滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2010年03月31日

夫婦別姓は断固反対

 かつて、元首相の小泉さんは、総裁選に出馬して「自民党をぶっ壊す」と演説して、国民の圧倒的支持を受けたが、いま、国民の間には「小沢をぶっ倒せ」の声が高まり、それがそのまま民主党の不信につながっている。
 国民は信頼できる、よい政治を望んでいるのであり、自民党が潰れようと、民主党が潰れようとかまわない。国民にとって潰れてもらっては困るのは日本という国家である。
 ところが今の民主党政治を眺めていると、ひょっとしたら日本が崩壊するのではないか、と心配のタネが増えてきた。その一つが、民主党の進めている「夫婦別姓」の問題である。要するに結婚した場合、夫と妻が別々の姓を名乗ってもさしつかえないという法律である。
 吉田甲郎と田中乙子が結婚したとする。2人は職場でも地域でも、それぞれが男は吉田、女は田中で通してもよいから、他人には結婚しているのか、どうか分からないし面倒なのは2人の間に生まれた子の将来である。長男は吉田姓、長女は田中姓、あるいはその反対。次男はどうなるのか、次女は、と考えると、兄弟姉妹の姓が混乱して、これまた第三者からは血のつながりがあるのか、ないのか分からない。
 さらに吉田甲郎と田中乙子の孫の場合は、曾孫の場合は、と考えてゆくと、これまでの日本の家族制度は完全に壊れてゆくことになる。
 そこで問題となるのは、これまで守ってきた家のつきあい、親類の交際、先祖の慰霊、供養をどうするのか。責任のなすりあいと、伝統や習慣の放棄が考えられる。宗教上の問題もゆるがせにできないし、最大の問題はお墓の達拝と管理である。だれも守るものがなく苔むしたまま無縁仏となる可能性が強くなる。
 つまり、夫婦別姓はいかにももの分かりのよい進歩的な制度と思いがちだが、その実、これは日本の歴史と伝統を根本からぶち壊す「社会主義」の一環で、一言で集約すれば家族制度の崩壊である。
 なぜ、社会主義は家族制度の崩壊を推進するのか。それは家族制度という血のつながりを主体に成り立つ国は、個の尊厳をたて前とする社会主義的革命の邪魔になるからである。
 社会主義革命は反革命者、すなわち、革命に反対するものを容赦なくぶっ殺すのがその本質であり、これまでの社会主義革命の歴史を見れば明瞭である。
 レーニン、スターリン時代を経た、かつてのソ連は何千万人を粛正してきた。中国や北朝鮮はいまも断固たる血の粛清が陰に陽に続いている。
 その粛正の陰には党の指導のもとに網の目ように張りめぐらしたスパイ組織がある。この陰の組織は、親が子を、子が親を、兄が弟を、姉が妹を密告することだってあり得るし、むしろ、革命の功労者として賞賛されるのである。
 だから、血のつながりを重視する家族制度は革命のためにならないわけだ。【押谷盛利】

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2010年03月30日

地域で子育て、神照学区(見聞録)

 教育現場に無理難題を突きつける保護者を「モンスター・ペアレント」と呼ぶ。同じく「モンスター・ペイシェント」と呼ばれる患者は、病院で医師や看護師に暴言を吐き、迷惑をかける。
 モンスターは特異な例としても、公共マナーを守らない大人が増えているのは、読者の皆さんも日ごろから感じていることだろうと推察する。
 社会に不満を抱き、物事がうまく運ばないのを、他人のせいにし、自分の身勝手な主張を繰り返す。そういう「困った大人」の存在が、子ども達にどれほどの悪影響を及ぼすのか、日ごろから心配している。
◇なぜ、身勝手で他人の迷惑を省みない大人がいるのだろうか。その一因は子育ての過程にあるとみる。
 子育ての基本は家庭にあることは言うまでもないが、祖父母と別々に暮らす核家族化、共働き世帯の増加で、家庭での子育て能力は昔に比べ劣化している。
 そこで求められているのが、地域ぐるみで見守る子育てなのだが、昨今は近所付き合いも希薄化している。
◇日々、これからの子育て環境を心配する中、神照学区でユニークな取り組みが計画されている。
 子ども達が世代を超えて大勢で遊ぶ機会が減っていることを憂慮し、地域住民の有志が子ども達の遊びや学習を見守るネットワーク「寺小屋ネットかみてる」(川瀬東一会長)を設立。遊びや学習の場として、自宅や作業所を開放しようという取り組みだ。
 定年退職者を中心に23人が趣旨に賛同し、▽折り紙▽人形劇▽農業▽火縄銃▽介護▽茶道▽環境▽和装▽漁業▽豆腐づくり▽建築設計―などの遊びや学習を準備している。今後、会員の住所などを記した地図を子ども達に配布し、「遊びにおいで」と呼びかける。
 子ども達が、地域のおじいちゃん、おばあちゃんの家で遊び、世代を超えた人間関係を築くことで、その子の人生の豊なエッセンスになると期待している。
◇今の子ども達は学校と自宅の往復で、外で世代を超えて遊ぶ機会が減っている。
 自宅にはテレビゲーム、パソコン、テレビなど子どもの遊び心を満たしてくれる道具が揃っているが、機械相手の遊びが、果たして子どもの成長にどれほど寄与するというのか。
 子どもの頃は、いろんな人と触れ合い、摩擦し、ケンカしながら、他人との距離や関係を測り、長幼の序であるとか、他人への思いやり、自制心など、社会生活を営む上で必要な経験を積む。
 神照学区での取り組みに大いに賛同するとともに、地道に末永く続くことが、将来の家庭、地域の活力を結実し、まっとうな大人への礎になると確信している。

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2010年03月29日

水俣病の救済と公害病

 戦後の日本の公害病の原点ともいうべき水俣病は1956年(S31)の公式確認以来、多くの裁判や患者団体との交渉で見舞金や補償など救済が進められてきたが、半世紀を過ぎてもまだ全面解決には至っていない。
 水俣病と認定されていない被害者による水俣病不知火患者会は28日の総会で、国、県、チッソに求めていた損害賠償について、熊本地裁の和解案を受け入れることに同意した。未認定の患者の救済は95年に一時金260万円を約1万人に支給した経緯がある。
 今回、和解案が実施されれば第2の政治決着といえるが、これによると原告1人あたり、一時金210万円、療養手当月1万7700~1万2900円、それに患者会に対する団体加算金29億5000万円を支払う。
 水俣病の公式確認から54年となる5月1日に水俣市で犠牲者慰霊式が行われ、鳩山首相が出席するが、これで問題が最終的に解決するのか。まだまだ尾を引きそうだ。
 まず、被害の全体を把握するための不知火海沿岸住民の健康調査の実施であるが、政府はこれまで患者の掘り起こしになるからとの理由で拒否してきた。このほか、生まれた時期、住居移転など生活環境の変化、体質など、患者個々の病態もあり、しかも工場汚水が長期的にたれ流されてきたから、杓子定規的に扱うことができない。
 水俣病は言わば日本の経済成長を担保した人災であるから、政府も企業も補償や救済に誠意を尽くさねばならない。
 水俣病発生の熊本県に居住し、病気治療や患者救済、病原研究などに活躍している熊本学園大の原田正純教授は、水俣病の症状を訴え認定を求めている人はいまも7000人を超えると語っており、食と健康の問題について行政の厳しいチェックとともにわれわれ自身の自己防衛について注意を喚起したい。
 水俣病は、公式に確認されたのは1956年(S31)だが、原因不明のまま地元で不安な症状が続出していたのはそれよりずっとさかのぼる。対策が遅れていた分、被害が拡大しており、65年(S40)には新潟水俣病が発表された。琵琶湖の汚染もそのころがピークで、魚の変形や漁獲高の激減につながったが、原因究明に国も県も鈍感であった。
 食べ物の汚染が人間の健康に影響する、とぼくは確信するがゆえに化学加工的食品や農薬、養殖漁業への警戒を発信するのだが、正直言えば不安でたまらない。【押谷盛利】

