滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2009年02月27日

100年安心は本当か?(見聞録)

 厚生労働省がこのほそ、公的年金の100年の試算を発表した。
 厚生年金の給付水準は、2009年度は現役収入の62・3%を保証しているが、年々減少し、38年度以降は50・1%にまで下がる見込みだ。経済が低迷し、出生率も伸び悩むなら、さらに43・1%にまで下がるとも試算している。
 同省は向こう100年、50%以上の給付水準を維持する「100年安心」を掲げているが、どうもその「50%」は多いに怪しい。
 というのは、今回の同省の試算は、年金運用の利回り年4・1%、賃金上昇率年2・5%を前提にしている。
 果たして、この不況下、そんな都合よく、ことが運ぶのだろうか。
 利回り4・1%もの運用先があるのなら紹介して欲しいし、世界的不況で企業の減収減益が相次いでいるのに、賃金上昇2・5%という夢の数字。
 今週は東証株価がバブル後の最安値を更新したというのに…。
◇実は「100年安心」なんていうのは画に描いた餅なのでは。国民に、基準を達成できますよ、だから今後も納めて下さいね、とPRするため、50%から逆算して利回りや賃金上昇率をはじき出したのでは、と勘ぐりたくもなる。
◇今から十数年前、20歳を迎えた頃。大学の友人との間で「年金どうする?」と話題に登ったことがあった。
 支払う金額は忘れたが、月額1万円か2万円位だったと思うが、学生にとって、決して簡単では無い額だ。
 「将来、納めた分のお金が戻ってくるとは思えない。納めなくても済むんなら、払わんよ」との意見が主流だった。
 小生の場合、母親から「年金は、戦後の日本をここまで豊かな国にしてくれたお年寄りの生活を支えている。将来、納めた分を貰えないとしても、感謝の気持ちで納めなさい」と言われたのを覚えている。結局、納め始めたのは就職してからだった。
◇今の年金負担世代、特に若者は高齢期に入っても、支払った分だけの年金を受けられるとは思っていないだろう。正確に運用されるとも信用していない。
 数遊びのような試算に基づく年金の見通し。それもで、国民みんなでお年寄りを支える制度は欠かせない。

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2009年02月26日

消えてゆく湯潅と家族

 芭蕉は「奥の細道」に「月日は百代(はくたい)の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」と喝破している。百代は、ひゃくだい、長い年月のこと。過客は行き来する人、行きすぎる人、旅人をいう。要約すれば人間の一生は旅のようなものだ、となる。毎日毎日が旅であり、過ぎゆく年もまた旅人なのだという達観である。
 仏語に「不生不滅」という言葉がある。生じることも滅することもなく常に不変である、という悟りの境界である。永遠の旅であるから、雨の日も雪の日もあるが消えることはない。
 滅することはないが、山あり谷ありで、恐ろしいことも不安なこともある、との意味で、人生を「不定(ふじょう)」と説く向きもある。
 不定とは定まらぬこと、確かでないこと。老少不定、生死(しょうじ)不定ともいう。
◇映画「おくりびと」が米アカデミー賞に輝いたのをきっかけに、これを観るべく映画館が割れるばかりに人気を集めているのは嬉しい悲鳴であろう。日本人の死生観に警鐘をもたらせる効果もあって、最近のうれしいニュースの一つである。
 人間は損をした、得をしたとか、儲け話や、流行などには気味が悪いほど敏感であるが、一番大切な生死の問題に案外無頓着である。死んだらおしまいである。何も残らない。持っていてもあの世へは持ってゆけぬ…などと割り切っているのに、いざ病気して、先行き不安を感じると、たいていの人はあわてふためく。
◇病気の原因は何だったのか、と、さかのぼって反省すると、暴飲暴食、過労、たばこ、ストレス、美食、運動不足、塩分、脂肪分過多、などあげられるが、病気が進行して末期症状になれば、どんな薬も治療も食事療法も決定的効果は期待できぬ。すべては因によって結果が生じるのみである。
 その点、人生は旅であり、不定である、と達観できる人は強い。さらに言えば、われわれは、肉体を借りて生きているにすぎない。本質は不生不滅であると信ずることが出来れば最高の幸せであろう。
◇「おくりびと」の映画で、納棺夫の存在がクローズアップされたが、忘れられてゆく言葉に「湯潅(ゆかん)」がある。死体を棺に納める前に肉親が湯水でぬぐい清める儀式で、湯洗いともいう。
 葬儀が専門の式場で行われ、一切が業者任せになってきたから、家族や近親者が湯潅することをしなくなったが、これがいいのか、いけないのか問題である。死者に心があるならば、業者による納棺ではなく、身内の者による湯潅と納棺を望むのは当然ではないか。
 親さまの最後を世話するのが子としての喜ぶべき務めではないか。もし逆縁にして、親より先に死亡すれば大恩ある親さまの湯潅、納棺が出来ないではないか。
 家族による湯潅の風習の消滅は、その後の弔いの厚薄にも影響するにちがいない。年回や供養が略されて、万事、お寺任せになってゆけば、身内親族の交流もうとんぜられてゆく。家を中心とする日本の伝統文化も形が変わってゆき、それらが日本の村社会、地方の荒廃につながってゆくことを思えば悲しむべきことといわねばならぬ。【押谷盛利】

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2009年02月25日

「おくりびと」と「納棺夫」

 大き息つきて静かに眼(まなこ)閉ず「ご臨終です」の冷たきことば。
 これは好日二月号に出ている小川華枝さんの夫の死を思う歌群の一つである。
 息を引き取って、心臓の停止した死の瞬間、立ち合っていた医師が沈痛な思いで「ご臨終です」と一言もらすと居合わせた家族はわっと号泣する。とりつくしまもなく医師は立ち去るが、号泣が一段落すると手早く看護師がその後の処理にかかる。
 「ご臨終」の言葉は身内にとっては確かに冷たいが、そうかといって、これに代わる適切な言葉は見当たらない。これは感情を排した事務的な言葉でもあり、医学と現実社会をミックスした知恵の所産ともいうべきふさわしい言葉であるともいえよう。
 この言葉が冷たく聞こえるのは不可避であろう。医師の一言がこの世とあの世の別れの決定的宣告であり、この宣告が曖昧であっては、ことが面倒になる。
 宣告の瞬間、患者は人から死者へ、そして遺体となる。病院での以後の待遇は死者扱いであり、はやばやと霊安室へ送られる。
◇この世からあの世への瞬間であるから医師がどう言葉を尽くしても患者は生き返らないのであるから「ご臨終」の一言は医師にとってはこれ以上の話もこれ以下の話もありはしない。
◇24日付の読売朝刊の編集手帳に面白い話が出ていた。作家の吉村昭さんから聞いた話だというが、葬送の場にのぞみ弔問の挨拶をするときの言葉を「頭を下げ、聞き取れないほどの低い声で『黒足袋、白足袋』と言え、とそう教わったという」。
 そこで手帳子は「すべての弔問客が言語明瞭に悲しみを語れば聴く遺族の身心がもたない。無意味なつぶやきもときには思いやりだろう。葬礼とは死者の霊を鎮める鎮魂の儀式であるとともに残された生者をいたわる絆(きずな)の儀式でもある」と述べている。
◇いま、話題となっている米アカデミー賞の「おくりびと」。
 ぼくは数年前、この映画の原作、青木新門さんの「納棺夫日記」を読んで感動した記憶がある。「えらい世の中になった。納棺夫が世界に知られる時代とは」といまさらの如く、青木さんの仕事選びの苦心と苦労を偲ぶことだった。
 「納棺夫」は著者の造語であり、葬儀屋時代の日本の新しい職業ともいえる。
 だれもが顔をそむける死体。医師の「ご臨終」を冷たいと感じる生者たちは、死体を「けがれ」と見、葬儀の後、塩できよめる文化を形成した。
 青木新門さんの師匠でもあった作家の吉村昭さんは、この本の序文で「納棺を職業とする人が書いたものを、私は読んだ記憶はなく、その存在も知らない。人の死に絶えず接している人には、詩心が生まれ、哲学が身に付く。(中略)死体をいだき、納棺する青木さんを、私は美しいものと感じ、敬意を表する」と書いている。【押谷盛利】

