滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2010年06月30日

静かな知事選を考える

 目下の知事選、事実上は現職の嘉田由紀子氏に対する前衆議院議員・上野賢一郎氏の戦いである。
 知事選というのは、いわばお国の王様を選ぶわけだから、いつの場合も激しい攻防が展開されるが、今回は、挑戦者の立ち遅れのせいもあってか、どちらかといえば静かな、おだやかな選挙戦が展開している。
◇お国というのは、昔風にいえば近江のことであり、そのお殿さま選びが知事選であるから、県民が政治に関与できる最大のチャンスである。
 ぼくがいつもいうように、総理や知事は一国、一地方の王さまであり、絶対的権力者であるから、予算も人事も行政全般を掌握しているわけである。なんでもできるえらいさんであるから、国民や県民はなびきやすく、おもねりやすい。その強大な力が自惚れとなり、過信となり、それがそのまま側近政治をつくり、カネと政治とか、カネと権力の癒着を招き失脚する例が多い。
 司直の手による失脚もあれば、選挙民の手による投票行為によってさよならを告げられることも多い。
◇前回の知事選は現職・国松氏と新人・嘉田氏の一騎打ちだったが、栗東の新幹線新駅反対が攻める側の決め手となって、同時に訴えた「もったいない県政」が県民の心に響いた。自・民・公、連合推薦の強大な現職を、社民推薦の新人の嘉田氏が破ったが、これは民主主義の勝利であり、嘉田氏は勝つべくして勝ち、ある意味ではよくぞ決意してくれた、とそのぎりぎりの立候補表明に感動したことである。
 その点、今回は県民の関心を二分する重大な争点はない。2人の候補を分析すれば、いずれも知性、品格、政治能力の点で秀れている。
 嘉田さんは、公約の新幹線新駅ストップという大難事を苦労しながらやり遂げた。これは財政ピンチを救う英雄的行為であり、意志の堅固さを証明している。脱ダムも同様である。
 以来、もったいない県政を進めながら、県民との対話を重視した。女性なるがゆえに、男性権力者のように酒席で外交的政治をすることがないのが、旧体制の人にはもの足りないかもしれないし、特定の人やグループに愛想よくするのではなく、県民全体に顔を向ける姿勢を良しとしない者もあるだろう。
 上野氏は将来の日本の政界における星として期待する声が強い。非常におう揚で、知性を表に出さず、極めて明るい民主的リーダーの資質がある。
 今回の戦いは、相手に隙や欠点がないから攻め難いのは初めからわかっており、自民党県議や一部市長から強く推されて決意したが、「なぜ、現職でいけないのか」の決定的争点がないから、県民の関心にならない。比較的静かな知事選は、県民の心のしずかさを反映しているのではなかろうか。【押谷盛利】

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2010年06月29日

豊郷小を訪ねて(見聞録)

 「東洋一の学校」と呼ばれた豊郷町の豊郷小学校を27日、訪れた。
 一時、解体の危機に陥った校舎は改修されて、誰でも自由に出入りできるよう開放されている。
 学校を訪れるのは、2002年のあの騒動以来となる。
◇校舎は、1937年、同校の卒業生で、「伊藤忠商事」や「丸紅」の前身にあたる伊藤忠兵衛商店の専務だった古川鉄治郎氏が私費を投げ打って建築し、寄贈した。校舎、講堂の建築設計はアメリカ人のウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
 当時としては珍しい鉄筋コンクリート構造で、その外観から「白亜の殿堂」とも呼ばれ、同町のシンボルとして住民から愛され続けていた。
 しかし、1999年に大野和三郎町長が就任してから暗雲が立ち込めた。校舎の耐震性欠如を理由に解体、新築を計画したからだ。
 地元住民は歴史ある校舎の解体に反対し、町長と対立。住民運動が実を結び、2002年には、裁判で解体差し止めの仮処分が出たにもかかわらず、町長はこれを無視し、解体工事を強行。業者が校舎内に入り込んで、窓ガラスを割るなど、暴力的行為に乗り出した。
 住民グループは校舎を守るために校舎に泊り込んだ。これは全国ニュースでも取り上げられ、町長は批判が高まったことを受け、方針転換。校舎の保存を決める一方で、新校舎の建設を進めた。
 後に、町長と業者7人は建造物損壊の容疑で書類送検されている。
 町長はリコール運動で解職されたが、その後、返り咲いた。
◇中山道に車を走らせると、改修工事で真っ白な外観を取り戻した校舎が見えてくる。70年以上経った今も、飽きのこないモダンなデザインだ。
 校舎内に入った瞬間、タイムスリップしたような感覚と懐かしさに包まれる。木の香りがたまらない。板葺きの廊下の古びた香りか、ワックスの臭いか。
 階段の手すりにはイソップ童話「兎と亀」をモチーフにしたブロンズ製の兎と亀が取り付けられ、階段を登るに連れて物語が進展してゆく。ヴォーリズの温かさと工夫が伝わってくる。
 1階には図書館や教育委員会が入居し、それ以外の部屋は一般開放され、自由に見て回れる。
◇今、軽音楽部の女子高校生を描いたアニメ「けいおん」に登場する学校にそっくりということで、全国からファンが見学に訪れている。「聖地巡礼」と言われ、備え付けのノートを見れば、関東、東北、四国など遠方からもファンが詰め掛けていることがうかがえる。
 駐車場にはアニメのイラストを描いた車が停まり、3階の音楽室は関連グッズや楽器で「けいおん」一色。カメラを手にしたファンが、盛んに撮影していた。
 8年前の住民運動が忘れ去られたかのような、異色の注目スポットとなった豊郷小学校だが、校舎内は必見の価値有り。

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2010年06月28日

治に居て乱を忘れず

 「治に居て乱を忘れず」は、古代中国の古典「易経」にある教訓だが、これは今も百年後も千年後も人間の生きる道標として心に深く刻まれるであろう。
 平和の時も、いつか訪れるであろう兵乱のことを思って、その対策やそうしたことの起きないように心を配らねばならぬという教えである。
 佐藤栄作というかつての首相は、7年余も政権を担い、沖縄返還を実現し、後にノーベル平和賞を受賞した。
 その佐藤さんが、政権を退くとき、記者会見をしたが、あれほどマスコミを通じて国民に顔を売ってきた彼が、どたん場で新聞記者会と喧嘩した。そしてテレビの記者はどこにいるのか、写真班はもっと正面へ出ろ、新聞記者は出ていけ、と大騒ぎになった。
 官房長官の竹下(後の首相)が取りなしてその場を納めたが、人気絶頂の佐藤さんでも退くときの悲哀にまで心が及ばなかった。
 調子のいいときは、それを反映して記事にするが、調子が下降すれば、またそれを反映して皮肉や悪口や厳しい批判にさらされる。鳩山さんだって、昨年夏、衆議院選を圧勝して総理になったとき、絶対多数の与党を背景にまさか8カ月で退陣することは想定していなかった。
 どんなえらいさんでも栄光の場がいつまでも続くことはない。いつまでも続くと思うのは数の力や富の力で自分を過大評価するからである。いわばうぬぼれによる。
 菅首相は野党時代はいいことを言った。その鋭い時局観察はときに痛烈なる官僚批判になった。菅さんは公務員改革で、きっといい成果を上げるだろうと期待したが、どっこい大あて外れ。
 みんなの党の渡辺代表は「菅さんの菅は草かんむりだが、草は草の根運動と呼ばれるように大衆とか弱者につながる言葉だ。今の菅さんは草かんむりの取れた『官』さんになってしまった。これでは公務員改革など絶対できっこない」と、分かり易く言い切った。
 いずれ、国民から点数をもらいつつ退くときが来るが、惜しまれて歴史に残る仕事をしてほしい。【押谷盛利】

