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2009年11月30日

紅葉と自然美と人間

 紅葉が美しい。天気のよい日は、日差しに映えて、まぶしいほどに色が冴え、赤、だいだい、黄の綾なす色彩が思わず桃源郷に誘われる思いである。
 今年の紅葉は、晩秋の温かさのため、いま一つ目栄えぬと言われていたが、さすがに季節の移ろいは争えぬ。11月も下旬になると山の気配が一気にあかるみを増す。
 落葉樹が霜や夜露に葉をいろどらせ、もり上がる暖色が山の容貌を明るくやわらげる。ところによっては落葉して山頂が櫛の歯のように透けているのもあるが、湖北、湖東の山々は今が見ごろといっていいほど美しい。
 朝日を受けた山、夕日に照らされる山、日の真盛りに合唱している山、いつ見ても見あきのしない見事名自然の色彩美である。
 11月末の連休は今年最後の遊山気分か、どの観光地も人と車でごった返した。
 高速道路どころか、一般の国道でも渋滞が生じ、世の中、不景気とは言うものの、人々の遊び心はお大尽を思わせるゆとりぶりである。
 山々の紅葉の美しさに見惚れていながら、ふと、犬や猫や空飛ぶ鳥たちはこの紅葉をどう見ているのだろうか、と変な気分で、彼らの好みや関心を考えてみた。
 花を、紅葉を美しいと眺める目、虫の音や鳥の鳴き声に耳を傾けるのは人間だけだろうか。いや、鳥の声や木々の変化や花の美に感動するばかりではない。風のそよぎや川の流れ、月や星、雪の姿にまで心を奪われるというのは人間だけに与えられた神さまからの尊い贈り物であろう。
 昔から自然美に対する人間の好奇心を笑うかの如く、「花より団子」とイロハカルタにも登場するが、いやしいといえばいやしいのもまた人間の性である。
 紅葉の行楽地はいづこも同じで食べ物屋や土産品屋に人だかりする。紳士淑女も旅の恥は掻き捨てよろしく、五平餅を食べならが、ソフトクリームをほおばりながら楽しげに歩いている。
 鳥は花にさえずることはあるが、あれは花の蜜がおめあてなのだろう。蝶もそうである。花を見て喜ぶというよりも花の蜜の香りに興奮しているのではないか。
 その点、人間はぜいたくな時間と空間に恵まれている。花や紅葉の下で、自然美に賛嘆しながら、家族や仲間たちとご馳走を囲んで楽しい一刻を過ごすのである。毎年似たことを繰り返しながら。【押谷盛利】

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2009年11月27日

鳴神上人と常盤御前

 久米の仙人が女性の白い臑を見て欲情し、結果、川に転落してその術を失ったという話は愉快である。女の色気の怖さを世に伝える物語だが、似たような話は幾つもある。歌舞伎通のよく知っている芝居に「鳴神」がある。
 歌舞伎十八番の一つで、1742年(寛保2)、大坂・佐渡島座で2世市川団十郎、初代・尾上菊五郎によって初演された。
 ぼくは戦後、長浜の大和劇場で、前進座公演の鳴神を見た。河原崎長十郎、国太郎の名演が今もなつかしい。
 この芝居、主人公は神通力のある僧・鳴神上人と、これをたぶらかす美女の絶間姫。
 朝廷に不満をもつ鳴神上人は、雨の神さま竜神を法力によって滝壷に封じ込めた。このため雨は降らず、天下は日照りに悩まされる。世の苦しみを助けんと勅命を受けた絶間姫が色仕掛けで上人を誘惑した。そのとたん、鳴神上人は破戒坊となり、法力を失って豪雨となる。信仰による戒律が肉欲に屈するという爽やかなエロチシズムが人気を呼んだ。
 「平氏にあらずんば人にあらず」と豪語した平清盛は、平治の乱で敵の源義朝を亡ぼしたが、その妻の常盤御前の美貌に一目惚れして殺すべきはずの義朝の息子・頼朝、義経、範義の命を助けた。
 常盤御膳は当代随一の美女で、初めは宮中に召し出されたが、源義朝の目にとまって、その妻となり、義経を生んだ。3人の子の助命を必至に願い出た彼女の色気にぽっとなった清盛は「助けてやってもいいが、言うことを聞くか」と強引に彼女を妻にした。その結果、助けられた頼朝は15歳になって、伊豆で兵をあげ、弟の義経、範義らがこれに呼応して、頼朝を助け、逆に平家を亡ぼす。
 敵の女を籠絡したはよいが、その報いで天下さんの平家を滅亡させた。
 徒然草の吉田兼好は鎌倉末期から室町初期の歌人、随筆家だが、徒然草を読むと当時の風習や男女間の交際などの様子が解って面白い。
 彼は女にもてなかったのか、女人に対するうらみごとでもあるのか、あまり女人をよく言わない。
 その190段に「妻というものこそ、男の持ってはならないものである」と決めつけている。そして「いつも独身で」などといっているのは奥ゆかしい、とまでほめている。
 だれそれと結婚して、いまその女と住んでいる、などと聞くとがっかりするものだ。たいしたこともない女を、すばらしいと思いこんで連れ添っているに違いないと推測されて下品にさえ思う。
 どんな女でも朝夕、連れ添って顔を見ていると面白くなくなる。他所に住んでときどき女のもとへ通って泊まるのこそ、いつまでも続く交情であろう、と書いている(平安時代は妻問婚だった)。【押谷盛利】

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2009年11月26日

イタリアのたばこ事情(見聞録)

 超党派の議員でつくる「禁煙推進議員連盟」が25日、たばこ税を1本当たり20円以上の引き上げを求める決議を採択するなど、最近、国内で、たばこ増税や禁煙化の動きが活発化している。
 嫌煙派、増税派の主張でたびたび用いられるのが欧米諸国との比較。各国のたばこの価格、法令による規制を紹介し、日本の取り組みの遅れを指摘しているが―。
◇先週訪れたイタリア。旅の楽しみは何と言っても現地の食文化に触れることだが、そこで気がついたのが、どの飲食店でも喫煙者の姿を見なかったこと。
 というのも、イタリアでは2005年に禁煙法が施行され、バールやレストラン、ピッツェリアといった飲食店をはじめ、ホテル、美術館、映画館、学校など、公共の屋内での喫煙が禁止されている。鉄道も全線禁煙だ。
 違反者には罰金が科せられるうえ、喫煙者を出した公共施設にも無条件で罰金。場合によっては営業停止処分となることもあるという。
◇ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアの3都市を観光している限り、これらの禁煙ルールは徹底されており、ゆえに旅の間、たばこの煙に悩まされることは一度もなかった。
 一方で、愛煙家の肩身は狭い。建物の外でしか喫煙できず、道路に投げ捨てられた吸殻がたばこを自由に吸えない憂いを代弁しているようでもあった。
◇日本の居酒屋やバーなど酒を提供する店では、堂々と灰皿が置かれ、分煙にさえ取り組まず、食事の味を邪魔されることが多々ある。
 イタリア人について、時間や仕事にルーズな国民性との印象を持っていたが、国が決めた禁煙ルールに従う姿勢に感動すら覚え、日本の取り組みの遅れを大いに感じた。