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2009年02月24日

1÷3×3=?(見聞録)

 前回、2月20日の「見聞録」で、数の誕生や進数について、数学者・遠山啓氏の著書「数学入門」を通して紹介した。
 数の登場により、人類は、長さ、高さ、面積、容積などを表現できるようになり、同時に足し算、引き算、掛け算、割り算などの計算方法も開発した。
 そこには数学者や哲学者の飽くなき試行と計算の繰り返しがあり、理論の見直しを何度も迫られたことだろう。
 というのも、人間を取り巻く日常環境や自然の摂理を数字で表現する行為自体、強引なものだからだ。
◇例えば「1÷3」は「1/3」と表現でき、計算すれば「0.33333…」と無限に続く。しかし、「1/3」に3を掛ければ「1」となる一方、「0.33333…」に3を掛けると、「0.99999…」となる。「1÷3×3」という計算問題の答えは「1」のはずなのに、「0.99999…」でもあると理解できる。これは、限りなく「1」に近い数字だが、決して「1」ではない数字。
 電卓で計算すれば、同様の結果となるが、単純な計算の中にもこういった曖昧さが残るのは、この世が数字だけでは表現しきれないことを代弁しているようだ。
◇また、「正と負」「プラスとマイナス」の概念の発見も興味深い。
 前へ1㍍進むのと、後へ1㍍下がるのとは、距離は同じ「1」㍍なのだが、その行為は正反対。これを表現した反意語がプラス・マイナスの世界だ。
 お金の貸し借り、財産、借金をプラス・マイナスで表現するにも理屈にかなっている。例えば「1万円の借金」は「マイナス1万円の財産」と表現できるからだ。
 さらに、若かりし日のカントはプラス・マイナスの世界で、善悪、愛憎といった感情や、「美味しい」「まずい」という味覚を表現しようと試みた。
 遠山氏の著書では、カントが味覚について「ニガヨモギ」をマイナス、「菓子」をプラス、「蒸留水」をゼロと表現した例を紹介している。「ニガヨモギ+菓子=蒸留水」という味覚が成り立つ訳がなく、人間の感情や感覚を単純に対比させることは現実的ではないことを証明したが、その試みは哲学者らしく興味深い。
◇あらゆる出来事を数学で解き明かしても、人類が自らの言動や感覚、感情を分析して最善の「解」を見つけることが不可能なのは、歴史を振り返れば分かる。
 戦争や環境汚染の行く末にどういう「答え」が待っているのか、それさえ解けないのだから。

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2009年02月23日

求めても得られぬ苦

 苦しいことを避けて楽な道を歩みたいとは誰しも思うことだが、生身の人生、そういうわけには参らず、昔から四苦八苦というように苦から逃れることは不可能である。
 その苦のなかで、気になる苦は、ぐふとく苦という苦である。漢字で書くと「求不得苦」であるから漢文の知識があれば分かり易い。求めて得ざる苦と読めば正解である。
◇人生、いいにしろ、悪いにしろ、欲から逃れられないから、求めるという心や行為は単純にいえば欲である。赤ちゃんが母親のおなかから出ておっぱいを求めるのは生きるための本能であるが、理屈をいえば、食欲の原点である。
 母親の膝に抱かれながら、そのあやし言葉に耳を傾けるのは知識欲の始まりである。
◇人間は欲があるから生きられるのであり、発展してゆくのであるが、親から離れて独立すれば死ぬも生きるも一切は自分の責任に帰する。
 やり甲斐もあるが、難行苦行の厳しさにたじろぐことも多い。この世を苦界とも呼ぶのは生きるための苦しさから逃れられないからであるが、どんな苦境に落ち入っても生き抜くことができるのは、親から(先祖から)もらった足腰と心の強さがあるからだ。
◇求不得苦は、求めても得られない苦しさをいうが、考えれば生まれてこの方、求めっぱなしの人生ではある。子供のころはそれでも親の愛の中で幸せであるが、一人前になると対人関係、社会の荒波の中での苦しみが待っている。
 A大学を希望しても失敗、一流企業のB社を受けたがこれも入社を果たさず。好きな人が出来たが結婚が出来ず、といったことは多かれ少なかれ、みんな体験していることだが、その程度の苦しみは苦のなかへ入らぬかもしれぬ。
◇一攫千金を夢見て大金を株に張って大損をした人もあるが、それで命を落とすことはない。エベレストに挑んで遭難した人もあれば、2000㍍級の日本の冬山でなだれに遭って死んだ人もある。登山の喜びを求めながら最悪の死を迎えるのはナンセンスな話だが、そういう思いもよらぬ苦は人生につきものと思えばよい。
◇米原の市長選は終わり、現職の平尾道雄さん(58)が敗れて新人の泉峰一さん(59)が当選した。1つの椅子を2人が争うのであるからどちらかが貧乏クジを引くのは最初から分かっているが、候補者の願いは市長というポストを射止めることである。負けた方は求めて得られなかった苦しみに泣かねばならぬ。勝利した側はそれで行く道がすべて明るく平であるかは未知数である。求めて得た宰相の椅子に目下の麻生さんは命を縮めて、針の筵(むしろ)に座らされている感じである。
 求めて得ても苦しみ、求めて得られなければなおの苦しみ。ここから真実の人生がひらけてゆく。【押谷盛利】

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求めても得られぬ苦

 苦しいことを避けて楽な道を歩みたいとは誰しも思うことだが、生身の人生、そういうわけには参らず、昔から四苦八苦というように苦から逃れることは不可能である。
 その苦のなかで、気になる苦は、ぐふとく苦という苦である。漢字で書くと「求不得苦」であるから漢文の知識があれば分かり易い。求めて得ざる苦と読めば正解である。
◇人生、いいにしろ、悪いにしろ、欲から逃れられないから、求めるという心や行為は単純にいえば欲である。赤ちゃんが母親のおなかから出ておっぱいを求めるのは生きるための本能であるが、理屈をいえば、食欲の原点である。
 母親の膝に抱かれながら、そのあやし言葉に耳を傾けるのは知識欲の始まりである。
◇人間は欲があるから生きられるのであり、発展してゆくのであるが、親から離れて独立すれば死ぬも生きるも一切は自分の責任に帰する。
 やり甲斐もあるが、難行苦行の厳しさにたじろぐことも多い。この世を苦界とも呼ぶのは生きるための苦しさから逃れられないからであるが、どんな苦境に落ち入っても生き抜くことができるのは、親から(先祖から)もらった足腰と心の強さがあるからだ。
◇求不得苦は、求めても得られない苦しさをいうが、考えれば生まれてこの方、求めっぱなしの人生ではある。子供のころはそれでも親の愛の中で幸せであるが、一人前になると対人関係、社会の荒波の中での苦しみが待っている。
 A大学を希望しても失敗、一流企業のB社を受けたがこれも入社を果たさず。好きな人が出来たが結婚が出来ず、といったことは多かれ少なかれ、みんな体験していることだが、その程度の苦しみは苦のなかへ入らぬかもしれぬ。
◇一攫千金を夢見て大金を株に張って大損をした人もあるが、それで命を落とすことはない。エベレストに挑んで遭難した人もあれば、2000㍍級の日本の冬山でなだれに遭って死んだ人もある。登山の喜びを求めながら最悪の死を迎えるのはナンセンスな話だが、そういう思いもよらぬ苦は人生につきものと思えばよい。
◇米原の市長選は終わり、現職の平尾道雄さん(58)が敗れて新人の泉峰一さん(59)が当選した。1つの椅子を2人が争うのであるからどちらかが貧乏クジを引くのは最初から分かっているが、候補者の願いは市長というポストを射止めることである。負けた方は求めて得られなかった苦しみに泣かねばならぬ。勝利した側はそれで行く道がすべて明るく平であるかは未知数である。求めて得た宰相の椅子に目下の麻生さんは命を縮めて、針の筵(むしろ)に座らされている感じである。
 求めて得ても苦しみ、求めて得られなければなおの苦しみ。ここから真実の人生がひらけてゆく。【押谷盛利】

