滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2010年05月31日

ひいきの引き倒し所感

 芸能人やスポーツの世界にはファンはつきものである。
 日本の中年女性が「冬のソナタ」にヨン呆けして韓国まで「追っかけ」したという話は平和でのどかだが、ファン心理につけ込む犯罪もあるからこの世は物騒である。
 相撲のファンに「たにまち」がある。通常のファンより中味が濃く、一般には「ひいき筋」「後援者」のことをいう。明治の末ごろ、大阪の谷町筋に相撲好きの歯医者がいた。相撲取りからは治療費をとらなかったことからこの名が始まった(大辞泉)。
 さきごろ、大相撲の親方が桟敷席の1等場所を暴力団に提供していたことが分かり、部屋が吹き飛んだり、所属の力士の部屋替え騒動などが報道された。相撲界にはこれまでも暴力団の関係を指摘する暗い影がささやかれていたが、火のないところに煙は立たない。
 プロ野球の有名投手が野球トバクのワナにはまって追放される事件があったが、あれもひいき筋の暴力団の牙の犠牲といえよう。
 単なる善意の後援と思っても、つきあっているうちに暴力団の金もうけに利用されるわけで、有名歌手やタレントが「たにまち」のために人気を落としたり、引退の悲劇を招くこともある。
 政界にもファンは影響する。次の自民党の星といわれる小泉進次郎氏の街頭演説は警察官が通行整理するほど聴衆をひきつけているが、そのファンの大部分は女性である。
 マスクもさることながら父親譲りの歯切れのよい演説が大衆を魅了するのであろう。
 それに比べると、かつては「宇宙人」のニックネームまで頂戴した鳩山人気は下がりっぱなしである。
 ここにきて、ぼくはあらためて「ひいきの引き倒し」なる言葉を思い浮かべる。
 目下の鳩山民主党政権は年初以来、マスコミの世論調査で人気の下降を続けているが、それに1役も2役も買っているのはひいき筋の組合と党内の鳩山ファンと小沢ファンのファッショ化による。
 この内閣とそれを支える民主党の人気の下落は「政治とカネ」の疑惑と不信によるが、国民に代わってそれをただそうとしないから国民の反感とじれったさは募るばかりである。
 小沢党首の場合はひっきりなしに疑惑のタネが報道され、きょうの新聞では副幹事長をつとめる辻恵議員が「検察審査会事務局」へ接触している。小沢さんを再び起訴すべきとするか、どうか極めて微妙な段階だから、一種の圧力をかけたのでは、と思われるほどの不明朗な件である。こうして「ひいきのひき倒し」はこの劇場の空気をますます暗くする。【押谷盛利】

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2010年05月29日

上野氏の立候補(見聞録)

 県知事選告示まで1カ月を切り、すでに立候補を表明していた現職の嘉田由紀子知事に、自民党の上野賢一郎氏と、共産党の丸岡英明氏が挑む三つ巴の構図が出来上がった。
 4年前、武村―稲葉を継承する国松知事の再選が絶対視された中、嘉田氏は「もったいない」をスローガンに、新幹線新駅の建設反対を訴えて立候補。重厚な組織力で圧倒する国松氏を、草の根選挙で打ち破ったのは記憶に新しい。
 当時、県民が嘉田氏に託したのは県政の刷新だった。自民、民主、公明などオール与党体制の中で、びわこ空港や新幹線新駅などの計画が県民の意思とは正反対に推し進められたことへの反感だった。
◇あれから4年。自民党は県連会長の上野氏を立て、雪辱戦に臨む。
 自民党は数々の候補擁立を模索したが、首を縦に振る人物がなかった。嘉田知事の人気を分析すれば、立候補しても勝ち目は少ないと見るのが一般的だろう。
 それでも、嘉田県政を批判する立場上、対立候補を擁立できなければ面目が立たない。そこで、この時期に来て県連トップの上野氏への一任となった。彼が出ないと、自民党の面子が潰れる訳で、上野氏は苦渋の決断だったことだろう。
 選挙の立候補者について、「出たい人より、出したい人」と言うことがあるが、今回の上野氏は「出たい人」でも「出したい人」でもなく、「出ざるを得ない人」であったのだろう。
◇上野氏は京都大学法学部を卒業後、自治省を経て、2003年の衆院選に立候補するも敗北。翌2004年には参院選に鞍替え立候補し、再び敗北。そして翌2005年の衆院選で初当選した。
 2007年には、当選1回議員としては異例の自民党税制調査会幹事に抜擢されるなど、党の若手ホープとして国政での活躍が期待され、保守・自民党を内側から変革してくれる人物だと、大きな期待が寄せられていた。
 しかし、昨夏の衆院選で政権交代の風に敗れた。
 そして、今度の知事選への立候補。県連会長としての責任の取り方かもしれないが、国政で活躍すべき有能な若手が、「反嘉田」の自民党県議によって知事選に駆り出されるのは残念でならない。