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2010年03月26日

国民をナメたらあかん

 24日の時評で政治家の顔について書いたが、最近の新聞や雑誌を見る限り民主党の小沢幹事長や鳩山内閣に対する厳しい批判の声が溢れている。
 日々のニュースには次から次へと民主党議員の不祥事や不正献金問題が登場しているので7月の参院選には国民の怒りが爆発するであろう、とぼくは見ている。
 だから「国民は賢明なる選択をするであろうし、民主党の厚顔の鼻を折るであろう」と書いた。
 「厚顔」は国語辞書の大辞泉によると「面の皮の厚いこと。恥知らずで、ずうずうしいこと、鉄皮面」と説明している。発音は同じでも紅顔は美少年を想像するが、厚顔は小沢イメージと重なる。
 恥知らずで、ずうずうしいのは世間にいくらもいるが、民主党の厚顔は、日本の政治のモラルや国の存立、国民の幸せに関係するから放っておくわけにはゆかぬ。
 なぜ、放っておけぬかというと、小沢一郎という独裁権力が民主党を支配し、実質的に鳩山政権を動かし、国の政治を左右するからである。
 小沢、鳩山の関係を風刺して「小鳩政権」とあだ名がつけられたが、小鳩のかわいいイメージとは逆に鷹、鷲のような怖いイメージに民主党内がひれ伏しているのは滑稽というよりおぞましく、寒気を覚える。
 民主党の議員はわりかし若手が多く、活発に発言する体質と見られていたのに、いざ政権与党となるや、小沢の号令一本で金縛りとなった感がある。
 鳩山政治は小沢のあやつり人形であり、親分の小沢は眼中人無しの横暴と独善をほしいままにしている。
 「カネと政治」、「不透明な政治資金」、「国民の税金と土地購入」、「日教組からの不法献金」。汲めども汲めども尽きることのない疑惑に対して「知らなかった」でごまかそうとし、元秘書や秘書が逮捕されても責任をとるでなし、ふざけるにもいい加減にさらせ、と国民が怒るのは当たり前で、小鳩の支持率急降下は天の警鐘である。
 民主党の支配者や民主党の議員は大きな錯覚をしているように見える。それは昨年の総選挙で圧勝した原因をマニフェストによる政策によるものと合点している点である。
 国民が圧倒的に民主党を支持したのは、その政策に惚れこんだのではなく、これまでの自民党政治に愛想をつかしたからである。
 失敗したり、行き詰まったり、不信をかって、政権を投げ出しても、ガン首を変えただけで、同じ自民党政治が続いてゆく。その繰り返しばかりで、少しもいい方向へ前進しない。堪忍ぶくろの緒が切れたという感じで、自民離れが反動的に民主党へ入れたのである。その多くは無党派層である。
 いま、日本の将来を左右する点で国民から案ぜられている問題は「夫婦別姓」と「永住外国人への参政権付与」、「外国人高校生へ教育費無償」、「社会主義的なバラマキ政策」、「天皇の政治利用」であろう。
 これらはそれぞれについて詳しく論じたいが、総括すれば日本の独立を危うくし、日本を共産国家の方向へ回転してゆく危険である。【押谷盛利】

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2010年03月25日

借金のツケは子どもに(見聞録)

 自民党から民主党へ政権交代後、鳩山政権が初めて編成した2010年度当初予算が24日、成立した。
 一般会計の総額は92・3兆円。子ども手当てや農家の戸別所得補償、高校の授業料無料化などの新規事業、少子高齢化に伴う社会保障費の増大で、過去最大の金額となった。
 92兆円の原資は何か。国民や企業からの税収は37・4兆円に過ぎない。「埋蔵金」と呼ばれる基金などの取り崩しで10・6兆円を調達。それでも足りないので、44・3兆円の国債を発行した。歳入の半分を借金でまかなう異常な予算となっている。
◇子ども手当て、高校授業料無料化は、子育てを家庭だけでなく社会全体で見守る事業で、民主党らしい政策と言えよう。
 他人の力に頼らず自分の力だけで事を成し遂げることを「自助」と言うが、対になる行政用語として「公助」がある。公共の力を借りて成し遂げることを指し、小泉自民党が「自助」で「小さな政府」を目指したのに対し、民主は「公助」を主軸に、政府が国民の福祉を手厚く支える「大きな政府」を目指している。
 政権交代なのだから、国の政策が大転換するのは理解できるが…。
◇子ども手当は、中学生以下の子ども1人当たり、月額1万3000円を支給する。予算は2・3兆円。2011年度から満額支給(月額2万6000円)すれば5・3兆円にのぼる。
 滋賀県内の子ども手当ての総額は、月額1万3000円×12カ月×22万人(対象者)=343億2000万円となる。
 県民1人当たりの負担額を計算すると、総額を人口140万人で割り、2万4500円。4人家族の家庭なら年間10万円の負担。2011年度にはその倍となる。
 ならば、2010年度から我々の税金は上がるのか?上がらない。
 無駄な予算を削れているのか?事業仕分けで削減されたのは7000億円に過ぎない。
 税金を上げず、無駄を省かないで福祉を手厚くするのは無茶な話で、その無茶を通すために、無秩序的に借金を重ねたのが今回の予算だ。
◇歳入と歳出のバランスを見つめることなく、借金してカネをばら撒く民主党。参院選目当ての政策なのでは、と勘ぐりたくなるのが、一般国民の感覚だろう。
 民主党が高福祉国家を目指すなら、国民に応分の負担を課すべき。無秩序な借金のツケを支払うは今の子ども達だ。
 幹部が自分の家計簿すらチェックできていない民主党に、国の家計を守ることはできるのか?

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2010年03月24日

一番いい顔の政治家

 政治家には選挙がつきものであり、選挙には顔がものをいう。政党がその代表に人を選ぶのは、いい顔によって選挙に風を起こしたいからである。
 いい顔といっても、俳優のような美男美女をいうのではない。平素の言動や、政策の明るさ、見識の高さなどキャリアに負うところが大きい。いい顔とは国民受けする好感度と思えば間違いない。
 その逆は国民が顔をそむける嫌悪感であろう。当然ながら好感度の政治家は人気が上がり、その反対は人気が下がる。いま、日本の政党首脳の好感度ナンバー1はだれで、嫌悪感度ナンバー1はだれだろうか。
 それを示す手近な資料の一つが報道各社の実施している世論調査である。最近の調査の特長は、民主党及び鳩山内閣の支持率の急降下である。その反動効果で自民党の支持率は上向き傾向にあるものの、反対世論を吸収するレベルの力強い復元力にはなっていない。その横綱同士の張り合いの中を縫って頭角を現し始めたのが「みんなの党」である。
 そうした国民の目線から判断すれば、一番いい顔はみんなの党の渡辺喜美代表、その逆は民主党の小沢一郎代表といえるのではないか。
 21日付の読売が3月の各紙の世論調査を発表している。支持率の一番高いのは民主党(読売31%、朝日27%、毎日28%)、2位が自民党(読20%、朝15%、毎16%)、3位みんなの党(読3%、朝3%、毎7%)、4位公明党(読3%、朝3%、毎4%)。以下、共産党、社民党、国民新党と続くが、社民と国民新が極端に低い。
 結党して間のない「みんなの党」が昨年の衆議院選で爆発的な人気を呼び、その若さにはずみをつけて、7月の参議院にはさらに躍進態勢を整えている。
 この支持率のほかに政党を選ぶ参院の比例選の投票先が示されている。
 これによると民主党へは(読25%、朝30%、毎31%)、自民党へは(読22%、朝21%、毎22%)。第3位はみんなの党(読4%、朝6%、毎12%)で、公明、共産を退けてその存在を大きくアピールし、第3極の台頭をうかがわせる。ここで注目したいのは、民主党内閣が発足して、今日問題となっている「政治とカネ」の疑惑が表面化しなかったころは民主党の支持率は70%以上を示し、内閣の支持率も極めて高かった。
 それが小沢、鳩山の土地取引やカネの疑惑から急降下してきたわけだが、最近に至っては、同党の小林千代美衆議員に対する北海道教組の不法献金事件が摘発され、逮捕された関係者4人のうち2人が起訴された。
 これらのマイナス要因にさらに輪をかけたのが、党内の口封じ事件である。小沢幹事長の悪口を言ったので副幹事長解任という生方幸夫衆院議員の処分問題である。
 もはや民主党には党内の自浄能力が消え果てたのか、小沢にたてつくものは切られるのか、まさに中国並みの一党独裁の影を濃くしているのでは、と国民の多くは批判を高め、目下の国民世論は70%以上のものが小沢辞任を迫っている。
 このような劇的な状況にもかかわらず、自民党支持率がこれにとって代わる程の高まりを見せていないことが刻下の最大の関心事であろう。
 それへの答えに政界再編成の動きがあわただしく、21日には中田宏前横浜市長ら首長経験者による新党「日本志民会議」の発足が明らかにされた。
 国民は賢明なる選択をするであろうし、民主党の厚顔の鼻を折るであろう。【押谷盛利】