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2009年02月21日

被害者と加害者心理

 短歌誌「好日」2月号に次のような松田亨子さん(長浜)の歌が出ていた。
 「霜柱たつ十二月八日新聞もテレビも開戦の事にはふれず」
 十二月八日は昭和16年(1941)12月8日のことで、この日、日本はアメリカ、イギリス、オランダに対して戦争を始めた。当時は軍国主義一色の時代で、この戦争を大東亜戦争と呼んだ。戦後は太平洋戦争と呼称されている。
 12月8日、海軍の特殊潜艦艇がハワイの真珠湾でアメリカの艦船を奇襲したことで知られ、アメリカ国民は「リメンバー・パールハーバー(忘れるな真珠湾攻撃)」を合言葉に戦意を高揚させた。
◇さて、マスコミはなぜ12月8日に触れないのか。戦争を始めた日が12月8日で、戦争に負けたのは20年(1945)の8月15日だった。
 敗戦直前の8月6日と9日に広島と長崎に原爆が投下された。毎年8月に入ると原爆や「耐え難きを耐え」の天皇の戦争終結の録音放送が新聞、テレビで取り上げられる。
 松田さんの歌は、戦争開始の12月8日のことはなぜふれないのであろうかという素朴な疑問であり、忘れっぽい国民性に対する告発でもあろう。
◇この歌についての批評会の席上、ぼくは、殴った方はきまりが悪いので出来るだけそこのことを忘れようとし、話題になるのを避けたがる心理が働く。逆にやられた方はいつまでも忘れられずに何かにつけ思い出す。そういう意識が国民にもマスコミに働いているのではないかと分析した。
 いわば加害者と被害者の立場からくる気持ちの上での相反する心理現象である。アメリカで「ハワイを忘れるな」と国民運動が高まったのは、殴られた痛さによる被害者意識のせいである。
◇日本は戦争に敗れてひどいめにあったが、負けた後、占領軍によって魂まで抜かれてしまった。
 戦後、食糧をはじめ、もの不足とインフレによって国民は苦しんだが、その苦しみは戦争中の方が遥かに大きかった。
 それは原爆で何十万人の人が命を失っただけでなく、日本の都市の大部分が爆撃を受けて国土が焦土となったからである。ことに東京と大阪は焼け野原となり多くの住民が家と命を失った。だから被害者意識がいつまでも持続し、忘れようとしても忘れられない記憶が語り部となって次世代へ継がれてゆく。その結果、8月15日の敗戦やその前の原爆は毎年のように新聞、テレビ、短歌、俳句に登場する。
◇それを思いながら、人間は勝手なもので、常に自分の非には寛大であることを面白く思う。
 例えばいじめの問題でもいじめた方は忘れているのにいじめられた方は後々にまでそれを根に持つ。
 ちょい借りでも、借りた方は返すのを忘れることがあるが貸した側は忘れることはない。
 裁判で、殺された被害者の身うちが、加害者の死刑になるのを望むのと、加害者が出来るだけ罪を逃れようと弁護士を立てて、有利な展開を望むのもこの心理である。【押谷盛利】

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2009年02月20日

数の起源を楽しむ

 「算数」「数学」は、一部の学者や研究者を除いて、その他大勢の人間にとっては学校のテストや受験での付き合いだけではないだろうか。
 小学校で足し算、引き算、九九など初歩的な計算を習い、中学、高校で2次・3次方程式、微分・積分などと、次第に複雑になる。
 「√2」を「一夜一夜に人見ごろ」(1.41421356)、「√3」を「人並みにおごれや」(1.7320508)、「√5」を「富士山麓、オーム鳴く」(2.2360679)などと覚えたのも懐かしい。
 円周率「π」は「身一つ世一つ生くに無意味、曰く泣く身に宮城に…」(3.141592653589793238462…)だった。
◇文明の進歩は数学と共にあったとしても過言ではないが、その起源の一端を探ると面白い。
 現在、我々が用いている0~9の10進数は、人間の両手の指の数に由来するが、古代は地域や民族によって異なった。
 例えば、南米ボリビアのチキト族は「1」に当たる「エタマ」という数詞しか持たず、「数える」という概念がなかったようだ。文明開拓が遅れたオーストラリアのある地方では2進数が使われていたが、これは「0」と「1」のプログラムで表現されるコンピューターに通じる。
 古代コロンビアでは4進数が主流で、これは親指を除いた指の数に由来する。
 片手で5本、両手で10本、両手両足で20本の指があるから、20進数も存在した。人間1人を「20」という数字に当てはめ、例えば、「77」という数字は「3人と両手と片手と指2本」という表現になる訳だ。
 12進数は、1、2、3、4、6で割り切れることから、中世ヨーロッパでその導入を訴える学者もいた。その名残りは、「12個=1ダース」「12インチ=1フィート」に見られる。
◇古代バビロニアで60進数が用いられたことは社会の教科書で習った。1、2、3、4、5、6、10、12などで割り切れる便利さから普及し、これは今の時間単位にその名残りがある。
 また、エジプトの象形文字には100万、1000万という数詞が残っている。人口、家畜、捕虜などを数えるために使われたようだが、その文明規模の巨大さが数詞からうかがえる。
 エジプトで万単位の数詞が誕生した背景には、文明規模の大きさに加え、「パピルス」という紙の発明で、多種・複雑な文字を日常的に筆記できたことがある。
 古代バビロニアも巨大文明を築いたが、紙が無かったため、粘土にヘラを押し付けてごく簡単な記号を刻むことしかできなかった。多種の数詞を日常的に使えなかったわけだ。
◇以上は数学者・遠山啓氏(1909~1979)の著書「数学入門」に記されている。
 現在の科学や経済には不可欠ながら、日常で触れる機会が皆無な「数学」。ふと、その起源と発展の過程をたどるのも面白いかも。

