが原稿を書いているこの部屋は窓を開けているが風がないので西日がこもり、汗がぽたぽたと原稿の上に落ちたり、ズボンにしずくする。拭いても拭いても額から汗が流れ、ハンカチはずぶぬれになるので、タオルに換える。
 濡れたシャツを着替えるのだが、これは今年初めてのこと。
 数年前の炎天時は3回替えたことがあるので、まだまだ新記録とはいえない。そして、ありがたいことに夕暮れ時になると日のかげりとともに暑さが退いてゆく。
 理屈はいらない。暑さと同様、貧乏という神にすかれたときは人の好意が身にしみる。梅干しに沢庵だけでも飯がうまい。地中からこんこんと湧き出る冷たい水をコップに、砂糖2サジほどで今の清涼飲料水の何倍かの味がする。貧乏の神の特配ともいうべき特権かもしれない。
 寒いといってメチャクチャ暖房する人は、このごろの暑さを袋に入れて冬の準備をするが宜しい。
 それにしても少年少女の若さと生きる勢いには脱帽である。
 炎天下のグラウンドで、ランニングしたり、シートノックしたり、汗とホコリでユニホームはどろどろ。あげくの果ての試合である。あの瞬発力、持続力、耐熱力、あふれるエネルギー。ああいう若ものがいるから明日の日本が信じられる。
 あの子たちにはお父さん、お母さんの理解と励ましがある。炎天下に咲く子どもたちの花。少年少女の朱夏に幸あれ。【押谷盛利】

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2010年07月22日

地縁より政見で(見聞録)

 滋賀夕刊では21、22日の2日間にわたって、長浜市議会議員選挙の中盤情勢をごく簡単に紹介したが、やはり有権者数の多い地盤を持つ候補や、政党などの強力な組織をバックに持つ候補は、比較的有利に選挙戦を展開している。
 一方、有権者数の少ない地域を地盤としたり、地盤が他候補と競合したり、知名度の低い候補は苦戦を強いられている。
 以上は、その候補の政見や人柄を抜きにしての話で、地盤が強くても候補の人柄や言動にマイナス点があれば、市民は背を向けるし、逆の場合は、支持者の熱意も上がるだろう。
 情勢分析にあたって、政策ではなく地盤を見るのは悪しき習慣なのだが、悲しいかな、今の長浜市議選は、地縁・血縁や組織・人脈がモノを言う。
◇そういう選挙で勝ち上がった候補が市議会議員として市政運営に寄与するかは怪しく、中には怠けたり、威張ったり、地元への利益誘導ばかりだったりと、困った議員もいる。政見や人柄を見ずに、地縁・血縁・組織・人脈だけで選んだ市民の責任と言えよう。
 一方で、薄氷を踏む思いでやっと当選した議員が、市議会の先頭に立って市町合併という大改革の旗振り役を担ったことだってあった。
◇選挙運動はあと23、24日の2日間に限られ、25日は投票・開票結果を見守ることになる。
 市民は、今一度、各候補のナマの訴えに耳を傾け、政見をチェックしよう。
 夢のあるビジョンや訴えは大切だが、1400億円もの借金を抱える市の財政をどう分析するのか、地域への利益誘導という局地的視点ではなく、長浜市全体を見据えたビジョンがあるのか。

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2010年07月21日

田舎選挙をするのか

 目下、展開中の長浜市議選、どんな戦いぶりで、どんな結果が出るのか。議員と市民の民度を計るバロメーターとして注目したい。
 合併して、市域が県一の広さだというが、そんなことはどうでもいい。この春早々、旧い型の政治家か、合併にふさわしい新しいリーダーを求めるのか、注目の市長選は藤井新市長が市民の圧倒的与望を担った。その第一期藤井市政に対する清新な議会構築が今回の市議選最大の意義である。
 ここに来てぼくは、いままでと変わらない田舎選挙をするのか、新時代にふさわしい垢抜けた近代的選挙をするのか、大所高所から眺めたい。
 田舎選挙といえば地域擁立型、地域こだわり型選挙であり、地域における長老支配の焼き直しである。こういうのを縄張り式地域エゴ主義といい、別の言い方をすれば井の中の蛙式選挙である。
 こういう従来型の旧い手続きから生まれた議員に清新さや大胆な政策、あるいは国政、県政を見透した視野の広い言動は望むべくもない。
 まず、選挙民は、候補者に対し、政見や国、県、市政に対するスタンスをただすべきである。地方の議会の見解が、県や中央政治に反映するのが本来の地方重視の考え方である。
 だからこそ、貴方の投票する一票が、どんな形で中央や県に反映するのか、しっかり考えねばならぬし、その前提に、候補の政治的所信を聞かなくてはならぬ。
 例えば、最近県民から信任された第二期嘉田県政であるが、一兆円規模の借金を抱える県政にあって、われわれは知事に何を期待するのか。引き続き、もったいない県政を望むのか、財政再建か、積極的ばらまきか、市議としては、そのスタンスが問われるのは当然である。
 国政についても重大な関心事がある。外国人の永住者に対する地方参政権を認めるのか、夫婦別姓の実現を望むのか、人権法というもっともらしい法律で、国民の人権を圧迫する心配にどう対処するのか。とてもとても大事な問題だが、これらについても、候補者から明快な所見を聞いておかねばなるまい。
 さらに言えば、藤井市政を推進するのに、どんな夢や方策を持っているのか、明日の長浜のあるべき姿に候補者の考えや信念をたださねばなるまい。
 そういう個々の国民生活、市民生活に言及せずして、地域代表などとあいまいな形で選択すれば、うだつの上がらない三流長浜をつくるだけとぼくは思っている。【押谷盛利】

