滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2009年09月30日

シャッポ脱ぎの言葉万感

 滋賀夕刊は創刊以来まるまる50年の歳月を経過、これを機会に10月1日付で社長を交代することにしました。幸い、よき後継者が育ち、安心してバトンタッチできる幸せを感謝しています。
 後任社長は編集長の押谷洋司で、現在、火、木、土の3回「見聞録」を執筆しています。少壮の働き盛り、知恵盛りですから、行動力と研究心をフル回転すれば新しい企画や新しい展開が可能となり、新風を吹き込むことができるのでは、と期待しています。
 社長職を譲ったからといってこのまま隠居するわけではなく、後方から支援したり、相談に乗ったり、当分は時評も書くつもりです。
 敗戦直後、日本に乗り込んだアメリカのマッカーサーは占領軍総司令官として、新憲法の制定や労働3法の実現、公職追放令など歴史的治績を残したが、本国へ帰ってから数年後、栄光の現役を退き、いさぎよく引退のコメントを発表した。
 その一節が有名であった。
 「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」。
 つまり、トップとしていつまでも執着するのではなく、後継者に後事を託し、静かに余生を温めるという感慨であろう。
 ぼくは大分前に、自分のシャッポは自分で脱げという意味の時評を書いたことがある。それは地方自治体の長や農協、その他の団体トップが何期もの長い間、居座り続けていることの弊害をテーマにしたもので、組織に活力を与え、創造的発展を期するには新風を入れねばならぬと信じるからである。
 ところが権力を握っているものや、団体のトップにいるものは、その椅子の座り心地に安住して、なかなか自分から身を退くことをしない。
 帽子のことを明治、大正のころはシャッポといったが、ぼくがいまシャッポを持ち出したのは、トップのことを洒落て表現したまでである。自分の被っているシャッポは自分で脱げという意味である。
 その点、ぼくは創刊以来半世紀にいたるまでシャッポを脱がなかったのは汗顔の至りだが、一つにはローカル紙という経営上の宿命的な苦難が後継者育成に足枷になっていたことも否めない。
 50周年記念祝賀会で多くの企業からお客さんを迎えたが、2世、3世と新しいトップの顔がこのごろ流行の「チェンジ」を思わせ、新風による体質改善やたくましい成長性にしびれるような思いをしたことである。
 読者ならびにスポンサー、各界、各氏の一層の御指導と御厚誼をお願いしてシャッポ脱ぎのご挨拶と致します。【押谷盛利】

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2009年09月29日

滋賀夕刊を見つめる(見聞録)

 「滋賀夕刊」は地域に根ざしたローカル新聞として、今年で創刊50年を迎えた。
 新聞は読者とスポンサーの両翼が揃って初めて発行でき、半世紀もの間、小紙が続いたのも、湖北・湖東地域の皆さんの温かい支えがあったからこそ。
 今、インターネットや、フリーペーパーなど新しい情報媒体の進出に加え、活字離れにより、大手新聞の発行部数が減少し、我々ローカル紙も深刻な問題と受け止めている。大手新聞が全国ニュースを報じてこそ、我々ローカル紙の必要性も生まれるからだ。
◇湖北地域でも、各種の地域情報誌が次々と発行されるように、地域密着の情報を求めるニーズは決して少なくない。
 特に、フリーペーパーと呼ばれる類は、飲食や美容関係の情報が満載され、若者の情報収集ツールのひとつとなっている。無料で楽しめる分、スポンサー紹介が紙面作りの中心で、広告を楽しく読ませるという工夫がされている。
◇モノクロの「滋賀夕刊」は前時代的なイメージが付きまとい、遠くない将来、紙面の刷新が迫られるだろうが、小紙としては、より細かな地元情報を扱い、「地域の話題の泉」として、読者に愛されるよう努力するほかない。
 また、それ以上に、地域課題の発掘と問題提起、不正義や暴力の批判、公権力の監視など、報道機関としての責任を果たすことが求められている。
◇ジャーナリストの先輩、辛坊治郎氏が27日、リュートプラザで講演したが、コミュニティの希薄化について興味深い話があった。
 9月の敬老月間にあわせて、厚生労働省は100歳以上の高齢者数を4万人と発表したが、これは住民基本台帳上の数値であって、自治体が確認できたのは半分の約2万人という。残りの2万人については生死不明。
 以前、死んだ親の葬儀や役所への届けをせず、親の年金を不正受給し続けた事件があったが、このようなケースはたくさんあるはず、と同氏は指摘する。
 これは地域コミュニティの希薄化に一因があろう。ひと昔前なら、近所にどういう家族が住んでいるかを把握し、姿を見なければ、「~さんはどうされたのですか」との会話があったはず。
 今では隣近所に誰が住んでいるか分からないほど、社会の匿名化が進み、地域活動も衰退している
◇個人情報保護法の過剰解釈で、ますます匿名化とコミュニティの希薄化が進む昨今。こういった地域の無機質化に歯止めをかけるためにも、小紙が「話題の泉」としてあり続け、コミュニティ活動の一助となれるよう、その努力を求められている気がしてならない。