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2009年02月19日

三寒四温と日米外交

 俳句の冬の季語に「三寒四温」がある。冬の寒さが3日続くと次の4日間は暖かいことをいう。
 立春を過ぎれば暦の上では春。正月を一陽来福の春というが、寒い冬が去り、暖かい春が来る、と希望をこめた言葉である。
 とはいうものの、春の足取りはもたもたと気紛(まぐ)れである。好天で菜の花が咲き始めたと思いきや雪が降り、外そうとしたスノータイヤをまた考え直す。こんな変てこな気象は何も今年に限らないが、今年の春が気になるのは国土を暗くしている景気の超減速による。
 春が来たと思うのにまたまた寒さがぶり返す。これを冴え返るというが、今の日本の経済界の冷え込みは冴え返るどころか凍て返る感じである。
◇もうろう大臣の辞任で、経済相が財務相を兼任することになったが、100年に一度の大寒波対策を兼任で乗り切ろうというのは、やる気が本物かどうかあやしい。どうせ長くは持たぬ内閣だから、という捨てセリフまがいならば、それこそ官僚まるまかせで、信頼の上に「不」がつく。
◇さっさとお手並みの鮮やかさはアメリカの国務長官・ヒラリーさんを見習うがよい。
 明治神宮に参詣したのは日本の歴史と文化への敬意だと泣かせるではないか。皇后陛下にお会いするなり、抱擁してホッペにキスするあたり、童心を地でゆく爽やかさである。
 分刻みの強行スケジュールをこなしながら、さっそうとして微笑を忘れないあでやかさ。
 東大では学生をあやす母親のように。拉致被害者の横田さん夫婦には核より人権よと大胆に言ってのけ。野党の小沢党首には、無理な日程調整に応じて夜の9時に会っている。もちろん最大の仕事である麻生首相や外相、防衛相との会談も首尾上々の明るい花を咲かせた。
◇さっさと手ぎわよく処理してゆくアメリカ流ヒラリーさんを習って、日本の政治も景気対策の補正予算を早く上げて、一陣の春風を本ものの春に昇化させてほしい。
 それにしても憂きことのつのる2月ではある。株価は8000円を切って今年最大の下げ幅となった。
 ちまたでは無利息の国債発行が論ぜられ、小泉さん時代の閣僚で財政、経済の権威者竹中平蔵さんは思い切った財政出動なくんば、先行きどうなるか、と心配のタネをぶちまける。
◇政局の無気味な風は大型台風気味だが、与党も野党も「かくかく」「しかじか」景気浮揚への大政策を立て、一気に国難打解のファインプレーを見せるべきではないか。
 渡辺喜美前行革相ではないが、公務員も国会議員の数も減らし、しもじもの苦しみを上に立つえらいさんが身代わりになるくらいの大胆な熱血の改革を進めることだ。
 口先だけの景気対策では事態は一歩も進まない。
 「春よ早く来い」国民は大合唱して強くて迅い好況策を待っている。【押谷盛利】

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2009年02月18日

権力闘争のおぞましさ

 墓穴を掘るのは欲がらみであり、欲のうち最大のものは権力欲だと書いたところ、読者から「権力」とは何か、もっと分かり易く書いてほしいと注文を聞いた。
 そういえば、いままでの時評にもよく「権力」という言葉を用いているし、新聞や雑誌にもしばしば登場しているから深くは考えなかったが、しばらく時間をかけて吟味することも大事であろう。
◇「権力」という言葉は政治的意味に使われるケースが多く、大辞泉には「他人を強制し、服従させる力。特に国家や政府などがもつ国民に対する強制力」と説明している。
 権力を握ることを中国では「覇権」という。中国の権力は共産党が握っているが、その共産党にあっても最高ポストは総書記といい、首相より上位にあり、民主国家の大統領より遥かに強い独裁的支配力を持つ。
 表面化は避けているが、党内では次期権力を目指しての裏面での勢力争いがある。一種の権力闘争である。
◇ぼくは権力の説明については分かり易く王(キング)になることだと答えることにしている。
 いま、NHKの日曜ドラマで上杉謙信が登場しているが、彼は武田信玄や織田信長をライバルに天下取りをねらっている。謙信も信玄も病気に負けて覇権争いから脱落するが、戦国時代はそれぞれの武将が地方を支配していたから地方の権力者ということができる。
◇王のほか、分かり易い権力のイメージは「大将」がある。大将は軍人のトップであり、軍を動かす絶大な力があると思われている。
 いまは言わないが、一昔前は家の戸主を大将と呼び、他家を訪問したさい家人に「大将はいやはるか」と尋ねる。つまり「ご主人はいらっしゃいますか」の気楽な物言いである。
 戸主を大将というのは戸主が一家の権力を握っているからだが、このごろは時代が変化して女性が強くなったから大将は通じなくなった。
 財布を持つものが一家の権力者になったから「大将」の代わりに「大蔵大臣」が顔をきかすようになった。カァちゃんが大蔵大臣になり、彼女から小遣いをもらう亭主が増えたから家庭の権力は主婦が握った。
◇政党の幹事長が強い力を持つのは総裁と気脈を通じて、金とポストと選挙に神通力を発揮するからである。
 上りつめた権力は回りの人間をゴキブリくらいに思うほど威張るが、一たん陰り始めると落目は早い。あたかも若ボスにクーデターされた猿の老ボスに似る。
 限りなく戦わねばならぬ政界の覇権闘争。うさん臭くおぞましい畜生界に似た世界といえるかもしれない。【押谷盛利】

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2009年02月17日

市議会正常化に期待(見聞録)

 昨日、16日の長浜市議会臨時会で、1市6町合併法定協議会の設置議案が賛成多数で可決された。
 一時は、賛成も反対もしない「継続審議」という答えを出し、1市6町合併は絶望的となったが、合併推進派議員の粘りで、破たんは回避された。
 合併期日が決まっていないことから、今後も紆余曲折が予想されるが、市議会が曖昧な回答でなく、多数決で民主主義的結論を出したことは、評価されるだろう。
◇さらに、合併問題特別委員会を廃止する動議が可決され、即日、委員会が廃止されたのは、興味深い結果だ。
 委員会では、合併推進派も、慎重派も、反対派も、喧々諤々と議論すべきだが、議論ばかりで結論を出す気配がなかった。
 初代委員長で合併推進派の押谷友之議員が、合併反対・慎重派の不信任動議を受けて辞任して以降は、異常だった。
 委員会は合併反対派の東野司議員(新委員長)と竹内達夫議員(委員長代理)の2人が仕切っていたが、実質審議を行わないまま突然、委員会を閉会したり、任意協議会で恣意的発言を繰り返すなど、その運営手法に疑問符が付いていた。
 小欄でも過去に2度、「合併特別委に異常あり」(1月23日)、「長浜市議会は正常か?」(2月6日)と題して、市議会運営に疑問を呈した。昨日の委員会廃止は、市議会自身がその異常性を認めたということ。
◇異常な委員会が廃止されたことで、市議会が正常化するのかは未知数だ。
 というのも、表向き多数の議員が「合併は絶対に必要だ」「合併に反対ではない」と主張しながら、なぜか協議が前進しないからだ。
 合併賛成とかたる議員が「木之本町が…」「協議会の規約が…」「市民の理解が…」と注文を付け、議論を引き伸ばしてきた経緯がある。
 もし、合併を破たんに導きたい、と考えているなら、真正面から反対すればいいのに、まるで6町が痺れを切らすのを待つかのように延々と―。
 1市6町合併は、2010年3月末までの特例法期限内を目指している。ならば、それに間に合うようなスケジュールで協議し、採決を行うべきだ。
 議論を口実に採決を見送り、合併破たんを目論んでいるなら、そんなアンフェアなやり方は、そろそろ終わりにしてはどうだろうか。
◇なお、合併協議会の設置議案に賛成したのは、吉川富雄、寺村正和、金山正雄、北川薫、武田了久、溝口治夫、押谷友之、北田康隆、茂森伍朗、花川清次、脇阪宏一、吉田豊、福嶋一夫、林多恵子。
 反対したのは、押谷憲雄、青木甚浩、押谷與茂嗣、竹内達夫、浅見信夫、秋野久子、伊藤兵一郎、福永利平、東野司、田中伝造、西尾孝之。
 欠席は、阪本重光、野村俊明。山口忠義は議長のため採決に加わらず(以上敬称略)。