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2009年11月25日

久米の仙人の話と女人

 色気は怖いという話が平安後期の説話集「今昔物語」に出ている。主人公は大和の国の伝説的な有名人の「久米の仙人」。
 大和国の竜門寺に籠もり、空中飛行の術を体得したが、ある日、吉野川で洗濯をしている女の白い臑に目がくらんで転落し、その術を失ってしまった。そして、その女を妻にして世俗に帰った。のち、遷都の際、木材の空中運搬に成功して天皇から田を賜り、久米寺を建設したという話。
 この部分を徒然草の原文は次の通り書いている。
 「世の人の心まどはす事、色欲にはしかず。人の心はおろかなるものかな(中略)。久米の仙人の、物洗ふ女の臑の白きを見て、通を失ひけんは、誠に手足、はだへなどのきよらに、肥えあぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし」。
 要するに女の洗濯している着物の裾の乱れからふくらはぎや太ももちゃんを垣間見てぽっとしたのである。肌の白い、きよらかさ、ぽちゃとして肉付きのよさは、色はいろでも他の色とは違うのでそういうこともありそうなことだ、というのである。
 徒然草の著者・吉田兼好は鎌倉後期から南北朝時代の歌人兼随筆家で、始め宮中に仕え、後に出家して、文学の道に入ったが、思ったことをずけずけ書き、名利を超えての人生論が後世にも愛読されている。
 兼好自身が女のことで苦労したのかどうかはさだかではないが、なかなか面白い女性評を残している。
 例えば「徒然草・第9段」に、女の髪の美しい人こそ人の目を引きつけると書き、人柄や気だてなどは、ものを言っている様子だけでも知れるものだ。ものごとにさいして、何気なくしている様子にでも男心を迷わすものがある。まことに愛執というものは、その根が深く、人間の欲望を刺激する対象は数多くあり、それらはみな退けることができるが、その中で、ただ一つ、あの情欲という色香の迷いだけはとてもおさえられなく、こればかりは年老いたものも若い人も、また知恵のある人も愚かな人も変わるところがない。だから女の髪の毛を縄状にした綱は大きな象さえもしっかりとつなぎとめることができ、女の履いた足駄で作った笛を吹けば秋の雄鹿が必ず立ち寄ってくるものだ、といわれている。
 恐れ慎まねばならぬのはこの色香の迷いである、と兼好は説くが、これは彼の「人間、命長ければ(長寿すれば)辱多し、長くとも四十路に足らぬ(なるまでに)死なんこそ(死ぬこと)めやすかるべけれ(見苦しくない生き方であろう)」。
 その時期を過ぎると、顔や肉体のおとろえを恥ずかしいと思う心もなくなり、夕日の傾きかけたような身で、ひたすら生に執着するのはあさましく、みっともないことだ、と高齢化社会に耳の痛いことを言っている。
 ただし、この時代は40歳を老人扱いにしているから長寿は珍しかったに違いない。【押谷盛利】

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2009年11月24日

イタリアを訪れて…(見聞録)

 先週、1週間の休みをもらってイタリアを訪れた。
 ローマ帝国時代からの古代遺跡が数多く残るローマ、中世ルネサンス期に芸術家が活躍したフィレンツェ、そして水の都として知られるヴェネツィアの3都市を6日間で回る駆け足の旅。
◇イタリアは地中海に突き出した半島に位置し、その地勢から地中海交易の栄えた古代、空前の繁栄を遂げた。最初に興った古代ローマ帝国は紀元前753年に建国されたと伝説に残っている。
 その軍事力と経済力でヨーロッパ南、西部に加え、エジプトを含むアフリカ北岸一帯、東は現在のトルコやイランに及ぶ大帝国を築いた。
 しかし、476年に西ローマ帝国が崩壊して以降は、ゲルマンやアラブ系勢力の侵略、公国や王国などの小都市国家の乱立で分裂状態が続いた。再び半島が統一されたのは1861年になってから。近代は、全体主義を標榜したムッソリーニのファシスト党が世界大戦を引き起こした。戦後の1946年、現在の共和制となった。
◇イタリア旅行の魅力は、闘技場「コロッセオ」に代表される古代ローマの遺跡群や、中世の建築物群を巡る歴史探訪のほか、教会、美術館に残る芸術作品群に触れること。
 「ダビデ像」や「最後の審判」のミケランジェロ、「最後の晩餐」の作者で知られるレオナルド・ダ・ヴィンチ、数々の宗教画を描いたラファエロなど、ルネサンス期の巨匠の作品があちこちに残っている。
◇それら建築物や芸術作品に加え、旅行者を魅了するのが食文化だろう。
 パスタ(スパゲティ)、ハム、チーズ、ワインが特産の同国では、気安く食事ができる「バール」、庶民的な食堂「タベルナ」「トラットリア」、格式ある「リストランテ」のほか、ピザ専門の「ピッツェリア」、アイスクリームの「ジェラテリア」などが街角に並ぶ。
 内陸部では肉料理やキノコ料理、海岸部では魚や貝料理が定番で、その土地でとれた食材を楽しむことができた。
 その土地の伝統的食文化を見直す運動「スローフード」や、地元産の食材を地元で消費する「地産地消」の精神が国民の間で醸成されているのだろうか。観光メッカの3都市では、それらイタリア料理を提供する店に、チェーン店が見当たらなかった。
 これは食文化だけに限らない。同国政府観光局によると、同国は中小企業の割合が99%を超えており、中小企業主体の経済構造となっている。言わば、地域に根ざした企業展開がなされている訳で、全国津々浦々で同じコンビニ、レストラン、居酒屋、スーパーに出会う日本とは大違いだ。
◇旅行中、イタリアの味を存分に満喫したが、物価の高さに閉口した。日本円に対し、ヨーロッパ統一通貨「ユーロ」の価値が高まっているためで、「ユーロ」導入前に旅行した1998年と比べると、物価は1・5倍に上昇。観光客でにぎわう「リストランテ」で食事しようものなら、少なくとも4000円は見積もる必要があった。
 ユーロ圏の経済的強さと、地域主体の経済構造に、日本が学ぶべき点は多い、と感じた旅となった。

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2009年11月21日

ネットと詐欺の普及(見聞録)