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2010年07月20日

長浜市議選スタート(見聞録)

 長浜市議会議員選挙の幕が開き、候補40人が30の議席を目指して広大な長浜市を駆け回っている。特に争点がないことから、各候補が思い思いの選挙公約を掲げて戦う一方で、滋賀県で1番となった広大な面積と、梅雨明けの真夏日が、選挙戦の課題となっている。
◇長浜市の面積は県最大の540平方㌔。南北40㌔、東西25㌔という広さで、すべての集落で辻立ち演説するのは不可能。選挙カーで通り過ぎるのがやっとで、候補者にはピンポイントでの訴えが求められる。
 市南部のある候補は告示日の18日、祝日の19日は地盤での活動に専念。20日以降に旧伊香郡に入るという。「選挙区が広くなっても、選挙期間は変わらない。いかに、効率的な活動をするのかがポイントになる」と関係者。
 選挙告示日の18日には、選挙ポスターを掲示場に貼り付ける作業が行われたが、掲示板は計518カ所にのぼる。
 人手に余裕のある陣営は30人以上を動員して貼ったが、手の足りない場合は、市南部を地盤とする陣営と市北部の陣営が協定を結んで、互いに手分けするなど工夫した。
◇真夏の日差しの選挙は、熱中症予防が欠かせない。各陣営ではクーラーボックスを選挙カーに積み込み、冷えたお茶とお絞りを準備。車中では候補者がカチワリ氷を頭に当てている。
 それでも、候補者のシャツは汗だくで、車中や事務所で何度も着替えを迫られている。
◇市議選は1市6町合併後の市議会構成を一新する節目となる。
 現職市議や旧8町の議員経験者は、市民からこれまでの働きぶりが評価されることだろう。新人は人柄や政見、期待感が問われる。
 市議選は地域の代表を送り出すある種の地域対抗戦になりやすいが、市民には「地域から出るから」と盲目的に地元候補を応援するのではなく、政見をよく吟味したうえで判断してもらいたい。
 また、選挙期間中は候補者が市民の声に熱心に耳を傾けるので、この際、市政の疑問を突き付けたり、公約を提案するくらい、積極的に候補に絡んではどうだろうか。

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2010年07月17日

ネタになる借金(見聞録)

 最近、テレビでよく見かけるのが、借金の過払い金の返還や借金整理を呼びかける法律事務所のコマーシャル。「払いすぎた分を取り戻せるかもしれません」と語りかける。
 過払い金が生じる原因は、貸付金の金利の上限が「利息制限法」の20%と、「出資法」の29・2%の2重基準による。
 出資法を満たしているが、利息制限法の金利をオーバーしている20~29・2%の部分は「グレーゾーン」と呼ばれ、多くの貸金業者が最大利益のためにグレーゾーン金利で貸し付けていた。
 しかし、最高裁が2006年にグレーゾーン金利を認めない判断をしたため、払いすぎた利息の返還を求める請求が急増している。
 そこに目を付けたのが、弁護士や司法書士事務所で、コマーシャルは顧客である多重債務者獲得のための手段。
 多重債務者の借金をビジネスのネタにしているわけだ。
◇きょう17日の産経新聞朝刊でも、借金をネタにする話題が紹介されいた。
 関西で活動する夫婦お笑い芸人「かつみ・さゆり」のさゆりさんのインタビュー記事。
 「1億7000万円、自分たちの力で返す」との見出しで、これまでの数々の失敗談を紹介しながら、自力返済の心境を語っている。
 借金の原因はバブル崩壊の株価暴落で多額の損失を抱え、先物取引でも失敗したのに始まり、スナック、100円ショップ、ラーメン店の経営も失敗。
 「黒いダイヤ」と言われるオオクワガタの養殖のため、1匹1万円で購入した幼虫を、煙タイプの殺虫剤を使用して全滅させてしまったり、1口100万円で馬主権利を得た競走馬が放牧されたままレースに出場しなかったなど、数々の「笑える」エピソードを紹介している。
 自己破産や他力にはすがらず、「自分たちの力で返さへんかったら、こんな笑ろてもらう仕事はできません」ときっぱり。
 自らの努力とアイデアで返済を目指す地道な姿勢に、潔さを感じるとともに、借金という深刻な問題を、ネタにして笑い飛ばすところが、商魂逞しい大阪気質なのかも、と感心している。

