滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2009年12月26日

1年を振り返り(見聞録)

 滋賀夕刊はきょう26日で今年の発刊を終え、正月特大号の準備に専念する。
 今年最後の「見聞録」にあたり、この1年のニュースを振り返りたい。
◇年明けは、前年から難航が続いていた湖北1市6町合併協議が再開。長浜市議会は議長の交代、議員の出席停止処分など、すったもんだした挙句、3月17日に関連議案を可決し、1市6町の合併が成立した。
 あと6日で新しい長浜が誕生するが、その舵取り役を決める市長選挙(来年2月14日)には現職の川島信也氏と前衆院議員の藤井勇治氏が立候補を表明しており、一騎打ちとなる見込みだ。
◇リーマンショックに始まる景気低迷で、年明けからヤンマー、長浜キヤノン、日本電気硝子など湖北地域の製造業現場でも「派遣切り」が相次いだ。ブラジル人ら南米系の労働者も次々と帰国し、あちこちのアパートで空室が目立っている。
 不景気に伴う法人税の減少は、地方の財政を直撃。滋賀県の2009年度予算は県税収入が2割、408億円も落ち込み、危機的状況に。
 自民党麻生政権は景気対策を名目に、休日の高速道路料金を1000円としたり、定額給付金をばら撒くなど、税金の無駄遣いを加速させた。
 夏の衆院選挙では、自民に愛想を尽かした有権者が民主を支持し、政権交代が実現。しかし、民主党鳩山政権は、歳入の半分を借金で賄う予算編成、反米親中の外交姿勢などが疑問視され、その雲行きは決して明るくない。
 滋賀でも4選挙区で民主候補が圧勝し、求心力を失った滋賀県議会の自民会派は分裂した。
 また、新型インフルエンザが流行し、湖北地域でも学級閉鎖が相次いだ。幸い「弱毒性」のため大混乱には陥らなかったが、もし「強毒性」だったら…。
 長浜市内の女性が米原市内の汚泥タンクから遺体で見つかり、交際していた男が逮捕、起訴された。公判は新年に持ち越され、その真相解明が待たれる。
◇明るいニュースとして記憶に残ったのは、部分日食。世紀の天体ショーが湖北地域でも観測できたことに、心を躍らせた。
 米原市出身の北村友一騎手が中学生の頃からの夢を叶え、国内競馬の最高峰「ダービー」に出場するなど、大舞台で活躍したのもハッピーなニュースだった。
 2011年のNHK大河ドラマに浅井三姉妹の「江」が取り上げられることが決まり、新しい長浜市の一体感の醸成、そしてPRの機会となれば、と期待する。
 そして、滋賀夕刊が読者とスポンサーに支えられ、この湖北で創刊50年を迎えることができた。
◇新年は、1市6町の住民がそれぞれ手を携えて新しい「長浜づくり」に取り組むことになる。その一助となれるよう、小紙もこれまで以上に地域の話題を伝えてゆきたい。

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2009年12月25日

今年を送るにあたって

 いよいよ今年も残すところ1週間となった。泣いても笑っても1年は過ぎ、新しい年を迎える。
 元日に年賀状をもらうが、そのとき、すでに本人があの世へ旅立っていることがある。ポストへ投函した後、急病などで他界したわけだが、このような賀状は極めて珍しいから、両手で押し戴いて冥土の旅の安全を祈らざるを得ない。
 滋賀夕刊は26日に納刊するので、本年中におけるぼくの時評は今日が最後である。ところで、ぼくは、人間は何のために生きているのか、人間の幸せとは何か、などと考えることがよくある。
 理屈っぽくなるが生きていることは生かされていることであり、生かされている因縁がなければだれもこの世に存在しない。自殺する人は「自分の命は自分のものだろう。生きるのも死ぬのも自分の自由であり、権利である」と主張するかもしれないが、これは間違っている。人間は一人として、自分の意思でこの世に生まれてきたものはない。父母やそのまた父母、遠い遠い先祖の因縁によるものであり、生まれてきた以上、そして一人前に成長した以上、この世に自分を送って下さった神仏や先祖の御心にそって世のため人のため汗を流さなくてはならない。
 人間は生まれたときも死ぬときも自分の意思は働かない。言わば大自然の摂理の中に身を任せているだけである。人間に欲心が付与されているのは天命を全うすべしという創造の神のはからいである。
 さて、今を生きているあなたは幸せですか。みんな、人は幸せに生きたいと念じ、それなりに努力している。
 幸せとは何か、これは極めて精神的なものだから一律にきめつけることはできないが、ある種の一般的な共通条件はある。例えば健康、生活の安定、生き甲斐、家族関係なども大事な要件といえるだろう。
 人間の幸福は古代ギリシャの哲学、釈迦の仏教、キリストの聖書、古代中国の孔孟の教えなど人類の求める永遠の青い鳥であるが、明治以来の近々150年に限っても幸福をテーマにした出版物は実に400冊近くにも上っている。
 その元祖的なのは武者小路実篤の幸福論だが、芹沢光治良、谷口雅春などは有名である。
 宗教関係では阿含宗の桐山靖雄、幸福の科学の大川隆法。現代作家では佐藤愛子、湯川れい子、俵萠子、曽野綾子、伊集院光、齋藤茂太、遠藤周作。
 なんといっても幸福論の大御所は宇野千代であろう。恋愛を重ね、百歳を生き、きものに小説に生命を燃焼し尽くした。百歳の幸福論では政治家加藤シヅエが白眉であろう。
 長浜市の合併記念式典の講師・金美齢氏には「大中華主義はアジアを幸福にしない」の著書がある。
 幸福は頭の問題や知識によって得られるものではなく、すべては行為、実践による霊肉一体の果実である、と信じ、新しい年の読者の幸せを祈って筆を置く。【押谷盛利】

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2009年12月24日

心温まるイブの話題(見聞録)