 結婚する意思もないのに結婚を餌にして異性に近づき、金品を巻き上げたり、心身をもてあそぶ「結婚詐欺」。
 「借金がある」「家族が病気」などといって、相手からカネを騙し取る手口が多いが、命まで奪うケースは稀だろう。
 埼玉県警が結婚詐欺の疑いで逮捕した34歳の女。この女の周辺では複数の男性の不審死が明らかになっており、その事件性が注目されている。
 興味深いのは、いずれの男性との出会いにも、インターネットを利用していたことだ。
 ネットの世界は、住んでいる場所や職業、年齢などを超えて、いつでも異性と連絡を取ることができ、現代人の出会いの場のひとつとなっている。
 しかし、ネット上の出会いは、実際の顔も声も知らないまま、パソコン画面に映し出される文字や画像を介したやりとりとなる。そこにどこまで現実性と真実性を求めるというのか。
◇未婚・晩婚化が急速に進む昨今。国の調査では未婚の原因の4割が「出会いがない」とされている。
 ゆえにネット上での出会いを求めるニーズは高く、経済産業省によると、「婚活サイト」の利用者は約20万人にのぼる。
 しかし、顔の見えないネットの世界で、結婚相手を探そうという利用者は、相応のリスクを覚悟し、警戒するべきだろう。
 前出の詐欺女は、出会いサイトで複数の獲物を物色し、実際に会っては巧みな話術と行動で男を騙し、金を引き出していた。
◇さて、結婚相手をネットで探す時代ともなれば、小学生のネット普及率も驚くほどだ。
 NTTレゾナントと三菱総合研究所が調査したところ、小学6年生の約9割がインターネットを利用していることがわかった。
 1年生で47・4%で、2年生から5割を超えている。利用目的はゲームが6割、勉強や宿題の調べ物が5割で、メールやチャット(会話)などの利用率は1割に満たなかった。
 利用者がこれほどまで低年齢化している現実に、有害情報もあふれるこのネットと子ども達をどう向き合わせるのか。
 子ども達が出会いサイトの犠牲となれば、お金を騙し取られるどころで話では済まないだろう。

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2009年11月20日

度し難い人と自惚れ心

 「度し難い」という言葉がある。文語では「度し難し」という。一般に聞き馴れている格言に「縁なき衆生は度し難き」がある。
 仏縁のないものは、すべてに慈悲を垂れる仏さんでも救いようがないという意味であるが転じて、人の忠告を聞こうともしない者は救いようがない。
 救うことを仏教用語で済度という。仏が迷い苦しんでいる人々を救って悟りの境地に導くことをいう。一般に衆生済度という。
 済度の済は救うだが、度には渡すの意味があり、仏の教えによって迷えるものを彼岸に渡すというのが済度である。「度し難い」は救いようがない意味で、世間一般の「がんこ」さや理解力のないことを戒めるための教訓として重みを持つ。
 例えば、おれおれ詐欺から振り込め詐欺へ、とお年寄りをねらう犯罪が絶えないが、引っかかってはいけませんよ、と新聞やテレビで報道しているし、警察はちらしや、老人会などを通じてその手口などを紹介し、被害を受けぬよう繰り返し繰り返し注意している。
 しかし聞く耳を持たなければ「馬の耳に念仏」である。親の注意でもそうである。子の将来を案じていろいろ言い聞かせるが、「おれのことはおれが考える」とえらそうな口をきくのが一般的で、端から親のいうことをバカにして聞く気がないのだから救いようがない。
 このことは学校の現場でも言い得ることで、先生がなんぼ熱を入れて教えても聞く気がなければ時間の浪費である。
 いまは高校全入時代だから小、中の成績が悪くても入れるが、教科内容が理解できない場合は勉強に熱が入らない。学校へはゆくが授業は面白くない。さぼったり、横道へ走ったり、不良化することになる。
 とことん勉強が嫌いなら中学だけで、さっさと切り上げ、大工の見習いとか、料理や菓子の見習いなどに熱中して腕を上げる方がよっぽど将来のためかもしれぬ。
 人間はよいのか、悪いのか、自尊心という自惚れのないものはいない。自尊心は自分の人格を大切にする気持ちで、自分の思想や言動などに自信を持ち、他からの批判や注意を排除する心、プライドともいえる。
 うぬぼれ(自惚れ)は自分を過大評価することで、実際以上に自分がすぐれていると思い込むこと。うぬぼれは俗に「てんぐ」になること。自分は美人だとたいていの女性はうぬぼれる。不男と自分を認める男性もいない。
 縁というものは昔から不思議の縁というくらいにたまげたことがあり、不男に美人、ぶすに美男子の組み合わせは決して珍しくない。適当なうぬぼれや自尊心は人間の向上と人生を生きる上のコツとして大事だとは思うが、それがひどくなると人は相手にしなくなり、その結果、自分の実力と評価を落とすことになる。つまり、「度し難く」なってゆくのである。【押谷盛利】

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2009年11月19日

砂漠の知恵、タジン(見聞録)

 とんがり帽子のような一風変わったお鍋が最近、デパートやスーパーで売られているのを見たことはないだろうか。
 これは北アフリカのモロッコやチュニジアで日常的に使われている土鍋で、「タジン」という名前。
 小生は今春のモロッコ旅行中にこのタジンに出会い、そのユニークな形に、異国の食文化を体感したのだが、今、これが滋賀のスーパーに並ぶまでに人気を集めているというから、いったい何が流行るのか、世の中は面白い。
◇タジンのとんがり帽子の部分は、実はお鍋のフタにあたる。とんがり帽子より、円錐形と表現した方が良いかもしれないが、この不思議な形に、サハラの砂漠地帯に住む民族ならではの知恵が込められている。
 タジンを使った料理は簡単。芋や豆といった穀物や野菜、肉などを入れてフタを閉じ、火にかけるだけ。野菜や肉の水分がたっぷりと出て来て、塩や香草など、ごく簡単な味付けで、野菜や肉本来の味を楽しめる。
 「肉じゃが」のような煮込み料理をイメージすればよいだろう。
 ただ、この料理に水は必要は無い。熱せられて、野菜や肉から出る水分(水蒸気)が、この円錐形のフタにより、鍋の外に逃げ出さずに、内部にとどまり、循環し、出来上がった頃にはスープになっている。
 水が貴重な砂漠地帯の厳しさが、水が無くても煮込み料理ができる調理器具を生み出したわけだ。
◇では、なぜ、水の豊富な日本でタジンが流行するのか。
 昨今のヘルシー料理志向で蒸し料理が注目を集めていることもさることながら、そのユニークな形と色合いが魅力なのだろう、と小生は推測している。
 タジンは、華やかな色合いだったり、エキゾチックな模様が描かれたりしていて、それを置くだけで、キッチンの雰囲気が変わるかもしれない、という気持ちにさせてくれそう。
 これからちょうど寒くなる時期。野菜たっぷりの温かい蒸し料理に、タジンで挑戦してはどうだろうか。