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2010年06月25日

卑しくなった日本人

 日本国民はいつから卑しくなったのか。日本国民を卑しくしたのは誰か。この問題を深く考えて反省しない限り、この国の政治は雪だるま式に借金を大きくし、あげくの果ては経済的に沈没する。
 卑しいというのは言葉を換えれば「もの乞い」である。ただで何かをしろという虫のよさであり、国家への依存体質である。
 この「ただでしろ」という要求は、年々エスカレートしてきたが、そのうち、これが権力側の懐柔の手段になり、ただでしたるから事業に協力せよ、票をよこせと取引関係に変化する。
 このように人間の自主性やプライドを傷つけるもの乞い思想のそもそもの出発は1955年以降の自民党の総裁選に起因する。総理の椅子を金で取引するため莫大な資金を要した。その資金づくりのために役所と政治や特定企業の癒着が常態化した。
 そして、中選挙区制の激しい選挙の攻防が、公約なるものの餌を開発した。その餌が「ただでしてやる」であり、逆に選挙民からの「あれもしろ」「これもしろ」の要求にエスカレートする。
 その激しい選挙戦を与野党を通じ展開したのが今日の多くの弊害の原因である。
 例えば、地方自治体に対しては「老人医療費をただにしろ」「保育園や幼稚園をただにしろ」「ただに近い公営住宅を建てよ」「修学旅行の費用を半分負担せよ」「高校教育をただにせよ」。
 政党や候補者は票が欲しいばっかりに、歯の浮くようなお世辞をいって、「これもします」「あれもします」と空約束する。
 こういう「ただでくれてやる」「ただでしろ」の投げ合い合戦が日本国民を底から卑しくしてしまった。
 各市町村では政府の方針と相マッチして、あちこちにたくさんの公共建物や施設を建設した。利用しないから腐りかけているのもあり、この建設費の借金返済や施設の管理費にお手上げのものがたくさんある。
 さきごろ問題になった郵政省のかんぽの宿や、厚労省の年金会計からのリゾート施設などもゼニ食い虫であったり、経営困難になって払い下げ問題が噴出した。
 これは昨日や今日の政治の欠陥からではなく、半世紀前からの日本の政治の堕落による。
 卑しい乞食根性に輪をかけたのが、自民党政権時代の定額給付金や、今の民主党のばらまき政策である。このようなおろかな政治にストップをかけ、人間に人間としての誇りと自主、自営、独立の気概を持たせるのが正しい政治の方向である。
 「農業がうまくゆかねば国が面倒を見よう、子づくりが大事だから子ども手当を出しましょう、高速道路はタダで走らせよう」。
 こういう「してやる政策」と「たらかし政策」は互いに関わりあって、ひ弱な体質になり、「大学に失敗したのは社会のせい、希望の就職先がかなわなかったのは国のせい、病気するのも失業も、変な事件の起きるのも社会のせい」。
 自分にとって不利なこと、都合の悪いことはみんな世の中のせい。こんな教育や社会のムード、政治家の発言が日本をますます卑しくする。税金を上げ、借金を増やし、国威を下落させ、財政上のパンクは見え見えである。結果的に国民は堕落する。【押谷盛利】

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2010年06月24日

マニフェストの功罪(見聞録)

 民主党政権の是非を問う参院選は24日公示され、滋賀選挙区(定数1)では民主、自民、共産の3候補が舌戦をスタートさせた(他1候補は在フィリピン)。
 さて、選挙のたびに登場する「マニフェスト」なる公約は、数年前から定着しつつあり、党や候補者の政策や考え方が大まかに紹介されている。
マニフェストで関心のある政策を比較して、政党や候補者を選ぶ方法は、スマートで、ドライで、合理的な印象を受ける。
 地縁や血縁を重視したり、地域ぐるみ、業界ぐるみで利益誘導型の候補を応援したり、単に「○○さんにはいつもお世話になっているから」というような旧態依然とした選挙にはない、爽やかさがある。何より、「マニフェスト」という横文字が、どこかしら新しい価値観で政党や候補を選ぶようで新鮮だ。
 マニフェストを掲載した冊子のレイアウトもデザインが洗練され、有権者に好印象を与えるものになっている。
 好印象なのはデザインだけではない。そこに並ぶ、「あれします、これします」の公約も国民受けするものばかり。
◇例えば、参院選の各党の子育て・教育政策を比べてみよう。
 民主党は子ども手当を現状の1万3000円から上積みする。希望者全員が受けられる奨学金制度を創設し、大学の授業料減免制度を拡充する。
 自民党は子ども手当を全面的に見直す一方で、国公私立すべての保育料、幼稚園費の無料化、子どもの医療費無料化、低所得者の授業料無償化をうたう。
 共産党は3年間で30万人分の保育所を整備し、私立高校を無償化。年収400万円以下は大学の学費を免除する。
 ―という具合に、マニフェストは国民の喜びそうな夢の政策で溢れ返っている。
◇だが、現実はどうか。昨夏の総選挙で政権奪取した民主党は、自民党時代の無駄遣いをなくして、子ども手当や高速道路無料化の予算を組めると主張していたが、結局、税収を上回る44兆円もの借金を重ねた。
 各党は国民の心をつかもうとするあまり、マニフェストで政策のバーゲンセールをしてはいまいか。過度な安売り競争の行く末は、赤字の悪化、そして倒産かもしれない。
 そして、赤字のツケは―。今、民主党や自民党は消費税アップを計画している。マニフェストに掲げられる至れり尽くせりの政策の負担は、すべて国民。

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2010年06月23日

民主、自民ともに大ペケ

 消費税増税、断固反対を書いたが、民主党ばかりでなく自民党も大ペケである。
 谷垣総裁は言い出しっぺは自民党である、と、さもお手柄のように10%を口にしているが、世の中の空気や国民の心が全然通じていない。
 民主党も自民党も所詮は官僚国家を温存したいのであろう。借金はするわ、増税はするわ、国家権力を傘に着て、ばらまきをやりたいのだ。
 ばらまき政策で国政をコントロールして、文句を言わずについてこい式の政治がやりたいのだ。そこには民主主義を土足で踏みにじる旧態依然のお上優越思想を垣間見ることができる。
 いまの日本経済の先行き不安を思わせる材料に両党は気づいていないのだろうか。消費税を上げれば高齢者福祉や医療費、年金などの問題をいとも簡単に解決できると思っているのが、そもそもの間違いの第一歩である。
 いまの日本の経済は大企業だけで支えていると思っているのなら大きな誤りである。実は中・小・零細企業が日本の経済の底辺を支えているのだ。優秀な製品や下請物品を製作し、大企業からはみ出した労働者の多くを抱えている。
 これら中・小・零細企業は現在の5%の消費税に対しても大変な重圧を感じていることを知らねばならぬ。それは競争社会の必然の試練であるが、価格競争を強いられ、消費税カットを呑まねばならぬ内情を抱えている点である。もし、現在の倍額(10%)の消費税を断行したならば、とたんに国民の内需は鈍化し、消費意欲は冷えること必定である。
 消費意欲の冷えは、たちまち不況に連鎖反応し、商品価格の下落、工場の操短、企業の利益ダウン、従業員の整理など悪循環が災いし、法人所得税の落ち込み、さらには金融不安、企業倒産をも招きかねず、ギリシャの政治的経済的危機を他人事と対岸の火災視することができなくなる。
 いま必要なのは、いかにして国費を削るか、スマートな細身の体で動き回れる体質づくりなのだ。そのためには天下り廃止。特殊法人その他、政府系法人団体の整理であり、国家公務員の削減と給与カットである。当然ながら、国会議員数の縮小縮減、給与その他の国費の大幅カットの断行である。
 もう一つ大事なことはただちに「ばらまき政策」をストップすることである。国民に増税を強いる政府が、他方でカネのばらまきをやるというのは、一つ間違えば金のなる木の経済界の健全な歩みに砂をかけることになる。
 不況が深刻化すれば失業者は増加するし、生活保護家庭は増えるし、国民は自己防衛のために財布の紐を締める。
 重ねていう。これまでのお上主導の行政秩序に徹底的なるメスを入れて、カネのかからぬ政府をつくることだ。【押谷盛利】

