川島氏の選挙人生(見聞録)
きょう4日、川島信也市長が任期満了を迎え、市庁舎に別れを告げた。
川島氏はこれまでに実に9回の選挙に立候補し、当落を繰り返してきた。振り返ると―。
東大法学部卒業後、旧国鉄に入社し、ニューヨーク事務所次長、本社経営計画室主幹を務めるなどエリートコースを歩んだ。
1980年に国鉄を退社。1983年の衆院選の滋賀選挙区に、宇野宗佑(通商産業大臣、後に首相)、山下元利(元・防衛庁長官)らとともに自民党から立候補した。定数5に対し6人の立候補だったが、最下位で涙を飲んだ。
1986年の衆院選でも再び、宇野、山下、武村正義(後の大蔵大臣)らと自民党から立候補したが、7人中最下位で、落選。ちなみに、このとき初当選したのが、今の文部科学大臣の川端達夫氏(当時は民社党)。
1990年に挑んだ3度目の衆院選は無所属で立候補。大差で敗れ、国政への道を閉ざした。
◇翌年の1991年、長浜市長選に立候補。新人4人で争う中、知名度を生かして圧勝。4度目の選挙で、当選の美酒を味わった。
だが、その後の市長選で当落を繰り返し、4年間、市長職を全うしては、次の4年は浪人生活。そして、今年2月、4選を目指したが、敗れた。
川島氏は衆院選、市長選合わせて計9回の立候補で3勝6敗。国鉄退社から実に30年近く、選挙人生を送ってきた。
◇川島氏は、市立病院の移転、1市6町の合併など、その実行力で未来の長浜市の礎を築き、大きな功績を残した。一方、その長年の選挙人生の中で、保守層が「川島派」と「反川島派」に分裂し、選挙のたびに市を2分する戦いとなり、怪文書や告発状も出た。
「今後は一市民として長浜のためにがんばりたい」という川島氏だが、県政では次男の隆二氏が活躍しており、側面からの応援は欠かせないだろう。その隆二氏は来年4月の県議会改選を控えている。
川島氏をめぐる保守分裂は、新たな展開を迎えるのか。
2010年03月04日 15:54 | パーマリンク
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