滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2009年04月30日

レベル「5」、市民は何を?(見聞録)

 豚インフルエンザは感染源のメキシコから、欧米、アジアに広がり、パンデミック(世界大流行)の可能性も出てきた。
 WHO(世界保健機関)はきょう30日未明、警戒レベルを「5」に引き上げた。パンデミックの一歩手前という警告で、事態はいよいよ深刻になってきた。
◇新型インフルエンザは、人類史の中で繰り返し発生し、その度に多くの死者を出してきた。
 1918年から2年間にわたって世界で大流行した「スペイン風邪」は、約6億人が感染し、死者も4000~5000万人にのぼったとされる。国内で約40万人が亡くなったそうだ。
 2年間をかけて、世界中にまん延したスペイン風邪だが、人が世界中を行き交う現代社会では、新型インフルエンザがひとたび発生すれば瞬時に世界中に広がる危険性をはらむ。
 すでに欧米をはじめ、韓国や香港でも感染の疑いのある患者が発生して、その危険性を証明している。さらに広がるのか、各国政府が封じ込めに成功するのか、成り行きを見守るしかない。
◇さて、封じ込め対策は政府や医療機関に委ねるとして、我々、一般市民はどのような心構えであるべきか。
 まずは正確な知識を身に付けること。
 新型インフルエンザの症状は、高熱、頭痛、関節痛のほか、のどの痛み、鼻水など、一般的な風邪の症状と似ていて、重症化すれば肺炎などを併発する。
 感染は、感染者のくしゃみや咳によって空気中に飛散した唾液や鼻水を吸い込むことによる。また、汚れた手で鼻や目を触ることでも感染する。ようは、冬の時期のインフルエンザと同じ。
◇次いで、日ごろの行動。
 基本的には、一般的な風邪対策と同じ。外から帰ったら手洗いと、うがい。規則正しい食事と生活リズムを心掛け、病気への抵抗力を付ける。また、風邪が流行している時期にはなるべく人ごみを避けること。
 風邪の症状がある場合は、マスクを付けて、唾液、鼻水が飛散するのを防止する。これは、従来からのエチケットだ。
 そして、何よりも正確な情報の把握。新聞、テレビ、ラジオのチェックは欠かせない。

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2009年04月28日

彦根市長選に思う(見聞録)

 彦根市長選は現職1人に新人4人が挑む乱戦となり、獅山向洋氏(68)が3度目の当選を果たした。
 獅山氏の得票数は投票のわずか4分の1。有権者は市政刷新を望み、獅山氏に「ノー」を突き付けたが、新人の乱立で批判票が分散し、獅山氏の「漁夫の利」となったわけだ。
 彦根市は、築城400年祭を契機に誕生したマスコットキャラクター「ひこにゃん」が全国的人気を集め、観光客は大入り。しかし、ひこにゃんフィーバーの影で、市政課題は放置されてきた、との印象を持っている。
◇小生は以前、彦根で記者をしていた。中島一市長が舵取りを担い、多賀、豊郷、甲良町との合併協議を進めていた頃だった。
 豊郷小学校の解体問題で、大野和三郎町長(当時)の強引な手法が全国的な批判を浴びたのを一因に、市民アンケートで合併反対の意見が過半数を占め、合併協議は破たんした。
 その合併反対の急先鋒だったのが獅山氏だった。その後の市長選では全中学校での給食導入、彦根城の世界遺産登録など、公約の「大盤振る舞い」で有権者の支持を集めたが、当時からこの公約には疑問符が付いていた。
 というのも、彦根市には全中学校に給食を導入するほどの財政的余裕がなく、中島市政時代も導入を模索したが、断念していた。
 世界遺産だって、すでに姫路城が登録されているから、同じ城郭として現実味が薄かった。
 案の定、この4年間の獅山市政では、中学校給食を実現できないばかりか、県内13市で最悪の公債費比率、市立病院の診療制限・病床閉鎖・大赤字、ひこにゃんの著作権騒動などが問題化した。世界遺産登録の実現も未知数のまま。
◇彦根市長選で、30代の会社役員、40代の元県議、60代の市民派市議2人と、計4人もの新人が立候補したことは、有権者にとって嬉しい材料だ。まだまだ、彦根市には人材が豊富なのだと安心できる。
 一方、「信任を得た」「批判票ではない」とうそぶく獅山氏は、耳の穴をよく掃除し、有権者の声を頭に叩き込むべきだろう。
◇さて、こちら長浜市では市長選まで1年を切った。選挙区が伊香、東浅井郡にまで広がり、人材の幅も広がると期待される。そこで、今回の彦根市長選の結果から何を学ぶのか。
 まずは有能な人材の立候補が必要なわけで、そのうえで、政策、実行力、人物像、人脈などを吟味。時流に沿った公約とその裏づけは欠かせない。言いっ放しの「口約」では困るし、市政の舵取り役がビラで他候補をネチネチ批判するのも頂けない。
 ところで、合併を成功させ、新市長のイスにも意欲的と言われる川島信也市長は、骨折からわずか1カ月で復帰。その恐るべき回復力と、再選への執念が、目下の巷の話題となっている。

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2009年04月27日

病気を誘発する反自然

 メキシコ、アメリカ、ニュージーランドからの豚インフルエンザのニュースが世界の食品界を痛打している。大分前の話だが、イギリスから出発した狂牛病がアメリカから日本にも渡り大騒ぎした経緯は、いまなお要注意で推移している。
 狂牛病の原因は禁じ手である牛の餌料に牛骨を利用したことが問われた。いずれ豚インフルの原因も解明されるであろうが、人間の勝手による反自然の飼育法や飼料が天の神さまからおとがめを受けたのかもしれぬ。
 鳥インフルの場合も野鳥に責任を負わしたりしているが、野鳥がウイルスに感染したとしてもその原因を追えば自然を破壊し汚染し続ける人間の科学と物質文明の報いとも考えられる。
◇ぼくは、連載して疲労症候群を追及し、真の健康は疲れを知らないことだと書いた。クスリや照明で24時間眠らせることなく食べさせ、卵を生ませる養鶏法は鶏の生命を反自然の地獄に追いやるもので、その報いが鳥インフルの発生につながるのかもしれない。
 現代文明は自然を征服することにその価値を見出し、そのことを産業と結びつけ、富の拡大をねらうが、自然破壊による神の怒りに鈍感なのが心配である。
 日本人は急速な文明の進歩に酔い、科学を過信しているが、その報いが高齢化社会の介護や医療費を直撃し、不健康な老後を不安のどん底に追いやっている。
 歴代政府は業界におもねっているというのか、被害や問題が極点に達して、どうにもならなくなってから対策を講じており、言わば泥縄式で、国民の立場に立つマクロな施策に欠けている。
 禁煙一つを例にとっても欧米より遅れており、公害対策もまた同様である。
◇公害対策の中で無視されているのは、JRなどの駅のプラットホームにおける騒音である。電車の到着前後から繰り返し放送される不快な声や音響は利用者の神経をいらいらさせ、ストレスを増幅させるが、それの規制は全くなく、野放し同様である。
 そのほか、自動車による騒音と排ガス、及びその臭気、工場から出る不快臭なども身体だけでなく精神を傷つける作用をもたらす。
 そういった環境上のストレスがわれわれの疲労現象の一因になっていることを見逃してはならないし、おしなべて反自然の生活や環境が慢性疲労を蓄積してゆく。その結果が病気を誘発する。【押谷盛利】