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2009年09月28日

滋賀夕刊50周年の御礼

 「滋賀夕刊」は今年50歳を迎えることができました。
 去る26日、嘉田知事、田島環境副大臣、各市町長ほか多くの来賓のもと、創立50周年記念式典を催すことのできましたことは、わが社にとって最大の栄光と喜びであります。社員とともにこれまで愛読頂き、ご指導、ご支援下さいました多くのみなさまに心から感謝申し上げます。
 滋賀夕刊は昭和34年8月13日を創刊第1号とする日刊地方紙であり、当初は「夕刊滋賀」の題号で、エリアは旧長浜市でした。その後、東浅井、伊香、坂田、彦根版を発行し、一時は「わかさ新報」の名で敦賀方面に進出しました。
 彦根は「しが彦根新聞」の題号で週2回刊として愛読されています。
 本紙が郵政省から第三種郵便物の認可を受けたのは昭和34年9月24日ですから、今年を昭和年号でいえば昭和84年ということになります。西暦では1959年生まれで、現在2009年、まるまる50年、半世紀に達したわけです。50年前の9月26日は伊勢湾台風の直撃を受け、近畿、東海で死者5000人を超える惨事となりました。
 姉川は随所に決壊し、天野川ほか各地の河川が溢れ、至るところで床下浸水があり、長浜市の米川流域では床上浸水の被害もありました。
 十年ひと昔といいますが、50年という歳月は、政治、経済、社会、個人の生活に至るまで、夢、まぼろしの如き大きな変化を生みました。
 いまの北ビワコホテル、ロイヤルホテル、長浜文芸会館あたりはまんまんと青い水をたたえた琵琶湖でした。長浜駅から宮司、七条に至る広いメインストリートは着工の段階であり、現在の国8(長浜バイパス)は計画段階で昭和41年の市民会館建設が呼び水となりました。
 モータリゼーションと呼ばれる車社会は昭和40年代後半からのことで、本紙創刊のころは車を持つ人は極めて限られており、街の中ではどこにでも車を停めることが出来ました。
 この50年間は経済のみならず、あらゆる面で豊かさと便利さを追求し、その成果に酔いましたが、しかしその反面、国家と国民の将来に不安をもたらす多くの逆効果を生みました。それは一口に言えば環境破壊であり、国民の生命と健康の脅威ともいうべきもろもろの公害発生でありました。
 過去を振り返りながら、あらためて報道の任の重さを痛感し、その使命感に身の引き締まる思いが致します。
 さらなる50年を期し、一層のご指導、ご支援を心から御願い致します。【押谷盛利】

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2009年09月25日

鳩山内閣の感度は良好

 鳩山民主党政権の滑り出しは感度良好である。
 大手の各新聞社が新内閣の支持率を問うたところ、ほとんどが70%を超えた。出走早々の御祝儀相場とはいえ、のっけから70%を超える支持率は小泉内閣発足時と同レベルの高い人気である。
 国民は小泉内閣においては改革を求め、鳩山内閣においてはチェンジを求めた。
 民主党執行部と鳩山総理は国民の声に合わすごとく大胆に政治の一新を印象づけた。官僚依存をやめながら政治主導で医療、福祉、教育に予算付けし、代わりに09年度の補正予算を凍結、見直しすることにした。
 前原国土交通大臣の歯切れのいい群馬県の八ツ場ダム中止は本県の大戸川ダム、丹生川ダムにも決定的な影響を与えるだろう。
 民主党の支援を受けた田中康夫新党日本代表は兵庫8区の小選挙区で公明党の元幹事長で、元国土交通相だった冬柴鉄三氏を破ったが、彼は長野県知事時代、脱ダムを高らかに宣言して実践し、長野のこれまでの赤字財政を建て直した。以来、脱ダムは天の声になった。
 滋賀県知事・嘉田由紀子氏も3年前の選挙でダム見直しを公約して当選した。
 大阪府の橋下徹知事も、京都府の山田啓二知事も県南部の大戸川ダム中止に賛成しており、嘉田知事は、丹生ダムについては主体である国の方針の転換で中止の方向に傾いている。
 鳩山総理は国連の桧舞台で20年までの温室効果ガスの90年比25%削減ののろしを上げて、たちまち盛大な拍手を受け、日本外交に一新機軸を出した。
 このことは、地球温暖化防止や環境改善で日本の世界における主導的役割をアピールしたが、恐らくこれらの事実は岡田外相の日米親善会談とともにこの内閣のさらなる支持率上昇に寄与するであろう。
 問題はこれからである。内政に目を転じれば景気の回復は決して喜ぶべき状況ではない。年末へかけての金融悪化や失業率増加など社会不安の要因もあり、選挙後の勝利の祝盃に酔ってはいられない。【押谷盛利】

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2009年09月24日

槍ヶ岳での違和感(見聞録)

 この連休中、北アルプスの槍ヶ岳登山に挑戦した。
 槍ヶ岳は岐阜と長野の県境にあり、標高は3180㍍。国内で5番目の高さで、天を刺すように伸びる特徴的な山頂の形から、山岳愛好家の憧れの的となっている。
 21日午前4時半、岐阜県高山市の新穂高温泉からヘッドライトを点灯させて出発。林道、樹林帯を経て、高山植物の群生する急斜面を登る約9時間の行程。10数年ぶり、たった1人のソロ登山に、山頂付近の山荘に到着したころには、肉体も気力も悲鳴をあげていた。
 北アルプスの山々の大パノラマ、透き通るような青い空、ヒンヤリと澄んだ空気。はるか東には雲海から突き出た富士山―。登山の魅力を存分に伝えてくれる絶景が待っていた。
◇連休とあって、山荘は、山頂を目指して各ルートから登ってきた登山客であふれていた。
 山荘から山頂までは切り立った岩を登る。通常は30分程度の行程だが、山荘付近にまで登頂待ちの大行列ができ、登頂して下山するのに約3時間。山頂は、名前の通り槍のようにとがり、20人程度しか登れないためだ。
 3000㍍を超す標高で、岩にしがみつきながら、列が進むのを待つため、登山者は十分な防寒装備で臨まねば、急速に体が冷え込み、危険だ。
◇このシルバーウイークには、1人で登山に出掛けた漫画家が遭難し遺体で発見されたり、乗鞍で観光客が熊に襲われたりと、山にまつわるニュースが目についた。
 小生が選んだ新穂高温泉から槍ヶ岳へのコースは、比較的安全とされるが、それでも「足を滑らせたら」と、死を予感させるポイントはいくらでもあった。
 山頂からの下山途中、20代の女性が滑落した。担架で山荘に運ばれた女性は顔面に大ケガを負い、意識を失っていた。登山の危険性に、緊張した瞬間だった。
◇北アルプスの大自然に圧倒された一方で、山荘で大きな違和感を抱いた。
 自動販売機でジュースやビールが売られ、喫茶コーナーでは軽食を食べられる。水の補給も自由。携帯電話が通じ、電池切れの登山者のため充電コーナーも備えられていた。山荘内はすし詰めで、畳1畳に3人が寝るあり様。
 登山道や山小屋の整備、装備の高性能化、ツアーの催行などで、より身近になった北アルプス登山だが、下界の便利さと喧騒がそのまま持ち込まれている現状と、その便利さを見込んでハイキング気分で訪れる登山客に、山岳ブームの危うい一面を見た気がした。