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2010年03月23日

たくましい婚活女性(見聞録)

 料理教室に通って自分を磨き、お見合いやパーティーで将来のパートナーを探す活動などを「婚活」と呼ぶ。
 「就職活動」を「就活」と略すのに倣い、登場した造語だ。良い企業に就職するためには就職活動が必要なように、良い結婚相手を探すには結婚活動が必要との考え。
 この言葉、今ではすっかり市民権を得たようで、インターネットで「婚活」と検索すれば、1億0400件もの結果がヒットする。
 最近は、結婚相談ビジネスが花を咲かせ、新聞やインターネットは、その手の広告で溢れている。
◇先日、「婚活」真っ盛りの30代女性から近況報告を聞いた。
 この女性、長年、男性よりも仕事を優先し、恋愛経験は豊富なのだが、結婚しないまま、ずるずると独身生活を続けている。
 ようやく「賞味期限が切れる」と焦りを見せ、会社の同僚や取引先の紹介、お見合いで複数の男性と知り合い、「天秤」にかけていた。
 最近まで3人の男性と同時並行的にデートを重ね、最終的に、お見合いで知り合った年上の男性を「本命」として、付き合った。
 複数の男性と同時に付き合い、厳しく品定めするその姿勢は、ビジネスの延長上とも思え、その冷めた感覚とバイタリティに感心する。
 しかし、その本命の男性の仕事が忙しくてなかなか会えず、この3連休の温泉旅行計画も、突然の仕事でキャンセル。激務の体を気遣うメールを送っても、返信がなく、「うまくいきそうにない」とため息。
 複数の出会いがありながら、結婚できない原因について、彼女自身は男性の積極性の無さを指摘する。
 デートを重ねても、男性側から結婚しようとの熱意が感じられないと言い、「強く押してくれたら結婚していたのに」と過去の男性を振り返っていた。
◇恋愛や結婚に無関心な男性を「草食系」などと表現するように、男性側の消極姿勢に問題なしとは言えないが、女性の社会進出に伴う経済的自立が、相対的に男性の自信を失わせている感がある。
 そういう彼女も「実は、いい年下の男の子がいるのよね」と、早くも新たな獲物を見つけた様子。
 1人の男性に容れ込まず、結婚に関心が無いと見るや、次を探す逞しさ。その強さが独身男性にも求められているのかもしれない。

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2010年03月22日

これも資源争奪戦?(見聞録)

 大西洋・地中海産クロマグロの国際取引の禁止案が、ワシントン条約締約国会議で否決された。
 大西洋・地中海産のクロマグロは1970年代から8割以上も減少したとされ、地中海沿岸のモナコは絶滅の恐れのある種として、国際取引の全面禁止を提案していた。
 クロマグロがシーラカンスのように絶滅の危機にあるとは知らなかったが、寿司がヘルシーな料理として世界に広がっているのを考えると、無秩序な乱獲では絶滅しかねない、との危機感は十分に理解できる。
 結局、「漁業を続けながら資源を回復させることが重要」との日本の主張が多くの国の支持を受け、反対多数で禁輸案は否決された。
◇クロマグロは「黒いダイヤ」とも呼ばれ、寿司店や料亭で提供される高級食材。我々、一般家庭の食卓には無縁とあって、たいした関心は無かったが、賛否の結果が興味深かった。
 禁輸案に反対したり、採決を棄権したのはアジア、アフリカ、中東などの国々。一方、賛成したのはヨーロッパの国々とアメリカ。
 この結果を見る限り、クロマグロの禁輸案の争点は、「絶滅の恐れ」を理由とする保護の是非ではなく、海洋資源をめぐる地域間対立だったのでは、と勘繰りたくなる。
◇提案国のモナコをはじめ、ヨーロッパの国々の立場から考える。
 大西洋・地中海産クロマグロの7割を消費する日本は、ユーラシア大陸の東の果て、「極東」にある辺境国。その極東の国が、お膝元の地中海や大西洋で高級魚を食い荒らし、その数を激減させている―。
 こういう視点に立てば、国際取引を禁止して、自国周辺の海洋資源を守ろう、との主張は心情的に理解できる。
 地域間の資源争奪戦のまな板にクロマグロが載せられたと、推測するわけだ。
◇今回のクロマグロ騒動から学ぶべきものは、表向きは海洋資源の計画的利用と保護だろう。
 別の見方をすれば、今後ますます、海洋資源や穀物といった食糧をはじめ、石油、天然ガス、鉱物などの資源争奪戦が国際間で加熱し、欧米諸国や大国の都合で身勝手なルールが作られかねない、との警鐘とも受け取れる。

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2010年03月19日

新市長と長浜市議会

 目下、長浜市議会の今年の第1回定例会が開かれている。
 たまたま17日は各会派の代表質問があり、市民の関心いかばかりかと、多大の興味をもって傍聴したが、一言でいえば退屈。別の表現をすれば眠気を誘う子守唄調であった。
 今回の定例会は今年1月1日合併した6町の新議員を加えての初議会であり、新市長の藤井勇治氏は3月5日に初登庁という初々しさ。
 これからの新しい長浜づくりに議会側がどんな反応を示すか、市民の関心は高いはずだが、傍聴席は5名ばかりの閑散たるものだった。
 昔から「新しい皮袋に新しい酒」と言われるように新長浜市という新しい組織に新市長を迎えたのは市民の賢明な選択だったが、ぼくが代表質問を聞いて退屈と思ったのは、議員の眼が次なる7月の市議選に向かっているからであろうか。みんながいい子で、いい点数をとって再選の扉を開けたいという思惑が作用しているのかもしれない。
 一つは新年度の予算やその補正予算案は前市長の策定したものであり、レールが敷かれているという考え方、さらには新市長の当選が市民の圧倒的支持によるものであり、その選挙におけるマニフェストが市民から及第点を頂いているという認識のせいもあるだろう。
 それを感じさせる和やかな雰囲気があり、代表質問者はことごとくその冒頭に新市長の当選を祝福しており、共産党の竹内氏も「当選をお喜び申し上げます」と、議場内に微笑みを誘った。
 質問の中身は6町の新議員が加わったせいか、市議選が近いせいか、あれもしろ、これもしろ、という要請事項が多かった。限られた予算というか、財政逼迫を念頭に置けば、要求通り、「はいはい、さよう」というわけにはゆかぬ。財政のパンクを阻止しながら、事業需要を増やしてゆく名案があれば、傾聴に値するが、そういう建設的見解は乏しかった。
 議員は情報を聴きただすことだけではなく、大事なのは自己見識を持って、政策提言することである。
 面白かったのは山口議員が「圧倒的に大勝した市長選の原因」についての質問だった。市長は「新しいまちに新しいリーダーをという市民の声、国政に関与したキャリアとそれによる人脈への信頼感。そしてマニフェスト」と緊張感をゆるめたが、前市長時代のとげとげしさが消えていたのは、やはり市長選の結果によるものであろう。【押谷盛利】

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2010年03月18日

明石市の不登校対策(見聞録)

 今年2月時点で、長浜市内の小中学校を30日以上欠席している「不登校」は、小学校で27人、中学校で100人にのぼることが、17日の市議会会派代表質問で明らかになった。
 中学校では全生徒の2・6%にあたり、38人に1人が不登校という割合だ。
◇質問に立った公明党の福嶋一夫代表は、兵庫県明石市が導入している早期対応マニュアルを紹介しながら、不登校への対処を求めた。
 その明石市では、不登校になる子どもが事前にその予兆を示すことから、連続欠席し始めて最初の3日間の対応が、不登校予防に効果的とし、予兆を確認するチェックリストを設けている。
 リストは、▽休みの翌日に欠席が目立つ▽特定の曜日の欠席が目立つ▽病欠でない欠席がある▽保健室への出入りが増える▽体調不良を頻繁に訴える▽特定の教科のある日に欠席・遅刻・早退が増える▽部活動への欠席が目立つ▽気持ちが沈みこんでいるように思われる▽登校前に体調不良を訴える▽学校に行きたくないと訴える▽朝起きられないで遅刻が増える―の11項目からなり、1項目でも該当すれば、対応策を検討する必要がある、としている。
◇欠席への学校の対応は素早く、欠席1日目は自宅に電話をかけて子どもの実態把握を心がけ、2日目で家庭訪問、3日目になると複数の教員で対応策を検討し、規定のマニュアルシートを作成する、という具合。
 早い段階で学校側が積極的に関わることで、欠席の長期化を防ごうとの取り組みだ。
◇不登校の理由は、非行など本人に関わる問題や、いじめなどの友人関係、家庭環境、学習の遅れ、無気力など、様々。
 長浜市の場合は、不登校の51%が家庭環境に起因し、虐待、経済的困窮、保護者の病気など様々な要因が複合しているという。
 不登校を無くし、子ども達の教育機会を確保するために、明石市のように緊張感のある対策が求められるが、地域や社会が日常生活の中で子どものいる家庭を見守ることも欠かせない。