 きょう24日はクリスマス・イブ、あす25日がクリスマス。
 イエス・キリストの生誕を祝う西洋の祝日だが、日本ではサンタクロースが子ども達へプレゼントを届ける風習として定着している。また、カップルが「特別な日」としてデートや食事を楽しんだり、街中がイルミネーションで彩られるなど、子ども達や若者の気分を高揚させている。
◇キリスト教の祝日が、いつごろから日本に定着したのだろうか。
 中世、航行技術の進歩に伴い、西洋のキリスト教は世界中に発信され、日本にも鉄砲をはじめとする科学技術と一緒に伝えられた。しかし、鎖国中の江戸幕府はこれを厳しく規制したため、クリスマスどころか、キリスト教さえ普及しなかった。
 そして、明治時代。開国に伴って西洋文化がどっと流入して、キリスト教文化が浸透した。
 明治12年の朝日新聞は「25日は『耶蘇(キリスト教)』の大祭日なので信者を川口天主堂に集めて行事をする」と報じている。また、同25年の同紙では、東京の菓子店で「クリスマスお菓子」が売り出され、別の菓子店は店頭にクリスマスツリーを飾ったと紹介してあり、明治期にはクリスマスが定着していたようだ。
 さらに、同紙の大正4年の記事には「お歳暮はもうありきたり…クリスマスプレゼントの方が新しいと喜ばれている」とあり、この頃には、プレゼントを贈る風習があったようだ。
 そして、現代はおもちゃから貴金属、ケーキが売れに売れ、レストランやホテルは予約でいっぱい。コンビニ店員もサンタクロースの衣装に着替えるなど、右も左もクリスマス一色。
◇しかし、クリスマスの発信源である、キリスト教の最高峰、ローマ教皇のベネディクト16世は「若者たちを後戻りのできない消費者主義に陥れた」「現代の消費社会の中で、この時期が商業主義に汚染されているのは、残念なこと」と、クリスマスの商業利用を批判している。
 我々、日本人はキリスト生誕に関係なく、年中行事の一つとして楽しんでいるが、プレゼントを機会に、夫婦や家族、恋人の繋がりがより深まるのなら、少々の出費も我慢できそうか。
◇商業戦略にドップリ浸かっているクリスマスだが、心温まる話題は数多くある。
 大津市の児童養護施設「小鳩の家」では、毎年クリスマス・イブの夜にサンタの一団が訪れ、子ども達にプレゼントを届けに来る。施設には幼児を含め、約70人が入所しているが、その一人一人の枕元にそっと置くそうだ。
 職員によると、この一団によるプレゼントは約30年間続き、サンタの顔ぶれも変遷しているという。
 「長浜」に縁があるようで、クリスマス前になると「長浜のサンタクロースです」と名乗って施設に電話があり、プレゼントの希望内容を聞く。そして、職員が名前や住所を尋ねても決して明かさないという。
 その正体が気になるところだが、施設の子ども達は「長浜サンタ」と呼んで、今晩もその訪問を心待ちにしている。

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2009年12月22日

冬至のカボチャ考(見聞録)

 きょうは冬至。北半球では1年間で最も昼が短く、夜が長くなる日。オーストラリアなど南半球では、逆に昼が最も長くなる。
 昼と夜の長さが季節によって変化するのは、地球の公転軸に対し、地軸が23・4度傾いているから。ちなみに、この時期、北緯66・6度以北の国、例えばノルウェーなどでは、1日中、太陽が昇らない「極夜現象」が起こり夜が続く。逆に南極など、南緯66・6度以南は太陽が登りっぱなしとなる。
◇1年間で最も日照時間が短く、いよいよ冬が深まる時期とあって、日本では冬至を、これから訪れる寒く厳しい季節を乗り超えるための節目の日とした。
 無病息災を願って、栄養たっぷりのカボチャを食べ、邪気を払う香りを持つと言われる柚子の風呂に入ることで知られる。
 柚子湯は「冬至」の読みを「湯治」とかけて、生まれた風習とされる。柚子には血行を促進する成分や、鎮痛作用のある成分が含まれ、ビタミンCも豊富で肌に良いという。
 夏の野菜であるカボチャを食べる風習には違和感を覚えるが、それは先人の知恵に由来する。
 現代は、食料が季節を問わずに豊富に揃っているが、戦前の日本は、食料が不足する冬に備え、夏に収穫したカボチャを食べずにとっておく。幸いカボチャは特殊な加工をしなくとも、日持ちする。
 農業に縁のない小生は、カボチャを冬まで置いておくと、甘味が増すのだろうとの認識しかなかった。
 ちなみに「カボチャ」の名前は、ポルトガル語の「カンボジァ・アボボラ(カンボジアのウリ)」の後半を省略したもの。
◇小生も柚子湯に浸かって、カボチャを食し、冬至という季節の節目に、身と心を整えたいところだが、現実は年末の仕事に追われて、無味乾燥に日々が過ぎている。

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2009年12月21日

小沢の二重権力の危険

 民主党の小沢幹事長の二重権力、独裁政治が日本の政治を暗くし、日本の国民を不幸にする、とぼくは心配している。
 二重権力について説明しておく。
 日本は民主主義の国家であるから、北朝鮮や中国のように共産党の一党独裁国家ではなく、国家の運営は三つの権力のバランスによって成り立っている。
 一つは政府であり、その最高ポストが内閣総理大臣である。通常この権力を行政府という。
 二つめの権力は立法府であり、国会がこれに相当する。つまり国家の政策は法律によって決められるが、その法律を決めるのが国会であり、その法律には政府提案のものもあれば国会自らの提案もある。いずれにしても国会の議決のない法律は存在しない。
 いま一つの権力は、これらに全く支配されぬ司法権である。これは白、黒をつける裁判のほか、法律が憲法に反していないか、分かり易くいえば憲法の番人の役割を果たす。
 もちろん、刑事事件や民事訴訟の裁判も司法権に基づく仕事である。この三つを三権分立といい、この均衡がうまくかみ合っていることが健全な民主主義なのである。
 小沢幹事長が二重権力を持つと心配するのは、彼が内閣(行政)を動かすとみられるからである。
 内閣の一番大事な仕事は予算の編成である。つまり入る金と出る金を調整して、国民から頂く税金を合理的に国民本位に使うことが求められる。
 この予算編成権という行政最大の仕事が、今や小沢幹事長抜きには成り立たないのが目下の鳩山内閣のお家の事情なのだ。政府が内定した予算方針や政策も、小沢氏が待ったをかければ、一頓挫、ダメといえばやり直さなくてはならぬという今の状況は、鳩山総理の上にさらに強大な支配者がいるということである。
 彼は与党の幹事長であるから、国会運営の最有力ポストに就いているわけだ。もろもろの政策が法律案として国会に提出されるとき、これを審査して賛否を決するのが国会の役割であり、絶対多数を握る与党の幹事長は当然国家運営のカナメを支配していることになり、立法権という国会の機能の頂点に立つわけである。
 こうして、政府を動かすかたわら、国会を牛耳る力を持つのであるから二重権力というわけである。
 小沢権力の恐ろしさは、天皇の政治的利用にまで発展しているのであるから、これはもう「あぶない」「あぶない」でうわさしている段階ではない。
 天皇に仕えている宮内庁の役人に対して「文句があるか、あるなら辞めてからもの言え」と辞任を迫るのであるから恫喝であり、独裁者の常套手段である。
 彼は対米外交においても外相や外務省を通り越して、中国、韓国の要人と調子を合わせているが、これは、これまでの国際間の動きなどから推察しても分かる通り明らかに反米の方向に舵が切られている。日米同盟をおかしくすればそれはそのまま日本の防衛問題に関わってくる。日本の防衛は基地の問題のみならず、韓国との問題にも関係してくる。
 韓国は共産党独裁政治の北朝鮮と国境を接しており、北の言いがかり次第ではいつ朝鮮半島で軍事的危機が発生するか分からない。その影響は暗くて深刻である。日本の政治のあり方によっては北や中国の言い分にまるめられたり、その支配下にまき込まれる可能性なしとしない。
 そういう国家存亡の危険すら内含する中国、韓国傾斜路線は政治家と国民の良識で防がねばならぬ。
 国を潰すことなかれ、この声を大にして民主党や政治家の奮起を促したい。【押谷盛利】