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2010年07月16日

黄色いドボ漬けの胡瓜

 ピーピーほざいても、がつがつもがいてもたかがこの世は長くて百年。
 一升入る桝は一升、なんぼほっぺたの落ちるようなご馳走があっても腹いっぱい以上は食べられぬ。朝から牛乳風呂や酒風呂に浸ってみたい、と思うのは浅はかな夢まぼろしで、この世は満ち足りた時が頂点で、後は転落か後退の一路と思えば不遇などは虹の如き価値がある。
 世の中を生きるには一か八かの度胸というか、乗るか反るかの運命的決断を迫られることがある。そういうせっぱ詰まった生き方を体験する人もあるが、なかには風来坊のどこ吹く風で、「あしたはあしたの風が吹く」と、のんびりおおらかに生きる人もある。
 転んでも寝ても生涯は生涯だから、人は好きなように生きればいいし、すべてはあてがいと達観すればよいが、一つだけ問題はある。
 いざさらばというとき、人は必ずだれかの世話にならねばならぬ。その「さらば」のとき、いかに人さまに迷惑をかけぬかである。
 人さまは家人から隣人、国家社会に至るまで幅は広いが、できるだけ迷惑をかけぬよう大往生することである。そのための担保としては保険もあるが、犬や猫でさえ、霊園送りにはおカネのかかるご時勢だから「あの世いきの旅費」くらいは別途残さねばなるまい。
 むかし昔の家族制度はそんな心配ご無用と家族親族総がかりで、野辺送りを大事にしたし、生前の介護も至れり尽くせりだったが…。
 今の世は、進んでいるのか、狂っているのか、人さまざまで、殺したり、殺されたり、身内の悲劇を知るにつけ、もの余りの物質万能の世の人間の落ちてゆく穴の深さを思わないわけにはゆかぬ。
 昼飯の菜に黄色くなったドボ漬けの胡瓜を丸かじりした父や、ご飯に味噌をぶっかけて熱い茶で流し込んでいた祖父がときどき瞼に浮かぶが、貧乏を嘆く愚痴を聞いたことがなかった。
 ご馳走をたらふく食べながら、食後に必ずクスリを服むけったいな今の世は、コンクリートで固めた地面が大雨で水騒動を起こすような不具合であるが、地獄はお互いの心、処し方、この世にあることをあらためて思うこのごろである。【押谷盛利】

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2010年07月15日

土曜はゆかたまつり(見聞録)

 「夏中さん」に続く長浜の夏の風物詩「長浜ゆかたまつり」が17日の夕方、市街地の商店街一帯で開かれる。
 地元の繊維産業の振興と商店街の活性化を目指して、11年前に始まった。スタンプラリー形式で商店街のチェックポイントを巡れば、抽選で素敵な景品が当たる。
 今年も家電製品、自転車など700点もの景品を用意している。
 また、長浜商工会議所青年部は今年初めてコンテストを企画した。浴衣にアレンジを加えたり、生地から創作する「オリジナル創作部門」と、カップルや親子、友人と一緒に着こなしを披露する「着こなしペア部門」があり、曳山博物館広場で披露される。
◇浴衣の起源は平安時代。蒸し風呂に入る際に着用した着物「湯帷子」が、浴衣の原型と言われる。
 帷子は「裏地の無い一重の衣」を指し、生地が薄くて風通しが良いことから、安土桃山時代には湯上りに着るようになり、江戸時代に庶民の気軽な衣服として定着したようだ。
 「ゆかた」の言葉の起源も「ゆ・かたびら」の省略。
 さて、その浴衣、今では花火や縁日、盆踊りなど夏の催しに欠かせない、若い女性の必須アイテムとなっているが、初心者には着付けが心許ない。
 そこで、今はインターネットで着付けを紹介したサイトがあるので、利用してはどうだろうか。
 「浴衣 着付け 動画」と、検索すれば複数のサイトがヒットする。
 あるサイトは、女性モデルが登場し、①着丈を決める②上前を決める③腰ひもを結ぶ④おはしょりを作る⑤襟を重ねる―という具合に、着付けの手順を丁寧に紹介し、「ゆかたのラインを真っ直ぐにするため、タオルの補正は重要」「腰ひもがゆるむと着崩れの原因に」などと、注意点も説明している。
 着付けに自信のない人は、チェックしてみるのも良いかも。

