滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2009年05月30日

朝っぱらからタバコ(見聞録)

 長浜駅周辺や大手門通りなどが6月から路上喫煙禁止区域となる。歩きタバコやポイ捨てを防止するため、「さわやかで清潔なまちづくり条例」に基づく措置。
 週末や祝日には監視員2人を巡回させて、目を光らせる。違反すれば2万円以下の罰金を科される場合もある。
 路上喫煙の禁止は彦根市や草津市でも制度化しており、今後も広がりを見せそうだ。
◇長浜市は5月から庁舎など建物内での禁煙を実施しているが、庁舎外での職員の喫煙風景が市民の目に止まっている。
 喫煙者への配慮から、市役所の職員用駐輪場に灰皿を設置したが、朝っぱらから職員がタバコを吹かす風景が見られる。多いときには10数人もの職員が雑談しながら灰皿を囲む。「勤務時間中によくぞ」というのが市民の感想。
 せっかく建物内禁煙に取り組んでも、これでは市職員のイメージダウンを免れない。
◇一部の自治体や企業では、勤務時間内の禁煙が広がっている。休憩時間以外は、喫煙を一切認めないというもので、受動喫煙防止というより、対外的イメージや仕事効率の向上が目的だ。
 大阪府の橋下知事が「税金をもらっている職員が一日に何度も吸っては府民の理解が得られない」として、勤務時間内の禁煙を打ち出したのは昨年3月。昼食休憩以外は原則禁煙という厳しいお達しだった。
 職員の喫煙風景を目にした市民から「さぼっている」といった批判が寄せられたことから踏み切ったようだが、長浜市の場合も、勤務時間中の喫煙を野放しにすれば、同様の批判を受けかねない。
◇ならば、建物内禁煙という措置は、やり過ぎなのだろうか。
 ある職員は、わざわざ1階まで降りて吸うのが億劫で、タバコの本数が減ったと語っていた。
 吸えない環境をつくることは、職員の禁煙を促すきっかけになるし、席を立つ機会が減れば、仕事効率も上がるのではないか。
 勤務時間中の禁煙、検討する価値がありそうだ。

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2009年05月29日

農山村に明るい手を

 名は体を現すとか、言葉は言霊といって魂が宿るとか言われてきた。
 だから痴呆症を呆けと言わずに認知症という新語を広めさせた。
 学者の知恵だろうが、「認知」と「痴呆」は100%言葉のニュアンスが違う。日本語のよさを潰したような呼び名であるから、これに決めた政府やマスコミは後世の笑いぐさになるだろう。
 それと似た新しい言葉でぼくが許せないと思うのは「限界集落」という新語である。
 高齢者が人口の50%以上を占める村(集落)をそう呼ぶが、これも言霊説からいえば福祉とか、希望に水をぶっかけるような冷たい言葉である。
◇村起こしや、町起こしに、手を替え、品を替えて、全国の農山村が取り組み、その地方の市町村が施策に頭を痛めているとき、老人の多い村をきめつけるかの如く、「限界集落」と表現するのは弱者切り捨ての暴言といってもいいのではないか。
 限界とはぎりぎりの境で、生きるか死ぬかの限界、あるいはこれ以上は走れないという運動の限界。つまり、不幸の一歩手前、闇夜の手前を想像させて、そこに永年住み、営々として村を守ってきた人々から夢と生き甲斐を奪うようなダメージを与えるのではないか。
 それが「限界集落」という言葉のもたらす欠点である。
◇政府や政治家や役人は口先だけなら何とでも言える、と出まかせのように山村復活だとか、棚田保存、山の自然保護、あるいは高齢者福祉などをいうが、人口が流出し、山が荒れ、老人比率の増えてゆく地方のことを本気で案ずるならば、もっと、現実に即した施策があるはずだ。
 利用度の低い高速道路や空港に巨額をつかったり、都会人の遊びや消費を応援するバカな予算や国民に対する一律給付2兆円などをやめて、集落の捨て畑や休耕田の活用、山林の復旧に財政支出をすべきであり、都会人の帰農対策にも支援制度を設けるべきである。
◇また集落に若い人が住まなくなれば、子供はいなくなり、教育、福祉、集落の管理、交通等の上でさまざまな悪条件が重なり、地域の住民の物質的、精神的負担は大きいが、地方にライトを当て、住民に刺激や明るさを注入する現実的対応が必要であり、そのためには住む人たちの願いや要望に耳を傾けねばならぬ。このような前向きの姿勢に水をかけるのが限界集落なる言葉であり、切り捨てを意味する脅しの声でもある。【押谷盛利】

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2009年05月28日

高給・好待遇の議員(見聞録)

 麻生首相と民主党・鳩山代表による党首討論が27日行われた。迫り来る解散総選挙を意識した論戦で、小沢前代表の秘書が逮捕された違法献金事件を受けて、政治資金問題が一つのテーマとなった。
 鳩山代表は企業・団体の政治献金とパーティー券を3年後に全面禁止する政治資金規正法改正案を提出することを表明し、与党に賛成を求めた。一方、麻生首相は、「違反の話を棚上げにして制度を変更せよというのは、理論のすり替えだ」と応じなかった。
 政治とカネの醜聞は日常的ニュースだが、そこまでしてカネを集めなければならないほど、国会議員は困窮しているのだろうか?
◇4月の名古屋市長選で初当選した河村たかし氏は、衆議院議員だった昨秋、「この国は議員にいくら使うのか」(角川SSC新書)を出版した。
 一部を紹介すると、まず、国会議員には年間約1560万円の給料が入り、ボーナスは630万円が2回。さらに様々な手当が付いて、年間収入は3500万円となる。
 手当のうち、最も金額の大きいのが「文書通信交通滞在費」で、毎月100万円、年間1200万円が支給される。
 ところが、「文書費」については、国会図書館の職員に頼んで様々な文書をタダで調査できるし、「通信費」も議員会館の電話代はタダ。「交通費」はJRや飛行機の利用に無料パス。これは、鴻池祥肇・前官房副長官が女性との旅行で利用したので記憶に新しい。「滞在費」も視察の場合は国の予算から出て、東京には立派な議員宿舎がある。
 つまり、いずれの費用も、すでに手厚くカバーされている。
 さらに、文書通信交通滞在費は領収書の提出が一切いらない。だから、子どもの学費に回したり、貯金したり、マンションのローンを払ったりしている議員もいるはずだ、と河村氏は指摘している。
◇このほか、委員長になると1日6000円の手当と、黒塗りの公用車がつく。政党には政府から年間300億円を超える政治資金が配られる。議員年金は、掛け金の7割が国庫負担で、例えば議員を10年すれば、年間350万円もらえる―。
 こう書き連ねると、いかに国会議員が高給で多くの特権に浴しているのか分かる。これでは国会議員に、我々庶民の感覚など理解できようもない。財政難なのに赤字国債をバンバン発行して、無駄遣い推奨の愚策や利用価値の低い高速道路に15兆円も計上するのが良い例だ。
◇さて、著者の河村氏は政権交代よりも議員改革を求めたが、国政では叶わなかった。特権階級に浴しているのは野党の民主党もそうだからだ。
 今度は名古屋市で改革の狼煙を上げる。地方発の議員改革に大いに期待したい。