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2010年03月17日

天人の五衰と盛者必衰

 どんな人間でも自分で呆けようと思うものはいないし、いつか呆けるかもしれないと思うこともない。ましてや、認知症の施設に入れられたあげく、火事の災難で命を落とすような不幸は考えたこともないはず。
 昔から聖者が諭したようにこの世は無常である。煩悩を解脱することも至難のことだが、わが身を健康に、いつまでも活力ある生き方を望んでもかなわない。
 平家物語に「沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりを表す」とある。盛者とは勢力の強いもの、勢いの盛んなものをいう。勢いの盛んなときは自惚れて、天下国家を自分で動かしているように驕るし、一般の人間なら死がそこに迫っていることなど思いもよらない。
 しかし、盛者必衰の道理は、どんな人間でも例外なく受けねばならぬ。
 ぼくが、いつも健康のことや、人生の生き方を述べるのは、暮らしの知恵のなかで、少しでも幸せな生き方を、と念じるからである。世の中には「幸せに生きる話」や「健康な生き方、丈夫な体」についての本は数知れずあり、心の癒しともいうべき宗教関係の本もたくさんある。
 しかし、いくら人の話を聞いても、あるいは名著を読んでも帰するところは実践にある。実行しない限り、知識として存在はしても実質的には何の役にも立たない。
 仏教語に「五衰」という言葉がある。天人の死に際して現れるという五種の衰えの相をいう。天人とは天上界に住む人、人間界を超越した人、仙人などをいう。
 その天人が死を迎えるときは五つの衰えの相が現れるというのである。
 涅槃経では①衣裳にあかがつく②頭上の花冠がしぼむ③からだが臭くなる④脇の下に汗が流れる⑤本来いるべき座にいることを楽しまない。これが天人の五衰で死の前兆だと教えている。
 一つの衰えでも気にかかるのに五つもの衰えが出ては無惨である。
 生き物である以上、必ず衰えることになるが、問題はいかにこれに立ち向かうか、抵抗するかである。いまの時点で30%に抑えるか10%に抑えるか、要するに衰えの速度をゆるめ、できることなら現状を維持、もしくは若返りを計るかである。
 この時点での心の持ち方、生活のあり方は直接的には身心の健康に影響するし、長い目でみれば本人はもとより、家族の幸せを左右する。
 極めて簡単なことだが、運動することが奨められても日常生活でそれを実践する人は少ない。特別にスポーツすることを指すのではなく、なるべく車や自転車に乗らず歩くこと、その他、手足を使うことを積極的にやる。タバコは吸わない。深酒はしない。食事はしっかり、そしてよく噛み、野菜を多く。
 これだけのことを守っても衰えの防止に役立つが、健康なものは健康を過信して実践をしない。どたん場でうろたえてもときすでに遅し。【押谷盛利】

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2010年03月16日

「熱狂の日」が滋賀へ(見聞録)

 仏ナント市で1995年から始まった音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」。日本語で「熱狂の日」と呼ばれ、5日間で約300のクラシックコンサートが繰り広げられる。
 演奏者に、旬の若手やビッグネームが並び、入場料は低価格に抑えられ、気軽にクラシック音楽に親しめる。来場者の6割がクラシックコンサート初体験で、子ども向けのプログラムも充実しているのが特徴だ。
 このクラシック音楽の一大イベントは2005年、東京に波及。今ではゴールデンウィークの風物詩として、全国から100万人を超えるファンが集い、音楽界に旋風を巻き起こしている。
◇その「熱狂の日」が、今年初めて関西に上陸し、5月1、2日、大津市のびわ湖ホールで開かれることになった。
 先週11日にパンフレットが刷り上がったというので、早速、びわ湖ホールから送ってもらった。
 1日はプレイベントとして▽オペラと書道の共演▽絵本コンサート▽児童による合唱やオーケストラの発表▽県内で活躍する音楽家の演奏―など。
 メインの2日は、大・中・小ホールの3会場でショパンやモーツァルトのピアノ協奏曲やヴァイオリンソナタなど12のコンサート。価格は1500~2000円とお値打ち。ロビーではチェロ、ヴァイオリン、声楽の披露があり、こちらは無料。
 3歳以上なら、子どもでも入場でき、家族揃ってコンサートのはしごを楽しめる。託児サービスがあるのも嬉しい配慮。
◇「熱狂の日」を滋賀で開催できるのは、国内屈指の音響施設と舞台機能を備えた「びわ湖ホール」の存在につきる。
 びわ湖ホールはその建設に300億円以上をかけており、地上4階、地下2階建てで、1800席の大ホールなどを備えている。
 運営費の県財政圧迫など課題は多いが、滋賀の文化振興を目指したこのホールで、「熱狂の日」を開催できることは大きな成果。これを機に、クラシック音楽がより身近になればと願う。
◇音楽イベントをはじめとする文化活動を振興し、文化的素地を醸成するには、市民ホールの存在が不可欠だ。
 しかし、今の長浜市は、一昨年に市民会館が閉鎖されて以降、1000人規模の会場がない。長浜文芸会館、浅井文化ホール、リュートプラザなどは手狭で、フルオーケストラを呼ぶには心もとない。
 市役所庁舎建て替え、学校改築などに財政出動が優先され、文化面に予算を回すのは、そう簡単でないが、昭和40年に開館した市民会館は、市民から幾度も要望書が提出され、総工費2億6464万円のうち、2割を市民や企業が寄付した。それほど市民の間で、文化拠点を望む声が強かった。
 遠くない将来、市民ホールが整備され、「熱狂の日」の長浜開催を夢見るのも悪くはない。そのためには市民の声を導く文化人のリードが欠かせない。

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2010年03月15日

民主党政治への天罰

 民主党の国会議員はアホというよりほかはない。なぜアホか。国民の声が聞こえていないからである。聞こえていないのなら耳をなおせばよいのだが、聞こえていても耳をかそうとしないのだから傲慢そのものである。
 鳩山さんは判で捺したように国民の目線というが、いまの民主党には国民の目線はゼロにひとしい。党の幹部や総理に至っては、党内の目や声にすらこれを無視し続けている。
 今の民主党は小沢独裁で、発言の自由も党内集会の自由すらないが、これで近代国家の民主主義政党と言えるのか。それを考えると国民の政治的能力や判断力は実に豊かである。
 今年に入って、長崎県知事選、東京都町田市長選が行われたが、いずれも民主党の候補は落選し、自民党推せん候補が当選した。
 そして14日行われた第3回戦で民主党は決定的な敗北を喫した。これはまさに天誅である。天誅とは天罰のことで、天に代わって罰を与えることを意味する。
 14日の選挙は小沢幹事長の足元・岩手県の久慈市長選である。岩手県は小沢氏の選挙区で、小沢王国の拠点である。この選挙、民主、社民の推せんを受けた元県職員が、無所属の現職に敗れた。
 岩手の小沢王国での民主党敗退は全国ベースの発信として歴史的評価に値するが、これまたアホーなマスコミが小さな扱いで報道している。
 ぼくが編集長なら新聞の場合、一面トップ記事で大々的に報道する。それは、地方の自治体のトップの選挙というよりも国民の政治的関心を測る最新情報と見なされるからである。
 岩手の久慈市民は国民を代表して、天誅を加えたが、この政治的意味は大きく、深い。おそらく今後、民主党への厳しい批判が雪崩現象を起こすであろうし、それの逆連鎖作用によって、自民党の分裂や政界再編成が加速するであろう。
 それでは岩手県民からの発信の真意は何か。
 「岩手は小沢王国といわれるが、その独裁は岩手には通じない。民主党よ、国民をバカにするのはいい加減にせい。政治とカネの疑惑にほおかむりして何が国民のための政治か。国民は自民党を切って民主党に明日をかけたが、その民主党が国民を裏切って恥じるところがない。政治倫理を破り、党内をもの言えば、くちびる寒しの状況に置く害毒は1日も早く清浄化せねばならぬ」。
 と、これはぼくの推論である。【押谷盛利】