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2010年07月14日

信なき政治は立たず

 今回の参議院選を通じて総括すべき最大のものはマスメディアと政党の「政治とカネ」問題の忘却である。
 菅首相が消費税を言い出したのは、彼の傲慢もさることながら、深読みすれば政治とカネ問題を逸らす謀略だった。その点では敵に塩を送った自民党・谷垣総裁の勇み足が問題とされよう。
 小鳩の退陣によって、てのひらを返したように民主党支持率が上がったのは、政治とカネに対する国民の意識と関心の高さを証明した。それゆえに、菅総理が「小沢さんは当分静かに…」と語ったのは正解だった。
 その舌の根のかわかない選挙後、一転して、今度は「小沢さんに会って協力を求めたい」と語っている。
 例の菅流無手勝流だが、菅流無手勝はそのうちにほころびることは必定。
 まず、国民をバカにしているのは、選挙の結果を神妙に反省していないことである。
 結果は上げ潮に乗りながら敗北したのであるから、責任をとるのが民主主義のイロハである。総理の椅子は大事だから事実上党を支配する幹事長及び選挙対策委員長が辞任してけじめをつけるのが筋である。
 第2は、落選の千葉景子法務大臣を続投させたことである。法務大臣は軽いポストではない。憲法を最高にあらゆる法律に則り、国民の人権と誤りなき情勢を担保する大きな責任を持つものであり、その大臣が選挙でアウトを宣告されながら、そのポストにしがみつくのは、国民の声を蹴飛ばす不遜というべきであり、江戸時代の悪代官政治そのものといえよう。
 ぼくは冒頭に「マスメディアと政党の犯した罪」について言及した。
 「信なき政治は立たず」が一切の政治の原点であることを考えれば、小鳩時代の末期の政権支持率20%割れは実に明快な国民の声だった。だとすれば、参院選の争点は「政治とカネ」が最大緊急の課題であった。
 秘書や元秘書の国会議員らが逮捕、起訴されるという汚点ぐるみの小鳩の「カネと政治」は終盤の国会でも逃げに逃げて、遂に国会の糾明隠しで選挙に突入した。
 国民の税金ともいうべき政党交付金が、小沢権力に何十億円も集中した不思議と不信。あるいは、インチキの政治団体を通じてのワイロ臭い政治献金や不動産屋まがいの土地取得。
 明らかな脱税容疑の十数億円の母からのお小遣いなど、国民の百人が百人納得できない諸問題を論点から外した怠慢と不明は許せない。
 それどころか、のうのうと国民の前に自前の候補をかつぎ、新たなる政局の顔を目指しているのは本末転倒もいいとこである。あえていう、「信なき政治は立たず」。【押谷盛利】

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2010年07月12日

民主の敗北、みんなの躍進

 11日投開票の参院選は、民主党の敗北、自民党の復調、みんなの党の躍進、公明、共産、社民の退潮、その他の新党の惨敗を印象づけた。
 民主党は改選の54(議席)を10も下回り40台前半にまで落ち込んだ。自民は改選の38を13も上回った。
 与党の国民新は改選3議席を0にした。与党を途中下車した社民は改選3から2議席に減らした。
 特徴的なのは自民党から出た「たちあがれ」や「改革」がそれぞれ1議席、地方首長を軸にした「創新」が議席を獲得できなかったことである。注目の「みんなの党」はゼロから出発して、一躍10議席に達し、第3極としての地位を確立した。
 今回の参院選における国民の声は、民主党よ驕るなかれ、自民党よ元気を出しなさい、みんなの党よ頼りにしているぞ、の3点に集約される。
 ぼくは、選挙終盤の時評で、「大きな風が吹いている」と予測した。大きな風とは民主党へ逆風であり、それは時計の振り子のように自民党へ追い風になった。
 風の中の大風はみんなの党への熱烈な期待感とうなぎ上がりの支持率だった。
 それは、渡辺代表の率直なもの言いもさることながら、立党における正義感、その後の党活動の誠実さ、ぶれず、迷わず、国民の心に応えてゆく勇気ある行動力が民主、自民にあき足らない層を引きつけたというべきである。
 国民の政治への不満、心のもやもやを払うべく、90年代は細川氏の日本新党が彗星の如く現れた。今回の「みんなの党」は日本新党を遙かに上回るデビューといっていい。
 その期待感は昨年8月の衆院選で実証されたが、今回は同党にとっての第2回目の国政選挙であり、参院選は初の体験だった。渡辺代表は「この指とまれ」と、民主や自由からの不満組、さらには乱立した新党の受け皿による政界再編成の大きなカギを握ることになった。
 新聞や世間はあんまり言わないが、ぼくは民主党の敗北の一番の原因は小沢、鳩山への反発があるのでは、と見ている。これについては他日論じたいが、これから注目されるのは、民主党の党内権力の攻防戦である。【押谷盛利】