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2009年02月16日

麻生墓穴と野党の誤算

 墓穴(ぼけつ)は死体の棺や骨壷を埋めるための穴であるが、これから転じて「墓穴を掘る」という諺が教訓めいて使われる。
 「身から出た錆」もその一つであり、身を滅ぼす原因を自分から作ることのたとえである。自分で自分の首を締めるような愚かな行為ともいえる。
◇政治家の進退を見ていると華やかな反面、哀れを誘う末路が悲しい。墓穴を掘って現職中、自殺する議員や大臣、あるいは辞任した後、自殺する人もいた。
 百発百中といってもいいくらい、その原因は欲がらみであった。欲に目がくらむというが欲のうちでも最大の物は権力欲である。つまりは天下さんになる欲である。
 「にっちも、さっちもゆかぬ」とは「二進も三進もゆかぬ」と書く。「退くこともならず、進むもならず」という「進退谷(きわ)まる」現状で今の麻生首相の心境がこれであろう。
◇「口は災いのもと」と古くから言われているが、つい口をすべらせて小泉元首相の強い反撃に政局の多難が火を吹き始めた。郵政民営化推進の閣僚であったことを棚に上げて「実は反対だった」と発言し、身内からも批判を食らう始末。
 渡辺前行革相の離党が春一番の突風とすれば、小泉さんの怒りは季節はずれの大型台風かもしれない。
◇墓穴は墓の穴だが、言葉の響きというか「けつ」は品がよくない。
 喧嘩したり、相手を悪しざまにいうとき「けつ」と唾を吐くように言う人がいる。明らかに穴(けつ)が語源である。
 「穴(けつ)の穴が小さい」は気が小さいことをいう。
 穴(けつ)は穴でも馬穴(ばけつ)は馬の穴ではない。バスケットのことで布製の籠である。馬は水をよく飲むので運動中、水を切らせない。いつも持ち運びの便利な布製の籠を用意し、これに水を入れて飲ませる。バスケットが詰まってバケツというが元は外来語である。
◇麻生さんは穴(けつ)の穴は小さいと思えないから安倍さんのように投げ出したりはしないだろうが、この人を頭(かしら)に戦(いくさ)は出来ぬという党内事情が破裂するおそれは多分にある。その場合は詰め腹を切らせることになる。
 つまり9月の総裁選を前倒しして、総裁の首を替え、内閣辞任に追い込む戦術である。事実上の選挙管理内閣であるがこれによってアッと驚く新鮮な総理が出た場合、国民の人気は期待を含め急上昇するだろう。それが解散のチャンスで、民主党の泣きどころとなるやもしれぬ。【押谷盛利】

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2009年02月13日

見直そう!お買い物(見聞録)

 長浜市が平成30年度を目標とする環境基本計画の素案をまとめた。
 市民、事業所、市など、長浜市に関わるあらゆる個人・団体に「環境」の維持・保全への取り組みを求め、▽豊かな自然の維持と回復▽健全な空気や水の確保▽もの・水・エネルギーの循環▽地球市民としての役割―など6つの目標を掲げている。
◇市民生活に密着した環境保全への取り組みには、ゴミの減量やリサイクルの推進などがあげられる。
 市の統計によると、市民1人が1日に出すごみの量は平均945㌘。近年は950㌘前後を推移し、減少する気配はないが、基本計画では5%の削減を打ち出している。
 「今後10年かけて、たった5%の削減というのは、目標が低すぎるのではないか」と指摘したが、市の担当者は、長浜ではごみの減量と分別が進んでおり、さらなる減量は難しいとのことだった。
◇家庭からのごみについては、興味深いデータがある。
 廃棄物処理について研究している石川県立大学の高月紘教授が京都市内の特定地区で家庭から排出されるごみを調査したところ、残飯が全体の4割(重量ベース)を占めた。
 残飯は、作り過ぎたりして食べきれずに捨てた「食べ残し」と、調理せずにそのまま捨てた「手付かずの食品」に分けられるが、手付かずの食品が残飯の4割を占めたという。
 食料自給率が4割にとどまり、食品の多くを輸入に頼っている日本の食卓で、野菜や肉が手付かずのまま、廃棄される実態―。
◇いかにして、ごみを減らし、環境に優しい食卓にするのか。普段の買物から見直してはどうだろうか。
 スーパーでは計画的に食品を買おう。野菜や動物の生命を「頂いている」との気持ちを大切に、必ず食べきれる量を。
 食品を選ぶときは、なるべく国産品を、できれば地元産。遠くの国や地方で生産された食品は、スーパーの棚に並ぶまでの移動コストがかかっている。
 さらに、陳列棚の手前の商品から買おう。棚の奥にある製造日の新しいものを選べば、店に賞味・消費期限が迫った食品が残り、その分、ごみも増える。
◇飽食のライフスタイルを見直せば、ごみ減量にもつながる。まずは、冷蔵庫を調べてみよう。食べずに放置している食品はありませんか?

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2009年02月12日

天下りと神話の世界

 「天下り」は高級官僚が役所を退職した後、役所の関係する外郭団体や業界の団体、あるいは大企業などへ再就職する場合をいい、それらの団体を転々としながら高給を受け、その都度、莫大な退職金を手にしている構図が政治腐敗の一因になっているとの疑惑が濃い。
 これをただすのが公務員改革で、このごろは天下り廃止説も飛び交っている。公務員改革はやらねばならぬ、と歴代内閣が一つの柱に立てているが実際は掛け声倒れになっている。
 なぜか。それほどに官僚の抵抗が強いからである。
 過日、政府と人事院で天下り問題の調整をするべく総理が会議を召集したが、人事院の谷総裁は欠席した。出席すれば、反対を言うことになるからわざと欠席した、ともらしたが、時の総理や行革担当相の顔を潰してでも官僚の立場や利益を擁護しようとするのであるから、腕っぷしの方は相当なものである。いわば自分のクビをかけて反発しているのだが、彼の後ろには全日本の官僚という強力な応援団がついている。
 総理や大臣などはくるくる代わるが絶大な権力を持つ日本の官僚機構は永遠に健在だと内外に誇示する格好だった。
◇明治のころは役人を官員といった。
 「官員さまならお嫁にやろう」という話がまともにもてはやされたほどだから、その地位は庶民の憧れの的だった。
 明治になるまでは徳川幕府時代で、各藩の大名がそれぞれの領地を支配し、住民の納税や労力奉仕、集落の指導などは代官が当たった。鬼代官の異名が通るほど人民は恐れたが、そのなかで一番苦しんだのは高い年貢(税金)だった。
 生産者である農民が餓死せねばならぬほど追いつめられたから各地で百姓一揆が起こった。
 それでも代官には勝てず、上手にやりくりするのに「袖の下」という妙案を実践した。いわゆる賄賂政策である。なかには、やりすぎて、幕府へ上訴され、クビともいうべき「お取り潰し」になった代官もいたが、各地の庄屋(村長)は役人の鼻ぐすりに苦労した。
◇今の世も似たところはあるが、根本的に違うのは、中央省庁が全国をにらんでいることである。経験と伝統の上に東大出の秀才が国の政策や法律を動かす。しかも、各省庁を本籍とする官僚は裏では連携し、一体となって、護送船団よろしく、日本丸を運航する。
 フランス革命前のルイ14世は「朕は国家である」とうそぶいたが、日本の官僚も心の中では「官僚は国家である」とうぬぼれているかもしれぬ。
 天下りの語源は、日本の国づくりに出てくる神話の世界である。
 高天(たかま)の原の世界のことだが、天のもろもろの神がイザナギ、イザナミの神に国づくりを命じた。そこでおのころ島に「天降って」幾つもの島やアマテラスほか多くの神を生んだ。これは古事記の話。神代の昔、天下りした神々の力で日本が始まったというのであるから「天下り」には神秘な力がある。【押谷盛利】