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2009年12月19日

需要予測と現実(見聞録)

 18日、JR西日本が来年3月のダイヤ改正の概要を発表し、北陸本線の列車本数は維持される見通しだ。
 米原駅以北の北陸本線は、2006年に電流方式の直流化が図られ、京阪神地域から西浅井町の近江塩津駅や福井県敦賀駅まで直通電車が走るようになったが、ダイヤが不便で、利用者は増えていない。
 このため、3月のダイヤ改正で、列車の本数が減らされるのでは、と危惧していたが、今回は何とか持ちこたえたようだ。
◇「琵琶湖環状線」をうたった直流化事業には、約161億円がかかり、滋賀、福井両県と沿線自治体が143億円を負担した。
 県は、開業にあたって北陸本線(坂田駅―近江塩津駅)と湖西線(永原駅―近江中庄駅)の1日あたりの乗客を2010年度に1万1544人とする目標を設定。「日常的な鉄道利用者が大幅に増え、大きな経済波及効果を招く」としていた。
 しかし、開業した2006年の利用者9942人に比べ、2008年の利用者は1万人(推定)で、わずか60人しか増えていない。
 需要予測は大ハズレだった。しかも、現在のダイヤはこの1万1544人を前提として組んでいるため、目標が達成できない場合、列車の運行本数や車両が減らされる可能性も。
 多額の税金投入の効果はいったい…。
◇遠く茨城県では、来年3月に開業を控えた「茨城空港」の国内線の定期便就航が決まらず、大問題となっている。国際線はソウル便(1日1往復)のみ。
 国の需要予測では、札幌、大阪、福岡、沖縄の国内4路線を飛ばし、年間約81万人の利用を想定していたが、ソウル便だけでは搭乗率75%と想定しても7万7000人に。
 約220億円を注ぎ込んで建設されたこの空港。赤字経営は必至で、そのツケは税金で賄われることになりそう。
◇かつて、滋賀でも県が「びわこ空港」を計画し、「将来的には国際線を飛ばす」などと言っていた時期があった。県民の反対で中止となったが、当時の知事も県会議員も大真面で必要性を訴え、年間75万人が利用するという需要予測をもとに、経済波及効果を訴えていた。
 ちなみに、「びわこ空港」断念後、今度は栗東市内に新幹線新駅を造る計画が問題化し、選挙前に起工式を済ませた当時の知事は県民の猛反発を受け、敗れた。
◇現在、国内には98の空港があり、新幹線も東北から北陸、九州にまで伸び、高速道路は網の目のように張り巡らされている。それでも地方は「活性化」を盾に、不正確な需要予測を並べて、次から次へと整備を求める。
 この狭い日本で、そんなに急いでどこへ行こうというのだろうか。

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2009年12月18日

驕る平家は久しからず

 「驕る平家は久しからず」という。
 今、日本の政治を支配している民主党の小沢一郎幹事長にこの言葉を差し上げたい。
 平清盛は今から850年程前、平安時代後期に活躍した武将で、娘・徳子を高倉天皇の妃とし、その子安徳天皇の即位により権勢の頂点に立った。一族すべて政府高官に取り立て、日本全国に多くの荘園を領した。中国(宋)貿易で私利をほしいままにし、一時は都を神戸の福原に移すなど、全くの独裁政治により、「平家にあらざれば人にあらず」とまで豪語した。
 しかし、その息子の重盛、宗盛のころから反平家運動が高まり、最後は壇ノ浦で源氏の攻撃のもと亡ぶ。
 太平洋戦争が終わって、戦後の混乱時、日本の政治は自由党の吉田茂政権が君臨した。今の鳩山由紀夫首相の祖父・一郎が総裁として、国政を担当することになったが、その直前、占領軍の公職追放令により失脚した。そのピンチヒッターとして登場したのが吉田茂で、彼はパイプをくわえ、和服の白足袋姿でいつもマスコミに登場したため「白足袋首相」とあだ名された。
 歴史に残るワンマン首相で、彼は救急車同様、サイレンをうならして交差点をノンストップで飛ばした。毎年くるくると大臣をつくるため大臣製造機ともいわれた。
 内閣を5期組織して長期政権を誇り、後に総理となった池田勇人、佐藤栄作らを高弟として育てた。そのワンマンも驕る平家の例にもれず、昭和30年の保守合同によって、追放解除後の鳩山一郎にとって代わられた。ゆるぎもしなかった吉田の権力を潰したのは、当時の実力者・三木武吉(民主)と大野伴睦(自)だった。
 なぜ、ぼくが小沢一郎幹事長の独裁を案ずるのか。
 それは何よりも彼の中国寄りの土下座外交が国をあやうくするからである。ぼくは予言しておくが、必ず、韓国は北朝鮮に併合される。南北連合などというかもしれぬが、北は南を解放するのが一貫しての戦略であり、このために米軍を韓国から追い出し、反米、反日の国民世論を高める。その戦略に韓国政府が乗せられるように韓国内における学生運動や組合活動が展開する。みんな北の政治、思想工作である。その後押しに中国が一枚加わる。
 小沢氏は中国へ600人の子分を連れて、お詣りしたが、そこで彼は「私は日本を解放するのだ」とうそぶいた。これはホーチミンがベトナムを解放する、といったのと同じセンスである。恐るべき本音であり、亡国の思想である。【押谷盛利】

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2009年12月17日

過大投資に「待った!」(見聞録)

 長浜市議会はあす18日の本会議で、6町から出された総額200億円の一般会計補正予算案を採決する。
 その200億円の事業の中には、国の緊急経済対策の補助金を活用した学校改築など大型工事が複数あり、今後6町の事業を引き継ぐ市議会としては、計画や予算額が適正か、否かをチェックする必要がある。
 しかし、実情は市議会のチェックを待たずに工事入札を済ませ、業者と契約するなど、「駆け込み事業」との批判を受けかねない動きが多々、見られ、市議会の反感を招いている。
◇地方自治の予算執行のルールは、市長や町長をトップとする行政が必要な事業について、予算を見積り議会に提案し、それを議会がチェックして、適正なら可決する。
 特に多額の税金が投入される建設工事などは、必要性や規模、予算額の妥当性などを慎重にチェックすることが欠かせない。
◇市議会との信頼関係をぶち壊してまで、工事を進める理由は何なのか。合併を前に自分の町だけのために税金を使おうとの魂胆なのか。ならば、簡素で効率的な自治体経営を目指すという合併の主旨から逸脱する、あまりにも自己中心的な行為で、1市6町の住民にとって不幸な話だ。
 本来ならば、市議会に提案される前に、こういった「駆け込み事業」を徹底的に精査するのは、提案者の市長の責任なのだが…。
◇16日の市議会総務教育常任委員会が、木之本、高月の両町と粘り強く交渉し、「待った」をかけたのは妥当な判断だろう。
 注意しておきたいのは、市議会は学校の改築や耐震化工事に反対しているのではない。あと2週間で1市6町は一つの市になるのだから、同じ方針、同じルールに則るべきだと指摘している。
 まして、不景気で市税収入の落ち込みが27億円にのぼるというのに、特定の町だけ豪華なハコ物を建て、借金が膨らむのは、たまったものではない。
◇1市6町の借金は総額で1400億円を超える。それを少しでも減らし、子や孫達の負担を軽くするのが合併の目的でもある。トップたるもの、その目標を忘れてはならない。
 湖北地域の新しい未来をつくる合併を目前に、不必要なしこりを生んだのは嘆かわしい。

