二宮翁から学ぶ(見聞録)
二宮金次郎といえば、薪を担ぎながら本を読む像で知られ、昭和期の子ども達にとっては勤勉の象徴だった。
しかし、最近の若者や子ども達の中には知らない人が増えている。学校や家庭で教えられる機会がないからだ。
◇二宮金次郎は正式には二宮尊徳と言い、1787年、相模国足柄上郡(今の神奈川県小田原市)の農家の長男として生まれた。少年時代に父母を失い、大洪水で田畑を流失するなどの不幸に見舞われた。引き取られた伯父方で、寝る間を惜しんで勉学に励み、荒れ地を開墾して収穫を上げてはお金を貯め、田畑広げ、24歳で一家を再興した。
後に、武家奉公人として小田原藩家老服部家に出入りした際、その才能を買われて同家の財政再建を頼まれ、みごと達成。以来、各家の財政再建に携わり、600以上の村々の農村復興にも打ち込んだ。
二宮が説いた思想に「報徳」がある。「徳」は人やものに備わっている長所や才能などを指し、「報」は「徳」を生かして、社会や経済に貢献することを指す。
自己の才能を生かして勤労し、私利私欲を廃して社会に貢献すれば、おのずと自らに還元されると説いた。
◇1904年以降、国定教科書で紹介されたことで、その人物像が全国に知れ渡り、道徳教育の手本となった。ただ、国家社会のために献身的に尽くしたその姿勢が、戦中教育に適った点も見逃せない。
そして、昭和初期には地域住民や卒業生の寄付によって各地の小学校に二宮像が建てられた。
◇長浜小学校でも昭和10年に市民から寄贈されたが、10数年前、人知れず撤去されていた。
撤去当時、像の保存や再建の話が出なかったのか、学校関係者は無関心だったのだろうか、小学校に撤去時の記録は残っていないという。
同校PTAでは「自らの才能を国家社会のために使い、人々の幸福の追求に生涯をささげた二宮翁を、昭和初期までは子どもの成長のお手本としていた。自分の才能や努力して得た知識や技術を国家社会のために使おうという精神は、今日にも通じる」と、再建の意義を説いている。
道徳教育の今は、二宮に代わってイチローが登場する時代となったが、像を再建することにより二宮翁の報徳の教えが、子ども達に伝わることを願いたい。
2009年10月31日 15:45 | パーマリンク
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