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2010年05月28日

もったいない県政の推進

 26日の時評で意識改革をできぬ政党や政治家はバカだと訴えたが、これは知事選を念頭に置いた自民党県連へのぼくの忠告といってもいい。
 4年前の知事選は7月2日開票された。国松県政の3選を100%信じ切っていた自民、民主、公明の与党県議は顔色を失った。無名の新人・嘉田由紀子さんの「もったいない県政」と「新幹線新駅反対」が勝利したからである。
 なんぼ忘れっぽい人間でも4年前の知事選に示した県民の良識は心に残っているはずである。このときの知事選で、県民は栗東における新幹線新駅と従来型の公共投資、具体的にはダム建設反対の知事を選んだ。その政治姿勢はだれにも納得できる「もったいない県政」だった。
 4年経過した今、もったいない県政の指針は「ご用相済みなのか」。否、ますます推進しなければならぬ大眼目である。
 ぼくが自民党県連を厳しく批判するのは、県民の心を無視して、稲葉―国松と続いた従来型役人政治への郷愁を思うからである。
 今の県財政は約1兆円の借金を抱えているが、これは長年の放漫県政のつけによるものであり、国家と同様、健全財政化を図るのが刻下の急務であり、日本丸も滋賀県丸も下手な運航をして沈没させてはならぬからである。
 嘉田県政は少数与党の環境下にあって、起工式まで終わっていた新幹線新駅を揺れることなくストップさせた。
 県下にばらまかれた不採算の建物や事業を見直して、大胆に節税の施策を進めたが、さらなる改革として県職員の定数見直しや人件費の圧縮、環境滋賀の推進などが求められる。
 せっかくの「もったいない県政」を後退させたり、転換させる愚は決して採るべきでないから、自民党の県議諸公も既往の公共投資優先の拡大再生産方式の悪夢から覚めて県民の心にこたえてゆくべきである。それが意識改革であり、県民の信頼をかち得る道である。
 念のため記すが、かつて筆者が声高く反対し続けた「びわこ空港」は12年前、稲葉県政時代計画したものだが、10年前、どうにもならなくなって当時の国松知事が凍結を表明した。1県1空港の名のもとに県の発展をと、机上の空論で、推進してきた県は、これまでに予備調査費など約38億円を投入したが、全くの死に銭となった。
 もし、凍結せずに進めたならば事業費は総額1580億円、県民は多大な借金で泣くことになり、利用の少ない空港の維持管理に、毎年赤字をぐんぐん増やし続けているに違いない。【押谷盛利】

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2010年05月27日

庁舎建設のお金と時間(見聞録)

 長浜市は老朽化の著しい庁舎の建て替えを計画している。建設位置などを検討している検討委員会は25日、市役所東別館(旧市民病院跡)が最適との結論を出し、26日、藤井勇治市長に報告した。
 市役所の位置については、前・川島信也市政も旧病院跡とする計画を進めており、藤井市政が継承した形だ。ただ、111億円とされる総事業費は、「豪華すぎる」と批判していた藤井市長の下で、圧縮される見通し。旧病院跡に隣接する民間商業地の買収と営業補償、立体駐車場建設を見送ることで20億円以上の圧縮につなげる。
◇市庁舎の位置については、旧病院跡の活用のほか、現地改修、市立長浜病院東側の国道8号線沿いの農地、旧市民会館・市民体育館の敷地利用の4案が検討され、委員会は利便性や経済性などを総合的に協議して旧病院跡を最適とした。
 決め手となったのは、旧病院跡の活用による事業費圧縮と早期実現性だろう。
 合併で借金が1400億円にも膨らんだ長浜市に財政の余裕はなく、庁舎建設には国の補助制度の利用が不可欠。
 その制度は、1市2町合併(長浜・浅井・びわ)に伴う財政優遇措置の「合併特例債」と、中心市街地活性化基本計画に基づく「暮らしにぎわい再生事業補助金」。
 特例債は新市を形成する事業について、事業費の95%を特例債の発行でまかなうことができ、元利償還金の70%を国が交付税で面倒を見てくれる。長浜の場合は庁舎建設に28億円の特例債を発行する予定で、うち20億円を国が負担してくれる。また、再生事業費補助金は7億円にのぼる。
 だが、これらのありがたい制度にはタイムリミットがあり、特例債は平成27年度、再生事業補助金は平成25年度までの庁舎完成が条件となっている。
 庁舎完成までには、おおむね基本設計1年、実施設計1年、建築工事2年の計4年が必要。再生事業7億円の補助金を得るには、時間的余裕がまったくない状態。
◇さて、最大のハードルは市議会の議決だ。市役所の位置を変えるには市議会の3分の2の賛成が必要。市はこの6月議会に提案する方針だが、市議会の理解を得られるかは未知数。
 仮に6月議会への提案を見送れば、7月の市議会議員選挙で市議の顔ぶれが変わり、時間的余裕がない中で、再び議員への説明が必要になる。万一、選挙戦を通して地域エゴが台頭し、市役所の奪い合いとなれば、市議会の3分の2議決が遠のく。
 果たして6月議会に提案できるか、できないか、通るか、通らないか、ここ2、3週間の市と市議会の動向が注目される。

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2010年05月26日

県知事選と自民党県連

 政党でも政治家でも、あるいはわれわれ並の人間でも自らを意識改革できぬものはバカだ、とぼくはみる。人は自らの意識改革によって脱皮し成長し、発展する。
 自民党県連は7月の知事選に向け、現職への対立候補を立てるという。県連といっても実質は所属の県会議員の意向であるが、彼ら県議諸公の頭の中は古くてカビの生えているようなお粗末さである。
 4年前、300からの推せん団体を取り付け、オール与党的環境の中で完勝を期したはずの当時の現職が、無名に近い一新人の女性・嘉田由紀子氏に敗れたそもそもの起因を未だに検証していないのだろうか。
 4年前は、自民党のみならず、民主党も当時の現職・国松氏をかついだが、それは強い候補、経験のある候補に与して、当選後の利権にあやかりたい、とのさもしい助平心だった。
 反省した民主党は自己改革して、選挙後は嘉田県政に協力する姿勢に転換した。自民党は節を曲げるのをいさぎよしとしないのか、野党として対決してきた。
 彼らは勝つか負けるか、バクチか勝負事のような感覚で政治を眺めているが、まさに本末転倒である。県民のため、県の将来のため、どんな政策や長期戦略が必要なのか、それを真剣に考え追求し、具現するのが県議諸公の任務ではないか。
 4年前の知事選で、県民は、県政の3与党と連合の推せん候補を否定し、新人の嘉田氏に勝利の花束を贈った。
 なぜ、県民が武村―稲葉―国松と続く役人型県政にノーと言ったのか。これは県民の賢明な意識改革であり、逆にその古さを今に引きずっている自民党はバカの上に大がつくのかもしれぬ。
 必勝パターンの強力現職がなぜ敗れたのか。総括していなかったとすれば怠慢であり、総括してなお既往の方針にこだわるのであれば、時代遅れも甚だしく、次の県議選でお役ご免の審判を受けるがよい。
 既往の方針とは何か。それは新幹線駅であり、ダムであり、箱ものを含めた公共事業の大盤振る舞いである。
 これについては他日に譲るが、4年前、県民の拍手した「もったいない県政」のお題目は今に生きており、財政逼迫の今日、その推進こそが望ましく、それをストップさせるのは、借金政策で県政を破綻させるだけである。
 それが分からないのか、分かっていても蜜に目のゆくさもしさなのか。
 それはともかく自己改革をしない限り、この党に夢はない。議員の明日に救いはない。【押谷盛利】