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2010年07月09日

大きな風が吹いている

 参院選は最終戦を迎えた。泣いても笑っても11日の投開票で一巻終了する。
 各新聞社の世論調査は与党の大黒柱・民主党の改選議席数割れを報じている。同党の改選議席数は54だが、50を切るか切らないか。きわどいところをあえいでいるが、その反応か、自民党が改選の38を40台後半へ伸ばす勢いである。
 世論調査は7日ごろで打ち切られているからその後の4日間で形勢の動く可能性があるから、最終的には投票箱を開けてみなくてはなんともいいようがない。
 ただし、選挙前、選挙中、選挙後半と繰り返しての世論調査のなかで、見逃すことのできないのは、国民の政治的関心度の顕著な傾向がそこに現れていることである。
 それは、ぼくがいつもいう「風」である。風のなかで記憶の新しいのは05年の「小泉改革」で、最近の風では「政権交替」の昨年8月の風だった。
 過去の選挙を振り返ると、田中角栄金脈政治の後の「新自由クラブ」(河野洋平)旋風。90年代始めから徐々に風速を強めた「日本新党」(細川元首相)などの活躍が鮮やかであった。
 それでは、今回の参院選にはどんな風が吹いているのか。昨年夏の衆院選では突風だったが、今回はあれよ、あれよという間に全国を席巻する大きな風を起こした。それがいま話題の「みんなの党」である。
 風は潮に言いかえることができる。満ち潮と引き潮である。
 満ち潮や追い風に乗れば、昨日の予測より、今日、今日の予測より明日と、尻上がりに調子(勢い)が上向いてゆく。
 いまの「みんなの党」にはその強い勢いが感じられる。エネルギーの充満といってもいい。
 それに比べて悲劇的なのは与党の「国民新党」(亀井静香)が相手にされず、また自民党を出た「たちあがれ日本」(平沼、与謝野)や「新党改革」(舛添要一)の影の薄いことである。
 参院選前に出発したこれら2党は何を考えていたのか、その志が国民には見えにくい。恐らく「第3極」をねらったのであろうが、昨年麻生内閣時にスパッと自民党をおさらばした渡辺喜美(みんなの党)のいさぎよさの足下にもおよばないばかりか、失笑を買った程である。
 さて、国民として活眼を開かねばならぬのは、民主党がマニフェストに隠している、この党の必ずやろうとしている腹の内である。それは①外国人への参政権付与②夫婦別性導入③人権侵害救済機関設置、の3法案。
 ぼくは国民の良識と民族意識のプライドを思いつつ、11日の結果を期待する。【押谷盛利】

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2010年07月08日

増税争点化は残念(見聞録)

 民主党政権の行方を占う参院選は、3日後に投票日を迎える。
 朝刊各紙の世論調査の分析によると、民主は改選議席を下回り、与党の過半数確保は厳しそうな情勢。それでも参院第一党はゆるぎない。
 鳩山氏、小沢氏がそれぞれ首相、幹事長を辞任し、新しい首相に菅氏が就任した時、内閣支持率は6割を超え、民主が選挙戦を制するかに見えたが、今、支持率は4割台へと急落している。
 支持率低下の主因は菅氏の消費税増税発言。野党の攻撃材料となり、一気に参院選の争点と化した。
 しかし、2大政党の片割れ、自民党も消費税増税を唱えているわけだから、共産党や社民党、みんなの党が増税反対を訴えたところで、大局的見地からは、大きな争点になり得ない、と分析する。
◇毎年、1兆円増え続ける社会保障費を賄うには消費税増税で税収アップを、という主張はあっても良い。
 しかし、子ども手当、高校授業料無料化、高速道路無料化、農家の所得補償といったバラマキ政策と並行しての増税は、納税者の理解を得にくい。
 2010年度の国の一般会計の内訳は、税収が37兆円、支出が92兆円、そして新たな借金が44兆円。消費税を増税したところで、どうにかなる状態ではない。
 この異常な財政を改めるには、税収に見合う支出に限る。各種バラマキ政策の廃止をはじめ、不要不急の事業や天下り組織の廃止、公務員の削減はもちろん、道路、空港、ダムなどの大型公共事業の洗い直し。
 「増税の前にやることがあるだろう」(みんなの党の渡辺代表)という主張だ。
◇今回の選挙で残念なのは、消費税増税が争点化したことで、各種バラマキ政策の是非に加え、米軍普天間基地移転、外国人参政権、夫婦別姓などといった、民主党政権が推進する、日本国家の根幹に関わる政策議論が遠くへ吹き飛ばされたことだ。
 今回の選挙で問われることは、2大政党の両方が唱える消費税増税ではなく、民主党政権の是非のはずだったのに。