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2009年04月24日

健康とは疲れないこと

 ぼくが生活信条として実践している健康法に「マクロビオティック」という精神文化がある。
 その理論の出発点は物質文明を築いてきたギリシャ以来の方式を反省して、宇宙の秩序、自然の法則に調和する生活の実践である。
 世界各国でマクロビオティックによる生活革命を指導しているのはアメリカ在住の久司道夫氏で、その多数の著書(英語)はドイツ語、フランス語、オランダ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語に訳され欧州各国で評判になっている。
◇その理論のうち、特に注目を呼ぶのは健康に関する定義である。
 それによると健康とは病気のない状態ではない。健康は病気から身体を守るということによって確保されるものではない。
 健康とは肉体的、精神的、霊的に、より積極的な創造と進歩の状態であると定義し、つぎの7つの条件を満たさねばならない。
 ①決して疲れない②欲をもつこと③よく眠ること④よい記憶をもつこと⑤決して腹を立てない⑥よく喜び機敏であること⑦かぎりなく感謝の気持ちをもつ。
◇読者はこの7つの健康の条件を読んで、その筆頭に書かれた①「決して疲れない」に注目されるであろうと思う。最近、筆者が連続して取り上げているテーマは「慢性疲労症候群」である。
 国民の多くが慢性疲労におちいっているという現状は言葉を換えれば国民の多くが健康でないということを物語っている。それを考えながら、マクロビオティックの健康の定義をかみしめたい。何よりも明々白々に分かり易く言っている健康の条件の筆頭が「決して疲れない」ということをしっかり記憶してもらいたい。
◇疲れることは健康でないどころか、それが慢性化すれば病気である。それは厚労省の関係者が指摘している通り、脳の働きをおかしくし、免疫反応の異常をもたらす。
 マクロビオティックの指導者・久司道夫氏は「もし健康なら毎日の生活でどんな疲れも感じないはず」と断言する。
 一日仕事を終えて「ああ疲れた」と溜め息をもらしたり、グチをこぼすようでは健康といえない。ときに仕事で疲れを感じることがあっても、すこし休んだり、睡眠を十分にとって回復できるようでなければならない。肉体だけでなく精神的にも疲労を感じてはならぬ。このように久司氏は説くが、読者の皆さんはどう反応するだろうか。
◇おそらくクスリ漬けの人は眠りも浅いだろうし、よく疲れるであろうし、いらいらの不安定な生活をしているのではなかろうか。
 ここで、ぼく自身について言えば、うれしいことに、ありがたいことに、ぼくは疲れを知らない。「ああ、しんど」といって横になったことがないし、なろうとも思わぬ(つづく)。【押谷盛利】

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2009年04月23日

旅仲間とサハラ砂漠へ(見聞録)

 モロッコ旅行のハイライトはサハラ砂漠観光。世界一の巨大砂漠に簡単に足を踏み込める国としての魅力だ。日本からも年間1万5000の観光客が訪れており、その多くが砂漠に足を運んだことだろう。
 サハラ砂漠は東西5600㌔、南北1700㌔、面積1000万平方㌔。アフリカ大陸の実に3分の1を占める。
◇今回の旅は、スペインを経由したことで日程が限られており、自力でサハラ砂漠まで足を運ぶのは難しいと半ば諦めていたが、幸い、古都マラケシュで個人旅行者向けの砂漠ツアーを利用することができた。価格は車両や日程によって様々で、4WDをチャーターすれば、数万円。小生はミニバスでの2泊3日のツアーを申し込み、約1万円だった。
 旅の道連れとなったのはチリ、アルゼンチン、イラン、ロシア、フランス、スペイン、アルメニア、オーストラリア人の計13人。20~30代の男女。
◇同国中部に位置するマラケシュから、アルジェリアの国境付近に広がるサハラ砂漠までは寄り道しながら片道約600㌔。4000㍍級の山々が連なるアトラス山脈を通過するため、思いのほか時間がかかる。
 雪化粧の山々の中腹を縫うように走りぬけると、岩と砂の大地が目前に広がる。
 道中、城壁で囲まれた要塞「カスバ」跡が点在していて、その昔、部族間の紛争が耐えなかったことを物語っていた。
◇マラケシュを出発して2日目の午後3時ごろ砂漠のほとりに到着。ここからは、ラクダの足を借りて、幾重にも連なる砂丘を越えてゆく。ベルベル人の青年と少年がラクダを引く。
 道中、サンセットを見るため、ラクダを降りて小高い砂丘を駆け登るが、足が砂の中に沈む。一歩が半歩、「4分の1」歩になるという具合。
 夜は砂漠の中に張ったテントで過ごしたが、頭上に広がる満天の星空は圧巻。余りの星の多さと輝きで、冬の星座として有名なオリオン座がまったく目立たない。流れ星も見放題。砂漠ツアーの一番の醍醐味だろう。
◇さて、旅の仲間。半数を占めたアルゼンチン人らラテン系は常に陽気ながらも、時間にルーズ。集合時間に遅れるのがマナーなのかと疑いたくなった。
 英語堪能のロシア人は社交的でいつも会話の中心に。ベトナム生まれのフランス人は仲間の輪に加わらず、いつも写真を撮っていた。アルメニア人はオーストラリア人の彼氏との婚前旅行で、甘えてばかり。イラン人は妙にベルベル人の衣装が似合い、「砂漠の民」も顔負け。
 彼らと寝食を共にできたのも貴重な経験、良き思い出となった。

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2009年04月22日

クスリ漬けと慢性疲労

 ミツバチが激減して農家が困っているという話。ハチの大量死のかげにひそむものは何か。小さなものの異変が無気味な何かを感じさせる。
 日本だけの話ではない。アザラシやイルカの大量死など地球を襲う生命の衰退現象の背景に何が存在するのか。現代文明がもたらした脅威は、ガンなどの病気を誘発するだけでなく、見えないかたちで生命の根源を脅かしており、すでに10年以上も前の1996年にアメリカでシーア・コルボーンほか2人が「奪われし未来」を出版し、合成化学物質の危険性に警告を発している。
 さらにそれより遥か前、1962年(昭37)に、同じくアメリカでレイチェル・カーソンがその著「沈黙の春」で合成殺虫剤の被害で鳥が減っている事実と人体汚染を告発している。
◇地球温暖化を含めて今日の地球的危機はその原因を単純に環境汚染と、きめつけているが、その根は深く複雑で、科学万能を過信する近代社会の反自然体質にメスを入れなければならぬ。
 最近、ぼくが警告している「慢性疲労症候群」一つをとらえても背筋の寒くなる恐怖を覚えるのだ。国民の成人の3分の1が半年以上続く慢性疲労に苦しみ、その半数が日常生活に支障を来し、しかも脳の働きがおかしくなったり、免疫反応の異常を来すというのであるからただごとではない。
◇19日の大新聞にはインフルエンザの治療薬タミフルの薬害が報ぜられている。
 服薬した10歳以上の子どもは、服薬しなかった子どもに比べ、飛び降りなどの深刻な異常行動をとるリスクが1・54倍高いという厚労省研究班の分析結果である。
 薬害の恐怖については、これまでにサリドマイド(睡眠薬、つわりのクスリで多数の奇形児を生んだ)。キノホルム(整腸剤、服用して脊髄炎、下肢の麻痺を多発)。クロロキン(マラリア、リュウマチ、腎炎に効くとされたが、長期服用で網膜症に)。ソリブジン(ヘルペス・ウイルスに有効とされたが、骨髄抑制などの重い副作用を生じた)。薬害エイズ(血友病の治療用血液製剤がウイルスで汚染されているという指摘を無視して多くのエイズ感染者を出した)。薬害肝炎(止血目的で投与された血液製剤によるC型肝炎の感染で、多数の被害が出た)。その他にも薬害を指摘されるケースが後を絶たない。
◇今、告発されている慢性疲労症候群にしても一般常識では考えられない一種の病気であるが、なぜ、こうなるのか。明らかにされていない。明らかにされぬどころか、その実態の把握や対策すら講ぜられていなかった。
 クスリ漬けを放任している厚労省の役人と製薬会社の癒着が疑われるところであり、慢性疲労の日本人はクスリ漬けの薬害によるのではないか、と、そう疑っても不思議ではない。【押谷盛利】