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2009年09月19日

21日は「敬老の日」(見聞録)

 きょう19日から秋の大型連休「シルバーウイーク」が始まった。23日までの5日間だが、中には27日まで9日間の連休を取得し、海外に飛び出す人も。
 ハッピーマンデー制度により、今年は9月21日の月曜日が「敬老の日」。23日の水曜日は「秋分の日」。そして、祝日に挟まれた日を「国民の休日」とする規定があることから、22日の火曜日も休日となり、19日の土曜、20日の日曜と合わせて5連休となる訳だ。
 連休に伴う旅行やレジャーによる消費を喚起できるうえ、敬老にまつわるプレゼント消費も期待でき、経済界にとっては貴重な稼ぎ時といえそう。
◇長浜市内ではほとんどの小学校できょう運動会が開かれた。風はやや強いが、快晴に恵まれ、運動場に子ども達の元気な歓声が響いた。連休の幕開けを告げる秋晴れが心地よい。
 一方、高速道路は旅行客で渋滞。ゴールデンウイークやお盆と同様の現象だが、渋滞覚悟の旅行に、国民の元気さを感じる。
◇それにしても、シルバーウイークとは、何ともうまい命名。5月のゴールデンウイークと対比させたうえ、9月の敬老月間を意識させている。
 連休の主役は何と言っても「敬老の日」だが、その発祥を探ってみたい。
 長寿を敬い、祝福する風習は兵庫県の内陸部に位置する旧野間谷村(現・多可
町)で生まれた。
 同町によると、野間谷村が戦後の動乱期、長年社会に貢献したお年寄りに敬意を表し、知識や人生経験を伝授してもらう場として「敬老会」を主催。後に、農閑期で気候が良い9月15日を「としよりの日」と定め、村独自の祝日とした。
 この風習が兵庫県全域に広がり、昭和41年には「敬老の日」として、国民の祝日となった。
 地元の公民館には高さ約2㍍の石碑があり、「敬老の日提唱の地」と彫り込まれている。
◇連休に浮かれながらも、当時の村人の敬老精神に思いを馳せたいものだ。

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2009年09月18日

小選挙区制のお手柄

 鳩山民主党内閣の誕生は戦後の日本政治史における革命的大事件といっていい。それは自民党の永久政権的政治土壌に風穴をあけた野党・民主党の勝利によるもので、言葉をかえせば国民の自覚が自らの手で政権を選択したといえよう。
 このような政権交代が不自然でなく、自由な国民の投票行動によって可能となったことが小選挙区制のお手柄なのである。
 小選挙区制の導入は93年発足した細川内閣とその後継の非自民政権による政治改革の柱であった。偶然とはいえ、今の民主党を牛耳っている小沢幹事長や鳩山総理、岡田外相らは自民党から出て細川非自民内閣をつくり上げた改革の元祖であった。
 しかし、小選挙区制は細川内閣以前からも日本ではたえず論議の対象にあった。
 今の鳩山総理の祖父に当たる鳩山一郎氏が昭和30年、当時の自民、民主の両党を合わせて保守統一に成功したとき、すでに小選挙区制が政治課題として浮上した。
 昭和49年の田中角栄内閣のときもやはり小選挙区制が取り上げられた。
 しかし、いずれも社会党をはじめ、野党から猛反対が出て、論議の段階で立ち消えた。当時の反対論は、もし小選挙区制を導入すれば、永久に自民党政権が続き、野党は万年野党の悲哀に泣かなくてはならぬ、との見通しによるものだった。
 当時の日本の政界状況は自民党と社会党の対立構図が鮮明で、その他に民社党、公明党などが野党色を強めていたが、野党が一本化して政治行動することが少なく、ことに野党第一党の社会党は徹底的な批判政党に徹し、政権への夢を捨てていた。
 その社会党の変則的行動の支えになったのがいわゆる55年体制で、分かり易く言えば、自民党となれあって、政権にはタッチしないが、批判のプロポーズのなかで、欲しいものを手に入れるギブ・アンド・テイクの間柄であった。
 表は喧嘩して、裏で手を握るやり方で、組合の援護、北朝鮮への好意、その他社会主義思想の効果的展開を求めての教育行政への発言力確保などがあった。政権はあきらめて、その代わりに裏取引で、実益を得るという戦略だった。
 55年体制の日本の政治における国民無視は一部与野党の独善を生み、日本の政治を沈滞と後退に導いたが、その不満と反省による内部改革の火の手が93年の宮沢内閣の不信任と細川内閣の樹立につながった。
 そして、小選挙区制を反対していた社会党や公明党も加えて、非自民政権が政治改革の錦の御旗のもとに小選挙区制を導入した。
 この下敷があったからこそ、今回の自民に代わる民主党政権が誕生したのである。【押谷盛利】

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2009年09月17日

特大ナーンに感動(見聞録)