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2009年11月18日

話し言葉と挨拶用語

 敬語表現の動詞、助動詞について触れておく。ぞんざいな口のきき方で上司に不快感を与えてはならないし、就職の面接試験で言葉遣いの常識を疑われて失敗することもある。
 昔、小学校で桃太郎を習ったが、だれもが知っているのは「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました」。あれは、物語りとして作者が客観描写した一例だが、他人(他家)の動静を尋ねられた場合は敬語、もしくは丁寧語を用いるのが常識である。
 「お隣りへ参りましたが、お留守のようです、ご存じありませんか」、「奥さんは買い物に行かれましたよ。おじいさんは山へ行かれたようです」などと答える。
 「行く」という行為でも自他の違いがあって、「どこへ行かれますか」、「買い物に町まで行きます」。子どもに注意する場合、「危ないとこへ行ってはいかんよ」。
 「どこへ行かれますか」、「行かれるのですか」は他人に対するもの言いで、「どこへ行くのか(や)」は家族や友人の間柄。敬語に似ているが、そうではなくて受け身の言い方がある。
 警察が犯罪容疑者の身柄を拘束するのを逮捕という。捕らえることである。「Aは窃盗容疑で逮捕された」というのは敬語ではなく「する」、「した」の反対で「される」、「された」。いわゆる「れ」言葉でこれを文法上は受け身の表現という。
 「なぐる」→「なぐられる」。「怒る」→「怒られる」。
 相手に敬意を表しながらの丁寧なもの言いは品があり、つつましく、誠実さを感じるが、これが度を過ぎると慇懃無礼となる。選挙で当選した人が祝賀会場に現れ「みなさんのご支援のお陰で当選させて頂くことができました」と挨拶するのは常套的だが、これに輪をかけて、有権者に媚びるがごとく美辞麗句を並び立てると嫌味になる。
 丁寧なもの言いは、そのなかに思いやりや敬意がこめられるので、他人との会話や手紙などはエチケットとして大切である。
 「いいお話をなされた」、「いいご本をお書きになった」、「ようこそ、お出で下さいました」、「入院された」、「快癒された」、「出張されました」、「合格された(なされた)」、「入賞された」。
 丁寧言葉の代表は弔意である。「○○さまには、永のご介護の甲斐もなくお亡くなりになり、ご愁傷さまでございます」、「お悲しみもさこそとおくやみ申し上げます」。弔意の反対に慶事は快活。明るいもの言いが普通である。
 大名が臣下の結婚を祝うとき「めでたいのう」というが、われわれは普通「おめでとうございます」。友人同志なら「おめでとう」、「よかったね」、「幸せにね」、「あやかりたいわ」などというのは友人の親しさがこめられている。
 人の話を聞いたとき返事をするが、「はい」、「さよう」、「しからば」が原形である。
 さようは「左様でございますか」の簡略語。左様には「その通り」の意がある。「しからば」は今は使わないが、「そうであるならば」、「それならば」。
 別れの挨拶「さよなら」は「さようなら」の略。「それなら」、「それでは」、「ではまた、さようなら」。原語は「然う」で「そのように」、「その通り」。【押谷盛利】

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2009年11月17日

収入と支出を見る(見聞録)

 政府の行政刷新会議(議長・鳩山由紀夫首相)による「事業仕分け」が目下、進んでいる。
 効果や必要性に疑問のある国の事業について、民間人を含む委員がチェックし、▽継続▽縮小・改善▽廃止―などに分類している。
 政権を奪取した民主党がこれまでの自民政治の中で続いてきた無駄な事業を「徹底的に洗い出す」との象徴的取り組みだ。
 面白いのが、事業仕分けの様子をリアルタイムでインターネットで発信していること。事業の必要性を説く担当省庁の職員、疑問を投げつける委員とのやりとりを、広く国民に公開しているわけだ。
 この事業仕分けで、無駄な事業、そして天下りの温床になっているような公益法人などの関連団体が撲滅されることに期待したい。
◇民主党が前政権の無駄な事業を徹底的に洗い出すのは、これまでの国の会計がデタラメ勘定で、莫大な借金を抱えているからだ。
 財務省が10日発表したところによると、国の借金は今年9月末時点で864兆5226億円にのぼっている。
 前回公表した6月末から4兆2669億円増加し、過去最悪を更新。国民1人当たりの借金に換算すると678万円になる。4人家族なら2700万円もの借金を抱えていることになる。
 今年度の国債発行額は、景気対策のための財政出動や税収の落ち込みにより、過去最大の50兆円に達する見込みで、借金は今年度末に900兆円の大台を突破する勢い。
◇これだけ莫大な借金を抱えた原因は単純明快で、税収以上の予算を組んで、あれこれ事業を行ってきたから。
 例えば、今年度の税収は40兆円を少し割り込むぐらいになりそうだが、一般会計の予算規模は88兆円だった。さらに麻生内閣が経済対策名目で総額14兆円の補正予算を組んだ。
 支出が収入の倍という異常な財政であることは明白で、足りない分は借金で補っている。というより、借金が主体となった財政構造となってしまっている。
◇この財政の建て直しが民主党に求められているのだが、事業仕分けの一方で、高校までの授業料無料化、子育て手当ての支給など、至れり尽くせりの施策を盛り込んでいる。
 これでは、ゆくゆく大増税をしない限り、財政は立ち行かなくなるだろう。もちろん国民はそんなバラ撒き政策の尻拭いはまっぴらだ。