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2010年03月12日

天寿と温室育ちの子

 どんな健康な人でも何かのきっかけで倒れたり、思わぬ病気で寝込むことがある。
 今年92歳の知人のおばあさんは100歳まではピンピンしているだろうと言われていたが、ある日、家の中で転んだ。その結果、寝付くことになり、家での介護が難しくなって老人ホームへ預けられた。
 これもぼくの知人のお年寄りだが、先年、93歳で死亡した。卒寿を全うし、めでたいことですね、ぼくが言うと、世話をしていた知人は「確かに亡くなったのは93歳ですが、10年間は痴呆で、それもだんだんひどくなり、こちらが倒れるばかりの介助の24時間でした。長寿で喜んだのは80歳までで、以後の13年間は地獄の毎日でした」としみじみ回想していた。
 世の中には自宅で人生を全うしたいと思ってもそれが許されず、施設へ送られる人が圧倒的に多い。かりに長男が自宅介護を思っても実際に世話をする息子の妻や家人が反対すればそれはかなわないし、かりに親孝行の息子夫婦が介護に尽くしても5年、10年もすれば介護する方が肉体的に悲鳴を上げるかもしれない。
 長浜市の山久の先代社長は92歳で亡くなったが、その死はあっけなく見事だった。
 常から病気知らずの達者で、80歳代になってからでも神前町の自宅から八幡中山の会社まで歩いて通ったという元気さ。ところがある日、夕食後、寝床へ行って、そのまま不帰の客となった。これこそ本当の天寿の全う者である。
 ぼくは10日の時評で「外材と日本人の身体」について書き、「日本人はみな弱い。外材なみである。弱いけれど近代医療でもたしているだけである。医療費が増えるのは当然である」と結んだ。それを立証するように老人の介護療養施設はどんどん増えてゆくし、市内至るところに大型のクスリ店が進出している。
 病院、医院、診療所の充実のほかに接骨院、整体院、マッサージ院等が増えた。新聞や雑誌、テレビには医療関係の情報や健康食品の宣伝が花盛りである。
 今の日本人の体は農業のハウス栽培による野菜を連想する。たっぷりと肥料を与えられ、冬でも春や夏のように温かくし、潅水もほどほど、病害虫にやられぬよう除草剤や農薬を使って育てられているから成長は早くて立派に。市場ではもてもてである。
 しかし、うまみや化学薬品の汚染度から言えば露地の自然栽培には勝てない。露地栽培の野菜に限らず、雨、風、雪に叩かれて苦労した日本の山の木は強い。温室育ちは人間でも弱い。幼児教育この方、日本の子どもは家庭でも学校でも温室育ちであるが、これでは体も心もたくましくはならない。【押谷盛利】

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2010年03月11日

みずすましの報告書(見聞録)

 長浜市の小学生が「水生生物調査隊みずすまし」を結成し、学校近くの河川を調査している。
 川遊びを通して生物の実態を知り、身近な環境への関心を高めようと、昭和62年にスタートした。毎年、市内の小学4~6年児童を対象に隊員を公募し、平成21年度は254人の隊員が参加した
 このほど、活動成果をまとめた報告書が出来上がった。川遊びで発見した生き物を指標に、川の汚れを分析しているので、以下紹介したい。
◇長浜小は近くの十一川を調査し、「少し汚れた水」に生息するカワニナが多く見つかった。長浜北小は大井川でアユ、モロコ、ハエ、ブラックバスなどに加え、スナヤツメ、ホトケドジョウ、シジミを発見し、判定は「きれい」~「汚れている」。
 神照小は鬼川や姉川を調査。鬼川はトビケラ、ヒル、ミズムシなどが住み「汚れている」、姉川はカゲロウやサワガニがいて「きれい」の判定。
 南郷里小は南田附町や新栄町の十一川を調査。おおむね「少し汚い」との判定。北郷里小は春近川でサワガニなどを見つけ「きれい」。長浜南小は永久寺町の五井戸川支流、加田今町の土川などで、多くのミズムシを発見し、「大変汚れている」と判定した。
◇上草野小は草野川で調査。高山キャンプ場前は「きれい」だったが、青少年ホーム前では、「少し汚れている水」の生き物が多かった。湯田小は内保町や尊野町、三田町の生活用水路、農業排水路で調査。尊野は飲用水の水源地から流れてくるとあってカゲロウ、サワガニなど「きれいな水」の生き物が多い。内保や三田はカワニナが多く見つかり、「少し汚い」との判定。下草野小は草野川、東俣谷川などを、七尾小は今荘町の姉川を調査し、いずれも「きれい」と結論付けた。
 田根小は高山町の草野川支流、野田町の田川支流を調査し、それぞれ「きれい」「少し汚れている」との判定。
◇びわ南小は姉川や学校そばの河川を調査し、「きれい」「少し汚れている」。びわ北小が調査した早崎ビオトープでは、カワニナのほか赤いユスリカ、イトミミズ類が見つかり、「汚れている」との判定。
◇以上13校の隊員が身近な川を判定したが、報告書の中で目に付くのは、ごみへの苦言。特に旧長浜市の学校調査では、空き缶やビニール袋、傘などが捨てられていた。
 南小では、「大変汚れている」との調査結果をきっかけに、ごみ拾い活動が始まった。川の汚れが前年度より悪化し、調査に参加した児童の間で、「ごみを拾って川をきれいにしよう」との意見が出たからだ。
 「ごみを捨てるのは人間だけ。だからこそ、自分たちの心がけ次第で、川は汚くも、きれいにもなる」と報告書に綴っている。
 我々大人は、児童にごみ拾いを押し付けることなく、地域の河川環境に、関心を深めたいものだ。

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2010年03月10日

外材と日本人の身体

 「安かろう悪かろう」はすべての商品に当てはまる一つの法則である。
 その身近な例として建物を考えてみよう。このごろの木造建築物は住宅を含めて外材が圧倒的に多い。日本産の木材が高いので輸入木材にたよるわけだが、なぜ輸入材が安くて日本材が高いのか。
 それは日本材が固くて丈夫、耐久性が秀れているからである。輸入材は柔らかくて加工がしやすいが、痩せやすく寿命が短い。
 鶏でいえばケージに入れられるのと放し飼いの違いである。放し飼いの鶏は足腰がたくましく肉がしまっておいしい。ケージで育った鶏はぶくぶく太って味は淡白である。当然ながら放し飼いの自然派の鶏肉は値段が高い。
 日本の木材はなぜ質がよいのか。外国産と日本産を比較すれば一目瞭然だが、年輪がまるっきり違う。日本の木材は年輪がぎっしり詰まっているが、外材のそれは間隔があって、いわば間伸びしている。
 それはどういうわけか。外材は熱帯地方や雨の多い地域で、土地が肥沃かつ広大であり、発育の速度が日本の倍以上の効率を誇る。早い話が稲を1年に2回作るようなもので、回転が早いから2倍の収穫を得ることができる。
 日本の木材は急斜面の山岳地で育ち、風や雪に苦しむし、梅雨期を除いては雨が少ない。急斜面であるから雨は地下へも潜るが斜面を流れて河川へ注ぎ、樹木をうるおすのに条件が悪い。熱帯地方のように日射が強くないし、地質の肥料分も劣る。
 こうした成育条件の違いが木質の差につながってゆく。分かりやすくいえば、苦しい環境、不利な環境で育つから、大きくなるまでに時間をかけねばならぬ。年輪がこむというのは1年1年の成長の速度が遅いことを意味する。
 別の面からいえば、きめ細かい成長しているわけで、1年の歳月をかけても外国の木の半分以下しか太くならないし、伸びない。言わば固肥えしているわけで、筋肉隆々のスポーツ選手のような頑丈な体つきといえる。
 外国産の木材は温かいところで、ぜいたく三昧にたっぷりと日照と肥料をもらって育ったようなもので、結果として、ぶく肥えで、力のない弱々しい体つきとなる。
 だから、製品として外材を使用すれば国産に比べて長持ちしないし、虫にやられやすい。もちろん、日本特有の湿気にも抵抗力が弱い。
 だから、日本の住宅メーカーは、安かろう悪かろうではないが、耐用年数25年くらいを標準に設計している。
 本来の日本式建築は100年は普通であり、200年以上の建築物も珍しくない。今は消費時代だから25年で建て直せばいつでも新しい家の感覚で住めるし、その都度、設計の変更や新しい魅力を加えることができる。なによりも早く建てられるし、安上がりである。
 地震に強い弱いは別として、いま、流行のハウスメーカー仕立てによる住宅が一般化しているから、従来型の棟梁や大工さんは受難である。その結果、匠の術で身を支えていた大工、左官職などが職を奪われてしまった。
 人間もまたこれに似ている。雨、風、雪に叩かれての苦労した人生ではなく甘やかされての温室育ちが一般化した。だから今の日本人はみな弱い。外材なみなのである。弱いけれども近代医療でもたしているだけである。医療費が増えるのは当然である。【押谷盛利】