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2010年06月22日

プロスポーツ2題(見聞録)

 南アフリカで開かれているサッカーW杯の中継放送に、寝不足の読者も多いのではないだろうか。
 日本はグループリーグ予選で1勝1敗。日本時間の25日午前3時半キックオフのデンマーク戦で勝つか引き分ければ、16強による決勝トーナメントへの出場が確定する。
 19日のオランダ戦は平均視聴率が43%にのぼったというから、日本のサッカー人気は相当のものだと思いきや…。
◇今年4月、中央調査社が人気プロスポーツに関する意識調査(複数回答)を行ったところ、支持率の1位はダントツで野球(50・5%)となり、長年2位の座を維持していたサッカー(17・8%)は大相撲(19・1%)に抜かれて3位に転落。4位のゴルフ(17・4%)に肉薄されるという憂き目にあった。
 また、好きな選手を問う質問ではトップは6年連続でイチロー。以下、浅田真央、石川遼、松井秀喜と続いた。サッカー選手は中田英寿が最高位の11位で、現役選手では中村俊輔が12位と振るわなかった。
 しかし、日本代表がサッカー先進国を相手に互角の戦いを演じるW杯で、応援熱は大いに盛り上がっており、決勝トーナメント出場ともなれば、人気が再燃しそうだ。
◇一方、国際的スポーツのサッカーを出し抜いて、2位に浮上した国技・大相撲は、今、力士や親方の賭博問題で、7月11日の名古屋場所の開幕が危ぶまれる程の崖っぷちに立たされている。
 この問題については、週刊新潮で日本人力士の最高位の大関・琴光喜が野球賭博をし、暴力団から口止め料を脅し取られたと報じられたが、当の本人は当初、完全否定していた。しかし、後日、賭博どころか、口止め交渉の際には親方も同席していたことが明らかになり、さらに29人もの関係者が賭博に手を染めていた。
 相撲協会では目下、名古屋場所の開幕を議論しているようだが、この際、場所を取り止め、協会は解体的出直しをすべきだろう。醜聞にまみれる国技は、日本国民にとって恥ずかしすぎる。

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2010年06月21日

消費税増税、断固反対

 消費税は上げません、増税のことなど考えたこともありません。これは昨年、総理になった時の鳩山さんの談話である。同じ民主党内閣ながら菅さんは「消費税上げます」と、これは180度の政策転換である。とたんに60%の支持率が50%に下落した。
 ぼくはいつもいうのだが、税金を上げて仕事をするのなら、だれにでもできることで、政権を握る人間にとっては禁じ手と心得るべきである。
 江戸時代は無能な藩主や代官がいて、藩財政が苦しくなると、すぐ年貢(税金)を上げた。農民は屑米や麦飯、お粥をすすりながら泣く泣く重税にこたえてきた。
 情け容赦なく税金を取り立てることを「苛斂誅求」という。その結果、餓死する人間も出て、百姓一揆が起きた。いまでいうストライキの政治闘争のようなものだった。指導者は命がけで代官屋敷を襲ったりした。一揆は武力で弾圧され、首謀者は処断されたが、減税の効果と政治の刷新が行われた。
 日本は戦後、急速な経済成長を遂げ、それに伴い、インフラ(社会的経済基盤)整備に国費を投入した。
 これを分かり易くいえば、道路、港湾、河川、鉄道、通信情報、上下水道、空港、農地整備、学校、公園、公営住宅などの整備に税金と国費(借金)を投入した。俗にいう公共投資で、バブル崩壊前までは救世主的役割を担った。
 現在の日本は、一応インフラ整備は終わり、これからはその修復の時代に入る。公共投資派はさらなる投資にダムを考えるが、いまの政治はダムから福祉への意識転換こそ喫緊の課題である。
 さて、菅政権は無駄を排しての口実のもと、ばらまきを続けようとしているが、これではタガのゆるんだ桶に水を入れるようなもので、いくら水を入れてもいっぱいにならないし、国民の満足は得られない。
 カネの生る木があるわけではないから増税を考える。所得税は限界だから、一番奪いやすい消費税にしぼったのが今度の菅発言と民主党の政策である。
 これは、苛斂誅求の始まりであり、もし、実行すれば怨嗟の声が溢れるであろう。
 民主党の最大の応援団・連合は、消費税増税に賛成しているが、これは組合員の親方日の丸意識による。つまりは月給からは引かれる心配はないからである。
 消費税10%論がいとも簡単に言われているが、商人にとっては10%のマージンが経営の生命線である。それと同額の増税となれば、全国の中小企業に破産的影響は必至である。そのことが分かっていないから机上の空論というべきであり、断固阻止しなければならぬ。

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2010年06月19日

アライグマに学ぶ(見聞録)

 米ウィスコンシン州の緑に囲まれた小さな町を舞台に、少年が森で見つけたアライグマの赤ちゃんを連れて帰り、我が子のように育てる物語。1977年に放送されたテレビアニメ「あらいぐまラスカル」は、子ども達の人気を集め、ペットブームを巻き起こした。
 そして、今、日本国内でアライグマが野生化し、農作物を荒らしたり、建物を傷つけたりと、各地で被害をもたらしている。
 世界遺産の京都、二条城で柱を引っかいていたアライグマが18日に捕獲された。近辺には他にもアライグマが潜んでおり、引き続き捕獲する。
◇アライグマは、小動物から野菜、人間の残飯まで、何でも食べる雑食性。住む場所を選ばず市街地にも適応する。1回に3~6頭の子を産み、繁殖力が強い。
 名前の通り、食べ物を洗う習性があり、有毒のアカハライモリやニホンヒキガエルなどを、洗って毒抜きして食べるという。
◇日本では、アニメを機にしたペットブームで、「可愛いから」と犬や猫と同様のペット感覚で飼う家庭が増えた。子どものうちは可愛らしくて人間にもなつくが、成長すると野生の本能に目覚めて凶暴になり、手に負えなくなって野山に逃がしたり、アライグマ自身が器用な手先で檻から逃げ出したりした。
 日本にはアライグマを脅かす天敵がいないので、その強い環境適応力と繁殖力で増加し続けている。
 今でこそ狂犬病感染の可能性があることから、無許可での飼育や譲渡、販売が禁止されているが、野生化したアライグマは琵琶湖のブラックバスと同様に、天敵のいない日本に安住している。
◇ペットに限らず、人間の都合で日本に入ってきた動物が、結果として人間の生活や生態系に悪影響をもたらすことがある。
 沖縄でハブ対策に輸入されたマングースが野生化し、厄介者扱いされているのは知られているが、作物の受粉のために輸入したミツバチが在来種を駆逐しているケースなど、思いもしない形で生態系が破壊されている。
 前述のアニメの最終回では、自然の中で暮らすのが一番だとして少年がアライグマを森に放したが、外来種を安易に日本の野山に放てば、取り返しのつかないことになる。