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2009年05月27日

健康は自らの実践で

 ぼくは「元気じるし」の実践を心がけつつ、会う人ごとに「おめでとう」とエールを送るようにしている。
 孔子の論語に「友、遠方より来る。また楽しからずや」とあるが、元気な友人の顔を見ると「よかったネ、元気で会うことができて」「おめでとう」と笑みを浮かべて出会いを祝福する。
◇元気がなくなると、飯もうまくないし、外へ出る気も起こらず、家に籠もれば家族までが陰鬱になる。
 空元気でもいいからと声援を送りたい人がいるが、病気が巣食う体では空元気も出ない。
◇ぼくは霊感のような働きで、話し相手にぼくの元気が伝わってほしいと祈るのだが、こればっかりはご本人の心掛け次第であり、どんな名医やどんなありがたい宗教者が教えても、聞き流して、実践しなくてはヌカに釘で、効果はない。
 健康や病気に関する治療法、食餌法、生活法、運動法、健康食品、宗教などの情報は洪水のように溢れている。
 言わば買い手市場で、ありがたい世である。これは裏返すと、この種の情報が溢れる背景に病人や不健康な人が満ち満ちていることを証明する。
◇ぼくは痛いめ、しなや、苦しいめ、しなや、と親しい人に声をかけて、生活のしぶりのなかから自ずと健康を維持し、さらには体の改造を図るようすすめているが、その第一は、どんなよい話や感動した話でも実践しなくてはなんにもならないということである。
◇自然にさからってはいけない、という簡単なことでもなかなか実践できない。
 だれかが、体験した健康の話でも、聞いたときはなーるほど、と感心しても聞き流してはなにもならない。
 加工食品や工場生産された食品よりも手作りがよいといっても、それをしないからコンビニなどが繁昌する。
 体を冷やすからクーラーはほどほどに、といってもきかないし、車より自転車、自転車より歩けといってもすぐ自動車に乗る。
 タバコはアカンと知りながらやめない。深酒は肝臓を潰すといわれながらやめない。
◇倒れた後のみじめさ、身の世話を頼まねばならぬ哀れを思うとき、手を合わせて今の元気に感謝する。そして、元気じるし持続のためには何をなすべきか、ぞうさでも辛くても、よいと言われることは実践である。【押谷盛利】

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2009年05月26日

ブレーキ痕のない事故(見聞録)

 25日の午前、滋賀夕刊の事務所前で、乗用車がバス停脇のガードレールに衝突した。軽傷を負ったドライバーの女性は病院に搬送されたが、現場を見て驚いたのは、ブレーキ痕がまったく無かったこと。
 もし、ガードレールが無かったら事務所に突っ込んでいただろうし、もし、交差点だったら、大事故に繋がりかねない。
 この運転手、事故の直前にも別の現場で追突事故を起していた。最初の事故現場では意識が朦朧としていたようだから、何らかの薬を服用していたことが推測されるが、原因究明は警察に譲る。
◇その前日には、長浜市議が市内を運転中、背後から走って来た車に衝突されたが、運転手の女性は、持病で薬を服用し、運転中に眠ってしまったそうだ。
 薬の服用と交通事故には因果関係はあるのか。長浜署交通課に尋ねたところ、風邪薬など薬の服用が直接の原因になる交通事故は珍しいという。薬を飲んでいたとしても、他の要因、例えば過労による「仮睡」などで交通事故に繋がるケースの方が多いのでは、と説明している。
◇道路交通法では、過労、病気、薬物の影響などで正常な運転ができない恐れがある状態で、車を運転することを禁じている。
 例えば、眠くなる風邪薬を服用して運転した場合、道交法違反に該当する可能性があるわけだ。
 市販の風邪薬にも運転を控えるように注意書きがあったり、眠気を引き起さない薬が登場している。
◇もし、持病や風邪の症状で眠気を招く薬を服用するなら、車の運転は控えるべきだろう。それは過労や睡眠不足にも言える。