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2009年04月21日

乗り合いと相部屋(見聞録)

 海外旅行者に欠かせないのは乗り物。欧州では鉄道網が発展しているので、都市間移動は鉄道でこと足り、時刻も割と正確なので、旅行プランも立てやすい。
 アフリカ大陸のモロッコの主流はバス。国営バスが網の目のようにして走り、それに輪を掛けて民営バスがキメ細かなルートを取っている。庶民プライスで、モロッコ人の足として重宝されている。時刻は、かなりいい加減で、予定時刻より20分も早く出発してしまうこともある。
 バスに次いで「使える」のがタクシー。「プチタクシー」と「グランタクシー」の2種あり、プチはプジョーやシトロエンの小型で、同一市内を乗り回す短距離移動用。メーターを倒すので明解料金。
 一方のグランは主にベンツのセダンで、都市間の中・長距離移動を担当。乗り合いのため、乗客の数によって料金は異なるが、たいていの場合は都市間で統一されている。乗客がラジオに合わせて歌い出したり、おやつを交換したりと、車内は何かと楽しい。
 多い時は助手席に2人、後部座席に4人乗り込むことになり、同乗者の体臭が匂ったり、肥満だったりすると、道程は苦しいものとなる。
◇鉄道は大西洋に沿うように南北に走っている。本数が少ないうえスピードも遅いが、ゆったりとシートに腰掛けて車窓の眺めを楽しめるのが魅力。
 車内は4人掛けのシートが向かい合って1つの部屋を形成する「コンパートメント」タイプ。
 見知らぬ同士が相部屋になることから、あいさつに始まり、乗客がお年寄りや女性なら荷物の上げ下ろしを手伝うのがマナー。
 その車内で気になったのは、食べ物を分け合う風習。乗客が何かを食べる場合、部屋の中の全員に配る。クッキーやキャンディーなら理解できようが、サンドイッチを手でちぎったり、缶ジュースを開けて渡されたりと、その徹底ぶりに困惑する。
 列車内で見知らぬ人から貰う食べ物には睡眠薬が入っているかもしれない、というのは旅行客の間では常識だから、遠慮したいところだが、乗客の雰囲気からその危険性はなさそうなので、いただいた。断ったところで、モロッコ人の機嫌が悪くなるということもないが…。
 モロッコで出会う数多くの親切。それにさえ警戒しなければならない程、旅行客は各国で痛い目にあっている。

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2009年04月20日

「日本滅びます」の警告

 17日の時評で、衝撃的な情報として「慢性疲労症候群」について書いたが、問題が余りにも深刻すぎるので人助けと国の財政のため、世間に警告を発したい。
 厚労省が今年から研究班を作ってこれの検査法と診療法の開発に乗り出すというが、日常生活に差し障りが出るほどのこの厄介な慢性疲労。脳の働きや免疫反応が異常になることが最近の研究で分かった。
 おかしな犯罪や殺人事件が発生するたび、なぜ、と疑問に思うときがあるが、脳の働きがある日突然、おかしくなることが原因となっている可能性も否定できない。
 日本人の成人の多くが、クスリ漬けになっている病状体質は免疫反応の異常と関係があるかもしれない。
◇慢性疲労をなくすることは容易ではなかろうが、もし検査法とその治療法が開発されれば、この厄介ものの苦から逃れられるであろうし、これが因子となる他の病気の抑制や退治にも役立つはず。
 国民が慢性疲労から解放されれば、国民の健康状態は画期的に向上するし、国の医療費予算を圧縮することにもなる。
◇ところで、ぼくには合点のゆかぬことが一つある。疲労症候群という、けったいな症状である。今まで対策を講じていなかったことから「見捨てられた病気」ともいわれるが、そもそも日本人の成人の3分の1が慢性疲労というのが分からない。
 ぼくは戦前を知っているから特に感じるのだが、そのころの農家は夜から夜へ働いた。朝は朝星、夜は夜星を仰ぎながら仕事に精を出し、日曜も祭日もなく、雨が降れば雨衣を着て野良へ出た。
 都市の労働者や店員はどうだったか。多くは8時間労働制も週休もなく、残業の続く激しい勤務だった。一家の生計を担ってる戸主はもちろん、家族みんな粗食に甘んじながら遊ぶ間もなく働きづめだった。
 いまのように車で通勤したり、旅行や外食といった暮らしは夢のまた夢であった。それでも疲れて、倒れたものはなく、クスリ漬けになることもなかった。どんなに疲れても一晩寝れば翌朝はすっかり元気を回復して仕事についた。
◇ぼくは父の背中や足を踏んだり、肩叩きをしたが、肩をもむと凝っているのがよく分かった。
 首から肩に、けんこう骨あたりが腫れていた。「けんびきを引いてくれ」といわれて、親指と人差し指、中指で、ぐいぐいつまみあげるとポキポキと軽い音がした。
◇いまの世代は、楽をして、うまいものをたらふく食って、よいもんを着て、冬は暖房、夏は冷房し、ひまがあったら遊びにいったり、テレビを見たり、それで何で疲れるんや、慢性疲労になるんや、と言いたくなるのだが、とにかくなるんやからこれは何かが狂っている。
 この狂いを直さない限り、日本全国民が地獄行きになること必定。それをニューギニアの青年は「日本滅びます」といった(以下続く)。【押谷盛利】