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2009年11月16日

ゆかしさ及び敬語表現

 天皇陛下の在位20年の祝賀記事の中で、朝日と読売の敬語表現の違いを指摘したが、あらためて日本語の床しさと敬語表現について筆を進める。
 日本人は子どものころから敬語を使うことを無意識のうちに学んできた。学ぶというよりも生活習慣の中にそうした言葉づかいが組み込まれていた。云わば理屈抜きの感覚表現である。地方によっては「母さん」「父さん」というが、語尾に「さん」をつけること自体、尊敬語というべきで、その上、丁寧にお父さん、お母さん、あるいはお姉さん、お兄さんという。
 食事のことを「ご飯」というが、飯に御を冠したもので名詞の始めに、ご(御)か、お(御)をつけて敬語表現するのが一般的である。
 おにぎりは握り飯のことで、大切に思う心が宿っている。握ることをあまりにも直接的で品がないと思う人があるかもしれない。そういう人は「おむすび」という。
 親が子に「お掃除しなさい」。「お弁当忘れないで」などというのも、掃除という作業や弁当という食べ物を大事にする心が根ざしている。
 人が亡くなるとその弔慰の言葉を悔やむというが、この場合、「お悔やみ申し上げます」と丁寧にいう。また人の死を「不幸」とみなすのは思いやりで、言葉にすれば「ご不幸」となる。
 親は子の小さいころからやさしい心、親切な心、礼儀正しい心を育むため、無意識のうちにやさしさ、あたたかみのある言葉を使う。
 お習字、お遊戯、おけいこ、お友達、お話、お手伝いなどがそれである。そういう敬語表現は大人になっても変わらない。「お月さん」「お日さん」「お星さん」と天を尊ぶ心は自然を敬い、大切にする心に通じる。
 赤い鳥居で有名な伏見のお稲荷さんは商売や開運の神さまとして多くの人が参拝するが、このお宮さんは本社の奥の山一帯が神域であり、たくさんの分社や塚、お稲荷さんが祀ってある。信仰心のある人はその山一帯を登りながらめいめいがゆかりの神さまへ参拝する。いわば山を巡る信仰だが、これを信者たちは「お山する」という。山への尊敬語といえよう。
 仏教では仏壇の傷みを修復したり、塗りのはげを直したり、ほとけさんの絵像をきれいにすることを「おせんたく」という。洗濯の意味から始まった言葉だが、衣類の洗濯とはイメージが違う。「お」という敬語がついたため言葉全体が別の状況を説明する感じである。
 われわれは人の不幸を悲しみ、人の慶事を喜ぶ。友愛の心や助けあいの心が幼いころから育っているが、それを形に現したのが、式や交際のもろもろのしきたりである。
 「のし」をつけて「お祝」を届けたり、黒枠で「ご香料」「ご香儀」を差し出すのはごく普通であり、それ以外にも遠隔地へ旅立つ人や就職して親元を遠く離れる子に「はなむけ」を送る。これを餞別ともいう。入院すれば「お見舞い」。自分の家でおいしいものを作って知人やお隣りへ贈ることがある。「お口よごしですが」と言葉を添える。もし、人からの頂きものを他に振る舞えば「お裾分けですが」という。
 このほか、大切なのが日常の挨拶である。「お元気で」。「お大事に」。「おそろいで」。「ご愁傷さま」。「ご馳走になり」。「ご苦労さん」。「ご丁寧に」。「ご覧ください」。「ご免ください」。「ご安心ください」。
 これらは名詞における敬語表現だが、このほか最近の乱れは動詞の敬語抜きが目立つ。これは次回に述べる。【押谷盛利】

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2009年11月13日

天皇陛下の記事所感

 今年は天皇陛下が即位されて20年になる記念の年である。政府は12日、天皇皇后両陛下ご臨席のもと東京国立劇場で記念式典を開いた。
 12日の各新聞は何ページも割いて在位20年の両陛下のさまざまな思い出や皇室と国民との深い関係などに触れて祝賀にあふれる紙面だった。ただ一つ、いつもながら気になることは新聞によって、陛下の動静を伝える言葉づかいに差があることだ。
 天皇陛下は憲法でうたわれているように国民のあこがれであり、国民総合の象徴である。したがって尊敬し、仰がれる立場のお方であるから、その記事は当然ながら敬語を用いるべきである。
 しかし、新聞のなかにはわれわれ国民の所作と同じ扱いで、敬語を使用しないのがある。分かり易く説明するため、12日付の新聞で、代表的な朝日と読売を比較してみる。
 まず、朝日の社説を見る。冒頭部分は「天皇陛下はきょう、即位20年の記念式典に臨む」。これに対し読売の社説の書き出しは「天皇陛下の在位20年を記念する政府主催の式典がきょう12日開かれる」。
 続いて社説の中で気のついたところを指摘しておく。
 朝日は「陛下は被災地の避難所でひざをつき、人々の手を握った」。「各地の福祉施設を数多く足を運んだ。そのそばにはいつも皇后さまがいた」。「外国との交際の場では過去の反省をこめたお言葉を述べた」。「陛下は初の象徴天皇として前例のない道を懸命に模索してきた」。
 読売は「陛下は1989年1月7日に即位された…」。「陛下は『平成の時代が困難や課題を抱えつつも、平穏に過ぎたことを幸せに思います』などと語られてきた」。「国や国民のために尽くすことが、国民の期待にこたえる道であると思っています、と話されている」。「陛下は各地の福祉施設を訪ねて入所者に声をかけられ、災害現場に足を運び、被災者を励まさされてきた」。「海外を訪問して国際親善にも貢献されている」。「外国の賓客にお会いになる回数も多い」。
 このほか、簡略に説明するため、動詞の部分を抽出して、朝日と読売の表現の違いを明らかにしておく。
 朝日は「皇后さまは固持した」。「後ろの座席に移っていた」。「両陛下はスリッパにはき替え、歩みを進めた」。「被災者一人ひとりをねぎらった」。「車いすのお年寄りたちに歩み寄り、同じ目線まで深く腰をかがめて声をかけた」。「ハンセン病施設・瀬戸内市内の長島を訪れ、国立療養所で入園者と懇談した」。
 読売は「世界の平和を願い続けていきたい、との感想をお二人で発表された」。「サイパン島を訪ね、民間人が身を投げた断壁などで黙礼された」。「韓国平和記念塔にも拝礼された」。「平和に対し強い思いを持たれてきた」。「6月23日の沖縄戦終結の日、8月6、9日の広島、長崎原爆の日、15日の終戦記念日に黙とうをささげられている」。「戦争や戦没者のことが正しく伝えられていくことを心から願っています、と繰り返し述べられている」。
 これらの用語表現の比較による敬語についてはこれまでも指摘したことだが、日本語のよさ、長所は敬語がうまく使用されている点で、これは話し言葉、書き言葉にも共通する人間社会の秩序やモラルにも関係してゆく大切なところであり、近年ややもすると言葉が乱暴になり、礼儀に反することが目につく。
 平和で穏やかな国民であるためには言葉づかいは極めて大切である。【押谷盛利】

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2009年11月12日

七五三に考える暦(見聞録)

 11月15日は「七五三」。3歳の男子・女子、5歳の男子、7歳の女子の健康と成長を祝う行事で、最近はこの日に限らず、その前後の週末に祝うことが多くなっている。
 長浜八幡宮でも週末に合わせ、着物やスーツ姿に正装した子ども達が親に連れられて祈祷に訪れている。
◇そもそも、なぜ、11月15日に「七五三」を祝うのだろうか。
 まず旧暦の11月は農作物の収穫が終わり、その年の実りを神様に感謝する月だった。また、「冬至」も旧暦では11月にあたり、冬至以降、陽の指す時間が徐々に長くなるとあって「一陽来復」としてめでたい月でもあった。
 次いで15日は中国古来の吉凶判断に使われた「二十八宿」のうち、鬼が出ない「鬼宿日」にあたった。さらに「十五夜」と呼ばれるように満月の日でもあった。
 以上を総合すると、11月15日は「おめでたい」尽くしの日だったわけだ。
◇このおめでたい日に、江戸幕府三代将軍・家光が五代将軍綱吉の「袴着の儀式」を行ったことで、「七五三」の儀式が定着したと言われている。
 袴着は男児が初めて袴を身に着ける儀式で、七五三では5歳の男児が対象となっている。
◇ただ、旧暦に基づく吉凶を元にした儀式であり、現在の11月15日に行うことに、暦上のめでたさは無い。
 今はただ「月日」だけが一人歩きして、参拝を呼びかける神社、着物やスーツを売る百貨店、記念撮影を呼びかける写真店などにより、商業イベント化されている。