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2010年07月07日

NHKの英断と大相撲

 「優勝は外国人力士 八百長は国産力士 野球賭博もまた然り」。これはぼくの最近の短歌である。
 このごろの大相撲はさっぱり面白くない、と相撲離れの進んでいる今日、天の制裁の如く、大相撲内部の賭博疑惑が摘発された。まさに相撲協会の浮沈に関わる大逆風である。
 NHKは、近く開幕する名古屋場所の中継放送をラジオ、テレビともに取り止めることに決定した。
 大賛成である。NHKへ寄せられたファンの声も圧倒的に放送反対が多かったという。
 大関の琴光喜と大嶽親方(元貴闘力)は事実上追放処分、その他多くの関取が捜査の対象となり、協会長以下国民に侘びたが、その根は深く、徹底的自粛がない限り、国技という大相撲が暴力団の餌食となる可能性が濃い。
 親方衆の心根がいかに腐っているか、麻痺しているかを証明する一つの事実がある。
 それは相撲協会の責任を追及された武蔵川理事長(元横綱三重の海)に代わり、民間理事側から村山弘義理事長代行が内定したとき、親方連中はクーデターを起こして、これを覆えし、内部の親方から後継を決めたことがあった。さらに今回の処分や民間理事長代理に不満の意を表して、元横綱貴乃花の二子山理事が理事を辞任したことである。
 親方衆のクーデターは民間理事の反発と文科省側からの意向もあって腰砕けとなったが、これらの動き自体のなかに依然として残る暗い連帯的疑惑を感じるのである。
 ぼくは少年のころからの大相撲のファンで、玉錦、武蔵山、双葉山、初代若乃花とその好敵手栃錦が大好きだったが、かねてから八百長のあることや、この世界の暴力団との関わりを知るにつけ、だんだんと興味が薄らいでいった。
 前にも問題になったが、桟敷席のテレビ映りの最高場所が暴力団で占められていた。元関脇高鉄山こと元・大鳴戸親方は今から14年前、相撲協会の実態を暴いた「八百長」を著した。
 その本の目次には次のようなショッキングなものもある。「暴力団は力士たちのいいタニマチ」「横綱輪島も八百長だらけ」「今も花盛り八百長相撲」「地方巡業はSEXと博打旅行」。【押谷盛利】

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2010年07月06日

迫る長浜市議選(見聞録)

 知事選と参院選は現職有利のまま終盤戦を迎えた。新人候補がどう追い上げるかが注目される。
 一方、長浜市では任期満了に伴う市議会議員選挙の告示が18日に迫り、立候補者の顔ぶれがおおむね出揃った。
 定数30人に40人が立候補予定で、10人が涙を飲むことになる。確率上は4人に1人が落ちる計算だが、特定政党や組織の支援を受けたり、地盤が強かったりして、すでに当選濃厚と予想される候補は10人前後にのぼる。そういう情勢を勘案すると、残った30人で20議席を争うことになり、過酷な選挙戦となる気配。
◇告示前から当落を推測するのは、憚られるが、当選するには1500票程度が必要ではないかと推測する。
 市内の有権者は約9万7869人。投票率が60%なら、投票者は5万8721人。これを候補者40人で割ると1人当たり1468票となる。投票率が65%なら1590票、70%なら1713票、75%なら1835票という具合に、投票率が上がると、候補者が獲得すべき票のハードルは上がる。
 投票率にもよるが、勝利の美酒に酔うには1500票以上が望まれ、2000票なら安泰。
 激戦区ならば有権者の関心が高く、投票率は高くなろうし、候補者調整が済んで競合候補がいなければ、支持者の士気が緩んで投票率が低くなるかもしれず、激戦区が不利とは言い切れない。
 4年前の長浜市議選(長浜選挙区)のトップ当選は1989票、最下位当選は863票だった。
◇地盤や組織票から分析した票読みよりも、候補者の政見が我々有権者には何よりも大切なのだが、国政選挙のように、各党によって色分けされた公約がある訳ではないので、比較は難しい。
 それでも市議選ならではの生活密着型の公約が聞こえてくる。議員定数を削減し、浮いた経費で指定ごみ袋の料金を下げようというものや、未婚男女の出会いをサポートする事業など、ユニークな主張も少なくない。
 立候補予定者のパンフレットもあちこちで配られており、機会があれば目を通してはいかがだろうか。