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2009年05月25日

春は生物の恋の季節

 春から初夏の季節は生物の蘇る時期で気分の浮かれやすいのが特徴。俗っぽくいえば恋の季節である。
 俳句に「猫の恋」という季語がある。早春の発情期のもの狂おしい行動を指す。雄猫が夜昼となく雌猫を恋うて、狂ったような声で鳴きわめく声はあまり聞きよいものではない。
◇いま、沼や川では夜な夜な蟇の鳴き声がうるさい。真夜中の静かさを破り、腹の底からしぼり出すような重いだぶ声である。雄が雌を呼ぶ愛のシグナルだが、悲痛ともいえる切なさを感じる。
◇つい、さきごろまで平地で聞くことの出来た鴬がすっかり影をひそめた。これから鴬を聞こうと思えば山へ登るのが手っ取り早い。
 鴬は別名「春告鳥」というように、春の到来を知らせる。早春に平地でさえずり始め、暑くなるに従い涼しい地帯に移動する。そのため高い山や、東北地方、北海道まで移動する。鴬の谷渡りは有名であり、谷から谷へ「ケキョケキョ」と美声を上げて渡ってゆく。あれも雄が雌を求める愛語である。
 俳人は、鴬に文学的な感性を持つのか、いろいろ風情のある名前をつける。
 幼鳥を笹子といい、冬に鳴くことを笹鳴き、春に初めて聞く鴬を「初音」、その他「匂い鳥」。
 「ケキョケキョ」から法華経を連想して「経読み鳥」ともいう。
 面白いのは山で鳴く夏の鴬を「老鴬」という。山へ上がるのは繁殖のためであるが、その元気ものの鴬を「老い鴬」とはかわいそうである。よぼよぼどころか、谷から谷へ渡って繁殖活動に精出す現役である。
◇鴬の美声に比べると気味悪いのは鴉の恋の声である。
 鴉の繁殖期も春であるが、春の初めごろから晩春へかけて高い木の上に巣をつくる。鴉のデートはなかなか時間をかける。雄がしつこく雌を追うが、なかなか「はい、どうぞ」と陥落しない。それとなく好意を示し、許す態度を見せるのだが、直前にさっさと身をひるがえして、別の電柱へ飛んでゆく。気の長い雄はあきらめることなく、どこへも、どこまでも追ってゆく。
 結ばれる直前の声は猫の恋を思い出させるほど切なく、無気味である。巣から孵った幼鳥の母に甘える声は音程が低く、うるさいのは人間の赤ちゃん並みである。冬空に向かって電線に列をなして調子よく鳴く姿は仲間意識を確認しているのか、朗らかで健康的である。
◇人間も春は恋の旬である。恋に悩む人、苦しむ人、落ち込む人、さまざまであるが、ものうい気分になることを「春愁」という。
 さくらの花のように人の心が華やかに浮き立つことのある半面、そこはかとなく悲しみや不安、うれいに襲われることがある。精神科の忙しくなる季節でもある。【押谷盛利】

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2009年05月22日

子供のころの父の流感

 インフルエンザと聞けば、ぼくは子供のころの忘れ得ぬ恨みを思い出す。
 そのころはインフルエンザとは言わず、悪性の風邪と承知しており、問わず語らず「流行性感冒」、略して流感と恐れられていた。
 確か昭和9年(1934)の冬で、ぼくは小学5年生だった。放課後、寺の境内で友人と遊んでいた矢先、突然父が通りかかり、ヘナヘナとぼくの肩に寄りかかり、いまにも倒れそうだった。仕事からの寄り道、とても家までは帰れず、ぼくの遊んでいる姿を見て、杖代わりにしようとしたらしい。
 びっくりしたぼくは、遊びどころではなく背にもたれる父を引きずるようにして家へ帰った。
◇翌日、学校から帰ると、父は寝室に重病人のように臥しており、部屋の戸の隙間は全部貼り紙で密閉し、傍に置かれた火鉢にはやかんの湯がしゅんしゅんと音を立て、部屋の温度は高められていた。母が湿布をしていたようだが、記憶は定かではない。
◇医師の診察で流行性感冒と分かり、部屋を温め湿度を高くし、絶対安静が命じられた。妙な話だが、医師はぼくら家族にウガイやマスクを教えることも、他人との接触を禁ずることもしなかった。
◇そのころ、ぼくの村は感冒の流行で沈痛な気分がみなぎった。
 村の戸数は200戸くらいと記憶しているが、流感は燃えひろがり、次から次へと死者が出て、村の火葬場のカマが冷えるいともないといわれるほどだった。
◇叔母が亡くなったのは父が回復した直後だった。
 しかし、学校が休みになることもなく、患者の家の子が登校を止められることもなかった。学校で特別な予防法や対策を講じることもなく、ウガイもマスクも手洗いさえも指導された記憶がない。
◇ようやく冬が終わり、春の4月5日は村の祭だった。
 子供神輿の役が当たっていたぼくに、その日の朝、お祓いを受けるよう世話方から達しがあった。なんで?と不思議がっていると、近親者に不幸があり、けがれを祓うという。お祓いを受けたのは他にも7、8人あった。
 いま、平成の新型インフルを目にして、まさに感無量である。【押谷盛利】

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2009年05月21日

ついに滋賀へも(見聞録)

 新型インフルエンザの感染者が20日、大津市内で発生し、県内の全県立高校と、湖南6市の小中学校が26日まで全面休校となった。大学のほか、図書館などの県立施設も休業となり、保育所も閉鎖された。
 滋賀は、兵庫、大阪と電車1本で繋がっているため、感染者の発生は時間の問題とみられていた。
◇昨日、所用のため草津市に電車で出かけたが、乗客の半数以上がマスク姿だった。湖北地域ではマスク姿はまだ少数派だが、人口の多い湖南地域は危機感が強いようだ。
 企業からの指示なのだろうか、スーツ姿の乗客にマスク姿が多く、逆に高校生や大学生とみられる若者の着用率はそう高くなかった。
 草津の知人は「車内でマスクをしていない人の隣には絶対座らない」と話してくれたが、マスクは新型インフルエンザへの対策というよりも、エチケットやマナーという側面が強いように感じた。
◇さて、県の思い切った休校措置に困惑しているのが、小学生や幼い子どもを持つ家庭。保育所も学校も休みでは、共働きの場合、子どもをみてもらう場所がない。
 県は事業所に、育児や介護のために休まざるを得ない従業員に休暇を与えるなどの「特段の配慮」をお願いしているが、そう簡単に休みを取れないのが実情。知人も小学生の子どもをどうしようかと、悩んでいた。
◇今回の新型インフルエンザは「弱毒性」で、症状は季節性インフルエンザと大差はない。国内では250人を超える感染が確認されたが、死者は出ていない。このため、都内で初めて感染者が確認された東京では学校や保育園の休校・休園、集会の自粛などは行わなかった。
 そういった状況下での県の措置に、大げさ過ぎるのでは、との批判もある。だが、学校現場で感染が拡大することを考えれば、止むを得ない判断だし、いつか訪れるであろう強毒性のウイルス感染への予行演習と受け止めれば、納得できそうか。