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2009年12月16日

小沢独裁権力を批判

 宮内庁のルールを無視して、天皇陛下と中国副首席の会見を押し切った鳩山首相と、陰から強行に演出した小沢民主党幹事長に対する国民の批判が高まっている。
 このところ、小沢一郎氏は事実上の日本の支配者である。政府は鳩山、党と国会は小沢と住み分けしているというのは見せかけで、今回の問題にしても小沢氏の命令ですべてが進行した。
 目下、次年度の予算編成の重要な時期だが、副大臣などが政府側から小沢氏を訪ねて、その了承の上で万事を決めている。
 彼がノーといえばたとえ人事を発令しても後で手直しをせねばならぬのが実情である。
 党の実権を握り、同時に内閣をその掌握下に置くのはまさしく二重権力そのものであり、独裁権力といってもいい。
 小沢氏は前々から中国詣りの熱心な信者だが、今度は600人からの訪中団を連れて、胡錦濤主席のご機嫌をうかがった。
 どうやら彼の頭の中は、中国の政治システムに対する願望や憧れがあるようである。いまの中国は共産党代表の胡錦濤氏が最高の指導者で、政府や地方の行政は軍部をはじめ、みな党の指導下にある。
 小沢氏の今の権力も中国と同様に政府と党を支配している。彼の強引な今回の中国副主席と天皇陛下の会見は、まるで、日本の天皇陛下を同等扱いにした非礼というべきである。会見とは対等のもの言いで、本来ならば、中国副主席の表敬訪問である。
 表敬訪問する以上、宮内庁を通じてルールに乗らねばならぬが、天皇陛下の健康や日程、御予定等から30日以上前に申請せねばならぬのがルールである。
 ルール違反を犯してまで押し切った小沢氏は中国へのメンツを立てたかもしれないが、外務省筋からは「亡国外交」の声まで上がっている。亡国とは国を亡ぼすことで、最近の対中政策は、なにからなにまで譲歩するばかりで、いかにも独立国としての対面が損なわれすぎている。
 しかも、今回の件、宮内庁官が再びあってはならない、と批判したことを逆手にとって、一役人が政府を批判するとは何事ぞ、と猛々しくその辞任を迫っているというから、横着、横道も甚だしい。
 小沢氏は今回のケースは「憲法に示されている行為」だというが、共産党の志位委員長は「外交の賓客と天皇が会見することは国事行為ではない。これは公的行為だ。公的行為は政治的性格を与えてはならないのが憲法の定めるところであり、政府が関与すれば政治的性格を与えてしまい、憲法の精神に反する」と批判している(16日付朝日)。
 いずれにしても小沢氏のワンマンぶりは国の将来に禍根を残すのではないか。【押谷盛利】

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2009年12月15日

田渕さんの「お江」は?(見聞録)

 2011年のNHK大河ドラマで、浅井三姉妹の末っ子「お江」が取り上げられることになり、先日、長浜市内で脚本家の田渕久美子さんを招いて記念シンポジウムが開かれた。
 浅井三姉妹は小谷城主・浅井長政と、織田信長の妹・お市の方の間に生まれ、長女・茶々は秀吉の側室に、次女・お初は京極高次の正室になった。
 三女・お江は、最初、尾張の大野城主・佐治一成と結ばれるが、秀吉によって離縁させられ、次は豊臣秀勝と結婚。秀勝が朝鮮出兵中に病死し、秀吉の養女となった後、江戸幕府二代将軍・徳川秀忠へ嫁いだ。
 3度も結婚したお江の人生を知ると、戦国時代から江戸時代にかけて、男達の野望の中で翻弄された女性というイメージを抱くが、田渕さんが「戦国時代の勝者はお江」と語ったように、お江は三代将軍・家光を生み、その子どもは天皇家に嫁ぎ、天皇家に浅井家のDNAを残している。
◇田渕さんによると、脚本家という仕事は、歴史をテーマに扱う場合、「どうしても動かせない歴史事実」以外は自由に脚色してしまうそうだ。それは、淡々とした史実の積み重ねだけでは視聴者の心を誘えないからで、色恋などを交えて登場人物に人間味を加えてゆく。
 田渕さんは2008年の大河ドラマ「篤姫」の脚本も担当し、篤姫ブームを盛り上げた。
 篤姫は大奥に入ってからは、外の世界との直接的接点を持たなかったため、いかに幕末の動乱の世界を篤姫に関係させながら描くのかに悩んだという。
 そこで動乱に立ち向かうヒーローとして薩摩藩家老・小松帯刀にスポットを当てた。2人が幼少の頃に出会って、恋心を抱き、そしてお守りを交換したエピソードを加えた。
 しかし、田渕さんは「篤姫と帯刀は一生会っていないと思う。お守りの交換なんてウソです」と、明かした。事実、2人が出会ったという歴史的証拠はなく、2人の関係は田渕さんのオリジナルのシナリオ。
 再来年の放映に向けて、田渕さんが浅井三姉妹にどういうエキスを加え、どのようなシナリオを描くのか、待たれるところだ。

