シャッポ脱ぎの言葉万感
滋賀夕刊は創刊以来まるまる50年の歳月を経過、これを機会に10月1日付で社長を交代することにしました。幸い、よき後継者が育ち、安心してバトンタッチできる幸せを感謝しています。
後任社長は編集長の押谷洋司で、現在、火、木、土の3回「見聞録」を執筆しています。少壮の働き盛り、知恵盛りですから、行動力と研究心をフル回転すれば新しい企画や新しい展開が可能となり、新風を吹き込むことができるのでは、と期待しています。
社長職を譲ったからといってこのまま隠居するわけではなく、後方から支援したり、相談に乗ったり、当分は時評も書くつもりです。
敗戦直後、日本に乗り込んだアメリカのマッカーサーは占領軍総司令官として、新憲法の制定や労働3法の実現、公職追放令など歴史的治績を残したが、本国へ帰ってから数年後、栄光の現役を退き、いさぎよく引退のコメントを発表した。
その一節が有名であった。
「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」。
つまり、トップとしていつまでも執着するのではなく、後継者に後事を託し、静かに余生を温めるという感慨であろう。
ぼくは大分前に、自分のシャッポは自分で脱げという意味の時評を書いたことがある。それは地方自治体の長や農協、その他の団体トップが何期もの長い間、居座り続けていることの弊害をテーマにしたもので、組織に活力を与え、創造的発展を期するには新風を入れねばならぬと信じるからである。
ところが権力を握っているものや、団体のトップにいるものは、その椅子の座り心地に安住して、なかなか自分から身を退くことをしない。
帽子のことを明治、大正のころはシャッポといったが、ぼくがいまシャッポを持ち出したのは、トップのことを洒落て表現したまでである。自分の被っているシャッポは自分で脱げという意味である。
その点、ぼくは創刊以来半世紀にいたるまでシャッポを脱がなかったのは汗顔の至りだが、一つにはローカル紙という経営上の宿命的な苦難が後継者育成に足枷になっていたことも否めない。
50周年記念祝賀会で多くの企業からお客さんを迎えたが、2世、3世と新しいトップの顔がこのごろ流行の「チェンジ」を思わせ、新風による体質改善やたくましい成長性にしびれるような思いをしたことである。
読者ならびにスポンサー、各界、各氏の一層の御指導と御厚誼をお願いしてシャッポ脱ぎのご挨拶と致します。【押谷盛利】
2009年09月30日 14:58 | パーマリンク
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