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外材と日本人の身体

 「安かろう悪かろう」はすべての商品に当てはまる一つの法則である。
 その身近な例として建物を考えてみよう。このごろの木造建築物は住宅を含めて外材が圧倒的に多い。日本産の木材が高いので輸入木材にたよるわけだが、なぜ輸入材が安くて日本材が高いのか。
 それは日本材が固くて丈夫、耐久性が秀れているからである。輸入材は柔らかくて加工がしやすいが、痩せやすく寿命が短い。
 鶏でいえばケージに入れられるのと放し飼いの違いである。放し飼いの鶏は足腰がたくましく肉がしまっておいしい。ケージで育った鶏はぶくぶく太って味は淡白である。当然ながら放し飼いの自然派の鶏肉は値段が高い。
 日本の木材はなぜ質がよいのか。外国産と日本産を比較すれば一目瞭然だが、年輪がまるっきり違う。日本の木材は年輪がぎっしり詰まっているが、外材のそれは間隔があって、いわば間伸びしている。
 それはどういうわけか。外材は熱帯地方や雨の多い地域で、土地が肥沃かつ広大であり、発育の速度が日本の倍以上の効率を誇る。早い話が稲を1年に2回作るようなもので、回転が早いから2倍の収穫を得ることができる。
 日本の木材は急斜面の山岳地で育ち、風や雪に苦しむし、梅雨期を除いては雨が少ない。急斜面であるから雨は地下へも潜るが斜面を流れて河川へ注ぎ、樹木をうるおすのに条件が悪い。熱帯地方のように日射が強くないし、地質の肥料分も劣る。
 こうした成育条件の違いが木質の差につながってゆく。分かりやすくいえば、苦しい環境、不利な環境で育つから、大きくなるまでに時間をかけねばならぬ。年輪がこむというのは1年1年の成長の速度が遅いことを意味する。
 別の面からいえば、きめ細かい成長しているわけで、1年の歳月をかけても外国の木の半分以下しか太くならないし、伸びない。言わば固肥えしているわけで、筋肉隆々のスポーツ選手のような頑丈な体つきといえる。
 外国産の木材は温かいところで、ぜいたく三昧にたっぷりと日照と肥料をもらって育ったようなもので、結果として、ぶく肥えで、力のない弱々しい体つきとなる。
 だから、製品として外材を使用すれば国産に比べて長持ちしないし、虫にやられやすい。もちろん、日本特有の湿気にも抵抗力が弱い。
 だから、日本の住宅メーカーは、安かろう悪かろうではないが、耐用年数25年くらいを標準に設計している。
 本来の日本式建築は100年は普通であり、200年以上の建築物も珍しくない。今は消費時代だから25年で建て直せばいつでも新しい家の感覚で住めるし、その都度、設計の変更や新しい魅力を加えることができる。なによりも早く建てられるし、安上がりである。
 地震に強い弱いは別として、いま、流行のハウスメーカー仕立てによる住宅が一般化しているから、従来型の棟梁や大工さんは受難である。その結果、匠の術で身を支えていた大工、左官職などが職を奪われてしまった。
 人間もまたこれに似ている。雨、風、雪に叩かれての苦労した人生ではなく甘やかされての温室育ちが一般化した。だから今の日本人はみな弱い。外材なみなのである。弱いけれども近代医療でもたしているだけである。医療費が増えるのは当然である。【押谷盛利】

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2010年03月09日

長浜市の予算編成(見聞録)

 長浜市の2010年度予算案が発表された。市長交代直後なので、投資的・政策的な予算を省いて必要最低限の予算となっている。
 一般会計の規模は472億円。歳入のうち、根幹となる市税収入が166億円と全体の35%を占める。このほか、「諸収入」を合わせると自主財源は46%。残りの54%は依存財源と言われ、国や県からの「仕送り」や、市の「借金」。
 歳出の中で最も大きな割合を占めるのが民生費で、150億円と全体の32%を占める。
 民生費は一般的に高齢者や障害者、児童への福祉事業、生活保護、国民健康保険や介護保険特別会計への繰出金など、福祉分野に用いられる。
 この分野は今後の高齢化社会の中で右肩上がりが予想され、市の財政圧迫は不可避だ。
◇今回の予算案は「骨格予算」なので、目新しい事業や金額の大きな建設事業などがなく、話題性に欠けるが、人件費に着目してみたい。
 人件費は、1市6町合併に伴い、6町の特別職(町長、副町長、教育長)、町議が失職したことなどを受け、約10億円を圧縮できた。これは人件費の11%にあたり、合併の効果として市民にも分かりやすい。
 総務省がこのほど発表した「平成の大合併」の報告書によると、1999年から2006年にかけ、全国558自治体が合併し、市町村の特別職と議員が計約2万1000人減った。これにより、年間約1200億円の人件費が削減されたという。
 この報告書は、行財政の効率化が進む一方で、住民サービスが低下した地域もあった、と指摘している。
 合併を契機に従来の行政サービスが受けられなくなれば、「不便になった」と感じるだろう。
 合併の目的は簡素で効率的な自治体運営を目指すことにあるが、限られた税収の中で、どの市民サービスを残し、どのサービスを削除するのか。その取捨選択の見極めに、市民が厳しい目を注ぐのは必然。
 しかし、借金を重ねて行政サービスを維持する過去の自治体経営は、これからの時代、改めるべきだろう。子や孫の世代の借金を少しでも減らすため、市と市民が互いに協力し、自治体経営のスリム化に取り組むほかない。
◇新年度の市の歳出を振り返ると、借金返済の「公債費」が全体の16%を占める。一方、教育費は10%にすぎない。
 遠くない将来、借金返済よりも教育を充実させる予算配分の実現を望みたい。

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2010年03月08日

言葉が心を伝達する

 ぼくは子どものころ、自分のことを「うら」と言っていた。友人を呼ぶのに「われ」と言った。わし(私)らというべきところを「うらら」、あんたらを「わんだら」と言った。学校へ上がっても先輩が田舎言葉を使うので、それを下品とも思わず小学校時代はそれが通用した。
 社会へ出ると、地方地方によって独特の言い方があり、また漫才、落語、芝居、小説などから、いろんな言い回しのあることを知って世間は広い、ということを実感した。
 自分のことを、ぼく(僕)、私(わたし、わたくし)というのは極めて平均的だが、「われ」「おれ」「おら」「おいら」「おれっち」「おらたち」、鹿児島の西郷さんは「おいどん」、夏目漱石は猫に「わが輩」と言わせて、その小説が出世作となった。江戸時代の大名や公卿は「余」、天皇は朕。
 相手を呼ぶ時もいろいろあって「あなた」「あんた」「君」「おまえ」「てまえ」「おぬし」「わろ」。複数呼びの場合は「きみたち」「あんたら」のように達、等をつけるが、ときには、「あなた方」「あんた方」、江戸時代の武士は「おのおの方」と呼びかけた。
 いま、なぜこんな一人称、二人称の文法のいろはのような話を持ち出したかというと、言葉づかいの乱れが社会秩序の乱れに関係しているように思われ、それが人の世の娑婆を悪くするのでは、と心配するからである。
 朝晩の挨拶運動は早くから提唱されているが、家庭、学校、職場、社会で正しく実行できているか、と問えばあやしい。上司や先輩に対して「お早う」は失礼になるが、挨拶に限らず、このごろは敬語がうまく機能していない。親や上司に同輩や仲間同様のぞんざいな言葉を使う傾向があり、慶弔時の正しい言葉づかいのできない人がいる。
 言葉の乱れは、コミュニケーションの場が対話か電話(ケータイを含む)に集約しているからかもしれない。つまり言いっぱなしで、言語に反省の余地がないからである。
 その点、電話化以前の社会は書き言葉による通信がコミュニケーションの正しい表現に役立った。手紙文を書けば、おのずと、時候の挨拶を述べるし、敬語を使うことに意識的になる。
 また、友人か先輩か、単なる事務上の要件か、ものごとの依頼や要請か、恋文か、その他、内容によって使用する言葉に思い入れや配慮が伴う。
 つまり言葉が人間の心、感情を伝達するのであるから、やさしさ、厳しさ、うれしさ、楽しさ、つつましさなどが人間社会をおだやかに、平和に、秩序立てることになる。
 先ず挨拶ありき、挨拶こそが人間のふれあいの潤滑油である。【押谷盛利】