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2009年05月20日

新型インフルと日本人

 メキシコ発の豚インフルに世界が戦々恐々である。豚の名誉を尊重したのか、いつの間にやら「新型インフル」と呼ぶようになった。
 牛でひどいめにあったり、鶏インフルに肝を潰したり、今度は豚。そのうち猫、犬とおかしな菌が人間を襲うかもしれない。
 百年前、世界を恐怖のどん底に追いやったペストは鼠が原因で、人間は鼠の血を吸ったノミから伝染した。
 医学は疱瘡を追放したし、結核も死病でなくなり、性病もペニシリンで退治した。
 不治の病といわれた癌も放射線や抗ガン剤、手術で治したり、寿命を引き延ばしたり、有りがたい恩恵に浴している。
◇限りなく前進する医学だが、人間を襲う病菌もさるもの、手を替え、品を変えクスリを上回る強さで生き残る。またエイズのような新しい敵もあらわれる。
 医学の歴史は病菌との戦の歴史かもしれないが、敵が存在する限り、ゆめゆめ油断はならない。
 逆に病菌の側からいえば、人間をはじめ生物が存在する以上、これを餌にしてはびころうとする生殖本能をやめることをしない。
 どちらが勝つか負けるかはともかく、やられたら損だからやられないようにしなくてはならぬ。
◇犬や猫は道路や草むらに捨てられている汚いものや腐ったものでも平気で食う。
 彼らの胃袋や腸は人間さまとは格が違う。さまざまな菌に出会っているし、栄養がどうの、こうのと騒ぐことはなく、彼らなりの天寿を全うしている。
◇新型インフルにやられているのは中・高校生に多いようだが、これは学校という多数のものがふれあう環境の影響が一つ。いま一つは病原菌に対する抵抗力がないからだろう。
 感染するわけだから人混みの中へ入らぬことは一つの予防対策といえる。マスクやウガイも大事だし、注意されていることは守らねばならない。いつもいうぼくの持論だが、やられない体を普段から心がけることである。
 それをなんぼいっても、ぜいたくで、ずぼらな日本人は実行しないが、生活のあり方も、食事の仕方ももっと素直に、自然に従わないといけない。
 いずれ紹介するが、死期を迎えたガン患者でも正しい食生活と医療に従えば治療することが証明されており、お互い、めんめん、痛いめをしたり、苦いクスリを飲んで、高いカネを使う愚を悟って、健康な体をつくってもらいたい。【押谷盛利】

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2009年05月19日

日常生活、再点検を(見聞録)

 新型インフルエンザの感染者が大阪、兵庫で拡大している。19日午前11時までに国内では計173人の感染が確認されたが、死者は出ていない。大阪、兵庫では約4000校が休校となり、大阪市内のある中学校では、東京への修学旅行のために集合したJR新大阪駅で、中止が告げられた。
 一部の高校生はカラオケ店に繰り出すなど臨時休校を満喫しているようだが、カラオケボックスのような密閉空間では、感染者がいた場合、さらなる感染の可能性が高くなる。
 短絡的な行動に、大人達は眉をひそめるだろうが、パワー溢れるこの世代にとって、新型インフルエンザなど、どこ吹く風なのか。
◇長浜市でも、今週、来週に修学旅行を控えていた小学6校が延期を決めた。行き先は大阪市のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」などだった。感染の危険性を考えると、延期は止むを得ない判断だろう。
 スーパーや量販店でもマスク姿の店員が目立ち、入り口に消毒薬を設置しているところも。
 滋賀夕刊の事務所の隣りにあるコンビニでも店員がマスク姿に変わり、レジ横のおでんコーナーは閉鎖。客の目に付くところに石けんやウイルス除去スプレーを並べ、予防をアピールしている。
◇さて、今回の新型インフルエンザは「弱毒性」とされ、その症状は一般的な季節性インフルエンザと大差ないようだ。楽観や油断は禁物だが、過剰反応は避けたいところ。
 一般市民は冬のインフルエンザと同じく、マスク着用で「うつらない」「うつさない」を心掛け、うがい、手洗いを励行したい。発熱などの症状が出たら、長浜保健所に電話して指示を仰ごう。何より、規則正しい生活と健康な食生活で病気への抵抗力を付けたい。
 新型インフルエンザ流行を、日々の生活スタイルの反省と再点検の機会として捉えてはどうだろうか。