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「日本滅びます」の警告

 17日の時評で、衝撃的な情報として「慢性疲労症候群」について書いたが、問題が余りにも深刻すぎるので人助けと国の財政のため、世間に警告を発したい。
 厚労省が今年から研究班を作ってこれの検査法と診療法の開発に乗り出すというが、日常生活に差し障りが出るほどのこの厄介な慢性疲労。脳の働きや免疫反応が異常になることが最近の研究で分かった。
 おかしな犯罪や殺人事件が発生するたび、なぜ、と疑問に思うときがあるが、脳の働きがある日突然、おかしくなることが原因となっている可能性も否定できない。
 日本人の成人の多くが、クスリ漬けになっている病状体質は免疫反応の異常と関係があるかもしれない。
◇慢性疲労をなくすることは容易ではなかろうが、もし検査法とその治療法が開発されれば、この厄介ものの苦から逃れられるであろうし、これが因子となる他の病気の抑制や退治にも役立つはず。
 国民が慢性疲労から解放されれば、国民の健康状態は画期的に向上するし、国の医療費予算を圧縮することにもなる。
◇ところで、ぼくには合点のゆかぬことが一つある。疲労症候群という、けったいな症状である。今まで対策を講じていなかったことから「見捨てられた病気」ともいわれるが、そもそも日本人の成人の3分の1が慢性疲労というのが分からない。
 ぼくは戦前を知っているから特に感じるのだが、そのころの農家は夜から夜へ働いた。朝は朝星、夜は夜星を仰ぎながら仕事に精を出し、日曜も祭日もなく、雨が降れば雨衣を着て野良へ出た。
 都市の労働者や店員はどうだったか。多くは8時間労働制も週休もなく、残業の続く激しい勤務だった。一家の生計を担ってる戸主はもちろん、家族みんな粗食に甘んじながら遊ぶ間もなく働きづめだった。
 いまのように車で通勤したり、旅行や外食といった暮らしは夢のまた夢であった。それでも疲れて、倒れたものはなく、クスリ漬けになることもなかった。どんなに疲れても一晩寝れば翌朝はすっかり元気を回復して仕事についた。
◇ぼくは父の背中や足を踏んだり、肩叩きをしたが、肩をもむと凝っているのがよく分かった。
 首から肩に、けんこう骨あたりが腫れていた。「けんびきを引いてくれ」といわれて、親指と人差し指、中指で、ぐいぐいつまみあげるとポキポキと軽い音がした。
◇いまの世代は、楽をして、うまいものをたらふく食って、よいもんを着て、冬は暖房、夏は冷房し、ひまがあったら遊びにいったり、テレビを見たり、それで何で疲れるんや、慢性疲労になるんや、と言いたくなるのだが、とにかくなるんやからこれは何かが狂っている。
 この狂いを直さない限り、日本全国民が地獄行きになること必定。それをニューギニアの青年は「日本滅びます」といった(以下続く)。【押谷盛利】

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2009年04月18日

親切と喜捨の狭間で(見聞録)

 スペインからフェリーでジブラルタル海峡を横断し、モロッコに上陸。バスで6時間ほど揺られ、古都フェズに到着した。日本の京都・奈良といったところか。
 リュックを背負い、バスターミナルを出た頃には、すでに日が沈み、通りは夕闇に包まれていた。夜の賑わいを見せる市街地へ、安宿を探して歩き出すと、すぐに恰幅の良い中年男性に捕まった。
 言葉は分からないが、「どうした?どこに行きたい?」と質問しているようで、安宿を探している旨を伝えると、今度は散歩している青年らを呼び止め、何やら相談して、安宿のある方向を指差しで紹介してくれた。
 頬への熱烈なキスと抱擁のあいさつで解放されたが、この親切と人懐っこさに、イスラム教国を体感できる。
 安宿に到着するまで数人のモロッコ人に捕まり、先述の男性と同じく宿探しを助けてもらった。結局、安宿は、大通りに面した1泊1000円程度の部屋に。シャワーは水、トイレは共同だが、受付の男性は英語が通じ、室内は清潔だった。
◇親切すぎる歓迎を存分に受けた訳だが、翌日以降は、困った親切の攻撃に閉口することとなる。
 例えば、フェズ観光の目玉、旧市街地の「スーク」(市場)歩きを楽しんだ時のこと。狭い路地が迷路のように入り組むスークでは、好き勝手にウロウロしていると、すぐに迷ってしまう。
 そうすると、どこからともなくモロッコ人が現われ、広い路地への戻り方や、写真スポットなどを紹介してくれる。その好意を受け入れると、ほぼ必ずチップを要求されてしまう。
◇イスラム教国では裕福な人が貧しい人に施す「喜捨」を推奨している。チップとは異なる風習だが、モロッコの観光地ではそれを拡大解釈しているのではないか、と疑う。エジプトでも同様の経験があり、観光地でしきりに「バクシーシ!」(喜捨)と、おカネを要求され、うんざりした。
 イランやウズベキスタン、マレーシアなどでは、そういう場面に遭遇しなかったことから、イスラム教国すべてに当てはまる訳ではなさそう。
◇親切の押し売りのあげくのチップの要求には戸惑うが、彼らが旅行者を見つけては笑顔で道案内などを買って出るその姿に、モロッコ人の陽気さとたくましさを見た。

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2009年04月17日

衝撃的な2件の情報

 虎姫町中野の本徳寺住職大村治さんから19日行われる講演会のお誘いを受けた。その案内の冒頭に出ていた外国人の言葉が異状にぼくの頭にこびりついた。そのまま書き写すと次の通り。
 「田畑には老人ばかり、若い人 レストラン、レストラン お金、お金、 日本滅びます」(14年前、日本に炭焼き研修に来たパプア・ニューギニアの青年の言葉から)。
 外国人の眼に映った日本人の生活風景が活写されていて思わず、ぎくりとさせられるが、問題の根は深い。
◇次は、4月9日付朝日の中村通子・編集委員の記事であるが、これまた衝撃的な内容で、ぼくは頭をぶん殴られたような気持ちで何回も読み通した。
 その記事の発信源は厚労省だが、念のため記事を分かりやすく解説する。
 厚労省の調査では、日本人の3分の1が半年以上続く慢性疲労に苦しんでおり、しかもその半数は日常生活に困るほど疲れているという。
 日常生活に困るというのは日常生活に差し障るからだが、こうなればだれが見ても病的であり、その慢性化はさらなる病気を誘引する可能性もあり、看過されるべき問題ではない。
 ところが、今日に至るまで医学的な対応はほとんどされていないというのである。
◇この慢性疲労は「見捨てられた病気」ともいうべきで、厚労省は今月に入ってやっと研究班を作った。
 ドロ棒を捕らえて縄をなう感じがしないでもないが、しかし研究にかかるというのであるから見捨てるに比べれば画期的な前進である。
 それでは、研究班はどんな目的を持つのか。
 「これが慢性疲労症候群」だと判定する科学的診断基準を開発するのがねらい。いわば慢性疲労を正確に診断する検査法で、例えば糖尿病の血糖値を考えれば分かりやすい。血糖値のような数値に基づく簡単な検査法によって正確な診断が出来れば過労は防げるし、治療法の開発も可能である。
◇研究班は慢性疲労の治療の権威者である関西福祉科大学の倉恒弘彦教授を中心に大阪市大、名大、九大、国立さいがた病院の4病院で患者データを集めて簡単にできる検査法をつくり、11年度に全国共通の診断指針をつくる。
◇ところで、慢性疲労症候群になると、どうなるのか。脳の働きや免疫反応が異常になることが最近の研究で分かってきているという。
 ぼくの頭を衝撃的に打ったのはこの点である。脳の働きがおかしくなったり、免疫反応が異常になったらどんな事態が発生するか。
 脳の働きは「精神性」に関わることで、ある日、あるとき、突然、人が変わったような大事件を起こす可能性もあり、そうでなくても通常考えられぬ反社会性行動の因子になるかもしれぬ。免疫反応が異常になれば治る病気が治らなくなったり、かからなくてすむ病気にかかることにもなる。
 その恐怖の慢性疲労に日本人の成人の3分の1が苦しみ、その半数は日常生活にも差し障るほど、というのであるから問題は余りにも深刻である。これについては、さらに私見を展開して世論に訴えたい。【押谷盛利】