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2009年02月10日

自治体財政に関心を(見聞録)

 滋賀県の2009年度予算案が9日発表された。不景気の直撃で、県税収入は408億円も目減りし、厳しい財政運営を迫れている実態が浮き彫りになった。
 県予算というものは、読者にとって関心のある事柄とは思わないが、いつまでも自治体の財政問題に無関心でいると、取り返しの付かないことになるので、現状と問題点を簡単に紹介したい。
◇県民生活に直接関わる一般会計の規模は4852億円。この1年間、この予算で福祉や教育、公共工事、職員の給与などを賄う。
 4852億円の予算のうち、滋賀県が自前で手配できているのは約半分の2455億円にすぎない。残りは国から支給される「地方交付税」や「国庫支出金」。そして、2割近くを「県債」という借金で賄っている。
 毎年、借金するもんだから、その残高は9473億円。1兆円に迫る勢いだ。
◇一般家庭の家計で表現すれば、1年間の出費のうち、半分を給与で、3割を親(国)からの仕送りで、2割を借金(県債)で賄っている訳だ。
 借金の残高は年収の4倍近くに膨らみ、今も増え続けている。
 さらに、昨秋の金融危機以来の経済悪化で、今後は給料アップどころか、減収しか見込めない。お先真っ暗の大赤字の家計簿だ。
◇さて、この大赤字を招いた原因は何なのか。
 収入と支出のバランスを精査せず、だらだらと赤字を垂れ流してきた歴代知事、行政職員の怠慢だけでは語れない。
 その責任は、限られた税収の中で、無尽蔵にあれこれと事業を要望する県民にあり、それを受けて、県に事業化を求める要望請負型、利益誘導型の議員にある。そして、そういう議員を送り出した有権者の責任でもある。
 国や自治体が事業を行う原資は税金。それに限りがあることを知るべきだが、県民や議員はまるで「他人のお金」のごとく、「道路整備を」「トンネル改築を」「補助金を」と次から次へと要望する。
 財政のひっ迫する県は、職員を削減するなどスリム化を図っているのに、要望は肥大化している。新年度予算では「ニートの社会的自立支援」まで、県の仕事ときている。
◇今後ますます進展する高齢化で福祉費の増加は避けられない。もはや貪欲な要望を聞いていられるだけの財政力が、自治体に残されていないことを、住民は知らなければならない。
 自治体のオーナーは税金を出資する住民だ。住民がしっかり、自治体や議員を監視しないと、請負型、利益誘導型の政治がはびこり、びわこ空港や新幹線新駅などといった計画が飛びだすのだから。
 何でもお役所に頼り、それでいて、財政に無知でいる「他人事」のような住民意識を変革しなければ、夕張市のように自治体が破たんする日は、そう遠くない話だろう。

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2009年02月09日

ばらまきと当世社会

 このごろ一番よく耳にする言葉は何だろうか。多分にマスコミの影響を受けるわけだが、ぼくの直感では「バラまき」と「天下り」がトップの座をゆくのではなかろうか。
 バラまきは、いま問題の2兆円の国民給付金。天下りは公務員改革で浮かび上がった官僚の特権。
◇バラまきは、国民1人当たり1万円か、なにがしか国からお小遣いがプレゼントされるという。正月のお年玉かと考えれば「ありがたや」と人気が沸きそうなものだが、逆につべこべと前評判はよくない。
 馬ではないが目の前に好物の人参(にんじん)をぶら下げられながら、文句を言われている図は滑稽もいいとこである。
 だれかって、貰ってイヤな顔はするはずがないが、配る側の総司令官の麻生首相は、お金持ちがどう対応するかについて、自分をも含めて「矜持(きょうじ)の問題だ」と禅問答のような答えをした。言い出しっぺの総理が「もらわん」と言っては、制度の趣旨に反しますよ、と側近から言われて、他の大臣にも「もらわにゃ、あかん」と前言を否定した。しかし、最近は「まだ決めかねている」と、もらう、もらわんを曖昧にしている。理不尽なお金は問題である、として滋賀県の嘉田知事は「受け取らない」と明言している。
◇矜持の問題だと首相は言ったが年収何千万円、何億円ものお大尽が受け取るのは金持ちの誇りに反するのではないか、という意味である。それでは、どこまでが矜持の許す範囲なのか。堅物(かたぶつ)は、お金持ちではなくとも、筋の通らぬ金は真平(まっぴら)だと拒否するかもしれない。
 お金に口があれば、「いい加減にしてんか」と怒るかもしれない。
◇それにしても怒らねばならぬのか、笑うべきなのか、天下は太平である。
 貧乏人も金持ちもみんなひっくるめて、1億3千万人の国民一律に1万円なにがしかの金を播くというのであるから大変なご時勢である。
 国にお金があるというのなら、その分、税金を安くするのが筋ではないか。困っている人を救うというのであれば福祉であるから、ばらまきというのは腑に落ちぬ。もらった金は貯金せずに使わにゃダメですよ、という景気刺激策ならば、渡す金に印(しるし)をつけて、年内いっぱい有効、あとは期限切れで、ただの紙ですよ、と宣託しておけばよかろうに。
 そんな、こんなの話題性を背に負いながらの給付金だから、人気の出ないのは当たり前である。
◇ばらまきは、寺や神社などの完成を祝っての「もちまき」や、節分にお多賀さんで播く年男の「もちまき」など目出度いイベントにつきもので、いま不況の風が嵐となっているご時勢を思うとき、もらうにはやぶさかではないが、学校で子供に教えるにはどんなふうに「いいお話です」と説明するのかな。【押谷盛利】