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2009年05月18日

子孫のために借金残す

 西郷隆盛は「子孫のために美田を残さず」という有名な言葉を残したが、わが麻生太郎は子孫のために借金を残す。
 首相提案の総額15・4兆円もの補正予算は野党の反対を押し切って自民党・公明党で可決した。経済危機突破という名目で、予算の大盤振る舞いを断行したが、どう使うのか。ばらまきによって、実質的効果なく、役人だけが喜ぶお大尽景気に終わる可能性が心配される。
 何よりも的確な不安は借金返しに消費税を上げる算段が見え見えである。
◇しかし、情報化の進んだ今日、国民はいつまでも「はい、さよう」「ご無理ごもっとも」と政府の舵取りを鵜呑みにはしない。
 民主党が小沢退陣後の代表選で鳩山由紀夫を選んだ直後の16、17日、朝日が実施した世論調査がそのことを露骨に証明している。衆院比例区の投票先について前回の実施(4月18、19日)では、民主が32%だったが、今回は伸ばして38%に。自民は前回の27%が25%に落ちた。
 政党支持は民主が26%(前回21%)、自民25%(前回同)。
 望ましい政権は民主中心が45%(前回41%)、自民中心28%(前回29%)。
 一番興味を呼ぶのは次の首相にどちらがふさわしいかの質問。
 鳩山が断然リードして40%、麻生は29%。小沢辞任前の前回は麻生が37%で、小沢の23%を退けた。
◇鳩山民主党に寄せられた国民の支持と期待は、このほど実施した代表選における選挙演説が反映している。
 彼は消費税について、ここ4年間は議論することさえ避ける、と明言し、はっきりと消費税のアップを否定した。
 そうはいうものの、麻生内閣が残してゆくであろう、厖大な赤字国債のつけは100%、次の世代にかかってくる。その苦しい財政のなかで、国の安定と国民福祉を進めてゆくのは容易ではないが、一筋の光明は長く続いた自民党的台所のからくりを一新して、国民のための視点に立つ政治の大転換である。
◇ぼくは、16日行われた民主党の代表選における鳩山、岡田両候補の演説をラジオで聞いたが、政策的、政見的な訴えよりも、目の前にぶら下がりかけている政権を何が何でもつかまねばならないとする挙党一致の姿勢と近づく総選挙へ勝利への呼びかけであった。
 鳩山当選後の新執行部はいかに、と注目されていたが、これまた鮮やかな総選挙対策の挙党一致体制となった。
 これまでの民主党なら必ず、内部騒動やポストの争奪戦で不穏な影を残したが、今回はそれがない。これは政権取りを国民にアピールした大人の面構えである。
 幹事長を岡田克也にし、岡田がこれを引き受けたのは響きのよい一石であった(敬称略)。【押谷盛利】

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2009年05月16日

フードバンク(見聞録)

 「フードバンク」という言葉をご存知だろうか。直訳は「食べ物銀行」となるが、食料メーカーなどから市場に出回ることのない余剰品を集めて、ホームレスや被災者、低所得者など、食べ物に困っている人に配るシステムを指す。
 フードバンクには、その主旨に賛同するメーカーや小売店から食料が無償で提供される。ラベルの貼り間違いで出荷できない商品や、消費期限が迫った在庫などで、野菜、果物、缶詰、菓子、パンと品物は様々。
◇昨日、ボランティアグループ「セスタバジカ」の代表を務める長浜市南田附町の泉泰弘さんから、フードバンクの存在を教えられた。
 このグループは、不況に伴って解雇されたブラジル人ら南米系市民を支援するため、今年2月に立ち上がったばかり。
 県立大環境科学部准教授でもある泉さんは、元青年海外協力隊員。その活動で身に付けたスペイン語を生かして市内で南米系児童らに日本語を教えているが、日々の食べ物にさえ困っている南米系市民の苦境を知り、支援に乗り出した。
◇大学のある彦根市を活動拠点にし、在京のフードバンク組織から送られる食料や、市民から寄付された米、粉ミルク、紙おむつなどを生活困窮者に届け、長浜市内でも南米系市民が集う教会を通して食料を配っている
 「セスタバジカ」はポルトガル語で「生活必需品」を指し、「生活困窮者に食料を分け合う風習」との意味も持つ。
◇食料自給率4割の日本は、食材の多くを輸入に頼りながら年間約2000万㌧もの食料を廃棄している。そして今は製造現場で雇用していた外国人労働者を次々と切り捨てている。
 カネに物を言わせて人と食料を世界中からかき集め、不用になれば粗末に扱う。日本の社会構造はこのままで良いのだろうか。南米系市民の境遇とフードバンクに寄せられる食料に、あれこれ考えさせられた。

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2009年05月15日

小泉と小沢の後は?

 好き嫌いは別として、小沢一郎という政治家はおもろい男である。
 21世紀初頭の日本の代表的政治家を問われれば、ぼくは躊躇することなく小泉純一郎と小沢一郎の2人をあげる。
 どちらもアクが強く、信念と決断力に男らしさがあふれている。
 小泉純一郎は自民党を中からぶっ壊そうとし、小沢一郎は外から壊そうとした。
◇歴史と伝統でがんじがらめの自民党はよきにつけ、悪しきにつけ、とにもかくにも日本丸をここまで漕ぎつけてきた。しかし、その組織のゆがみと権力の横暴さは天罰を受けるにふさわしいもろもろの悪徳・悪虐を積み重ね、摘出以外に救いようのない悪性腫瘍を増殖してきた。
 その反省に立って、自民党に大鉈を振るおうとしたのが小泉であり、小沢であった。
◇世論調査で次の総理にだれがふさわしいかは、常に小泉がトップを占めている。次期衆院選には出ないと声明している彼に、いまなお政権を託そうとする熱い心が国民にあるのはただごとではない。
 小泉によって自民党を改革し、日本の進路の安全と国民の幸福を、と考える国民の平均的政治感覚である。
◇小沢は西松建設をめぐる政治献金による秘書の逮捕前までは、次の総理に、小泉に次ぐ第2位にランクされていた。
 豪腕、壊し屋、陰険などと批判を浴びながらも常に政局に存在感を示し、ある種のたのもしさを感じさせていた。彼が民主党の後入りにも拘わらず、代表を3年も持続し、党も世間も解散後の勝利と彼の総理を信じたのは、昨年の参議院選の圧勝による。
◇正直言って、国民は次の総理に戸惑っている。国民の気持ちに合う型破りの政治家が見当たらないからである。
 小沢の代表辞任によって、その後任の代表選が16日に行われるが、鳩山がなるにしろ、岡田が当選するにしろ、党内には一筋縄でゆかぬ論客がたむろしているから一本化の挙党態勢は難しい。
 千軍万馬の自民党と渡り合うには強い求心力が必要だが、残念乍ら2人にはお坊ちゃん型の弱さが気にかかる。
◇麻生太郎は小沢のお陰で寿命が延びたと慢心しているかもしれないが、小沢は55年体制の残り粕を今に引いている古い体質で、西松献金問題そのものが、日本の政治の改革を誘う神のみ心である。だから小沢失脚が麻生復活にはならない。そこに歯痒さが残る(敬称略)。【押谷盛利】

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2009年05月14日

ごみ増やす「エコ」?(見聞録)