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2010年03月06日

受動喫煙の防止へ(見聞録)

 先日、大阪駅前で、友人と居酒屋を訪れたが、換気が悪いのかタバコの臭い充満していたので、料理を注文することなく、店を変えた。その日の夜に宿泊したホテルでも、タバコ臭い部屋に案内されたため、即座にフロントに電話して部屋を変えてもらった。
 タバコの煙や臭いに無頓着な客商売があるものだな、と残念に感じた。
◇他人のタバコの煙を吸うことを「受動喫煙」という。自分の意思に関係なく、空気中に漂う煙が肺に入るから「受動」と言うが、小生を含め多くの非喫煙者がこれに悩まされていることだろう。
 国は平成5年に健康増進法を施行し、公共施設での受動喫煙防止を求めている。さらに、世界保健機関(WHO)の「たばこ規制枠組み条約」も批准している。
 これにより、公共施設や交通機関での禁煙化は徐々にではあるが前進している。
 長浜市内でも市役所の建物内が全面禁煙となり、市街地商店街では路上喫煙が禁止された。駅構内も完全禁煙化している。
 しかし、日本の取り組みはヨーロッパの先進国と比較すると、遅れているのが現状だ。特に、条約を批准していながら、公共施設の禁煙化を実現できていない点が問題視されている。
◇厚生労働省は先月、受動喫煙による健康被害を防ぐため、飲食店やホテル、百貨店など多くの人が利用する施設を原則として全面禁煙とすることを求める通知を全国の自治体に出した。
 対象となる主な施設は、学校、体育館、病院、劇場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店、駅、金融機関、美術館、博物館、社会福祉施設、商店、ホテル、旅館、屋外競技場、パチンコ店、ゲームセンター、電車、バス、タクシーなど。
 罰則や強制力はなく、通知の効果は未知数だが、国が禁煙化の方針を打ち出したことの意味は大きい。
 そんな中、神奈川県は4月から受動喫煙防止条例を施行する。病院、学校、劇場、官公庁などを完全禁煙とし、飲食店、ホテル・旅館、カラオケボックスなどは完全禁煙か分煙化を義務付ける。
 さらに、罰則規定も設け、禁煙場所でタバコを吸った場合は2万円以下、施設管理者が必要な義務を果たさない場合は5万円以下の過料処分とする。
 4月1日の施行が迫る中、同県のマクドナルドやロイヤルホスト(レストラン)は3月1日から全席禁煙に踏み切った。健康志向の企業姿勢をアピールするのが狙いで、客から好評を得ているという。
◇厚生労働省の調べでは、日本の喫煙率は男女合わせて24%。また、家庭に子どもや妊婦のいる割合が高い20代、30代の喫煙率は、その他の年代と比べて高く、20代では男性47%、女性16%、30代で男性55%、女性17%となっている。
 この数値をいかにして減らすのか。喫煙者が減れば、受動喫煙の機会も減る。神奈川県の取り組みのように、滋賀県や長浜市にも、タバコの煙に悩まされない環境づくりが進むよう音頭を取ってもらいたい。

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2010年03月05日

尋常という素敵な言葉

 このごろはあまり、口にしなくなったが尋常という言葉がある。普通という意味である。特別でないこと、あたりまえのこと。そのほか、見苦しくないこと、いさぎよいこと、すなおなこと、りっぱなことの意味もある。
 とても含みのあるいい言葉で、昭和の初期は小学校のことを尋常小学校といった。正しくは尋常高等小学校といい、尋常科が6年制で義務化、その延長線上に高等科があり、希望者だけが進学するコースだった。
 これが戦争中の昭和16年(1941)に国民学校と名を変えた。国民総動員という戦争政策に合わせたもので、せっかくの尋常というよい名を変えてから世の中、あやしくなってきた。
 尋常小学校は明治19年(1886)に設置され、初めは4年制、同40年から6年制となった。
 いま、尋常が懐かしく思い出されるのは、今の世があまりにも尋常でなさすぎるからである。
 赤ちゃんや幼児を虐待して殺す親の話などは聞くことはなかった。手紙を郵便ポストに入れるように赤ちゃんをそっと人の知らぬまに箱の中に捨ててゆく親があり、その捨て箱を用意する役所があったり、義務教育でない高等学校の生徒に金持ちの子も貧乏人の子も一緒ぐるみで国から学費を出す制度など、どう考えても尋常ではない。
 考えれば考えるほど今の日本は尋常ではないことばかり。
 することが尋常でないから、これは狂っているとしか言いようがないが、一流の文化国家、経済国家と自負しながら、狂っているというのは恥ずかしさを通り越して明日の自分はまともでいられるだろうかと不安になる。
 例えば「振り込めサギ」など尋常のアタマでは考えられないことだ。こんな悪いサギ行為は顔の見えない電話や顔の見えない銀行の預金の出し入れを逆手にとって人さまのカネをぼったくるわけだが、やられる被害者も尋常ではない。「わしや」「おれや」と言われて、ほんまの息子や孫と思っていそいそと銀行の指定口座へ振り込む。カネの値打ちがないのか、カネがだぶっているのか、それとも息子の声か孫の声かの判断までができにくくなってしまったのか。
 もし、耳がおかしくなっているのなら、テレビの見過ぎで、音感が狂ったのかもしれない。有名大学の学生やら防衛大学の学生らが強姦や、その未遂で逮捕されたり、学校の先生が女生徒へのわいせつ行為で問題を起こしたり、やっぱりここは明治、大正にさかのぼって原点の尋常小学校に戻した方がよいのかもしれん。【押谷盛利】

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2010年03月04日

川島氏の選挙人生(見聞録)

 きょう4日、川島信也市長が任期満了を迎え、市庁舎に別れを告げた。
 川島氏はこれまでに実に9回の選挙に立候補し、当落を繰り返してきた。振り返ると―。
 東大法学部卒業後、旧国鉄に入社し、ニューヨーク事務所次長、本社経営計画室主幹を務めるなどエリートコースを歩んだ。
 1980年に国鉄を退社。1983年の衆院選の滋賀選挙区に、宇野宗佑(通商産業大臣、後に首相)、山下元利(元・防衛庁長官)らとともに自民党から立候補した。定数5に対し6人の立候補だったが、最下位で涙を飲んだ。
 1986年の衆院選でも再び、宇野、山下、武村正義(後の大蔵大臣)らと自民党から立候補したが、7人中最下位で、落選。ちなみに、このとき初当選したのが、今の文部科学大臣の川端達夫氏(当時は民社党)。
 1990年に挑んだ3度目の衆院選は無所属で立候補。大差で敗れ、国政への道を閉ざした。
◇翌年の1991年、長浜市長選に立候補。新人4人で争う中、知名度を生かして圧勝。4度目の選挙で、当選の美酒を味わった。
 だが、その後の市長選で当落を繰り返し、4年間、市長職を全うしては、次の4年は浪人生活。そして、今年2月、4選を目指したが、敗れた。
 川島氏は衆院選、市長選合わせて計9回の立候補で3勝6敗。国鉄退社から実に30年近く、選挙人生を送ってきた。
◇川島氏は、市立病院の移転、1市6町の合併など、その実行力で未来の長浜市の礎を築き、大きな功績を残した。一方、その長年の選挙人生の中で、保守層が「川島派」と「反川島派」に分裂し、選挙のたびに市を2分する戦いとなり、怪文書や告発状も出た。
 「今後は一市民として長浜のためにがんばりたい」という川島氏だが、県政では次男の隆二氏が活躍しており、側面からの応援は欠かせないだろう。その隆二氏は来年4月の県議会改選を控えている。
 川島氏をめぐる保守分裂は、新たな展開を迎えるのか。