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2009年02月07日

挨拶と合併について

 人に会ったときや、別れるときに取り交わすエチケットの言葉を普通、挨拶(あいさつ)という。
 あいさつのまともに出来ぬものは世の中へ出ても人から信用されぬという意味で、日本人は昔から礼節のなかで特に挨拶を重んじた。
 世間には無口な人もあれば、おしゃべの人もいるが、たとえ口の重い人でも挨拶がまともに言えぬようでは、いやがられるし、けむたがれる。
 ひところ、学校で「挨拶運動」が流行したことがあった。標語をつくって、友人同志、あるいは先生に、道で会った人に朝夕声をかけることを指導した。
◇挨拶(あいさつ)は人間関係の潤滑油である、と大上段に振りかざす気はないが、つき当たってもものも言わないような世の中になっては物騒でもあり、不安でもある。あいつは何を考えているのやろ、と心に雲がかかる。
◇表敬訪問という言葉がある。肩書きのある人が市や町へ用事で訪れるとき、ついでというわけではないが、市長や町長に敬意を表して訪れることがある。これが表敬訪問で、分かり易くいえば挨拶である。それが友好な人間関係を醸成するのである。
 挨拶は単なる「お早う」「おやすみ」の声だけに限らない。会社と会社、団体と団体、市と町との間にもあり、その信頼関係と友好なきずなは心のこもった挨拶が不可欠の要素である。
◇いま、長浜市議会が、早くから進めている6町との合併問題について、どたん場で、これを破るようなことがあれば6町に対する侮辱的な仕打ちとなるが、今の雲行きを見ていると、はらはらして、これでは挨拶どころか、深い禍根を残すことになるのではと心配せずにはおられない。
 6町は長浜市議会の言い分を了解し、すんなりと事実上の吸収合併に応じており、合併と同時に6町の議員は全員クビになる。各町ごとに1人の議員を認める補欠選挙制度についても了承している。
 ひたすら低姿勢で、合併に臨む姿勢は立派であり、尊敬できるが、それをしも長浜市議会の反対派は足蹴りするように、ああでもない、こうでもないと、いちゃもんをつけ、市側から提案の法定協議会設置案を可決せずに継続審議にしてしまった。
 いわば時間かせぎで、6町が業(ごう)を煮やして、「破綻」にすることを期待するかの態度である。そんな冷たい、相手を踏んだり、蹴ったりする非礼な態度は将来、湖北全体の住民がどんな感情を孫子の代まで持ち続けるか。これは取り返しのつかぬ不信と憎悪につながるが、それはそのまま長浜市の発展にマイナス作用を及ぼすことになる。議員の思惑一つで、長浜百年の歴史に汚点を残すことになる。友好的挨拶の要をとくと考えねばならない。
 子供に挨拶を教える前の大人の責任である。【押谷盛利】

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2009年02月06日

長浜市議会は正常か?(見聞録)

 長浜市議会が合併法定協議会の設置議案と関連予算案の継続審議を、出席議員の全会一致で可決した意味は重く、湖北1市6町合併の実現は大きく後退したといえる。
◇5日の市議会や合併問題特別委員会を傍聴して疑問に感じたのは、議会運営のあり方だ。一例を挙げる。
 本会議中、合併推進派の論客である押谷友之議員が合併反対派の発言に「あほなこと言うてんなよ」と野次を飛ばしたことで、懲罰動議が出され、「出席停止」という重い処分を受けた。
 懲罰は、重い順番に「除名」「出席停止」「陳謝」「戒告」の4段階ある。
 出席停止は本会議や委員会に出席できず、採決にも加われない。「過去に例がない」(議会事務局)重い懲罰だ。
◇例えば、昨年12月議会で市長に対し「脳みそ腐っている」と発言した某議員は戒告処分。いわゆる口頭注意だ。この議員は、過去にも不規則発言を繰り返した前歴を持ち、「腐っている」発言の際には、議長から撤回を求められたが、応じなかった。それでも、最も軽い処分だった。
◇今回の押谷議員のケースは、発言は野次の一種で、撤回の機会さえ与えられなかった。
 処分は懲罰委員会が決め、最終的に議会で議決したが、いずれも合併反対・慎重派議員が過半数を占めていた。
 合併推進派議員は「野次くらいで出席停止は重すぎる。数の横暴だ」と反論するも、応じてもらえなかった。
◇過去の市議会の議事録を調べると、議員が何度も「あほ」と発言しているし、怒って机をひっくり返す議員もいた。しかし、懲罰なんて聞いたこともない。
 福嶋一夫議員(公明党)は「懲罰の種類の選択が著しく客観的妥当性を欠き、はなはだしく条理に反するときは、懲罰の議決は違法となる」との過去の裁判所の判例を持ち出し、合併問題特別委員会に押谷議員が出席できないのは「違法」で、問題があるのでは、と指摘した。しかし、東野司委員長は「すでに議決されたこと」と取り合わなかった。
◇市民の代表である議員の権利を一時剥奪する「出席停止」の処分。
 湖北の命運を分ける1市6町合併の関連議案を審議する当日にあって、もし、合併推進派の論客を排除するため、このような重い懲罰が「恣意的」に科されたとしたら、長浜市議会は正常とは言い難い。

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2009年02月05日

自業自得と責任回避

 自業自得(じごうじとく)という言葉があるが、このごろは聞くことが少ない。
 脇見運転をして事故を起こすのがこれである。大麻を吸ってはいけないのに、内緒で吸って、それがばれて相撲界をクビになる。女性のスカートの中を隠し撮りして逮捕される。あげたらきりがないが、みんな自業自得である。
 自分の行為が結果に出ることをいうのだが、一般にはいい意味に使われない。分かり易くいえば「身から出た錆」に通じる。だれもうらむことはない、だれのせいでもない、みんな自分の責任である。
 少し飛躍するが、別の表現で「播かぬ種は生えぬ」と承知してもよい。
 警察が取り調べ、逮捕するのは、される理由があるからで、逮捕される種を播いたからである。
◇自分の責任を回避して他人(ひと)のせいにするのはずるい人間の側面であるが、そういう勝手な自己主張やエゴイズムをあたかも民主主義であるかの如く振る舞う人が多いのは、日本の民主主義の未成熟による。
 仕事がうまくゆかなければ政治が悪いんだ、社会が悪いんだと、責任を他にかぶせたがる。
 車を運転していて、誤って川へ転落したとする。川に防護柵(ガードフェンス)を設けていない市役所が悪い、県が悪いと騒ぎ立てるようなものである。
 仕事嫌いで、人からの制約を拒む男が、好き、きままな人生を送ろうとしてホームレスになることがある。若くて健康なときは、ゴミ箱あさりでもその日の食うだけは稼げるかもしれないが、老化すればあるいは病気にかかればテント生活では食ってゆけない。
 こういう人は最後はどんな生活をして、いよいよこの世とのさらばのときはどんなけじめをつけるのであろうかと思うのだが、そういうとき、常に話題になるのがいわゆるホームレス対策である。「役所はどうしてるんや」「生活を考えてやらねば」「助け船をなぜ出さないのか」などと、あたかも水害で家が浸水したとか、災害時の犠牲者救出のような声を上げるのがマスコミである。
 自業自得といえば鬼かと顔をそむけるかもしれないが、なんでもかんでも国が面倒を見る、県や市町が助け船を出すという発想では「自力」とか「自己責任」、あるいは「自立自営」の独立性を否定することになり、依頼心の強い軟弱人間をはびこらす結果になる。
◇医療費でもそうである。いい加減な食生活や不規則な暴飲暴食、喫煙、運動不足、砂糖漬け、こんな日常が健康を損なうとしたら、それはやはり自業自得である。
 そういう人のクスリ漬けと医者通いが健康保険会計をパンクさせたり、国の医療費を増昇してゆくが、それでも病人の側に立って、世の中が悪い、医者が少ない、厚生労働省が悪いとほざえるのであるから、いまの人間はどこかで天罰を受けてもやむを得まい。【押谷盛利】