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2010年07月05日

食い逃げと支持率変化

 参院選の最中、ぼくの我慢ならぬのは、引っ込んだ筈の小沢、鳩山がいまだに大きな面をして選挙応援に出ていることだ。
 本人の勝手というがそうはゆかない。2人は「カネと政治」の不信に対する国民の怒りに「蛙に小便」の気持ちほどの痛みもかゆみも感じていない。
 2人が辞めた途端、国民の内閣支持率は20%以下の危険水域から一挙に60%に急浮上したが、日を経るごとに下落を続け、7月3、4日の朝日の世論調査では39%を示している。
 これは何を意味するのか。2人は辞めたことにより何も彼も清算されたと思っているかもしれぬが、政治家の、それも政権のトップの座にあったものは、国民の腹の虫の治まる、治まらぬの政治的道義的責任を避けて逃げるわけにはゆかぬ。
 4日のテレビを見ていると、山梨県の参院地方区、参院のドンで日教組の大親分、小沢前幹事長の側近中の側近・輿石をめぐる運動の模様が克明に報道された。7、8名もの女性国会議員が「われわれは小沢チルドレンです」と得意顔で並び、「輿石大先生を」と絶叫していた。
 バカ野郎と、ぼくは心の中でほざいた。いま、民主党が過半数になるかも、と善戦しているのは、小沢、鳩山辞任による効果ではないか。国民の怒りが支持率20%を割ったのではないか。もし、君たちが親分の親分と尊敬してやまない小沢がいまなお辞めず陣頭指揮していたらどうなるか考えたことがあるか。世論は早くから輿石危うしと報じられていたではないか。
 これを考えると、民主党は国会でのカネと政治の追及を恐れ、内閣再出発後の最初の予算委を開かずして国会を閉じた。そして「カネと政治」の疑惑を今後、どうして清く正しくしてゆくのか。その議論すら捨てて、参院選へなだれこんだ。
 支持率上昇の食い逃げ策だったが、本来、謹慎すべき2人が、堂々と厚かましく国民の前に姿をさらしたのは、国民をなめている証拠である。「下におれー」の徳川時代への逆行ではあるまいし、これでは支持率の下がるのは当たり前で、国民は決してバカではない。民主党は良識派と、小沢を神様視する日教組派に分裂するがよい。【押谷盛利】

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2010年07月03日

今夏も高い旅行熱(見聞録)

 7月に入り、いよいよ夏休みの旅行計画が煮詰まる頃。大手旅行会社「JTB」の調査によると、今夏、1泊以上の旅行に出かける人は国内が7412万人(前年比4%増)、海外が244万人(8・4%増)にのぼる。
 日本人1億2700万人のうち、6割が旅行に出かけ、さながら「民族大移動」だ。
 国内旅行の多くは、お盆の帰省と推測されるが、注目を集めている行き先は、平城遷都1300年祭を開催中の奈良。8月20日から27日までは「光と灯りのフェア」があり、多くの観光客が見込まれている。また、大河ドラマ「龍馬伝」の効果で、高知への観光客も多く、今後、舞台が長崎に移ることから、九州方面への観光客増も期待されている。
◇海外は、ハワイ、グアム、サイパンなどビーチリゾートが根強い人気で、身近な韓国や、上海万博を開催中の中国も定番化している。
 格安航空券・旅行を扱う「HIS」が調べた人気ランキングは、ビーチリゾートが①ホノルル②グアム③バリ島④サイパン⑤セブ島―の順で、都市が①ソウル②上海③台北④パリ⑤ロンドン―という具合。
 日本から近い場所に人気が集まったが、飛行機で10時間前後かかるパリやロンドンがランキング入りしている点に注目したい。
 というのも、これらヨーロッパの都市を上位に押し上げているのが最近の「円高」。3年前と比較すると、米ドル124円→90円、ユーロ167円→112円、韓国ウォン14円→8円(いずれも6月末時点の比較)という具合で、現地での遊行費が3、4割も抑えられるとあって、海外旅行者には嬉しいニュースだ。
◇テレビや新聞では何かと「不景気」が強調されがちだが、日本人の夏の旅行熱はそんなムードを吹き飛ばす元気さがある。この円高を機に、ちょっと海外に足を伸ばしたいところ。