 きょう17日、旧長浜市内の小中学校の給食でドイツ料理が振る舞われたように、長浜学校給食センターでは月に1度、世界各国の料理を届けている。
 食材の調達、調理の手間、栄養バランスなどから、そのメニューは限定されるが、子ども達に異国への関心を誘うユニークな取り組みだ。
◇ここ湖北地域でも新しいレストランやバーが次々と誕生し、日ごろから各国の料理やビールを楽しめる。先日の昼、米原市内の国道8号線沿いにインド料理店がオープンしているのを発見し、ちょっとのぞいた。
 元は居酒屋の店舗だったのだろうか、店内の半分程が畳の間。インド風のポスターなどが飾られている。
 店員によるとネパール人5人が切り盛り。日本語での会話はイマイチ成立しなかったが、提供された料理は満足ゆくものだった。
 注文したのは、カレーの「チキンマサラ」に、チキン、スープ、サラダ、ナーン(パン)が付くランチセット。
 香辛料を効かせたカレーは濃厚で、日本人向けに辛さも抑えられ、食べやすい。
◇セットで付いてきたナーンは長さ30㌢になろうかという特大で、アジア旅行中に出会えるような濃厚な味。
 ナーンはアジアや中東で食べられるパンで、小麦粉から作った生地を木の葉状に伸ばし、「タンドール」と呼ばれる釜の内側に貼り付けて焼く。
 外はパリッと、中はもっちりとし、ほのかにバターや蜂蜜、チーズの香りがする種類も。
 この店で本格的なナーンが食べられたので、釜を見せてもらうと、やはりタンドール。
 店の外観・内装はともかく、湖北地域で本格的なカレーやナーンに出会えたことに、ちょっとした感動を覚えた。

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2009年09月16日

鳩山政権と北朝鮮問題

 14日の時評で鳩山政権のアキレス腱について書いたが、それは国際的反応についても証明される。
 アメリカでは、鳩山政権が安保条約の見直しや米軍基地の撤退などを求めて反米色を濃くするのでは、との警戒心をつのらせている。お隣りの、韓国大統領は、来年の日本の韓国併合100年を期して、天皇陛下の訪韓を要請している。
 もし、それが実現できれば、韓国は過去の怨念を忘れるであろうとまで言っている。天皇を利用して韓国の優位性を内外にアピールする狙いである。
 中国の胡錦涛主席は国連会議の出席を機に、アメリカで鳩山新首相と会談すると言っているが、この腰の柔軟さもこれまでの自民党政府に対しては見られぬ反応である。
 アジアを見渡すとき、日本の安全にとって、最も感心の深いのは北朝鮮である。北朝鮮は民主党政権の誕生を歓迎しており、同国の国営放送は9月末の民主党の圧倒的勝利をすぐ報道し、自民党の反動政権に国民が反発した、と解説した。
 北朝鮮は、日本内にスパイや工作員を活動させているし、その支配下にある「在日朝鮮人総連合会(朝鮮総連)」を通じて、日本への影響力を強化している。
 去る9月6日付、産経は、これを裏書きするごとく、1面に「総連に民主攻略指令」「北朝鮮、労組へ影響力行使」なる見出しの3段記事を載せている。
 これによると、北朝鮮の朝鮮労働党内に日本の朝鮮総連を担当する「225」と呼ばれる対外連絡部があり、早くも7月上旬、総連中央本部に「民主党攻略」についての指令がでた。
 政権の交代に備えて、民主党の支援組織の労働組合に影響力を使えとの内容で、その中に2006年のミサイル発射で日本政府が発動した北の貨客船「万景峰92」の入港禁止措置を在日朝鮮人の「本国往来を許さない人権問題」として、その解除を働きかける指令をしている。
 これは日本全国にある朝鮮総連の地方支部にも伝達、徹底された。北朝鮮はこれまで日本に対しては、旧社会党や旧総評系労組と良好な関係を築いてきており、旧総評系の自治労(地方公務員の組合組織)には、北朝鮮と交流を進めてきた地方の議員連盟がおり、日教組(教職員の労働組合)にも親朝団体の「主体思想研交会」の会員があり、訪朝経験者もいる。
 民主党内には「六カ国協議で、日本が拉致問題に固執しすぎるのはいかがなものか」と、発言した幹部もおり、北朝鮮としては、この辺にもつけ込むすきがある、と判断しているようだ。

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2009年09月15日

秋に考える公共精神(見聞録)

 きのう14日、配達員の代打として、難波、落合、錦織の集落で新聞を配って回った。自転車に乗り、地図と睨めっこしての約50分。途中、通りかかった落合の「落庄商店」の倉庫前には新米の包みが積み上げられ、集荷がピークを迎えていることをうかがわせた。
 錦織では、土と稲の混じったような香りを漂わす、刈り取りられてさっぱりとした田んぼに、湖北地域の本格的な秋の訪れを感じた。
◇秋は運動会の季節でもあり、長浜市内ではほとんどの小学校で19日、一斉に行われるが、先の市議会一般質問で運動会の保護者のマナーが取り上げられていたので、一部を紹介したい。
 押谷憲雄議員が指摘した問題で、最近の運動会で我が子の姿をカメラやビデオに残そうと、他人の迷惑を省みずに場所取りし、学校からの注意を、気にも止めない保護者がいるという。
 また、子どもを車で学校に送り迎えする保護者が、学校前の横断歩道に駐車するなど、公共マナーの乱れを問題視し、教育委員会としての保護者への関わり方をたずねた。
 伊藤宏太郎教育長は、運動会でのマナー違反に限らず、▽授業参観での私語▽無頓着な自動車での送迎▽一方的な意見で学校に苦情を訴える―など、近年の保護者の傾向を説明したうえで、「公共の精神」の欠如を指摘した。
◇「公共の精神」は、安倍内閣が成立させた改正教育基本法でうたわれている。
 ともすれば、個人の権利・自由ばかりを振りかざし、社会規範をないがしろにする風潮が広がっている昨今。「自由」と「ワガママ」を履き違え、他人の迷惑を顧みずに我が物顔で「自分のしたいようにする」「したいことをする」。教育基本法で、わざわざ「公共の精神」を強調しなければならないほど…。
◇我が子が可愛いのはどの親も同じ。愛するが故に公共の精神に盲目的になれば、その不幸を背負うのは子どもだろう。子どもは親の背中を見ているのだから。