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2010年05月25日

市議の質問回数(見聞録)

 先日、滋賀夕刊で市議会議員の「出欠簿」の記事を掲載したところ、ある市議から「なんで記事にしたんや」との電話。情報公開に積極的な市議会が自ら発表していることを伝えると、「出欠だけでなく、一般質問の回数も調べて、載せてくれ」との要望。
 そこで、市議の一般質問に立った回数を調べてみた。
 調べたのは現在の市議34人のうち、合併に伴って追加された旧6町の市議6人を除く28人。
 市議会の定例会はおおむね3月、6月、9月、12月の年4回開かれ、そこで市議が市政課題などを質すのが一般質問と呼ばれる。
◇前回の市議選(平成18年7月)以降に開かれた定例会15回から、一般質問(会派代表質問を除く)に立った市議を順番に紹介すると―。
 全15回、毎回質問に立ったのは秋野久子、浅見信夫、伊藤兵一郎の3議員で、いずれも共産党。
 以下、▽14回=押谷友之、脇阪宏一▽12回=西尾孝之▽11回=竹内達夫、林多恵子、金山正雄▽10回=溝口治夫、寺村正和、吉川富雄、武田了久、押谷與茂嗣▽9回=北田康隆、吉田豊、野村俊明▽8回=福永利平▽7回=東野司、北川薫、押谷憲雄▽6回=山口忠義、福嶋一夫▽5回=茂森伍朗、田中伝造、青木甚浩▽2回=阪本重光(ただし、議長、副議長、監査は質問に立たないため、他の議員に比べ回数は減る)。
 そして、一度も質問に立たなかったのが、花川清次。彼は先日の「出欠簿」でも欠席日数が最多だった。
◇一般質問では市政の問題点や改善点を指摘したり、新たな施策を提案するなど、市議の調査・提案能力を示すような充実した質問や、丁々発止の議論で議場を熱くする市議がいる一方で、勉強不足、意図不明、長演説、ピント外れなどの質問もある。
 よって、質問回数だけで市議の仕事ぶりを推し量ることはできない。
 それでも、年間500万円以上の報酬をもらっている市議が定例会でどのような姿勢でいるのか、7月の市議選を前に有権者が知っておく必要があるのでは、との思いから、出欠簿と質問回数を紹介した(敬称略)。

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2010年05月24日

北への断固たる制裁を

 きな臭い風が朝鮮半島から吹き始めた。韓国軍の哨戒艦「天安」の沈没が北朝鮮の魚雷攻撃によるものと判明したからである。
 韓国はアメリカなどの協力を受けて国連安保理事会に持ち出し、国連による制裁措置を断行する構えだが、これには日本やイギリスなど自由国家も同調するだろう。
 ただ、心配されるのは同じ思想やこれまでの経過で友好関係にあるロシアや中国が同調するかどうかである。
 北朝鮮びいきの2国は強硬的制裁に反対して、融和策を求めるであろうが、北朝鮮の暴挙をあいまいのまま時間稼ぎをすれば国連の権威は落ちるばかりである。それ以上に心配されるのは、今後さらなる武力挑発の起こり得る可能性である。
 北朝鮮はこれまでにも年中行事のごとく国境を犯してのトラブルを起こしており、反撃する韓国側との間で死傷者を出すこともあった。
 今回の事件は韓国側が状況調査と海底から引き揚げた哨戒艦の遺留物や爆破物の慎重分析などによって北の仕業と断定したが、北朝鮮側はいつものようにこれを「南(韓国)の謀略」として敵意をむき出しにしている。
 国連がどう判断し、制裁に踏み切るか。今後の推移が注目されるが、韓国自体は国の威厳にも関わり、国民を納得させるためにも断固たる対策をとるに違いない。
 隣国の日本は決して対岸の火災視する態度は許されぬ。ましてやいまだに解決していない拉致被害者の救済もあり、厳しい経済制裁を採ることが自由国家の義務として求められよう。
 北は、経済的に困窮し、国民生活は最低以下に追い込まれており、それを解決するため、これまでは核脅威や軍事トラブル、麻薬、にせドル事件を通じて外交上の「ものもらい」を成果づけてきた。
 話し合いの結果、食糧品や肥料、医薬品、開発資金の援助などがそれである。
 考えてみれば、北の武力暴発や核開発は、まるで他国から食糧やカネをゆすりとるための手段のようですらあった。
 その手は食わぬ、と断固たる制裁をすれば、どうでるか。ぼくが「きな臭い」と思うのはそれである。しかし、「ほとけの顔も三度」ということがあり、国防と外交にほぞを固めねばならぬ。【押谷盛利】