 長浜市大依町のごみ最終処分場の移転計画。移転先の米原市番場地区が苦渋の思いで受け入れを容認しようとした矢先、突然の縮小計画で、地元や地権者は複雑な思いだろう。
 人間が、今までのようにモノを浪費する生活を続ける限り、ごみ問題はついてまわる。湖北地域でも米原市番場に限らず、第2、第3の大依は次々と生まれるだろう。
◇現在、不景気を理由に政府がカネとモノの無駄遣いを推奨している。ばらまきの典型である定額給付金に加え、「環境に優しい」との理由で家電製品の購入に「エコポイント」なる補助金を出す方針で、関連予算が13日衆院を通過した。
 エコポイント制度は、一定の省エネ基準を満たした家電を購入すれば、価格の一定割合をポイントに換算して購入者に付与。後に他の商品の購入などに使える仕組み。
 「エコ」とは言うが、消費喚起の経済政策で、税金を使って国民に家電の買い替えを推奨しているだけ。「エコ」という言葉が、税金をばら撒く免罪符に思えてならない。
◇次から次とモノを生産し、消費する今の社会構造は決して「エコ」ではない。新たなごみを次々と生み出し、山や海に埋め立てる。
 今回のエコポイント制度を分析する限り、「エコ」は、結局、消費喚起の宣伝材料に過ぎず、さらに、今や与党の選挙対策の道具にされている感さえある。
◇今の日本の消費至上主義とも言える暮らしぶりでは、この狭い国は近い将来、ごみだらけになりはしないか。
 ごみを埋め立て、自然環境を破壊すれば、今は大丈夫でも何十年、何百年と時が経てば、土壌や地下水が汚染されてゆく。例え、現代の科学的見地で「安全」であっても…。
 「自然環境を守れ!」の掛け声の本音は「人間を守れ!」だろう。しかし、現実はその反対の政策が経済の名で進められる。自然環境が破壊されることで不利益を被るのは我々の子どもや孫達。
 生産と消費を求める経済構造と、物質的豊かさを求める日々の生活をどう転換させるか。そこに知恵をしぼるべきであろう。

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2009年05月13日

小沢退陣の教えるもの

 権力は、おぞましいものである。ぞっとするほど疎ましい嫌な感じで、湖北地方の方言では「よぞくろしい」という。
 よぞくろしい、は、おぞくろしいの音変化で、「あいつは、よぞい男だ」といえば、気の荒い、恐ろしい、腹の悪い男ということになる。
◇権力は握っている側も奪う側も、見える見えないはともかく、血で血を洗う戦いをしなければならぬ。
 王道楽土にはそれはないが、ほとけの世界ならぬ人間界のことだから戦いは不可抗力である。
◇小沢一郎という政治家が失脚寸前、片足を土俵に残して、民主党の代表という権力の座を降りたが、新春早々は次期総理と自他ともに許していただけに、笑顔の奧には悔しさと怒りが渦巻いているにちがいない。
 簡単にいえば、権力に溺れて、墓穴を掘ったことになるが、後世の史家が分析して自民党との権力争いのおぞましさを立証するかもしれない。
◇いま、日本の政治権力は自民党の麻生太郎が握っているが、これまでの守りの麻生に、攻めの小沢一郎の構図が一変した。
 西松建設の政治家への暗い献金は、小沢一郎の秘書と西松建設の前社長の逮捕で追及の火は燃え盛るかに見えたが、多分、小火で終わるのではないかと推測される。
◇実は西松建設の献金問題は、与野党を通じて権力のおぞましさを証明する典型的な一例であり、権力与党の自民党は、敵の急所に一撃を加えるだけで十分だった。それ以上の深追いは自軍が火の粉をかぶることを知っていた。
◇小沢は、やられたと歯ぎしりをするが、その歯ぎしりを反転攻勢にして再度権力への挑戦権を確保するか、さらには頂点に達するか。通常の政治家ならば、日暮れ近い淋しさを覚悟しなければならぬが、不死鳥の如き小沢だけにこのまま泣く泣く退場とは考えにくい。
◇小沢問題を考えるとき、自民党も民主党も国民に顔向けならぬ背信行為をした。
 それは何か。政治家が国民に誓うべき政治不信の解消に何一つ寄与してこなかった。むしろ、政治不信を募らせて、与野党が傷のなめあいをしてきたではないか。
 国家と国民の経済的困窮を前に、政治浄化への真摯なる議論を棚上げして、国会活動に中だるみを許した不信行為こそ問題である。【押谷盛利】

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2009年05月12日

辞任のタイミングと理由(見聞録)

 民主党・小沢党首の辞任表明は唐突だった。西松建設の巨額献金事件で公設秘書が逮捕されてから2カ月余り。世論の批判、党内の解任論がくすぶり続けた上での表明は、遅きに失したとも受け取れるが、政権奪取への強固な信念の表れと前向きに捉えたい。
 有権者が民主党に求めているのは、「政治とカネ」の醜聞に明け暮れる自民党政治からの決別だ。醜聞が出た以上、潔く辞任するのが、小沢党首に求められていた。
 「自らの身を引くことで民主党の団結を強め、挙党一致をより強固にしたい」と語った小沢氏。西松建設事件について「一点のやましいところもない」と強調したが、民主党には新しい党首の下で、金権まみれの政治を刷新してもらいたい。 
◇一方、辞任の理由がすっきりしないのは、長浜市の前教育長。本人は「1市6町合併は新しい感覚の人に」と理由を述べたが、突然の辞任から10日余りが経過し、「市長との対立が原因では」との噂が広まっている。
 長浜市の押谷友之市議が公開しているブログ(インターネット上の日記)では、「教育長はなぜ消されたか」「勃発するか、市長VS教育界の全面戦争」との過激な見出しで、教育方針を巡って対立する市長の「イビリ」で、教育長が辞めざるを得なかったのでは、と推測している。
 ブログによると、骨折して入院中の市長が、見舞いに訪れた教育長に「いつになったら辞表を出すんだ」などと語ったというエピソードも紹介され、押谷市議は「気に食わないからイビリ出しただけ」と記している。
 いずれも断定的な表現を避けているため、その真相は定かでないが、市議会6月定例会で市長への集中砲火は避けられそうにない気配。
◇1市6町合併を控える大事なこの時期に、教育のトップ不在の不幸を憂うのは小生だけではあるまい。