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2009年02月04日

強欲と公務員の改革

 「ぼろい儲け口があるが一口乗らんか」というのが詐欺師の一般的セリフである。
 人間は欲に弱いから、ぼろい話とあれば、すぐ反応する。
 「一口10万円じゃ、何口でもよいが、それに出資すると元本保障付きで、毎月1割の配当がつくんじゃ」。
 このごろの銀行預金は無利子に近いから、月1割どころか、年1割の利回りでも目のいろを変える。
 この手で、あちこち触れ回り、出資金の一部を利息に回しては闇から闇へ規模を大きくして雪だるま式に出資金の額と規模を大きくする。自転車操業だから、だんだん運転があやしくなり、ひょんなことから不信感が高まると、出資者は返金を要求する。とたんに雲行きがおかしくなって利息を約束通り払わない。そのうち胴元は夜逃げして、出資の証券はただの紙になっていた。
 相場師だの、金融の神さまだのと、人の無知と欲をとりこに何百億、何千億円かの金を動かして、最後はみんなに損をかけ、自分は警察の厄介になって一巻の終わり。
◇人間の強欲(ごうよく)は、三途の川を渡るまで消えないのだろうか。三途の川渡り用に6文銭を持たせるほどだからこれはもう喜劇である。6文銭はエン魔への賄賂かもしれぬ。
 人事院の総裁が麻生総理に盾突いて、遮二無二、公務員改革に反対しているが、記者会見の表情は顔面蒼白、血圧は爆発するくらい高くなっているに違いない。
 断固反対の強い意志は、霞ヶ関の強大な官僚の強欲を一手に引き受けての使命感によるものだろう。官僚の強欲とは役人の特別階級の維持であり、国民の負担軽減や役所機構の不能率の改善などはさらさら眼中にない。あるのは役人の生命維持と物質欲、名誉欲である。
 エリートか、なにものかは知らぬが、途中から天下りして、それを振り出しに渡りという天下り便法を用いて、特殊法人だの、○○財団、△△公社、××協会だのと、あちこち動いて、その都度、退職金をせしめて、その合計か何億円にもなるというから、彼ら官僚機構の特権の寄り処となっている人事院が改革阻止に必至になるのは、国民のためではなく、公務員自らの利益のためである。
 あな恐ろしきかな「欲」であるが、国民が詐欺師に引っかかるのと違って、国民の税金を食いものにするのだから、ここは国民も眉に唾をつけて、ごまかされんように見きわめねばならぬ。【押谷盛利】

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2009年02月03日

恵方巻きとチョコ(見聞録)

 きょう3日は「節分」。鬼払いの豆をまいたり、鰯の頭に柊の枝を刺して戸口に挟んだりして、邪気を払う風習がある。本来、「節分」は季節の分かれ目を指す意味を持ち、2月3日は旧暦で新しい年の始まり。そこで、前年の邪気を払い、1年の無病息災を願う節分行事が行なわれるようになった。
 小生が子どもの頃は、「鬼は外、福は内」と豆をまいて、年齢の数だけ豆を食べたものだが、最近は、「恵方巻き」に節分の主役をすっかり奪われた気がする。コンビニやスーパーなどでは早くから恵方巻きの予約を受け付け、広告でも大々的に宣伝している。
 節分に恵方巻きを食べる風習は、江戸から明治期にかけて、大阪の商人が商売繁盛を願って食べたのが起源と言われているが、その他にも諸説あるため、定かではない。
 現在のように定着したのは、1977年に大阪海苔問屋協同組合が海苔の販売促進用にPRし、それに食品メーカーやコンビニが便乗したことで、全国に広がった。
 業界主導の販促が全国に恵方巻きの食文化を定着させたわけだ。
◇そういえば、もうすぐ訪れるバレンタインデーに、女性が男性にチョコレートを贈る風習も、菓子メーカーが考案したものだった。
 ところで、今年のバレンタインデーは、男性も女性にチョコを贈るらしい。これまでの反対だから「逆チョコ」と言うそうだ。
 ちなみに、好きな男性に贈るのが「本命チョコ」で、会社の上司や同僚など日ごろお世話になっている男性に贈るのが「義理チョコ」、女友達で交換し合うのが「友チョコ」。
 「逆チョコ」を浸透させようと菓子メーカーは早速、インターネットで意識調査を行い、「男性がチョコをくれたら、8割の女性が異性として意識する」との結果を公表。男性側をその気にさせようと、宣伝活動に乗り出している。
 新たな需要の掘り起こしが成功すると見えて、菓子業界はさっそくデパートに「逆チョコ」用の高級ブランドチョコを並べ、女性の熱い眼差しを集めており、男性は新たな出費に頭を悩まされそう。
 ただ、欧米では、バレンタインデーに男性から女性に花束やプレゼントを贈るのが一般的で、女性が男性に贈るのは日本独自。欧米スタイルに先祖返りすると理解すれば、「逆チョコ」にも一理ありか。
 日ごろの感謝を込めて、チョコ交換を楽しめば、新たなコミュニケーションが生まれたり、人間関係の気分転換になるのでは。
 なお、今年のバレンタインデーは第2土曜日で、学校や会社はお休み。

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2009年02月02日

説教よりも実践に学ぶ

 比叡山の千日回峰行について、それを達成した藤波源信師の荒行を書いたのは余りにもその感動が大きかったからであるが、しかし、その感動は何ものにも代えられぬ尊い光となってこれからの自分を導いてくれるもの、と思うとき、ありがたくて涙が出るほどの幸せ感にひたることができる。
◇ぼくは人生論や宗教関係の本をよく読むが「こうしろ」「ああしなさい」「人間はこうあるべきだ」などという教訓めいた話にはなぜか乗ってゆけず、このごろはむしろ敬遠する傾向にある。
 その代わり、ぼくの関心を呼ぶのは先人の歩んだ足跡の記録である。そういう意味では歴史にひどく興味を持つし、なにごとによらず人一倍の苦労をしながらも世間を驚かすほどの成果や実績を上げた人の伝記や手記にも興味しんしんである。
◇どんな人間でも一生のうちにはやりたいこともあるし、それを達成しようと願いながらも中途で諦めたり、挫折することもある。
 念願かなってバンザイを唱える人はごくまれで、多くは可もなく不可もなく、あるいは失意のうちに人生を終わらねばならぬ。
◇ぼくが藤波師の千日回峰行に心を揺すられたのは、その難行苦行がぼくの人生の身近なお手本になると信じるからである。
 もちろん、ぼくが千日回峰行などをやることは不可能であるが、人生のもろもろの厳しさや困難に不退転の決意をもってのぞむことが出来るという精神的な灯(あか)りであるという意味である。
◇ぼくは地球の温暖化を阻止するため、という高い志を持つわけではないが、出来るだけ歩こうとしたり、工場製ともいうべき化学食品を遠ざけたり、意識的にクスリを拒否したり、冷暖房を我慢するのは自分自身を鍛えようとする自分の欲からである。
 だから、他人に強要したり、旗を振って仲間を増やそうとする気はないが、結果として健康によいことが確認できるから、一人の実験者の歩みとして書くこともあれば話すこともある。
◇その実験にあたってはいいことをしていると思うときもあれば辛いときもある。
 例えば凍る道を自動車で帰るとき、暖房を入れなければ、ぞっとするほど冷えが全身を襲う。そんなときぼくは、ナニクソとうめきに近い声を出して踏ん張るのだが、これからは比叡山の千日回峰行者・藤波師の修行を胸に浮かべることができる。
◇飽食の時代を生きているぼくは毎日、もったいないと思わぬ日は一日もないが、それでは藤波師のようにたとえ3日間でもよいから不眠不休、断食断水をやれるかと問われれば出来ないに決まっている。
 しかし、千日回峰行を達成された大阿闍のご苦労を思えば、あれがまずい、これがどうのと食べ物に不平不満をいうのをやめよう、と心に言い聞かせることは出来る。
 仕事や暮らしのことについても無理して倒れたらアカンと身をいたわり、甘えの心が出勝ちだが、血みどろになって限界に挑戦するというファイトを藤波師から頂いたともいえる。【押谷盛利】

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