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2010年05月21日

「年重ね病かさねて」の歌

 「年重ね病かさねて生かされる 四つ輪押しつつ春をよろこぶ」。
 この短歌は長浜文学協会の勉強会に発表した藤川かねさんの作品。
 本人を全く知らない人でも、この歌の作者がおいくつくらいかは大体見当がつく。年を重ねたと告白しているのだから高齢者であることが分かる。
 病かさねては病を重ねてであり、どこを患っているのかはさだかではないが、入退院を繰り返したり、あるいは持病などがあって俗にいうクスリ漬けの生活かもしれない。
 しかし、この歌の作者はそれを悲しく思ったり愚痴ることをしない。できるだけ歩かねばと、積極的に老人車を押して買い物に出かけたり、散歩しているのだ。「老人車」を押すではいかにもみじめと考えるのか、「四つ輪」を押す、と表現しているのが面白い。作者の見栄とも言えようし、おしゃれ気分とも理解できる。
 この歌の一番よいところは、年重ね病かさねて「生かされる」と言い切った点である。 自分の力ではなく、大自然の働き、神仏の加護、家族や周辺の温かい心、さらに日本という国土の恩恵、などがミックスして「ありがたい」と喜ぶ感謝と祈りの心が凝縮されているのがすばらしい。そして、厳しい冬がようやく去って、花が咲き緑が萌え、鳥が歌い蝶の舞う春を迎えたうれしさ。老人車を押しつつ、穏やかな陽を浴びながら心浮き浮きといった前向きな姿を31音にまとめたところが読むものの感動を誘う。
 そこには高齢者にありがちな、ほの暗い湿っぽいムードがなくて、むしろ若もののような明るさと活気を感じることさえできる。
 たまたま20日の滋賀夕刊に生涯学習に関する県民の意識調査の結果が出ていた。過去1年間、何らかの学習活動を行った人は全体の64%の高率を示し、この結果、生活に充実感ありと答えているのは全体の70%。活動内容は趣味、健康・スポーツ、ボランティア・NPO活動、教養、その他となっている。
 趣味や健康に最も関心の高いのは70歳代で74・5%。学習は地域、サークル、新聞や雑誌・本のほか公民館活動が一般的である。
 老境にあっても、元気で前向きの人を見習うべきだが、自分の思っていることや感じたこと、あるいは世間に訴えたいことなどがあっても、これを表現できなければもの足りない。
 その点、短歌や俳句、音楽、絵画、陶芸、彫刻、写真、盆栽、生花など趣味を豊かに表現力を身につけた人は幸せである。まさしく創作の喜びといえるのではないか。そういう喜びと学びの前向きな姿勢がおのずと本人の健康に役立っているのでは、と思われる。【押谷盛利】

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2010年05月20日

タイの抗議活動を考える(見聞録)

 タイの首都バンコクの繁華街を占拠していた元首相タクシン派のデモ隊が治安部隊の強制排除を受けて、抗議活動の終結を宣言した。
 デモ隊は4月以降、繁華街を不法占拠し、武器を持ち込むなどしたため、一時は内戦の様相を呈した。都市機能はマヒし、企業活動は休止に追い込まれた。外資獲得の要である観光産業も大打撃を受けた。
 また、暴徒化したデモ隊の一部は放火や略奪を行い、治安部隊との衝突でこれまでに45人の死者を出した。「ほほえみの国」のイメージとは程遠い姿を世界にさらした。
◇デモ隊の訴えは議会の早期解散と総選挙。政治の刷新を求めたが、その火種は4年前にさかのぼる。
 2006年9月、当時のタクシン政権が軍事クーデターで失脚し、タクシン氏は国外へ逃亡した。しかし、翌07年12月の総選挙でタクシン派政党が勝利した。
 その後、08年10月に最高裁がタクシン氏に汚職防止罪違反で禁固2年の実刑判決を下し、その翌月には反タクシン派がバンコクの国際空港を不法占拠。さらにその翌月、憲法裁がタクシン派政党に解党命令を下した。その後、今のアピシット首相が誕生した。
 タクシン氏と彼の支持政党は選挙で勝利したにもかかわらず、クーデターと裁判で、その地位を奪われたわけだ。国民の支持を集めながら、政治の舞台から引きずり下ろされたのだから、デモは必然的だった。
 タクシン派が求めるように議会の解散・総選挙を行えば、同国の多数を占める貧困層から支持を集めるタクシン派が勝利するとみられるから、アピシット首相としては、それまでにタクシン派を徹底的につぶ貧困層への政策で国民の支持を集めたいところ。
◇タイは早くから民主主義が定着し、軍事独裁国家のミャンマー、社会主義国のベトナム、内戦の続いたカンボジアなどの東南アジアにあって「ASEANの優等生」と呼ばれていた。
 だが、その歴史ではたびたび軍事クーデターがおき、軍事政権が樹立され、憲法が停止するなど、軍政と民政を行ったり来たりしている。
 今回のデモは、民主主義の逆行に対する国民の怒りと言えるのではないか。アピシット政権が総選挙で堂々と国民の支持を得ない限り、デモの火種は決して消えないだろう。

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2010年05月19日

児童虐待と一万円札

 不安の尽きない物騒な世の中、報道される事件のたびに、人間はどこまで堕ちてゆくのだろうか、と悲しくなる。
 滋賀県の発表によると平21年度の県下の児童虐待件数は2800件で、過去最高を示した。
 児童虐待そのものが不可解だが、その数字の異状さを見て文明の背後に巣食う地獄図に身震いする思いである。しかも虐待するのは親がほとんどであり、ほとけであるべき実母までが加害者と聞いて信じられないようなショックを受けた。
 虐待されていたのは5、6歳以下の幼児が多いというが、どうしてこんなことが起きるのか、畜生より劣る家庭内の悲劇ばかりではなく、小学生が見知らぬものに刺されたり、連れ去られる事件もひんぴんと起こっている。
 17日、大阪市内で小学2年生の女児が面識のない32歳の女性に刺された。この女性、路上に自転車を止め、黒い帽子を目深にかぶり、タバコを吸いながら立っていたという。ぶつぶつひとりごとを言っていたというからまともな状態ではなかったのかもしれぬ。
 人間、まともか、まともでないかを判断するのは精神医の領域かもしれぬが、専門家でも困るのは、レントゲン写真のように患部を映し出すことができぬことであり、さらに厄介なのは、朝はまともであっても午後になって急におかしくなることもあるからである。極端なのは、ある日、あるとき、突然魔が差したように狂うことがある。そういう異状性による突然の被害は防ぎようもない。けれども、毎日の事件を詳細に分析していれば、そうした変な事件、精神性とも思える犯罪が増えつつあるのはまぎれもない現実である。
 人を刺すような実害はなくとも家に迷惑をかけたり、結果的に人身事故を起こしやすい精神性の事件もあとを絶たない。
 これは15日、愛知県の東名阪自動車道の大治本線料金所近くで起きた1万円札ばらまき事件。男性(49)がわけのわからないことを話しながら1万円札をばらまいた。家から700万円を持ち出したもので、277万円は回収されたが、後の420万円の行方が分からない。本人は車に乗っていて近くで接触事件を起こし、歩いて移動したものとみられる。
 この男、もし反対車線を走るなどして交通事故を起こしたら、それこそ死者を出すかもしれない。万札ばらまきと笑ってすまされることではない。われわれの周辺には常にそういう不安材料が増えつつあることを認識すべきで、あらためて警告しておく。【押谷盛利】