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2009年09月14日

鳩山政権のアキレス腱

 近く誕生する鳩山政権のアキレス腱は外交と国防であろう。
 9日、民主、社民、国民新の3党間で連立政権の樹立を合意した。
 それに伴う政策合意も成立したが、その過程で難航したのは社民党の外交戦略との調整だった。ありていに言えば、日米安保条約の基本に関わる部分で、沖縄からアメリカ軍出てゆけの発想といえる。
 また目下、インド洋で国際協力している海上自衛隊の即時撤退論は国際的自由陣営からの離脱を思わせるものだった。
 インド洋での海上自衛隊の給油活動は来年1月で期限が切れるが、その際引き続き延長するのか、しないのかは大きな関心事として国際的に注目されよう。
 社民党が主張した沖縄問題は、民主党が一部社民党の顔を立てながら実質的には選挙のマニフェストで発表したものを踏襲したもので、日米地位協定、米軍再編、在日米軍基地のあり方を見直す方向で臨むと結論した。揚げ足をとられぬように言葉を吟味し、逃げ道まで作ったあいまい文書といえよう。
 日米安保条約は、分かり易く言えば日米軍事同盟であるが、これをもう一つ分かり易く説明すれば、憲法で軍隊を持たず、交戦権を否定している日本に万一、他国からの侵略があれば米軍が助けるという条約である。
 こちらが何一つ負担せず、万一の場合に助けてもらうというのは虫のよい話で、それでは交渉は成立しない。アメリカが日本にそこまで肩入れするのは、アメリカの極東軍事戦略上の最も信頼できるパートナーと見ているからだ。
 そのために、日本は米軍の基地を認め、それに伴う経費の負担などにも応じてきた。米軍の駐留と基地に関する相互の協定は改訂しつつ今日を迎えているが、アメリカは日本だけでなく、韓国にも、さらに欧州の自由国防衛についても米軍を駐留させている。
 したがって、在日米軍のあり方や基地撤去などは日本の悲願はともかく、国際的問題として単純に解決できるものではない。
 それを韓国の反米グループが「アメリカ軍帰れ」とデモするような心情になって、社民党のいうように反米むき出しを明らかにすれば、日米外交は暗転する。交渉には相手国があり、社民党の主張を呑めば、日本まるはだか論に通ずるが、そういう議論を高めること自体、一番喜ぶのは中国と北朝鮮であろう。
 鳩山さんは政策合意に当たり、いい格好したつもりで、「中国、韓国をはじめ、アジア太平洋地域の信頼関係と協力体制を確立し、東アジア共同体の構築をめざす」、と文書化したが、言外ににじむアピール度は「脱アメリカ」色を強く出した感じである。
 遠い将来の日本の国益をどう判断するか。一歩誤ればいまの韓国のように、反米、親北のスパイの暗躍となし崩しの自由政権崩壊につながりかねない。【押谷盛利】

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2009年09月11日

天下りとテンション族

 鳩山内閣になってからはアウトになるので、いまのうちとばかり、官僚の天下りが続々と明るみに出て世間の反発を食っている。
 どさくさまぎれの百鬼夜行の感じであるが、新しい政権に望むことは、天下り先の政府所管の公益法人、特殊法人の実態を徹底的に洗い直して、政官癒着、政官財癒着の根を一掃すること。そしてこれらの法人・団体に対する垂れ流しに近い補助金、助成を無くすることである。
◇さて、天下りとはうまく命名したものである。いかにもおかみの高級役人をあがめ奉ったもの言いである。
 天下りの語意は日本の神話につながる天孫降臨に由来する。
 天照大神の孫、ににぎの尊が天照の命を受けて日本(葦原の中つ国)をおさめるため高天原から日向の国の高千穂に天降ったと古事記は伝えている。
 これで知る通る天孫降臨が天下りの元祖である。絶対的権力を持つえらい人が天下るのであるから、近代日本における官僚の再就職を天下りと呼称するのはこっけいでもあり、いやみでもあるが、こんな言葉が堂々とまかり通ること自体、官僚の尊大さ、それを許す政界のだらしなさと反国民性が透けて見える。
 50歳代で退官して、天下り先で年収2000万円以上の高給を得、2転3転しては退職金を何億と手に入れ、しかも天下り先はそれぞれの政府省庁の専属先として申し継がれてきた。いわば既得権として大手を振るい、大臣といえども手がつけられなかった。
 天照の命で天下ったのであるから問答無用と大手を振って威張っていたにちがいない。
 天孫降臨をもじって、日本の国民を「てんしょん」族というのも面白い。
 「てんそん」を「てんしょん」に引っかけた語呂合わせだが、この場合の「てんしょん」はカタカナの「テンション」である。精神的な緊張、張りを表す言葉で、興奮するタイプ、感情的になるタイプ、このような国民性を持つから「テンション」族だというのは、明らかに天孫が言葉の背景にある。
 そういう感情に激する国民性であればこそ、小泉人気で4年前は自民党が大勝した。今度は政権交代の大嵐の中で国民の声は民主党になだれ込んだ。
 天は大空を意味するが、このほか、天地万物の支配者、造物主の意味もあり、運を天にまかせるという。
 孟子の言葉に「天に順う者は存し、天に逆らう者は亡ぶ」とある。【押谷盛利】

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2009年09月09日

環境優先の社会へ(見聞録)