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2010年03月03日

どえらい発言と政局

 自民党の将来を目されている前厚労相の舛添要一氏が外国人記者との会合の席で、このまま自民党の支持率が上がらなかったら党首の交代を要求するか、場合によっては党を割って出てゆくかもしれん、と、どえらい発言をした。しかも、「みんなの党」の渡辺代表や「民主党」の前原国交相ら反小沢の幹部らの名を挙げて政界再編成あり得るのニュアンス濃き胸のうちを明かした。
 舛添さんの心配は実は国民の心配なのである。かいつまんでいうと、民主党がなんぼ失点を重ねて、国民からの不信の目で見られても、それが反転作用して、自民党の人気回復につながらないからである。
 民主党内閣は致命的な傷を負い、常識的には死に体となっているが、だからといって、国民はそれに代わるべく自民党内閣の返り咲きを願っていない。
 ことほど左様に国民は長年の自民党政治に愛想をつかしている。だから、民主党への怒りや不信の声がそのまま自民党への支援の声にふくれ上がらないのである。
 実はここに政治の危機と国民の不安が籠もる。死に体の内閣が呼吸し続けるというのは道理に合わないわけで、これは民主主義政治ではあり得ぬことなのだ。あり得ぬことが現実に続いているのは、まさに独裁政治に質的変化を遂げつつあることだ。
 民主党は数の力で内閣の不信案を否決するであろうし、小沢喚問を野党が叫んでもそれに応じぬし、お小遣い12億円を知らぬという首相が1円でもムダをはぶかねばならぬ、と国民をバカにしたり、とにかく平気の平座で政権を握っているこの現実は北朝鮮や中国の独裁政治と似ているではないか。
 そうこうしているうちに、今度は北海道へ火がついた。北海道の教職員組合(日教組傘下)が民主党の小林千代美議員へ不正献金したことがバレて、組合幹部ら3名が逮捕された。
 組合は「不正はない。不当逮捕だ。弾圧だ」とうそぶいているが、さきに小沢氏秘書が逮捕されたときも民主党は「権力捜査だ」といきまいた。
 小沢氏については「疑惑は残るが起訴するに十分な証拠が得られない」という理由で不起訴処分となったが、国民の多くは小沢氏の「白」を信じることはない。
 このような民主党権力の疑惑がどう国民を怒らせているか、それを証明したのが長崎県知事選と町田市長選である。
 国会へ反映する国民の声は7月の参議院選に向けられているが、一たん信用を落とした自民党の支持率回復は望むべくもない。このまま事態が続くようなれば、国民のいらいらは募るばかりである。
 民主党はダメだ、さりとて自民党にも期待できぬ。国民の投票行為、政党への選択行為が大きなジレンマに立ち至っているのが今日の政治危機である。
 それなのに、2日付の新聞はこの舛添発言を過少評価したのか、無視するほど扱いが小さい。ぼくが編集長なら一面でトップ扱いに報道するのだが。【押谷盛利】

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2010年03月02日

ネットメディアの盛衰(見聞録)

 若者を中心に新聞離れが久しくなり、大手新聞の発行部数は減少傾向で、情報収集の舞台を完全にインターネットに奪われている。また、広告収入も、ネットに追い抜かれ、減収、減益の赤字決算が頭の痛い問題となり、今後の新聞メディアの行く末を心配している。
 日経は今月23日からインターネットで新聞配信の有料化に踏み切るが、果たしてどの程度の購読者を取り込めるのか、注目している。
◇ネットの普及、特にネット上の日記「ブログ」の登場で、誰もが気軽に情報を発信できるようになったが、今、注目を集めているのは、簡単なコメントやつぶやきを発信できる「ツイッター」。
 芸能人や政治家が参加する中、鳩山首相もオリンピックの感想、チリ大地震や津波への政府の取り組みなどを発信している。
 意外にも、鳩山首相のツイッターが国内1位の人気を集めていることが、「富士通総研」の調査で明らかになった。
 ネット上で意識調査を行ったところ、ツイッターの利用者は8・2%と、1割にも満たなかったが、その利用者の4人に1人が鳩山首相のツイッターを閲覧していることが分かり、新聞やテレビを介さなくても、一国の首相の発言が身近になっていることがうかがえる。
◇「市民の市民による市民のためのメディア」を標榜するネット新聞「JANJAN」は1日、今月末での休刊を発表した。
 ボランティアの市民記者が取材、執筆した原稿を編集部がチェックした上で、ネットに掲載する仕組み。市民目線のテイストが興味深く、滋賀県内でも複数の市民記者が日常のニュースなどを伝えていただけに、残念だ。
 休刊の理由について、急激な広告収入の落ち込み、サイトシステムの「時代遅れ」、既存マスコミのネット参入などを挙げている。
◇新しいビジネスモデル、情報発信手段が生まれては消えるネットの世界は、盛衰のスピードが速い。既存の新聞はその世界に翻弄されている。
 滋賀夕刊もホームページで、新聞に掲載した記事のいくつかを紹介しているが、どれほどの効果があるのかは不明だ。小紙としては地元のニュースを地元に届ける仕事を、地道に続け、読者に喜んでもらうほかない。

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2010年03月01日

真央の涙と民主党政治

 バンクーバーの冬季オリンピックは終わった。振るわなかった日本勢だったが、そのなかで、唯ひとり、世界を興奮のルツボに酔わせたフィギュアの浅田真央が光る。
 真央はトリプルアクセルの女王としての貫禄を見せたが、惜しくも韓国のヨナに金メダルを奪われた。
 銀メダルを手にした真央は「くやしい」と本音をもらすとともに涙を流した。勝負の世界だからその口惜しさは分かる。くやしいのは真央だけではなく、テレビに釘づけされていた国民のみんなの気持ちであった。低調な日本勢にあって世界の関心を集めた真央の華麗な活躍は見事というよりほかはない。
 真央の涙が4年後の五輪でどんな花を咲かせるのか。それを楽しみに彼女以下日本の全選手のさらなる前進を期待しよう。
 ところで、真央はなぜ金にこだわるのか。民主党が自民党に代わって政権を担ったとき、各省庁から上がった予算のうちムダをはぶくための事業の仕分けをしたのは先ごろのことである。
 その仕分け作業の公開の場で、民主党の女性議員が文化、学究、技術関係の事業費のカットを主張したことが報じられた。そのなかで学力、技術関係の国際競争力が問われ、資源のない日本の生きる道は頭脳による技術力の輸出や新商品の開発に世界のトップレベルをねらわねばならぬとする学界からの説明に対し、「なぜ1番でなければならぬのか。2番ではいけないんですか」の彼女の発言が話題になった。
 この女性議員の同じ思考が戦後の日本の教育界をわざわいした。それは格差反対、平等という大衆おもねり思想ともいうべきもので、たとえば運動会に1、2、3位の入賞制度を廃止したり、通知簿の10段階、5段階制評価をなくする方向を打ち出した。
 これは日教組なる教員組合の悪平等主義の所産であるが、その結果、日本の中学、高校の学術レベルが世界から遅れたことが問題になり、その延長線の「ゆとり教育」の見直しにつながってゆく。
 1番でもなくてもいい、5番でも10番でもという考え方は、のっけからトップを走る気概を喪失させるもので、自由社会、競争社会の脱落組の応援団というべきである。
 同じ理屈はオリンピックにもいえる。なぜ金メダルなのか。金が最高峰であり、絶対唯一の頂上をただ1人極めることこそスポーツの世界の夢であり、永遠の美である。それを逃したことへの悲しみと自分自身への怒りが真央の涙となり、くやしいの声になった。
 涙でいえば、いまの民主党の政策は涙ぬきの全体主義的傾向があり、しっかりと見極めねば日本を世界の2等国、3等国に落とす恐れがある。
 その一つが農業政策である。農家がもうからなかったら、その分を国がカバーしようというのは惰民政策で、1番2番を目指すがんばり農業を亡ぼすことになる。【押谷盛利】

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