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2010年05月18日

家庭訪問は玄関で?(見聞録)

 学校の担任の先生が児童・生徒の家をたずねる家庭訪問。最近は部屋まで上がらずに玄関で済ませることが多くなっているそうだ。
 家庭訪問の目的は、先生が家庭内の様子を観察し、保護者とひざを交えて話す中で、部屋は散らかっていないか、どんな本を読んでいるのか、子ども部屋は整理整頓されているのかなど、子育ての様子を把握すること。
◇家庭訪問を玄関で済ませるのか、部屋に上がるのかは、教師や家庭によって温度差があるようだ。
 長浜市内の複数の教育関係者に話を聞いたところ、ある教員は「家庭環境、勉強環境を知るためにも部屋の中に上がりたいが、プライバシーの問題から、こちらから部屋に上がらせて下さいとは言いにくい。保護者の対応による」と話す。
 別の教員は「基本は玄関で済ませ、部屋に入るのは遠慮する。熱心に誘われたら入りますが」と消極的。他には「遠慮していたら家庭の様子が分からない。ひざを交えて保護者としゃべらないと駄目なのです」との意見も。
 ある校長は「玄関で話をしていて何が分かるのか。家庭訪問は、家庭での子どもの様子を把握し、親との信頼関係を築き、一緒に子育てするためのもの。担任の先生には、少しでも部屋の中に上がらせてもらうよう指導している」と話す。
 しかし、保護者の中には「部屋が散らかっているので」「犬がいるので」などの理由で、玄関口で話を済ませるケースも。
◇家庭訪問のあり方は各地で変化しており、学校側から「玄関先での対応でお願いします」との通知が保護者に出されたり、家庭訪問自体行われない学校もある。
 一昔前は、訪問の前に部屋を掃除し、先生がみえたら、応接間に通し、手を付けないと分かっていても茶菓子を出した。先生が覗くかもしれないので、子どもは自分の部屋や学習机の周辺を整理整頓した。
◇授業時間を削ってのせっかくの家庭訪問。玄関での立ち話に終わることなく、有意義な機会としたいものだ。
 先生側から「部屋に上がらせて下さい」とは言いづらいので、保護者が「どうぞお上がり下さい」と誘導し、固く遠慮された場合は玄関に座布団を敷いて対応すべきだろう。
 少なくとも、先生とひざを交えたおしゃべりで、家庭での様子を知ってもらうことが、子どもにとって大切。

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2010年05月17日

お隣りさんからの脅威

 残念なことだがお隣りさんから不安材料がひんぴんと伝わる。
 岡田外相が15日の日中外相会談で先方の楊外相に中国の保持する核兵器の脅威に触れ、その削減を要請したところ、中国側は16日、「放っておいてくれ」とにべもなく反発の談話を発表した。
 自主防衛に必要な最低水準の核能力であり、今後も維持し続ける、とかみついてきた。 対馬海峡の彼方、朝鮮半島の不安は危機的である。3月末、南北境界線付近の黄海上で起きた韓国艦の沈没が北朝鮮の魚雷攻撃によるもの、との韓国外相の表明である。16日の日韓外相会談での柳外相の発言だが、この事件、早くから北側説が流れていた。韓国側は現場の状況や引き揚げた哨戒艦の調査などを慎重に進めてきたが、機雷の接触によるものではなく、北の魚雷攻撃によるものと判断した。
 この事件、国連の安全保障会議に持ち込まれ、北朝鮮制裁につながるかどうか、今後の動静が注目される。
 南北国境線を越えての朝鮮半島のトラブルは毎年のように発生しているが、年ごとに北からの侵入が横着さを増している。
 北の艦船からスパイと工作員が韓国に侵入して逮捕されたり、射殺された事件も記憶に新しい。
 17日の朝日によれば15日夜、北朝鮮の警備艇が南下し、黄海の海上軍事境界線を2度にわたり侵犯している。韓国軍の警告射撃で9分後、引き返した。
 かつては、大韓航空機が北の工作員の手で爆発した事件もあり、一触即発の危機は南北の平和のみならず、隣りの日本にも重大な脅威となる。
 たまたま日本政府は沖縄の普天間基地の移設をめぐって政治危機に直面しているが、日中問題といい、対朝鮮問題といい、あらためて日米軍事同盟の重さが問われよう。
 しばしば報道されているように日本の領海近く中国の潜水艦や偵察機が傍若無人の振る舞いを見せているが、これは一種の挑発行為であり、品位と節度を疑わせる。何が日中友好かと国民の反発をそそるばかりである。
 鳩山首相は「友愛」外交を説くが、独立心と祖国を思うプライドを捨てれば中国の属国となるばかりである。
 日本丸を沈没させる危険をひしひしと感じるきょうこのごろである。【押谷盛利】

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2010年05月15日

市職員が暴力?(見聞録)

 長浜市役所の建築課に苦情を言いに訪れた50代男性が市職員(50代)に暴力を振るわれたと、本人から本紙に相談が寄せられた。
 男性は右ひじ全治10日間の安静加療が必要との接骨院の証明書を手に、市職員の暴力を批判。市職員に襟を正してほしいと訴えている。
◇男性によると、今月11日、千草町内の改良住宅の水漏れに関する工事費について、市役所の建築課を訪れ、苦情を言ったところ、市の担当者と口論に。その後、別の席に案内され

る際に、市職員に腕をねじ上げられたという。
 ことの真相を同課の課長に尋ねた。「男性は職員に腕をねじられたと言っているが、そんな暴力があったのか」との質問に「そのようなことはない」と否定した。
 質問を変えて「男性の右ひじが全治10日の安静加療が必要と診断されているが、男性の右腕に何か心当たりはあるのか。市職員が引っ張ったりしたのか」の問いに、「席に案内す

るために手を添えただけ。暴力は決してない」と説明した。
◇この問題では、当事者の市職員が西尾孝之市議に、男性が阪本重光市議にそれぞれ相談したが、双方の主張は食い違ったまま。
 13日には都市建設部長と建築課長、当事者の市職員ら計4人が男性宅を謝罪に訪れている。「市職員の言葉の行き過ぎがあったのは否めない。公務員として市民感情を失墜させて