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2009年12月14日

小沢土下座外交を悲しむ

 民主党の小沢一郎幹事長が同党の国会議員を中心に600名の訪中団を組織し、中国詣りをしたことが大きく報道された。
 自己の実力を内外に知らせて得意絶頂の笑顔が電波に乗って伝わった。
 彼が中国側の歓迎を受け、随員の一人一人が胡錦濤国家首席と握手し、写真を撮ってもらって感涙したことだろうが、あさはかな土下座外交よ、と悲しさを覚えた。
 江戸時代、日本の将軍が交代したとき、新政権に敬意と善隣を示すため、朝鮮政府から多くの祝福訪日団と贈り物が届けられた。
 歴史はこれを朝鮮通信使と伝えているが、あたかも大名の参勤交代を思わせる長い道中記であるが、その通訳には高月町雨森出身の雨森芳洲が当たった。
 小沢さんはどんな土産物を用意して先方を喜ばせたか知るよしもないが、普天間の沖縄の空軍基地の移転問題にからみ日米間の親密度がぎくしゃくしているおりから、アメリカ外しの東南ア外交を重視する動きは中国への最大の贈り物であろう。小沢さんは、未だ解決していない中国産ギョーザ事件や沖縄の海域近くで発掘している石油問題など何一つ発信することなく、ただにやにやと先方の主張を聞いている。
 それどころか、韓国にも飛び、李大統領と会見して、日本に長く住む外国人への選挙権を与えることを約束している。
 日本には北朝鮮や韓国に籍を持つ人と中国国籍を持つ人が多く住んでいるが、彼らに選挙権を与えることが日本の政治にどんな影響を与えるのか、考えたことがあるのか。そもそも民主党は日本の政体をどう考えているのか。
 日本は天皇陛下を奉体しつつ、国民の信託を受けて総理大臣が政治を執行する。鳩山首相は中国の副首相の訪日を機会に天皇陛下に会見することを強引に取り決めた。会見のルールは、1カ月以上前からの事前要請となっているにも拘わらず、そのルールを無視したことは小沢氏からの強引な中国情報によるものと思われ、日本の天皇を政治的に利用するものと、識者の批判を受けているが、これも小沢訪中の「お土産」なのか。
 ぼくはここにきて、今から1400年も前の聖徳太子の対隋国交を想起する。
 「隋書」の東夷伝・倭国の条にある有名な日本の外交の文書で、大業3年(607)、倭王多利思比孤の使いが国書をもって隋を訪れたことが載っている。
 日本書記には推古天皇の15年、小野妹子を使いとして隋へ使者を派遣して国書を差し出したことが記録されている。
 その国書は先方の東夷伝によると「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや…」全く対等の文書で、世界制覇を目指す意気高らかな国王・煬帝を不機嫌にしたといわれている。なさけないかな小沢土下座外交。【押谷盛利】

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2009年12月11日

近づく市長選を考える

来年2月の市長選を前に、長浜市民の関心が高まり始めた。
 早くには、現職の川島信也さん(73)の無投票や、独走説が流れたが、今は情勢が一変した。
 長浜を中心に伊香、東浅井の空気を察知すると、有力な人材を発掘して合併後の新しい長浜の舵取り役に、との動きが日増しに高まっている。
 現職の川島さんは4選を期するわけだが、彼は妙なジンクスを抱えているから、ぼくは友情の上でも慎重であってほしいと願っている。
 ジンクスというのはたぐいまれなバイタリティーが存在する反面、1期務めると次の選挙は涙を呑むという結果が繰り返されていることを指す。
 氏が最初に当選したのは、議会の重鎮・中野戸エ門氏(故人)、前収入役・宮尾吉治氏、共産党の北村富生氏の4人の戦いに勝利したときだった。
 番狂わせといわれたほどの劇的当選だったが、4年間務めた次の選挙では、元市教育長の清水久行氏に再選をはばまれた。
 その清水氏が2期目に挑戦したとき、今度は川島氏がこれを倒して飛び石2選を果たした。ところが彼はまたもや3選を目指しながら今度は大手企業の元重役・宮腰健氏の挑戦に涙を呑む。そしてその4年後、宿敵宮腰氏を倒して3選した。飛び飛び飛びの3選だが、ジンクスでいくと今度はどうなるか。
 高年齢と健康からいえばハードルはこれまでより高いが、その自信と鉄火心が運命をどう切り開くか。
 ぼくの持論は知事であれ、市長であれ、町長であれ、多選反対である。
 どんな有能な神さまのような人でも権力というポストに3期以上も座るとその行政にマイナス要因を抱えるようになるからだ。
 外部との利権癒着、人事のゆがみ、発想のマンネリ化。仮に本人がきれいでも側近やお茶坊主が道を曇らせる。澄んだ水でも滞留すれば汚れたり、水垢が出る。
 勝れて実績を上げ、先々を期待されながら2期を最後に3選を固持した元三重県知事・北川恭久氏を始め、惜しまれながらも3選、4選を断った方々は、自らの体験で多選の弊を知っているのであろう。
 3年前、嘉田知事が誕生したいきさつをかえりみても、現職の多選を批判する声の底力を知ることができる。
 選挙直前まで現職の無投票ブームであったが、無名の嘉田氏が名乗りを上げるや一瀉千里にその名が県民の心に浸み渡っていった。
 衆愚ならざる衆賢の勝利がもったいない県政を実現させた。
 合併後の新しい長浜に新しいリーダーが生まれるか。市政、町政に関わる人たちはもちろん、広く住民の自治意識が問われるのではないか。【押谷盛利】

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2009年12月10日

官民のボーナス(見聞録)

 きょう10日、全国の公務員に一斉に冬のボーナスが支給された。滋賀夕刊が9日報じたように、長浜市でも職員1人当たり平均72万9000円余りを支給した。
 親方日の丸の公務員は、その所属する組織がどれだけ赤字を抱えても、しっかりボーナスがもらえる。2006年に倒産し「財政再建団体」となった北海道夕張市も、職員にボーナスを支給し、平均支給額は「40万円台になる」という。
◇では、民間企業はいかほどなのか。
 滋賀銀行のシンクタンク「しがぎん経済文化センター」の調査によると、県内企業で働く従業員の平均額は前年比5・9%減の33万5541円(平均40・5歳)となり、3年連続のマイナスとなっている。
 県内の取引先企業1547社を対象に調査し、37%にあたる571社から回答を得た。
 平均支給額は、製造業が34万5628円(平均41・6歳)、非製造業が32万5798円(同39・2歳)。また、資本金が3億円を超える大手企業が56万6979円だったのに対し、1000万円以下の小規模企業や個人経営は28万9449円にとどまった。
 前年より支給額を増やす企業はわずか4・2%で、減らすのは43・2%。支給しない企業は13・0%にのぼる。景気低迷で収益が低下する企業が人件費抑制を強めており、従業員の家計に厳しさが増している。
◇ボーナスの起源は江戸時代にさかのぼり、商人が使用人に、季節に応じた衣服を与えた「仕着せ」が由来とされる。
 現金としてのボーナス支給は明治9年の「三菱」の賞与が日本初と言われている。
 明治維新のさなか、三菱は海運業に乗り出したが、日本航路を持つアメリカとイギリスの大企業2社の前に大苦戦。そこで、大胆なリストラと徹底的な経費削減で運営改善に努め、日本航路から2社を退けることに成功した。
 「ビジネス戦争の勝利は社員の奮闘の賜物」として、同社は、各人の働きを「上」「中」「下」に査定し、年末の12月28日に賞与を支給した。ただし、これは臨時支給で、ボーナスとして制度化したのは明治21年になってからだった。
 ちなみにボーナスの名称はローマ神話に出てくる「農耕・収穫・成功の神ボヌス・エウェントゥス」に由来すると言われている。
◇以上から連想するのは、「ボーナス=成功報酬」。しかし、莫大な借金を抱える国も県も市も町も、職員と議員に潤沢に支給している。