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2010年06月18日

逃げの民主党と参院選

 参院選を目前に国会を急いで閉じた民主党は「逃げの民主党」として評判を落とした。与野党の国対委員長会談で一たんは会期を延長し、予算委を開くことで合意したが、参院の民主党の反対で多くの案件を審議未了のまま廃案し、国会を閉会した。
 もし、予算委を開けば大臣の事務所費問題などを持ち出され、どたん場で人気を落としかねない、という選挙の思惑が優先して肝心の国事を棚上げした。当然ながら公務員改革なども消えてしまったし、国民が注視する消費税の増税議論なども吹き飛んだ。
 民主党の逃げの戦術を「始めは処女のごとく終わりは脱兎の如し」にたとえることができよう。
 今年の春以来、民主党を直撃したのは小鳩2氏の政治とカネの不信と、沖縄の普天間基地の移設問題だった。
 政治をカネもうけか、不動産屋かと疑惑の深まるなか、国会の場で政治家としての説明責任を逃げた小沢前幹事長への怒りや不信は国民に浸透してゆくばかりだった。
 母親から十数億のお小遣いをもらっていながら知らぬ、存ぜぬで押し切った鳩山前首相に対しては野党から脱税王の汚名まで飛び出した。
 ところが、両氏に対する党内からの自浄作用は情けないかな音無しの構えだった。その反応が国民の拒否感を誘って、鳩山内閣は支持率20%を割った。小沢辞任を叫ぶ国民の声は80%を超えた。
 そして、参院選への投票行動については自民党を下回る数字が出始めた。
 これで尻に火がついた民主党はいやいやながら鳩山下ろしに転じた。
 不思議も不思議。小鳩の退陣、菅内閣の誕生と同時に国民の反応は急転回した。あっという間に内閣の支持率は60%の高率。参院選への投票行動も30%台に急浮上した。なんのことはない。小鳩の出所進退が世論を左右した。いかに国民が政治とカネ問題や沖縄基地での首相の食言に怒っていたのか、明々白々である。
 ここにきて、民主党が、世論調査の好調のうちに参院選へ突入という絵を急いだのは国家国民のためよりは選挙お大事なる私利私欲そのものである。
 菅さんは総理になって、いち早く中国を訪問する予定だったし、中国に聞いてもらおうとしたのか「靖国へは参拝しません」と口にした。日本人向けにそんなことをいちいちいうバカはいない。どっちを向いて政治を考えているんや、と早くもあちらさんへの土下座外交が心配されるが、そうかといって今の自民党に国民を引きつける魅力がない。
 このもやもや気分が参議院選にどう反応するか、一つの見どころではある。【押谷盛利】

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2010年06月17日

弱者救済と公平サービス(見聞録)

 長浜市議会の一般質問はきょう17日で3日間の日程を終え、この間、計24議員が質問に立った。
 ▽国民健康保険料の引き下げ▽子宮頸がんワクチンの公費補助▽子どもの医療費助成▽介護保険料の減免▽高齢者と子どものスポーツ施設無料化▽中学校部活の旅費の全額負担▽はり・きゅう・マッサージ助成券の支給―など、社会的弱者への配慮を求める要望が目立った。
 一方で、合併に伴う制度の画一化で、旧6町から、幼稚園バスの運行や施設利用について苦情が出た。
◇合併後の新しい長浜市は、肥大化した予算規模を年々、計画的に削減する必要があり、今の財政状況に真正面から目を向けず、公平な視点に立たない事業は、長浜市の将来を危うくしかねず、子や孫の代に大きなツケを残すことになる。
 長浜市は「事業仕分け」などを通して、不要な事業を削減してきた。今回の一般質問でも、財政問題や市民サービスの公平性、受益者負担を理由に、ことごとく議員の要望を突っぱねた。
◇一方で、市民の理解を得にくい不公平なサービスが議員から指摘された。
 共産党の竹内達夫議員が取り上げた姉川コミュニティ防災センターの浴室無料開放のこと。地域住民の「和みの場」として利用されているが、利用料をとらず、市が浴室運営のため人件費、水道代、光熱費など年間500万円を支出している。
 竹内議員は「これは同和対策の隣保事業だが、市が公平、平等、受益者負担を言うのなら、見直すべき」と訴えたが、市は「検討する」との答弁に終始している。
◇合併で旧6町の制度は長浜市の基準に統一され、無料だった施設利用料が有料になったり、保険料が上がったりと、負担を感じている市民は少なくない。
 市民の理解を得るには、不公平な行政サービスを改め、無料風呂を運営する余裕があるのなら、社会的弱者に手を差し伸べる事業に取り組むべきだろう。藤井市長の掲げる「聖域なき改革」に期待したい。

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2010年06月16日

宮本武蔵の剣と天の理

 ぼくは子どものころから宮本武蔵が好きだった。二刀流の達人で、天下のあちこちを浪人して歩きながら有名な道場を訪ね、その師範格と試合して勝ち続けてきた。つばめ返しの佐々木厳流こと小次郎を厳流島で打ち破った試合などは映画でもはらはらして興奮したものだ。
 少年のころは講談本で二刀流のカッコよさとその強さに引かれたものだが、その後、吉川英治の長編「宮本武蔵」を読んでその人格の高さを知った。特に沢庵和尚から禅の奥義を学び、剣の強さと天地大自然の法を体得したことなどから単なる剣の名人ではなく剣を宗教、哲学、芸術の世界にまで止揚した点について人生の鑑の如き達人であると思うようになった。
 さらにずっと後に、臨済宗妙心寺派の禅僧・対雲室善来師の「和尚の説法」なる著書に出会い、その中に出ている武蔵と彼の著書「五輪書」の解説を通じて、一層武蔵の偉大さに心酔するようになった。
 武蔵は五輪書の「地の巻」の序文に「九州肥後の地、岩戸山に上り、天を拝し、観音を礼し、仏前にむかい修行した。若年の昔より兵法の道に心がけ、13歳にして初めて勝負をなす」と書き出している。彼は、師匠はだれもいないと言っているが、天を拝み、観音を崇拝していた。
 また「諸国を回り、諸流の兵法学者に会い、60余度まで勝負をしたが一度も負けたことがなかった。それも29歳のころまでのこと。30歳を超えて顧みるに兵法を極めたから勝ったのではなく、おのずから剣の道に器用であって、かつ天の理を大切にしたらかであろうか。あるいは他流の兵法が未熟だったのであろうか」とも言っている。
 さらに「その後、なお深き道理を得んと朝夕鍛錬して、おのずから兵法の道にあうことができたのは50歳のころだった」と述べている。
 「それより後は尋ね入るべき道なく月日を送り、兵法を通じて諸芸諸能の道に励んだが、万事においてわれに師匠はなく、天道と観世音を鑑として五輪書を執筆する」と宣言している。
 彼は序文の後段で、「師は針、弟子は糸、絶えず稽古をしなさい」と説く。針は縫う針、糸は針に従ってものを縫ってゆく。
 「水の巻」のなかで、「なにごとも、いつくということはダメ。いつくは死ぬること。いつかざるは生きること」と説く。いつくとは一つ処に停滞すること。停滞したら腐る。
 「風の巻」では「わが道は有構無構。構えている様で構えていない。無心無我である」と、これは東洋的、禅的無の境地であろうか。【押谷盛利】

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2010年06月15日

もうすぐ参院選(見聞録)