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2009年05月11日

浦島太郎と竜宮城の話

 ぼくはときどき、今の世のありがたさに「これは、ほんまの娑婆なんやろか」と身をつめってみたくなることがある。ほんまの娑婆でなかったら、どこで生きているんや。
 それでぼくは、子どものころ習った浦島太郎の竜宮城に思いを馳せる。小学校では三学期になると学芸会があって、各クラスとも歌や劇を披露するが、この日を楽しみに親も参観する。
◇学芸会の定番は浦島太郎で、なかなか人気があった。
 なぜ、浦島太郎に人気が集中したのか。
 竜宮に住む美しい乙姫にあこがれるのか。それとも美女たちにかしづかれ、鯛や鮃の舞を見て、普段見たことも食べたこともないご馳走に幸せ感いっぱいの浦島太郎を夢見るのか。
◇「むかし、むかし浦島は助けた亀に連れられて、竜宮城に来てみれば絵にも描けない美しさ」。
 こういう歌の始まりで幕は開くが、恩返しをする人間の道徳を子どもに分かり易く、物語り風に教えるのは素晴らしい童話の世界である。
 浦島物語の悲劇は、玉手箱を開けた瞬間の現実の自分である。
 竜宮に招待されたころの浦島は若さが溢れていたが、土産にもらった玉手箱を開けたとたん、竜宮での無限の青春が現実の人間の歴史に空間を逆なでして、白髪豊かな老人になっていた。周りを眺めても知る人はだれもいず、すべては竜宮での夢の世界だった。
◇ついこの間まで、列島は桜の花で湧いた。花よ、祭よ、と、みんな浮かれ気分だったが、それが葉桜となり、野も山も若葉、青葉の萌えるころになった今、ちまたは「ひらとつつじ」の真っ盛り。農村へいくと桐の花がうす紫に美しい。山の斜面にはひときわ目の覚めるような藤の花の枝垂れが心を癒してくれる。
 いつの間にか花水木は散ったが、それに代わって空木の花が咲き始めた。
 山も野も、街も緑と花の美しい初夏の風景。
 人間は、車に、電車に、飛行機に、珍しい風景か、おいしい食事か、買い物か、目的はともかく、観光地は人の波、百貨店や有名店舗は女性や若い人で溢れている。
◇じっと、深く観察していると、だれもかれも、今、浦島になっているのではないか。ある日、突然、頭が真っ白になって「あれは夢だったのか」と幻滅する日を恐れるのである。【押谷盛利】

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2009年05月08日

健康の7つの条件とは

 医者にかかっていないから、入院していないから、健康なんだ、と考えがちだが、そうではない。
 健康の7つの条件の最大のものは、決して疲れない、ことだと書いたが、これは、ぼくの実践しているマクロビオティック(長寿法)の説である。
 それでは、①疲れないことのほか、他の6つの健康の条件は何か。簡単に紹介しておく。②欲をもつこと③よく眠ること④よい記憶をもつこと⑤決して腹を立てない⑥よく喜び、機敏であること⑦かぎりなく感謝の気持ちをもつ。
◇以下、その各項目について説明する。
【欲をもつ】
 食べ物に、性に、活動に、知識に、仕事に、そして健康、自由、幸福に対して欲をもつ。
 限りない欲求は健康のあかしであり、欲がなければ進歩も発展も、人生の楽しみもない。
 しかし、持続的に大きな欲をもち続けるためには欲の過剰を避けねばならぬ。食べ物は八分めほどで、すこし腹を空かしておいたほうがよい。過剰は欲求を減少させ、次第に生命の活動力を鈍らせる。
【よく眠る】
 よく眠ることは、長時間眠ることではない。深く短時間眠ることである。よい眠りは、目覚めている間の肉体的、精神的活動の結果であるから、目覚めてから思い出すような夢を見てはならない。
 悪い夢、不安定な夢を頻繁に見るのは精神病の一つの徴候といってもいい。
【よい記憶をもつ】
 記憶は判断の母である。よい記憶は健全な精神活動の基盤となる。記憶の中で一番重要なのは精神的記憶であり、それによって過去への限りない感謝と未来への望みを発展させることができる。
【決して腹を立てぬ】
 われわれは無限の宇宙に住み、環境と調和して生きているのだから、腹を立てる理由はない。腹を立てるということは、理解し、抱擁することのできない無能力、忍耐と根気の欠如を示す。漢字の「怒」は心の奴隷を意味する。
【よく喜び、機敏であること】
 積極的で、創造的な人生を送るには、たえず変化している環境に柔軟に反応することが必要。表現を正確に、行動を敏速に、行為に節度を、思考は明瞭に。
 反応は喜びとユーモアに満ち、楽観主義と健全な思考がほかのすべての人を包むようでなければならぬ。
【感謝の気持ちをもつ】
 あらゆる人、あらゆる生物はすべて兄弟姉妹である。
 あらゆるものを感謝の念をもって受けとり、たとえ病気であっても、その病気の原因が自分にあることを認識し、それを知る機会をもったことに感謝する。限りない感謝の念をもって、宇宙の秩序に運命を委ねることができたら健康である。【押谷盛利】

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2009年05月07日

渋滞と子どもの数(見聞録)