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2009年12月09日

エンマさんの出番か

 このごろのチラシ広告を見て思うことはパチンコと海外旅行の大宣伝である。テレビの広告は美容と健康、美食オンパレードである。
 結構な平和日本、経済大国さゆらぎもなし、といった感じである。
 韓国びいきのヨンさんファンか、キムチ愛好家ねらいか、4泊5日の韓国旅行の安上がりが、日本のオバさん連中にもてもてだそうな。足の先から頭のてっぺんまでもみほぐして、整形手術をしたほどお顔が美しくなるという。
 結構な話ではないか。
 新聞の社会面には相変わらず、女性のスカート内を撮ってお縄頂戴の破廉恥紳士が登場する。そうかといって別の紙面には若ものの引き籠もりが社会問題となっている。
 上には上があるもので、鳩山由紀夫首相やその弟の邦夫元総務相らがそれぞれ何億とかのケタ違いのお小遣いを母親から頂いていた。献金というごまかし算術のお陰で生前贈与の税金をまぬがれていたというから、これではもう国民の先頭に立つリーダーシップはつとまらない。つまり政治は国民の信が要諦であるからだ。
 それもこれも結構な世の中。「よじゃないか、よじゃないか」と囃子たてるわけにはゆかぬ。税収以上の国債発行が注目されるが、行く末は重税国家で国民が泣かねばならなくなるのでは、との懸念を暗示しておこう。
 ニートはかわいそう、引き籠もりはかわいそう、高校生はかわいそう、日本国中、かわいそうだらけだが、こんなていたらくを放任していると日本おだぶつ論が漫画でなく本当にやってくるのではないか。
 もし、日本がいまのイラクやアフガンのように政情不安が募り、テロが横行し、きな臭い空気が国をおおうような事態が来たらどうなることか。
 戦争や国内紛争などはともかく、大災害が来たらどうなるか。地震でも洪水でも風害でも、ぼやぼやしていたら命がなくなるのが天災である。
 戦争中、なに一つ持たずに、頭に頭巾か座布団をかぶって焼夷弾の落ちる中を逃げ迷ったという話を聞いたことがある。必死に生きるというモデルをそこに感じるのだが、いまのような浮かれ気分で、浮いたかひょうたん、自己責任を放棄して、あれもしろ、これもしろとお上に注文しながら、めいめい身勝手では「いい加減にしろ」とエンマさんの出番となる。【押谷盛利】

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2009年12月08日

過大投資は見直しを(見聞録)

 1市6町合併後の市町職員の人事異動が7日内示されるなど、いよいよ新市誕生に向けて大詰めを迎えた。
 しかし、ここにきて、高月中学校の移転改築などの予算案をどう扱うのか、市議会議員の頭を悩ませている。
◇高月町では、老朽化の進む高月中学校の移転改築を皮切りに「はぐくみの郷」と呼ばれる教育施設集合体を創る「高月学園計画」を策定し、今年度から用地取得などに乗り出している。
 同町が昨年策定した計画によると、ハード事業は▽中学校の校舎移転改築▽運動場整備▽学校給食センター移転改築▽高月子ども園(認定子ども園)建築▽町民第1プール移設整備▽テニスコート整備▽駐車場整備―というもの。
 総事業費は50億円とも言われるが、周辺道路整備などを含めると70億円を超えるのでは、という声もある。
◇まず、最初に手を付ける高月中学校の移転改築事業は総額約30億円にのぼる。
 老朽化する校舎の改築は避けられないだろう。しかし、それ以外に計画されているすべての事業を完遂するには、それに伴う財源確保が迫られよう。
 地元企業からの法人税など税収が潤沢な時代ならまだしも、現在は不景気の真っ只中。長浜市の試算では1市6町合わせて、市・町税収入は46億円も減る見込みだ(平成20→22年度)。
◇長浜市は、合併前の「かけこみ」事業をけん制するため、大型・新規事業の凍結を求める文書を、2回にわたって6町側に提出。合併後の財政運営に影響を及ぼす経費については、額の大小を問わず、原則、執行の凍結を求めたが、それは守られていない。
 長浜市に編入される6町を思うとき、町が存在している間に地元施設を充実させたい、という考えは理解できる。
 ただ、こういう経済情勢である。仕切り直して倹約を考えるべきではないか。
 過大な投資は将来の1市6町の足かせとなる。
 目下、市議会には賛否両論があるようだが、合併を推進した議員も、反対した議員も、合併後の財政を見据え、議会人として自治体の出費をしっかりチェックすることを望む。
 もし、今回の予算案に見直しの余地があるなら、修正すべきだろう。スリムな行財政を目指すのが、合併の目的の一つなのだから。ただし、これは、長浜市の新庁舎建設計画にも言えることだ。

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2009年12月07日

結婚はどうでも良いか

 結婚と子どもについて世論調査の結果が内閣府から発表された。憂うべき、気になる数字が示されているから論評しておく。
 「結婚は個人の自由だから、してもしなくてもどちらでもいい」と考える人が70%。年齢別には70歳以上が47%、以下だんだん増えて、60歳代で60・8%、50歳代で72・3%、40歳代以下では80%を超え、20歳代では87・8%を占めている。
 つまり40歳代以下は10人に8人までが結婚への夢を持っていないことを実証している。
 いま、40歳以上の独身男性が激増しているというが、このあたりにも日本の少子化傾向の一因が見え隠れする。国が政策的に子ども支援金を制度化しても、肝心の男女が結婚しなくては、子の生まれるはずがない。
 さて、いま一つの注目すべき調査結果は、結婚しても子どもが欲しいか、どうかの回答である。
 「結婚しても、必ずしも子どもをもつ必要はない」に42・8%が賛成。若くなるほど賛成が多く、70歳以上の賛成が22・8%に対し、20歳代の賛成は63%に上った。10人のうち6人以上が子どもをもたなくてもいい、と考えているというから、これは確かに健全で明るい方向とは申されまい。
 その他、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」については賛成は男性は48・9%、女性は41・4%。男性は賛否はほぼ同じくらいだが、女性は反対が60%近い。このごろは笑い話のように男性を「草食性動物」、女性を「肉食性動物」にたとえる議論が台頭している。
 分かり易くいえば、男性は羊の如くおとなしく、女性はライオンか虎のようにたくましいということである。
 たくましい女性の前にびびっている男性図を思うとき、今回の調査結果がにくらしいほどリアルに迫る。しかし、この結果を「さもありなん」とにやにやと肯定するわけにはゆかぬ。
 なぜなればそれらは神のご意思、自然の法則に反するからである。
 結婚は制度化されているなしに関わらず、すべての生物の進化と種族保存、繁栄の自然界の摂理である。生物が結婚したがらなくなり、子をもうけることをしなかったら、その行きつく先は種の絶滅である。
 男性が労働に適し、女性が家事・育児に適しているのは遠い昔からの神のはからいである。その両性の役割分担をあやうくし、性差を罪悪視するのは神への冒涜であり、遠からずその罰を受けるであろう。【押谷盛利】