 昨夏誕生した民主党政権は7月11日投開票の参院選で、初めて国民の審判を受ける。
 マスコミの世論調査では、菅内閣の支持率は6割超を叩き出し、鳩山内閣末期の2割からV字回復した。しかし、これは菅内閣への期待というより、小沢幹事長の辞任効果であろう。
◇念のため最近の参院選を振り返ってみよう。
 2004年は民主が躍進し、自民が現状維持、共産は大きく後退した。争点の一つは年金問題だった。保険料の引き上げ、給付切り下げなどの改革関連法案を、与党が同年6月に強行採決したばかりで、政治家の未納も発覚した。
 これが、年金問題を追及し続けた民主への追い風となった。自民は当時の首相が国民に人気の小泉さんだったから、1議席を減らしただけで済んだ。
 滋賀では民主新人の林久美子が自民新人の上野賢一郎、共産新人の林俊郎を破って初当選した。林(久)は29万0660票、上野は25万1196票、林(俊)は6万3391票だった。
◇2007年の参院選は民主が議席を倍増させる圧倒的勝利を収め、自民が歴史的大敗を喫した。この時も「消えた年金」問題がクローズアップされ、自民支持者が民主候補に投票するなど、自民離れが深刻化した。この時、すでに政権交代の流れは顕著化していた。
 滋賀は民主新人の徳永久志が自民現職の山下英利、共産新人の坪田五久男を破って初当選した。徳永は32万5365票、山下は26万3067票、坪田は5万9275票だった。
◇今、民主党政権は、子ども手当、高校授業料無料化など、表面上は国民に優しい政策を実行する一方で、国債発行による財政悪化に歯止めがかかっていない。また、消費税増税、普天間基地移転、外国人参政権、夫婦別姓など気がかりな政策が次々と浮上している。
 しかし、現状は民主の支持率が高く、自民が野党として民主批判の受け皿になり得ていないことを代弁している。
 そこで期待されているのが渡辺喜美率いる「みんなの党」。民主、自民を「エセ二大政党制」と切り捨て、天下りの根絶、公務員制度改革、税金の無駄遣いの解消など「国家経営のリストラ」を訴えている。「自民党は嫌だが、民主党で大丈夫か?」と考える国民への選択肢として、最近の共同通信社の調査でも、公明や共産よりも高い支持率を集めている。参院選で注目したい政党だ。    (以上敬称略)

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2010年06月14日

藤原弘達の侃々諤々

 11日付の時評に「かんかん・がくがくの弁」を書いたところ、面白いと多くの人から感想を聞いた。
 かんかん・がくがくは、侃々諤々と書く。広辞林には「剛直にして節を曲げず、遠慮なくものをいうさま」と説明している。言論人にふさわしく大衆の立場から言いたいことをいう。そういう気持ちで、このタイトルを選んだが、実はその背景にはぼくの尊敬する言論人の先輩藤原弘達氏がある。
 「侃々諤々」は藤原氏が昭和53年に出版した著書の名前である。すでに30年以上になるが、ぼくが県議会議員の選挙前、後援会主催の決起集会に講師として招いたことがある。市民会館いっぱいの聴衆を前に痛烈な時局批判を展開し、会場が藤原節に酔い痴れたことを思い出す。
 その時、本人から頂いたのがこの本で、「恵存、押谷君へ 藤原弘達」と達筆なサインが当時を偲ばせる。
 氏は評論家の細川隆元氏との時評放談で、茶の間のテレビファンの人気を独占していた。
 この本は、昭和52年に福田赳夫内閣発足直後から満1年間、「週刊読売」に連載した時事評論で、当時の政界の裏話など格調高く、かつ興味深く掘り下げて、歴史の一端を証言している。
 藤原氏の名を高らしめたのはテレビ出演もさることながら、その著「創価学会を斬る」による。
 昭和44年12月に出版されたもので、この本が全国の書店に配本された直後、公明党の竹入委員長に頼まれた田中角栄氏の圧力で一夜のうちに回収されるという事件が起きた。いわゆる創価学会の言論出版の自由侵害として大騒動になった。
 あの本の出版には、時の佐藤栄作首相が双手をあげて賛意を表し激励したが、子分の田中角栄が事件に介入していることを知り大いにあわてたというエピソードが秘められている。
 弘達節はこの本の中でおめず、憶せず、光っているが、そのなかに参院選にかつがれるタレント候補への批判が出色である。
 これは今年7月の参院選にも言い得ることで、投票する国民のレベルの問題でもある。
 「参院選ともなるとマスコミのうえで知名度の高い、タレント候補が保革を問わず名乗りあげる」「彼らは要するに票集め人で、その知名度を動員されるだけ」「ごく一部の例外を除き、ほとんどのタレント議員は政治家としては問題外ともいうべき無能と痴呆性を白日化したといってよい」。【押谷盛利】

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2010年06月11日

かんかん・がくがくの弁

 菅内閣の発足に国民はどんな反応を示したか。
 大手新聞社の世論調査の結果は10日いっせいに報道されたが、不思議なほど似通っている。これによると菅内閣の支持率は60%を超えた。
 鳩山内閣の最後の支持率は20%を割っていたからまさに破天荒の大躍進といえる。近く迫る参院選の比例区の投票先は民主が39%で圧倒的。野党1位の自民は哀れなるかな13%。もう一つ見逃せない数字がある。脱小沢の評価が70%を超えており、国民の83%は政治とカネの問題について小沢前幹事長の国会での説明を求めている。
 これらの数字を見て分かることは、新内閣のご祝儀相場もさることながら、国民のほとんどの人が小沢支配に強い批判をぶっつけたことである。これを裏返すと、今後は小沢問題への対応次第によって支持率は上がったり下がったり、乱高下するに違いない。
 目下、北海道から日教組を足場に当選している小林議員の政治資金の不正献金問題で、その去就が注目されているほか、小沢氏の元秘書の2議員の辞任を要求する声も出ており、最近の情報では菅総理の筆頭子分の荒井国家戦略相の事務所費問題がくすぶり始めた。
 今後、何が出るやら政界は一寸先が闇の世だから、与野党こぞって切磋琢磨するがよい。
 菅さんは気が短いのか、常にいらいらするので、「いらかん」というニックネームがついている。
 いらかん、大いによろし。国民の目線で国家国民の繁栄と正義のためにトッカン(突貫)するほどの情熱と勇気を持ってほしい。
 国民の声を「きかん」と支持率は下がるに決まっているから脱小沢のほか大テーマは「ダツカン(脱官)」である。世間の話では、民主党を牛耳っているのは全労で、しかもその中心が官、公労、日教組である。官僚も公務員なら官公労、日教組も公務員である。
 公務員のエリートを官僚というが、組合もまた労働貴族といわれる役員が威張っている。したがって、公務員改革とか、脱官僚といっても、根は一つだからそう易々と改革できるものではない。
 みんなの党の渡辺代表は、公務員改革の担当大臣として天下りの大掃除にかかり、徹底的改革を志したが、当時の与党自民党から反対されたので、脱党した。その渡辺さんが最近、民主党では脱官僚はできないと断言している。
 菅さんは、かつて日の丸、君が代が法律化されたとき、反対した。
 またこれは有名な話だが、日本人の拉致被害に関わった北朝鮮の工作員が韓国で逮捕されたとき、日本国内の親北派がこの工作員の救出運動に署名している。その後、菅さんは思想を「てんかん(転換)」したかどうかは不明だが、組閣以来の言動に拉致被害者の救出について聞いたことがない。
 菅さんは総裁選や政権の座についた当初は「あつかん(熱菅)」だったが、日が経つにつれ「ぬるかん(温菅)」になるかもしれぬ。
 「たかん(多感)」な若いときの政治家・菅を知る人は「きたいかん(期待感)」と「しんらいかん(信頼感)」を寄せるが、それが「あんしんかん(安心感)」にまで成長するか。これからが見どころである。
 「うそかん」と呼ばれたり、「だらかん(だらしない菅)」などと酷評されるようなことがあれば「あほかん」から、さらには「あかん」と国民から見離されるかもしれん。【押谷盛利】

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2010年06月10日

子ども手当と消費税(見聞録)