申し訳ない」(課長)ということだが、暴力については否定しているため、男性の怒りは収まっていない。
◇市職員は公僕としての責務が求められる。横柄な対応をすれば、敏感に反応するのが市民感情であろう。
 実は、男性と市職員は旧知の仲。公私の区別を無くした言葉遣いで感情を高ぶらせたとしたら「親しき仲にも礼儀あり」との格言も思い返したいものだ。

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2010年05月14日

土一升金一升と田舎

 「土一升に金一升」という判じもののような言葉がある。土地の値打ちの高低さを分かり易く言ったもので、東京など大都市の土地の優越性を田舎のそれと比較した。
 長浜で坪(3・3平方㍍)10万~20万円の宅地が大都市では100万も500万円もするというのが土一升、金一升の具体的な価値の差を示す。
 長浜市内の南部の農業Aさんの話では、高齢化したのと後継者がいないため、百姓に見切りをつけて売ろうと思うが一反(300坪=1000平方㍍)100万円でも売れない、とぼやいていた。一反100万円は坪単価にすれば3333円であるが、これは農地であるから特に安いが、同じ長浜でも伊香の山家へゆけばさらに安く一反50万円でも売れぬだろう。
 いまは地方の時代だ、などと政治家は歯の浮くようなことをいうが、土地価格を例にとるまでもなく中央と地方の格差はあまりにも目立っている。土地の格差はそれ以外の生活面でも明らかで、例えばお産をするのに産科医がいないとか、買い物に出かけるのに公の交通手段がないとか、大雪が降っても若ものがいなくて除雪ができぬ、などの話は普通である。
 若ものがなぜいないのか。不便だから都市部へ出て世帯を持つ。あるいは就職先がないから学校を出てすぐ大都市へ出てしまう。農村部の過疎化現象は皮肉にも田植えや収穫の機械化が進み、マイカー時代に入ってからひどくなった。
 つまりは不便な土地から生活の快適さを求めて、都市へあこがれる心理が働くのである。端的に言えば、土地の価格が高いところほど魅力があって人が住みたがる。東京への一極集中はけしからぬと批判はするが、首都機能の地方移転は難しく、若ものは年々東京にあこがれて、東京の人口はふくらむばかりである。
 地方は土地が安い、水も空気も美しくてうまい、人情も厚くて…と、自慢しても入ってくる若ものはおらずに出てゆくばかりである。
 したがって、山間部は空き家が増え、大きな家が自然に老朽化して住めなくなる。田んぼや畑は作るものがいなく、ただで貸すから作ってくれといっても作り手がない。山だってそうである。炭を焼かないし、柴刈りをするでもなく、建築木材も安い外材を使うので日本の杉や桧、松を伐ることがない。仮に売っても、そのカネで山に再投資する気力も労力もない。
 山林所有者は山の手入れができなく、山は荒れるばかりで水質源の側面からも心配な事である。
 都会がよいか、田舎がよいか、人口の集中と減少の両極端を単純に考えれば都会がよいとなるが、価値判断はそんなふうに簡単に割り切れるものではない。
 土一升、金一升のせち辛い大都市で、公害や犯罪の多い環境のなかをいらいらしながら生きるのが幸せかといえば必ずしも都市に軍配は上げられまい。生きる価値観を奈辺に置くかが一つの命題でもあろう。
 地方の田舎暮らしのよさをどう認識するか。それは健康や幸福の実感ともつながる。自分の古里を愛することは古里への誇りでもあり、先祖や、歴史と伝統を思うことでもある。政府や政治家が真に「地方の時代」をいうならば地方の発展充実のため、財政支出や税負担の軽減等で地方に政策の温かみを施すべきであろう。【押谷盛利】

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2010年05月13日

主催者発表の数字(見聞録)

 他県に移設するのか、しないのか、と沖縄県民をイライラさせている米軍の普天間飛行場。
 その県内移設に反対する沖縄県民大会が先月25日開かれ、9万人の県民が参加したと、新聞やテレビが報じていた。
 沖縄の人口は4月1日現在で138万5297人だから、県民の15人に1人が参加したことになる。これほどの参加があると、鳩山由紀夫首相も「民意の一つの表れだと理解している」と語るしかない。
 しかし、沖縄の民意を示す「9万人」という数字は正確なのだろうか。そんな疑問をぶつけた記事が今週の週刊新潮に掲載されていた。
 東京の警備会社が県民大会の会場の空撮写真をもとに、参加者を1人ずつ数えた結果、1万1569人しかいなかった。
 空撮のため、テントや木陰に隠れた参加者は数に入れていないが、9万人と大きくかけ離れた数字に、主催者は「参加の意思があった人も含めての9万人です」と苦しい説明。
◇この数字は「主催者発表」であり、新聞やテレビが独自に数えたわけではない。一般に、集会や催しで、その盛大さをアピールするために、主催者が大げさに発表する場合がある。
 身近な例では選挙の決起集会や出陣式。陣営の発表が、記者の数えた人数より2、3割増しというのは当り前で、ひどい場合は2倍、3倍と水増し発表する。
 数えるのが難しいのは大きなイベントだろう。今春の長浜曳山まつりの本日の人出は約3万5000人。昨夏の長浜・北びわこ大花火大会は約10万人。これらは数えようがないので、「見た目」で前年の人数と比較し、発表している。
 今年の正月三が日の長浜八幡宮の参拝客は14万人。八幡宮の発表によるものだが、長浜市の人口が12万人だから、余呉町、西浅井町を含め赤ん坊からお年寄りまで全市民が参拝しても、まだ2万人足りない。
 一方、黒壁スクエアを訪れる観光客は年間200万人。これは、黒壁ガラス館の入場者とレジを通った人数から算出した推測値。
◇どの数字が実情を正しく反映しているのかは、現場に行かないと分からないが、新聞やテレビは「主催者の発表によると」という前置きで、実情とかけ離れた数字をそのまま報道することがある。自戒を込め問題を提起しておきたい。