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2009年12月05日

景観を大切にする心(見聞録)

 海外のあちこちを旅していると、「どこの国が一番良かった?」と質問され、返答に困ることがある。
 それぞれの国にそれぞれの良さがあり、また、訪れる季節によっても姿を変えるからだ。
 料理とお酒を安く楽しむならスペイン、クラシック音楽に親しむなら冬のオーストリアやチェコ、マリンスポーツならオーストラリア、現地人との触れ合いが面白いのはイスラム教国、「安い・近い・旨い」なら東南アジア諸国―といった具合。
 ただ、「どの街並みが好き?」と聞かれると、必ずイタリアのフィレンツェと答えている。
◇初めてフィレンツェを訪れた際、その街並みに、中世にタイムスリップした感覚になった。
 街なかにそびえる巨大な大聖堂の壁面は白、緑、ピンクの大理石で幾何学模様に装飾され、奇抜とも言えるデザインだが、その大聖堂の屋根に登ってフィレンツェの街を見下ろすと、中世の建築物が広がっている。
 道も建築物もすべて石でできている。トラックやクレーンが無い時代に人力で石を運び、積み上げて造られた。そしてレンガ色の屋根、黄土色をベースとした壁で街全体が調和を保っている。
 その中世の都市空間に、ルネッサンス期の芸術家達が新たな生命を吹き込み、街全体が博物館となっている。
 この街並みが開発で乱されず今にそのまま残っていることに、景観保全への市民への気骨を感じる。
◇何度か海外旅行していると、大聖堂や寺院、美術館、古代遺跡に食傷気味になる。
 そんな中でも、街歩きは楽しい。観光施設なんかに訪れなくても、石畳の街路を歩いて、店をのぞき、レストランや食堂に入るだけで、その街の文化に触れられる気がする。
 人は、目玉の観光施設よりも街の持つ雰囲気に魅力を感じる―、と分析している。
◇長浜に目を向ければ、北国街道から黒壁界隈、そして大通寺へと歩き、途中、ガラス店や博物館をのぞくのが楽しい。新しいレストランも続々と誕生していて、観光客だけでなく、我々一般市民にとっても楽しめる場所になりつつある。
 今後も町家の保存活用や、新たな建築物を町家風にすることで、旧市街地の魅力をますます高めることができるだろう。
 しかし、歴史的景観の維持・向上に無関心な、観光客目当ての土産店が進出するようでは、その魅力は削がれてしまう。
 街並みの持つ価値に気付き、それを維持・向上させるには、市民の気運の高まりが不可欠だが、個人や企業が電飾、看板、建築物の外観を好き放題している現実を見ると、我々、日本人はもう少し賢くなる必要がありそうだ。

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2009年12月04日

市長選と佐藤氏の一石

 来年早々の合併後の市長選が話題になっているおりから、元市助役の佐藤啓太郎氏(62)が1日、立候補の意思を表明するのでは、と各社の記者が情報に緊張したが、どたん場で真夏の夜の夢の如く消え去った。
 前日に市役所の広報筋へ、1日の午前11時に記者会見するという本人からの情報だった。しかし、その朝、会見の予定前に本人から中止の連絡が入り、一瞬の時雨模様が晴となり現職の川島陣営をほっとさせた。
 この記者会見の撤回を一部の間では「男らしくない」と批判する向きもあるが、ぼくはそうは思わない。むしろ市民の関心を深めさせたという点で勇気のある男らしい言動だった、と評価したい。
 1市6町の合併は目前に迫り、来年の2月14日はその市長選が行われるが、立候補を表明しているのは現職の川島信也氏(73)だけである。
 「だれも出ないのか、だれも出ないのなら」と先に出馬の気持ちを記者筋に語ったN元県議もいる。
 出てもらわねば困る、と候補者探しに真剣になっていた人もある。しかし、現実には立候補の動きはなく、市民のなかには現職の無投票4選か、といらいらする空気も見え始めた。
 どたん場近く日が迫っているのに、なぜ対立候補が出てこないのか。それほど人材がないのか。それほど郷土を守る勇気と信念の人がいないのか。街のうわさは日ごとに高まっている。この市長選への関心をいやがうえにも高めたのは今度の佐藤氏の一石であった。
 なぜ、佐藤氏は撤回したのか。
 おそらく彼の元へは、いろいろな情報が入っていたであろう。その情報のなかで、彼が分析した判断は「出たい人より出したい人」を市民が望んでいるのでは、という推測であり、謙虚に市民感情をそう理解したのであるならば実に賢明な判断だったというべきであり、しかも「撤回」のカッコ悪さを一掃する英断ともいえる。
 なぜなれば立候補そのものが目的ではなく、勝利が目的だからである。そこに「出たい人より出したい人」をと考える市民の声なき声をしずかに感得したところに彼の政治的成長を見ることが出来るのではないか。
 彼は滋賀夕刊の記者に「無投票を避ける必要があり、私が引き金になりたい」と語った。確かに市民は現職の4選には懐疑的である。
 それは合併後の新長浜の街づくりは一期そこそこでやりおおせるものではない、しかも内外財政的に苦しいこの時期、73歳の川島氏とその健康を考えるとき、新しい長浜に新しいリーダーが必要なのではないか、と考えるのが市民の平均的市政観といっていいだろう。
 その火付け役を佐藤氏は担ったというべきだが、佐藤氏に入っている最近の情報のなかには、かなり具体的で可能性の高い待望論があるのではないか。
 その待望論の行きつく先に「出したい人」があるのではないか。これは3年前の知事選が一つの教訓であった。当時の現職国松善次氏はオール与党の推せんで、選挙直前まで無投票3選の空気だった。
 しかし、無投票を阻止する県民の心は冷静だった。どたん場で今の嘉田さんが名乗りを上げたとき、その声援の声は雪だるま式に広がり、遂に逆転した。県民のこころ、市民のこころ、そのことを思うことしきりである。【押谷盛利】

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2009年12月03日

レストランの選び方(見聞録)