 民主党の鳩山代表は、日本の温室効果ガス排出削減の中期目標(2020年)について1990年比で25%減とすることを表明した。
 国内の産業界には計り知れない影響があろうが、温暖化で地球の環境が破壊されれば、経済活動どころではない。
 いずれ近い将来、経済よりも環境優先の社会構造への転換が求められるから、この高い目標が、産業界を巻き込んで達成されることに期待したい。
◇麻生政権を振り返れば、「エコカー減税」や「エコポイント」の名で税金を投入し、国民に車や家電製品の買い替えを推奨。「安くなるのなら買い替えようか」との消費者心理を誘導し、産業界を潤わせたが…。
 きょう8日の読売新聞に興味深い記事が載っていた。ハイブリッド車とガソリン車について、購入費・維持費などを比べ、どちらが家計に得なのかを紹介している。
 いずれも排気量1500ccで、燃費はガソリン車がリッター14㌔、ハイブリッド車が25㌔。年間5000㌔の走行で11年間乗り続け、5回目の車検は出さず、車を手放したという想定で試算した。
 結果はハイブリッド車の方が40万円高くついた。ガソリン代は安いが、10年間乗っても車両購入の価格差が埋まらなかった。
 少なくとも不要不急の買い替えは、財布に優しくなさそうだ。
◇民主党が掲げている高速道路の無料化は、車の利用が促され、CO2削減に逆行するとの声もあるが、各種流通コストが削減されるうえ、地方では幹線道路の代替となり、新たな道路建設の抑制につながるだろう。
 国土交通省の試算では、首都高速と阪神高速を除く無料化による経済効果は、一般道の渋滞解消などで年間4兆8000億円。
 高速道路の渋滞発生などによるマイナス効果2兆1000億円を差し引いても、2兆7000億円の経済効果があるという。
 では、環境施策とのバランスをどうとるのか。そこに知恵を絞る必要があり、25%減の達成には先進国日本が世界をリードして化石燃料からの脱却を推進するべきだろう。

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2009年09月08日

無いものねだりと育児

 無いものを欲しがること、実現性のないものを要求するのを「無いものねだり」という。
 おとぎの世界では竜宮城の浦島太郎のように、欲しいものはなんでもかなえられるが、人間の娑婆はそういうわけにはゆかぬ。
 しかし、親が子をあまりに大事にして甘やかすと、子どもは何をねだってもかなえてもらえると思うようになる。たまたま、子の願いを親がはねつけると、逆に親をうらむことがある。「なんできいてくれんのや、ぼくがかわいくないのか」と、キレルから始末が悪い。
 幼いころから、「ノー」と言わずに、なんでもOKと親が子の要求に応じていると、成長してからが大変である。
 この世は本来個人の競争社会である。
 親が背後で応援してくれているうちは、どうにかボロを出さずに、多少わがままながら、まずまず世渡りできるだろうが、親はいつまでも達者というわけにはゆかぬし、寿命がくれば別れねばならぬ。
 そうなると、いやがおうでも独り立ちせねばならぬが、幼児以来の長い習慣で独立心が育っていなければ、歯を食いしばって困難に立ち向かう根性がない。
 腹が立つとけんか早くなるし、思うようにならないと、人を恨むし、人間関係がたえず摩擦しがちになる。
 友人は遠ざかるし、職場では孤立する。腹の虫がおさまらねば物を投げたり暴力を奮ったりする。逆に家に籠もって、世間から遠ざかるようになるものもいる。
 そういうことを心配せねばならないほど今の世は好き気ままに生き、社会へ出ても無いものねだりして、あげくの果ては他人に迷惑をかけ、自業自得が警察の厄介になりかねないのである。
 ぼくの知人の女性が、ボランティアで、子育てセンターの世話をしている。働く女性が昼間、子をあずける施設だが、子どものことだから、悪さするのもいるし、目に余るいたずらをする。
 ある日、度が過ぎる子を大声で叱った。ところが、親がそれを聞いて、センターへ怒鳴りこんできた。
 「なんで、うちの子を叱ったんや。うちでは1回も怒ったことのない子を」と。実にすさまじい見幕での抗議だった。
 これは決して例外ではない。今の若い親は子を叱らないようだし、叱るほど日常的に密着していない。なにしろ、乳児のころから保育所に預けることもあり、ほとんどの者は小学校へ入るまでに保育所や幼稚園に通っている。1日中、保母やボランティアの世話を受けて、肝心の親とのふれあいはまるでない。仕事の帰りに、施設からわが子を迎えるわけだが、子は親に甘えるし、親は「かわいい」「かわいい」でしつけなどはしない。
 この子たちは、親はもちろん、他人から叱られたり注意される経験がないから、社会の風習や人としての掟、してはいけないことが、身についていない。
 自分に不都合な言葉は、みんな、自分をおとしめる悪意の如く錯覚する。これではまともな社会生活は困難になる。
 欲しいものはなんでも聞いてやる、という、この間違った愛や贅沢を一掃するのは無いものねだりなのかもしれぬ。
 親の無責任をいえば、「放っておいてくれ」と逆に因縁をつけられる悲しい時代になった。【押谷盛利】

