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大震災から15年(見聞録)

 阪神淡路大震災から17日で15年目を迎える。倒壊した建物の下敷きや火災などで、6000人以上が亡くなったが、今、三ノ宮や神戸など都心部を訪れると震災は遠い過去のような賑わい。ただ、被害の大きかった長田区を歩くと、ところどころに空き地や駐車場があり、被害の名残りを見ることができる。
◇当時、小生は20歳で、神戸市内で一人暮らししていた。幸い被害の軽微な垂水区のマンションに住んでいたので、ケガはなかったが、下から突き上げられ、体が宙に浮いたような、あの衝撃は今でも忘れることができない。
 轟音と振動がいつまでも続き、棚に置いていた物はことごとく床に落ち、食器や窓ガラスが破損した。
 電気はその日のうちに復旧したが、水道とガスはストップしたままで、給水の長い列に並んだ。近くの大型スーパーに買い出しに行けば、店に入るのに3時間待ちという具合。
 友人は、住んでいた長田区のアパートが全壊、全焼。ぺしゃんこになった建物から命からがら逃げ出していた。
 通っていた大学は4月まで休学となり、時間を持て余した小生は少しボランティア活動に参加しただけで、あとは、液状化現象により泥にまみれたポートアイランドで復興アルバイトに精を出していた。
◇当時の滋賀夕刊をめくると、17日付は「湖国も震度5の強震」との見出しで、湖北地域の被害を伝えている。市内では七条町で民家のブロック塀が12㍍に渡って倒壊し、平和堂長浜店でも大型ガラス25枚余りが割れた。
 長浜市社会福祉協議会では義援金や救援物資を受け付け、長浜病院や長浜赤十字病院は現地に救護医療班を派遣した。
 21日付では「支援の輪続々役場に」との見出しで、湖北地域の住民から義援金や物資が社協や役場に寄せられていることを報じている。
 また、フタバヤ、湖北精工、長浜信用金庫、マツイ機器工業、浜ちりめん工業協同組合など複数の企業・団体から大口の義援金が寄せられ、震災から1カ月で長浜市だけで8574万円の義援金が集まった。
 市民も自主的に現場へ赴き、炊き出し支援などに取り組んだ。
◇天災から逃げることはできないが、被災地では支え合いとボランティアの心が欠かせない、ということを、改めて考えたい。

2010年01月16日 14:40 |


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