 民主党の目玉施策だった子ども手当の支給が長浜市でもきょう10日から始まった。手当は15歳以下の子ども1人当たり月額1万3000円で、市内では9648世帯に4、5月分、計4億3121万円が支給された。
 滋賀夕刊が手元に届く頃には指定された銀行口座に振り込まれているはずだから、子どもを持つ家庭にとっては嬉しい限りだろう。
◇長妻昭厚生労働相は8日の会見で、2011年度からの満額(月額2万6000円)支給を断念する考えを明らかにしたが、まっとうな判断だろう。
 金持ちにも貧乏人にも、働く者にも、遊ぶ者にも無差別に現金をばらまく政策はナンセンスで、子どものいる家庭を対象に住民税や所得税を減税する方がよほどスマートだ。
◇民主党は子ども手当に加え、公立高校の授業料無料化、農家の戸別所得補償、高速道路無料化などのばらまき政策を並べているが、その結果、年間予算の半分以上を借金に頼るという異常な財政状況に陥った。
 これらばらまき政策は昨夏の衆院選の民主党の目玉公約だったが、当時の有権者は、そういった「飴」に踊らされて民主党を選択したわけではない。派閥の都合で政治が動き、政官業の癒着で税金を喰い物にしてきた自民党政治に愛想を尽かしただけだった。
 ゆえに、民主党の使命は、長年溜まった膿を出し、清潔感のある国政運営をすることにある。その先には税金の効率的運用がある。
◇だが、今、財政再建を理由に消費税増税論が急浮上している。今後ますます進展する少子高齢化社会の中で、確保すべき福祉費の財源として、増税を議論するという道筋は理解できる。
 しかし、公約に掲げた税金の無駄使いの削除もままならないまま、勝手にばらまき政策を進め、そのための増税という手法に、国民は決して理解を示さないだろう。
 菅内閣が財政再建を理由に増税を議論するのなら、子ども手当や高校授業料無料化などを見直し、予算規模を圧縮するべき。

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2010年06月09日

女性の髪と月代の話

 髪は女性の命といわれる。近ごろ嬉しいのはひところ流行した茶髪や赤髪が影をひそめつつあることだ。
 戦後の一時期はパーマの強くかかった雀の巣のようなのが目についたが、これはいつの間にか姿を消した。
 俳優やタレントが金髪や茶髪でテレビに出るとバカがこれを見習うようだが、髪が命であり、宝であると考えるなら日本本来の髪の美について自覚することが望ましい。
 女性の髪で思い出すのは島崎藤村の若菜集の詩である。「おくめ」の後段は
 心のみかは手も足も
 吾身はすべて炎なり
 思ひ乱れてああ恋の
 千筋の髪の波に流るる
 千筋の髪とは、長くつやつやした黒い髪がふかぶかと千筋も波間にただようようだとの形容で、平安期の女性の長い黒髪を連想する。「おきく」では
 くろかみながく やはらかき
 をんなごころを たれかしる
 みだれてながき 鬢の毛を
 黄楊の小櫛に かきあげよ
 と歌う。長く、やわらかい、美しい黒髪が目に映る。若い娘をテーマにした恋の詩が幾編もみられるが、明治、大正時代、若ものの心を燃やしたにちがいない。
 また髪は生命の象徴ともとらえられている。人間、男女を問わず、年を深めれば人格的成長はともかく、頭髪が薄くなるのは天の法則である。薄くなったり、白くなるのは人生航路の勲章と自負すればよいのだが、「カッコ」を気にする大方は染めたり、かつらを愛用したり、人知れず苦労する。帽子を被って見た目をごまかそうと涙ぐましい努力をする人もあり、なかには高価な代償を払って生えるクスリや植毛に頼る人もある。
 クスリで生えればみな飛びつくはずだが、そんな魔法のようなのは信じぬのが無難である。いっそ逆手にとって禅僧になったつもりで、つるつる頭にして、黒い法衣姿で首や腕に数珠を飾るのもいいではないか。
 その気になってほんものの禅僧になればそれはまた仏の世界の不思議な因縁として拍手すべき快挙かもしれない。
 ぼくは子供のころ、父に剃刀でつるつるに剃ってもらった。
 ぼくがいやがって泣くものだから、それをなだめすかすため、玉子をくれたりした。玉子は大好きで、生玉子ならご飯三杯分に分けて味わった。
 剃刀をあてるやり方を当時、家のものは「さかいけを剃る」と言った。大きくなってからこれは「さかやき(月代)」であることが分かった。
 古語辞書には①男子の冠の下にあたる頭髪の生え際を半月形にそり上げること②男子が額から頭の中央にかけて髪をそり落とすこと、とある。
 応仁の乱のころに武士が始め、江戸時代に広く庶民におよんだとも説明している。
 小学校4年生でもつるつるの友人がいたが、ぼくの父はバリカンを借りて刈ってくれた。しかし刃が悪いのか、毛を食って引きむしるのでいつも悲鳴をあげた。散髪屋(理容店)へゆくのはずっと後だったが、女子は手入れが悪いのかしらみをわかすのもいた。
 「わかす」とは変な言い方だが、その子の母親が櫛けずりして、一つ一つ駆除していたのを思い出す。
 百人一首の絵を見ると平安期の女性は黒髪が身長より長く伸びている。洗髪が大変だったろうと余計な心配をするのだが、彼女らはよいとこの令嬢だった。【押谷盛利】

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2010年06月08日

自立促す生活保護を(見聞録)

 収入があることを隠して生活保護を申請し、大阪市から約510万円を不正受給していた中国人夫婦が7日、大阪府警に逮捕された。2人は「ただでもらえる金はもらって当然」と容疑を認めているという。
 この夫婦の発言は、今の日本の世相を代弁しているのではないか、と怖くなる。
 最近では、ホームレスの社会的処遇の改善や自立支援をうたうNPO法人による生活保護費のピンハネ事件も明るみになったし、不動産会社の関係者が、生活保護受給者の引っ越し費用を自治体からだまし取っていた。
◇生活保護は、病気や失業で生活に困り、自治体の支援制度を活用してもなお、最低限度の生活のできない世帯に、「健康で文化的な生活」を、とお金を援助する制度。保護の種類は▽生活▽教育▽住宅▽医療▽介護▽出産―など、その原資はすべて国民の税金。
 高齢でもなく、働けないほどの障害を持つ訳でもないのに、あれこれ理由を付けて労働を拒み、あわよくば国民の税金で生活しようと考える怠け者。ただでもらえるならと「濡れ手に粟」の発想で生活保護を申請するのは、倫理感の欠如そのものである。
◇生活保護法には「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その度合いに応じ、必要な保護を行い、最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長する」とある。
 これにあるように「自立を促す」ことが大切なわけで、高齢や障害で自立生活が不可能な場合を除いて、いつまでも惰性で保護を受け続けるものではない。生活保護が「働かずとも国が面倒を見てくれる」と、労働意欲を削ぐ制度になってはならない。
◇ちなみに、長浜市の生活保護費は今年度、16億4887万円を見積もっている。支給人数は5月1日現在で1091人。病気の症状などで多寡があるが、1人当たりの平均は年間151万円。