 海外旅行の一番の魅力は、その土地の食事を楽しむこと。
 小生は食い意地が張っているのだろう。朝から「今日の昼ごはんは何を食べよう」と悩み、昼を食べれば「夜は何にしよう」という具合。街歩きで、良さそうなレストランを見つければ、店頭に掲示してあるメニュー表や店内の客層をチェックしてしまう。
◇せっかくの海外旅行、満足な食事に有り付きたいし、観光客相手のぼったくり店や、まずい店には間違っても入りたくない。どうすれば、レストラン選びを失敗しないのか。
 基本は、地元客で賑わっている店を選択すること。海外旅行客だらけの店や、団体旅行客が利用しているようなところは、避けるのが無難だ。
 観光客向けの店はロケーションが良かったり、日本語メニューがあったりして便利なのだが、店側はリピーターを期待する必要がないので、料理の味、ボリューム、金額、そして接客に「問題なし」とは言えない。
◇小生も何度か失敗している。初めての海外旅行で訪れたイタリアのミラノ。街並みの美しい通りの一角にあるレストランで、ボーイさんの勧誘に負けて入店。パスタを注文したところ、高いうえに、お皿の上に少し乗っているだけ。ボーイさんの態度も豹変し、「飯を食ったらさっさと出て行け」というムード。その後のレストラン選びの教訓となった。
◇運よく地元客で賑わうレストランを見つけたとして、何を注文すれば失敗しないのか。
 慣れないアルファベットのメニューと睨めっこするくらいなら、店員にお勧め料理を尋ねるのもいいし、他の客の食べている料理をチェックして、定員に「あの料理がいい」と指差しで伝えるのもいい。
 地元客で賑わうレストランなら、アルファベットが読めない東洋人にも温かく接してくれるし、法外な金額を請求をされる心配も少ない。
◇さて、先月訪れたイタリアのフィレンツェの歴史地区には、観光客相手の高い店から地元客で賑わうお店まで様々揃っている。
 数年前に同地を訪れた際、地元客と観光客でごった返すレストランを発見し、店の雰囲気、料理の味、ボリューム、店員の接客態度に大満足した思い出がある。
 おぼろげな記憶を頼りにその店を発見すると、雰囲気を変えないまま営業していて、2日連続でその店に通った。
 懐かしい友人に出会った気分にさせられた。

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2009年12月02日

憂うべき小中高の暴力

 文部科学省の発表によると、小中高の暴力事件が毎年増え続け、08年度は前年度に比べ7000件も多くなり、過去最多の5万9000件の憂うべき新記録をつくった。
 学校別では中学校が最も多く前年度比16%の4万2754件、小学校は24%増の6484件、小中に比べて、高校は3%減の1万380件だった。
 暴力は民主主義を否定するもので、国家、国民をあげてこれを否定する環境をつくらねばならぬが、日本はその点どうか。
 いまの若者は子どものころからゲーム機やパソコンになじんでいるが、ゲーム機では人を撃ったり、倒したりすることに快感を覚えさせるようなプログラムがあり、パソコンやケータイでは個人の実態が隠されたまま不穏当なコミュニケーションが展開して犯罪の因になったりする。
 あらためて、家のしつけと学校教育のあり方が問われよう。暴力行為について、文科省は「感情がコントロールできない、話しあう能力に欠ける」と分析しているが、なぜ、感情がコントロールできないのか、話しあう能力に欠けるのか。その辺をつっこんで、何に由来するのか、何が欠陥なのかを追及する必要がある。
 話しあうことは、自分の意見をいうだけでなく、相手の意見も聞くことだが、人間に社会性が稀薄になると、それぞれが内に籠もり、自分の好み、自分の主張、自分の願いを最優先して、相手の主張や願いを拒むことになる。
 自他の対立はだれにだって、どこにだって存在するが、その対立を調整するのが話しあいであり、時にはこちらが道を譲り、別のときには相手が譲るといった知恵によって、人間関係を丸く穏やかにするのが常識である。
 このごろの子はそうした意味では話しあいが下手で、気にくわなかったり、面白くなければすぐ手を出して暴力沙汰に走る。
 いまの子ども世界の一番の心配は群れて遊ぶ、群れて食べる、という共通の環境がなく、学校でも家でも、社会でもみんな孤立しているのではないか。
 例えば、家庭の食事でも一家がそろっておしゃべりをしながら食べることがなく、なかには朝食抜きで登校する子もある。
 夕飯でもそうである。塾の関係もあるし、親が残業で遅く帰る日もあるし、家族の食事はばらばらであり、その食事の内容に至っては、親が手づくり料理をすることよりも省力を重点にファーストフードものやコンビニ店もたれで、心の通わない食事を家族がばらばらでとる家庭が多くなった。
 飲みものだって、市販のものや、ジュース類を多用し、極端なのは野菜ジュースを飲むことによって、同時に野菜食のうめ合わせをするといった簡易飲食に走る。
 食べものや飲みものによる健康不安はしばしば取り上げられているが、食べものは質や栄養も大切な要素だが、食べ方が大事であることが忘れられている。
 毎日、親子が食卓を囲むことは基本だが、お祭りや法事、祝いごとに親類が集い、楽しく食事する風習がだんだん廃れてきた。親子、親類、その子どもらがわいわい騒ぎながら食事のマナーや話しあい、社会生活の一歩を学ぶ場として見直さねばならぬ。当然ながら学校における暴力否定指導や生徒間の温かい秩序をつちかわねばならぬ。【押谷盛利】

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2009年12月01日

古代ローマの落書き(見聞録)

 1年半ほど前だっただろうか。岐阜の女子大生がイタリア・フィレンツェの教会に落書きして、国内で問題となった。
 落書きが発覚するや、大学側が女子大生を停学に処し、後に、別の大学生や高校教諭の落書きも発覚して、「日本人の恥だ」「モラルはどうなっているのか」と批判が渦巻いた。
 このときのイタリア国民の反応は「落書きぐらいで厳しすぎる」と、女子大生らに同情し、日本での報道に驚いたものだった。
◇海外の観光地を訪れた経験のある人なら、建築物に無数の落書きがあるのを見ただろう。世界遺産に登録されている建築物といえども例外ではなく、電車の車両にもスプレーで模様や文字が大書きされている。
 先月訪れたイタリアでも、あちこちの建物に落書きがあり、教会などの観光施設になると、アルファベットに混じって、日本語、韓国語、中国語も見られた。
◇落書きの歴史は古い。本村凌二著の「ポンペイ・グラフィティ」(中央公論社)は、イタリアの古代ローマ都市ポンペイの街で発見された落書きから、古代ローマ人の生活を解き明かしている。
 ポンペイはベスビオ火山の噴火で一瞬にして火山灰に埋もれたが、発掘が進んだ今は、当時の市民の生活ぶりを目の当たりにすることができる。
 落書きは競技場の塀、民家の壁など、至る所に残っている。行政関係者を選ぶ選挙に関係する推薦文、当時の市民の娯楽であった剣闘士の試合の告知、市民の悪口や恋愛にまつわるものなど様々で、この都市では落書きが文化の一種で、それに対し市民が寛容だったと推測できる。
◇カンボジアのアンコールワット寺院には、江戸時代の日本人の落書きが残る。
 1632年、当時、インドの「祇園精舎」と誤認されていた同寺院に、平戸藩士の森本右近太夫一房が父母の菩薩を弔うため、海を渡って参拝。その際、寺院の壁面に「御堂を志し数千里の海上を渡り(中略)ここに仏四体を奉るものなり」と墨書を残した。
 この落書きの跡は今でも確認できる。
◇世界遺産にも登録されているフィレンシュの歴史地区のあちこちに落書きが目立つのは、古代ローマ時代に見られたように、落書きへの罪悪感が薄いのか、一つの文化として受け入れているのか、いずれにせよ管理者にとっては大迷惑な話だ。

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