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2010年05月12日

心が乏しく卑しくなる

 文化が進み、経済が豊かになると、人の心が貧しく卑しくなるのであろうか。そんなことをふと思うきょうこのごろである。
 昔の人は「衣食足って礼節を知る」といったが、このごろは全くあてにならない。おなかペコペコで、ぼろを着ている人を見かけることはないが、公徳心のない人やエチケットをわきまえない人が多くなった。
 自動車を運転しているとよく見かけるのが窓からタバコの吸いがらを捨てる人である。危険だからやめましょうと法で決められた運転中のケータイ通話も珍しくない。
 文化が進み、生活のレベルが高まっているはずなのに詐欺やドロボウの犯罪が尽きない。それどころか、いとも簡単に人を殺す。
 どう考えても腑に落ちない精神の貧困である。このごろは刑務所が定員オーバーの満杯状況であり、それに老、高齢層の囚人が多いという。しかも50歳以上で、再犯、再々犯、なかには出たり、入ったり、まるで刑務所を棲み処としているような人もいるらしい。
 娑婆に出ても仕事も家もないから再び刑務所へ帰れば食う心配も寝る心配もいらんという。こうした刑務所志願の犯罪が増えているのも変な話である。
 昔も家のない人が野宿することはあったが、今のように天下ご免で公園や橋の下でテント生活する人はいなかった。テント生活しながら生活保護費をもらい、パチンコはするわ、酒もタバコもやるという怠けものが大都市に増えている。
 子には親があり、親には子があるはずだが、文化国家の淋しさは親子の愛の稀薄さであろうか。親と子の関係が薄くなるくらいだから兄弟姉妹、親戚の心の通いも薄くなる。
 家族制度の崩壊によるとは言え、家につながる伝統や家の誇り、恥を知るプライドが消えてゆく。ただのものはもらうが、金を出すのはいや。なにもかも政府や役所にオンブに抱っこで暮らしたい、と虫のいいことばかり考える。
 困ったことに文化生活を「手足を動かさぬこと」と勘違いしているようだ。言わば省力産業の犠牲にされたようなもので、食べ物は一切加工食。お勝手に包丁とまな板が消える時代であり、ほうきや雑巾は不用、エスカレーター、エレベーター、車から車。腹の減りようがないのに、食べもの、飲みものの溢れる社会と家庭。その結果、病む人が多くなり、国民みんながクスリ漬け。病気も目に見えぬ「精神性」が増え、不幸な事件と因果する。歯止めをかけねば日本もあなたも亡びる。【押谷盛利】

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2010年05月11日

サッカーW杯と参院選(見聞録)

 サッカーワールドカップ南アフリカ大会の日本代表メンバー23人が10日発表された。
 中村俊輔、中沢佑二、遠藤保仁ら主力が順当に選ばれ、ゴールキーパーの川口能活、楢崎正剛は1998年のフランス大会から4大会連続となる。
 南アフリカ大会は6月11日に開幕し、日本代表は14日にカメルーン、19日にオランダ、24日にデンマークと対戦するが、いずれも格上の相手で、苦戦が予想されている。
◇政治の世界では、民主党が昨夏の衆院選の勢いはどこへやら、7月の参院選で苦戦を強いられそうな気配。その原因は、鳩山由紀夫首相、小沢一郎幹事長の政治資金問題、普天間基地移転問題の迷走のほか、外国人参政権、夫婦別姓の推進など、国民の感覚とかけ離れた政策にある。
 特に、外国人参政権や夫婦別姓については、国家や家族のあり方に大きな影響を与えるだけに、選挙で国民の信を問うべき問題であるにもかかわらず、唐突に動き出したきらいがある。
 民主党の支持率低下を見る限り、国民は子ども手当てや高校授業料無償化という「アメ」に踊らされず、冷静に政治を見ているようだ。
◇オリンピック金メダリスト・谷亮子の民主党からの立候補表明は、そんな低迷ムードを吹き飛ばすかのようなサプライズだった。小沢幹事長が彼女をどう口説いたのか、彼のテクニックにも驚かされる。
 さて、今度の参院選では谷に限らず、各党が多くのスポーツ選手を「パンダ」「即戦力」として擁立する。
 民主党は池谷幸雄(バルセロナ五輪体操銀)、長塚智広(競輪選手)、自民党は石井浩郎(元プロ野球選手)、堀内恒夫(元プロ野球監督)、国民新党は西村修(プロレスラー)、たちあがれ日本は中畑清(元プロ野球選手)。
 このほかにも、落語家、歌手、女優らが立候補する予定。有名人で無党派層の票を狙う戦略に、国民はどう反応するのか。
◇政治の一大決戦である参院選の直前に行われるサッカーワールドカップ。もし日本が苦境の予選を突破し、決勝トーナメントに進めば、国内は盛り上がる。国対抗戦ゆえに、特に愛国心は大いに高揚することだろう。
 その高揚感が残ったまま参院選に突入すれば、中国寄りの与党・民主党への影響は…。ワールドカップと参院選の関係を分析するのも面白いかもしれない。

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2010年05月10日

母の日とぼくの母親

 9日は母の日だった。「お母さん、ありがとう」赤いカーネーションや贈り物のできる人は幸せである。老いの身で、子や孫から祝福される母もまた幸せである。
 母の日に母はおわさず、というのが老境の一般の嘆きである。
 ぼくの母は74歳で亡くなったが戸籍上は義母であった。実の母はぼくが生まれて半年後病死した。なにも分からないまままだハイハイもできぬ赤ん坊は同じ押谷家に養子縁組されて養父母に育てられた。当時実家には小学生の幼い姉と兄がおり、農業のかたわら養蚕、製糸、行商などを営んでいた父は乳飲み子のぼくを抱いて苦しみ悩んだに違いない。
 そういう経過はぼくが小学校6年ごろになって知ったことで、ぼくの生活と心の中は育ての親がそのまま実父母だった。
 こうしてぼくはなにも知らないまま養父母の愛に育まれ、同時に陰に陽に実父の恩恵を受ける身となった。
 昔から「子をもって知る親の恩」というが、親さまがどれほど尊いか、ありがたいかは正直なところ、十人が十人、子を育て孫を見てから分かることである。赤ちゃん時代のおむつかえのころはいうに及ばず、親さまの心の中は寝ても覚めてもわが子のことばかりである。「寝ていても団扇の動く親心」こそが子を育てる親の慈悲である。
 とおく、万葉の歌人は「しろがねもくがねも玉に何せむに優れるたから子にしかめやも」と親心を歌っている。
 しろがねは銀、くがねは金。一首の意味は、金、銀が尊いと思っても子に優る宝が他にあるだろうか。子にまさる宝などはこの世にありはしない。
 ぼくの母は働きものだった。子どものころ朝、目が覚めたら母は糸とりをしていた。学校から帰っても母は煮えたぎるカマの湯から繭を生糸につむいでいた。
 お盆が終わると山畑へ上って大根などの種蒔きを。秋の中ごろは山へ柴刈りに出掛けた。
 母は正直もので、人の陰口を聞いたことはなかった。どこへ旅行するでも、何を趣味とすることもなく、おいしいものや珍しいものは自分が食べずにぼくにくれた。正月と祭りと盆にはごちそうをしてくれた。地蔵盆に山を越えて木之本地蔵へ連れてくれるのが忘れられぬ楽しみだった。【押谷盛利】