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2010年06月07日

婚活の男女の性の問題

 このごろ目につく言葉の一つに「就活」「婚活」がある。就活は不況のこのごろ分からぬではないが、婚活はちと淋しすぎる。淋しさを通り越して悲しくなる。
 府県によっては年間に婚活予算を組んでこれを推進している。その目的は結婚を推奨し、子づくりに励めということらしい。
 行政が子づくりに関与するのも変な話だが、それは国に少子化対策担当大臣がいるのと同じで、人口対策である。
 人口対策といっても、中国では一人っ子政策を国是とした程であるから、国の人口動態によって、増やすのか、減らすのか天と地の違いがある。
 戦時中の日本は「産めよ増やせよ」と政府が号令した。それは戦争で若い男が死んでゆくから補充せねばならないためで、人間が弾丸と同一視された。
 人間の命は地球より重し、と分かったような分からぬ話が伝説のように今は流行するが、それは建て前で、地球のあちこちで殺しあいが活発である。
 人間の弾丸視は戦時中の日本で、帰りの燃料を積まぬ特攻隊がみすみす敵艦に体当たりした。あさはかな世間知らずの戦術で、多くは敵艦に近づくまでに敵機の餌食となって南海の藻屑となった。
 いまの日本は平和憲法のお陰で若ものが弾丸となることはないが、それなら産めよ増やせよ政策は不要ではないかと反論する人もあろう。人口が減少して、高齢化社会になり、若い年齢の生産人口が減ると国力が低下するし、何よりも医療と年金で国の財政が持たないという心配があるからである。
 だからといって強制力で、男と女をくっつけることは不可能である。
 何よりもことは神秘な性の世界に属するので、担当の大臣ができようと婚活予算が組まれようと、ひだる腹に握り飯のような特効は望めない。そのへんの微妙なところが政治家も役人も言論人も分かっていないのがこっけいである。
 「放っておけ、そんなことは」。これは大自然の神さまのお言葉である。男と女が好きあい、子をもうけるのは本来の自然の姿であり、日本は神代の時代から、世界の歴史では何十万年も前から、人類はそうして人口を増やし続けてきたのである。陰陽の法則で男と女は互いに一体化しながら、それぞれ別の機能を果たしてゆく。
 その機能がおかしくなり、男の女性化や女の男性化、あるいは男子の精子の激減による中性化、不妊化などが一方での環境汚染とともに国をあやうくしている。これに目を向けない限り、婚活はナンセンスである。押谷盛利】

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2010年06月05日

生態系を守る心(見聞録)

 5月27日付の滋賀夕刊の記事で紹介したように、長浜市南部の水路に、県のレッドリストで「希少種」に指定されているカスミサンショウウオが生息していることが、長浜バイオ大学の齋藤修教授の調査で明らかになった。
 サンショウウオは両生類で、「幼生」の頃はエラ呼吸で水の中を泳ぎ回り、成長すれば手足が生えて肺呼吸や皮膚呼吸で、陸上を動き回る。
 漢字では「山椒魚」と書くが、これは一部の種類が山椒に似た香りを発することに由来するという。ただし、カスミサンショウウオはそんな匂いはしない。
◇同じ両生類のカエルが汚れた水の中でも平気なのに対し、サンショウウオは水質の良い場所でしか生きてゆけない。
 齋藤教授は実験でそれを確かめている。食器洗い用洗剤や洗濯用洗剤を1万倍に薄めた水の中にカスミサンショウウオの幼生を入れて、どれくらい生存するかを実験したところ、わずか数日で全滅。一方、石けん洗剤の場合は1カ月以上、生き残ったが、それでも最後は死んだ。
 カスミサンショウウオが生活排水の入り込む水路では生きて行けないことを実証し、その危険性を指摘している。これは農薬にも言えることだろう。
◇先日、読者からカスミサンショウウオの生息地を教えて欲しいとの問い合わせがあった。
 本来なら、広くアピールして市民の間で保護の気運を高めたいところだが、心無い人間による乱獲の危険性もあり、現時点では具体的な地名を紹介することは、地元の希望もあり、憚られる。地元住民らは水路を見守り、地域の小学生もカスミサンショウウオの調査を始める。
 これを機に、子ども達が地元の希少生物の存在を知り、人間のちょっとした活動がその生態系を破壊してしまうことを学べればと願う。洗剤や農薬を水路に流しただけで、珍しい生き物が絶滅するかもしれないということを。
 かつて、滋賀県は「琵琶湖総合開発」の名のもとで、豊な自然環境と生態系を破壊した前科がある。人間の便利さ、快適さの追求と自然保護のバランスが失われた結果だった。
 その反省に立ち、湖北地域の自然や生物を守り次世代に継承するシンボルに、カスミサンショウウオはなり得るかもしれない。

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2010年06月04日

小鳩退陣は国民の勝利

 鳩山退陣。当然といえば当然、唐突といえば唐突。2日の民主党議員総会での演説は悲痛でもあり、目に涙をこらえていた。
 絶対多数のあぐらの上に君臨する宰相だから任期いっぱいの4年間はともかく、まさか8カ月で退場するとは考えも及ばなかった。
 しかし、本人は最後まで辞める気はなかった。党幹部と参院側の手で引きずり降ろされた形だが、真相は国民の政治意識が退陣劇の背景である。
 沖縄の基地問題でウソつきの罵声と怒りを買い、社民党の連立離脱を招いたことが退陣の一つの要因ではあるが、それ以上の最大、かつ絶対的なハードルを見逃してはならぬ。
 そのハードルは「カネと政治」の問題である。党と政府の一体的な権力は紙の表と裏のようなもので、表は鳩山首相、裏は小沢幹事長だった。首相は貴公子然として友愛を説くが、幹事長は領土(選挙)が命の婆娑羅大名だった。実質的には表も裏も仕切る二重権力の様相を示し、鳩は操り人形とみられていた。
 だが、この2人の権力者は大きな面して政界を泳ぐには脛の傷が大きすぎた。2人の持つ政治とカネの疑惑と不信は本来ならばとっくに頭を丸坊主にして国民に詫び、かつ議員辞職すべき政治倫理の問題である。検察陣の甘さで2人とも起訴はまぬがれたが、国民の良識をはね返すことはできなかった。
 両人とも政治とカネの問題を秘書に背負わせた。その秘書たちは起訴、あるいは有罪に処された。元秘書の国会議員は党籍を離脱しているが、議員は辞めていない。
 北海道の日教組出身の小林議員は選挙資金の違反事件で表へは出ないが、その秘書や選対委員長は起訴されている。辞任すべきだが、秘書のせいにしてこれまた国費をかじっている。
 このような許し難い厚顔と政治責任に対し、これをきれいにするべきはずの身内の浄化機能も錆びついたままである。
 だれが、これをただすのか。絶対的権力でもって国民に君臨する2人といえど党内はいざしらず、日本は民主国家であり、独裁国家ではない。
 国民は報道機関の手による世論調査に答えて、ごうごうと内閣と党への不信をぶっつけた。それが内閣の支持率の急降下であり、10%台に。小沢辞めろの声も70%を超すようになった。
 目前の参議院選は民主党の惨敗という予報が急浮上した。そこであわてふためいたのが参院の改選組だった。自分たちの尻に火がついて絶対禁句の「鳩山降ろし」に点火した。
 国民の声は鳩山のみならず、それ以上に小沢不信の旋風となった。参院側の興石議員会長らの本音は鳩山だけを降ろして、小沢温存策だった。どたん場で、鳩山が牙をむいて、刺し違いを図った。
 クリーンな政治を決め手に「おれも辞めるが、君も辞めなさい」とドスをきかしたのは最後っ屁ではないが、友愛男にはできすぎた芝居だった。そして、国民に向かって思わず「クリーンではなかった」ことを自白した。そう言って退陣する道を開いたのは参院のワルではなく、国民の声だった。国民と民主主義の勝利を確認してカンパイ。【押谷盛利】

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2010年06月03日

またまた首相交代(見聞録)