 最長で今週末の10日まで続く今年のゴールデンウイーク(GW)は、高速道路1000円乗り放題の影響で、行楽地は軒並み賑わっているようだ。
 高速道路は50㌔を超える渋滞が発生し、サービスエリアにも入れない程の混雑ぶり。海外旅行も航空機の燃油サーチャージが一時に比べて大幅に下がったため、人気が高い。
 不景気や新型インフルエンザなど、社会不安を煽るニュースが相次ぐが、各地の行楽地や道路の大混雑に、日本の行く末はそう暗くないと、納得したくなる。
◇さて、GWに遠出して渋滞に巻き込まれた読者も少なくないと思われるが、インターネット調査会社「マクロミル」がドライブに関する興味深い調査結果を公表している。
 マイカー運転中のドライバーが、「嬉しい」「不快」と感じる同乗者の行動について集計したもの。
 不快な行動ナンバー1は「渋滞で機嫌が悪くなる」で、回答者の3分の1を占めた。高速道路などで渋滞すれば、ドライバーはイライラしがちなのに、同乗者まで機嫌が悪くなれば、たまらないといったところか。
 このほか、「車内を汚す」「運転の仕方を指図する」「運転手を残して眠る」どが不快な行動の上位を占めた。
 一方、嬉しかったのは「食べ物や飲み物を渡す」「話しかけてくれる」「運転の疲れを気遣う」など、運転手への優しい配慮が楽しいドライブの秘訣と言えそう。
◇もう一つ、GW関連の話題。5日の「子どもの日」に合わせて、総務省が15歳未満の子どもの数を公表したところ、1982年から28年連続で減少し、過去最少の1714万人になることが分かった。
 総人口に占める割合は13・4%で、人口3000万人以上の31国と比較すると、世界最低の水準だという。
 ますますの少子化で、日本の将来に不安を抱くが、2006年から出生数が増加に転じているのが、せめてもの明るい話題か。10年後、20年後もGWの行楽地が子ども達の笑顔と歓声で溢れ返っていれば、と願う。

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2009年05月02日

読者との距離、縮めたい(見聞録)

 先日、長浜市内の女性からはがきを頂いた。竹生島宝厳寺の本尊御開帳の紹介記事で、長浜港からのフェリー出発時刻を記載したところ、「かゆいところに手が届く編集」と、褒めて頂いた。その女性は竹生島へ行くため、琵琶湖汽船の時間を調べたいと思っていたが、忙しくて暇がなかったという。
 新聞制作者にとって、批判や叱咤も含め、読者からの反応は何よりの励み。
◇先月30日に長浜市の教育長が任期途中で突然辞職したが、市役所担当課は「一身上の都合」とその理由を述べるだけ。
 記者会見もなく、辞める理由が分からないまま、市長との不仲説が流れ、不明朗な何かを感じさせた。
 辞職するのは本人の自由だが、「一身上の都合」では読者は納得しまい。というので、教育長に思いを語ってもらった。その内容は1日付け紙面で紹介した通りだが、その取材で念頭にあったのは読者の「なぜ?」に応える記者としての説明責任だった。
◇滋賀夕刊には、ちょくちょく「よろず相談的」な電話を頂く。「会社の経営が傾いている。どうすればいいのか」「上司にいじめられている」といった職場の話題から、「今年のツバメの巣作りは例年になく早いのでは?」という季節ネタ。このほか、公共施設の場所や電車の時刻を尋ねる電話も少なくない。
 1週間程前には「近くで美味しいステーキを食べられるお店は?」との電話が入ったが、そういう読者との距離感を気持ち良く思う。
 湖北地域に根ざして今年で50年。読者から気安い手紙や電話が寄せられるたびに、新聞を発行できる喜びを噛み締めている。
 「かゆい所に手が届く」。そんな紙面づくりを心掛け、読者との距離をより縮めたい。

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2009年05月01日

クスリ漬けと生活習慣

 友人のA君は血圧が高くてクスリを飲んでいる。クスリを飲みながら尻から煙が出るほどタバコを吸っている。
 ある日、ぼくは彼に、血圧を正常化しようと思うなら生活習慣を思い切って変えた方がいいのでは、と言い難いことを助言した。
 まず、タバコをやめること、次に酒もやめること。
 彼は笑いながら「好きなものはやめられへん」と、相変わらずクスリ漬けの生活を固持している。
◇人間は神さまの有り難い贈りもの「自然治癒力」によって、病気や傷を自力で快癒することができるが、それには前提があって、自然に逆らわない生活、感謝と祈りの生活、正しい食生活をしなければならぬ。
 われわれは、もともと健康な肉体を授かってこの世に出て来たが、それを当たり前のように過信して、横着になってくるから、ときどき神さまが注意してくださる。
 それが痛み、かゆみ、発熱、せき、嘔吐、疲労感、不快感、食欲不振、不眠などの形で現れる。
◇言わば自覚症状だが、それは神さまからの「気をつけなさい」という有り難い信号であり、それを素直に受け止めて、生活習慣の上で正してゆくことを心がけず、一方的にクスリに頼って、問答無用とばかり、クスリで症状を抑えるから、肉体上のトラブルが生じたり、クスリなしではいられない体質になっていく。
◇病気はすべて、発症前に前ぶれがあり、軽いうちは自己流の手当てやクスリでカバーするが、長引いたり、調子がおかしいと医師の診断を受ける。
 日本の現代医学は西洋医学と同じで、病症を部分的に追って、内臓は内科、できもの(腫脹)は外科といったふうに治療が個別化、専門化するが、本来、病気は肉体と精神のからみあった複合的遠因を秘めており、環境や生活習慣と関係するところが大きく、ことに大事なのが食生活である。
 しかし、そうした総合的健康指導や治療は施されず、レントゲン写真や数々の検査の数値を病理的に追及して、経験則による病症退治一辺倒に走る。
◇人間の健康にとって大事なことは初期の信号、お知らせに敏感であること。
 前ぶれをしかと受け止め、なぜ、疲れるのか、なぜ痛いのか、せきが出るのか、めまいがするのか、食欲がないのか、眠れないのか、その他、あらゆる肉体上の異変について、なぜ?と問いかけ、心当たりがあれば反省し、生活習慣を変える努力、意識の変革を大胆に実践すること。
 実はそれが自然治癒力を強くすることにつながり、クスリ漬けから身を守ることになるのだ。【押谷盛利】

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