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2009年11月11日

朝鮮半島の軍事的危機

 平和を願う世界の人々の心とは裏腹に地球のあちこちで砲煙の音と臭いが後を絶たない。
 世界の目がアフガンとイラクの秩序回復を祈り、戦争、テロの防止に国連が活躍しているとき、アジアでは日本の目と鼻の先の距離の朝鮮半島で一触即発の軍事的危機が続発している。
 10日、朝鮮半島西の黄海海上で、北朝鮮海軍の警備艇が南北境界線を越え、これを警告する韓国海軍艇との間で銃撃戦が発生した。
 黄海における南北の銃撃戦は02年6月以来7年振りといわれるが、実際のところ銃撃戦にはなっていないけれど、トラブルは毎年のように頻発している。
 韓国政府からの情報によると北朝鮮艦艇による境界線侵犯事件は昨年だけで7件、今年は約20件発生している。
 今回の事件は、境界線を2㌔超えて南下したのは1隻で、これに対応した韓国海軍は2~3隻で、引き返すように5回にわたって呼びかけたが、これを無視して南下を続けたという。
 このため、韓国側が警告射撃をしたところ、北の警備艇は韓国の高速艇に向けて50数発発砲し、約2分間交戦状態となった。破損した北側の警備艇は引き返した。
 これに対し、北側は「韓国側が北の領域へ侵入し、発砲したので応戦した」とコメントしている。
 空から公平な神さまが見下していて、どちらが侵略したのか、発砲したのかと判定すれば言い争いの余地はないが、国や人間はだれもが自分に都合のいいように主張し、なかなか非を認めたがらない。このため、言い争いが激化し、相手を憎み、おとしいれ、時には暴力に発展してゆく。朝鮮半島でいえば1950年の朝鮮戦争はその典型であろう。
 あの戦争は北の軍隊が突然南下して、一時はソウルを占拠し、韓国軍を釜山まで圧迫したが、後半戦で国連軍の上陸によるまき返しで北を追い返した。朝鮮戦争には中国軍が北を応援し、アメリカ軍が韓国を応援し、いわば国際戦争への波及につながったが、最終的には国連の良心と世界の声が平和を回復させた。
 今回の事件は、近づく米朝会談復活と、韓国の李大統領の北に対する食糧支援を目前にしての外交的瀬踏みとみることができよう。武力を背景にした威嚇外交というべきで、こういうことの繰り返しがこれまでの北の姿勢であるから全く信用はできない。【押谷盛利】

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2009年11月10日

男女の相性(見聞録)

 仕事でここ5年程使っていたパソコンの調子が悪くなり、中古品を1万7000円のお値打ち価格で購入。パソコン作業の効率を高めるため、記憶装置「メモリ」を増強したところ、動かなくなってしまった。
 パソコンに詳しい社員によると、増強したメモリと、パソコンの「相性が良くない」のが原因らしく、別のメモリを取り付けると、難なく作動した。
 デジタル機器のパソコンは、突き詰めれば「0」か「1」かの演算装置の集積であり、「相性」などという人間味のある言葉とは無縁に感じるのだが…。
◇「相性」を大辞泉で調べると、「男女の生まれを暦の干支や九星などに当てて相生・相克を知り、二人の縁を定めること。中国の五行思想から出た考え方」とある。互いの性格、調子などの合い方を指す。
 五行思想では、木は土に、土は水に、水は火に、火は金に、金は木にそれぞれ「勝つ」とされ、それを「相克」と言い、一方、火に木を合わせると、火の勢いが増すように相互が組み合わさることによって、より効果的になるのが「相生」。
◇一般的には、五行思想に関係なく、物事がうまく行けば「相性が良い」と言い、その逆は「相性が悪い」と片付けてしまう。
 相性は恋愛、職場、友人関係など社会生活の中で様々に登場するが、個人の好みの要素は無限であり、完璧な相性などは存在しないのだから、互いの長所を伸ばし、欠点を補完し合うことが必要と考える。
◇「0」と「1」のデジタル機器は、相性が合わなければ、部品を交換するしかない。そういう部分を見ると、人間というのはいたわりや、許容を通して、関係を構築できる。
 だが、「条件に見合う人がいない」との理由で結婚しなかったり、「性格が合わない」とあっさりと離婚する、近年の男女関係の風潮を見つめると、いたわり、許容といった人間の持つ美徳が冷め切って、デジタル化しているような気がしてならない。

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2009年11月09日

コンカツの悲劇雑感

 コンカツというからトンカツの類かと思いきや食べ物に関係なし、婚活と書く。言葉も変だが、そのイメージする心や所作も哀れで湿っぽい。
 ついでながら就職戦線異常ありで、今は氷河期に入ったという。それで学生たちが就活に忙しい。大学に失敗して再起を志すのを大学浪人、大学を出ても就活の甲斐なく、次なるチャンスをねらうのが就職浪人。それにあやかるバカはいないが、世の中には人の不幸を笑いの種にする商売もあり、涙ぐましい婚活の努力にも関わらず報われない独身者を「コンカツ浪人」と呼ぶ。
 ふざけた話だが、どこで、どう歯車が狂ったのか、ボタンの掛け違いが起きたのか、若いうちに結婚という社会暗黙のルールが砕けかけている。
 これは2005年の国勢調査による旧厚生省の統計資料だが、若ものの結婚離れがきわ立っている。
 25歳から29歳までの未婚率は男72・6%、女59・9%。30歳から34歳までの未婚率は男47・7%、女32・6%。35歳から39歳までは男30・9%、女18・6%。
 今から4年前の数字がこれだから、現在の未婚率はさらに高くなっているにちがいない。
 鳥取県で4人の男が不審死している事件が報じられたが、結婚をエサにした女の吸血獣の如き背後関係が憶測されている。警察の調べで間もなく全容が解明されるであろうが、殺された男はいずれも睡眠薬を盛られているふしがある。女の甘い口(体)に乗って、何百万かの金を渡しており、結婚への願望が無知とはいえ、哀れをそそる。
 この逆は前々から知らされている結婚詐欺であり、これは被害者が女性である。結婚を夢みる女性のハートを巧みに利用して、家の資金だとか、取引上の決済資金用にとか、うまくだまして巨額の金を出させる。
 男が加害者にしろ、今回のように女が加害者にしろ、必ずつきまとっているのが「カネ」であり、本来は愛情という精神的なものが仲立ちする関係が、あたかも取引のような冷たいものを感じさせるのは世の中の進歩なのか堕落なのか。
 ただ、すごく恐ろしいことは加害者が男の場合は女性から逃げこそすれ命を奪うことはしない。ところが今回の女は、何人もの男を手玉にとって、その都度殺している。
 コンカツが食べ物と思われるくらい嫌な世の中になったが、その点、むかしの仲人は「仲人親」といわれるくらいやさしくて、良心的で、若い2人のために奉仕した。その親さまを追放する時代がコンカツ時代である。あな恐ろしきかな。【押谷盛利】