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2009年04月16日

ジブラルタルを渡る

 欧州から南西に突き出たイベリア半島のスペイン。その南端の港町アルへシラスは、アフリカ大陸モロッコへの出発ゲートだ。
 目前に広がるのはジブラルタル海峡。幅14㌔の海峡を大型タンカーが次々と通過している。
 アルへシラスでフェリーに乗り込み、船内でモロッコへの入国手続きを済ます。2時間半ほどで、対岸の港町タンジェに到着する。
 スカーフを被った女性から、ここがイスラム教国であることがうかがえ、日差しの強さに、アフリカに上陸したことを納得させられる。
◇モロッコは日本人にとって馴染みが薄いが、日本のスーパーで売られているタコやイカの原産地は、モロッコが多い。
 日本の約1・2倍の面積を持つ同国は、タコ、イカ、イワシなどの水産業に加え、ジャガイモ、トマト、オリーブ、柑橘類などの農業が盛ん。欧州からの観光客も重要な外貨獲得手段だ。
 同国はアトラス山脈により、東西に隔てられている。西側は緑の豊かな農地が広がり、東側にはサハラ砂漠に代表される荒涼の大地が続く。
 人口は3000万人余り。最大の都市は、ラテン語で「白い家」との意味を持つカサブランカ。映画のタイトルにもなり、異国情緒をそそるが、都市化して観光に向かない。ちなみに首都はラバト。知る人は少ない。
◇アラブ人の国だが、「ベルベル」と呼ばれる先住民族も3割を占める。藍の布を頭と体にまとい、ラクダを操る「砂漠の民」の姿が一般的イメージだろう。ベルベルは「野蛮人」を意味するギリシャ語が由来で、侵略者のアラブ人や古代ローマ人によってそう呼ばれたが、本人らは先住民族として誇りを持って自らをそう呼んでいる。
◇さて、このモロッコ。イスラム教国であるにも拘わらず、比較的自由な風潮がある。
 例えばイスラム教では女性のスカーフは必須だが、同国の着用率は8割位だろうか。都市部の若い女性ではさらに下がる。ピンクや黄色、青色など鮮やかな色使いで、刺しゅうの入ったオシャレなデザインも目立ち、宗教警察の取り締まりが厳しいイランの黒スカーフとは大違い。
 飲酒も許され、国産ビール「カサブランカ」もある程だ。伝統的旧市街地などでは販売されていないが、新市街地やレストランでは購入できる。
◇同国はアフリカ大陸にありながら、南ヨーロッパの一角を自称している。複雑な政治情勢から国境を接する西サハラ、モーリタニア、アルジェリアとの交流が少なく、唯一、スペインとの国境のみがオープン化しているためだろう。
 フランス植民地時代を経てフランス語が幅広く使用され、地理的、歴史的観点からも西欧との結びつきが強く、欧米文化に寛容。
 世界で最も安全なイスラム教国の一つと言われる所以だ。
 イスラム教とアフリカの風土、文化を一度に楽しめるうえ、堅苦しくないモロッコ。旅行者にとって是非訪れたい国である。

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2009年04月13日

曳山祭の伝統と格式

 桜の開花を前奏曲に、湖国に春を呼ぶ長浜曳山祭がいよいよ13日から始まる。
 いまは4月執行のいわゆる春祭であるが、江戸時代から昭和の戦前までは秋祭だった。
 戦後、秋から春に変更したのは秋の収穫期の最盛期を避けて、桜の季節に合わせ、近郊近在の農家の長浜詣での最適期を考えたものであろう。いわば観光政策といってもいい。
 しかし、観光だからといって、祭のやり方や祭礼の日を変えることは許されぬ。戦後、観光面を重視して、土曜、日曜に執行するようにとの意見が出たことがあるが、山組や総当番の会議で一蹴されたことがある。
 厳粛なる神事なるがゆえに時勢に左右されることなく、古来からの伝統と格式を守るべきだ、と。
◇ちなみに「長浜市史3」は江戸時代の長浜町民の心意気と郷土愛について触れているが、この中にある寛政9年(1979)9月付の祭の日程表が興味深い。
 これは諫皷山・御堂前組の「祭礼留」に記録されている山組若衆惣代2人、中老惣代2人当番、横目が連印の上、町年寄に提出された請書である。
 その内容は次の通り。
 ▽13日=御幣頂戴。朝五ツ時(午前8時)当番町役人・若衆1人を連れて社参し、当番町役人方へ勧請する。
 ▽13日=くじ取り。当番、加番役人、若衆1人だけを召し連れる。申し渡されたことは厳守する。
 ▽14日=場馴し。晴雨に拘わらず、七ツ半時(午前5時)。八幡宮境内への曳山引き入れは日中限りで人数を引き取る。
 ○引山=大物なるゆえ、互いに礼儀をただし、挨拶を励行し、非礼の口論が起きないように。
 ▽15日=一番山、未の上刻(午後1時)に御旅所に曳き付ける。
 15日、雨天。戌の刻(午後8時)までに雨天の場合は役人相談の上、延引の願いを行う。戌の刻過ぎに降雨の場合は急いで進めること。延引の願いはできない。
 ▽15日=御輿還御。夜九ツ時(午後12時)に行う。山渡りが遅れて時刻に間に合わないことが分かったときは、山組役人ども相談の上、狂言・場所なども抜いて、夜九ツ時に還御できるようにする。
 狂言仕組=写本でき次第、中老分へ差し出し、判断の上、役人中に差し出すこと。
 ▽13日=狂言見物。役人中が見分し、長い狂言はその夜に指図して短くする。
 ▽仕組狂言=若衆が仕組む狂言は、ひらがな2300文字以内とし、無言の狂言など仕草を入れないこと。
 ▽短い狂言=例年より短い狂言でも刻限より延引すれば指図により中止となる。
 以上は誓約の請書として総当番へ提出したものである。
◇祭礼の曳山狂言は各山組の若衆によってすすめられ、中老を後見として実施した。
 会計は若衆に任され、多額の経費は頼母子講による利息の益金や他所から山組に居住した養子、家屋敷購入による町入り金などが当てられた。
 祭が盛大となり費用もかかるので、折にふれ領主から派手にしてはならぬ、との達しもあった。
◇記録によると、彦根藩主の井伊直中は曳山を二回、彦根に運ばせ、欅御殿で観覧している。
 江戸期から昭和の10年ころまでは12の曳山が全部出て、子供狂言が行われたが、長浜町衆の祭りにおける意気込みもさることながら、これを支えた長浜商人たちの経済力のしたたかさを知ることができる。【押谷盛利】

