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桜の花と若者の雰囲気

 桜が咲き出した。妙なもので、ちらほら咲き始めると少々寒くても春を実感し、心が晴れてくる。出不精なものでも外へ出たくなり、桜餅でも食べてみようかという気になる。
◇桜は何といっても三分咲きくらいが情緒がある。海津大崎あたりは言うに及ばず、長浜城、彦根城など観光地、あるいは湖岸通りや河川の土手などに何十、何百本もの桜が列をなして咲き始めるころのほのぼのとしたピンク色の風情は、思わずのめり込みそうになるほど魅惑的である。
 不思議といえば不思議で、三分咲きくらいなのに、打ち続く並木全体が咲きそろったような感じで、あたり一面がぽぉっと薄くれないの靄がかかる。まるで桃色の靄がただよっているかのようである。その桃色の薄煙が土手に長く続いている光景こそ花見の醍醐味といえるのではないか。
◇あたり一帯を桃色に染めたような桜並木は遠くから見れば夢のようで、いつまでも立ち止まってその薄くれないの雰囲気の中に埋没したいほどの誘惑を感じるのはぼくだけだろうか。
◇桜は三分咲きをよしとするが、それは五分咲き、満開への期待感が心の中で発酵するからである。
 満開の豪華さを花万朶と大仰に表現するが、こうなると一見華やかではあるが、淋しさがこみあげてくる。見る側の気分を高めてくれる三分咲きと違って、全体の色彩感が白々として素っ気ない風情を見せるからである。
◇ピンク色が消えて白くなるのは、人間でいえば若さがなくなって老化が始まったようなものである。20歳前後の娘と30歳、40歳の女性の顔や姿態を比べたようなものである。
 満開の哀れは散り始める必然を宿しているからである。
◇昔から「娘十八、番茶も出花」というが、三分咲きの桜はそれこそ娘十八の美しさである。
 人間にも未完の魅力があるといえよう。最後はどう変化するか分からないが、可能性を秘めて学びの途上にある学生の魅力は定年近い熟達人間の比ではない。夢というか、全体に虹色の雰囲気を持つのが若さである。若ものよ自信を持て、羽ばたけ。【押谷盛利】

2009年04月06日 17:13 |


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