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2009年11月07日

壁崩壊から20年(見聞録)

 東西冷戦の象徴であるベルリンの壁が崩壊してから、9日でちょうど20年目を迎える。
 第2次世界大戦後の1949年、ドイツは戦後から駐留している米英仏の資本主義陣営と、ソ連の共産主義陣営により、東西に分断されてしまった。
 首都ベルリンは東ドイツ国内に位置したが、そのベルリン市も東西に分断された。ただ、西ベルリンからは飛行機や鉄道、高速道路で西ドイツに行くことができた。
 共産主義の東ドイツでは言論や思想の自由が許されなかったため、毎年、何万人もの国民が西ベルリン経由で西ドイツに流出。その事態を重く見た東ドイツ政府は自国民の流出を防ぐため、1961年、突如、西ベルリンの周囲160㌔に壁を築いたのだった。
◇ただでさえ東ドイツ内の「孤島」なのに、さらに壁にまで囲まれた西ベルリン。しかし、西ドイツと結ぶ道路や鉄道、航空路線は従来通り利用できたため、西ベルリン市民は自由に移動でき、東側に対する資本主義のショーウィンドーとして、物資も豊富だった。
 一方で、東ドイツの国民は海外旅行の自由が認められず、産業も振るわず、周囲を壁に囲まれた孤島の西ベルリンの方が、よほど自由で裕福だったのは皮肉な話だ。
◇1980年代後半、東ヨーロッパ諸国が革命で相次いで民主化されると、東ドイツ国民はそれらの国を経由して、西ドイツに行くことができるようになった。
 第3国経由で東西が結ばれたことで、ベルリンの壁はその意味を失い、1989年年11月9日、海外旅行自由化に関して政府のスポークスマンが「ベルリンの壁からも出国が認められる」と誤って発表したため、東ドイツ国民が壁の検問所に殺到。国境警備隊はこれを受け入れてゲートを開き、壁はその役目を終えた。
◇それから20年。冷戦はすでに過去となり、東西ドイツは統一。敵対したNATOとワルシャワ条約機構の国々もEUという新しい枠組みで手を取り合っている。
 しかし、ドイツに限定しても失業率や所得で東西の経済格差はまだ残り、その格差不満から、東ドイツへの懐古主義や他民族排斥主義などが生まれている。
 お隣の韓国、北朝鮮はいまだに統一されず、北朝鮮の人々は物理的にも精神的にも「壁」に囲まれ、抑圧された生活を余儀なくされている。
 壁崩壊から20年目を迎え、当時の東西イデオロギーの対立と、その副産物を見つめると、今、日本の民主党政権が進めようとしている共産主義・独裁国家との「友愛外交」を、大いに注視する必要がある、と思う。

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2009年11月06日

たばこと薬害後進国

 日本は環境後進国、薬害後進国、たばこ規制後進国の不名誉なレッテルを貼られている。
 それは、政治家と官僚、業界との癒着によるものであり、地位や金が国民の健康を犠牲にしてきたというべきである。
 例えば妊婦が服用したサリドマイド(睡眠薬)で先天的障害をもつ子が世界に多発したが1961年、ほとんどの国が使用を禁止したにも拘わらず、日本ではその後9カ月も使用し続け被害を拡大した。
 また、胃腸薬キノホルムにより、神経疾患、視覚障害、運動障害などが起き、早くに副作用が指摘されていたが、メーカーは副作用のない薬として大量生産を続けた結果、被害が多発、1950年代から大問題となりスモン訴訟として薬害の原点となった。
 さらに近くはエイズ薬害。輸入非加熱製剤により世界各国の血友病等の患者がエイズに感染した。その危険性は82年ごろから指摘されていたが、当時の厚労省は世界がストップしてしている中、これの対策が遅れ被害が拡大した。製薬会社と厚労省の癒着が問題となった。
◇たばこの被害対策も同じである。たばこによる健康被害をなくするため、国連の世界保健機関(WHO)は2003年、「たばこの規制に関する枠組条約」を採択したが、当初、日本はこれに反対し、採択が危ぶまれたこともあった。
 厚労省(当時)は2000年(平成13)に今後10年間の健康づくり計画を立てたが、驚くべきことに当初の「成人喫煙率を2010年までに半減させる」という目標値を日本たばこ産業などの反対で削除してしまった。それどころか、WHOの世界たばこ規制条約にも署名を拒否し続けてきた。
 日本は世界の潮流に遅れて、2004年に世界で19番目に条約に批准したが、ヨーロッパに比べると極めて甘い。
 来年2月には「たばこ規制条約」の実施期限を迎えるので、次のような義務を負うことになる。
①屋内の職場、公共の輸送機関、屋内の公共の場所における禁煙。
②たばこの箱や包装に、その表示面の30%以上を占める健康に関する警告を貼る。また、たばこに関連のある含有物、排出物についての情報も伝える。
③たばこの広告や販売促進行為の禁止。
④18歳未満の者に対する販売禁止。
 われわれは、たばこの健康被害は喫煙者のみに限定しているように思いがちだが、実際は間接喫煙、受動的喫煙の方が危険であると学者が指摘していることを書きとめておく。
 自分の意思で吸うのが通常の「能動的喫煙」、これに対して、自らの意思とは無関係に、あるいは意思に反して、喫煙を余儀なくされる状態を「間接喫煙」「受動的喫煙」という。
 たばこの煙には喫煙者の吸い込む主流煙と、それを吐き出す煙のほか、たばこの点火部から立ちのぼる副流煙がある。
 主流煙と副流煙を比べると副流煙の方が有害物質の含有量がはるかに高いことが証明された。煙の中に含まれる強力な発ガン物質の一つ、N―ニトロソアミンの含量を国産たばこ5種類について測定したところ、副流煙には主流煙の120~200倍も含まれていた。つまり自らは吸わなくとも周囲に喫煙者がいれば極めて危険というわけである。【押谷盛利】

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2009年11月05日

「老い」を考える(見聞録)