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2009年09月07日

圧巻と圧制、厭世自殺

 書物の中で最も秀れた文章、作中最もすぐれた部分、全体の中で最もすぐれた部分を圧巻という。
 例えば映画の中で、主演女優が恋に破れて泣き悲しむ場面が観衆の同情をそそる。そのシーンを圧巻だと評判する。
 圧巻とはもとは古い中国での官史登用試験に関わる言葉で、科挙に由来する。隋、唐の時代に制定された官史登用試験を科挙という。戦前の日本の高文(高等文官試験)、現在の上級公務員試験に当たる。いわば官僚の登竜門である。
 中国では清の時代に廃止されたが、試験の答案の最優秀者のものを一番上にのせたところから、これを圧巻といった。
 転じて全体の中でも最もすぐれた部分を圧巻というようになった。よく似た言葉に出色がある。圧巻は人目を引く。今度の衆議院選の圧巻は民主党の躍進であるが、与党側に焦点を上げれば公明党の党首、幹事長、ほか選挙区の全敗であろう。
 圧巻の圧は、おす、おさえつける、おしつぶすの意がある。
 漬け物の押し蓋は正しくは圧し蓋であろう。権力をかさに無理難題を押しつける悪代官などは圧制であり、悪政である。
 今回の選挙に関していえば、政権交代の暴風に圧倒されたのが自民党である。
 圧搾機に大豆をかけて油をしぼりとることは知られているが、昔の悪代官は百姓と菜種は搾れば搾るほどとれる、とほざいた。
 液化しない程度に常温で圧縮した酸素を圧縮酸素といい、ボンベに詰めて溶接などに利用する。圧縮した空気で空気ブレーキや塗装の吹きつけなどに利用する。
 今の自由国は民主主義で、国民の人権や思想、表現に国家権力の抑圧はないが、中国や北朝鮮のような共産国家は党の方針に反したり、政府批判などは許されず、問答無用で弾圧される。
 われわれの日常生活で常に気になるのが血圧であり、ことに高血圧の人は食生活、飲酒に細心の注意が望まれる。
 圧の旧字は壓であるが、これに似た字に厭がある。えん、おん、あきる、いとう、きらうと読む。
 厭世自殺は人生をはかなく思い自ら命を縮めること。
 厭戦は戦うのをいやになる心。敵のスパイが巧みに厭戦気分を操作するのは、国民に対しても、軍隊内においても戦わずして戦局を不利にする思想戦といえよう。
 ひどく人を憎んだり、嫌うことを厭悪という。「人を憎めば穴二つ」と昔の人はいい言葉を残してくれた。
 競争社会に生きることは常に他を意識し、圧迫される思いにもなるが、それが尾を引いて、人をいやがり、さらには世を厭うことになれば最大の不幸を招くことになる。【押谷盛利】

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2009年09月04日

蚊の襲撃と腕白っ子

 暑くともクーラー無用のぼくは、窓を開けて仕事をする。
 先日、孫が小学三年生の子を連れて遊びに来た。孫の子だから曾孫である。蚊が入ってくるので、渦巻き状の蚊取り線香をつけておいたところ、それが珍しいのか、妙に不思議そうに眺めていた。
 男の子であるから、じっとしていない。あちこち仕事場を見て歩いて、裏の庭へ出た。草が生い茂っているので、それをつかんでは引き抜くがなかなか子どもの手に負えない。
 そんなふうにして、しばらく外で遊んでいたが、それにも倦きてまたぼくの仕事場へ引き返してきた。しばらくすると、かゆい、かゆいと、手や足をかき始めた。
 外で蚊にやられたに違いない、と合点したぼくは「蚊くらい、たいしたことはないよ」と取り合わなかったが、そのうち、かゆい、かゆいと手足をこすりながら地団駄踏み始めた。
 ちっとはかゆいが、そのうち治るよ、と放っておいたが遂に泣き出した。
 勉強嫌いのヤンチャ坊主だが、初めて襲われて動転したのか、泣き出したらとまらない。孫である母親は仕方なく坊やを連れて近くの薬局へ走った。塗りぐすりの効果はてきめんと見えて帰ってきたときは、けろりと忘れて、元の元気さを取り戻した。
 蚊は近年、少なくなったが、それでも庭や畑に潜んでいる。1匹でも仕事の邪魔になるので、蚊取り線香で撃退しているが、曾孫の大騒ぎで、思いがけなくぼくの子どものころの山家の薮蚊を思い出した。
 夕方から日没になるころ、音を立てて薮蚊の大群がやってくる。田舎のことだから家を明け放って、夕仕舞に取りかかるが、この時間帯の薮蚊退治は今の人には想像も出来ぬ煙合戦である。
 葉が針のように尖って「ねずみ刺し」という雑木の根っこを山から掘ってきて、これに火をつけて煙らすのであるが、この煙が家の中に充満して目を開けていられぬほどのけむたさである。
 今の子なら煙だけでも悲鳴を上げるに違いないが、この煙のお陰で家族が楽しく夕食でき、みなが風呂に入るころには薮蚊も山へ帰ってしまう。
 蚊取り線香はあったが、お金がかかるし、そんな上品なものでは勝てそうもないほどの蚊の大群だった。
 かゆいから、と、かゆみ止めを塗った覚えもないし、そんな薬は見たこともなかった。
 山や野へ仕事の手伝いにゆくと、ブト、アブはつきものだし、ときには蜂にやられることもあるが、たいていはやられっ放しである。
 それで免疫力がついているのか、今もわりかし平気であるが、ひょっとすると鈍感なのかもしれない。
 次の俳句はぼくの感慨である。
 「冬の蚊をそっと許してゐたりけり」。【押谷盛利】

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2009年09月03日

民主党外交を考える(見聞録)