 国民が自民党に三行半を突きつけて誕生させた民主党政権は、船出からわずか8カ月で船長が辞めることとなった。
 鳩山民主党は保守から革新までが同乗する「呉越同舟」の野党連合のうえに、国民新党、社民党というスタンスが異なる政党と連立を組み、国家の方向性が見えないまま迷走した。
 米軍普天間基地移設をめぐる首相発言の軽さ、社民党の連立離脱、西松建設違法献金事件から引きずる小沢幹事長の「政治とカネ」の問題など、首相と幹事長の辞任の条件としては、十分揃っていた。
 しかし、わずか8カ月での首相交代は自民党時代を見ているようで気味が悪い。海外各国は「日本の政治家も国民も、よくもまあ、あれだけトップをすげ替えるものだ」とあきれているに違いない。
◇2000年以降の日本の首相の在任期間と辞めた理由を振り返ると―。
 小渕恵三氏は98年7月から00年4月までの616日。脳梗塞で倒れた。
 森喜朗氏は00年4月から01年4月までの387日。小渕氏の後継として急きょ、決まった。総裁選を経ずに選ばれたことや、数々の失言で国民の支持率は低く、1年余りで退陣。
 小泉純一郎氏は01年4月から06年9月までの1980日。「自民党をぶっつぶす」など歯切れの良いフレーズで国民の人気者となり、佐藤栄作、吉田茂に次いで戦後3番目の長期政権となった。自民党総裁の任期満了に伴い、余力を残しつつ退任した。
 安倍晋三氏は06年9月から07年9月までの366日。「消えた年金問題」が原因で参院選で大敗し、テロ特措法の期限延長などの難問に直面。体調不良も重なって突然の辞任。
 福田康夫氏は07年9月から08年9月までの365日。こちらも野党多数の参院で政権運営が思い通りに運ばず、内閣改造後わずか2カ月で政権を投げ出した。
 麻生太郎氏は08年9月から09年9月までの358日。多少、国民の人気があったことで、解散・総選挙のための「選挙管理内閣」として誕生したが、いつになっても解散せずに、結局、衆院の任期満了ぎりぎりまで居座り、自民党大敗の引き金となった。
 そして、政権交代で民主党から誕生した鳩山由紀夫氏。09年9月から、きょうで260日目。
 2000年以降、実に7人。そしてあす4日には8人目の首相が誕生する。
◇海外に目を向けると、2000年以降の各国の大統領や首相の人数は、アメリカ、イギリス、韓国、台湾が3人、フランス、ドイツが2人。先進的な民主主義国では党が結束し、その代表が任期満了まで責任を果たすことが多いようだ。
 ちなみに、日本のようにころころと首相が入れ替わる国を探したところ、最近、過激なデモで注目を集めたタイが目に付く。この国では、与野党の支持者が公共機関の不法占拠など過激デモを繰り返し、軍部も介入して首相が次々と交替。クーデター首謀の陸軍大将など暫定首相も含めて2000年以降で計8人にのぼる。
 タイと同様とは言わないが、日本は世界各国に異質な姿を見せ付けていることは否めない。国民は今の政治への危機感から、投票行動でその声を反映させるとともに、政治家自身も党利党略に走ることなく日本という国家の運営に死力を尽くすべきだ。これ以上の政治漂流は許されない。

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2010年06月02日

鳩山首相の辞任と政局

 鳩山首相辞任表明。2日午前10時、電波は日本全土に鳴り響いた。
 おりしも2日朝の各新聞はいずれも申し合わせたように鳩山首相は辞任を拒否して継続するむねを報じた。
 「政治の世界は一寸先は闇」。これはしばしば言われる至言である。6月1日の報道界の情報は「鳩山首相、続投」の色が濃かった。5月末になって急に鳩山降ろしが吹き始めたのは、新聞の世論調査で国民の支持率が20%を割ったからである。
 この数字であおくなったのは、7月の参院選で改選される現職参議員だった。みすみす自分たちの墓穴を掘る愚は避けねば、と必死の鳩山降ろしが浮上した。民主党の参院会長で、党内ナンバー3の興石会長も自らの選挙(山梨)を控えており、1日夕、小沢幹事長とともに鳩山首相と会談し、辞任を求めた。
 党側からの鳩山降ろしを毅然として振り払った首相は記者団に親指を立ててにっこりと自信の表情を浮かべた。その瞬間、政界情報は鳩山続投でおさまった。
 しかし、党側は引き続き会談をすることにした。
 そして、一夜明けた今朝6月2日、急きょ、民主党は議員総会を開いた。席上、鳩山さんは辞任を表明し、同時に小沢幹事長の辞任をセットとする胸のうちを明らかにした。
 鳩山さんは無念の心を抑えながら、ことここに至った心情を国民に開陳したが、それほど高い見識があるはずにしては、辞任の決意が遅すぎた。
 辞任の理由の一つは、沖縄の普天間基地移転に関する沖縄県民への裏切りと、これに伴う社民党の連立解除だった。
 今一つの理由は政治とカネの不信を反省してのクリーンな政治への出直しであった。
 いままでの「首を据え変えねば参院選は戦えない」の声に耳をかさなかった首相が、今月に入って突然変化したのは参院側の抵抗による。
 このままの体制で参院選に臨むとすれば、それまでに起きる参議院の政治日程の狂いが現実のものとなる。拙速の議案が衆議院から参院へ回っても、ここで延ばされて審議未了となったり、否決される心配もあり、総理の不信任案が上程される可能性もあり、社民党の離脱と党内の造反議員の動き次第で、それが可決される可能性が出てきた。
 いわば興石氏らを代表とする参院側に首の根っこを押さえられて、しぶしぶ決断した。しかし、片手落ちになることを避け、一蓮托生の道を選んだ。いわば小沢を道連れにしたのだった。
 さて、局面の転回は出来るか。表紙を変えただけで国民は納得するのか。お化粧直しで、国民の眼をごまかすのは、これまでの自民党流であり、国民のことを本気で思うのなら衆議院を解散して、衆参同時選挙をやるべきである。

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2010年06月01日

市議選の顔ぶれ(見聞録)

 長浜市議会議員選挙の立候補予定者説明会が31日、市民交流センターで開かれた。出席者の顔ぶれで、おおよその立候補者が推測できる。
 定数30人に、46陣営が出席したが、最終的に調整が進み40人前後に落ち着くとみられる。それでも、1市6町合併後の初の改選とあって、候補乱立の様相だ。
 顔ぶれは、20代、30代の若手がなく、40代も数える程。50、60代の中高年が中心の選挙となりそう。
 女性の顔はたった2人で、いずれも現職のベテラン。旧長浜市内では20代女性の立候補の噂がくすぶってはいるが、未知数。
◇地域別に分析すると、旧長浜の南郷里は激戦区。候補者未定を含めると、現職3人、新人4人が名乗りを挙げている。南郷里だけの票ではこれまで3人の当選が精一杯だっただけに、地盤だけに頼らない選挙戦が求められる。
 北郷里では県議選のために立候補を見送る議長のお膝元で、後継候補が決まっておらず、放置すれば草刈り場となる可能性も。
 神照も同様に、引退する現職の後継が見えない。市内屈指の大票田にもかかわらず、こちらも草刈り場となってしまうのか。
 長浜市北部に目を移すと、旧湖北町は4人。増員選挙で圧勝した共産現職に、新人3人(未定1人)がどう戦いを挑むのか。さらに、旧高月町で5人、旧木之本町で4人が説明会に出席するなど、地元調整が進んでいない様子がうかがえる。
◇政党別では共産が5人、公明が2人。この7人が手堅く票を固めれば、残るは23議席となる。
◇現職はこれまでの仕事ぶり、新人は政見や人柄などが有権者の評価を受ける。公約も欠かせない。
 来月25日には、新しい長浜市を藤井勇治市長と共に運営してゆく新議員が決まる。我々、有権者は候補選定のプロセスも含めて、じっくりと品定めしたいものだ。

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