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2009年04月10日

精子の激減と若い男子

 少子高齢化現象が国の将来を危うくさせるのでは、と心配されているが、この問題を単純に、今の若ものは子どもをつくりたがらない、ときめつけるのは間違っている。
 生みたくとも妊娠しない男女の肉体について科学のメスを入れる必要もあろうし、結婚年齢が30代から40代に、いわゆる晩婚傾向になっていることも見逃せない。
◇さきごろ、「オスのメス化を心配」する時評を書いたが、これは人類の破滅につながる恐るべき心配で、アメリカでは10年も前、1996年、シーア・コルボーン他2人の学者が成人男性の精子の激減を発表し、それの影響が生殖能力にとどまらず、脳の発達や行動にも関わっている疑いがあるとして大反響を呼んだ。
 日本の為政者は鈍感なのか、化学産業のお金もうけの機嫌を損ねたくないためか、少子化の根本原因追究に予算を使わない。
◇シーア・コルボーンらの訴えた本は「奪われし未来」で、出版当時、アル・ゴア米国副大統領が推せんの序を書いている。
 この本には巣をつくらないワシ、孵化しないワニやカモメの卵、ヒトの精子の激減など地球を襲う生命の衰退の背後にあるものをあらゆる分野の研究や調査によって追究しており、日本の少子化とも無関係ではない。
 著者は生命の根源を脅かすものとして合成化学物質の危険性と生命の謎に迫っており、読むほどに背筋から寒気を感じさせる。
◇ぼくが声を大にしたいのは、このごろの若い男性の弱さややさしさを「草食系男子」などと時代の風潮にまぎらわせてはいけないということである。
 例えば作家の渡辺淳一氏はその著「欲情の作法」で最近評判になっているが、この中で彼は、男の性、女の性の本質に触れ、「男は振られる生きものであるから、せっせと何人もにアタックせよ」と先輩顔をするが、なぜアタックできないのか、そのことの追究が出来ていない。
◇草食系男子といわれ、やさしくて弱くなったのは、実は肉体上の化学物質の汚染によるものであり、その汚染は母乳を介して赤ん坊が取り込む。その結果、男子の精子は質、量とも低下し不妊の原因となるだけでなく、オスのメス化や、さまざまな病気の原因になるとも指摘している。
 オスらしくない優しい男子が増えているから渡辺さんのいう恋愛が出来ないのである。そして、少子化時代を招くのである。【押谷盛利】

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2009年04月09日

春を告げる火祭り(見聞録)

 スペインの地中海に面した都市バレンシア。オレンジとは関係無い。人口約80万人のこの街は、毎年3月中旬にスペイン3大祭りの一つ「サン・ホセの火祭り」が開かれることで知られる。
 街の広場や通りに「ファヤ」と呼ばれる張り子の人形が展示され、その数は大小600体。大きなものは高さ30㍍にもなり、ビルと肩を並べるようにそびえている。
 地区ごとに1年前から構想を練り、人形を作りあげるという。政治を風刺したものや、漫画タッチのものなど、様々な人形がお目見えする。
 人気投票で1番になった人形以外は、すべて祭りの最終日の3月19日に燃やす。
 なお、サン・ホセは、スペイン語で「聖ヨセフ」(キリストの父親)を指し、その職業が大工だったことから、大工職人の守護聖人として崇められている。大工の間では、この日に古くなった材木や木屑などを集めて、大きな焚き火をする習慣があり、この祭りの由来となっている。
◇祭りのクライマックスまであと3日というタイミングで、バレンシアに到着。駅前に広がる市街地は歩行者天国となり、あちこちにチュロスやビールなどの屋台が出ている。
 ヨーロッパ中から火祭り目当ての観光客が大挙するのだろう。通りは人で溢れ返り、安宿はどこも満室。
 中心市街地から地下鉄と路面電車を乗り継ぎ、ビーチに面したホテルに空き部屋を見つけ、荷物を置いて市街地に繰り出した。
◇火祭りゆえに、人形が炎に包まれる最終日を楽しみにしていたが、その前日と前々日に行われた献花パレードが華やかで印象深かった。
 民族衣装をまとい、カーネーションの花束を手にした老若男女が、市街地を練り歩いて大聖堂裏手の広場を目指す。音楽隊も参加し、賑やかだ。
 広場には高さ10㍍を超える巨大な聖母像をかたどった木製の骨組みがあり、捧げられた花を隙間なく差し込んで、聖母を描き出す。
◇この華やかなパレードに、夢中でカメラのシャッターを切り続けたが、日が沈んで街灯に火が入っても、終わりそうにもない。
 ホテルで貰ったプログラムに目を通すと、午後4時に始まったパレードが終わるのは深夜1時。地中海沿岸とはいえ、夜は冷え込む。観光客は寒さに震えながら、ライトアップされたパレードを楽しんでいた。
 2日間で計18時間ものパレードが終了すると、広場には鮮やかな花のマントを覆った聖母像が完成していた。
◇スペインでは、バレンシアの火祭りが本格的な春の訪れを告げると言われるが、聖母像の優しげな表情は、それを代弁しているようだった。

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2009年04月08日

オスのメス化を心配

 ぼくの知人に結婚請負業のような仕事をして成果をあげている熟年女性がいる。
 いわゆる「仲人業」で、結婚を望む男女を引き合わせて、手とり足とり、首尾よくゴールインさせるのが腕前。年齢や経歴、職業、国籍などさまざまだが、とにかく男女双方を引き合わせ、ゴールへ結びつける大役だから、出雲の神さまの神徳と世話好きの両面を備えなければならない。
 もちろん、それが本業だから市や町がやっている相談所のようなボランティアではない。出来上がれば成立祝金でまとまった謝礼が入るだろうし、まとまらなくとも何人かの候補を紹介し、見合いコースや旅行コースも設営するからロハというわけにはゆかぬ。
◇お金もうけで、結婚をサポートする以上、親身になって全力投球するから、確立は何%か、何10%かは知らないが、評判はすこぶる上々で、弁護士や神官なみに「先生」と敬称され、依頼する親も子も必死に、すがる思いでその紹介のご利益に期待する。
◇結婚願望者は仲人業のAさんの門をくぐれば、入会金を払って会員となり、何万件かの登録メンバーの中からその男性(女性)にふさわしい候補を紹介される。もちろん、ペーパーテストもあれば「そっと見体験」や「お見合いコーナー」もあり、場合によっては海を超えて国際結婚のパートナー選びも行われる。
 すべては親や本人の希望次第で、国際交流の場合は、仲人役の女性の交通費や滞在費、現地での通訳者の負担も当然である。
◇いよいよ成立となればこれほど目出度いことはないから晴れの結婚式や披露パーティーなどでは「先生」は特等席で男女双方側の最大の敬意と感謝で遇せられる。
 お金もうけになって、人助けになって、親類みんなから喜んでもらえて、ありがたいことですと女史先生は生き甲斐を感じるが、裏へ回ると、悪戦苦闘、双方を取りもつ苦労や精神的な悩みもついて回り夜も不安で眠れないときもあるという。
◇彼女の成功の秘訣は知り得る限りの情報は隠すことなく伝え、ウソや誇張を避けて、真実、誠実一筋だという。
 ただ、一つの傾向としていえるのは、「男よ強く、元気に振るまってくれ」と声援したいケースが多いという。おとなしくて、積極性がなく、いちいち仲人先生がハートのつかみ方を指導せねばならぬケースが多いようだ。
 それが今のはやり言葉が象徴するように「草食系男子」の共通性向らしい。
 ひと昔前の男性は大胆に自分の気持ちを告白し、デートに誘う勇気を持ち合わせていたが、今は情けないというのか、だらしがないといおうか、買い物をしている女性やエスカレータの女性の背後からスカートの中を隠し撮りするていたらくである。
 オスのメス化は種の危機につながるが、どうやらそういう方向になりつつあるのではないか。気がかりなことである。【押谷盛利】

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2009年04月07日

サグラダ・ファミリア(見聞録)