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2010年05月06日

東京吉原の旅館(見聞録)

 ゴールデンウイーク(GW)がきのう5日で終了した。6、7日を休業し、9日まで続く企業もあることだろう。
 夏を先取りしたかのような好天に恵まれ、行楽地は賑わい、高速道路の渋滞が例年通りのニュースとなった。
 小生も連休を利用して東京へ出掛けた。若者で賑わう新宿や表参道、おしゃれな雰囲気の六本木、下町風情が残る浅草、「オタク」の聖地・秋葉原、もんじゃ焼の店が密集する月島など、観光の定番地を訪れ、靖国神社へも参拝した。
 どこも若者や観光客であふれ、東京の元気さに圧倒された。
◇東京観光で印象に残ったのが、1泊1250円で宿泊した旅館で、場所は台東区の千束。江戸時代以降、遊郭街として華やかに栄えた「吉原」だ。戦後は火の消えたような町になったが、風俗店が密集しているのがその名残だろう。
 旅館に到着したら玄関のスリッパは「品切れ」。通された部屋はテレビやエアコン、テーブルがなく、殺風景で無機質。空気がよどみ、ボロボロの壁には穴が空いていた。
 人数分の布団が用意されていなくて、従業員に頼むと、「空いた部屋の布団を持って行って」とのこと。観光から戻ってきたら部屋の鍵が開かず、従業員から「部屋に鍵をかけたんですか?」と言われる始末。
 一つしかない共同風呂は宿泊客が交代で入るため、チャンスを待つしかなかった。夜になれば終電に間に合わなかった風俗嬢が泊まり、深夜の食堂で遅い夕食。従業員が足りないのか、掃除は行き届かず、廊下にゴミ袋が詰まれていた。
◇この旅館、新館と旧館からなるが、普段は新館しか使用せず、GWなどの繁忙期にだけ小生が泊まった旧館を利用するようだ。
 従業員によると旧館は元は遊郭で、殺風景な部屋はその名残という。往時は、大名や文化人が集まる社交場、最上級の「大店」として栄華を誇り、複数の店舗を構えていたそうだが、今は見る影もない。
 近くには「吉原大門」と呼ばれる交差点がある。大門は遊郭街の正面玄関で、治安維持と遊女の逃亡防止のため、江戸時代は出入りが大門に限られた。
 旅館周辺では朝9時から黒服が店先に立つが、閉鎖されシャッターを下ろしたままの店も目に付く。往時の活気を忘れるかのようにマンションが建ち、「普通」の街に移り変わろうとしているようでもある。
 最新のファッションや文化を取り入れ、発信し続ける表参道や六本木と正反対に、時代から取り残された姿を晒すここにGWの賑わいは感じられなかった。

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2010年05月01日

「友愛?」の子ども手当(見聞録)

 子育てを応援するために民主党が昨夏の衆院選で公約に掲げた「子ども手当」。15歳以下の子どものいる家庭に、子ども1人当たり月額1万3000円を支給し、2011年度からは2万6000円に増やす計画だ。
 内閣府が29日に公表した子ども手当に関するアンケート調査結果によると、回答者の約半数が「貯蓄」にまわすようだ。
 回答の内訳は「子どもの将来のため貯蓄」43・4%、「日常の生活費の補てん」11・4%、「保育費」10・8%、「習い事などの費用」9・8%、「学校教育費」8・7%、「学校外教育費」8・6%、「子どものためとは限定しない貯蓄」4・8%だった。
 年収300万円未満の世帯に限定すれば、生活費に充てるとの回答が2割あった。
◇手当については、母国に子どもを残す在日外国人も対象とあって、母国で大量の養子縁組をして申請するケースが危惧されている。
 実際に尼崎市では、韓国人男性がタイで養子縁組したとして554人分の手当(年額約8600万円)を申請。厚生労働省の「50人まで」という例示で、市は受け付けを拒否したが、もし49人分だったら…。
 日本国民の税金を無駄遣いするような欠陥を残しながら制度を拙速に導入した背景には、今夏の参院選を意識してのことだろう。
 手当が銀行口座に振り込まれれば、「ありがたい」「助かる」と喜ぶ家庭もあるだろうし、政権交代を印象付ける政策と受け止められよう。
 しかし、日本の財政事情に目をやると、2010年度の一般会計予算は過去最大の92・3兆円。うち税収は37・4兆円にすぎず、基金などの取り崩しで10・6兆円を調達し、44・3兆円を借金でまかなった。収入の約半分を借金に頼る異常さがある。
◇この異常な財政下でのバラマキについて、国民の目は厳しく、読売新聞のアンケート調査によると、子ども手当を「評価する」とした回答者は34%にとどまり、「評価しない」が66%を占めた。
 社会全体で子どもを見守り、育てるという方針は理解できるし、手当で子育て家庭の負担が軽減され、少子化の解消につながるのなら、歓迎もされよう。
 しかし、日本の子どもが借金を背負い、外国の子どもに手当を支給する鳩山首相の「友愛政治」に、国民は厳しい目を注いでいる。

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