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卑しくなった日本人

 日本国民はいつから卑しくなったのか。日本国民を卑しくしたのは誰か。この問題を深く考えて反省しない限り、この国の政治は雪だるま式に借金を大きくし、あげくの果ては経済的に沈没する。
 卑しいというのは言葉を換えれば「もの乞い」である。ただで何かをしろという虫のよさであり、国家への依存体質である。
 この「ただでしろ」という要求は、年々エスカレートしてきたが、そのうち、これが権力側の懐柔の手段になり、ただでしたるから事業に協力せよ、票をよこせと取引関係に変化する。
 このように人間の自主性やプライドを傷つけるもの乞い思想のそもそもの出発は1955年以降の自民党の総裁選に起因する。総理の椅子を金で取引するため莫大な資金を要した。その資金づくりのために役所と政治や特定企業の癒着が常態化した。
 そして、中選挙区制の激しい選挙の攻防が、公約なるものの餌を開発した。その餌が「ただでしてやる」であり、逆に選挙民からの「あれもしろ」「これもしろ」の要求にエスカレートする。
 その激しい選挙戦を与野党を通じ展開したのが今日の多くの弊害の原因である。
 例えば、地方自治体に対しては「老人医療費をただにしろ」「保育園や幼稚園をただにしろ」「ただに近い公営住宅を建てよ」「修学旅行の費用を半分負担せよ」「高校教育をただにせよ」。
 政党や候補者は票が欲しいばっかりに、歯の浮くようなお世辞をいって、「これもします」「あれもします」と空約束する。
 こういう「ただでくれてやる」「ただでしろ」の投げ合い合戦が日本国民を底から卑しくしてしまった。
 各市町村では政府の方針と相マッチして、あちこちにたくさんの公共建物や施設を建設した。利用しないから腐りかけているのもあり、この建設費の借金返済や施設の管理費にお手上げのものがたくさんある。
 さきごろ問題になった郵政省のかんぽの宿や、厚労省の年金会計からのリゾート施設などもゼニ食い虫であったり、経営困難になって払い下げ問題が噴出した。
 これは昨日や今日の政治の欠陥からではなく、半世紀前からの日本の政治の堕落による。
 卑しい乞食根性に輪をかけたのが、自民党政権時代の定額給付金や、今の民主党のばらまき政策である。このようなおろかな政治にストップをかけ、人間に人間としての誇りと自主、自営、独立の気概を持たせるのが正しい政治の方向である。
 「農業がうまくゆかねば国が面倒を見よう、子づくりが大事だから子ども手当を出しましょう、高速道路はタダで走らせよう」。
 こういう「してやる政策」と「たらかし政策」は互いに関わりあって、ひ弱な体質になり、「大学に失敗したのは社会のせい、希望の就職先がかなわなかったのは国のせい、病気するのも失業も、変な事件の起きるのも社会のせい」。
 自分にとって不利なこと、都合の悪いことはみんな世の中のせい。こんな教育や社会のムード、政治家の発言が日本をますます卑しくする。税金を上げ、借金を増やし、国威を下落させ、財政上のパンクは見え見えである。結果的に国民は堕落する。【押谷盛利】

2010年06月25日 15:08 |


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