 スペイン第2の都市バルセロナ。1992年にオリンピックが開かれたことで馴染みがあり、建築家アントニオ・ガウディ(1852~1926)の建造物群が点在することでも知られる。
 地下鉄のサグラダ・ファミリア駅から階段を登って地上に出ると、目前に4本の鐘楼を天にそびえさせたサグラダ・ファミリア(聖家族教会)が迫り、圧倒される。
 ガウディが人生の大半を捧げて建築に没頭したこの教会。テレビや雑誌で知る読者は多いだろう。
◇スペイン観光の目玉と言えるサグラダ・ファミリアは、1882年に建設が始まったが、まだ、半分も完成していない。
 というのも、ガウディは詳細な設計図を残しておらず、わずかな資料もスペイン内戦で失われたからだ。このため、ガウディの残した構想図や模型などを頼りに、ガウディの建築手法を想像しながら設計、建設している。
 サグラダ・ファミリアの外観にひと際目立つ複雑・精緻な彫刻群がある。「生誕の門」と呼ばれるそのファサードを手掛けたのは福岡県出身の彫刻家・外尾悦郎氏だ。外尾氏のように、ガウディに魅せられた世界中の建築家がサグラダ・ファミリアの現場を支えている。
◇ガウディは、その建築物で自然との調和や融合を表現した。植物や海洋生物を思わせる曲線デザインを壁、天井、窓、扉、階段などに用い、鮮やかな色彩のタイル張りで、華やかな外観を披露している。
 例えば、バルセロナの大通りにある実業家バトリョの邸宅。外観は曲がりくねり、ベランダはどくろを思わせるデザインで、市民からは「骨の家」と呼ばれている。建物内部も曲線だらけで、生物の体内にでも居るような感覚に陥る。
 それら奇抜なデザインが無機質な建築物に生命を吹き込み、観光客や建築家を魅了しているのだろう。
◇11年ぶりのサグラダ・ファミリアとの対面だったが、建物内部の工事が多少進んだ程度で、外観はほとんど変わっていなかった。
 完成すれば18本の塔がそびえる予定だが、目下、メドは立っていない。ガウディの構想が余りにも複雑なうえ、資金難にも見舞われているからだ。
 少なくとも100年先、一部では2250年前後の完成という試算もあり、その姿を拝めないのは残念でならない。

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2009年04月06日

桜の花と若者の雰囲気

 桜が咲き出した。妙なもので、ちらほら咲き始めると少々寒くても春を実感し、心が晴れてくる。出不精なものでも外へ出たくなり、桜餅でも食べてみようかという気になる。
◇桜は何といっても三分咲きくらいが情緒がある。海津大崎あたりは言うに及ばず、長浜城、彦根城など観光地、あるいは湖岸通りや河川の土手などに何十、何百本もの桜が列をなして咲き始めるころのほのぼのとしたピンク色の風情は、思わずのめり込みそうになるほど魅惑的である。
 不思議といえば不思議で、三分咲きくらいなのに、打ち続く並木全体が咲きそろったような感じで、あたり一面がぽぉっと薄くれないの靄がかかる。まるで桃色の靄がただよっているかのようである。その桃色の薄煙が土手に長く続いている光景こそ花見の醍醐味といえるのではないか。
◇あたり一帯を桃色に染めたような桜並木は遠くから見れば夢のようで、いつまでも立ち止まってその薄くれないの雰囲気の中に埋没したいほどの誘惑を感じるのはぼくだけだろうか。
◇桜は三分咲きをよしとするが、それは五分咲き、満開への期待感が心の中で発酵するからである。
 満開の豪華さを花万朶と大仰に表現するが、こうなると一見華やかではあるが、淋しさがこみあげてくる。見る側の気分を高めてくれる三分咲きと違って、全体の色彩感が白々として素っ気ない風情を見せるからである。
◇ピンク色が消えて白くなるのは、人間でいえば若さがなくなって老化が始まったようなものである。20歳前後の娘と30歳、40歳の女性の顔や姿態を比べたようなものである。
 満開の哀れは散り始める必然を宿しているからである。
◇昔から「娘十八、番茶も出花」というが、三分咲きの桜はそれこそ娘十八の美しさである。
 人間にも未完の魅力があるといえよう。最後はどう変化するか分からないが、可能性を秘めて学びの途上にある学生の魅力は定年近い熟達人間の比ではない。夢というか、全体に虹色の雰囲気を持つのが若さである。若ものよ自信を持て、羽ばたけ。【押谷盛利】

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2009年04月04日

スリと悪質ガイド(見聞録)

 海外旅行で気に掛けるのは、治安の問題。紛争やテロ、誘拐などは旅行者個人では防げないので、そういう危険性のある国へは、計画を先延ばしにする。
 例えば、中東のイエメンは「世界で最もアラビアらしい国」として、旅行者の間で密かに人気を集めているが、政府統治の及ばない部族支配地域が存在し、外国人を標的とした誘拐がある。
◇さて、先月、出かけたスペインとモロッコ。
 スペインは西欧の中で、スリやひったくり、置き引きの多い国として悪評高い。都市部での夜間の一人歩きはもちろん、地下鉄車内でも注意が必要だ。
 首都マドリッドや第2の都市バルセロナの地下鉄では、乗客のほとんどがバッグを手前に抱えたり、脇に挟みこむように持っていて、スリの危険性と隣り合わせの日常をうかがわせていた。
 驚いたのは地下鉄のアナウンス。なんと、日本語で「スリがあなたのカバンを狙っています」という内容の警告を流していた。無防備な日本人観光客の被害が多いのだろう。
◇一方、モロッコ。こちらは、安全なイスラム教徒の国だが、実は最近まで旅行者を騙して金儲けする悪質ガイドが多かったという。
 街歩きを楽しんでいる旅行者に強引にガイドを売り込み、法外な金額をせしめるという手口。
 重要な外貨獲得手段である旅行客に敬遠されてしまっては困るというので、警察が観光スポットで取り締まりを徹底し、悪質ガイドは激減した。
 ただ、それでも心配はある。例えば、迷路のような旧市街で迷ったとき。イスラム教国ならではの親切心で、老若男女が相談に乗ってくれ、目的地まで連れて行ってくれるのだが、「家でお茶でも」「こっちにいい写真スポットがあるよ」と招かれることが少なくない。
 睡眠薬入りのお茶を出されたり、人気のないところに連れて行かれて、身ぐるみ剥がされてはたまらない。
 その好意に甘えるのか、それとも危険を嗅ぎ取り、遠慮するのか、多いに悩むところ。今回の旅では数回の誘いのうち、1回だけ断った。
 結局、危険な目に遭ったり、嫌な思いをすることは無かったが、言葉も文化も異なる国での一人旅は何かと緊張の連続。
 帰国後、日本の平穏さに安心するのか、旅の疲れがどっと押し寄せる。