 日本人の平均寿命は男性で約80歳、女性で86歳に達し、世界トップクラスの長寿国だ。元気なお年寄りがあちこちにいて、小生の知人なんかは、80歳を過ぎても暇さえあれば車で旅している。
 「老人」と簡単に言うが、そもそもどんな意味を持っているのだろうか。「老」は年寄りが腰を曲げて杖を付いた姿を描いた象形文字に由来し、身体が硬くこわばるさまを指している。
 ならば、老化を感じる年齢は何歳なのだろうか。「初老」は、老化現象が始まる40歳を指す。故事では体力が衰え始めることを「四十がったり」、視力が衰え始めることを「四十暗がり」、他に「四十肩」「四十腰」などがある。
◇孔子は「論語」の中で、40歳を「不惑」、50歳を「知命」、60歳を「耳順」、70歳を「従心」と呼び、心の規範を説いた。
 40歳で物の考え方に迷いがなくなり、50歳で天命を知り、60歳で人の言うことを素直に聞けるようになり、70歳で自分の思い通りのことをしても道理から外れなくなる、という意味だ。
 他にも古代中国では年齢を区切って、「勉学に励め」「妻を娶れ」「仕官になれ」などと説教した。
◇古人は何かと人生の区切りに、この手の説教を持ち出す。
 その理由について考えると、ことわざの「人生老いやすく学なりがたし」が代弁しているようでならない。
 若い間は、まだまだ人生が長いからと、必死に勉強しないが、年月が過ぎていつの間にか歳をとり、何も学べないまま人生を終わってしまう、だから若いうちから勉学に励まなければならない、という意味で、これは「一寸の光陰軽んずべからず」(わずかな時間でも無駄に過ごしてはならない)にも通じる。
 過ぎ去った自分の人生を振り返り、勉強しておけばよかった、真面目にやっておけばよかったと、後悔し、反省の念を込めて、説教として残したのではないか。
◇さて、長寿大国日本を考えると、古人が説いたように「老いやすく」であっても、「老いてから」の道のりが長い。40歳で「初老」を感じていたら、人生の半分が「老い」との付き合いになる。
 「老いてなお」の精神で、我々はいかに充実し、意味のある人生を送るのか。ますます高齢化する日本社会で考えたい課題だ。

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2009年11月04日

たばこ一箱を千円に

 4日の産経「正論」欄に日本財団会長・笹川陽平氏が「たばこを1000円にせよ」と訴えている。鳩山首相への提言の形だが、ぼくも大賛成である。
 日本のたばこは1箱300円で、欧米に比べ極端に安い。このうち3分の1の100円が税金である。
 禁煙運動が高まるなかで、これに水をぶっかけるのが喫煙納税論である。現在のたばこの税収は約2兆2000億円を上回るといわれ、これが地方税として還元されることから、喫煙者をけなすべきではなく、ましてや価格を上げてその消費を抑えるべきでないというのが反対論の根拠である。
 このほか1万8000平方㍍の葉たばこ耕作地と耕作人員1万4000人のたばこ農業とたばこ店など、広義のたばこ産業のもたらす日本経済への影響などを主張するのである。
 しかし、たばこをどう前向きに評価しようとしても、国際的趨勢、国民の健康、たばこによる失火被害などをトータルで見るならば議論の余地なくたばこは追われる運命にある。
 喫煙に伴う損失については、健康被害による医療費、火災被害(出火原因の3位)、労働力の損失など全体で7兆3000億円(医療経済研究機構の研究)、同4兆9000億円(厚労省の科学研究)などの数字を笹川氏は挙げて、税収をはるかに上回る損失を指摘している。
 このほか少年に与える影響も大きい。厚労省の07年度調査によると、中学生の男子の9・0%、女子の7・6%が喫煙経験を持つ。青少年の健康と非行防止の上からも喫煙に歯止めをかけねばならぬ。
 笹川氏が1箱1000円にせよというのは、値上げによって、喫煙ショックが起き、たばこ人口が減れば環境をよくし、国民の健康と医療費圧縮に役立ち、併せて火災予防にもなるというのであり、さらには世界のたばこ規制後進国の汚名をそそぐことになるからだろう。
 日本はたばこ産業の反発を恐れて、たばこ抑止への法的、社会的施策に寛大であるが、それは一つには政治家の腰の弱さによる。しかし、いよいよ来年2月には喫煙家が正念場を迎える。それは、来年2月に、すべての職場や公共の場所、公共交通機関を禁煙とするよう求めた「たばこ規制枠組み条約」の実施期限を迎えるからである。
 日本は2005年、世界で19番目に条約を批准し、欧米各国が規制を強行するなか、たばこに寛大な後進国として位置づけられていた。
 こういう国際的情勢を考えてもたばこ規制は焦眉の急であり、このためには一日も早く1箱1000円に値上げして間接的に禁煙の効果をあげるべきであろう。【押谷盛利】

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2009年11月02日

ついたちと神さまの話

 11月の声を聞くと、とたんに何か追われるような気忙しさを感じる。
 11月を霜降月、または霜月というが、これは旧暦の別称である。したがって旧暦の霜月は現在の12月に相当する。同様に現在の11月は旧暦の10月に当たる。
 陰暦10月、つまり今の11月は出雲の神社で全国の神を迎えて行う神事がある。出雲大社では旧暦10月10日(今の11月26日)から1週間、佐太神社では今月20日から6日間、神在祭が行われる。全国の神さまが出雲に集うので今月11月(旧暦10月)は出雲では神在月、他の地方は神無月、神去月という。神さまが不在なので神の留守ともいう。
 月の始まり、すなわち第1日を「ついたち(一日・朔日)」という。ついたちは、「月立つ」の音変化で、月の始まりを意味する。ついたちは大事な日であるとしてものごとのけじめにした。たとえば「ついたち降り」というが、月の第1日に雨が降るとその月は雨が多いとされる。今月は1日が雨降りだったからこの月は雨が多いかもしれない。北海道のように雪は困るが、多少の雨は畑作に都合がよい。
 いまは週休制だが、明治から昭和の初期までの労働者の多くは月初めの1日と月半ばの15日の2日間が休日だった。
 農村は年中無休、百姓に休みは不用という苛酷な時代で、それをカバーする意味で、村々で野休みを設けたり、あるいは盆、正月、祭りが農休日だったりした。
 江戸時代や明治のころは現在のように工業が発達していなかったから、いわゆる工場労働者は少なかった。その時代の勤め人の多くは商店の丁稚小僧、番頭だった。もしくは親方のもとに住み込む職人だった。商店員はほとんどが住み込みで、江戸や京都は商店が経済の中心だった。年中無休に近い商店の小僧たちは年に二度、盆と正月にゆっくり親元へ帰る特別休暇をもらった。これを薮入りという。
 薮入りとはけったいな名だが、草深い田舎を薮にたとえたもので、奉公人の一番楽しい目標だった。薮入りで、おっ母に甘えられ、好きな団子をたらふく食べたり、幼な友達の彼や彼女に会うことになる。
 今は「ついたち」に特別な関心を持たないが、ひとむかし前までは商人も勤め人も百姓も「おついたち」と敬語で呼んだ。月の初めだから身も心も新にして、健康で幸せでこの1カ月を送りたいものと神や仏に祈った。神さまに榊、お神酒を、仏さまにお華、そして夜の食卓にはふだんは食べられない魚のご馳走も出た。
 村人は道で出会っても、お天気の日は「よいおついたちで」と互いに挨拶を交わした。【押谷盛利】

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