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2010年07月02日

忘れるな「政治とカネ」

 ぼくは、ときどき日本人の政治に対する民主主義的感度に疑問を持つことがある。分かり易くいえば政治を批判し、リードする見識である。もっと具体的に説明すれば選挙における投票行為や政党、候補者への態度である。
 マッカーサーは、日本占領時代「日本の民主主義は12歳である」と、有名な言葉を残したが、その後、東京オリンピック、大阪万博を経て、驚異的な経済成長を遂げたから、いまなお12歳とは何人も思わない。それでは何歳くらいに成長したか、と考えると、いささか迷ってしまう。
 1993年に非自民の細川内閣が出現した当時は日本新党への期待も高まり、それが中央の権力瓦解にまで進んだころは一人前に成長したと思われた。ところがその後、水と油の社会党と自民、さきがけの持ち寄り世帯が発足して、政治の歴史や伝統、ルールが粉砕した。
 あげくの果ては元の木阿弥で、自民党の単独政権ないしは、自、公、自々公連立政権を招く始末で、その成長性は逆に後退した。
 自民党の派バツと族議員体質を批判して党内刷新を叫んだ小泉純一郎氏が長老支配をはねのけて総裁選に完勝し、小泉内閣が出現したのは国民の政治的成熟度が先進国並になったのかと歓迎したが、同党は、逆に先祖返りを模索した。
 2009年の総選挙で、民主党へ政権交代が実現したとき、いよいよ日本人の民主主義的成長度は本物であると確信したほどである。
 さて、鳩山内閣の短期退陣と菅内閣の出現、刻下の参院選を眺めていると、どっこい、まだまだ日本人の政治的感度はころもとない。国民の批判をのがれ得ず辞任したはずの小沢前幹事長が、大きな面をして全国を回り、国会の追及を逃げたことの後ろめたさも反省もない。
 在任中ははれものに触るように言うべきことも言わなかった党幹部は小沢独裁政治に手を貸してきた前科がある。
 この党は小沢―輿石路線の全労を背景にした社会主義化イズムと岡田、前原氏に見られる保守中道派的体質に大きく二分されるが、いま大切なことは、マニフェストではなく、国の政治の基本である国防、外交、教育である。この3つがなおざりにされては、将来の日本の独立をゆがめかねない。
 民主党にとっても国民にとっても、政治とカネの問題は決して終わっていない。【押谷盛利】

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2010年07月01日

公務員のボーナスを考える(見聞録)

 昨日30日、公務員に夏のボーナス(期末・勤勉手当)が支給された。
 国家公務員の管理職を除く一般行政職(平均年齢35歳)の平均支給額は約57万7500円だった。
 鳩山前首相はボーナスの基準日となる6月1日には在職中だったため、特別職の最高額となる約499万円を受け取った。菅首相は当時、財務相だったため、支給額は約364万円。一般の国会議員は約273万円。各省の次官は約282万円、局長級は約214万円となっている。
 滋賀県職員は、一般職で79万6100円(平均年齢43歳)、長浜市職員は66万3000円(平均年齢41歳)となっている。
 国家公務員の支給額の平均が県や市職員よりも少ないのは、管理職の支給額を除外して発表しているためで、平均年齢にもそれは現れている。
◇公務員のボーナスは人事院が民間企業の動向を見据えてその増減を勧告し、それに基づいて法律や条例で決定している。
 一般企業ではボーナスというのは特別配当金の意味合いが強い。企業の業績によって、金額が左右され、業績が悪ければ、削減されてしまう。不景気の今は、ボーナスさえ支給されない中小零細企業も少なくない。
 そういう視点に立てば、年間予算の何倍もの借金を抱える国や自治体がボーナスを潤沢に支給するのは、疑問符が付くかもしれない。
◇鹿児島県の阿久根市は市長や職員の夏のボーナスを半減した。
 現地からの新聞報道によると、職員からは「子どもへの仕送りや親の介護などの費用をボーナスで賄っている。士気は下がる一方だ」と嘆く声が出て、役所内は重苦しい雰囲気だという。安定的な収入が魅力の公務員だけに、民間企業のような「厳しさ」に耐えられないのか。
 阿久根市の竹原信一市長のボーナス半減の手法は荒っぽく、給料条例の改正案を市議会に諮らずに、市長権限で「専決処分」するという強行ぶりだった。
 竹原市長は昨年、市職員給与の明細を公開。当時の職員約260人の半数が年収700万円を超えている実態を市民に示し、市政改革に奔走している。
 市議会からは2度の不信任議決を突きつけられ失職したものの、市民から「市政改革」の期待を背負って、昨年の市長選で返り咲いている。
 ブログ上での問題発言、司法判断の無視、議会の出席拒否など、おおよそ市長らしからぬ専制的な振る舞いに、市議会や市民から反発を受けているが、安穏とする公務員への反発や嫉妬心からか、改革を支持する市民も少なくない。
 現在、市民によるリコール運動が計画されているが、この先、注目される。

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