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2009年04月03日

医療よりも健康推進法

 医療費が、うなぎ上りに増えてゆく。不況の嵐で健康保険未加入の国民が増えている。その健康保険も掛け金が増えてゆく。
 医療費を安くしてその分を国がカバーせよ、とか、年金の国庫負担分をもっと多くしろとか、世間の声をはいはいと承知していると国の台所はパンクする。
 政府に金の生る木があるはずもなく、結構な大盤振る舞いのつけは次の世代の国民の肩にかかってゆく。
 「よいじゃないか、よいじゃないか」とはやし立てて、あれもしろ、これもしろ。「あれもしましょう、これもしましょう」なんぼでも予算は組めるが、その財源は赤字国債。
◇将来像を予見することは難しく、景気低迷が続き、倒産や失業、金融不安が爆発すれば国の運命も火の車どころではない。
 医療費一つを取り上げても問題の対処の仕方が狂ってはいまいか。見渡す限り病人だらけ、国民みんなはクスリ漬け。
 新聞も雑誌もテレビのコマーシャルも健康産業花盛り。地方の病院は医者の不足で経営危機のところもあり、名前は総合病院でも開店休業の診療科もあり、医者の玉子が年々医大を出てゆくのに合点のゆかぬ話ではないか。
 ところがどっこい。街の開業医は増えてゆく。病院よりも実入りがよいのだ。
 かつては病院がベット数を増やすと医師会が反対した。飯の種に影響するからだが、今は風向きが変わった。開業医が増えて、病院が青息吐息。
◇ぼくが腑に落ちないのは金食い虫の医療にのみ焦点をしぼって、肝心の人間の肉体改造や健康推進がなおざりにされていることだ。人間が健康だったら医者も無用、クスリも無用。
 このような分かりきった前提に立つならば、お上も地方もせんならんことが山ほどある。
 排気ガスを出しっ放しで駐車している車はその場で高額の罰金。一切の公共施設、職場、乗りもの、飲食関係の店内はすべて禁煙。くわえタバコはどこでもご法度。
 若ものは階段を、年寄り以外はエスカレーター禁止。
 食事は米飯で、野菜が半分。自然食品に調味料は味噌、醤油、酢の発酵食品。
 学校の給食では毎回徹底的に健康教育。
 通学、通勤2㌔以内は歩け歩け。
 脂肪太りの廃止運動。長寿競争はやめて、健康競争。まだまだあるがやらなきゃダメだ。【押谷盛利】

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2009年04月02日

異国の風土に触れて(見聞録)

 先月、2週間ほどの休暇をもらい、スペインとモロッコに出掛けた。
 アラビア半島カタールのドーハ経由で、スペインに入国。首都マドリッドを出発点に、奇才建築家アントニオ・ガウディの建築物が数多く残るバルセロナ、スペイン3大祭りのひとつ「サン・ホセの火祭り」が開かれた地中海沿岸の都市バレンシアを巡った後、バスでイベリア半島を南下。
 フェリーでジブラルタル海峡を渡ってアフリカ大陸北西端のモロッコに上陸した。旧市街が迷路のように入り組んだ古都フェズ、オリーブやブドウ畑に囲まれたメクネスを訪れた後、同国のほぼ中央に位置する第2の古都マラケシュへ。そこを起点に2泊3日でサハラ砂漠に足を運び、最後はカサブランカから帰国のフライト。
◇スペインは、かつてナポレオンに「ピレネーを越すとアフリカ」と呼ばれたように、フランスとの国境にそびえるピレネー山脈により、ヨーロッパとの交流に距離があった。交通網が整備された現代でも、ヨーロッパの一国に位置づけされながらも、そこに息づく
風土や文化が、ドイツ、フランスといった西ヨーロッパ諸国と一線を画し、経済的にも立ち遅れていた。
 今回、スペインで感じたのは、物価の上昇と国際化。初めて同国を訪れた12年前は、西ヨーロッパで最も安上がりに旅行できる国だった。それが今は、EUによる統一通貨ユーロの導入により、物価が当時の1・5倍ほどに上昇していて、安宿を探すのに苦労させられた。
 また、以前は、ホテルや国際列車の停車する駅でさえ簡単な英単語が通じなかったが、今回はある程度、英語が通じたうえ、愛想まで良くなっていた。
◇モロッコは北アフリカにありながらも、麦、オリーブ、オレンジ、ブドウ畑が地平線の彼方まで広がる肥沃な大地を抱えていた。どこまで行っても溢れんばかりの緑が広がり、アフリカ大陸にいることを忘れさせる。
 ただし、これは同国中央を縦走するアトラス山脈の西側での話。
 アトラス山脈を越えて、東へ足を運ぶと、そこは乾燥した荒涼の大地が続き、かろうじてオアシスにレンガと土の家々が集中していた。さらに、東進すればサハラ砂漠が地の果てまで延々と砂丘を連ねていた。
 同国は、世界で最も安全に旅行できるイスラム教国の一つとあって、かつて同国を植民地化していたフランスを中心に、世界中から旅行客が集まっている。
 サハラ砂漠へは現地でツアーを申し込んだが、旅の仲間となったのはチリ、アルゼンチン、イラン、ロシア、フランス、スペイン、アルメニア、オーストラリア人の13人。道中、スペイン語、フランス語、英語が飛び交い、世界が少しだけ小さくなった気がした。
◇ヨーロッパとアフリカ、キリスト教とイスラム教という異なる風土、文化を肌で感じ、多いに気分転換できた今回の旅。現地で感じたアレコレを数回にわたって紹介したい。

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2009年04月01日

鈍感もいいとこである

 ガソリンを消費すると空気が汚れる。二酸化炭素が地球を汚し、温暖化を促進する。だから省エネは国策以上に国際的急務である。そう言って、地球環境の重要性を指導している政府が、高速道路を料金1000円で乗りっ放しと決めたから四国、九州は観光客でほくほくだとか、報じられている。
 景気対策の一環であり、利用者はETC搭載車に限定されておりETC業者には天与の神風といえるかもしれない。
 2年間の限定というから今のうちに乗れるだけ乗っておこうと遠方への観光客がわんさと増えるかもしれない。
 それがねらいだろうから、ハイウェイの道路公団直営の売店、スタンドは言うに及ばず、各地のホテル、土産品店、自動車用品、飲食業界は売り上げ上昇の恩恵に浴すだろう。
 ただし、フェリー業界は客足が激減して破綻に追いやられるかもしれない。
◇1997年12月、世界最初の地球温暖化対策会議が京都で開かれ、いわゆる京都議定書が議決された。
 各国が協定して、それぞれに二酸化炭素を減らす目標値を決めた。その国際協定をアメリカはボイコットした。なぜか。エネルギー節減は、この国の産業振興と矛盾するからだ。
 排気ガスを出さないためには直接的には自動車に乗らない政策を進めるしかない。しかし、世界の自動車王国アメリカは飛行機と自動車が国内の絶対的な交通手段であり、それを支えているのが自動車産業でもある。そうした点からアメリカは業界の鼻息を眺めつつ、京都議定書に参加しなかった。
◇自動車をひかえるか、排気ガス規制よりも業界保護と景気対策が大事か、となると答えは見えてくる。
 地球の温暖化で地球が壊れ、人類の共存が困難になる事態になれば、お金を山程持っていようと、景気がどうのとほざいていても始まらぬ。住む場所、地球自体が、廃墟となれば将来的には人類の滅亡につながってゆく。
 それほどの重大認識に立つから京都議定書に世界が同意した。
◇それを思うと、エンジンをじゃんじゃんふかして、遠方へ乗り回せという高速道路の割引策は自分の首を自分で締めているようなもので、かつて、ビニールやプラスチック類を焼却して、発ガン物質の環境ホルモンをばらまいた恐怖の記憶がよみがえる。
 そういう国家百年のことを考えない政治や、そのことを告発しない国民やマスコミは鈍感もいいとこである。【押谷盛利】

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