 半世紀ぶりに自民から民主へと政権交代し、国民は新政権に政治刷新を期待している。
 一方で、不安も急浮上している。中でも、保守派が最も懸念するのが外交と防衛だ。
 民主党政策集「INDEX2009」によると、外交方針は▽新時代の日米同盟の確立▽アジア外交の強化▽日韓両国の信頼関係の強化▽日中関係のさらなる深化―など、米国から中国へのシフトがうかがえる。
 その中でも、極めつけは「東アジア共同体の構築を目指し、通商、金融、エネルギー、環境、災害救援、感染症対策等の分野において、アジア・太平洋地域の域内協力体制を確立します」との方針。
 「東アジア」とは、どこを指すのか。中国や韓国が含まれることは間違いないが、インドやオーストラリアなどの民主国家も含めるのか。現段階ではその定義は明らかでない。
◇共同体の成功例にEU(ヨーロッパ連合)がある。戦争を繰り返した過去の反省から、1951年に「欧州石炭鉄鋼共同体」、57年に「欧州経済共同体」がスタートし、経済分野から各国の壁を排除し始めた。冷戦を経て92年、EUが誕生した。以降、法律の制定、通貨統一、国境審査の廃止などで一体化を図ってきた。
 民主主義やキリスト教信仰という土壌のほか、市場経済で所得水準に極端な隔たりがなく、法の統治が浸透しているという共通価値観があったからこそ、実現した。
◇東アジア地域の経済的、政治的な連携は否定しない。だが、共同体となれば、話は別だ。
 まず、中国は言論や信仰の自由を許さず、少数民族を弾圧する共産主義国で、価値観の根底から異次元の存在だ。また、ミャンマーのように軍事独裁政権も存在する。竹島、尖閣諸島、海底油田で中韓との対立もある。日本はほかのアジア諸国とも経済水準がまるで違う。
 そこで、どのような共同体を築こうというのか。EUが冷戦期を経過して誕生したように、少なくとも、そのスタートに立つには「東アジア」の民主化は欠かせない。
 中国の共産党独裁政権の崩壊と経済水準の上昇、国民への法の浸透は必須だ。
◇総選挙後、共同通信社が行った世論調査では国民の7割が、鳩山政権に期待を寄せている。
 ただ、優先して取り組む課題として▽景気や雇用対策▽年金制度改革などの社会保障▽税金の無駄遣い一掃など行財政改革―を挙げており、「外交や安全保障」を求める声はたった6・3%。
 国民は民主党に対し、税金の無駄のない効率的分配、雇用や福祉の充実に期待しているのであって、外交、安全保障の方針転換を求めている訳ではない。

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2009年09月02日

首班選挙と恥の上塗り

 恥の上塗りという戒めがある。恥をかいた上にさらに恥を重ねるの愚を衝いた言葉である。
 16日開会の臨時国会は総選挙の結果に基づく首班(総理大臣)指名選挙が最大の案件だが、自民党は首班候補に麻生総裁を立てるという。
 それを聞いただけで、国民や地方の党員は「あれっ、おかしいではないか。麻生さんは開票早々、自民党の大敗を知って辞意を表明したのではないか」。次期総裁が決まるまで党則上は総裁かもしれないが、選挙の責任を取って、辞意を表明したことは、事実上、総裁でなくなったことを意味する。
 いやしくも神聖な国会で、国民の総意を受けて首班の指名選挙をするに当たり、最大の野党となるはずの自民党が賞味期限切れの、しかも国民から「ノー」と拒否された麻生さんを総理候補にかつぐとは、一体どんな感覚なのか。民主主義のイロハも知らない権力呆けの悪あがきなのか。
 去る30日の衆議院選で手ひどく痛めつけられたのに未だ眼が覚めていないのか。細田執行部が麻生さんの顔を立てたいのかもしれないが、その執行部も総務会長が落選しており、党内には正論を押し立て、党改革の旗を上げるものもいないのか。
 このまま、執行部の思惑通り、臨時国会で自民党が麻生票を入れるならば、まごうことなき恥の上塗りである。
 それは単なる恥さらしではなく、政権継続か、交代かを看板に戦った与党の自民党が、国民から拒否された看板をそのまま持ち出すのは国会すなわち、国民に対する侮辱行為そのものである。
 細田幹事長は、自民党総裁の任期は9月30日だから、次期総裁選までに時間がないからやむを得ないと言っているが、そういう感覚では国家の大事をてきぱき速断実行できない。
 臨時国会が16日召集されるのであれば、それまでに緊急事態として、国会議員と地方の府県連代表1名による臨時党大会で後継総裁を決めるのが常識ではないか。そして、その総裁のもと、健全なる野党として民主党政権をチェックし、さらには来年の参議院選に向けて総力を結集するのが筋ではないか。
 もし、このまま首班指名選挙に麻生をかつぐならば、恐らく白紙票が多くなろうし、自民党は散り散りになって、再建どころか、倒壊の闇路に落ち込むに違いない。【押谷盛利】

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2009年09月01日

民主党の改革に期待する(見聞録)

 自民党の惨敗は因果応報であり、負けるべくして負けた。
 4年前を思い出して欲しい。あの郵政選挙の熱狂を。当時の小泉純一郎首相は「自民党をぶっ壊す」「殺されてもいい」とぶち上げ、改革断行を訴えた。その熱意に勇気付けられた国民は政治刷新の夢を自民党に託した。
 だが、後の安倍―福田―麻生へと首相が交代するたびに改革路線は後退し、政官業癒着や不要不急の公共工事で、税金を食い潰してきた。小泉首相の決めた高速道路計画の見直しも、「全線建設」にすり替わった。
 なぜ、年金問題は解決されないのか?なぜ、天下りは放置されるのか?なぜ、教育や福祉よりもコンクリートへの投資を優先するのか?
◇国民の自民党に対する不信と不満は、8月30日の投票行為に、自然発生的に爆発した。
 出口調査では自民党支持者の3割が民主党に投票したが、これは、自民党を愛するが故の「お灸」と好意的に分析したい。
 仮に、自民党を勝たせたなら、さらなる傲慢化を招き、湯水のごとく税金を浪費したことだろう。
◇一方、政権を担う民主党には「日教組」「労組」「親中」「国立追悼施設」「寄り合い所帯」「国旗切り裂き」「故人献金」―など、批判材料はいくらでもある。また、特有のイデオロギーは保守層から強い警戒感を抱かれている。
 それでも、国民が民主党に政権を託したのは、自民党が実行しなかった政治刷新を願ったからだ。決して「高速道路無料化」や「子育て手当」に盲目的に踊らされた訳ではない。
◇「コンクリートより人に投資を」―。民主党が主張する理念に共感する国民は多い。そして、霞が関の亡霊を打ち砕く解体的改革を求めている。
 万一、民主党が民意を無視し、日本国を貶める政策を実行すれば、来夏の参議院選挙で断罪されよう。8月30日に見せたように有権者は非情・冷徹だ。
 何はともあれ、国民の一人として民主党による政治刷新と霞が関改革を大いに期待する。

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